それは雨の日のことだった
『あいつ』がいなくなった日と同じ雨の日
『彼』は私の前に現れた
いつものように何も無い、誰もいない空き地で立ち尽くす私
そんな私を一瞥して不思議な顔をする人
そもそも気付きすらしない人
それが当たり前だった
『彼』が私の前に現れるまでは
『彼』は『あいつ』とは似ても似つかない人だった
何故ならば『彼』は―――――
―――――私に似ていたから
DUAL ONE’S STORY 第9話 六月、雨の日の少女@
「雨かー、憂鬱だねぇ……そう思わないかい?」
「……えっ、そ、そうだね」
「朝から雨は降ってるのに何を今更……折原もいちいち反応するな、調子に乗る」
六月のある日、放課後のこと。
知名度も徐々に上がってきたあいざわーずはいつものようにだべっていた。
『寺岡くん、部活の時間なの』
「あー、もうそんな時間かぁ。澪ちゃん、僕今日は自主訓練のため休みってことで深山部長によろし……ぶっ」
ガス!
ぽこっ!
「とっとと行け」
『さぼりはよくないの』
「うう……最近突っ込みが厳しくなってきた気がするなぁ……」
「あ、あはは……」
ぶーたれる久平を引きずる(引っ張る?)ようにして教室を出て行く澪。
残されたみさおも自分の部活に行く準備を始める。
しかし、祐一は動かなかった。
ぼーっと窓の外を見つめ肩肘をついていた。
そのかなり絵になると思われる光景にしばし見とれ、別の意味でぼーっとしてしまうみさお。
よく見ると彼女以外にも祐一を見つめる瞳はぽつぽつと存在している。
「……ん? 部活に行かないのか、折原?」
「…………」
「折原?」
「…………へ、へぅ!?」
「どうした? ぼーっとして」
「あ、あの、えと、その……相沢君がぼーっとしているからちょっと気になって」
「……自分で言うのもなんだが、俺がぼーっとしているのはいつものことだから別に珍しくも何とも無いと思うが」
「な、なんかいつもと違う感じだったから」
言ってしまってみさおは赤面する。
今の台詞は言い方を変えれば「いつもあなたを見てました」と言っているようなものである。
みさおは自分の大胆な発言に慌てるものの、肝心の祐一はその意味を理解していない。
「いつもと違う、か。そうだな……そうかもな」
というか違う部分が気になった様子である。
そんな祐一の様子にほっとしたようながっかりしたような複雑な気持ちになるみさお。
が、祐一の様子が気になるという気持ちの方が強かったためか心配そうな表情になる。
「……相沢君?」
「……さて、俺は帰るけど……折原は部活頑張れよ」
「あ、ありがとう……相沢君も帰り道気をつけてね。雨、結構降ってるから」
「ああ、気をつけるよ……」
祐一はみさおに向かって「……じゃ」と手を上げてそのまま教室を出て行く。
残ったのはどことなく釈然としない気持ちを持て余すものの面と向かってそれを問えないみさおと、
不思議そうな表情で彼を見送る数人のクラスメートたちだった。
「雨が憂鬱、か……本当にそうだな」
一人、雨の中黒い傘をさして歩く祐一。
自嘲めいたその表情は傘で隠れているものの雨特有の重苦しさと相成って独特の雰囲気を醸し出していた。
「……ん?」
ふと、祐一の足が止まった。
それはとある空き地の前だった。
誰もいない、草が生え放題の子供すら寄り付かないであろう寂しげなただの空き地。
なのに祐一にはどこかこの場所が気になった。
(何故、俺は―――――ここが気になるのだろうか)
感覚の赴くままに足を空き地へと踏み入れる祐一。
そして空き地の真ん中に立つ。
その行動に全く意味など無かった。
何かが起こるわけでもなかった。
「―――――司?」
ピンク色の傘をさした、彼女の言葉を聞くまでは。
「司?」
もう一度少女は同じ言葉を発した。
声が震えているようだ、と祐一は感じつつも少女へと振り向く。
「―――――っ!?」
少女は祐一を見ると、瞬間、まるで幽霊を見たかのような表情になる。
が、すぐに頭をその長いおさげと共にぶんぶんと振ると無表情な顔になった。
「……すみません、間違えました」
ぺこ、と頭を下げる少女。
「そんなに、似てたのか?」
「……え?」
「俺が、その司っていう人に」
祐一の言葉が意外だったのか、少女は数瞬目を瞬かせる。
が、意味を飲み込んだのか「いえ……」と目を伏せつつ答えた。
ザァァァ―――――
それっきり無言になった二人に雨が降り注ぐ。
雨の中、黒とピンクの傘が動くわけでもなく、ただその役目を果たすがままに主人の身を雨から守っていた。
静寂は続く。
まるで世界にいる人間がここにいる二人だけのように。
「―――――雨」
ぽつり、と少女が呟いた。
「雨、好きなんですか?」
「……何故?」
「ここには何も無いのに……立っているから」
ザァァァ―――――
「好きってわけじゃない……だからといって嫌いと言うわけでもない」
「はっきりしない答えですね」
「そうだな……あえて言うなら、苦手だな……雨は」
「……雨が苦手なのに、雨の中立っていたのですか?」
「なんとなく気が向いたからな。おかしいと思うか?」
「……いえ、思いません。私にはいつものことですから」
「そうか」
ザァァァ―――――
「君は?」
「……え?」
「君は雨が好きなのか?」
「好きじゃありません……良い想い出がないから」
「そう、か……俺と同じだな」
「……似ているんですかね……私たち」
「…………」
祐一はその問いには答えなかった。
変わりに出た言葉は、疑問。
「君は何故、ここに?」
「…………」
今度は少女が答えない。
余計なことを聞いたか、と祐一が後悔して謝ろうとした瞬間だった。
「……人を、待っているんです」
「…………」
「いつ帰ってくるのか……それ以前に帰ってくるのかすら、わからない人なんですけど」
「それが『司』?」
「はい」
―――――ポツ、ポツ
「雨、止みそうだな」
「そうですね」
「俺は帰るけど、君はどうする?」
「もう少しここにいます」
「そうか……それじゃ」
少女に背を向けて歩き出す祐一。
が、数歩歩いたところで立ち止まり、少女に背を向けたまま頭に浮かんでいたもう一つの疑問を口にした。
「なあ」
「……なんですか?」
「名前、聞いていいか?」
祐一は背を向けたまま少女の返答を待つ。
見えはしないが、少女は自分を見ているだろうと思った。
「……茜。私の名前は茜です」
まだ少し降り注ぐ雨音の中、その言葉はしっかりと祐一の耳に届いた。
「貴方は?」
「祐一」
「……祐一」
茜は祐一の言葉を復唱する。
まるで心にその単語を刻むかのように。
「じゃあな……茜」
「はい……祐一」
再び歩き出す祐一。
そして空き地を出る間際、やはり背を向けたままで彼は先程の答えを言った。
「さっきのこと」
「……?」
「俺達が似てるってこと。あれ、多分違うな」
「…………」
「これは俺の勝手な主観だけど茜は、きっと目をそむけてるだけだ。俺は……少し違うから」
「……違うって?」
再び雨がひどく降り出す。
だが、茜の耳にははっきりと祐一の声が聞こえていた。
「俺は……逃げてるだけだ」
「ただいま」
「おかえりー……って祐一、ずぶ濡れじゃない!? 傘はどうしたのよ?」
「途中からさすのを止めたんだ」
「なんで?」
「そんな気分だったから」
「はいはい、シャワーでも浴びてきなさいねー」
阿吽の呼吸。
こういうときはこの自分の母親がこの女性でよかったと祐一は思う。
深く理由を聞こうとしないから。
「水も滴るいい男、かしらねー」
「……何言ってんだか」
「雨の中、一人立ち尽くす少年……絵になるわねー♪」
「俺なんかが絵になるわけ無いだろ。それに絵になる奴なら……」
そこで祐一の脳裏に一人の少女が浮かんだ。
今日会ったばかりの、ピンク色の傘をさしたもう会うかもわからない少女。
「……茜、か」
「……それ、誰?」
「うわっ!?」
突如祐一の目の前に現れる春奈。
こういうときはこの女性が自分の母親であって欲しくなかったと切に思う瞬間である。
「ねえねえ! 茜って誰よー!?」
「ええいうるさい、俺はシャワーを浴びるんだからリビングに戻れ」
「誤魔化したって無駄よー! しっかとこの両耳で聞いたからねー! あとで根掘り葉掘り聞かせなさいよー!」
後の方でわめく母親を振り切って脱衣所に向かう祐一。
自分の失言に舌打ちしながらもその心中は穏やかだった。
―――――その感覚は『あの日』以来初めて感じたものだったから。
あとがき
DUALを書くのは久しぶりですね〜、別に忘れていたわけではありませんのでこの話を読んでいるという読者様はご安心を(汗)
なんか前回とは違った意味でシリアスだった今話。
そしてもう一人のヒロインこと里村茜嬢の登場です。
淡々とした感じの会話でしたが今はこれが精一杯(某大泥棒風に)
あの二人なら今はあんなものでしょう。
苗字を名乗ってないせいで呼び捨て決定ですが(笑)
みさおとは対比的な出会いを演出したつもりですが……なかなかに難しいです。
次回は朝の登校話です。再び出会った祐一と茜、それにとある人物が混じります。
今回よりは明るい感じになるはずなので楽しみにお待ちください。