「いらっしゃーい…………って、あれ?」

 「こ、こんばんわ寺岡君」

 『こんばんわ』

 「みさおちゃん、祐ちゃんは?」

 「そ、それが……その」



 みさおがチラチラと澪の後ろを気にするような仕草をするのを見て怪訝な顔をする久平。

 何事かと思い澪の後ろを覗いてみると―――――



 「お、折原先輩?」

 「よう、寺岡。こんなイベントで俺を誘わないなんて酷いじゃないか。思わず相沢の首をロックしてしまったぞ」

 「お、お兄ちゃん! 相沢君になんてことするの!?」



 何故か祐一におんぶされた浩平が祐一の首を絞めていた。






























 DUAL ONE’S STORY     第13話   七月、織姫の願い事A






























 「うーし、ようやく足の痛みがひいてきた」

 「あれ、折原先輩。足をどうかしたんですか?」

 「いやな、二階から飛び降りたんだが着地に失敗してな。足を挫いたので相沢におぶってもらってここまで来たんだ」

 「またなんでそんな真似を」

 「ふ、寺岡よ。妹の危機に駆けつけることは自分の危機よりも重要なことなのだ」

 「みさおちゃんの危機?」

 「ああ、実はな。相沢が―――――」

 「お兄ちゃん、だからそれは誤解だってば」

 「誤解も碁会も将棋会もないわ! 俺の目の行き届く範囲でみさおを口説こうなど百年早い!」

 「もう、お兄ちゃんってば……ご、ごめんね相沢君。重かったでしょう?」



 本当に申し訳なさそうな表情で祐一に謝るみさお。

 祐一は首を絞められていた後遺症でひたすら咳き込んでいたりする。



 「ゲホゲホ……ああ、気にするな折原。元はといえば折原先輩に誤解されるような発言をした俺が悪いんだし」

 「でも、相沢君は私を……そ、その……か、可愛いって言ってくれただけなのに」



 「可愛い」の部分をかなり小声で呟くみさお。

 が、それを耳聡く聞きつけた久平と澪の目がきゅぴーんと光る。



 「ええっ!? ゆ、祐ちゃんが女の子をほめた!? しかも直球ストレート!」

 「おい、なんか物凄く引っかかる台詞なのは気のせいか?」

 『みさおちゃん、おめでとう♪』

 「み、澪ちゃん!」



 額に青筋を浮かべる祐一と頬を真っ赤に染めるみさお。

 非常に対称的な二人である。

 そんな四人の背後では妹の様子に寂しさを覚えたり怒りを覚えたりするお兄ちゃんが起爆寸前だったりするのだが。















 「祐兄様、お久しぶりです」

 「祐兄、抱っこ」

 「あ、うちもうちも〜♪」

 「みんな、ずるいですよっ」

 「う、うわっ。一斉に来るんじゃない」



 祐一にべったりと張り付く四人の少女。

 それを生暖かく見守る久平の視線は「ニヤニヤ」という擬音が最も適しているのだった。



 「相変わらずモテモテだねぇ、祐ちゃんは」

 「寺原君、あの娘たちは?」

 「ああ、言ってなかったっけ? あれはみんな僕の妹だよ。四つ子でね、みんな祐ちゃんに懐いているんだ。

  おじぎしてるのが長女の朱音(あかね)、背中に張り付いてるのが次女の宮樹(みやき)、

  右手を掴んでるのが三女の白奈(はくな)、左手に掴まってるのが末娘の水見(みずみ)」

 『子沢山なの』

 「まーねー、ウチの親父は普段は祐ちゃん並の朴念仁で堅物の癖にやることはやってる―――――あいたっ!」



 背後からのびてきた拳に拳骨を食らう久平。

 そこには、威厳のありそうな中年男性が立っていた。



 「誰だ、この僕のビューティフルブレインを……って親父」

 「客人の前で何をほざいておるかこの放蕩息子」

 「事実だろ?」

 「やかましいわ……おっと失礼。私はこの馬鹿の親で寺岡久治という。お嬢さんがたは愚息の友人ですかな?」

 『上月澪です』

 「あ、はい。折原みさおといいます。あっちにいるのは私の兄です」

 「折原先輩は何やってるんだい?」

 「短冊に願い事を書いてるんだと思う……すみません、後できちんと挨拶させますから」

 「はっはっは、構わんよ。ところで聞きたいことがあるんだが、いいかな?」



 堅物そうな表情から一変、人のよさそうなおじさんの表情に変化した久治は澪とみさおを見る。



 「体重やスリーサイズを聞くのはマナー違反だぞ親父」

 「誰がそんなことを聞くか。いやな、どっちが祐一の良い人かと思ってな」

 「えっ……あ、あの私たちは―――――」

 「ああ、それならみさおちゃんだね」

 『間違いない、なの』

 「へぅ? ふ、二人とも、何を!?」

 「おお、そうかそうか。やりおったな祐一の奴、こんな可愛らしいお嬢さんにおとされるとは」

 「そうだね、朱音たちには残念だけど」

 「うむ、朱音らが年頃になれば祐一を婿にもらうなり嫁がせるなりしようと思ったが…………

  まあよい、あの女っ気なしの朴念仁に彼女が出来たのなら祝福せねばなるまいて」

 「ち、違うんです。私と相沢君は」

 『は?』

 「お、お友達で……」



 穴があったら入りたい。

 正にみさおの今の心境がそうであろう。

 小柄な体をさらに縮こまらせてもじもじと揺らすみさお。



 「ん、そうなのか久平?」

 「うん、今のところはね」

 「なんだ、早とちりさせおって。ならばまだ祐一は家の婿になる可能性は残っているな」

 「まあね、でも最近は二年の先輩とも親しいようだからライバルは多いよ」

 「むう、流石はわしの見込んだ男。やりおるわ」



 わっはっは、と豪快に笑う久治。

 意外と好々爺なのかもしれない。



 「では、わしは祐一と話してくるとしよう。お嬢さんがた、好きなだけ短冊でもなんでも飾っていってくれ」



 機嫌よさそうに去っていく久治なのだった。















 「久平」

 「あ、祐ちゃん。開放されたようだね。さて、それじゃあ短冊を飾ろうか」

 「そうだな」



 久治と寺岡四姉妹が家の中に引っ込んで祐一がフリーになり、久平たちの所に戻ってくる。

 脚立を用意してさあ短冊を飾るという段になったのだが……



 「お兄ちゃん……それ、何?」

 「短冊」

 「滅茶苦茶な数ですねそれ……何十枚あるんですか」

 「とりあえず三十五枚だ。あんまり欲張ってもいけないからな、残りは来年にとっておく」

 「十分欲張りだと思う……」



 がっくりと肩を落とすみさお。

 兄の奇行は今更のことなので驚かないが、人様に関わることでは流石に勘弁して欲しいようだ。



 「えーと、『一日を四十八時間にして欲しい』『長森、もっと優しく起こしてくれ』『みさおが彼氏なんて連れて来ませんように』

  『テスト撲滅』『秋休みを作ってくれ』『連載更新』『俺にもヒロイン作れ』……流石は折原先輩」

 「色々ツッコミ所満載だねぇ」

 「ごめんね、馬鹿な兄で……」

 「で、お前らはなんて書いたんだ?」

 「僕は『より美しく、より優雅に』と。澪ちゃんは『演劇が成功しますように』か。あ、僕もそれ書いとこうかな」

 『盗作はいけないの』

 「相沢は?」

 「家内安全、無病息災を」

 「なんというか……期待を裏切らない奴だな、お前」

 「あ、私も同じだよ」

 「みさお、もうちょっと贅沢な願い事をしてもいいんだぞ?」

 「じゃあ、お兄ちゃんがもっとしっかりして妹離れできますように」

 「無理」

 『即答!?』



 駄目兄貴だった。















 「誰から飾る?」

 「祐ちゃんが全部やっちゃったら? 運動神経いいんだし」

 「でも、自分でつけたほうがご利益があると思うぞ。いざというときは俺らが下で受け止めればいいんだし」

 「まあ、そうだけどさ。でも―――――」



 ちらり、とみさおと澪を見る久平。

 二人は微かに頬を染めて下の方を気にしている。



 「……? 二人とも。どうしたんだ?」

 「あのねぇ祐ちゃん。二人の格好を見て何か気がつかないの?」

 「何か?」

 「二人ともスカートだよ?」

 「あ」

 「やーい、祐ちゃんのえっちー♪」

 「相沢も所詮はその程度の男か……見損なったぞ!」

 「ぐっ」



 集中砲火を浴びる祐一。

 非は自分にあるのでどうしようもないのであった。



 「あ、はは……ズボンをはいてくればよかったね」

 (うんうん)















 ポツ、ポツ―――――



 「……雨?」

 「のようだね」



 祐一が全ての短冊を飾り終えたと同時に雫が天から降ってくる。

 慌てて縁側に避難する祐一達。



 「あー、これじゃあ短冊はずぶぬれだねぇ。文字も読めなくなるから願い事は叶わないかな?」

 「なにぃ!? じゃあ俺の力作な願い事は全部パーなのかっ」

 『残念なの』



 振り出した雨に非難轟々の三人。

 が、みさおはそれよりも気になることがあった。

 それは、ぼーっと雨の降る様子を見つめる祐一の瞳。

 何も映していないような虚無、けれどその瞳は確かに何かを―――――過去を映していた。

 それが何を意味するのかを知っているのはこの場では久平のみなのだが。



 「あの、相沢君?」

 「……ん、ああ、悪い。ちょっとぼうっとしてた」

 「大丈夫?」

 「ああ、大丈夫だ。心配かけて悪かったな」

 「ううん、そんなことないけど」



 みさおはこんな祐一を数度見たことがある。

 それは全て雨が降っている日だった。

 雨に何かあるのか、だとしたら何があったのか。

 気にはなる、しかしどうしてもこの祐一を前にすると聞けない。




 ―――――だから、今のみさおにできることは一つだった。



 なで、なで



 「……折原?」

 「あっ……ご、ごめんね」

 「なんで謝るんだ?」

 「だって、いきなり……」

 「いや、気持ちよかったよ。サンキュ」

 「あ……うんっ」



 ぱあっ、と花が開くような笑顔を見せるみさおに少しだけ照れながら礼を言う祐一。

 実に良い雰囲気なのだが、そうは問屋が卸さない。



 「よくもまあ俺の前でそんなやり取りができるなぁ相沢?」

 「いちゃいちゃだね」

 『青春なの』



 当然のように二人の甘い雰囲気に気がついた三人は怒りとからかいの炎を燃やす。 

 浩平の周りの雨などは蒸発すらしているように見える。



 「兄様、浮気者です」

 「祐兄……」

 「おしおきやね♪」

 「さんせー!」



 更に何時の間にか加わった寺岡四姉妹にも挟まれる。

 冷や汗をかいて後ずさるの祐一だったが退路はない。















 三十分後、ふらふらになって寺岡家から出ていく祐一を苦笑しつつ目撃する久治の姿があるのだった。





 あとがき

 久平一家登場、でもそんなに重要なキャラではないので描写は最小限に(w
 ちなみに寺岡四姉妹は拙作『奇跡のkey』の想精の流用だったり。
 みさおヒロイン化進行中。もう一人のヒロインを圧倒的にリード?
 浩平の馬鹿さ加減が難しい……

 次回はまだ七月編です。帰り道で祐一が会ったのは?