< 縁 >
(Kanon) |
外伝第2話 「私の夢」
〜倉田佐祐理編 〜(中編)
|
written by シルビア
2003.9-10 (Edited 2004.2)
|
彼との出会い……そう、あれはある日の大学のキャンパスでのことでしたね。
私は舞達との待ち合わせをしてました。
その時、私は今日舞や祐一さんと遊びにいく計画のことを頭に浮かべてました。
ふと、シャッター音が聞こえます。
モデルの仕事で聞き慣れたニコンF4ですか。
「あの〜、私の写真を撮ったんですか?」
「あ、ごめん、いい表情だな〜と思ったからつい……撮られるのは嫌だったかな?」
「いえ写真を撮られるのは平気ですよ。
それよりも、今、私はいい表情(かお)してました?」
私は写真を撮られたことよりも、表情の方が気になってました。
それは無防備な時に撮られたので、自分がどんな表情をしていたか分からなかったからです。
「ああ、とても嬉しそうな、そしてやさしそうな感じの表情だったよ。
何か楽しいことでもかんがえてたの?」
「ええ。この後、親友達と遊びにいく約束をしてるんです」
「なるほど、それならあの表情も納得だね。
仲のいい友達なんだね」
「ええ、仲良しですよ。でも、撮っていてそんな事分かるんですか?」
「少しは分かるかな。
モデルが親しい人だともっと良くわかるんだけど、さすがに出会って間もない人を撮るときは慣れるまで苦労するよ」
「はあ、そういうものなんですね」
私はなんとなくほっとしました。
「人物写真は人の表情をどう撮すかが勝負だからね。
だから、日常でもいろんな人の表情を見ては想像して研究するんだよ。
すると、少しは目も肥えてくる……まあ、半分は自分勝手な想像だけどね」
「ふふ、一体、どんな想像をするんでしょうね?」
話を聞いていると面白そうな人ですね。
写真を撮る人って普段こんな事を考えてるのでしょうか。
「君も撮影してみれば分かるよ。試しにこのカメラで俺を撮ってみるかい?」
「面白そうですね。でも、私、こんな大きなカメラで撮ったことないです」
彼はカメラをオート撮影に切り替えて、私に手渡してくれました。
カメラはとても重かったです。
私が普段使っているものの数倍の重さがありますね。
「確かにちょっと重いかもしれないけど、その分持ちやすいから大丈夫だと思うよ。
とりあえず、ここにあるシャッターを押してくれれば撮れるから」
「はい。では、いきまーす♪」
私はファインダーを覗いて構図を合わせると、シャッターを押しました。
思ったより反応がいいカメラなんですね。
軽やかにシャッターが切れた感じがしました。
それに、昼間なのにフラッシュの光が彼にむけて放たれました。
後で聞いた話だと、デーライト・シンクロといって昼間でもフラッシュの光を使う撮影方法だそうです。逆光の時とか顔の影を消したり立体感を出したりする効果があるそうです。
「え?今、撮ったの?
ちょっと待ってよ〜、今の俺の表情……おかしかったぞ?」
「じゃ、もう1枚撮りますね。今度は笑顔で♪」
「”笑顔で♪”って、モデルの俺の身にもなってくれ〜……えーと……ニコッ」
ふふ、確かにモデルからすれば、さっきのは不意打ちでしたね。
表情を作るのも結構大変で、心の準備が必要なんですよね。
私はちょっとタイミングを図って、再びシャッターを押しました。
「今度は大丈夫ですよ〜。うまく撮れたと思います」
「ああ、そうだろうな……ははは、それにしてもモデルって大変だよな〜」
「ええ、その気持ち、よく分かります。実は私もモデルの仕事を始めたんですよ」
「え?本職のモデルさん?」
「いえ、バイトです。なんとなく、私の笑顔を撮ってほしくなりまして」
「ふーん、そうなんだ。……」
彼はしばし私の表情をじっと眺めては……
「俺も君を本格的に撮ってみたいな。
もし、君がよかったら1度きちんと撮らせてくれないか?
それに、君の笑顔ってどこか不思議な感じがしてならなくて」
「私の笑顔がですか?」
「ああ、なんて言えばいいかな〜。
こうして話している時におもってたんだけど、
君の笑顔って凄く自然な時もあれば、仮面のように作ったかのような笑顔だったりもするんだよ。それに、凄く嬉しそうな時もあれば、悲しそうに感じる時もある。
だから、ちょっと撮ってみたいな〜と思ったんだ」
「そうですか……」
「あ、何か気に障ったかな。だったらごめん」
「いえ、それよりもモデルの件ですけど……よければ1度撮ってもらえますか?」
(この人だったら、私の希望通りの写真を撮ってくれそうですね)
私はそう思って、彼の話を承諾しました。
それに、彼の言葉になにか心が引っかかったような気もしました。
直感というのでしょうか。
私がモデルを始めた時、プロのカメラマンさんが厳しい方で、私はいまいちいい表情が出来なかったんです。
それに、私のイメージをみて、カメラマンさんが勝手に構図とかを決めてしまいます。
ですから、カメラマンさんの注文も多いわりに、私の意向はあまり取り入れてくれません。仕上がった写真を見ても、私はどうも気に入りませんでした。
元々、笑顔の私でいる練習をしたくて始めたのに、これでは本末転倒です。
後日……・
私の直感もなかなか正しかったみたいです。
その後の、彼----高木 透さん---との撮影は楽しいものでした。
「たまにはモデルの気持ちにもならないとな……」
「あはは〜、撮るのも案外楽しいですね。……あ、その表情いただきです」
彼は時に私の写真のモデルになったりします。
私は彼がスペアとして使っているニコンF70を借りて彼を撮ります。
ニコンF70の方はちょっと軽めで、私にはこっちが手にしっくりきます。
その時は、日常の雰囲気ということで、街中や大学のキャンパス内で撮影しました。
私は出来上がった写真を見てとても気に入りました。
何故か、私も彼もとても自然な表情をしています。
私のモデル事務所のマネージャーに写真を見せた時、
「とてもいい雰囲気ですね。
そうだ、この写真で写真集を作ってみましょうか。
でも、この写真はどこのカメラマンが撮影したのです?」
と言われました。
私は彼を事務所に紹介し、彼が残りの数カットを撮影して後、初の写真集ができました。
この写真集はとても好評で、増刷されました。
でも、なぜか彼は少し不満の様子でした。
「出来はいいんだけど……なんて言うかその……僕が最初に見た君の笑顔を思い出すと、少し物足りなくてね。
俺の腕がいまいちなのかもしれないな。
うーん、悔しいな!
佐祐理さん、もう一度撮らせてくれないか?」
私も実はそう感じていました。
出来が悪いのではありません、今までの私の写った写真の中では秀逸でした。
写真は私の心の表情を的確に捉えてました。
他人から見れば、これでも十分すぎるぐらいでしょう。
でも、私の求める"笑顔"はもう少し違うものであったのです。
そう、写真の中の私は、どこか仮面をかぶったような表情を浮かべているのです。
(たぶん、私がまだ心の中で一弥のことを考えてしまっているからでしょうか……)
そんな今の私の気持ちをこの写真は表現しています。
そんな気持ちにさせるほど、高木さんの写真は私の内面をも捉えていました。
「高木さん、実は一度話しておきたいことがあるんです」
私は高木さんに自分のこと、一弥のことや自分の過去の話をしました。
高木さんは真剣に聞いてくれて後、少し考えて答えてくれました。
「佐祐理さんの一番の笑顔を見れるのはきっと恋人だけかもな。
きっと、素敵な笑顔なんだろうな。
でも、今の佐祐理も十分に魅力のある笑顔をする。
それは大切な友人達とのふれ合いの中で、幸福を感じたからだと思うよ」
わたしはその時は、彼の言葉の意味が分かりませんでした。
「その表情だと、まだよく分からないかな?
それじゃ……少し街にでもでかけようか」
「はい?」
彼は私を連れて商店街にいきました。
「佐祐理さん、道行く人の表情をみてごらん」
道は多くの人でにぎわってました。
親子、恋人、友達、ひとりぼっちの人、それは様々でした。
嬉しそうに笑う人、ちょっと怒っている人、悲しそうな人、楽しそうな人……人たちはいろんな表情をしています。
彼は私の横を歩きながら、ゆっくりと話し始めた。
「人の表情はね、喜怒哀楽、そういった気持ちを人に伝えたいためにあるんだよ。
そして、伝えたい相手に自分の存在を知ってほしいからいろんな表情を作る。
だから、自分しかいない世界なら、表情というのは必要がない」
「ええ……」
「特に、自分の大切な人には、とびっきりの表情を見せてあげたい。
それは自然な気持ちなんだ」
「そうですね」
「佐祐理さん、君は弟の一弥君に自分の気持ちをどれだけ伝えられたのかな?
一弥君は君にどれだけ気持ちを伝えたのかな?
もし、君が一弥君の笑顔の中に嬉しさを感じたなら、それは君が一弥君のことを
好きだったということじゃないかな。そして一弥君が嬉しそうにしたなら、それは
君の表情に君の気持ちを感じたということじゃないかな」
「!!!」
私は一弥が生前に見せた笑顔の事を思い出した。
……一弥の純粋で屈託のない笑顔を
……そしてその時の私の浮かべたであろう笑顔を
楽しかった、その時、私達は心を通わせた姉弟になれた気がした。
舞の「力」のおかげで、私は一弥とひとときの時を過ごした。
「"お姉ちゃんが大好き"だってボクが素直に言えなかったこと、許してくれる?」
「はぇ? 私の事が好き?」
「うん、大好きだったよ。それに、お姉ちゃんがボクのこと好きだってことも分かってた。たしかにボクに厳しかったけど、その分だけ、お姉ちゃん、陰では泣いていたよね?知ってたんだ、ボク」
確かに一弥に伝わっていた、私の表情を通じて一弥は私の気持ちを知っていてくれた。
一弥のためを思い、良き姉になろうとした自分の気持ち、伝わっていたんだ。
「意味のない表情なんて無いんだ。
伝えたい人がいるから、人はその顔に表情を浮かべる。
そして、伝えたい人がいるなら、表情を通して人に気持ちを伝えなければいけない。
そうしないと人は自分の心と存在を見失ってしまうんだよ」
彼は話を止めて、ゆっくりと私の方に振り向いた。
彼の浮かべるやさしい微笑みは、私を勇気づけてくれている微笑みのように思えた。
「笑顔は楽しい気持ちだけ伝えるのではないんだよ。
人に元気や勇気や激励、感動、慈愛や親愛といった気持ちも伝えられる」
「本当ですね」
その時、私は考えるよりも先に口に動かしていた。
目の前で微笑む彼の表情をみてると、ちょっぴり勇気が出てくる気がした。
私は心が軽くなった。
「意識して作る笑顔も悪くはないが、心からの笑顔はやっぱり人の気持ちを動かすね。さゆりさん、今の笑顔、とても素敵だね」
「からかわないでください。
……その〜、心が見透かされたようで、恥ずかしいです」
「そんなことないさ、とても綺麗だよ。
……なんて言うかその……俺、君に惚れてしまったみたい」
「はぇー〜?ふぇ〜? ……あの……その」(ポッポッポッポッポッ)
(いきなりなんてことを言うんですか〜〜〜〜〜〜〜!
佐祐理、心の準備ができてませんよ〜〜〜〜〜〜〜〜)
「あの〜、それってひょっとして?」
「つき合ってもらえないか? そ、その、俺の恋人になってほしいんだ?」
「……・」
「駄目か……」
今の彼の表情は真っ赤ですね、照れているのでしょうか。
落胆したような表情も浮かべてます、ちょっぴり寂しそうですね。
彼の笑顔ってどんな感じでしたでしょう……とても優しそうでしたね。
「(クスッ)」
「!?」
彼は私の表情を不かしげに眺めましたが、なにか感じ取ってくれたようです。
私はゆっくりと歩きはじめました。
近場に公園をみかけたので、そっちに行ってみたくなったんです。
彼はゆっくりと私についてきました。
公園に入ると私は彼の方を振り向いて、
「高木さん、私って可愛いとおもいますか?」
「ああ。可愛いよ。時々子どもっぽい所があるかな」
「綺麗?」
「大人びている時のさゆりはとても綺麗だと思う」
「上品?」
「うーん、イメージが湧かないな。機会があったらドレス姿でも見せてほしいな」
「へんな娘?」
「へんな? どういう形容詞なんだ、それは?
……そうだな〜、変というより、他の子にない強烈なインパクトがあるかな」
「では、私が今何を考えているのか、分かります?」
「俺の目に君がどう映っているかを確認している。
そして、俺に君の表情を読ませるテストしている、違う?」
「ピンポーン、正解です♪
出会って間もないさゆりの事、高木さん、よく分かりますね」
「それは……その……」
「私の事、ずっと見つめていたから……ですよね」
「……多分」
彼の言葉を聞いた私の表情に、笑顔が浮かんでいるのを感じます。
「あはは〜、私、今、笑ってますか?」
「ああ、とても美しい笑顔だと思う」
彼は静かに微笑んでます。
「あなたの笑顔を見て、少し勇気が出たんです。
だからこんな表情をしてるんでしょうね。
今の私の表情、あなたの心の中に残してくれますか?」
佐祐理は少し照れた表情を浮かべた。
「ああ、忘れたくても忘れられないかも」
彼の斜め前から差し込む夕日の光が彼の顔を柔らかく照らす。
風になびく私の髪を手でおさえながら、私はゆったりと歩を進め彼に向ける。
「こんな表情を見せるのはきっと貴方が初めてですね」
私はそっと彼に自分の顔を近づける。
「惜しいな、逆光でよく見えない」
「では、こうすれば、見えますか?」
私は彼の顔を両手で挟み、少し傾けた。
そして、夕日の光を顔面に感じるように、彼の斜め下から私の顔を彼に近づけた。
そして、両手を引いて、彼の唇を自分のそれに近づけ、
そして……そっと口づけた。
「私の返事……言いますね。
こんな私ですが、佐祐理をこれからもずっと見つめて下さいね」(ポッ)
(つづく)