「うむ、やっぱり新しい制服を着るとなんていうか気分が変わるもんだな」
自分の身を包む新しい制服を改めて見て祐一はそう呟く。
ちょうどいい時間帯に出発したおかげであろうか、同じ御音高校の制服を着た学生がちらほらと彼の前後で歩いている。
(これなら余裕で間に合うな、これからはこの時間に出るとするか)
祐一は中学のころからこの朝の登校が好きだった。
別に人と一緒にいるのが嫌いというわけではないのだが、一人でゆったりとする時間が彼は好きなのである。
まあ、彼の場合ゆったりさえできれば人がいようがいまいが関係ないので騒がしくならない限り人がいても問題はない。
ただ、何故か中学のころから彼の知り合いには騒がしい人間が多かったので必然的に一人の時しかゆったりできなかったのだ。
(ゆったりできるっていいもんだなぁ…………)
年寄り臭さ全開の思考で歩く祐一。
しかし彼はまだ知るよしもない。
こんな至福のひとときがのちに行くことになる雪の街では不可能になることを。
そして、今このときからも彼の生活が騒がしいものになることを。
「やあ、祐ちゃん! 今日も清々しい朝だねぇ。僕の心は今日からはじまるニュースクールライフにドキドキだよ!」
その元凶の一因となる一人の男が現れた。
DUAL ONE’S STORY 第2話 四月、主役達の集いA
「ああ、俺の至福のひとときが……」
その男を見るなり目に見えてがっかりする祐一。
この男が自分に干渉してきた時点で本日の平穏静寂な生活はあきらめなければならなくなることを知っているからである。
「至福のひとときって……祐ちゃん、もう僕たちも高校生なんだからさー、もうちょっと若者らしくいこうよ」
「やかましい……俺はこのゆったりした時間が大好きなんだよ」
「相変わらず枯れてるねー祐ちゃんは。そんなんじゃ彼女の一人もできないよ? せっかく下地はいいのに……」
「母さんと同じようなこと言うなよ……それにその言葉はそっくりそのままお前に返してやる、久平」
フレンドリー(?)に祐一に話し掛けてきたこの男の名前は寺岡久平(てらおかきゅうへい)
女の子と見間違うばかりのロン毛とかなりの美形フェイスを持つ男である。
祐一を硬派系とするなら久平はアイドル系の顔立ちといったところか。
勉学は駄目駄目だが、この男は実は運動神経がかなりよい。祐一に少し劣る程度であろう。
そんな女の子にモテそうな彼だが、彼には欠点とも言うべき点があった。
それは…………
「ふっ、当然だよ祐ちゃん! 僕のビューティーフェイスに死角などないさ。
まあ僕の場合は僕と釣り合いの取れるような女の子がいないからだけどね」
「はいはい」
このナルシストな所であった。
彼の実家は古流剣術『寺岡流』を代々伝えてきている厳格な家庭である。
しかし彼はその正統後継者であるにもかかわらず
「剣術? 僕のこの綺麗な顔に傷でもついたらどうするんだい?」
てな感じであっさりとその務めを放棄したのである。
当然、現師範の彼の父はそれを聞いて怒り狂ったのが……久平のあまりの自分への美の執念に観念したらしく、
現在は内弟子の中から後継者を選ぶ方針に切り替えているそうである。
「しかし淡白な反応だねぇ……キミの一番の親友である僕にそんな反応だなんてつれないじゃないか」
「淡白って……はぁ、お前もそのナルシストなところが無ければいいやつなのにな。なまじ美形なだけに始末におえん」
「キミもその枯れてるところと朴念仁なところがなければねぇ……」
「「はぁぁ……」」
同時に相手のことを思って溜息をつく二人。
二人は俗に言う幼馴染というやつで小さいころからその正反対な性格が良かったのか、親友兼悪友の付き合いが今でも続いている。
今のように互いを心配するところなど、なんだかんだいってもいいコンビであると周りの人間からは評判だったりする。
「そういえばさー」
「ん? なんだ?」
取りあえず溜息の応酬を止めて学校へ向かう二人。
すると唐突に久平が口を開く、もちろん足は止めないが……
「うちの親父がさ、祐ちゃんを家に呼べってうるさいんだよ最近」
「ああ、そういえば最近お前の家に行ってないよな」
「まあ、春休みの間は僕がいなかったからねぇ」
「また一人旅に出てたんだって? 朱音ちゃんに聞いたぞ」
「だって長期休暇に家にいようものなら親父がうるさいしねー」
「それはそうだろ、お前が寺岡流の正統後継者筆頭なんだから」
「ま、最近じゃようやくそのことをあきらめてくれそうなんだけどね、だからこそ祐ちゃんを呼べって言ってんだろうし」
「へえ、ひょっとしてまだあのことあきらめてなかったのか親父さん」
「そりゃそうでしょ、内弟子の中じゃ祐ちゃんが一番の使い手だったんだから」
「俺なんてまだまださ……俺に力があったなら……」
ふと、悲しみをたたえた遠い目になる祐一。
こういった祐一の姿を『あの事件』の頃より散々見てきた久平はここですまなそうにすることは逆効果だと心得ている。
ゆえに彼はこういう場合の対処法は織り込み済みなのだ。
「謙遜しちゃ駄目だよ。祐ちゃんは強いさ、少なくとも僕なんかよりもね」
「久平……」
「それに祐ちゃんが引き受けてくれないといつまた僕にお鉢が回ってくるかわからないからねぇ」
「…………それが本音だろ」
「あれ、わかっちゃった?」
「わからいでか」
そう言って二人して笑う。
こうやって祐一と久平は今までの時を過ごしてきた。
だからこそこの二人は親友なのだろう。
「で、誰にする?」
「は?」
突然笑うのを止めたかと思うと、わざとらしいくらい(実際わざとだろうが)真面目な顔をして久平が言った。
対する祐一はあまりに突然の話題転換に回答がついていかない。
「やだなー、わかってるでしょ……我が義弟となるキミなんだから」
「誰が義弟だ、誰が、誰の」
「祐ちゃんが、僕の」
「なんでだ……」
どこか疲れたように深い溜息をつく祐一。
「え、だって祐ちゃんうちの四人の妹のうち誰かをもらって寺岡流継いでくれるんでしょ?
だったら祐ちゃんは僕の義弟じゃないか、そんなこともわからないのかい」
「わかるか。っていうか寺岡流を継ぐっていう話はともかく、なんで俺が朱音ちゃんたちの誰かと結婚せにゃならんのだ」
「なんと、うちの朱音たちでは不服かい? まあ、気持ちはわからなくもないけど」
「またお前はそういう本人たちに聞かれたらし洒落にならんことを……」
「聞かれなきゃ大丈夫さ、それに本当のことだしね。全く……容姿は流石に僕と同じ遺伝子をひいているだけあって
まあまあなんだがあの性格はどうにかならないものか……」
「そうか? みんないい娘じゃないか」
「祐ちゃんの前ではネコかぶってるだけだよ……」
「ふーん、じゃあ今度お前の家に行ったとき確かめてみよう」
「やめて……祐ちゃんに今言ったことがあいつらにばれたら僕が殺されてしまうよ……」
「じゃあ言うなよそんなこと……」
「ま、それは置いといて……今の話、うちは結構本気なんで少しは考えてみてね」
「朱音ちゃんたちはまだ小学生だろうが……俺にそんな特殊な趣味はないぞ」
「まあ、それもそうだね」
「はぁ……」
溜息と共に会話を切る祐一。
久平のこういうところはナルシストなところと同じく、本能レベルの行為なので慣れるしかないとわかってはいるのだが……
十年以上友達をやっていてもどうにも慣れないものだと悲しく悟る祐一だった。
ざわざわ……
「ん?」
「なんだ?」
もう少しで学校、というところで人だかりが出来ていた。
そこにいる人は皆、中心部を見ては横を見たり後ろを見たりしている。
「ここの人たち皆なにやってんだろうねぇ?」
「さあ? 中心部を見たらわかるんじゃないのか」
「そうだね」
久平は祐一の言葉に頷くと、「うんしょ」という掛け声と共に近くの電柱にのぼって騒ぎの中心を確認しようとする。
「おーい、何があるんだー?」
「…………む」
親友の奇行を当然のように見ながら中心の様子を聞く祐一。
しかし、久平は中心を見るなり顔をしかめてすぐに電柱から降りてくる。
そんな久平の様子に気づいた祐一は多少真剣な顔になる。
「久平、何が見えたんだ?」
「浮気現場を押さえられた亭主」
「…………」
「実は番長同士のタイマン」
「…………」
「あ、あはは……つまんなかった?」
「…………久平」
「……ふぅ、わかった、言うよ」
「全く、祐ちゃんはしょうがないなぁ」といった感じの表情でしぶしぶと久平が言った言葉は……
「多分、僕が祐ちゃんに一番見せたくなかった光景だよ」
あとがき
やあ、ありがたき読者のみんな、久しぶりだね!今回からあとがきをtaiに変わって担当することになった寺岡久平だよ。
え?『二人旅』や『奇跡のkey』のあとがきの僕とは全然違うって?
まあ、気にしないで欲しいな。所詮taiには書き分けなんてできないんだからさ。
それはさておき今回のお話を振り返ってみようか?
taiは今回僕以外にも、ヒロインを出すって言ってたのに実際は出てないよね、駄目駄目だねー。
ま、次回は必ず出るって言ってるから許してあげてね。
それと、僕の四人の妹についてなんだけど……そう、彼女たちさ。
『奇跡のkey』を読んでない人にはさっぱりなことだけどね。
さて、次回予告だね。
次回は今度こそ一人目のヒロインとなる彼女が登場するよ。
さらに『彼』や『彼女』もでてくるからお楽しみに〜♪