< 縁 >
(Kanon) |
第1話 「力」
〜川澄舞編 〜 |
written by シルビア
2003.9-10 (Edited 2004.2)
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4月のある早朝、倉田家。
「……おはようございます、お嬢様」
「うーん……おはよう、舞。ところで"お嬢様"って?」
「……今日から仕事だから」
「あはは〜……そうだったね。でも、舞は佐祐理って呼んでね。敬語もいらないから」
「……わかった、佐祐理」
「舞〜、その服、似合っているね♪」
「……そう、恥ずかしい」
すっかり赤面している舞だった。
佐祐理から見ても、メイド姿の舞はとても魅力的だった。
パーティーの場でも、メイド姿の舞には招待客の視線は釘付けだった。
さらには、そのなかに女性の視線があったぐらいであった。
長身ではあるものの、長い黒髪を束ね、豊かな胸とくびれた腰に長い脚、そのプロポーションは絶品なのだから。
「そうだ、舞、これ見て!」
佐祐理は机の上から写真たてを2つ手に取った。
それはパーティーの時に二人で撮ったものだ。
かたや舞が写っている。近世イギリスの貴族付きのメイド風の作りの舞のメイド服は、舞が着るとあたかもドレスと遜色のないぐらい気品あふれるものと化していた。
その横で、佐祐理は綺麗なドレスをまとい写っている。麗女とはまさに彼女のためにある言葉のようだった、そんなプロポーションであった。
もっとも、仲のいい二人の笑顔の前にはどんな服も色あせてしまってはいたが。
「祐一さんに見せてあげたいね、舞♪」
「……ぽんぽこたぬきさん!」
赤面した舞の姿がそこにあった。
「ほらほら祐一さん♪」
佐祐理がとりだした、もう1枚の写真は高校の卒業式の時のものだった。
比べるとちょっと幼げに見えるが、かわいさにあふれた祐一・佐祐理・舞の3人の写真だった。
「☆!#$%&」
わけも分からず小声で叫ぶ舞の姿があった。
さかのぼること1月前、卒業式の数日前。
「……ということで、今までお世話をかけました」
舞は久瀬にいままでの素行について謝罪していた。
久瀬は、舞が彼に人前で脅しをかけて以来舞達のことを恐れてはいたものの、
祐一から校舎での事件の真相を聞いて佐祐理や舞とも和解していた。
いろんな葛藤があったものの、最後は久瀬の人柄と行動の真実を舞は知ったからだ。
理由はともかくも校舎を壊し舞踏会で暴れた舞であったが、それでも復学に尽力してくれたのは生徒会長である久瀬である。
今では佐祐理や舞の味方とも言える存在となっていた。
だから、祐一を除けば、舞にとっては数少ない男友達の関係でもある。
「川澄舞さん、事情は相沢祐一君から聞いています。相談をうけた学校との交渉ですが、学校側も今回の件は概ね不問にすることで合意してくれました。まずは安心してください、学力的にも問題はないので無事に卒業できるでしょう」
「……ありがとう」
「確かに、あれだけの超常現象ですからなかなか納得してくれなくて骨は折れましたが、相沢君や倉田さんも怪我したこともありますし、舞踏会での惨状を目の当たりにしているので百聞は一見にしかずといったところでしょうか。それに以前に貴方はメディアで取り上げられていましたので超能力をもつ少女であることも立証済みでしたからね。あなたの悪意でないことは学校側も理解してくれて不問となりました」
「……そう。久瀬、ありがとう」
「ですが、残念なことに学校側も条件を提示してきました。この条件には貴方は譲歩しないといけないでしょうね。私の考えでもそれがいいと思います」
久瀬は舞の前に紙を一枚差し出した。
それは請求書だった。
そこにはいままでの校舎の被害の賠償がリストアップされていた。
もっとも、舞の行為で確実に学校が立証できる範囲は舞踏会以後だったので、3年間の夜に破壊したものに比べ額は少なかったが。
「それでも学校に対して多少ごまかしておきましたので、その点はあなたも気にとめておいてください。今後も余計なことはできるだけ話さないようにしてください。支払いも今後3年間と長めに設定してもらいました。高校を卒業できずに中退するのはあなたの今後の人生にとってもよくないと思いますので、たとえ弁済してでも卒業するのが得策と思います。あなたが了解すれば、あとの交渉事は私がなんとかします」
「……分かった。なんとか金は工面してみる」
だが、その紙にしるされた金額は500万円だった。
卒業間近とはいえ高校3年生の工面できる金額ではない。
「……心配させたくないから、当面、この件は佐祐理には黙っていて欲しい」
「……いいでしょう」
親友である間柄だし倉田さんのことだからこの金額ぐらいポンと出してしまいそうだが、友情に金が絡むのはあまりよくないことだし、久瀬はそう思って了解した。
確かに大金に違いないが、社会に出て働けば弁済可能な範囲だろう。
しかし、不幸は重なるものなのだろうか。
娘のためと舞の母はあれから仕事に励み、そのあげく小康状態であった母の体は突然の危篤に見舞われた。
舞は自分自身を取り戻し魔物も出現しなくなったが、そのために費やした心的苦労のため自己の『力』をしばらく使うなくなっていた。過去に母を救った『力』も、心の葛藤に苦しんでいた舞の発揮したものであったから、不完全ともいえた。
不完全な『力』では母の体の小康を保つのがやっとであり、無理をして仕事した母は身体的にも弱っていて生命の光は既に消えかかっていた。
「お母さん……ごめんなさい。もう助けて上げられない」
「いいのよ、舞。今までありがとう。少しでも長生きできて母さんは幸せだったわ。学校の話は聞いたわ。あなたの卒業が決まってとても嬉しいし。その件で母親としてたいしたことしてあげられなくてごめんね」
「……でも。お母さんの気持ちは十分に分かっているから。自分でなんとかしてみるから心配しないで。それよりも早く元気になって」
舞はうつむいたままだった。
「そうそう、これは舞に伝えておかないといけないわね」
舞の母は言葉を紡ぐ。
「あなたの『力』は成人すると完全なものになるのよ。特に自分が本当に想う人に対して発揮するあなたの『力』は今までの比にならないぐらい強力になるのよ。方術を司る民の子孫であって、とりわけ『癒しの方術』を伝承された舞は普通の子ではないわ。でも舞は舞、必ず人として、女性としての幸せを掴んでね。それが私の願いだから」
「……うん」
「それと、今は失われているかもしれないけど、本当に貴方が『力』を必要とする時は自分を信じてその『力』を求めなさい。信じる気持ちが『力』による奇跡を呼び起こすことを忘れないでね」
そのまま舞の母は亡き人となった。
(……『力』を信じる?『力』を求める?もはや『力』のない私はただの……)
それはもう舞自身が考えていくことに他ならない。
ただひとりの肉親である母が亡くなった今となっては。
それから……
「……佐祐理、相談がある」
「あはは〜、なに、舞?」
「……仕事を探しているんだけど。大学も辞めようと思っている」
「そうか〜、この前舞のお母さん亡くなってしまったし、舞も1人だもんね」
「……うん。正直、お金に困っているから働かないと」
「でも、せっかく一緒の大学に入れたのに残念だよね〜、うーん……」
佐祐理はしばらく考えてから、ポンと両手を体の手前で叩いた。
「そうだ。舞、家で働かない?メイドだったら食事つき・住み込みで出来るし給料も出るよ」
「……うん、じゃ働く」
「それに、奨学金を受けたら?確か、ウチの大学に倉田奨学金を設立したばかりでしょ、舞なら頭はいいし応募すればたぶん大丈夫だよ?」
「……うん、そうする。大学には行きたい」
仕事も大学も生活もとりあえずなんとかなりそうだ。
舞は学校の賠償金の方は伏せていた。
舞はこちらはなんとか自前で工面したいと思っている。
これほどのことをしてもらうだけでも、親友のありがたみを十分に感じていた舞だった。
そんな親友をこれ以上は困らせるような相談は舞はしたくはなかった。
それから2年後、倉田家で執り行われたパーティーでのこと。
久瀬はこのパーティーに招かれていた。
彼の父親と倉田家当主は仲のいい間柄だから不思議はないものの、いままでは佐祐理との確執からあまり出ては居なかったが、久しく顔を見せていた。
そこで、メイドの中に舞の姿をみかけ、少し眼を細めた。
久瀬は佐祐理に近づき、訊いてみる。
「あのメイドは川澄舞さん?」
「ええ、ついこの前から家で働くことになったんですよ。あはは、可愛いですよね〜?あ〜、久瀬さん、見とれてしまいました?」
「えぇ〜、違いますよ〜」
「あはは〜、舞とつき合う時は佐祐理にも教えてくださいね♪」
(これ以上追求されてはボロが出そうだ。佐祐理の好奇の目線にさらされては堪らない)
久瀬はそう考えて場を離れようとしたが、がしっと手を捕まれてるので逃げられない。
「佐祐理〜、あそこにいる長田さんが呼んでいますよ。挨拶して来てらっしゃい」
「はい、お母様」
佐祐理は場を離れた。
久瀬はほっとした。
でも、ふとしたことを考え、久瀬は佐祐理を呼んだ母の方に近づき声をかけた。
「久しぶりです。あの、すこしお話できますか。実は……」
久瀬は舞のことについて、佐祐理でなく佐祐理の母に相談した。
佐祐理の母であれば、遠巻きにも暖かく見守ってくれる、それは舞のためにはなるだろう。本当は佐祐理本人に伝えるのがいいのだが、一応それは口止めされているから。
「そう、そういうことがあったの……それで舞さんは……最初ね、少し様子がおかしかったんだけど、いままで見たことない程切迫した様子を見たから」
祐子はしばし考えていた。
(舞ちゃんは佐祐理にとって親友の存在、佐祐理は舞といる時は幾分明るい笑顔を見せるのは知っているわ。でも、あの子は無口なんで私はあまり話したことがなかったのね。
でもいままで見た二人の様子と久瀬さんの話を含めて考えるとやはりいい子のようね。
佐祐理のためにこっそりと力を貸してあげようかしら)
祐子はそう思い、それから舞の仕事や生活、奨学金の面倒などを裏から手を回すことにした。愛しい娘のこととはいえ、自分を拒絶した佐祐理とはどことなく距離感をかんじてしまう、そんな母親であることに少し後悔しながら。
それから数ヶ月たってのこと、10月のある夏の日。
衝撃的なハプニングが倉田家を襲う。
母は急に倒れ、病院に運ばれた。
倉田家の担当医は、少し怪訝な表情を浮かべ、倉田誠一郎-倉田家当主-と佐祐理の二人にゆっくりと告げた。
「妊娠しています。しかし母体は重度の妊娠中毒症にかかっています。高齢での懐妊ということが影響していると思われます。このままでは母子共々命は危険です。ここ数日が峠となります。意識の回復するかどうか」
「……懐妊?母体が危険?」
誠一郎はため息とも嘆きともいえないような言葉を発した。
「……お母様が、危篤?懐妊?」
佐祐理の表情から笑顔が消えていた。
翌日、この知らせは舞の耳に届いた。
「……佐祐理、大丈夫」
「舞?うん、大丈夫」
しかし、舞の目には佐祐理は全くの別人に写った。
笑顔がない……佐祐理が自分に見せる彼女らしさの笑顔も他人に見せる時の仮面をかぶったような笑顔もそこにはなかった。
絶望に打ちひしがれた、自分のない、そんな微笑を返す佐祐理の姿はとても痛々しかった。
(きっと、弟の一弥を失った時はこんな気持ちだったのだろうか……)
舞はそう心に思っていた。
そして、ふと思い出した自分の母親の臨終の時の言葉……
『特に自分が本当に想う人に対して発揮するあなたの『力』は今までの比にならないぐらい強力になるのよ』
もしかしたら……
佐祐理は自分にとっての親友、いつもひとりぼっちで戦う時も彼女の存在を心に秘めていたぐらい大切な人、その人が苦しんでいる。
それに祐子さんもいつも私を大切にしてくれる、仕事でつらいときもいつも励ましてくれて家族同然に可愛がってくれた人、その人が生死の狭間をさまよっている。
自分の『力』、人を癒す力、それが発揮出来れば……だけど、その力は今使えるかは自信はない……でも……。
今、目の前にいる親友のために心を強く持ち直して、口を開いた。
「佐祐理、今から言うことよく聞いて欲しい」
病院の個室、とにかく広いその部屋のベッド脇に、3人(誠一郎・佐祐理・舞)の姿があった。
「本当に良いですね?」
舞は誠一郎と佐祐理に向かってそう言った。
「ああ」
「うん」
舞はそっと祐子のベッドに近寄ると、手をかざし、小声で詠唱を始めた。
『…………』
白い光が舞の手から放たれると、たちまちその光は輪となり、舞と祐子を包み込む。
うっすらとしたウェールに包まれたような空間に別の存在が加わった。
『汝は舞か。会うのは久しぶりだな』
『ええ。神奈、会うのは久しぶり。力を貸して欲しい』
『前は声だけしか聞けなかったようだが、今は私の姿が見えるようだ。方術使いとしても立派に成長したな』
……これが本当の『力』というものか。
いままではかすかに声だけ聞こえていた存在、その神奈の姿が確かに目の前にある。
舞はいままでと違うその現象に遭遇し、戸惑いを覚えた。
しかし、舞はその存在に己の願いを告げ、その者と光の波長を合わせる。
舞の手のひらに新たな色をした光の玉が浮かぶ。
その光は祐子の顔に落ち、その後全身を包む。
祐子の眼がうっすらと開いた。
舞と祐子を包むウェールはしずかに収束した。
消滅する寸前にかすかに神奈の声を舞は聞き取った。
『舞、哀しみの記憶を乗り越えるもの、それは確かにお前の中にある。哀しみを乗り越えるために支えてくれる人と共に歩む気持ち、お前の力に今までなかったものはそれだ。その人達を大事にするといい。また会おう』(……☆脚注1参照)
その後、力尽きたかのごとく、舞はそっとその場に倒れこんだ。
「ま……い!」
「舞!」
舞を揺さぶる友人の声をききながら舞は静かに意識を取り戻した。
「舞〜〜、良かった!!」
舞の目の前には眼を赤く腫らした佐祐理の顔があった。
「……『力』を使ったからかな、疲れた」
「心配したよ」
「あれぐらいの力を使うのは命を削るようなもの。仕方がない。あれからどれぐらい経っている?」
「大丈夫?あれから1日目を覚まさなかったんだから心配したよ」
「お腹空いた」
「へぇー?……じゃ〜、じゃ〜、急いで用意するね♪」
しばらくして、5段の重箱の中身を空にした舞は佐祐理に訪ねた。
「祐子さんは?」
「無事だよ」
佐祐理の背後から誠一郎が声を上げた。医者もそばに寄り添っている。
「峠は越えました。母子ともに無事です。このままだと出産予定日は5月5日の子どもの日ですね。ちなみに男の子のようですね」
「奇跡とはこの事だな。舞さん、ありがとう、礼を言うよ」
夫・倉田誠一郎はさらに言葉をつなぐ。
「そうすると赤子は一弥のきっと生まれ変わりだろうな。私はもうどんな奇跡があっても驚かないよ、ははは〜」
「そうですね、そうですよね、お父様。きっとそうですよ」
佐祐理は、顔を腫らしたままだったが、父親の言葉に応えて満面の笑顔を浮かべていた。
「今度こそ、きっと可愛がってあげますから。大切に育てますから」
「その時は頼むぞ、佐祐理。私も笑顔一杯の息子の姿を見たいしな」
「あなた!」
ふと、誠一郎の横に祐子が元気一杯の姿を見せた。
「おいおい、起きて大丈夫なのか?」
「ええ、それよりも……さっきあなたと話したことを……」
「ああ、そうだったな」
誠一郎と祐子は舞の方を振り返って、言った。
「舞さん、いや、今後は舞と呼ばせて頂きますね。今回の事は本当にありがとう。正直、今でも信じられないのだけど。今回のお礼もかねて、主人と相談したのだけど、あなたを倉田家の養女に迎えることにしたわ。佐祐理のそばにいて欲しいということもあるけど、ぜひ受けてくれないかしら?」
「私も賛成だ。今までも今回の事も、私達夫婦は佐祐理の心を支えて上げられなかった。
佐祐理の心を支え笑顔を与えたのは君だ、正直申し訳ないともうらやましいともさえ思う。だが新しい家族も増える機会に私達家族もやり直しをしたい。それが一弥にとってもいいと思う。佐祐理の反対がなければ、ぜひ舞さん……いや舞も受けてほしい。どうかな?」
「お父様、お母様……ありがとうございます。私は舞とこれからも一緒にいたいですから、家族になるのは大賛成です♪」
ベッドの上で佐祐理を見ながら舞も心を決めたようだ。
でも、照れくさそうに。
「はちみつくまさん!!」
「「はちみつくまさん??」」
その顔は嬉しさにあふれていた。
「あはは〜、舞ったら、もう。お父様、お母様!これは『はい』、という意味ですよ」
「そ、そっか……」
「そ、そう……」
一瞬の間をおいて、部屋中を笑いがこだました。
「「可愛い〜」」
舞はちょっとむっとしたが、
「……佐祐理、お父さん、お母さん」
(お母さん、私にたくさんの家族が出来たよ。いいよね?幸せになっても良いよね?)
「そうそう、学校への支払いはさっき済ませてるように手配したわ。舞は家族なんだから遠慮しないで。だから心配しないでね」
(もう手配したのですか?順序が逆のような気がしますね?)
佐祐理はちょっと苦笑いした。
(……あれだけのお金を平然と……倉田家って一体?)
舞は少し驚きを隠せなかった。
「私、今度舞に料理を教えて上げるね♪」
("私"?ああ、そう。佐祐理も一弥の事……)
舞は佐祐理の様子を見てちょっと嬉しく思った。
「じゃ、今度家族みんなで遊びに行くか。なーに、打ち合わせの一つもキャンセルすれば時間は私の時間もとれるしな」
「そうね、私もなにか美味しいモノを作るわ」
「やった〜!私、お母さんの料理が食べたい。ね〜、舞? かあさんのタコさんウィンナーも絶品だよ。そうだ!せっかくだし、最近仲がいい久瀬さんも誘おうか〜?」
「ぽんぽこたぬきさん!」
「冗談だよ、舞〜! なら〜、久瀬さん誘って3人で動物園に行こうか?」
「……佐祐理、お節介」
再び赤面した舞は顔を枕に埋めてしまった。
「「ぽんぽこたぬきさん?」」
〜エピローグ〜
5年後……
倉田家の次男と舞・佐祐理は森の中の道を歩いている。
それぞれ、水鉄砲を片手に握っている。
「お姉ちゃん達強かったね、かなわないや」
「「こうみえてもお姉ちゃんは運動神経がいいんだからね」」
舞と佐祐理の声が重なった。
魔物を討つ者と究極のゲーマーは当然のごとく、反射神経がいい。
少年が二人に叶うわけはなく、その服はしずくが垂れるほど水浸しだ。
「本当だね。でも、ずるいよ!ボクばかり狙って!」
ものみの丘からに続く小道で明るい3人の声がした。
「でも、お姉ちゃん達って、いい歳なのに子どもっぽいね」
そういうと先を急いで駆けだした。
「はえ〜?……・なんて事言うの!……こら、待ちなさい〜〜!」
ミニ・スカートの姿であることも忘れて、弟を追いかけようと颯爽と駆け出す佐祐理。
その佐祐理は優しそうに、子どもっぽく笑っていた。
舞は(やれやれ、佐祐理ったら。)と、そしてこれまた明るい子どものような笑顔で、佐祐理の後を追って駆けだした。
☆脚注1 by作者
この部分でAirをご存じない方に。
翼人である神奈は哀しみに縛られ天上に存在してます。
それを救おうとする裏葉が方術なるものを修得し、柳也と結ばれ子孫を残していきます。
神奈の転生の姿……観鈴は、裏葉の子孫往人の登場により、最後はハッピーエンド(?)になります。
裏葉は、悲しみに囚われてはいけない、悲しみを乗り越えるために自分を愛する人の愛情に気が付き、自分1人だけでなく共に悲しみを乗り越えるための一歩を歩むことの重要さを伝えたかった。すなわち、それが裏葉と柳也の神奈への想いでもあった。
観鈴としての転生を終えた神奈は、往人の転生したカラスによって幸せの記憶を受け継ぎ、長き翼人の悲しみの歴史に終止符をうちます。
ここからは私のオリジナルの話になりますが、私のSSの設定でもあります。
そして神奈は自らの呪縛を乗り越え、本来の姿となり地上と再び行き来する。
裏葉の子孫の傍系に舞の一族(母と娘)がいて、方術は一部は忘れ去られましたが、治癒に関する方術を扱えるのです。無論、方術にも限界がありますが、時折、神奈が力を貸して本来持っていた翼人としての力を裏葉の子孫達に授けます。
翼人・神奈は人からは「天使」と呼ばれる存在となります。
私のSSでは、かのんに描かれる世界で、月宮あゆが降臨した「天使」神奈の姿であるという
私は川澄舞は「力」を自分を受け容れハッピーエンドを迎えますが、本編である大切なことに気が付いていないと感じていました。
舞が「力」を利用する目的です。
舞が「力」を授けられたのは、彼女が人を癒すだけでなく、癒した人の悲しみを共に乗り越えられるだけの愛情を彼女が持っているからだと考えています。
そして、彼女が「力」を発揮することで、大事な人を悲しみの連鎖から救うこともできるのだと。
だから、「大切な人の愛情に支えられる」に加えて「大切な人との愛情に気が付き共に歩む気持ち」が舞のハッピーエンドにには欠かせないと考えています。
一弥の悲しみは消えませんが、「大事な親友との間に築かれた友情という形の愛情」「新たに生まれる子の存在は両親とやり直し、佐祐理の氷った時間を溶かす存在になる」という2つの理由が舞に「力」を復活させた理由であると設定しました。
それは、まさに、舞が佐祐理のことを想い、佐祐理が舞を幸せにすることが自分の幸せと願い続けた、そういう2人の想いの結末であるとしたかったのです。
この点が本編から発展した部分です。
舞を倉田家の養女としたのはそんな二人を"家族というあらたな絆をもった関係"にして挙げたかった私の勝手な気持ちです。
なお、エピローグでの佐祐理は、本来佐祐理はこういう関係を弟と築きたかっただろう彼女の夢を実現させたものです。私は彼女のこんな姿って似合うだろうな〜と勝手に想像しているんですよ。
FIN.