「雨が続くと人は憂鬱になる、そうは思わないか?」
「ええ、そうですね」
「故にこの俺がたまたま早く起きて、たまたま早く登校してみさおや長森をおどかそうとしても不思議ではないと言えよう」
「……そうですか?」
「ああ、心配するな。ちゃんとダミー人形『浩平くんEX(改)』をベッドに仕込んであるから」
「心配するべきはそこではない気がしますが」
「気にするな、雪が降るぞ」
雪は降っていないが雨が昨日に引き続き降っているのはこの人のせいではなかろうか、と祐一は浩平を見て思う。
本日は久平にも会わず、久々に静かな登校ができると思っていた祐一だったがその考えは甘すぎたようだ。
むしろ久平よりタチの悪い人間に捕まってしまったのだから。
溜息の一つもつきたくなるというものである。
「む、相変わらずリアクションが淡白なやつだな……それでもお前は俺の相方か!?」
「折原先輩の相方は長森先輩でしょうに」
「アイツは真に受けるか流すしかできんからバリエーションに欠けるんだ」
「俺にもバリエーションを求めないで下さいよ……」
「つれないな、後輩よ……って、ん?」
「どうかしましたか?」
「いやな、あれを見ろ」
突然立ち止まった浩平の指差した先は昨日祐一がある少女と出会った空き地の中心部。
そこにいたのは―――――
「―――――茜」
「里村?」
DUAL ONE’S STORY 第10話 六月、雨の日の少女A
『え?』
顔を見合わせる祐一と浩平。
お互い、相手が空き地に一人佇む少女のことを知っていたことに驚いたらしい。
「知ってるのか、アイツのこと?」
「折原先輩こそ」
「まあな、一応クラスメイトだし……といっても俺は話したことは一度もないんだが」
「俺は昨日ちょっとしたことで知り合いまして……まさか先輩だったとは」
「気がつかなかったのか?」
「いえ、私服でしたから……」
「ナンパか? お前はそんな奴だとは思っていたんだが……ふむ、みさおに報告だな」
「違います。それになんで折原に報告するんですか」
「困るのか?」
「脚色されそうですから」
「そういうことじゃないんだがな〜」
残念そうで愉快そうという矛盾した表情をしつつ祐一を見る浩平。
その視線を空き地―――――茜の方に向けると
「折角だ、挨拶しようぜ」
「いや、ここから一言かければいいだけでは?」
「それじゃお前らの関係がわからんだろうが」
「関係って、あ、ちょっと引っ張らないで下さいって」
「ほらほら行くぞ。おーい、里村ー!」
ぴくっ
名を呼ばれた少女―――――里村茜は振り向いた。
手を振りながら空き地に入ってきたのは同じクラスの……確か折原という男子生徒だ。
同じくクラスメートの長森瑞佳と一緒に登校してくるクラスの有名人。
だが、茜の興味を引いたのは浩平ではなく、手を引かれて苦笑している男子生徒―――――祐一だった。
「よう、里村」
「誰?」
「同じクラスの折原だ……俺って印象薄いのか?」
いや、そんなことはない。
茜と祐一は心の中でハモった。
二人ともそんなことを思っているとは表面上は全く見せず、視線を交じりあわせた。
「……また、会いましたね」
「ああ。それにしても先輩だったとはな、敬語使ったほうがいいのかな?」
「別に構いません。時と場合さえわきまえてくれるのなら」
「わかった、なら今は茜でいいのか?」
「ええ」
「なら、改めて自己紹介しておこう。御音高校一年、相沢祐一だ」
「……里村茜。二年です」
「折原浩平、二年だ」
知ってます。
またもや心の中でハモる二人。
まあ、浩平としてはこのままでは無視されると思いこうして割り込んだのだろうが。
「そういえば、私に何か用ですか?」
「いや、知ってる奴を偶然見かけたから挨拶しておこうと思って……まあ、それだけなんだが」
「用はそれだけですか?」
「ああ、俺はな。ただ、相沢が里村のことを知ってるっていうんでどんな知り合いかは気になったが」
「……別に、大した知り合いではありません」
沈黙。
「そ、そうだ。里村はここで何をしてるんだ? まさか、ラジオ体操とか?」
「ラジオ体操です」
「……そ、そうか」
またもや沈黙。
微妙に居心地の悪い空間が形成される。
いつもならば浩平が打破するのだが、茜独特のオーラみたいなものがそれを妨げていた。
「……じゃ、お互い用もないみたいだし俺達、先に行くから」
そんな空気に耐え切れなくなったのか、浩平は離脱を図る。
知り合いなのに全く喋る気配のない祐一を怪訝に思ってはいたのだが。
「じゃ、またあとでな。風邪ひくなよ」
去っていく浩平。
そんな浩平を、どこか懐かしそうに見送る茜。
それが浩平と瑞佳のやり取りを自分の過去にオーバーラップさせたものだとは誰も気付くはずもないが。
「……行かないんですか?」
「ん、あ、そうだな……」
そんな茜をじっと見つめていた祐一だったが、茜の声に彼も空き地を立ち去っていく。
が、昨日と同じように数歩歩いたところで立ち止まった。
違うのは、今度は茜の方に振り向いていたこと。
「……なんですか?」
「……いや、なんでもない。折原先輩も言ってたけど、風邪には気を付けろよ」
「はい」
本当は、茜の浩平を見る表情が懐かしそうで―――――寂しそうだったのが気になっていた。
けれど、何故かそれを口にするのはためらわれた。
だから、祐一は結局そのまま立ち去った。
残された茜はそのまま空を眺めていた。
その瞳に映っているものは、まだ祐一にはわからない。
キーンコーンカーンコーン
「さて、昼食だね」
『おなかすいたの』
四時間目も終わり、昼休み。
各人それぞれお弁当をだしつつグループを形成したり、学食や購買に向かったりと様々な光景が見受けられた。
そんな中、弁当箱を二つ抱えて困っている少女が一人いた。
「あれ、みさおちゃん。そのお弁当箱は?」
「これ、お兄ちゃんのなんだけど……忘れたまま学校へ行っちゃったの。
まさか私より早く起きて出て行っちゃうなんて思わなかったから。瑞佳お姉ちゃんは日直だったし……」
「それはまた珍しいこともあったもんだねぇ。僕はてっきりみさおちゃんが祐ちゃんのために作ってきたんだと思ってたよ♪」
「へ、へうっ!? そそそそ、そんなわけ、ないよ?」
『残念なの』
「み、澪ちゃん!」
久平&澪の攻撃にたじたじで慌てるみさお。
祐一はそんな毎度の光景に苦笑しながら助け舟を出す。
「で、折原はそれを折原先輩の所に届けないといけないんじゃないのか?」
「う、うん。そうなんだけど……」
困ったように俯くみさお。
そうしたいのはやまやまなのだが、人見知りするみさおにとって、いくら兄がいるとはいえ上級生のクラスを訪問するのは難しい。
そんな彼女の心情を読みとった祐一はみさおへと手を差し出す。
「俺が届けてやろうか?」
「え?」
「今日はウチの母さんが寝坊したせいで弁当ないんだよ、俺。
だから今日は学食に行くからそのついでだ。確か折原先輩のクラスは二年のC組だったよな」
「え、でもそれは相沢君に悪いよ……」
「構わない、どうせ移動するんだから俺が届けたほうが効率的だ」
祐一はそう言うと、半ばみさおから奪い取るようにして弁当箱を手に収めた。
そしてみさおが何か言う前にさっさと教室を出て行くのだった。
「はー、祐ちゃんもなんていうか……優しいんだか不器用なんだか」
『両方だと思うの』
「ま、そうだろうねぇ」
「……私、お礼もいえなかった」
「まあ、祐ちゃんが帰ってきたら言えばいいと思うよ? まあ、祐ちゃんのことだから礼なんていらないって言いそうだけど」
「うん……そうだね」
場所は代わって、二年C組。
「あー、腹減った……ちくしょう、どこが早起きは三文の得だ。もう絶対早起きなんてしねぇ」
「浩平、まだ足りないの? さっき調理実習があったじゃない」
「ウチの班は失敗作だったんだよ。なあ長森、お前の弁当くれ」
「嫌だよ。わたしの班は成功したけどほとんど男子が食べちゃったからわたしは食べてないし」
ぐったりとした様子の浩平。
が、そんな彼にとってはまさに救いの神とも言える存在がやってきた。
「折原先輩」
「ん? おお、相沢じゃないか。一体何のよ……ってその手に持っているものはまさか!?」
「はい、弁当です。ちゃんと持ってきていた折原に後でお礼を言っておいて下さいよ?」
「言う言う! 流石我が自慢のマイシスター。お兄ちゃんは良い妹を持てて幸せだぞー!!」
「浩平、運んでくれた相沢君にもちゃんとお礼を言わないと……」
弁当を両手に掲げて狂喜乱舞の浩平に瑞佳の冷静なツッコミが入る。
が、幸福の絶頂にある浩平には全く聞こえなかったらしい。
何故か謎のダンスを開始していたりする。
「浩平……ご、ごめんね相沢君。浩平ったら……」
「いえ、気にしないで下さい。俺はただ弁当運んだだけですから」
では、と会釈して教室から出て行こうと歩を進める祐一。
(…………ん?)
と、そこで祐一は一人席についたままじっと開封していない弁当を睨む茜の姿を発見した。
祐一の視線に気がついたのか、茜は祐一の方を向いた。
何故祐一がこの教室にいるのか怪訝に思っているようだ。
しかし、祐一の後方で弁当箱を掲げて踊っている浩平を視界に入れると、事情を飲み込んだのか再び祐一を見つめた。
(…………)
お互いを見詰め合ったままの沈黙。
学食に出ている生徒もいるとはいえ、教室にはまだ人は残っている。
そんな中、距離を離して見詰め合う男女がいれば多少は目立つのが当たり前である。
実際、数人の生徒がちらほらと祐一と茜を見ていた。
と、祐一が突然茜の席に向かって歩き出した。
そして茜の隣へとやってきて―――――口を開いた。
「食べないのか?」
がくっ
固唾を飲んで成り行きを見守っていた数人がずっこけた。
ちなみにその中には瑞佳が含まれていたりする。
「今日は調理実習があったんです」
「ああ、だからお腹一杯ってわけか」
「はい」
そしてまた沈黙。
流石にわけがわからない見物人たちは、そんな二人に興味を失ったのか、食事に復帰する。
瑞佳と現世復帰した浩平はまだ二人のほうを見ていたが。
「あなたは」
「?」
「あなたは、どうしたんですか?」
祐一とは呼ばない茜。
祐一が後輩だということを知っている者がいるかは不明だが、一応人のいる教室ではそうすることにしたらしい。
「ん、ああ、折原先輩に弁当を届けに」
「そうですか」
「で、今から学食に行くわけだ。今日は母さんが弁当作ってないんでな」
「そうですか」
そう返事をすると茜はふと何かを考え込むかのような仕草を見せ―――――
「では、このお弁当でよければ食べますか?」
と言った。
あとがき
なんなんだこの二人は(笑)
うーん、独特すぎて浩平くんすら手も足も出ません。
やはりみさおがいる浩平では茜にはちょっかいだせない模様。
浩平は原作にて茜に強引にちょっかいをかけてましたがこの浩平はそんなことをしません。
だって主人公は祐一だから(笑)
祐一には原作の浩平とは違ったアプローチで茜の心に近づいてもらおうと思います。
浩平は押して駄目ならもっと押せ。祐一は押して駄目なら押せるまで待つ、みたいな。
まあ、二人とも引くことは選択肢にないのですが。
次回は六月編ラスト、祐一と茜の距離は縮まるのか……
頑張れ、みさお(笑)