ザァァ―――――



 また、俺は夢を……過去の記憶を見ていた。

 それは中学の時の記憶、

 あの忘れることの出来ない雨の日の記憶。



 ただ一人立ち尽くしていた。

 目の前に横たわる人を見つめるだけの無力な自分。

 それは俺の記憶の中で永遠に続く時間だった。















 だけど―――――















 光が見えた。

 微かな光がそんな俺を照らした。

 まだ雨は降りつづけている。

 それでも、その光は暖かくて…………俺はその光に手を伸ばし、抱きしめた。



 ―――――祐一くん



 目を覚ます直前、どこか懐かしい声が聞こえたのは俺の気のせいであったのだろうか……






























 DUAL ONE’S STORY     第4話   四月、主役達の集いC






























 「ここは…………どこだ? それにさっきの光は……」



 夢のせいか妙に心地よい目覚めを迎える祐一。

 白を基調とした清潔さを感じさせる部屋、つまり保健室にて天井を見ながらそう呟く。

 その視界には苦笑したような驚いたような微妙な表情の久平が映る。



 「祐ちゃん祐ちゃん」

 「ここは……保健室?」

 「そうだよ、でだね―――――」

 「…………! …………!」

 「俺は一体あの後どうなったんだ?なんか叫び声が聞こえたかと思ったら次の瞬間には靴の裏らしきものが見えたぞ」

 「顔面に飛び蹴りをくらって気絶したんだよ祐ちゃんは。それで―――――」

 「…………!(ジタバタ)」

 「ふむ、確かに顔がまだ少しヒリヒリするな」

 「先生がいなかったからね。手当てなんか僕には出来ないし、せいぜい祐ちゃんを運んで寝かせるぐらいしか出来ないよ」

 「そうか……ってお前一人で俺をここまで?」

 「まさか。僕は鞄を持ってきただけだよ」

 「〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 「……? じゃあ誰が?」

 「もう少ししたらわかるよ。で、祐ちゃん」

 「何だよ」

 「……ふぅー、ようやくこっちの話ができるよ」

 「だからなんだ」

 「そろそろ離してあげたら?見てるこっちは面白いんだけど……顔、真っ赤になってるしその娘」

 「……は?」



 久平に言われ自分の腕を見る祐一。

 ようやく自分が「何か」を抱きしめていることに気付いた模様である。



 ガラッ



 と、祐一が自分の抱いている「少女」を知覚したその瞬間、保健室のドアが開いた。



 「はあ、やっと終わった。全く、なんで二年の俺たちが入学式なんぞにでにゃならんのだ」

 「そういうものなのっ。それより浩平早く入ってよ、わたしが入れないじゃない」

 「うるさいぞ長森、俺はこういう薬の匂いのする場所は苦手なんだよ」

 「はぁ、全く浩平は……って、え」

 「どうした長森……!?」



 話ながら入ってきた男女二人は祐一を見るなりその動きを止めた。

 女子生徒の方は最初なにが自分の目の前で展開されているかよく把握できていない様子だったが、数妙たつと音をボン! と

 立てて顔を赤面させる。

 男子生徒の方は目をカッ、と見開いたまま静止状態を保っている。

 よく見ると拳が小刻みに震えているのだがそれに気付いたのはこの場では一人しかいなかった。



 「おい、久平……なんのマネだそれは」

 「聖印をきってるんだよ」



 『気付いた』久平は祐一の問に答えた通り聖印、つまり十字を胸の前できっていた。

 キリスト教徒でもない彼がそんなことをこの状況下でした理由は一つ、

 これから親友の身に起こるであろう災難に冥福を祈っていることに他ならない。



 「き……」

 「き?」

 (…………アーメン)



 浩平と呼ばれていた男子生徒がゆっくりと動き出した。

 祐一は何故かその仕草に危機を感じ、手の力を緩めて警戒態勢を知らずにとってしまう。

 と同時に祐一の胸に抱かれていた少女が頬を赤く染めたまま恥ずかしそうに祐一の腕から離れる。



 「貴様ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー俺のみさおに何してやがるーーーーーーーーーー!!」



 それを見た浩平はそこで一気に怒気を噴出させ、祐一めがけてダッシュする。

 そこでようやく祐一は事態を理解する、

 どうやら先程から自分が抱きしめていた少女はこの浩平という人の恋人か何からしい。

 であるからしてさっきの自分は『大事な人を困らせていた男』ということになるし、

 ただ今の自分は『大事な人を抱きしめていた男』ということになる。



 (そりゃ怒るよなぁ……)



 まるで他人事のように冷静に思考する祐一だった。

 すでに浩平との距離はほとんどなく、このままでは誤解(?)した浩平にまた蹴られてしまう状態である。



 (ま、しょうがないか)



 にもかかわらずあっさりと自分にこれから降りかかるであろう攻撃を甘んじて受け入れる覚悟をする祐一。

 とりあえず衝撃に備えて身を固くし、目をつぶるのだった。



 「天誅〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」















 …………が、衝撃は彼に訪れなかった。



 (……あれ?)

 「祐ちゃん、目、開けてもいいよー」



 代わりに聞こえたのは楽しそうな口調の久平の声。

 わけもわからず目を開けた祐一の前にあった光景は……自分をかばうようにして立っている少女の姿だった。



 「……だめ、お兄ちゃん……」

 「あう、みさお……ど、どうして……」

 「……誤解だから」

 「し、しかしだな」

 「…………(じっ)」

 「……うっ」

 「あははっ、浩平の負けだよー」



 いつの間にフリーズから復活したのか、赤面して固まっていた女子生徒が楽しそうに二人の間に入る。

 それを見て浩平は苦虫を噛み潰したような顔になりながらも、落ち着きを取り戻し改めて祐一の方を向いた。



 「…………で?」

 「で、と言われても……」

 「とぼけるな、貴様、俺の妹と一体どういう関係なんモガッ」

 「あはは、ごめんねー。今ちょっとこの人興奮気味だから」



 祐一の反応に再び激昂しかけた浩平の口元を慌てて押さえつつ冷や汗をたらす女子生徒。

 祐一はというとあっけにとられてポカンとするしかなかったのだった。















 「―――――と、言うわけです」

 「なるほど、つまりこの不届きものはたまたまみさおを助けたことをいいことに寝ぼけた振りをしてみさおに抱きついた

  あげく、嫌がるみさおを頑として放さなかったわけだな」

 「それ、かなり事実より曲解されてるよ浩平……」

 「手当てをしようとした妹さんが祐ちゃんに近づいたら寝ぼけた祐ちゃんが彼女を抱きしめてしまったんですよ」

 「大して変わりは無いだろう?」

 「大有りだよ」

 「くっ、長森にしては的確なツッコミをするではないか」

 「……お兄ちゃん……」 

 「み、みさお……そんな批難するような目でお兄ちゃんを見ないでくれ」

 「批難してるんだと思うけど」

 「いうなぁーーーーーーーーーー!!」



 久平によって事情が説明され終わるなりまるでコントのようなやり取りを開始する三人。

 状況的に全く口を出せない祐一はただ傍観者となるばかりである。

 と、そんな彼に自分の役目を終えた久平がやって来た。



 「面白い人たちだねぇ」

 「お前に言われたくはないだろうな」

 「ひどいなー」

 「事実だ」

 「あはは、あなたたちのやり取りも十分楽しいと思うよ」



 会話から抜けてきた女子生徒が祐一&久平の所にやってきてそう言う。

 少女の方も女子生徒の後ろに隠れるようにしてついて来ていて、こちらをうかがっている。



 「まあ、こいつとは長い付き合いだから」

 「親友っていってよ祐ちゃん」

 「わたしたち三人も似たようなものだよ、小学校のころからの幼なじみだし。

  あ、わたしの名前は長森瑞佳。この学校の二年生だよ」

 「あ、センパイだったんですか」

 「うん。で、あっちでこの世の終わりみたいな顔をしてるのがわたしの幼なじみの折原浩平で、

  わたしの後ろにいるのがあなたたちと同じく今日から一年生になる浩平の妹の折原みさおちゃん」

 「……ど、どうも先程はありがとうございました……」



 みさおと呼ばれた少女は瑞佳の後ろから顔だけをちょこんと出して頭を下げた。



 「気にしないでいい。それよりさっきは抱きしめたりして悪かった」

 「心配になるくらい真っ赤だったからねぇ」

 「…………へぅ」



 先程の自分の置かれた状態を思い出してしまったのか再び真っ赤になってしまうみさお。

 その横では何故か瑞佳も一緒になって頬を染めていたりする。



 「しかしいきなり入学式からサボることになるとは……」

 「あっはっは、いいじゃない祐ちゃん。どうせ爺さん校長の長話聞くだけなんだし」

 「……す、すみません……私の兄が……」

 「気にすることは無い、大切な人を守ろうとするのは当たり前のことだ」

 「祐ちゃんの場合はそうでもない人のことにまで首を突っ込むけどね」

 「……今日はたまたまだ」



 久平の言葉に、一瞬だけ自虐的な表情を見せる祐一。

 わかって言っているので久平はそれに気付くも何も言わなかった。















 ナデナデ……



 「…………え?」

 「!?」



 それはそこにいる皆が驚く出来事だった。

 瑞佳の後ろに隠れるように祐一を窺っていたみさおが、突然祐一の前にやってきてその頭を撫で始めたのだ。



 「……泣かないで下さい」

 「何を―――――」

 「なんとなく、わかるんです……あなたが何かに悲しんでるって」

 「…………」

 「……だから」



 静寂だった。

 久平も、瑞佳も、フリーズから復活した浩平も、

 誰一人として何も言わない……いや、言えなかった。



 「…………サンキュ」



 ふっ、と祐一が微かに微笑んだ。

 それを見て驚きの表情を見せる久平。

 思わず見とれてしまうみさお&瑞佳。

 このまま穏やかな時間が過ぎて…………



 「……いつまでそうしてるつもりだ……」



 いかなかった。

 妹が自分以外の異性に触れて頬を赤く染めている、それだけでもむかつくべきことなのだが、彼―――――折原浩平は

 何よりも自分を無視されて話が進むことを嫌う、ようするに寂しがりやなのである。

 そんな彼がいつもの自分の役割であるボケを放棄してまで突っ込みをいれたのだ。



 「あっ……ご、ごめんなさいっ……」



 兄の言葉に顔をさらに赤く染めつつ慌てて祐一の頭から手を離すみさお。

 いいものが見れたなぁ、と満足そうな表情を浮かべている久平&瑞佳。

 怒気を発する浩平、そしてそれを一身に受ける祐一。



 御音高校保健室は一角を除いて平和な模様だった。















 キーンコーンカーンコーン♪



 ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴ったのはそれからきっかり十秒後だった。





 あとがき

 いやぁー浩平君は書いてて楽しいですねー♪完全にシスコンお兄ちゃんと化しています。
 そしてそういうわけですのでみさお存命です。
 よって浩平君の「永遠」はありません、ただのギャグキャラとなると思われます。
 しかしもう四話だというのにいまだ主要登場人物がそろいません、もう一人のヒロインなんて影も形も出てませんし(笑)
 えー、一応ことわっておきますが今回大活躍(?)の折原みさおちゃんがヒロインの一人です。
 ONEヒロインじゃないじゃん、という突っ込みは却下です。
 私はONEを知っていればわかるヒロインとしか申し上げておりませんし(爆)
 あ、もう一人のヒロインはちゃんとONEヒロインなので登場をお楽しみに。
 長森さんでないことは今回で判明しましたが…………

 次回はようやく高校生活が幕を開けます、といってもクラスの様子が描かれる程度でしょうが。