DUEL SAVIOR INFINITE Scwert4-9
「おいリコ、本当にやってねぇのか?」

 逆召喚で消えたアダム。
 考えられる限り、やったのはリコしかいない。
 この場で逆召喚を使えるのは、リコしかいないのだから。

「はい……そもそも、今の私にはそこまで…余裕はありません」
 
 だが、リコは違うと言い切る。
 その表情や声から、嘘でないという事を判断するのは容易だ。
 なら、必然的に次の疑問が発生する。

「なら、いったい誰がやったってんだよ」

「それは……まさか、いえ、そんなはずは」

「おい、リコ」

 その時、声が響き渡った。

「《人は、永劫に運命の奴隷に過ぎない》と、そんな事を言った奴がいたわね」

 響き渡った声は、

「とても滑稽だったけど、確かに納得できる言葉でもあったわ」

 明らかな敵意と、

「私と貴女の関係は、まさしく《運命》と言っていいかもしれない」

 鋭利な殺意と、

「でもね、私は《運命》という言葉が嫌いなの。
 なら、私の行ってきた事、これから行う事の全てが《運命》なのかってね」

 一握りの親愛があった。

「だからこそ、私は《運命》を打破する。
 この呪われた周期を越え―――私の望む結末を手に入れてみせる」

 その姿は、とてもリコに似ていて。

「だからこそ、こう言いましょう。
 久しぶりね、オルタラ―――いえ、今はリコ・リスだったわね」

 現れた少女―――その少女は、とてもリコに似ていた。

「どうして―――イムニティ」

















DUEL SAVIOR INFINITE

Schwert4-9
赤の理、白の理 〜Same Tribe Hatred〜
















「どういう、事だよ」

 呆然とした口調、身体を駆け巡る驚愕の振動。
 リコと瓜二つの少女は、そんな自身とリコを嘲笑っていた。
 髪の色、服装の違いがあるが、確かに瓜二つの少女。
 だというのに、何かがリコとは決定的に違っていた。

「黙っている事ね、何も知らない《愚か者》―――

「何も、知らねぇだと!?」

「ええ、だからこそ言ったのよ。
 何も知らない《愚か者》ってね」

 少女は軽く腕を振るうと、大河を拘束していたハルダマーが簡単に砕け散った。
 驚愕―――大河とリコの表情はそれだが、内容は異なる。
 大河の場合は、ハルダマーを解除してくれた事に対して。
 そしてリコは、自身のハルダマーが簡単に解除された事に対して。

「この程度なの? 貴女、この千年で随分と腑抜けたようね」

 その口調には、やはり嘲笑いの音色があった。
 だが、何よりも疑念に抱かなければならない言葉があった。

「千年、だと?」

「そう、千年よ―――まったく、この程度の力しかないなんて。
 貴女は、私を舐めているの?」

「どうして、貴女が―――マスターのいない貴女では、あの封印を突破出来ないはず」

「ええ、確かに私だけの力では、あの封印を突破する事は出来ないわ。
 でもね、簡単な念話程度なら干渉も出来た。
 そして、私がここにこうしているという事は―――ふふ、あとは言わなくても分るわね?」

「そ、そんな―――嘘です!
 皆さんが、そんな事を!!」

「嘘かどうかは、それを見れば分ることでしょう?」

 少女が指差したのは、リコが持っている導きの書。

「それ、は―――

「現実逃避は、よくないわね。
 でもね、どんなに逃避したところで《真実》は絶対に変わらない。
 それは、どんな世界であろうとも変わる事のない不変のものなのよ」

 さっぱり話が分らない。
 この少女―――そう言えば、リコはイムニティと呼んでいたか。
 イムニティの言葉から、情報をかき集める。
 それに、アダムが言っていたこと。
 何か、重要な事が隠されているに違いない。

「大河さん、目を瞑ってくれませんか?」

「へっ、それって」

「お願いします!!」

「あ、ああ」

 普段、絶対にしないほどの強い口調で言われ、大河はしぶしぶ目を瞑った。
 広がる闇は、まるで未来を示しているかのようで。

「ッ、そんな!!」

 悲鳴にも似た叫びと共に、本が床に落ちる音が響き渡る。
 何事かと思い、大河が目を開けると足元に本が落ちていた。
 間違いなく、導きの書である。
 だが―――

「おい、何なんだよこりゃ」

 中の内容は、読めたものではなかった。
 赤い文字で何かが書かれている。
 だがそれだけだ。
 まるで、虫食いにあったかのように、文字が途中で千切れている。
 とてもじゃないが、読めるものではない。

「ふふ、つまりはそういう事よ。
 これが、証明よ」

「そんな、どうして」

「おい、こりゃどういう事だ?」

「やれやれ、本当に何も知らないのね。
 私という《白》が契約した結果、その本から文字が抜け出したに決まってるじゃない」

「おい、その言葉だと、あんたは―――

「察しの通りよ。
 私の名はイムニティ―――またの名を、《白の精霊》よ。
 私とオルタラ―――いえ、リコ・リスはね」

「大河さん!! 聞いては駄目です!!」

「黙ってなさい」

 軽く腕を振るうと、リコに雷が落ちた。

「あ、ッ!?」

「リコ!?」

 崩れ落ちそうになるリコを抱き止める。
 軽い、その身体は異常なまでに軽かった。

「てめぇ!!」

「黙ってなさい、《愚か者》よ。
 さて、話の続きと行きましょう。
 私とリコはね―――導きの書の精霊なのよ」

「精霊、だと?」

「ええ、そうよ。
 私と言う《白の理》と対立する《赤の理》――それが、リコ・リスという存在」

 そんな事も知らないのか、という表情をイムニティが作る。
 そう、何も知らなかった。
 だからこそ、何も言い返せない。

「貴方、不思議に思わなかった?
 どうして、リコはこの場所を知ってたの?
 どうして、導きの書の事を詳しく知っているの?
 どうして、救世主が誕生した事がないって知ってるの?
 どうして、どうして、どうして、どうして?
 答えは―――言わなくても、分るわね?」

 どうして、どうして、どうして―――そんな事、余程のバカでもない限りすぐに気付く。
 つまり――――

「当事者だから、か?」

「正解―――だって、全部自身が関わっているんですもの。
 知らないはずが、ないわよねぇ?」

 そう言われれば、繋がる部分もある。
 導きの書の隠し場所、その性質。
 救世主の真実、自身が導きの書を見ることを禁忌としていた事。
 その全てに自身が関わり、見てきたというのなら納得が出来る。

「だからこそ、私は問わねばならない。
 リコ―――貴女は、マスターを選んだのかしら?」

「嫌です―――私は、2度と地獄なんて見せたくない!」

「分っているの? それは私達の存在理由を放棄したのと同じ。
 火が点かないマッチと同じなのよ?」

「それでも、嫌なんです」

「そう―――なら」

 直感的に、大河は動いた。
 力いっぱい床を蹴り、後方へと跳ぶ。
 直後に、雷は落ちた。
 誰もいない、落ちても問題のない空間に。

「あら、意外にやるのね」

「てめぇ、何をしやがる!」

「精霊とは言え、外見は女の子なのよ。
 その女の子に向かって《てめぇ》なんて。
 口の利き方を教える必要があるわね」

 2発、3発と次々に雷が落ちる。
 だが、自身の勘を頼りに雷が落ちる場所を片っ端から避けまくる。
 何とか、今のところは被弾は0だ。

「まるで未来予知に匹敵するほどの直感ね。
 才能と、言ったところかしら」

「そんな事より! どうしてリコに攻撃する!?」

「おかしな事を言うのね。
 貴方、肉食動物が草食動物を狩り殺すを不思議に思う?」

「な、何を言ってやがる!?」

「だから、肉食動物が草食動物を狩り殺すのを、不思議に思うの?
 それは自然摂理―――謂わば、弱肉強食。
 私とリコの関係は、まさにその《真理》のようなもの」

 イムニティの敵意、それは一直線にリコに向けられている。
 それが答え―――今この場で、2人が分かり合う事など出来ないのだ。

「だからこそ、貴方はさっさと立ち去るといいわ。
 私は、無駄な戦闘は避ける事にしているの。
 無駄な事っていうのは、意味のない事なんだから」

「そんな台詞で、俺が引くと思ってんのか!?」

「いいえ、引くとは思わないわ。
 これは、私なりの善意―――まぁ、その善意を蹴った貴方は、覚悟が出来ているという証拠なのでしょうけどね」

 勝てるか、勝てないか―――その二択で問われれば、勝てないだろう。
 幸い、逃げるための出口は既に解放されている。
 後は、逃げるタイミングを計らなければならない。

「逃げようと思っているのでしょうけど、止めておいた方がいいわ。
 私の力は――本気で全力のリコ・リスと同等かそれ以上よ。
 貴方に、逃げれる道理はない」

「はっ、やってみなきゃ分からねぇだろ?」

「絶対に不可能よ。
 ましてや、疲弊しきっている貴方達など、私の敵ではない」

 確かに、イムニティの言う通りだ。
 大河もリコも、ここに到達するまでに相応に疲れている。
 体力的もきついし、特にリコの消耗はかなり激しい。

「故に、戦闘をさせるのは不可能に近いから、自分がどうにかするしかない。
 貴方は、そう考えているのでしょう?」

「ッ!」

 オマケに、目の前の少女は頭の回転もいいらしい。
 とことんやりずらい相手だ。

「さぁ、もういいわよね?
 自ら選んだ道の結末―――それは、《死》よ」

「させません!」

 リコが魔法を使うが、イムニティは簡単に襲いかかる魔法を回避した。

「言ったはずよ、リコ・リス。
 疲弊仕切っている貴女では、私には勝てない。
 それは他の誰よりも、貴女自身が分かっているはず」

「させません、大河さんをッ!」

「なら、その男を選べばいい―――そうすれば、《運命》は動き始める。
 いえ、もう動き出しているわ――私が、主を選んだその瞬間に」

「ッ!!」

「そう、貴女がやっている事は、無駄な事。
 どれだけの想いを抱こうとも――結局のところ、この世は《法則》が全て。
 全ての《因果律》と《法則》を司る私の敵ではないわ」

 言い終えると同時に、イムニティは転移した。
 イムニティの居た所を、銀の軌跡が奔る。

「御託は、それだけかよ?」

「好戦的ね――ええ、そういうの嫌いではないわ」

「なら、俺がてめぇを倒せば問題はねぇな」

「何度も言わせないで欲しいものね。
 疲れている貴方では、私には勝てない」

「やってみなけりゃ、分からねぇだろう!!」

「駄目です!! 大河さん!!」

 聞けない相談だ。
 戦う戦わないという選択肢に意味はない。
 この少女を倒さなければならない。
 理由は―――とてもじゃないが、逃げきれないからだ。
 なら、後の選択肢は倒すしかない。
 それが、無謀な事だとしても。

「なるほど―――確かに、貴方のやろうとしている事は正しいかもしれないわね。
 逃げれないのなら、戦うしかない。
 それが、どれだけ無謀な事なのだとしても―――でも、ね」

 瞬間、イムニティは消えた。
 転移―――出現場所は、

「無謀は所詮、無謀でしかないのよ」

 大河とリコの中間地点。

「ッ!!」

「遅いわ――――エヴェット」

 体内で圧縮された魔力に指向性を持たせ―――

「フルバン――――!!」

 一気に、爆発させる。


















◇ ◆ ◇


















「がっ―――はっ」

 運が良かったとしか、言いようがないだろう。
 爆発する刹那、咄嗟に大河はリコの服を掴み、一気に跳躍したのだ。
 襲いかかる爆風からリコを守り、何とか受け身を取る。

「大河さん!」

「だ、大丈夫だぜ―――

「全然、大丈夫ではありません!!」

 骨折こそしなかったが、爆風の衝撃波で右足が損傷している。
 リコを庇った際に使用した左腕などひどい有様だ。
 確かに、大丈夫という状態ではない。
 だが、こういう時でも強がらなければ、男として廃るというもの。

「完全な不意打ちだったんだけど―――よく、あの一撃に反応したわね」

 どこか感心したような口調。
 だが、それでも―――その口調には、確かな侮辱の音色が含まれていた。

「今の一撃で殺せなかった事を、後悔させてやるよ」

「強がりを―――でも、その素質をここで失わせるには、あまりにも惜しいわね」

「イムニティ、貴女は、何を?」

 イムニティは、リコの疑問を無視した。
 彼女の視線が向かう先には、ボロボロの少年がいる。
 興味があるのは、この場ではあの少年のみなのだろう。

―――貴方、確か当真大河だったかしら?」

「だとしたら、何だよ?」

「ねぇ、私達側に付かないかしら?」

「私達側、だと?」

「ええ―――今の世界は、あまりにも不完全過ぎる。
 だからこそ、今の世界を滅ぼしてみない?」

「はっ、寝言は寝てから言え!」

「そう言うと思ったわ。
 だからこそ、チャンスを与える。
 私達側に付きなさい―――そうすれば、貴方の望む者は全て手に入る。
 富も、名声も、女も、何もかもが」

―――

「大河さん!! 駄目です!!」

「黙ってなさい、リコ・リス―――貴女が出しゃばる必要なんてないわ」

 それは、ひどく魅力的な提案でもあった。
 全てが手に入る。
 富、名声、女、何もかも、全てが手に入る。
 凡人であれば、すぐにでも乗ってしまいそうな、それほどの誘惑。
 だがそれでも―――

「悪ぃがな、その提案には乗れねぇ」

「あら、どうしてかしら?」

「確かに、魅力的だぜ?
 富、名声、女、その何もかもが手に入るってんならな」

「なら、どうして拒否するの?」

「その提案に乗ったら、お前はリコを殺すつもりだろう?」

「ええ、不要物は潔くゴミ箱へ。
 人類がいつも行ってきた行為、何の疑問があるのかしら?」

「だからだよ。リコは不要物なんかじゃねぇ。
 大切な、俺の仲間だ―――だから、拒否させてもらうぜ」

「人間でないものを、助けるというの?」

「人間とか、そうじゃねぇとか、そんなのは関係ねぇ。
 仲間だから助ける、そこに何の不思議があるってんだ?」

「そう―――それが、貴方の選択か」

 その時のイムニティの表情は、本当に落胆した表情だった。
 まるで、欲しかったものが、あと少しのところで手に入らなかった子供のように。

「なら、仕方がないわ―――将来的に、私の障害になるであろう貴方達を、この場で抹殺するとしましょうか」

「出来るのかよ? さっきのでも、不可能だったのによ」

「強がりね―――貴方が万全の状態で、足手まといさえいなければ可能だったかもしれないけど」

 そう言いながら、イムニティは魔法を唱えた。
 矛先は、大河ではない。

「でもね、こうすれば貴方はどうするかしら?」

「ッ、リコ!!」

「えっ」

 咄嗟に、大河はリコを突き飛ばした。
 瞬間、大河に雷が落ちる。

「がっぁぁ!?」

「大河さん!!」

 肉が焦げる音、生々しくて嫌な音だ。
 1発、2発、3発と大河に雷が落ちる。

「まだ生きているの、大したものね」

「ぐっ、て…めぇ!」

「喋らないでください!!」

 リコが回復魔法を唱えようとするが、イムニティが召喚したスライムに妨害される。

「イムニティ!!」

「邪魔をしないで。
 貴女が選べないという選択をした結果よ、素直に受け入れなさい」

 4発、5発、6発と雷が大河に落ちる。
 響き渡る雷音、辺りに肉の焦げる臭いが充満し始める。

「これだけの雷を受けて、まだ生きているなんて。
 信じられないほどの耐久力ね―――貴方、本当に人間なの?」

「うる……せぇ……」

「オマケに、意識を保っていられて返事まで出来るなんて。
 本当に、ここで殺してしまうには、おしいわね」

 イムニティは、分かっていたのだ。
 自身がリコを狙えば、確実に大河はリコを庇うと。

「最後よ―――私達側に付きなさい」

「お断…り……だぜ…」

「そう、残念だわ―――本当に、ね」

 微かに指が動く。
 まるで、指揮者のように。
 大河達の頭上に描かれる魔法陣。
 その魔法陣に、雷が奔る。

「情けよ―――一撃で、殺して上げるわ」

 あるいは、それはイムニティなりの慈悲であったのかもしれない。

「レイダット・アダマー」

 極大の雷が、大河達に落ちる。


















◇ ◆ ◇


















「あぐっ」

 だが、その一撃をリコが庇った。
 それが、全ての答え。

「リコ!?」

「貴女、どういうつもり?」

「さ、させま…せん。大河さんを……死なせる……わけには…」

「そこまで想っているのに、貴女は選ばないのね」

「私は、もう……2度と……」

「それで、今選らばなかって、これからどうするの?
 次は? その次は? 更に、その次は?
 選ばないというのは、解決策じゃない。
 単なる、逃避でしかないのよ」

「…だとしても……私は…」

 イムニティは、ひどく落胆した表情を作っていた。
 まるで、信じていた者に裏切られた人間のような。

「もう、終わりにしましょうリコ。
 貴女の下らないプライドも、私が粉々にして上げる」

 それで、全てが終わり。
 この一撃で、リコは粉々になる。
 それ相応の、魔力も込めた。
 だからこそ――――

「ぬぐ、ぁぁあああ!!!」

 立ち上がった少年は、完全に想定外であったのだろう。

「貴方、そんな状態で立ち上がれるなんて」

「やらせねぇよ―――仲間を、死なせはしねぇ!」

「それは、《信念》というやつかしら?
 まったく、その歳でそれほどの《信念》を持っていられるなんて。
 どうやら、私は貴方を完全に嘗めていたようだわ」

 だからこそ、この一撃は至高の一撃でなければならない。

「貴方の《信念》に敬意を表し、この一撃で終わらせる。
 さぁ――――

 天に描かれる巨大な魔法陣。
 迫る、強大なエネルギーの本流。

――――死ね」

 轟音と、砲撃。


















◇ ◆ ◇


















 これは、奇跡の前借り。
 本来なら、まだ到達出来ない領域。
 だが、それを行った。
 なぜなら、やらねば誰も救えない。
 力が無ければ、誰も守れないのだ。
 自分自身さえも。

「えっ…」

 茫然とした声が響く。
 分からない、何も分からない。

「貴方――――何をしたの?」

 何かを言っているが、分からない。
 熱に侵された思考―――マグマのように燃える身体。
 再生される身体は――戦闘に最適化されていく。
 人の身でありながら、人の身を超越し始める。

「何をしたって言ってるんだけど?」

 だが、ここまで―――ここから先へは行けない。
 ここから先へ到達するというのは、未来の希望を断つのと一緒だ。
 故に、ここから先へ到達する事は出来ない。

「何も答えないのね、なら死になさい」

 朦朧とした意識―――だが、それでもやるべき事は分かっている。
 無意識に動く身体―――身体が、最適な選択をする。

「ッ!」

 息を飲む声が聞こえる。
 だが、何も分からない―――目の前が見えない。
 いや、見えているのに、見えない。

「貴方ッ!!」

 跳躍から、急降下。
 眼下の敵に向けて突撃、破断。

「やってくれるわね!」

 武器を振う、空間を薙ぎ―――敵を殺すだけの。

「まさか――――何の魔力も感じなかったのに」

 空間を斬るなんて、造作もない事。
 この身は■■■■■■■なのだ。
 故に―――空間を断ち切るなんて、人が息をするように当たり前の事だ。

「このままじゃ、不味いわね」

 一閃、二閃と空間の軌跡を造る。
 だが、全てを両断するものを《敵》は避けていく。
 ならば、やるべき事は1つだけだ。

「なるほど、空間そのものを爆破して避けれないようにしようとしているのね」

 爆縮、その後の解放。 
 その反動で、周辺空間を崩壊させる。
 そうすれば、逃げられるはずがない。

「でも、いいのかしら?」

 何がいいのか、それも分からない。 
 ただ、《敵》は殺さねばならない。
 皆を、守る為に。

「そんな事をすれば、リコは死ぬわよ?」

 守る――――あっ?

「えっ?」

 正気に戻った。
 自分が何をしようとしていたのかも。

「守る為に、全てを殺す。
 しかも、その《殺す》の中に《守るべき対象》も入る。
 それって、本末転倒よねぇ?」

「俺、は……」

「でも、本当に、本当におしいわね。
 それほどの素養、まさに戦うために生まれてきた存在。
 戦神と言っていいほどの――――

―――――――エロヒーム、エロヒーム――――――――

 不意に聞こえてきた呪文。
 リコは、自身の呪文を完成させるために集中している。
 疲弊仕切っている彼女が唱える呪文―――それはきっと、この状況を突破するのに必要なものに違いない。

「っ!? リコ、それはっ!!」

 リコが唱え始めた呪文に気付くイムニティ。
 慌ててイムニティが術式を構成しようとした。
 だが、リコの術式が完成する方が遥かに早い。
 しかも、

「悪ぃが―――――――――

 最速の踏み込み。
 今の大河が出来る、最高の踏み込み。

「えっ?」

「邪魔をさせてもらうぜ――――!!!」
 
 イムニティに迫る、銀の軌跡。

「くっ」

 咄嗟に、イムニティは構成中だった術式を破棄し、テレポートでトレイターを躱わす。
 致命的なタイムロス。
 もはや、イムニティの攻撃は間に合わない。
 リコの術式が熱帯びてくる。
 そして――――――

――――――――カヤム・レヴァ・ハシュカナー!」

 リコの術式が完成した。
 大河が巻き込み、リコが虚空へと姿を消した。


















◇ ◆ ◇


















「逃げられたか」

 忌々しげに呟くイムニティ。
 次元の狭間へと移動する転移魔法だ。
 あれでは、こちらから手を出す事は出来ない。
 何しろ、次元の狭間の座標は非常に曖昧だ。
 追ったとしても、リコが移動した同じ次元の狭間に到達できるとは限らない。
 それに、どちらにしてもこちらには絶対に戻ってこなければならないのだ。
 戻る場所は転移魔法を発動した場所と言う法則がある。
 ならば、無理に追う必要などない。
 待っていれば、獲物の方からやってくるのだから。

「とは言え、じっと待つのも、ね」

 おそらく、リコは契約する。
 長年、敵対していた者同士だ。
 相手の思考パターンなど、簡単に読める。
 元が同じというのなら、尚更だ。
 だからこそ、言える事もある。

 ―――現状の戦力では、厳しいものがある。

 あの少年が見せた戦闘能力、さらに耐久力。
 それに、契約さえすればリコは制限なく力を行使できる。
 自身とリコの力は、ほぼ拮抗している。
 そこに、大河の戦力が加わったのなら、負けるのは必至というわけだ。

「参ったわね―――せっかくのチャンスを棒に振ったようなものだわ」

 後悔しても始まらない。
 なら、とれる選択は2つ。
 戦うか、撤退するか。

―――――

「えっ?」

 不意に聞こえてきた声。
 それは、彼女が契約した相手。
 謂わば、彼女の主となる人物。

「マスター? どうかなさいましたか?」

――――

「よろしいのですか? せっかくのチャンス、棒に振るような事になって」

――――

―――――ですが、このチャンスをみすみす」

――――

 その声には、確かな信頼の響きがあった。
 悪いものではない。
 この身は精霊であり、同時に主には絶対服従。
 自ら選んだ主には、忠義を尽くさねばならない。
 ましてや、その主が自身を信頼してくれているというのなら、尚更だ。
 その信頼に、答えなければならない。
 でなければ、精霊として失格もいいところだ。

「イエス、マスター」

 イムニティの口から出た言葉にもまた、絶対の信頼の響きがあった。




あとがき
思うに、当真大河って覚醒したら《反則》ですよね。
こいつに対抗できる主人公って少ないんじゃないでしょうか。
対抗できそうなのは、Dies ireaの藤井蓮の完全状態のみぐらいでしょう。
って、あれと戦ったら大河は普通に負けそうな気もしますが。