(これ以上はまずいな……久平達が面白そうにこっちに視線を寄越してるし)
さりげなくみさおを背後に庇い、観客気分でこちらの様子を窺っている久平達を見て、祐一は心中で溜息をついた。
原因は目の前でチェシャ猫のように笑っている少女の存在。
少女は十年来の知り合いのように先程から祐一とみさおに絡んできていた。
普通、見ず知らずの他人にそんなことをされれば大なり小なり不快感を感じるものなのだが、不思議と少女からそういったものは感じられない。
だからといってこのままからかわれ続けるのも祐一からすれば御免なのだが。
「あの」
「うん?」
祐一の呼びかけに、少女は邪気のない微笑み100%でにっこりと微笑んだ。
少女の容姿は祐一から見てもレベルが高い。
普通の青少年であれば頬の一つも赤らめたくなるような笑顔だった。
だが、祐一はその笑顔に何故か油断ならないものを感じてしまう。
さっさとこの場を離れよう、と祐一は固く決心した。
「あなたは、デートだったのでは?」
「そうだよ」
「では、俺たちにかまってばかりというのはまずいのでは……」
言外に「お願いだから俺たちにかまわないで下さい」の意を含め、祐一はやんわりと少女に忠告した。
が、少女は言外の意がわかっているのか、それともわかっていないのか、「気にしないで」と笑う。
「あなたが気にしなくても俺が気にします。普通、デートの相手が他の男と話していれば不快になると思うのですが」
「あははっ。君、心配性だね。でも大丈夫! だって、あたしのデートの相手は女の子だもん」
DUAL ONE’S STORY 第17話 八月、水面に映る君B
「は?」
祐一とみさおの間の抜けた声がハモった。
それはそうだ。
女の子から自分のデート相手は女の子だと言われれば呆気にとられたくもなる。
「だ・か・ら。あたしの連れ合いは女の子なの。だから気にしないで、それに着替えに手間取ってるのかまだ来てないし」
満面の笑みを浮かべる少女に、祐一は少女の言葉に嘘が含まれていないことを察した。
と同時に、一瞬でも穿った考えを抱いてしまった自分を律する。
恐らく少女からすれば、友達と遊びに来る=デートという感覚なのだろう。
一人納得した祐一は「じゃあその友達はいいんですか」と言おうと口を開き、そして固まった。
何故なら
「詩子、お待たせしました」
上から聞き覚えのある声が聞こえてきたからである。
(およ?)
少女―――――柚木詩子は遅ればせながら登場した親友の様子がおかしいことに気が付いた。
その視線を辿ってみれば、その先にあるのは先程背中をぶつけた少年。
少年の方も若干わかりづらいものの、驚愕の表情を顔に貼り付けているのがわかる。
少年の背後で縮こまっている少女は何故だか顔が真っ赤のままなのでよくわからないが。
詩子の直感が働く。
この二人、もしくは三人、おそらくは知りあいだ。
きゅぴーん! と詩子の頭上でランプが灯った。
(三角関係っ!?)
詩子の発想は飛躍しまくっていた。
「……妙な所で会うな」
「……そうですね」
目で挨拶を交わした二人の第一声はこれだった。
片や背後に女の子を庇うような格好で水中にいる少年。
片やなんとなく状況が掴めてしまって自分の幼馴染の行動と奇縁の妙に疲れを覚えながらプールサイドに立っている少女。
なんとも妙な構図である。
「わっ、なになに? もしかして知り合いなの、茜?」
目を輝かせて食いついてくる詩子。
余程二人(三人)の関係に興味があるのだろう。
その迫力は祐一すら後退させた。
「学校の後輩です」
「相沢祐一です。後にいるのはクラスメートです」
茜の端的な紹介に、これまた端的な自己紹介を繋げる祐一。
だが、詩子がそれで満足するはずもなく。
「えー、それだけ? あっ、あたしの名前は柚木詩子ね。茜とは小さい頃からの幼馴染で、親友なの。よろしくね!」
「よろしくお願いします。で、他に何を言えと?」
限りなくよろしくお願いしたくないような口調で話を切り上げようとする祐一。
しかし、詩子は全く気にしていない様子で追求を続ける。
「ほら、恋人とか、ラバーとか、彼氏彼女とか、ダーリンとハニーの関係とか」
「全部同じです」
ハモる祐一&茜。
なお、二人とも詩子のからかいに頬を染めて照れたりはしていない。
少なくとも表面上にそういった動揺は見られなかったと傍にいた詩子も察した。
だからといって二人の関係がただの先輩後輩だとは詩子は欠片も信じていなかったのだが。
「あははっ、仲良いね」
「どこからそういう発想が?」
「だって息ピッタリだったじゃない。まあ、後のその娘もそうだったけど」
「え? あ? ……あっ、さ、里村先輩? こ、こんにちわ」
「こんにちわ、折原さん」
気を向けられたことでようやく反応したみさおがおずおずと祐一の背から顔を出して茜と挨拶を交わす。
どうやら、見知った顔が現れたことで落ち着きを取り戻した様子だった。
「わあっ……」
まるで小動物のようなみさおの様子が琴線に触れたのだろう。
詩子は水中にいるとは思えないほどのスピードでみさおに近付き、頭を撫でた。
「へぅ? な、なにを」
「可愛いっ! ねえねえ、名前何て言うの?」
「お、折原、みさおです」
「みさおちゃんかぁ、可愛い名前だねっ」
「あ、ありがとうございま……へぅぅっ」
詩子の攻撃(?)にタジタジになってしまうみさお。
彼女の今までの人生においてここまでなれなれしいというか、積極的に接してきた人物は初めてなのだろう。
顔を真っ赤にして照れていた。
そんな様子に詩子はますます可愛らしさを覚えてスキンシップをはかるのだから、状況は悪化するばかりなのだが。
「止めなくていいんですか?」
「……まあ、心の底から嫌がってるってわけでもないようだし……というか止めるなら茜の方が適任だと思うんだが」
「嫌です」
祐一のツッコミを一刀両断で断ち切る茜。
祐一も期待していたわけではないので特に残念な様子も見せなかった。
「ところで、なんでここに?」
「詩子がチケットを持っていたので。祐一は?」
「同じだ。幼馴染がチケットを持ってたんでな」
「奇遇ですね」
「奇遇だな」
大騒ぎのみさおと詩子を尻目に、茜と祐一は色気の欠片もない会話を交わす。
普通、年頃の男女が話すのだからもう少し弾んだ感じがあってもいいのだが、この二人にはこのテンポがちょうどいいらしい。
放置された形になるみさおには薄情者以外の何者でもないのだが。
「けど意外だな。茜はこういうところはあんまり好きじゃないと思っていたんだが」
「込み合っていないのなら、問題ありません」
「まあな、俺もそうだし」
「祐一の連れは、折原さんだけ?」
ほんの一瞬。
茜自身ですら気がつけなかったほんの一瞬だけ茜の口調が震えた。
「いや、チケットの提供者である幼馴染も一緒だ。ちなみにあそこでこっちをチラチラ見ているロンゲの男がそれだ。
あと、クラスメートの女の子も一人だな。横にいるリボンがそうだ」
「そうですか」
表面上は何の感慨もない口調で茜は返事を返した。
祐一も茜の内心が推し量れるはずもないので、当然気にする様子は見せずに対面の方向に視線を飛ばす。
久平と澪は祐一の視線にカサカサと居住まいを正していた。
「あの馬鹿どもは……」
「どれくらいの付き合いなんですか?」
「え?」
「あの人と」
唐突な質問だった。
だが、茜に視線を向けていなかった祐一は茜の意図を読むことは出来ない。
「幼稚園の頃からの付き合いだな。はっきりいって腐れ縁って奴だけど」
「嫌ですか?」
「嫌ってほどじゃない。うるさいし、性格は正反対だし、迷惑はかけられ通しだし……でもまあ感謝もしてる。
いても文句を言いたくなる奴だけど、いなくなっても文句を言いたくなる、そんな感じと思う」
「そうですね、幼馴染ってそういうものだと思います」
苦笑をもらす茜を見て、祐一は微かに微笑んだ。
その様子から、茜と詩子の関係は自分と久平のそれに近いものだと察したのである。
「まあ、同性だからそう思うのかもな。これが異性だったらどうだったかはわからないけど」
「異性でも、同じようなものです」
「……茜は、男の幼馴染もいるのか?」
茜の言葉から感じた疑問を祐一はぶつけた。
だが、祐一はそれが失敗だったことを即座に察することになる。
その時の茜の表情は、失言を悔やむような、それでいて悲しそうな、そんなものだったから。
「そうですね……」
辛そうな顔で茜の口が開く。
祐一は無礼を承知でそれを止めようとする。
その続きを言わせていけない。
少なくとも今は。
祐一はなんとなくそう感じたのだ。
「ねえねえ、茜も早くプールに入ろうよ」
が、茜の言葉を止めたのはみさおをようやく解放したらしい詩子の一言だった。
「詩子……」
「あれ、どうしたの茜? 不景気な顔しちゃってー。あ、もしかして相沢君にいじめられた?」
「なんで俺がそんなことをしなくてはいけないんですか」
「えー、だって……ねぇ?」
チラリ、と詩子は祐一を見てウインクをする。
そして祐一は理解した。
詩子が自分を助けてくれたことを。
おそらく雰囲気を察し、助け舟を出してくれたのだろう。
祐一は心中で詩子の評価を大幅に上げると共に、ほっと一息をつき
「相沢君が茜の方を見ないから茜は怒ってるんじゃないかって思って」
そのまま肩をがくっと落とした。
「詩子、何馬鹿なことを言ってるんですか」
「だって事実じゃない。さっきから見てたけど、相沢君ずっと茜のことを見ようとしてないし」
ねー? とばかりにみさおに同意を求める詩子。
みさおは勢いに押されたのか、こくりと頷いていた。
「ほらほら。照れるのはわかるけど、折角の水着姿なんだからちゃんと見てあげようよ。レア物だよ?」
「あ、ちょっと……」
がっしりと肩を掴まれた祐一はあっと言う間に茜の正面に視線を運ばれる。
茜の着ている水着は澪と同じピンクのワンピース。
フリルはついていないが、胸元に大き目のリボンがついている。
縁(ふち)数センチは白でデザインされていて、どちらかといえば可愛い系の水着だった。
綺麗系の茜が着るにはややイメージが合わないものであったが、意外に似合っている。
というのが祐一の感想だった。
もちろん口には出さなかったが。
「ほら、どう?」
「どうと言われても」
「女の子の水着を見たら感想を言うのは男の子の義務だよ?」
「そんな義務はないです」
「えー、でも茜は言って欲しそうだよ?」
チラ、と祐一は茜の顔を見た。
特に詩子の言葉を肯定しているようには見えない。
だが、否定の言葉も発していなかった。
どことなくその瞳は何かを期待しているかのように見えなくもない、と祐一は思った。
だが、祐一は感想を言う、というか、茜を再度見ることが出来なかった。
「ん、どうしたの?」
そんな祐一の様子に気がついた詩子が訝しげな様子で祐一と茜の間に視線を走らせた。
ちなみに、みさおはハラハラと事態を見守っている。
「んー? んん……ん?」
ひとしきり唸った詩子は何かに気が付いたらしい。
子悪魔チックな笑みを浮かべると、祐一から離れてプールサイドへと向かう。
「茜、茜。早くプールに入った方がいいと思うよ」
「どういうことですか?」
「ちょ、まっ」
「気が付かない? このアングルって結構危険だよ?」
「え?」
「違うっ」
意地の悪そうな顔で詩子が微笑むと同時に祐一の顔が赤く染まった。
みさおも茜も初めて見る狼狽した表情。
そしてみさおは気がついた。
茜はプールサイドに立っている。
つまり祐一からすれば下から茜を見上げる形になる。
それが何を意味するかと言うと……
「相沢君っ!」
「っ!」
みさおの責めるような声と、茜が顔を真っ赤に染めて素早くプールに飛び込むのは同時だった。
あとがき
詩子登場。彼女の観点では茜とでもデートだと思います。
詩子のデート相手は誰だ!? とヤキモキした方は残念でした(w
下から見上げるアングルは色々危険です
祐一はジェントルメンなので最初と詩子に不意をつかれたときの二回しか見てません、しかも瞬間的。
ちなみに私が何を言ってるのかさっぱりわからない人は一度実践してみて下さい、私はそんなシチュにあったことありませんが。
みさおが最初顔を真っ赤にしてたのは……まあ、誤解してたんですね。何を、とは言いませんが。
次回は八月編完結。色々つめてたら何時の間にか4話を越える羽目になってました(汗