< 縁 >
(Kanon)
外伝第1話 「笑顔」 〜倉田佐祐理編 〜
written by シルビア  2003.9-10 (Edited 2004.2)


(一弥……)
佐祐理は机の上の写真立てを手に取りつぶやいた。
(おねえちゃんだけ、幸せになってもいい?)
(一弥は幸せだった?一緒に食べたお菓子、美味しかったね。でも、お姉ちゃんね、一弥ともっといっぱい遊びたかったよ)
(一弥が大好きだって、もっと言ってあげたかった)
(今度ね、一弥の弟が生まれるんだよ?)
(もしかしたら、一弥の生まれ変わりかもね、ふふ。そうだとお姉ちゃん嬉しいな)
(生まれたら、一緒に丘に行って、水鉄砲で遊ぶんだ。それが今のお姉ちゃんの夢なの……)
不意に、涙がこぼれる。
(一弥……一弥……もっと笑ってほしかった。もっとお姉ちゃんって言って欲しかった)
佐祐理は机の上で泣き崩れてしまった。

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夢?
二人の人影が見える。
『倉田佐祐理は、貴方ですね?』
佐祐理はきょとんとたたずんでいる。
「お姉ちゃん!」
目線をそらすと、そこには……
「一弥!一弥なの?本当に一弥なの?」
「そうだよ、お姉ちゃん」
『佐祐理とやら、横をみてごらんなさい。舞がいるよ』
「舞!」
「……佐祐理。驚いた?」

「一体これはなんですか?」
佐祐理は舞の方を向いて尋ねた。
「……佐祐理の想いと一弥の悲しみの記憶、それが織りなす世界かな。私の『力』を使った。佐祐理、辛そうだったから」
『そう、舞に呼ばれてね。再び私もこうして姿を見せたわけだ』
「それでは……これって」
『そう、一弥は亡くなった時の一弥の感情を持っている。一弥は記憶もある。二人でじっくりと話すといい。だが、時間には限りがあるからな。あまり長いと舞に負担がかかる』
「……さあ、佐祐理、一弥と話をするがいい」

『これでよかったのか、舞?』
「うん、ありがとう、神奈。あとは佐祐理の心の問題だから」
『一弥の生涯は悲しみの連続だったが、なぜか、一弥からその悲しみに耐えるような感情が見つからぬ。それは不思議におもっていたのだが……』
「佐祐理は、今、一弥のことを乗り越えないといけない。本当の佐祐理はとても優しくて思いやりがあって誰よりも素敵な女性。私の大の親友で、私の気持ちをも支えてくれたこともある。でも、本人は駄目な子だからと否定する。だから、本当の佐祐理のこと、佐祐理に気づいて欲しい」

「お姉ちゃん、会いたかったよ」
佐祐理は歓喜した。でも、ふと記憶がよみがえり、表情が曇る。
「一弥、お姉ちゃんも会いたかった。でもね……お姉ちゃんは駄目な姉だったから」
「生きていた時のこと、気にしてるんだね?」
「ええ、一弥」
「なら……」
一弥は姉の方をしっかり見つめて言った。
「"お姉ちゃんが大好き"だってボクが素直に言えなかったこと、許してくれる?」
「はぇ? 私の事が好き?」
「うん、大好きだったよ。それに、お姉ちゃんがボクのこと好きだってことも分かってた。たしかにボクに厳しかったけど、その分だけ、お姉ちゃん、陰では泣いていたよね?知ってたんだ、ボク」
「それは……」
「それに、病院に忍んできた時の事覚えている?」
「ええ」
「ボクね、とても嬉しかったんだよ。あの時、初めてボクに心から笑ってくれたみたいで、お姉ちゃんすごく綺麗だったし優しかった。
ボクはずっと待っていたんだ、そんな姉ちゃんの姿を見るのをね」
「そうだったの」
「でも、ごめんね。ボクがボクの気持ちをはっきり言わなかったからお姉ちゃんは苦しそうだったんだね」
「そんなことないよ。私がもっと早く気が付いていれば、一弥を苦しめずに……」
「違うよ、お姉ちゃん、ボクは苦しんでなんかないよ。ボクね、心の中でいつもお姉ちゃんといたかった。お姉ちゃん、いつもそばに居てくれたもん。怒られてばかりだったし厳しかったけど、お姉ちゃんはいつもそばに居てくれたもん。だから、お姉ちゃんがボクの全てだったんだよ」
「でも……でも……」
「お姉ちゃん、ボクはね、お姉ちゃんに笑って欲しいよ。だって自慢の姉ちゃんだもん。駄目?」
「そんなことないよ、一弥。……こうかな?」
佐祐理は泣きそうな顔を引き締めて笑顔を浮かべた。
「変だよ!」
「え、そう……って。なんて事言うの一弥!」
「だって、引きつってるよ。お姉ちゃん、もっと可愛い笑顔のはずだよ」
「もう〜。分かったわよ。でも、何で一弥が知っているの?」
「分かるよ。舞さんと一緒に居るとき、お姉ちゃん、時々いい顔してるもん」
「あ……」
「いい友達出来たんだね?お姉ちゃん」
「うん。そうだね。舞がいなかったら、佐祐理はどうなっていたか分からないかも」
佐祐理の表情が和らぐ。
ふと一弥の眼に光が宿る。
「あ、いいね〜、お姉ちゃん、そんな感じだよ。ところで、お姉ちゃん、どうして自分のこと”佐祐理”って呼ぶの?それも、変だよ」
一弥も釣られて笑う。
「変っていわれても、佐祐理は佐祐理だから」
佐祐理は困惑した。
「やっぱ変だよ」
「ゴメン、じゃ、直すね。”私”でいい?」
「うん」
なにげに弟に甘くて弱い姉は、素直にうなずいた。
「お姉ちゃん、ボクね、今度”てんせい”するんだって。でも、そうすると今までの記憶はもうなくなるんだって。だから、お姉ちゃんと話をするのはこれで最後になるみたい」
「そう」
「だから、こういう風にお姉ちゃんと会えるのを神奈さんにお願いしたんだ」
「うん、お姉ちゃんも一弥にもう一度会えて嬉しいわ。でも、また寂しくなるね」
「そんなことないって神奈さんも言ってたよ。それに、お姉ちゃんもじきに分かるとも言っていたよ」
「じゃ、また会えるのかな?」
「うーん、わかんない。でも、寂しくはないよ」
「そう、良かった」
「最後に、お姉ちゃんに言いたいことがあったんだ。死ぬ間際にいえなかったんだけど
 『お姉ちゃん、ありがとう。大好きだよ』、ばいばい、お姉ちゃん!」
「あ・り・がとう……私も一弥のこと、大好きだよ。ばいばい 一弥!」
佐祐理は涙を浮かべていたが、笑顔のままだった。
ぽんと佐祐理の肩を叩くのを佐祐理は感じた。
「……お別れ、出来た?」
「うん。ありがとう、舞」
舞は佐祐理の表情を見ると、そっと微笑んだ。
(やっぱり佐祐理は綺麗……叶わない)

そして、舞と佐祐理を包む光が収束する。
机にうつぶせになっていた佐祐理は眼を開いた。
「夢?」
そばに舞の姿をみつけ、近寄る。
「舞、舞、舞ったら〜」
「……うーん、佐祐理?大丈夫?」
「『力』使ったの?」
「……うん。佐祐理のこと心配だったから」
「ありがとう……舞。でも、とにかく、今は休んでね。舞の事も心配なんだからね」
「……うん。疲れた。それに腹減った」
「もう〜、舞ったら〜。分かったわ、今準備してくるから」
それから1時間後、佐祐理は重箱7箱食事を手にかかえて部屋に戻ったきた。
「舞〜、食べよ♪私もおなか空いちゃったから一緒に食べるね」
「佐祐理、なぜ部屋で食べるのに重箱?」
「だって〜、高校の時みたいでいいじゃない?それを言うなら……」
「それを言うなら?」
「舞だって、だんだん食べる量が増えてない?」
「……『力』、使うと腹が減る」
「あはは〜、いいわ、どんどん食べてね」
「うん、佐祐理の弁当、かなり嫌いじゃない」

それから、弁当を食べ終えた舞はさっさとその場に寝てしまった。
(舞ったら〜、しょうがないんだから。風邪ひくよ?)
佐祐理は舞に毛布をかけていた。
舞の寝顔は可愛く「むにゃむにゃ……佐祐理の弁当嫌いじゃない」と寝言を言っては笑っていた。

そして、目線を机の写真に向け……
(一弥、佐祐理は……いえ、私は幸せになるね)

ふと何を思ったか、佐祐理は鏡台の前に座った。
……「あはは〜」
……「ふぇ〜、変わりませんね〜」
……「きゃはは〜」
……「ふぇ〜、尻軽です〜」
……「ふふふ〜」
……「ふぇ〜、何か怖い感じです〜」
……「ふふ」
……「ふぇ〜、大人っぽ過ぎます〜」
……「はい〜」
……「ふぇ〜、子どもみたいです〜」
鏡を見ながら、なにやらいろんな表情を浮かべてはぼやいている。
そう、一弥に笑顔が変と言われたことを気にしたらしい。
笑ってみてはうまくいかずに嘆く佐祐理。
(はぇ〜、笑顔の練習、もっとしないといけませんね。ファイト〜、ですね)

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エピローグ
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「おはようございます♪」
翌日、佐祐理と舞は普段通り、大学のキャンパスに姿を見せた。
だが、この日、佐祐理の通っている大学では、熱病による気絶者が殺到した。
大学の美女コンテストNo1の実力を持つ大学中のアイドル、倉田佐祐理の屈託のない笑顔の前には、男女の区別もなく惹かれてしまったそうな。
加えて、そばにいる舞もご機嫌そのものだから、まさにダブル・パンチをくらったようだ。

さらに1月後のこと。
大学のキャンパスの一角に男女の人たまりができていた。
「さあさあ、買った〜買った〜!倉田出版から本日発売された倉田佐祐理ニュー・バージョンのプロマイド写真集だよ〜。今日だけは特別、直筆サイン付き〜!さあさあ、買った〜!」
サインをもらい握手をして微笑まれたファンがその場で卒倒したのもいうまでもない。
その日から、倉田佐祐理の写真集は売れ切れ続出に加え、プレミアの付くほどの人気であったそうな。

--なぜ写真集があるのか?--
こんな疑問を持つ者も多いだろう。
実は、佐祐理は、表情作りの練習とばかりに、バイトでモデルの仕事をはじめたのだ。
そばにいる舞はというと、倉田佐祐理のマネージャー兼警護担当としてのバイトをすることにした。
彼女の水着姿で恥ずかしそうに胸を隠す姿、エプロンをして料理する姿、テニスのスコート姿、編み物をする姿、何気なしに電話をしている姿、親友舞と腕を組んで街中を歩く姿等、見る人がみたら感動するショットばかりが掲載されている。
どの写真でも、佐祐理は最高の笑顔を浮かべている。
究極とばかりに、思い出のページの所に、高校時代の制服姿の佐祐理がそこにある。
昔の佐祐理の笑顔と今の佐祐理の笑顔とのコントラストがまた絶妙らしく人気の秘密だそうな。

まさに瞬殺ものである。(by作者)


To be continued...外伝第2話「私の夢」へ


後書き



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