御音高校のとあるフロア、一年生の教室が並ぶ廊下を歩く少年がいた。

 手には一つのお弁当箱。

 可愛らしい、とまではいかないものの明らかにそれが女の子の使うデザインであることは一目でわかる。

 実際、すれ違う学生の数人は少年に奇異や好奇の視線を投げかけていた。

 最も、当の少年本人は気にしてはいないようであったが。



 (……どこで食おう)



 少年―――――祐一は思案する。

 先程先輩に当たる少女、里村茜嬢から「このまま食べないのももったいないですから」と有難く頂いたお弁当。

 流石に某シスコン先輩と違い、知り合ったばかりの女性の目の前で衆人環視の中、弁当を食すわけにもいかなかった祐一は

 「後で返すから」と台詞を残し2年C組を去った。



 その際、牛乳パックを片手に口をぽかーんと開けたまま固まっていた女子生徒や

 いいネタを手に入れたぞ、とばかりにニヤニヤしながら妹作の弁当を食していた男子生徒がいたのは余談である。






























 DUAL ONE’S STORY     第11話   六月、雨の日の少女B






























 「だからといってここで食べるというのはどうかと思うんだ、僕としては」

 「思いついたのがここしかなかったんだから仕方ないだろうが」

 「僕が言ってるのはそう言う意味ではないんだけどねぇ……」



 結局自分の教室、1年A組に戻ってきた祐一。

 一応メンバーの一人として、三人で固まって昼食をとっていたあいざわーずに混じりさあ食べようかとしていたのだが……



 「……(じー)」

 『み、みさおちゃん。おーらが出てるの』



 みさおの視線がなんか凄かったりする。

 こう、色々な感情の入り混じった複雑な視線。

 対面の澪などはおろおろしっぱなしであった。



 里村茜作のお弁当。

 鳥そぼろご飯にタコさんウインナー、卵焼き、ポテトサラダ、ミニハンバーグ、カニクリームコロッケ、パセリ

 そして王道のウサギさんリンゴ。

 そのいかにも女の子らしくカラフルな献立は折原家の主婦たるみさおをして畏怖を込めざるをえない出来栄えだった。



 「美味しそうだねぇ」

 「ああ、そうだな。ありがたく頂くとしよう」



 律儀に合掌をしてから箸に手を伸ばす祐一。

 ちなみに箸は食堂で貰ってきた割り箸である。

 別に茜が今日使ったものでもないというのに微妙な気の使いようだった。

 まあ、毎日茜が使っているものなのだから気恥ずかしかったのかもしれないが。



 パクパク



 無言のままご飯を、おかずを口に入れ咀嚼していく祐一。

 作った本人がいるわけでもないのに妙な緊張感がその場を包んだ。

 その緊張感の発生源は間違いなく一人の少女によってもたらされたものではあるが。



 「美味しいかい?」

 「ああ、文句のつけようがないくらいに美味い」

 「へえ! 祐ちゃんをしてそう言わしめるとは……」



 祐一の言葉に僅かながら驚愕する久平。

 基本的に良くも悪くも正直な祐一からの素直な賛辞は茜の料理の腕をそのまま表していると言える。

 と、なると黙っているわけにはいかない少女が一人。



 「あ、あの。相沢君、少しもらってもいいかな?」

 「構わないが……何故?」

 「ふっ、祐ちゃん。それは言わぬが花ってもんだよ?」

 『微妙な乙女心なの』

 「そ、その……そ、そういう意味じゃなくて」

 「そう言う意味ってどんな意味なのかな?」

 『なのかな?』

 「へぅっ……」

 「よくわからんが……別に構わないぞ折原。好きなのを取ってくれ」

 「じゃ、じゃあ卵焼きを一つもらうね」



 久平と澪にからかわれ、頬をはっきりと朱に染めつつも箸をのばして卵焼きを一つ口に運ぶみさお。

 咀嚼するその表情は非常に複雑そうだった。



 「美味しい……」

 「だろう?」

 「ねえねえ祐ちゃん」

 「ん、なんだ久平―――――ってむぐっ!?」



 横を向いた祐一の口に突っ込まれる箸。

 その箸につままれていた物はみさおの弁当の卵焼きだった。



 「て、寺岡君っ!?」

 「はっはっは、やっぱりお弁当のおかずは等価交換だよみさおちゃん」

 「(ごくん)……だからといって折原の許可もなしに勝手に取るな! ついでに俺に突然食わせるなっ!」

 「まあまあ怒んないでよ祐ちゃん……で、どうだった?」

 「何がだ」

 「みさおちゃんの腕前」

 「……!?」



 びくり、と体を震わせるみさお。

 なにやら緊張の面持ちで祐一を見つめる。

 判決を待つ罪人の如き様相だった。



 「ん、ああ……突然だったからあまりよく味わえなかったが、

  少なくとも卵焼きに関しては折原の方が俺好みだな、さほど甘くないし。折原、料理上手いんだな」

 「え、ええっと、その……あ、ありがとう相沢君」



 好意的な祐一の言葉に顔を真っ赤に染めながら俯くみさお。

 今まで料理を浩平や叔母といった家族以外の誰かに食べてもらうことなど皆無だったみさおにとってその言葉は非常に嬉しかった。

 まあ、祐一だからという部分も無意識にあるのかもしれないが。















 キーンコーンカーンコーン



 二ヶ月もたつとすっかりお馴染みとなった放課後を告げるチャイム。

 部活、帰宅、掃除とそれぞれの用事のために自分の席を立つ生徒の中、祐一は珍しく帰宅準備を早めていた。



 「あれ、祐ちゃんどうしたの? なんか急いでるみたいだけど」

 「ああ、この弁当箱を返さなきゃいけないんでな。校門のあたりでこれの持ち主が来るのを待っておこうかと思うんだ」

 「なるほどねー。うーん、残念。僕も部活がなければそのお弁当を作った人に会ってみたかったんだけど」

 「……何を企んでいる」

 「やだなぁ祐ちゃん、何も企んでなんかいないよ。

  ただ、祐ちゃんに弁当をあげる女の子なんて興味深いから会ってみたいと思ってるだけじゃないか」

 「別にそんな変わった人じゃ…………ないぞ」



 微妙にどもってしまう祐一。

 雨の中一人立っている茜の姿を思い出したのだ。



 「……? まあいいや、今度機会があったらその人を紹介してね?」

 「機会があったらな」

 「楽しみにしてるよ、じゃーねー」

 『また明日なの』



 手を振って教室から出て行く久平&澪の演劇部コンビ。

 それを見送りつつ自身も帰り支度を整え、さあ行こうかとしたところで何故かこちらを見ているみさおと目が合う祐一。



 「あれ、折原は部活に行かないのか?」

 「う、うん、今日はお休みの日だから……」

 「じゃあ、途中まで一緒に帰るか? といっても門までになるが」

 「え……い、いいの?」

 「何か問題でもあるのか?」

 「う、ううん。じゃあ、お供させてもらうね」

 「……?」



 どこか挙動不審なみさおを引き連れハテナ顔のまま教室を出る祐一なのだった。















 「茜っ」

 「……祐一?」



 下駄箱を出ると同時に視界に入った人物を呼びかける祐一。

 ゆっくりと振り向く三つ編みの女子生徒は里村茜その人だった。

 どうやら茜の方が帰宅スピードは速かった模様。



 「危なかった……まさかそっちの方が先に学校を出るとは思わなかった」

 「今日はホームルームが短かったですから。……それで、何か用ですか?」

 「ああ、昼にもらった弁当箱。返そうかと思って」

 「別に明日でもよかったのですが……ところで、そちらの人は?」



 茜が祐一の後に控えるように立っているみさおを見る。



 「ん、こいつは俺のクラスメートの折原みさお。途中まで一緒に帰るところだったんだ。

  あ、折原。この人がさっき話してた里村先輩だ」

 「……折原?」

 「は、はじめまして。私、折原浩平の妹です。先輩とはクラスメートだそうですけど、ウチの兄がご迷惑をおかけしていませんか?」

 「いえ、私はそれほど彼とは話しませんので」

 「そ、そうですか……」



 途切れる会話。

 下校ラッシュのこの時間帯に入り口の前で男一人、女二人が突っ立っていたのでは非常に目立っていたりする。



 「……とりあえず、行きませんか?」

 「そうだな」

 「は、はい」



 歩き出す三人。

 元々無口気味な祐一と茜、そして人見知りするみさおの三人では会話が弾むなどということもなく、ただ沈黙のまま歩は進む。

 しかし、ふと祐一が思い出したように手を叩いた。



 「ああ、そういえば」

 「はい」

 「弁当、ありがとう。美味かった、本当に」

 「そうですか」

 「十点満点なら、九点はつくと思うぞあれは」



 ほぼ手放しで茜の弁当を褒める祐一。

 みさおはそんな祐一を見て、少しばかり羨ましそうな視線を茜に送る。

 しかし、当の茜は僅かに気になったことがあったのか、祐一を見つめて口を開く。



 「一点」

 「え?」

 「残りの一点は、なんですか? 私としても、そういう感想を聞かされると気になるのですが」

 「ああ、俺の中で十点満点は俺の母さんなんだよ。茜の弁当も折原の卵焼きも美味かったけど母さんはそれ以上だ。

  ……ま、それだけが取り得と言えんこともない母親だがな」



 苦笑しつつ言う祐一を興味深げに見る茜とみさお。

 どうやら祐一の母親の料理に興味を持ったらしい。

 みさおは自分の卵焼きが褒められたことの嬉しさもあったのだが。



 「でも、二人とも十分凄いと思う。もうどこに嫁に出しても問題ない腕前だと思うぞ?」

 「そ、そんな……褒めすぎだよ」

 「…………」



 わたわたと手を振って慌てるみさおと無言のままみさおに同意する茜。

 好対照な二人だったがその頬が僅かに朱に染まっていたのは気のせいではないと思われる。



 「……そういえば、折原さんも料理するんですか?」

 「え?」

 「祐一……相沢君の話です」

 「え、あ、はい、私の家はほとんどお兄ちゃんと二人暮しみたいなものですから」

 「そうですか。ということはお弁当もやはり?」

 「はい。あ、そういえば里村先輩のお弁当見ました。色彩も鮮やかで……凄い美味しそうで」

 「そんなことはありませんよ。ただ、料理をすることは好きですから」

 「一つ食べさせてもらったんですけど、あの卵焼きってどんな味付けなんですか?」

 「あれはですね―――――」

 「なるほど、では――――」



 次第に弾みだす会話。

 茜もみさおも積極的に喋るタイプではないのだが、やはり女の子といったところだろうか。

 料理談義に花が咲いていた。



 「…………」



 最も、話に入れない祐一は思い切り蚊帳の外で黄昏ていたりするのだが。















 相沢祐一、まだまだ両手に花は無理っぽい十五の六月だった。





 あとがき

 みさおと茜。本作品メインヒロイン二人の初顔合わせです。
 姦しいなどという言葉とはまるで無縁のこの二人ですが、料理に関しては多少なりに盛り上がるようです。
 この三人、三角関係になるとはとても思えないなぁ(笑)
 頑張れ祐一、全ては君の双肩にかかっているぞ!(ぇ
 ちなみにみさおの料理の腕は普通です。多分栞と同じくらいですかね、退院してからのキャリアですし。
 にも関わらず祐一が卵焼きを茜のより好きといったのは単に好みの問題です。
 茜は甘党ですし、祐一は甘味が苦手ですからねー
 しかし茜ってお菓子は超甘いのに弁当は普通なんですよね…………どういう味覚なんだ?(笑)

 次回からは七月編をお送り致します。
 七月といったら七夕、そして同時に新キャラ登場です。といってもメインキャラではない使い捨てでしょうが(マテ