DUEL SAVIOR INFINITE Scwert4-7
「……あれが、導きの書か?」

 その本は、鎖でがんじがらめにされていた。
 その横で、リコは頷きながら、その言葉を肯定する。

「その通りです。あれこそが、この世の森羅万象全てを記してあるとされる書です。
 その書を手に取るものは、世界を決める者と言われています」

「世界を決める、か。また随分と大層な書だな」

 世界を決めるなんて、大河にしてみればまるで実感がわかないものだった。
 未亜も同じなのか、胡散臭いような表情をしている。
 魔法という幻想の無い世界で生きてきた2人にとって、1冊の本で世界を決めれるなんて眉唾物だ。
 リコは大河と未亜に真摯な瞳を向けてじっと見上げる。

「大河さん、未亜さん、今ならまだ間に合います。
 書のことは私に任せて、地上へと帰る気はありませんか?」

 そのリコの台詞を聞き、大河は思わず笑ってしまった。
 今更だ――― 目的達成まで、あと少し。
 こんなところまで来て手ぶらで帰るなんて、自身のプライドが許さない。

「おいおい、リコ、さっきの俺の話を聞いてたか?
 さっきも言ったけど、 別に俺は書のためだけにここに来た訳じゃないぜ。
 リコだけを残して帰れるわけないだろう。帰る時は一緒だ」

「そうだね、私たち全員で帰らなきゃ、意味がないよ」

 そうだとも、帰れるはずなどない。
 なぜなら、リコとは自分達の仲間なのだ。

「仲間を見捨てて帰るなんて、俺のプライドが許さねぇからな」

「……分かりました。では、書の封印を外します。
 覚悟は良いですか」

 リコの問い掛けに頷きで帰すと、リコは掌を書へと翳す。
 途端に書が微かな光を放ち、書が置かれてある他よりも少しだけ高くなっている祭壇の階段の前に、微かな光が生まれる。
 その光は徐々に弱まりながら、一つの形を取り始めた。
 そこには、ライオン、龍、山羊という三つの顔を持ち、蝙蝠の羽に尻尾が蛇という四足の獣が姿を見せる。

「ったく、キマイラそのものだな」

「だね」

「導きの書の守護者です」

 リコの言葉を聞き、大河と未亜の視線が一斉にリコの方に向く。
 その目は、そうなのかと言っている。
 そして、リコは視線で答えた。
 そうです、と。
 なかなか、乗りがいい。

「う〜ん、勝てる、かな?」

 少しばかり未亜が不安そうに呟く。
 それに対して、リコは冷たい返答をした。

「勝てなければ、無謀な覚悟だったと言うだけです」

「なるほど、ならちゃんと覚悟を見せねぇとな! トレイター!」

「来て! ジャスティ!」

 いざ、開戦。

















DUEL SAVIOR INFINITE

Schwert4-7
守護者は不死身 〜Guardian〜
















「先手必勝! いくぜ!!」

「お兄ちゃん! 援護するから!!」

 突っ込む大河を未亜は援護射撃する。
 1つ、2つ、3つと矢が飛ぶ。
 それらの矢が、キマイラのそれぞれの顔の片目に突き刺さった。
 あまりの激痛なのか、キマイラが悲鳴の如きの咆哮を上げる。

「未亜ナイス!」

 そう叫び、一気に大河はキマイラの懐に飛び込んだ。

「おりゃぁぁぁ!!」

 大河はキマイラのライオンの頭を脳天から叩き割った。
 そのまま更に、

「でりゃ!」

 体を回転させ、さらにライオンの頭を横から薙ぎ払った。
 キマイラのライオンの頭が十字に切り裂かれる。

「大河さん、離れてください―――――ネクロノミコン」

 大河がリコの言葉に反応して下がると、リコの背後に真っ赤な本が出現する。

「開いて」

 リコが命じると、本のページが開かれる。
 本の真ん中に魔法陣が浮かび上がっていた。

「投げて」

 すると、魔法陣から手が出現し、その手は爆弾を持っていた。
 そして、手が躊躇なく爆弾をキマイラに向かって投げる。
 当然ながら、ライオンの頭が切り裂かれたキマイラは激痛によって反応できず、避けるのに間に合うはずなどない。
 キマイラはまともに爆弾の爆発に巻き込まれた。

「グギャァァァァァァ!!!!」

 凄まじい悲鳴と、肉が焼け焦げる嫌な臭いと黒い煙が辺りに充満する。
 さすがの臭いに、大河は少しだけ鼻を塞ぎたくなった。
 だが、塞ぐ暇などありはしない。
 なぜなら、今は殺し合いの真っ只中なのだから。

「くっそ、煙で見えねぇな」

 ポツリと大河が呟く。
 瞬間、煙の中から蛇の頭が襲い掛かってきた。

「んなっ!?」

 まさか、まだ動けるとは思っていなかったのか、大河は驚いたような声を上げる。
 だが、それでも反応できたのは普段のアダムとの訓練の賜物だろう。
 咄嗟に大河はトレイターでキマイラの蛇の頭を受け止めた。

(なんって、重いんだよ!)

 とんでもない重さだ。
 大河は膝が地面に付き添うになるが、なんとか踏みとどまる。

「なっめんなぁぁ!!」

 大河は蛇の頭を受け止めたまま、トレイターを横に薙ぎ払った。
 瞬間、蛇の口が喉元から切り裂かれる。
 同時に煙が晴れた。
 そこには、歪に切り裂かれた部分、爆発で焼け爛れた部分を蠢かせるキマイラの姿があった。

「■■■■■■――――!!!」

 咆哮と共に、ライオンの頭が少しずつだが再生している。
 瞬時に大河はトレイターを篭手に変化させた。

「うっらぁぁ!」

 今度はキマイラの十字に傷を負ったライオンの顎の部分を殴り飛ばした。
 その1撃によってキマイラが1歩、2歩と後ろへ下がる。
 あらゆる生物の急所の1つ。
 今の一撃でキマイラは脳に揺さぶりを掛けられた。
 おそらく、今のキマイラの視線はグチャグチャに歪んでいることだろう。
 少なくとも、ライオンの頭だけは。

「グガァァァァ!!」

 瞬間、背中の部分にあった龍の口から炎が吐き出される。
 さながら、火炎放射のように。

「うおっと!」

 咄嗟に後ろに下がる後ろへと下がる大河。
 火炎放射の射程距離外にへと下がる大河を追うように、キマイラは前進し始めた。
 だが、それを許すほど、リコは優しくない。

「アンカーセット」

 瞬時に、リコはキマイラの進行方向の床に魔法陣がセットされる。
 設置型トラップ魔法、マジックソードである。

「大河さん、そのまま後ろへ下がってください」

「了解っと!」

 リコの指示に従う大河。
 キマイラを誘導するように後ろへ下がる。
 それに気付かず、龍の口から炎を吐き出しながら大河を追うキマイラ。
 そして、マジックソードをセットした場所にキマイラが辿り着いた。

「ソード射出」

 瞬間、設置されていた魔法陣から剣が突き出した。
 マジックソードはキマイラの胴体を貫いた。

「ガァァァァァ!?」

 悲鳴を上げる。
 胴体を貫いたマジックソードが楔の役目を果たし、キマイラを拘束する。
 未亜はその隙に、行動に移した。

「ジャスティ! 力を!!」

 未亜が叫ぶと、矢を放った。
 放った瞬間、矢の目の前に魔法陣が展開され、矢が大量に複製される。
 もちろん、どれもがオリジナルの矢と同等の威力を持っているのだ。
 反則である。
 それらの矢が、突然、空中で停止した。

《軌道補正、開始します》

 そんな声が未亜の脳裏に響き渡る。
 それは、ジャスティの声。
 瞬間、停止した矢の矛先が、一斉にキマイラのの方へと修正された。

《停止解凍、一斉発射》

 ジャスティの声に従い、一気に矢がキマイラに襲い掛かる。
 キマイラの全身に、大量の矢が刺さった。

「背中が」

 大河は大地を蹴り、空中へと飛び上がる。
 目標は、キマイラの背中。

「がら空きだぜ!」

 全体重と降下エネルギーを利用して、全力でキマイラの背中をトレイターで突き刺した。
 トレイターの切っ先が、キマイラの胴体を貫く。

「グギャァァァ!!」

 凄まじい激痛だろう。
 マジックソードとトレイターによる、二重の胴体貫き。
 人間がやられれば、一発で死亡確定である。
 今がチャンスであることは、間違いない。

―――――雷光よ、天空より来たりて、我らの敵を薙ぎ払え」

 瞬時にリコが呪文を詠唱する。
 同時に、キマイラの頭上に巨大な魔法陣が生成された。
 微かに、雷光を帯びている魔法陣。

「大河さん、下がってください」

「わかった!」

 大河はすぐさまキマイラの背中からトレイターを引き抜き、すぐさま離脱する。
 リコは横目で大河の位置を確認する。
 これからリコが使う魔法の射程距離外だ。
 あそこなら、大丈夫だろう。
 それを確認すると、リコは静かに前を向いた。
 本来なら、この魔法はもっと広範囲の領域を攻撃する魔法である。
 だが、今はかなり範囲を限定している。
 故に、威力は飛躍的に向上するのだ。
 雷系広範囲攻撃魔法。
 リコは、最後のトリガーを引いた。

「サンダーレイジ―――――――!」

 瞬間、魔法陣から大量の雷が降り注いだ。
 それらが荒れ狂う龍の如く、キマイラに降り注ぐ。

「ギギャァァァァァァァ!!」

 凄まじい悲鳴が響き渡る。
 雷が荒れ狂うごとに、皮膚は焼け、骨を砕き、肉を抉るような音が響き渡る。
 そんな中でキマイラは悶え苦しんでいた。
 余りの高威力に、まさしく断末魔の悲鳴の如く雄叫びを上げるキマイラ。
 そして、最後に特大の雷がキマイラに叩き落された。
 爆発が起こり、煙が辺りを包み込む。

「やったのかな?」

 呆然とした感じで未亜が呟く。
 だが、少なくとも、自分たち以外に動く気配はない。
 だから、少なくとも未亜はやったと思っていた。

「まだです!」

 リコが叫ぶ。
 その叫び声に反応したかのように、煙の中からキマイラが出現した。
 ところどころ焼け爛れ、肉は避け、肉体の中にあった骨や内蔵は剥き出しになっている。
 はっきり言って、かなりグロい。
 だが――――

「そwじょぬふぁjfか;――――!!!」

 咆哮と言えない咆哮を上げ、どんどん再生していく。
 それは信じられない光景だ。
 少なくとも、これほどの不死性を持った敵は少なくとも大河と未亜は出会った事がない。
 
「マジかよ……」
 
「導きの書の守護者は、不死ではありませんが」

「が?」

「限りなく、それに近い存在です」

「それを早く言えよ!!」

「お、お兄ちゃん!」

 未亜の叫び声に反応して大河がキマイラの方を見ると、すでに7割近くが再生していた。
 キマイラは、既に臨戦態勢に入る。
 キマイラの役割は守護者。
 導きの書を手に入れようとする者を、例外なく排除するつもりなのだろう。

「おうおう、殺る気満々って感じだな」

 リコが、どうしてキマイラの性質を知っていたか、そんな疑念は後回しだ。
 重要なのは、それではない。
 今もっとも重要な事、それは――――

「へ、不死に近いってなら答えは簡単だな」

 そう、答えは簡単だ。
 いや―――少なくとも、大河には《それ》しか方法が無かったと言うべきか。
 不死殺しなんていう上等なものを、大河は持ち合わせていないのだから。

「お、お兄ちゃん、どうするつもり?」
 
 どうするもこうするも、やる事は1つしかない。
 撤退と言う選択を選ばないのなら、選ぶべき選択は《それ》だけなのだ。
 
「死ににくいのなら」

 そう言いながら大河は全身に力を込めた。
 それに反応したかのように、キマイラも全身に力を込める。
 すでにキマイラは100%、体を再生させた。

「死ぬまでぶっ飛ばす!」

 そう叫ぶと、大河は一気にキマイラに突っ込んだ。


















◇ ◆ ◇


















 時を待つ。
 《それ》は、間違いなく―――その時を待っていた。
 ずっと、ずっと。
 遥かな年月―――飽く程の時間の果てに、再びやって来た《審判》の時。
 全ては予定通りに、やって来た。
 だが、今のままでは駄目だ。
 今のままでは、自身は活動できない。
 この忌々しい《封印》を突破しない限り。
 しかし、捨てる神がいれば拾う神あり。
 眼前に、いい生贄がいる。
 オマケに、宿敵の姿まである。
 なるほど、存外に運は巡って来た。
 だがしかし、焦りは禁物だ。
 確かに、戦っている《救世主候補》は素晴らしい才能がある。
 歴代でも、トップクラスと言っていいだろう。
 しかし、今ここに向かってきている者は更に上を行く才能を持っている。
 だからこそ、見極めが必要なのだ。
 問題はない―――何しろ千年も待ったのだ。
 今から数分待つのなど、苦痛でも何でもない。


















◇ ◆ ◇


















「いい加減、疲れてきたんだが」

 死ぬまで殺し続けるつもりだったが、このままではこちらが殺られる。
 持久戦では、こちらに不利なのは分っていた。
 だからこそ、短い時間に徹底的に殺しまくって戦闘不能に追い込もうとしたのだが。

「考えが、甘かったって事か」

「お兄ちゃん……大丈夫?」

「大丈夫だが、さすがに疲れた」

 連戦に次ぐ連戦は、流石の大河でも疲れるもの。
 消耗した体力を回復させる手段があればいいのだが、そんなものは持ち合わせていない。

「ああ、鬱陶しい!」

 襲い掛かってきたキマイラの蛇の頭を首の部分から斬り飛ばした。
 蛇の頭が、見当違いの場所へと飛んでいく。

「ったく、いい加減に死んでくれよ」

「もう、いや」

 瞬く間に再生されていく蛇の頭。
 しつこいにも程があるが、諦めるしかない。
 守護者の役割は、あくまで守護なのだから。 

「グガァァァァ!!」

 再び龍の口から炎が噴出す。
 先ほどよりも威力が増しているし、射程距離は先ほどよりも長くなっている。

「くっそ!」

 忌々しげに、バックステップを取りながら大河は炎を避ける。
 傍にいた未亜は、咄嗟に横に飛んで避けたようだ。

「ジャスティ、お願い!」

 未亜が叫びながら、矢を構える。
 瞬間、目の前に魔法陣が展開する。
 それをくぐる様に矢が放たれた。
 放たれた矢が5本。
 矢はキマイラの真上で停止した。

《軌道補正、開始します―――――同時に術式構築、構築完了しました》

 矢が微かに雷を帯びる。
 同時に、矢の矛先が真下のキマイラへと修正された。

《停止解凍、一斉発射》

 瞬間、停止していた矢は一斉にキマイラに向かって襲い掛かった。
 それに気付いたのか、龍の顔が矢の方へ向き直る。

「ガァァァァ!!」

 龍の口から炎が吐き出される。
 1本、2本と炎によって矢が落とされた。
 だが、残り3本を焼き尽くすことは出来なかった。
 瞬間、矢はキマイラの背中に突き刺さった。

《術式を展開します》

 ジャスティの命令に従い、突き刺さった矢に雷が落ちる。

「ゴギャァァォォォォ!!」

 全身の痺れによって、キマイラの動きが止まった。
 それを見て、瞬時にリコはチャンスと悟る。

「大河さん、未亜さん、下がってください。丸ごと消し飛ばします」

「わかった、リコ、決めろよ!」

 そう言ってリコはネクロノミコンのページを数枚、キマイラに向かって投げる。
 キマイラは体を振りまくって矢を落とすと、怒り狂ったように未亜に突進し始めた。
 自分の周りを舞うページ。
 それを気にするでもなく、キマイラは未亜に突っ込む。
 だが、それより早くページに刻まれた術式が起動し、重力展開型拘束魔法が発動する。

「ギ、ギ」

 動くことが出来ないのか、歪なうめき声を上げるキマイラ。
 今こそが、チャンス。
 リコは隕石の欠片を取り出すと、それを空中に投げる。

――――――――影よ、大地を覆い尽くせ」

 瞬間、リコの後方頭上に巨大な焔の色をした魔法陣が浮かび上がった。
 その魔法陣には、凄まじい魔力が溢れている。

「テトラグラビトン――――――!!」

 巨大な隕石が魔法陣より放たれた。


















◇ ◆ ◇


















 荒い息が響き渡る。
 先ほどのテトラグラビトンには、リコのかなりの魔力を消費した。
 回復は見込めない。
 これ以上の戦闘は、はっきり言うとリコには無謀である。

「やった、か?」

 大河が呆然とした感じで呟く。
 後には、ピクリとも動かない肉の塊のみが残っていた。
 どうやら倒したらしい。

「はぁ、ったくマジで疲れたぜ」

「そうだね」

 大河の呟きに未亜も同意する。
 はっきり言って、未亜の方はこれ以上、動けない。
 体力がほとんど切れているのだ。
 いくら訓練しており、なおかつ召喚器の後押しがあると言え未亜自身の基本体力が非常に低い。
 それが原因だろう。

「どうやら、倒したようですね」

 リコは少しだけ息切れを起こしているものの、それでも顔色が悪い。
 どうやらリコも限界のようだ。

「終わったのか?」

「はい、ここまで粉々になれば、さすがに再生できないと思います」

 そう言いながらリコは周りの肉の塊を見た。
 それに習い、大河も周りの散らばる肉塊を見回す。
 すでにところどころで本棚などが倒れてしまっているが、それは大河の知るところではない。
 そもそも、自分たちは命がけだったのだ。
 だから、問題ないだろう。
 そんな言い訳にしかならない自己弁護を心の中で呟く。

「にしても、何って言うか、こいつだけ別格だったな」

 無限に再生する能力。
 言葉にすればこれだけの事だが、実際に体験するととんでもなく厄介な能力だ。
 勝てたのは、運が良かったからだろう。

「導きの書を守護する役目を担っているからでしょう。
 弱いものが守護者では、意味がないですから」

「確かにな。そういう意味じゃ、確かに守護者だ。
 俺にとっちゃ、迷惑極まりないけど」

 まだまだ体力は戻らないが、何とか動ける程度には回復した。
 ここまで、連戦に次ぐ連戦だったのだ。
 疲れて当然、むしろ疲れない方がおかしい。

「しっかし、まさかキマイラなんてものを自分の目で見ることになるとは思わなかったぜ」

 伝説にして、架空の生き物。
 そんなものが存在する世界。
 まさしく、ファンタジーな世界だ。

「いや、今更だな――――大丈夫か、未亜?」

「うん……大丈夫…」

 とは言っているものの、かなり拙いようだ。
 すでに両手両足の末端が若干だが痙攣している。
 全身の筋肉の酷使のため、痙攣を起こしているのだ。
 これ以上、無理をさせると筋肉の断裂が起こってしまうかも知れない。
 少なくとも、しばらくは動かさない方がいいだろう。

「大河さん、未亜さん」

 ふと見るとすぐ傍にリコが立っていた。
 若干、顔色は悪いがそれほど疲れたようには見えない。
 何気に凄いことである。

「どうしただよ、リコ?」

「突然ですいません。
 これが最後です、ここで帰ってもらえませんか?」

 それを聞き、大河は深くため息を吐いた。
 この少女は、自分の話を聞いていたのだろうか。

「何度も言わせるなよリコ。
 俺たちの目的は、リコを無事に連れて帰ることだぜ?
 悪いが、帰ることは出来ないな」

「……そうですか」

 酷く、残念そうな口調だ。
 おそらく、この小さな少女なりに思うところが沢山あるに違いない。
 だがそれでも―――大河の中に、帰るという選択肢は存在しなかった。
 それは、純粋な善意。
 不純物など一片も無い。

「それより、これで目的のものをゲットして終わりだな」

「そうだね――――もう嫌だよ、これと戦うなんて」

「ああ、そうだ――――何、だと?」

 映し出された光景。
 肉片が、少しずつだが動き出して1つに纏まろうとしている。

「おいおい、まさか――――

「あの状態から、再生しようとしているようです」

「そんな、もう肉片しか残ってないのに!?」

 そう言い合っている間にも、肉片は集合し再生していく。
 いや、よく見れば再生ではない。
 再生された肉片が、少しずつだが元とは別の怪物に変化し始めている。

「王道なら、この後で第2形態ってのがあるんだが」

「そういうのはノーセンキューだよ」

「リコ、急いで導きの書を回収するぞ!!」

「駄目です」

「何でだよ!?」

「導きの書の封印は、守護者を動力源としています」

「つまり、守護者を倒さねぇと――――

「はい、導きの書を手にする事は出来ません」

 絶望的な回答であった。
 だが、導きの書を手にするという任務を負っている以上、手ぶらで帰るわけにはいかない。

「とりあえず戦略的撤退ってありだと思うんだが、どうよ?」

「賛成―――幾らなんでも、きつ過ぎるよ」

「そうですね、いったん引きましょう」

 戦略的撤退、それが彼等の選択だった。
 だが、それは問屋が卸すまじ。
 轟音と共に、何かが塞がれる音が響き渡った。

「って、おい――――今の音」

「お兄ちゃん!! ドアが!!」

 ドアが、いつの間にか塞がれていた。
 このフロアを行き来できる唯一の脱出路が。

「リコ!! 逆召喚で何とかできねぇか!?」

「不可能です。フロア全体に、召喚関係の魔法を阻害する結界が展開されました」

「つまり、脱出は不可能って事?」

「まぁ、簡単に言えば」

「最悪だぜ」

 もはや選択肢は無い。
 ここで戦う以外の、選択肢は。

「仕方がねぇ。未亜、リコ―――覚悟を決めろよ」

「それしか、無いみたいだね」

―――――

 そうこうしている間に、キマイラだったものは形を変えた。
 黒くしなやかな体躯。
 猫を思わせるような顔、発達した前足。
 その前脚から、まるで刃を思わせるような形状の翼。
 縦横無尽に動く尻尾。
 そして、身体を覆う黒毛に真っ赤な凶眼。

「■■■■■■―――――!!!!」

 キマイラだったものが吼える。
 どこか歪な形状だが、その形は紛れも無い――――

「へっ、竜ってか!!」

 その形は紛れも無い――――竜そのもの。
 だが、その竜はどこか歪だった。
 まるで犬や猫のように体勢を低くし、獣のような構えを見せている。
 そう―――まるで、獲物に襲い掛かる寸前の獣のように。

「■■■■■――――!!!」

 明らかにこちらを警戒している。
 こちらの戦力を正確に把握しているのかもしれない。

「拙い、か」

 状況が、大河達にとって不利なのは間違いない。
 先ほどまでとは違い、完全に未知を含んだ敵となった。
 だが問題は無い―――初戦の相手が未知など、当たり前の事なのだ。

「退路はない、掲示された選択肢は戦う事だけってか。
 未亜、リコ―――覚悟は決めたな?」

「疲れましたが、まだ少しだけ余力があります」

「だ、大丈夫だよ――――お兄ちゃん」

「未亜は、どう見ても大丈夫じゃねぇな」

 こちら側は疲労が蓄積している。
 長時間の戦闘は避けるべきだろう。
 なら、理想は短期決戦。

「不可能に近いが、一気に決着を付けるべきだな。
 んじゃま、いくぜ!!」

「援護します」

「私も!!」

 背後の2人が構えると同時に、大河は駆け出した。
 こちらの疲労具合から、速攻で決着を付けるしか方法は無い。
 だが、無限再生能力も持っている可能性があるのだ。
 はっきり言って、短期決戦は運頼みなところがある。

「でやぁぁぁぁ!!」

 袈裟に振るわれるトレイター。
 煌く軌跡は――――

「■■■■――――!!」

「なにっ!?」

 しかしながら、空を斬った。
 跳躍――――それも、一瞬でトップスピードに移行するほどの瞬発力。
 発達した前脚を基点にして、竜は瞬く間に大河の視界から消えた。

「お兄ちゃん!! 後ろ!!」

「ッ!!」

 咄嗟に、大河は背後を振り向きトレイターを前に掲げる。
 嫌な金属音と共に、大河は弾き飛ばされた。

「うぉっ!?」

 何とか受身を取るが、ダメージは受けている。
 実際に、トレイターを構える両手は痺れていた。

「おいおい、マジかよ」

 よく分る――――この竜、戦い方は暗殺者のそれに近い。
 発達した瞬発力を武器にして、一気に死角に跳躍したのだ。
 そして、防御した瞬間に見たもの。
 それは、まるで刃のように発達した翼で殴ってきた。

「こんな竜が、存在したなんて」

 リコの言うとおり、この竜は何もかもが異常だ。
 通常、竜と言われると空を飛び口から炎を吐き出すワイバーン系を連想させる。
 だが、この竜は明らかにそれらとは異なっていた。
 獣のように地面で体勢を低くし、常軌を逸脱した跳躍力を武器にして死角へ跳ぶ。
 新種の竜、そう言われても納得のいく存在だ。

「ち、厄介な事になったぜ」

「私の弓でも、当てられるかどうか」

「やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいな。
 うっし―――未亜、リコ、徹底的に攻撃しまくって足止めしてくれ。
 俺はその間に、あれに近付いて斬りまくる」

「分りました―――大河さん、気を付けて」

「死んだら、承知しないよ」

「あったりめぇよ。誰がこんなところで死ぬか」

 まだ、こちらを警戒している。
 下手に動けば、また死角に跳ばれる事だろう。
 だが、疲労はピークに近付いてきた。

「んじゃま、いくぜ!!」

 その時、後方で轟音が響き渡った。
 竜の方も、その轟音の方を警戒している。

「まったく、何で入口が塞がっているのだか―――

 煙の中から現れた人影。

「ところで、大河」

 それは、大河達が待ち望んだ援軍。

「助けは、必要か?」




あとがき
オリジナル展開です。
この竜がなんなのか、分かる人には分かると思います。
この竜、戦って楽しいですし私も好きなのでゲストで出演してもらいました。