「ぜ、絶対に手を離さないでね?」

 「ああ、勿論だ」

 「絶対に絶対だよ?」

 「わかってる」



 怯えと微かな羞恥を瞳にたたえ、至近距離にある祐一の顔をじっと見つめるみさお。

 真剣な表情でみさおの両手を握り、自分の方へとゆっくりと引き寄せる祐一。

 太陽の光がそんな二人を眩しく照らす。

 そう、二人は―――――















 ばしゃばしゃ



 「うわぷっ、み、水がっ」

 「折原、首を下げすぎだ」



 プールに来ていた。






























 DUAL ONE’S STORY     第15話   八月、水面に映る君@






























 それは、八月に入ったばかりのある日のことだった。

 夏休みの宿題をとっとと片付けてしまおうということで、午前中から図書館に集まったあいざわーずの四人組。

 ある程度ノルマも片付き、休憩に入ったところでその提案は行われた。



 「ねえねえ、プールに行かない?」

 「……唐突だな」



 ノートを閉じながら祐一は久平の提案に眉をひそめた。

 確かに今日のように蒸し暑い日ならプールは最適の暇つぶしだろう。

 だが、夏休みに入った今では家族連れやら自分らのような友人集団が大量にいるであろうから、疲れるだけになるという疑念がある。

 何より、祐一は人ごみが余り好きではない。

 それは横で思案するような顔の澪や少し困ったような顔をしているみさおも同じであろう。

 特にみさおは男性恐怖症なので厳しいものがある。



 「人でごった返しているんじゃないのか?」



 言外に「俺は嫌だぞ」のニュアンスを含ませて祐一は久平に疑問を発した。

 が、久平はその言葉は予測済みとばかりに数枚のチケットを懐から取り出す。



 「じゃーん!」

 「何だそれは?」

 「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました! これは最近プレオープンしたばかりのプール『アクアサイド』のタダ券さ!」

 「おい、人の話を聞いていたのか? オープンしたばっかりなら余計人が多いだろ」

 「ちっちっち、祐ちゃんこそ人の話は最後まで聞こうよ。プレオープンって言ったろ?

  八月中旬の本格的なオープンまではこの券を持ってる人しかそのプールには入れない。

  つまりは今ならがらがらとまではいかなくても人ごみに困ることはないというわけさ!」



 ふぁさっと髪をかきあげてポーズを決める久平。

 はっきり言って無駄なことこの上ない。

 まあ、今更祐一達がそれをつっこむことはないのだが。



 「けどいいのか? その言い方だとその券は希少品じゃないのか?」

 「ああ、まあ商店街で一定以上の買い物をすればもらえる券だし、福引券のようなもんだから気にしないでいいよ。

  この前大量に食材を買い込んだからいっぱいもらえたし」

 「ふむ、それなら俺は構わないぞ。折原と上月はどうする?」

 『OKなの』

 「え……わ、私は……その……」



 即断の澪とは対照的に、消極的否定の意を示すみさお。



 「あれ、みさおちゃんは都合が悪い?」

 「う、ううん。そういうことじゃないんだけど……」



 みさおはそこまで言うと居心地悪そうに身を縮めた。

 そして、蚊の鳴くような声で「私……お、泳げないの……」と理由を話した。



 「ああ、なるほど……」



 苦笑する久平。

 去年まで入退院を繰り返していた以上、みさおはプールや海など行ったこともないだろう。

 ならば彼女が泳げるはずがない。



 「だから……その、折角誘ってもらったんだけど……」

 「じゃあ、祐ちゃんが泳ぎ方を教えてあげたらいいんじゃないかな?」

 「え……」



 みさおが拒否の言葉を発しきる前に久平の一手が打ち込まれる。

 当然、祐一は抗議の声をあげかけるが、久平はそれを目で制し、続ける。



 「祐ちゃんは泳ぎが巧いし……折角健康になったんだから、泳ぎを覚えて損はないでしょ?」

 「で、でも……相沢君に迷惑じゃあ……」

 「迷惑なんかじゃないよね、祐ちゃん?」



 横目でウインクを祐一に送る久平。

 当然、こんな風に言われて迷惑だと祐一が言えるはずもなく



 「俺は、構わないが……」

 「泳げない少女を少年がつきっきりでコーチする。うーん、青春だねっ、ロマンだねっ、愛が芽生えるねっ!」

 「あ、愛って……そんな」

 「アホか、お前は」



 久平の言葉に頬を染めるみさおと冷ややかな視線を向ける祐一。

 ちなみに澪は完全に傍観体勢だったりする。



 「まあ、とにかくだね。そんなわけだからみさおちゃんもOK?」

 「で、でも……」



 なおも渋るみさお。

 しかし久平はそんなみさおの反応も折込済みだったのだろう。

 みさおの耳元に口を寄せると何事かを囁いた。



 「―――――だよ?」

 「へ、へぅっ!?」



 ぼん! と湯気をたててみさおの首から上が真っ赤に染まった。

 みさおはそのまま交互に久平と祐一へ視線を向ける。

 久平はそんなみさおにニコニコと微笑みながらうんうんと頷き、祐一はわけもわからず首をひねった。



 数秒後、みさおはプール行きを承諾した。















 「……折原に何を言ったんだ、お前?」



 図書館の帰り道、久平と二人になった祐一は疑惑の視線を久平に向けた。

 何が起きたかはさっぱりわからなかったが、みさおが肯定に傾いたのは間違いなく久平の囁きが主要因だろう。

 ならばその内容が気になるのは当然のことである、とばかりに祐一は久平を問い詰める。



 「それはいくら祐ちゃんといえども教えられないなぁ〜♪」

 「また変なことを吹きこんだんじゃないだろうな?」

 「大丈夫大丈夫、それはないから。僕はただ……」

 「ただ?」

 「とある朴念仁にアピールする方法の一つを教えてあげただけさ」

 「は?」



 わけがわからず首をひねる祐一。

 彼は知らない。

 久平が「祐ちゃんは女の子の水着姿を見るのが大好きなんだよ?」とみさおに囁いていたことを。















 そして午後。

 祐一は時刻通りにプール「アクアサイド」に到着し、着替えを終えてプールサイドに出てきたのだが……



 「見ろ、まるで人がゴミのようだ!」

 「こ、浩平ー! やめようよー!」



 何故か祐一は頭上数十メートル先で叫んでいる浩平の姿を眺めていた。

 横にはビギニパンツの水着を着た久平と、シンプルな青のワンピースタイプの水着を着た長森瑞佳がいる。



 「あの人は何をしてるんだ久平?」

 「僕には高台からプールに飛び込もうとしているようにしか見えないけど……」

 「浩平ーっ! 危ないってばーっ!」



 呆然とした男二人の言葉に対し、瑞佳の声はあくまで浩平を心配するものだった。

 何故、浩平と瑞佳がここにいるかというと、何のことはない。

 出かけようとしたみさおが見つかったのである。

 幸いにもタダ券は六枚あったので、そのまま浩平とそこに居合わせた瑞佳がついてきたのだ。



 「ああもう、浩平ってば……ごめんね寺岡君、相沢君。浩平が無理矢理ついてきた上にあんな迷惑かけて……それに私まで」

 「ああ、いえ。構いませんよ。どうせ券は二枚余ってましたし、折原先輩が来るなら長森先輩がいなくちゃストッパーがいないでしょ?」

 「……そうだね」



 久平の言葉に否定要素を見つけることが出来なかった瑞佳はがっくりと項垂れた。

 だが、事態はとどまることを知らず、浩平は今にも飛び込みそうな雰囲気だった。



 「ところで折原と上月は?」

 「二人ともちょっと着替えに手間取ってるみたい。もうそろそろ来ると思うんだけど……」



 と、その瞬間。

 三人の頭上から「ア〇ロ、いっきまーす!」と景気のいい掛け声が響いた。



 「え?」



 そう声をあげたのは誰だっただろうか。

 三人は反射的に頭上を見上げ、そして目を見開いた。

 そこに映るのはモモンガやムササビのごとく体をエックス型に開いた浩平の姿。

 数瞬後、盛大な水しぶきと水音を響かせて浩平が着水した。



 ばっしゃーーーーーーんっ!!



 「うわぁ……腹からいったよ今」

 「顔面もいったなあれは……大丈夫か? 折原先輩は」

 「こ、浩平ーっ!?」



 感心する男二人を他所に、瑞佳はプールサイドへと駆け寄っていく。

 と、数秒後、瑞佳の目の前に真っ赤な体をした男が勢いよく水面から現れた。

 体の前面をしたたかに打ちつけたせいで体の前面が真っ赤になっている浩平である。



 「こ、浩平? 大丈夫なの?」

 「……長森」

 「な、何?」

 「アイツに伝えといてくれ。お前は、女房思いのいい奴だった……と。がくっ」

 「わわっ、浩平!? アイツって誰だよ!? ていうか沈んでるーっ!?」



 力尽きたのか、再び水の中へと沈んでいく浩平。

 残されたのは、律儀にも突っ込みを忘れなかった瑞佳の慌てた声と、溜息をつく男二人の姿だった。















 「あ、あの……お兄ちゃんは一体……?」

 「気にするな」

 「まあ、そうだね……名誉の戦死?」



 ようやく更衣室から出てきたみさおと澪が見たものはぐったりと倒れている浩平と、それを介抱する瑞佳の姿だった。

 何故か倒れているはずの浩平は満足そうな表情であり、瑞佳は呆れた顔でそんな浩平の傍で溜息をついている。



 「……なんとなく何があったのかわかった気が」



 そんな光景に、瑞佳同様溜息をつくみさお。

 澪は素直にも浩平の身を案じる様子を見せてはいたが。

 ちなみに、当然のことながら澪はスケッチブックを持ってきてはいない。

 ボディーランゲージのみでの意識疎通である。



 「まあ、それは良いとして……みさおちゃん、何その格好?」

 「へぅ? そ、それは……」



 久平のツッコミに、みさおは少し顔を引きつらせた。

 ピンク色のフリルつきのワンピースが可愛らしい澪に対し、みさおは体にタオルを巻いていた。

 当然、彼女の水着は見えていない。



 「これから水につかるんだからタオルはとらないと」

 「う、うん、わかってはいるんだけど……」



 と、そこでみさおは祐一の方を気にするそぶりで視線をチラリと向けた。

 瞬間、ぴーんときた久平は澪へアイコンタクトを送る。



 (みさおちゃんは祐ちゃんに水着姿を見せるのを恥ずかしがってる?)

 (はちみつくまさん、なの)

 (OK、じゃあ僕が気をそらすから)

 (了解なの)



 アイコンタクト終了。

 この間、僅か一秒である。



 「みさおちゃん、ひょっとして……」

 「な、なに?」

 「水着姿を見せるのが恥ずかしい?」

 「へぅっ、そ、そんなことはっ」

 「じゃあ、タオルは取ろうよ」

 「え、えとあのそのっ」

 「おい、久平……」



 気の毒なくらいあわあわし始めたみさおに、それを見咎めた祐一が口を挟もうとしたその時。

 祐一は気が付いた。

 あたふたするみさおの背後に回りこむ小柄な影。

 影はゆっくりとみさおの首元に手を伸ばすとタオルをつまんだ。

 瞬間、祐一の脳内に嫌な予感が走った。



 「おい、こうづ」

 「♪」



 だが、祐一の静止は一歩遅かった。

 小柄な影こと澪の満面の笑みと共に剥ぎ取られるみさおのタオル。

 その下から現れたのは……



 「―――――き」



 白。

 可憐な一輪の白い花が祐一の目に映った。

 病弱なほどの肌は、太陽の光に害されるのではないかと言うくらい白かった。

 水着は瑞佳と同じタイプの白のワンピース。

 だが、白と白の織り成す絶妙なコントラストが折原みさおという少女の儚さと可憐さを如何なく魅力的に見せている。

 固まった祐一はもちろんのこと、自分の美に絶対の自信を持つ久平でさえ、一瞬見惚れるほどの光景だった。



 「……え? え?」



 しかし、当の本人―――――みさおは自分に起きた事態を理解していなかった。

 祐一と久平の視線を辿り、それが自分へと向いていることに気が付く。

 自然、自分の姿を見下ろしたみさおは自分の水着姿が晒されていることに気が付く。

 数秒後、ギギギギと機械的な動きと共に視線は祐一へと戻る。

 みさおの白に、赤が混じり始める。



 「折原―――――」



 祐一の口が開く。

 そしてそれが合図となった。

 みさおは普段からは考えられないほどの俊敏な動きで回れ右をする。

 そしてわき目もふらずに一気に更衣室へと走り出した。















 ゆでだこのように真っ赤になったみさおを、瑞佳と澪が更衣室から引っ張り出してきたのは三分後のことだった。





 あとがき

 八月編突入、ここは閑話的な部分ですので萌え分の投入に勤しみます(マテ
 前回のヒキは投げっぱなしですね、いや、後の話でちゃんとだしますけど。
 今回はプールです、水着です、泳げないヒロインです。
 ここが書きたかったんだ私は! ←死ね
 まあ、みさおも澪も瑞佳もワンピースですが、イメージ的には三人ともワンピースですよね。瑞佳はセパレートでもよかったかもしれませんが。
 久平がビギニなのはお約束です、あ、ちなみにどうでもいいですが浩平と祐一は普通にトランクス型の水着です。

 次回は水泳教室の巻。甘さをあげていきたいと思います(ぇー