それは漫画などでよくある光景だった。

 いかにも「私たち、不良です」といった感じをかもしだしている三人組が一人の女子生徒を囲んでいた。

 遠巻きにして見ている人が「誰か助けてやれよ」的な視線を周りに向けているのも、

 視線を向けるだけで何もしようとはしない野次馬も、

 そんな周囲に助けを求めるような視線を向ける被害者と思われる少女も……



 ただ、いないのはそんな中に割って入って悪者を倒すヒーローだけだった。

 そこにいたのは……剣を捨てた、ヒーローだった。






























 DUAL ONE’S STORY     第3話   四月、主役達の集いB






























 「……祐ちゃん」



 久平は横にいる親友の名前を呼んだ。

 何故かはわからなかった。

 彼女を助けてもらうためなのか、

 関わり合いにならないように無視しようと言うためなのか、

 はたまた彼を心配したためなのか…………



 「……誰も、助けようとはしないんだな」



 ポツリ、とまるで人事のように―――――祐一は呟いた。

 その声はただ書いてあることを読んでいるだけのように無機質なもので、その瞳はどこか遠くを見ているかのようだった。



 「助け……ないの? ―――――祐ちゃんは」

 「……お前は?」

 「知っての通り僕はこういう野蛮なことになりそうなことには首を突っ込まないようにしてるんでねー」

 「はは……お前ならそういうと思ったよ」

 「……祐ちゃんなら」

 「…………」

 「祐ちゃんなら、どうするんだい」

 「お前も知っての通り、俺なら―――――」

 「助けるよね」

 「…………」

 「僕の知ってる祐ちゃんなら、過去にどんなことがあったとしても、こういう状況を見過ごしたりはしないよ」



 沈黙。

 周りの喧騒が嘘のように二人の周りには音が消えていた。

 ふと、祐一は空を見上げ、

 次に、囲まれている少女の姿を見て、

 そして、久平の顔を見つめて―――――



 「……かいかぶりだ」















 少女を囲んでいる三人は御音高校でも特に教師から目をつけられている不良だった。

 三人の名前は広瀬、井頭、安三津。

 常に三人で行動し、気に入らないことがあったり、お金がないと一人を三人で囲んで脅し、怖がらせ、時には暴力を振るう。

 一人一人はそれほど強いわけでもなく、好戦的というわけでもないので典型的な子悪党として知られている。

 そんな三人の一人である井頭とぶつかってしまったのは少女にとって不運以外の何者でもなかっただろう。



 「痛てーじゃねーかよ」

 「……ぅ…………ぁ…………」

 「何とか言えよコラ」

 「ご…………ごめ…………」

 「聞こえねーよ、もっとでかい声で言えってんだよ!」



 実際ぶつかったのは話しながら歩いていたため余所見をしていた井頭のほうであり、非はどちらにあるかは明確である。

 少女がうつむいてゆっくり歩いていたのも原因といえば原因ではあるが…………



 「おいおい、あんまり脅すなよ。思いっきり震えてるぞソイツ」

 「オレはこういうおどおどした奴を見るとイライラすんだよ!」

 「どーでもいいけどギャラリーが増えてきたよ。センコー呼ばれたらまずいんじゃない?」

 「そうだな」

 「ちっ、しょうがねえ……おいお前、ちょっとこっちに来てもらおうか。続きはそれからだ」



 そう言って場所を移動するために少女を連れて行こうと少女の手を引っ張ろうとする井頭。

 だが…………



 「…………い、いやぁっ!」



 バシッ



 今まで大人しかったのが嘘のように嫌悪感をにじませながら叫び、伸ばされた井頭の手を拒絶する少女。 

 最初、呆然と何が起こったのか理解できなかった井頭たちとギャラリーだったが、数瞬で我に帰ったらしく

 ギャラリーはこれから起こるであろうことに顔を青く、井頭は憤怒に顔を赤く染めた。



 「こ、このアマぁっ!!」



 振り上げられる拳。

 それは間違いなく少女の顔を狙ったものであった。



 バキッ!















 殴られる―――――

 少女はそう思い、とっさに目をつむった。

 今日は厄日だ、と思う。

 長い入院生活を終えてようやく兄と一緒に学校生活をおくれると思ったのに、登校初日からこんなことになるなんて。

 やっぱり遅刻する可能性を考慮しても兄たちと一緒に登校すべきだった。

 自分に今まさに降りかかろうとしてくる拳を知覚しつつそんなことを考えてしまう少女。



 (本で読んだみたいに、こういうとき私を助けてくれるヒーローのような人なんて……いないよね)



 バキッ!!



 (…………?)



 音がした。

 人を殴ったときに起きるであろう鈍い音が。

 しかし、その音の発生源は自分ではない。

 恐る恐る目を開ける少女。

 その瞳に移ったのは、驚愕の表情を浮かべる三人組とギャラリー。

 苦笑している一人の長髪の男子学生。



 そして……自分の目の前に立ち、鋭い眼光で三人組を射抜いている、剣を持たないヒーローの姿だった。















 「な、なんだテメエは!」

 「…………」

 「いきなり割り込んできやがって、危ねぇじゃねえか!」

 「…………危ないのは、女の子を殴ろうとするあんたの頭の中身だ」



 ―――――ザワ



 呆然としていたギャラリーが祐一の言葉に再起動をし始める。

 その表情には恐れ、同意、心配、期待などの様々な感情が現れているように当事者の一人である少女は思った。



 「なんだと!!もういっぺん言ってみやがれ!」

 「どんな理由があれ、女の子に手を上げるのはよくない」

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」



 怒髪天を突く、とはこのことだろう。

 井頭は顔を真っ赤に沸騰させて祐一をにらむ。

 少しでも、これ以上の刺激を与えれば祐一に殴りかからんばかりの勢いである。

 にもかかわらず、短気な彼が祐一に仕掛けないのは―――――祐一の鋭い眼光によるものであった。



 「こいつはオレに逆らいやがった、だから殴られても文句は言えねえんだよ!」

 「…………何をいっても無駄か。けれどもういいだろう? 相手が俺になったとはいえ、人を殴れたんだ。

  もう一度改めてこの娘に危害を加える必要はないはずだ」



 祐一のその言葉に井頭はおろか後ろにいる二人も、ギャラリーでさえも唖然としてしまう。

 そうならなかったのは先程から苦笑ばかりしている祐一の親友と、

 今ごろになって祐一の口元から流れる少量の血に気付いた少女だけであった。



 (…………え…………血?)



 ようやく彼女は気付いた。

 自分の代わりに殴られたのは目の前にいる少年だということを。

 後姿しか彼女からは見えないのだが、その存在感は彼女に助かったという安堵感と歓喜を与えるものだった。















 だから、彼女は気のせいだと思った。

 ―――――その背中が悲しそうで、まるで泣いているように見えたことは。















 「せんせ〜、こっちで〜す! こっちで何か悪いことやってる人たちがいますよ〜!」



 まさに一触即発の状況の中、どこか能天気な声が周囲に響いた。

 その声の意味するところを理解したのか、井頭の後ろの二人は慌てだす。



 「おい、そろそろ…………」

 「ああ…………こっから離れた方が良くない?」

 「…………ちっ」



 二人の言葉に、井頭は舌打ちするとしぶしぶと言った様子で祐一と少女から離れていく。

 その表情にあったのは決着をつけられなかった無念なのか、

 それとも目の前の鋭い眼光を持った少年とやりあわずにすんだ安堵なのか…………



 「覚えてやがれ、今度会ったときは容赦しねえ」

 「…………」

 「…………くっ」

 「井頭、早く行くぞ!」



 子悪党恒例の名台詞を残して去ろうとした井頭。

 が、結局祐一の眼光に押されたらしくどうにも決まらないまま去っていくのだった。















 「おつかれ〜祐ちゃん」

 「…………やっぱりあの能天気な声はお前か……久平」



 三人組が去った後、ギャラリーから出てきて祐一に近づいてきた先程の声の主は久平だった。



 「もうちょっと早くやってくれ……」

 「え〜、でも祐ちゃんのカッコいいところが見たかったしぃ」

 「あのな……」



 さっきまでの雰囲気はどこへやら、ほのぼのとした雰囲気を作り出す祐一&久平。



 「はいは〜い!もう終わったんだからあんまりこっちをみない!

  ここは祐ちゃんの親友である僕の出番なんだから皆さんは早いとこ登校に戻ってくださ〜い!」



 三人組が去ったにもかかわらず祐一たちから視線を外さないギャラリーたちを嫌ったのか、久平がおどけた感じでそう言う。

 そしてその言葉を聞いた周囲のギャラリーはちらほらと解散していく。



 「やれやれだね。終わったんだから観客はとっとと散ってもらいたいもんだよ」

 「サンキュ」

 「いえいえ♪」

 「んじゃ、行くか」

 「そだね……って祐ちゃん、血がでてるよ」

 「ん? ……ああ、別に大したことはない」

 「駄目だよ!顔は男の命なんだから!」

 「……俺とお前を一緒にするな……」



 「…………あ、あの」

 「ん?」

 「はい?」



 祐一と久平の親友漫才が始まったところで、今まで沈黙を保ってきた少女が口を開く。

 が、男二人の視線をいきなり受けたせいかその言葉は尻すぼみになってしまう。



 「ああ、大丈夫だった?嫌だよねー、ああいう野蛮人に絡まれると」

 「お前はなんもしとらんだろうが」

 「え〜、先生を呼ぶ振りをして場をおさめたりしたよ〜」

 「……ぅ、む、無視しないで下さい……」



 涙目で抗議の意を示す少女。

 少女の幼い外見とあいまって、その表情を見ていると罪悪感がふつふつと沸いてくる二人。



 「あ、ご、ごめんね。ほら、祐ちゃんってばこんないつも怒ったような顔つきだけど根はとっても優しい人だから」

 「……おい、まて」

 「だからそんな顔をしないで……あ」

 「…………!」

 「……どうしたんだ?二人して?」



 唐突に何かに気付き、びっくりしたような表情になる二人。

 その『何か』に気付かない祐一は不思議そうな顔で二人を見る。



 「祐ちゃん」

 「……あ、あの…………」

 「ん?」

 「ごめん!」

 「ご、ごめんなさい」

 「は?」



 わけがわからない、といった祐一のそばから急いで離れる久平。

 少女はその場を動かないものの申し訳なさそうな表情を祐一に向けた。

 疑問に思った祐一が二人の視線の先を見ると…………





 「みぃーさぁーおぉーーーーーーーー!!!」





 そこにはそう叫びながら迷わず自分に突進してくる少年と、

 「浩平ー、待ってよー」といいながらその後ろをついてくる一人の女子生徒がいた。















 どげしっ!!



 ―――――そして祐一が最後に見たのは自分に飛び蹴りをいれてくる少年の靴の裏だった。





 あとがき

 やっぱり久平君だとあとがきがややこしくなるのでまた私ことtaiが復帰です。
 今回は結構シリアスを書けたなぁ、と思っています。最後でぶち壊しでしたが。
 ついにヒロインの片割れが登場です。え、誰かわかんない?名前は出しましたよ、一回だけですが(爆)
 詳しくは次回になると思いますが最後に出てきた二人もちゃんと説明しますので。
 まあ、ONE知ってる人にはバレバレですが(笑)
 ちなみに不良三人組に名前を付けましたが他意はありません。ただ不良ABCじゃあれかなって思っただけで(笑)

 次回はようやく学校の中に入ります、いきなり蹴られた祐一君の運命やいかに!?