「ねえねえ、折原さんってひょっとして二年にお兄さんとかいたりしない?」
「え……? ええ、いますけど……」
「やっぱり! 今年新入生にあの折原君の妹がいるって聞いてたからひょっとしてって思ってたんだけどビンゴだったのね」
「え……先輩は兄のこと、ご存知なんですか?」
「まあね、といっても直接面識があるわけでもないしクラスメイトっていうわけでもないんだけど……」
「まあ、彼は有名だからね……あ、心配しないでね? 別に悪い意味でというわけじゃないから」
みさおが有名の部分で反応したのに気付いて慌ててフォローをする手芸部部長こと村月桜(むらつきさくら)
実際、みさおの兄―――――折原浩平はこの御音高校では有名人である。
桜の言う通り、それは悪い意味ではない……かと言って良い意味かといわれればそれも断言できないところではあるが。
「折原君はその、なんていうか……ちょっと奇抜なところがあるからいつも何かの騒動に関わっているのよ。
そのせいで学年問わず有名人なのね」
「いえ、村月部長……別にフォローしていただかなくてもいいです。
確かに兄は奇抜と言うか、その……一風変わったところがありますから……」
何かを諦めたかのように俯き、溜息をつくみさお。
流石に十五年間妹をしているだけあってその溜息のつき方は堂に入っている。
桜と部員はというと実妹にそんな態度を取られたのでは、と渇いた笑いをするしかない。
「で、でもほら、折原さんには優しいんでしょう?」
「そ、そうそう。それも有名だもんね」
「……シスコン、ですか?」
ピシリ、と空間に亀裂が走る。
どうやらフォローしようとした事態は悪化した模様。
「いやいや、それは―――――」
「でも……いいんです」
「……え?」
と、そこでみさおは微笑んだ。
先程までの微妙な苦笑とは全く異なる素直な笑顔。
そんな目の前の少女に呆気にとられている二人を見つめ、みさおは誇らしげに言葉を紡ぐ。
「それでも……お兄ちゃんは、私の……たった一人の最高のお兄ちゃんですから」
DUAL ONE’S STORY 第8話 五月、放課後の生活B
「俺は―――――最低の兄だったんだ」
浩平の話はそんな一言から始まった。
その言葉に大きさはまちまちだが疑問符を浮かべる三人。
まさか目の前のシスコンの鑑のような先輩からそんな言葉が出てくるとは思わなかったからである。
「だった、ってことは過去のことですよね?」
「まあ、な。といっても今の俺もみさおにとって良い兄であるかは……わからないけどな」
いつもの自信満々な雰囲気はどこへやら、といった感じで空を見つめつつ呟く浩平。
否定の言葉を口にしようとする祐一を目で制し、言葉を続ける。
「みさおは、昔から病気を患っていたんだ……それも命に関わるぐらい重度の。
といっても今はもう奇跡的に完治しているからこうして学校にも通えているんだが」
「昔って……どれくらいですか?」
「発症したのはみさおが小学校一年の時、それから去年に完治するまでずっと入退院の繰り返しだったよ」
「そんなに……」
絶句する祐一と久平。
澪に至っては今にも泣き出しそうなぐらい悲しい表情を浮かべている。
「そんな生活だったからな……みさおには同じ年頃の友達なんて出来なかった。
たまに入院していた子供と仲良くなることはあったが……退院すれば別れるしな、いつも一緒の友達はいなかった」
「それは……折原にはつらかったでしょうね」
「ああ、みさおは昔から良い妹だったが……それでも遊びたい盛りの子供であることには変わらなかったからな、
口には出さなかったけど寂しかったと思う」
「折原先輩やご両親はどうしてたんですか?」
その質問を投げかけられた時、一瞬ではあるが浩平の顔から一切の表情が消えた。
最も、それに気付いたのは祐一だけであったし、祐一が言葉を発するよりも早く浩平の回答の方が早かった。
「父さんはまだみさおが物心つく前に死んだよ。母さんは……」
そこで浩平は息を一つついた。
まるで、何かの覚悟を決めるかのように。
「母さんは……みさおが治る見込みの少ない重病を患ったのがつらかったんだろうな、なんかの宗教団体に入って
しばらくの間みさおを治す儀式やらお祈りやらをしてたんだが……ある日、ぷっつりと姿を現さなくなっちまった。
失踪ってやつだな。それで由紀子さん―――――俺の叔母なんだが、が俺たち兄妹をまとめて引き取ってくれたんだ」
部屋に沈黙が訪れた。
話の内容があまりにも重いものであったから、それを喋っているのがいつも明るい浩平であったから。
しかし、浩平は話を続けた……まるでそれが自分の義務であるかのように。
「そんで長森とは引越し先で出会った。あの通り人畜無害なやつだからな、みさおの友達にはいいと思って引き会わせた。
それからだ、俺たち三人の関係は……」
そこで一端話を切って目を閉じる浩平。
その当時のことを思い出しているのであろうか、その表情はいくらか和らいでいた。
「……なら、みさおちゃんもひたすら悲惨な幼年期だったってわけじゃないんじゃないですか?
話の通りなら長森先輩が友達になったんだろうし、それに……」
「それに俺がいたから、か? ……そいつは違う。確かに長森はみさおの無二の親友に、姉になってくれた。
多分、今のみさおが女性には抵抗がないのは間違いなく長森のおかげだろうな……」
「女性には?」
「元々過ごしてきた環境のせいかみさおは対人恐怖症だったんだ。それを長森や看護婦さんのおかげで治したんだが
男の方は治りきらなくてな……お前らにはある程度慣れてるんだろうが、それ以外はな……
見ず知らずの男の場合、話をする程度ならならともかく、体が触れ合ったりするのはやばいんだ」
「ああ、だからあの不良さんの一人に手を捕まれたときあんなに過剰反応したのかぁ……」
『でも、相沢くんのこと撫でてたの』
「まあ、それは乙女の純情ってやつだよ澪ちゃん♪」
「何の話だ?」
「いえ、別に(みさおちゃんがまた祐ちゃんを撫でたなんて言ったらまた爆発しそうだしね……)」
「俺は……何も出来なかった」
再び、浩平の独白が始まった。
しかしそれは今までのものとは違う質のもの。
昔話でもなく、思い出話でもない
その声に含まれるは―――――懺悔の念。
「壊れていく母さんをどうすることも出来なかった、みさおの前では笑っていなければいけないのにそれが出来なかった。
父親の代わりも、友達の代わりも……そして兄であることも……」
「…………」
「なのに……俺の体は健康で、半分で良いからそれを分けてやりたいのに出来なくて、
みさおが苦しんでいる間も俺は側にいてやることしか出来なくて……」
俯いて話す浩平の体が震えていた。
膝の上にいた猫はその振動に目を覚まし、彼から離れる。
けれど、そんな彼に近づき彼の頭に手を乗せる少女が一人。
「……澪?」
「…………(にこ)」
なでなで、なでなで
「澪ちゃん……それはみさおちゃんの十八番なんだから」
「いいんじゃないか? 実は結構気持ちいいぞ、あれ」
なでなで、なでなで
「……思い出すな」
「…………?」
「俺も……よくみさおにやってもらってたよ。俺が悲しいと感じたとき、いつも……
おかしいよな……俺のほうがお兄ちゃんだって言うのに……」
「みさおちゃんは優しいですからね」
「ああ、人の悲しみをわかってやれる、そしてそれを癒してやれる……最高の力だよ、みさおの」
浩平は穏やかな表情で目を細めていた。
祐一は口を開いた、どうしても聞きたかったことを聞くために。
「……なんで、俺達に話してくれたんですか、昔のこと」
「さあな……そんな気分だったんだ。あとは……お前らがみさおの『友達』だからかな」
「それは光栄ですねー」
「それと……誰かに聞いて欲しかったんだろうな、俺の懺悔として、この話を」
「……懺悔?」
「ああ、俺のみさおに対する罪の―――――」
「ストップ」
「……は?」
いきなりストップをかけられて呆然とした表情になる浩平。
しかし、反論を言うことは出来なかった。
何故なら祐一の瞳を見てしまったから
その、強さと儚さを秘めた意思を感じたから
「折原先輩、勘違いはいけない」
「……かん、ちがい?」
「あなたが罪だの懺悔だの言う資格はない。
そばにいることしか出来なかった?
冗談じゃない、兄としてそれ以上の妹を想う行為なんてあると思っているんですか?
折原先輩、人っていうのはね、ただ側に誰かが居てくれるっていうだけで、それだけでいいんだ」
「…………」
「あなたは立派で、尊敬すらできる人だ。
俺は逃げてしまった人間だから、だから逃げなかったあなたが……とてもうらやましい」
「祐ちゃん……」
「さっきは言えませんでしたが……折原先輩は『兄』ですよ、間違いなく。
過去も……そして今も」
「…………えらいほめられようだな」
「根が正直なもので」
「…………」
「…………」
沈黙が訪れた。
けれどもそれは先程とは違う沈黙だった。
やがて、その静寂は破られて……
「……ぷっ……はははははっ!そうか、なるほどな。わかった気がするよ……
そうなんだな……相沢は同じなんだな、みさおと」
「……は?」
「今頃気付いたんですか、折原先輩?」
「ああ、通りでみさおが懐くはずだ…………まさか、みさお以外にもいるなんてな」
「あのー……」
「相沢、取りあえず認めてやるよ、お前のこと」
「いや、だから俺にわかるように……」
「いーのいーの、わかんなくて。さあさあ、そろそろみさおちゃんを迎えに行こうねー♪」
『ごーなの♪』
「……おーい……」
わけもわからないまま久平&澪に引っ張られていく祐一。
残された浩平はいつもの彼らしくニヤリと子供っぽく笑って彼らを追う。
その姿には先程までの暗さはどこにも見当たらなかった。
「相沢か……久々に面白い奴に会ったもんだ。これから、色々と楽しくなりそうだ。
……もちろん、みさおはそう簡単にはやらんがな」
あとがき
シリアスなんて二度と書かないやい!と誓いたくなる今回でした。
ここまでのシリアスはあと二、三回しか書かないでしょう…………と思いたい。
浩平君でシリアスやるのはかなりきついです。
ちなみに祐一君が浩平をさとすときの台詞は過去の体験ならではですね、彼にはあゆの事件の後支えてくれた人が居た訳ですし。
展開上、澪の台詞が少なくなったのが心残りです…………
さて、次回は六月に突入です。
いよいよもう一人のヒロインが登場…………といってももう皆さん誰のことかわかってるかも知れませんが。