「さーさーのはーさーらさらー♪」



 暦は七月。

 暑さも増し、いよいよ夏本番の季節。

 そんな中……



 「のーきばにゆーれるー♪」

 「なあ、上月。あれってツッコミ待ちだと思うか?」

 『微妙なところなの……』



 本日は土曜日のため、帰り支度を始めた祐一。

 澪とみさおも部活がない日なので同じく帰り支度を始めていた。

 ただ一人、突然歌を歌いだした久平に困惑の三人。



 「暑さにやられたか? あのロンゲじゃあ暑そうだしな。というか見てて暑苦しい」

 「あ、あの、相沢君。それは流石に言い過ぎじゃ……」

 「聞こえてないから大丈夫だ」

 「おーほしさーまーきーらきらーきーんぎーんすーなーごー♪ ……聞こえてるよ、祐ちゃん」

 「お、やっと歌い終わったか」

 「さらっと流すね。でも、そんな祐ちゃんが僕は好きさ♪」

 「で、一体なんなんだ?」

 『に、二段流し!?』



 がーん! という擬音を背に背負いつつ驚愕する澪を尻目に、良くぞ聞いてくれましたと居住まいを正す久平。

 やはりツッコミ待ちだった模様。



 「今日は……七夕なのさっ」






























 DUAL ONE’S STORY     第12話   七月、織姫の願い事@






























 「ああ」

 「なるほど」

 『納得なの』

 「なんか淡白すぎる反応じゃないのかい、君たち……」



 渾身のネタが滑った芸人のごとく崩れ落ちる久平。

 が、その程度ではへこたれないらしく素早く立ち上がって毎度おなじみとなった髪をかきあげるポーズを決める。



 「七夕…………ってことは今年もやるのか、あれ?」

 「あれ?」

 「ああ、みさおちゃんと澪ちゃんは知らないか。ウチはしがない剣術道場でね、無駄に敷地が広いんだ」

 「で、そのスペースを利用して毎年馬鹿でかい竹を立てるんだよこいつの家は」

 「七夕の短冊は高いところにつければつけるほど願いが叶うっていうからねぇ」

 「おい、それって上に、の間違いじゃないか?」

 「似たようなもんだよ」

 「わぁ……凄そうだね」

 (うんうんっ)



 満点の夜空にそびえ立つ竹を想像しているのか、瞳をキラキラさせる女の子コンビ。

 そんな二人のリアクションはただでさえ幼げな容姿を更に幼く見せ、微笑ましさを見るものに与える。



 「よかったらみさおちゃんと澪ちゃんも短冊飾りに来るかい?」

 「え、いいの?」

 「ノープロブレム。でかいっていってもどうせ内輪でしかやんないからね、毎年飾り物ばかりで困ってるんだ」

 「じゃあ、何時に集合するんだ?」

 「八時くらいでいいんじゃないのかな。けど、みさおちゃんは家の場所知らないよね?」

 「うん、地図さえ書いてもらえれば大丈夫だと思うけど……」



 「あれ、上月は久平の家知ってるのか?」

 『帰り道にあるからこの前教えてもらったの』



 うーん、と唸る久平。

 と、何かを閃いたのか手をポンと叩くと祐一の方を見やる。



 「確かみさおちゃんは澪ちゃんの家を知ってるよね?」

 「うん、何度かお邪魔したことあるから」

 「じゃあ、祐ちゃんがみさおちゃんを案内してあげてよ。途中で澪ちゃんトコに寄って澪ちゃんも一緒に」

 「……えっ?」

 「まあ、女の子だけで夜道を歩かせるわけにもいかないからそれは構わないが……俺は折原の家を知らんぞ」

 「みさおちゃん、地図を書いてあげてくれないかな?」

 「えっ、で、でも……」

 「大丈夫大丈夫♪ 祐ちゃんは住所を知ったからってストーカーなんてしないから」

 「まてそこのロンゲ男。あと折原、そんな目で俺を見るな。そして上月、何故後ずさる」



 二人のリアクションに珍しくへこむ祐一。

 久平は腹をかかえて大笑いしていたりする。



 「ご、ごめんね。ちょっとびっくりしたから」

 「いや、男に住所を教えるのは確かに躊躇して然るべきだしな」

 『相沢くん、考えが古風なの』

 「多分、みさおちゃんが考えていることはそういうことじゃないと思うんだけどなぁ」

 「は? じゃあどう―――――」

 「ど、どうぞ相沢君!」



 「どういうことだよ」と祐一が言い切る前に差し出されるメモ。

 可愛らしいピンクのメモ用紙に書かれていたものは折原家へ行くための地図だった。



 「いや、ちょっと待て。いつ書いたんだこれ」

 「前に澪ちゃんに見せたのがまだあったから……」



 俯いたままメモを差し出しているみさお。

 祐一からは見えないが俯いた彼女の顔は真っ赤である。

 見ようによってはラブレターを渡す状況に見えなくもない。

 まあ、みさおの心情的にはそれに近いのかもしれないが。



 「それにしたって出すスピードが早いような気が……ひょっとしたら教える機会を待っていたとか?」

 『複雑なおとめごころなの』



 幸いにも、久平と澪の会話は祐一とみさおには聞こえなかったらしい。















 PM7時30分、折原家。



 「ここか……」



 チャイムを押すと、ピンポーンと音が響く。

 そしてみさおが出てくるのを腕を組んで待つ祐一。

 別段女の子の家を訪れることに対する緊張はないらしい。

 しかし彼は失念している、この家にはみさお以外にも住人がいることを。



 ガチャ



 「はい……どなた?」

 「あ、えと、夜分恐れ入ります。俺……いや、僕は折原さんの級友の相沢と申します」



 若干硬い言葉で挨拶をする祐一。

 扉から現れたのは30代半場くらいに見えるショートヘアの女性だった。

 同じショートであり、みさおにどことなく似ているその女性はみさおの親類だろうか。

 そんなことを考えつつも、みさおが出てくると予想していたため、少しばかり気が動転してしまう祐一。

 が、女性はそんな祐一の態度を気にすることなく興味深そうに祐一の観察を始める。

 ますます居心地が悪くなり、萎縮してしまう祐一。

 非常に珍しい光景である。



 「へえ、君がみさおの言ってた相沢君?」

 「折原さんがどう言っていたかは知りませんが、多分その相沢かと」

 「ふむふむ、ほうほう、なるほどね」

 「あ、あの?」

 「ああ、ごめんなさいね。ちょっと好奇心がでちゃって」

 「は、はぁ」

 「自己紹介が遅れたわね、私は小坂由起子。みさおの叔母にあたるわ」

 「相沢祐一です。いつも折原さんにはお世話になっています」

 「ふふ、そんなにかしこまらなくてもいいわよ。それに聞いた話じゃあなたのほうがみさおをお世話してくれているんでしょう?」

 「いえ、そんなことは」

 「けど…………流石は我が姪ね。男を見る目は確かだわ」

 「ゆ、由起子さんっ」



 由起子の言葉を祐一が問い返す前に響く叫び声。

 彼女にしては珍しいその声は、みさおのものだった。



 「あら、みさお」

 「あら、じゃないです。何を言っているんですか!」

 「だってあなたがいつも耳にたこが出来るくらい話してる男の子のことだから気になっちゃって―――――むぐ」

 「なんでもないですっ、なんでもないからね相沢君?」

 「あ、ああ。わかったから落ち着け折原」



 かなり焦った様子のみさおに凄まれてさしもの祐一もコクコクと頷くだけ。 

 気迫に押されたとでもいうのだろうか、それくらいみさおは必死だった。

 まあ、可愛らしさは損なわれていないので傍目には微笑ましい様子ではあるが。















 (はー、これはそうとう入れ込んでるわね)



 一方、口を押さえられている由起子はそんな姪の様子を驚きつつ見ていた。

 ただでさえ人見知りするみさおが他人―――――しかも男の子の前でこんなに活き活きしているのだ。

 本人がその感情を自覚しているかは別として、祐一がみさおの中で高い位置付けなのかははっきりとしている。



 (これは浩平があんなになるのも納得ね…………あの子、シスコンだし)



 みさおから祐一の話が出てくるたびに嬉しがっているような怒っているような、それでいて寂しそうな表情をしていた甥を思い出す。

 これを機に妹離れしてくれればいいんだけど、などと考えるのだった。















 「じゃ、じゃあ行くか?」

 「あ、はい」



 落ち着いたのか、呼吸を整えて玄関から出てくるみさお。

 と、そこで祐一の自分を見る目がいつもと若干違うことに気がつく。



 「相沢君、私何か変かな?」

 「え?」

 「何かいつもと様子が違うから……」

 「ん、ああ。折原の私服は初めて見たからな、ちょっと珍しくて」

 「そ、そう……」



 祐一に見つめられて恥ずかしさと嬉しさが混ざった不思議な気分を感じるみさお。

 と、背中をつんつんとつつかれる。

 振り向くとそこには笑顔の由起子がいた。



 (みさお、チャンスよ)

 (チャ、チャンスってなんですか由起子さん)

 (ここで『私の私服姿、どうですか?』って聞くのよ。相沢君の様子から見て悪い反応は返ってこないわ)

 (そ、そんな恥ずかしいこと聞けないですよ)

 (大丈夫だって、自信を持ちなさい)

 (自信とかそういう問題じゃないです……)

 (もう、煮え切らないわね。いいわ、私が聞いてあげる)

 (へうっ、や、やめてくださいっ)



 くるり、とみさおの体勢を反転させて祐一に向き合わせる由起子。

 みさおはジタバタともがいているが、両肩をがっしりと押えられているため身動きが取れない。



 「相沢君」

 「何ですか?」

 「どう?」

 「ゆ、由起子さんっ」

 「どう、とは?」

 「みさおの私服姿。初めて見たんでしょう?」

 「ああ、そういうことですか……新鮮ですね、制服姿しか見たことないですから」

 「いや、そういうことが聞きたいんじゃなくて……可愛い? 可愛くない?」

 「由起子さんっ、そんな聞き方……」

 「可愛いと思います」

 「へうっ……」



 ぼしゅーっ、と頭から湯気を出して固まるみさお。

 が、祐一からすれば二択を応えただけに過ぎない。

 第一、こういう場合に「可愛くない」と答える男はいないだろう。

 まあ、普通は気恥ずかしさで回答を躊躇するだろうから祐一のように即答するのは珍しいかもしれないが。



 「あ、あっさりと答えるのね」

 「え、どこか間違ってましたか?」

 「いや、間違ってはいないけど……うん、将来は大物ねキミ」



 ぽんぽんとみさおが肩を叩かれるのをわけもわからず見つめる祐一だった。



 「ほらほら、みさおもいつまでも固まってないで」

 「……あ、う、うん」

 「じゃあ、いってらっしゃい―――――ってあら」

 「どうしたの由起子さん―――――って、あっ」

 「?」


 由起子とみさおが何かに気がつく。

 視線を辿ると視線の先は自分の後ろだと察し、振り向く祐一。

 そこには……















 「よぉ」



 妹をたぶらかす男(主観)に怒りの炎を燃やす馬鹿兄貴が一人いた。





 あとがき

 原作では立ち絵すらなかった由起子さん登場。
 どうやらキャリアウーマンらしいです、この人。イメージ的には大人の女性って感じですね。
 まあ、私の描く彼女は姪の恋路にちょっかいを出すおせっかいさんでもありますが。
 むう、今回で寺岡家に着いてるはずだったのに…………
 由起子さんが意外と動く動く(w

 次回は寺岡家で短冊飾りですね。久平の親父と妹が登場します、まあちょい役なのであんまり動かさない予定ですが 
 うわあ、話が進まない(汗