バシッ、ババーン!
ガシッ、めーん!
体育館の一角から竹刀を打ち合う音と、掛け声がこだまする。
その光景を見つめる一人の少年。
少年の瞳に宿る感情は……
懐かしさ、羨望、諦め、未練―――――そして、後悔
「祐ちゃーん! そんなとこで突っ立ってないで次行くよー!」
少年にかけられる親友からの声。
それを聞いて少年―――――祐一はその場から離れるのだった。
DUAL ONE’S STORY 第7話 五月、放課後の生活A
「あれ、そういえば折原は?」
祐一が久平たちに合流すると、そこには共に行動していたはずのみさおがいなかった。
「手芸部に入部手続きをしに行ったよ。それより祐ちゃんあんなところで何してたの?」
「まあ……ちょっと、な」
「……ふーん」
反応はするものの詳しくは突っ込もうとはしない久平。
それが祐一への気遣いであることは明白なのではあるが、お互いそのことについては何も言わない。
久平はこういうことを恩着せがましい言い方でしたことはないし、祐一がそれについて感謝の言葉を言ったこともない。
それでもお互いのいいたいことが通じ合うのだから。
「あ、あのー……」
「あ、みさおちゃん。もう手続き済んだの?」
「い、いえ……実は先輩方からどうせなら今日から部活に参加しないかって誘われちゃって……」
「ありゃりゃ、ってことはみさおちゃんはここでお別れ?」
「ごめんなさい……」
「みさおちゃんが謝ることなんてないって、僕と澪ちゃんはもう用事は済んだし祐ちゃんは元々おまけなんだしさ」
『そうなの』
「おまけって……お前らが連れてきたんだろうが……」
「気にしない気にしない」
(うんうん)
「くす……じゃあ、またあし―――――」
「で、何時頃終わるんだ?部活」
「……え?」
別れの挨拶をして手芸部の部室に戻ろうとしたみさおを祐一の声が引き止める。
まさか祐一から引き止められるとは思っても見なかったみさおは少しばかり間の抜けた声をあげてしまう。
「だから、何時ぐらいに終わるんだ手芸部は?」
「……え、あの、五時半ぐらいらしいけど……」
「じゃあその時間ぐらいにここに来れば良いんだな?」
「……祐ちゃん?」
『?』
みさおと同じく祐一の言っている言葉の意味が良くつかめないのかハテナ顔の久平&澪。
「どうせまだ俺たちは他の部活を回るんだろ? なら、その後に折原を迎えに来るぐらいできるだろうが」
「え……」
さも自分の言っていることが当然のことだと確信しているかのように祐一は三人を見る。
そんな祐一の発言と態度にしばし呆気にとられる三人。
「……ああ、なるほどねー。確かに祐ちゃんの言う通りだね」
『そういえばそうなの』
「で……でも……」
納得したように祐一の言葉にうなづく久平&澪に対し、まだ何か気になることがあるのか得心いかないといった表情のみさお。
が、そんな彼女を尻目に祐一はさっさと歩き出す。
そして久平と澪もその後を慌てて追いかけるのだった。
「じゃな、また後で」
「今度編み物教えてねー♪」
『寺岡くん、編み物に興味あるの?』
「これからの男は自分の身につけるものを自分で作れないといけないからねー」
「あ……」
あっという間にみさおの視界から消えていく三人。
残されたみさおの表情が困惑からどこか嬉しそうで幸せそうなものに変化するのには時間はかからなかった。
「しかし祐ちゃんも言うねぇ♪」
「……何のことだ?」
『相沢くん、優しいの』
「いや、だからなんなんだ?」
「またまたぁ、祐ちゃんたらとぼけちゃってぇ♪ さっきのみさおちゃんのことだよー」
どこからどう見てもニヤニヤしているようにしか見えない表情の久平。
祐一は数瞬考えたのち、ようやく二人が先程のことをいっているのだと理解する。
「別に……普通だろ。級友を待つぐらい」
「いやいや……なかなか気付くことじゃないし、気付いてても言えるもんじゃないよー。
いや、ホントさっきは祐ちゃんに惚れ直したね。うちの妹たちにも後で聞かせてやらないと」
「……いちいち大げさな奴だな」
祐一は苦笑しながら歩を進める。
「ところで僕らはどこに向かってるの?」
「さあ」
「さあって……祐ちゃんは目的地もなく歩いていたわけ?」
「ろくにこの学校の内部を理解もしてない俺にどこに何部があるかなんてわかるわけないだろう」
『いきあたりばったりなの』
「上月、細かいことは気にするな……って、お、何か部室らしきもの発見」
祐一は澪の突っ込みをさりげなくスルーしながらも都合よく部室らしき部屋を発見し、足を止める。
「あ、本当だねー。えっとなになに……『軽音楽部』?へえ、そんなのこの学園にあったんだ」
『けど静かなの』
「上月の言う通りだな、今日は部活がない日なのか?」
「……あれ、でも扉は開いてるよ?」
久平の言う通り、僅かに扉が開いている。
そして、祐一が止める間もなく室内に入っていく久平。
「おい、久平………」
「しっつれいしまーす! ……って」
(あ)
室内を見るなり驚きの表情を浮かべる久平&澪に興味を引かれたのか祐一も室内に入ることにする。
そしてそこにいたのは……
「よう」
何故か一人で夕日をバックにして椅子に座っているみさおの兄こと折原浩平だった。
「と、いうわけだから軽音楽部に入れ」
「いや、何が『と、いうわけで』なんですか?」
「長森の飼ってる猫の写真やるから」
「いや、だから……」
「何、猫じゃ駄目なのか!? それなら長森の幼稚園のころの写真でどうだ!
あいつああ見えても結構男から人気が高いらしいから売るところに売ったら高値がつくぞ」
「話を聞いてください……」
「む!? これでも駄目なのか!?くそっ、なんて商売上手な奴だ!
よしわかった……俺も漢だ、更に小学生低学年のときの写真も付けよう、どうだ!?」
部屋に入るなり椅子に座ったままで(足は組んであり、手元には何故か猫が一匹)祐一を勧誘しだす浩平。
なんでそんな格好でここにいたのかを久平が聞いてみたところ
「悪の親玉のイメージといったらこれだろう!?」
との弁。
ちなみに浩平は部員といっても幽霊部員、というより軽音楽部の部員全員が幽霊部員らしく
浩平がここにいる理由は部員勧誘を任されたかららしい。
「寺岡と澪もどうだ? 今ならサービスで俺の写真もくれてやるぞ?」
「そういわれても僕と澪ちゃんはもう演劇部に入部しちゃったんで。
……あれ、そういえば折原先輩と澪ちゃんは知り合いなんですか?」
「ん? ああ、ちょっと学食で熱い出会いをした仲だ」
「は?」
『その節はごめんなさいなの』
「ああ、気にすんなって。あの時も言ったが別に気にしてないから」
(ぺこぺこ)
「いや、だから気にしないでいいって……」
(ぺこぺこ)
「……なんかこっちのほうが悪いような気がしてきますねー」
「しまった、やぶへびだったか……」
いつの間にか勧誘から談話へと会話をシフトする浩平たちだった。
「……俺、忘れられてないか?」
「よし、誓約書……もとい、入部届、確かに受け取ったぞ」
「いま、何か不穏な言葉が聞こえたんですが……」
「気にするな、はげるぞ」
「……俺、はやまったかも……」
結局、数合わせ(幽霊部員)でいいからという浩平の言葉を信じて軽音楽部に入部することになった祐一。
後にこのことを彼は死ぬほど後悔することになるのだが……それはまだまだ先のお話である。
「時にみさおはどうしたんだ? 聞くところによるとお前らは基本的にこういうことは四人で動くと聞いているのだが」
「あいざわーずのことですね。でもよく知ってますねー、学年違うのに……」
「俺の悪友にそういうのに詳しい奴がいるんでな」
「折原なら今は手芸部にいますよ、今日から部活に参加することになったらしいんで」
『後で迎えに行くの』
「む、ならば俺も共をするとしよう」
「流石は折原先輩。妹さん思いですねー」
「お前はちっとは先輩を見習え」
「はっはっはっは」
キーンコーンカーンコーン
「五時か……まだ三十分あるな」
「暇だねー」
『ひまなの』
「……なあ」
五時のチャイムが響き渡り、やることのない三人に浩平から声がかけられた。
その浩平の表情はどことなく真剣味を帯びている。
「みさおは……うまくやっているか?」
「……? どういうことですか?」
いきなりの質問に困惑する祐一。
澪と久平も同様の様子で浩平を見ている。
「何かあいつにおかしいところとかはないか? こう、他の奴と比べてとか……」
「なんでそういうことを聞きたいのかはわかりませんが……別に折原は普通ですよ」
「みさおちゃんはあの通り可愛いですかねー、お兄ちゃんとしては心配ですか」
『他の人とも仲良くしてるの』
三者三様で浩平の問いに答える。
が、浩平はそれを聞いてあからさまにほっと息をついて笑った。
「そうか……ならいいんだ」
「そんなにみさおちゃんのことを気にかけるなんてもはや折原先輩は立派にシスコンですね♪」
「久平……思いっきり失礼だぞそれは」
『そうなの』
「…………」
久平のかなり失礼な言葉を聞いても何の反応も示さない浩平。
明らかに普段とは違う空気を彼はまとっていた。
「……シスコン、か。確かにそうかも知れないな」
「え?」
「そう寺岡が感じるのは多分、あの時から……俺はみさおが宝物になっちまったからか、な」
「……『あの時』?」
部屋に沈黙が訪れた。
どこか遠くにあるものを見つめているような目をした浩平に三人は何もいえなかったからである。
そして、浩平は口を開いた。
「聞いてくれないか? …………ちょっと昔の話なんだけどな」
あとがき
なんかシリアスです(笑)
シリアスシリアスと言っていたわりにはいざ書くと尻込みしてしまう今日この頃。
とりあえず祐一君は軽音楽部に幽霊入部です、まあ後に後悔することになりますが……
当初は浩平の親友としてシュンを出す予定でした。しかし彼を出すといろいろえらいことになりそうなのであえなく没(笑)
なお、本文で書いた通りすでに浩平と澪は知りあいです。
この二人は原作と同じようにうどんをぶっかけられて知り合いました(笑)
さて、次回は浩平の見せ場到来です、おそらくこの場面でしかシリアスはでないであろう彼の語りをご期待ください。