DUEL SAVIOR INFINITE Scwert4-6
時間と言うのは長いようで短いもの。
大河達は、すでにかなりの距離を降りていた。
あれからどれぐらい降りたか、下へと降りてはその度に戦闘を行い、大河達は下へ下へと降りて行く。
今も戦闘を終え、一息吐いた所で、ベリオが疲れた顔を見せながら呟く。
「…今の戦闘で……48回目、よ」
「もう……勘弁して欲しいぜ」
戦闘に次ぐ戦闘。
前衛である彼は、基本的に後衛の者たちより必然的に激しい動きが必要になる。
彼の体力が、後衛組より消耗するのは当たり前の事だ。
もっとも、
「どういうことだよ……」
「なぜオレの方を見ながら言うんだ?」
自分よりも激しい動きをしているはずなのに、微かに汗を掻いているだけで特に疲れた様子のないアダムの姿。
何か世の中の理不尽を理解してしまいそうだ。
「な、なんでアダムは平然としてんだよ」
この世界に来てから、大河も相応に身体を鍛えてきた。
住んでいた世界の頃からは、比べ物にならないくらいに身体能力は上がっただろう。
だが、それを差し引いてもアダムの状態は異常としか言えない。
「鍛えてるからな」
「鍛えてるからって……」
いや、そんなレベルではない。
48回も大量のモンスターと戦ったにも関わらずほとんど呼吸を乱していないのは異常だ。
流石に相応に汗などは掻いているが、それだけでしかない。
鍛えているから――― そんな言葉では済まされない。
「納得いかない――― そんな顔だな、大河」
「納得できる要素なんて、まったくねぇぜ」
「だな――― 簡単に言うと、そういう技術を習得しているだけだ。
軍隊において、長期戦なんてザラだったからな。
嫌でも、修得する必要があったというわけだ。
気にする必要なんて、特にないだろう」
「やっぱ、納得できねぇよ」
そんな話、聞いた事がない。
もっとも、軍隊と言うのは基本的に秘密主義の塊のような側面がある。
他国に、そういう技術を盗まれるのを防ぐ為に秘密にしておくというのもよくある事だろう。
だがそれでも、納得できないものがある。
「必要なら、この技術――― 伝授してやろうか?」
「それって、苦労するか?」
「苦労しない技術修得なんて、あまり意味がないものだぞ」
「へいへい、分ったよ」
「アダム殿!! 拙者も!!」
「ああ、カエデにも伝授しよう」
こうして、1つの方針が決まったのだが―― まぁ、これは別の話だ。
「にしても、もう48階か。いったいどれだけ続いているんだろうな」
かなりの膨大な資料の数々である。
もしかしたら、中には同じものも含まれているかもしれない。
いずれにしても確認する術などないし、している暇もない。
今は仲間の命が掛かっているのだ、呑気に観光気分を味わうべきではない。
「それにしても、リコの姿が見えないわね。まさかとは思うけれど……」
「リリィ! そんな縁起でもない」
縁起のない話かもしれないが、確かにその可能性もある。
いかにリコが強かろうと多勢に無勢。
いずれは数の暴力に押し込まれてしまう可能性が高い。
だが、まだ姿が見えないという事は―――
「だって、それじゃあ、リコはどこに行ったのよ?」
「まぁ、普通に考えれば、もっと下へ行ったてことだろう」
アダムの言う通りだ。
確かに、この場にいないのであればもっと下に行った可能性が高い。
「何が普通によ、このバカ。私たちは複数人で来てるのよ。
それに対して、リコは一人。幾ら何でも、そろそろ追い付いてもおかしくはな……」
リリィの言葉を遮るように、ベリオが口を挟む。
「いいえ、リコならあり得るかも。だって、あの子は…」
「そうか、召喚師だったわね。似たような構造が続くこの場所なら、結界を突き抜けて飛べるのかも」
召喚師としての特性をフルに生かし、逆召喚でショートカットを連発する。
よほど特殊な術式による結界が張られていない限り、それによっていくらでもショートカットは使えるだろう。
反則である。
もっとも、本当に使ったかどうかはわからないが。
「分からないわ。だけど、その可能性もあるわ。
なら、私たちもリコも目指す場所は同じ。一刻も早く追い付かないと」
「そうね。急ぎましょうか」
などと言おうとする。
しかし、他のメンバーは気付いていなかった。
まだ、敵が残っていることを。
「ガァァァァァァ!!!」
不意打ちと言う感じで、ベリオの背後から襲い掛かる狼男のようなモンスター。
「しまっ」
それは、誰の台詞だったか。
完全な不意打ち――― ベリオは避けることも、防御することも間に合わない。
狼男が爪を振り上げる。
そして、振り下ろすよりも速く、その口を刃が貫いた。
「気を抜きすぎだな」
呆れたように響き渡る声。
見ると、アダムがアマテラスで狼男の口を貫いている。
流石、であろうか。
このような状況でも、まったく気を抜いていない。
アダムはすぐにアマテラスを引き抜く。
重力の法則に従い、狼男は床に倒れこんだ。
どうやら絶命したらしく、動く気配はない。
「ここは言うなれば敵陣のど真ん中だ、気を抜くなよ」
アダムはアマテラスを肩に置きながら忠告する。
かなりの動きをしているはずなのに、アダムはまったく疲労を感じていないようだ。
疲労が蓄積すると、必然的に攻撃の速度や威力は低下してしまう。
それだけでなく、周りへの注意力も散漫になってしまう傾向がある。
だが、アダムにはそれがない――― 恐ろしいまでの体力と精神力。
「ったく、そりゃアダムが異常すぎんだよ」
ポツリと呆れたように大河が呟く。
少なくとも、他のメンバーたちは大河に同意見だった。
彼らにしてみれば、アダムが異常すぎるだけと叫びたい。
もっとも、叫んだところで意味などないだろうが。
「それより、みんなは大丈夫か? 特に、ベリオとリリィと未亜」
アダムの言葉にベリオたちは苦笑を浮かべる。
魔法を使って精神力も消費するベリオやリリィは、大分疲れてきているようだし、未亜も体力的に疲れているようだった。
それでも、3人とも首を横へと振る。
「とりあえず、問題がないのなら、進みましょう」
「そうよ、さっさとリコに追いつかないとね」
ベリオがそう言うと、リリィも答えるように言って歩き始める。
何とも強情な事だ。
気が強いのは、こういう場面ではいいかもしれない。
だが、下手をすると協調性に欠け仲間を窮地に陥らせてしまう可能性もある。
実に難しい問題だろう、こういうデリケートな問題は。
(にしても、気のせいか?)
どうにもベリオの顔色が悪いような気がする。
心なしか、動きもどこか頼りない。
と、目の前を歩いていたはずのベリオが急にふらつき、小さく声を上げて倒れ込む。
慌てて大河はベリオの腕を掴んで受け止めると、顔を覗き込んだ。
「一体、どうしたんだベリオ、って、すげぇ熱じゃねぇか!?」
「えっ!?」
大河の言葉に驚くリリィの後ろから、未亜がベリオの腕部分を指差す。
「お兄ちゃん、ここ!」
未亜が指差す個所を見れば、かすり傷程度の小さな傷口が出来ており、そこが青紫へと変色し始めていた。
それを見たリリィがはっきりと告げる。
「これは、毒だわ」
「おい、じゃ速く解毒しないとやばいんじゃないか?」
大河の言葉に悔しげにリリィは言う。
「でも、解毒の魔法はベリオとリコしか使えないのよ」
「お前は?」
「私は……救世主にとって必要なのは、敵をやっつける為の攻撃魔法の方だと思って…」
「ちっ、肝心な時に使えねぇな、ここはベリオを地上へ連れて帰るしかねぇか?」
「そうね、確かに急いでベリオを連れて帰った方がいいわ……」
「オレが連れて行く」
名乗り出たのは、アダムだった。
それを、聞き慌ててリリィが制す。
「待って! 今までの事から考えれば、これからは敵も更に強くなっていくわ。
一瞬たりとも気を抜けないの。だから、戦力的にこの中から誰かが抜けるとしたら……」
「確かに、普通は未亜だろう」
確かに、である。
この中で今のところ、一番弱いのはどうフォローしようとも未亜だ。
それは、未亜自身も理解しているのか少し肩身を狭い思いをしている。
「だが、帰り道で敵に遭遇するとも限らない。
それに、ベリオは毒を受けているから出来る限り早い方がいい」
確かに、アダムの言うことももっともだ。
ここに来るまでに罠用に設置されていたモンスターは全て撃退した。
だからと言って、まだ敵が残っていないとは限らない。
ましてやこれから戻るまでに戦闘不能のベリオという足手まといを連れて行かなければならないのだ。
なら、出来る限り戦闘能力が高い方がいい。
それを考えると、まさしくアダムは適材だと言える。
「そうね、それじゃアダムに頼むわ、あんたたちもそれでいいわね」
リリィが大河と未亜の方を見る。
2人とも異論はないのか、静かに頷いた。
アダムはすぐさま、ベリオを背負うと立ち上がる。
「出来る限り急いで戻ってくる、目的地はおそらく、オレ達もリコも一緒だろうからな」
「ああ、んじゃ頼むぜ!」
アダムの言葉に力強く答える大河。
そんな大河を見ると、すぐさまアダムは駆け出した。
DUEL SAVIOR INFINITE
Schwert4-6
道中は危険だらけ 〜Missing people〜
「ベリオさん、大丈夫かな?」
「さぁな――― まぁ、連れて行っているのがアダムだから大丈夫じゃねぇか?
学園長様も、地上で待機しているだろうしよ」
ベリオが侵されている毒は、特殊だ。
しかし、ミュリエルがいれば大丈夫だろう。
仮に彼女が駄目だったとしても、校医ならば問題ないはず。
このような大きな学園の校医をしているのだ。
ましてや、王立である以上は相応の知識や能力を持っていると判断していいだろう。
「まぁ、学園長は食わせ物だから信用は出来ても信頼は出来ねぇがな」
「お兄ちゃん?」
「ああ、何でもねぇよ」
今やるべきことは、リコと合流し導きの書を持ち帰ること。
立ち話などしている暇は無い。
時間は、待ってはくれないのだから。
「しかし、随分と進んでるようね。意外だわ」
実際、リコの進行速度は大河達の予想を遥かに上回っていた。
召喚士という職業を入れたとしても、尋常でない速度で進行している。
「だが、いい加減――― 影の1つでも見えていい頃なんじゃ…うん?」
その時、大河の視界の端に微かな影が映し出された。
小柄な体格、金色の髪――― その姿は、紛れも無く。
「噂をすれば影ってか―――― リコ!」
その背中へと大河が声を掛けると、リコは驚いたような表情で振り返り、大河を見て更に驚く。
「大河さん、どうしてここに?」
「リコが心配だったからに決まっているだろう」
「心配……?」
「それと、導きの書を手に入れるためね」
大河の言った言葉を不思議そうに繰り返していたリコへと、リリィがもう1つの事を言う。
確かに、それも目的の1つである。
何しろ、学園長であるミュリエル・シアフィールド直々に下った命令なのだから。
それを聞き、リコがリリィへと言う。
「でも、ここに来るのは、危険なのに……」
「確かに、散々な目に合ったわ。でも、それらを突破してきたのよ、みんなで」
「……みんな?」
不思議そうに二人を見るが、大河とリリィ以外には、その後ろに居る未亜しか見当たらない。
仮にみんなと言うのであれば、他のメンバーたちがいるはずだ。
だが、他には誰も姿が見えない。
少なくとも、みんな、と言うのはリコの視点からしてみれば見当違いだ。
心底不思議そうな顔をするリコの内心に気付いたのか、大河が説明する。
「まぁ、他の連中はリタイアしちまったがな。
アダムは負傷したベリオを地上へ送って、今頃はこっちに向かってるんじゃねぇか?」
「でも、これでリコも加わったし、何としても導きの書の所まで行こうね」
未亜の言葉に対し、リコはいつもと変わらぬ表情のまま答える。
「余計な事……しないで」
この言葉に全員が驚く。
まさか、リコからそのような言葉が飛んでくるとは夢にも思わなかったことだろう。
だが、そんな3人の心中を知る由もないリコは尚も淡々と続ける。
「召喚陣は私が直すから、3人は上で待ってて」
これに対し、リリィが真っ先に反応を見せて叫ぶ。
「冗談じゃないわよ! 導きの書を手に入れた者は、救世主になれるのよ!
リコにだけ、美味しい所を持っていかれてなるもんですか!」
リリィは、救世主になる事に固執している。
目の前に、なる為の明確な手段があるのなら―― 彼女がそれを欲するのは当然の事。
「…違う」
「何がよ!?」
「あれは……、そんな……」
どこか悲壮感に満ち溢れているリコ。
それが何か、重大な何かを隠しているのだろうか。
ふと、大河はそう考えた。
「お兄ちゃん!」
リコが続きを何か話そうとすると、遥か向こう側から唸り声が聞こえてきた。
それは、どうしようもないほどの敵意が含まれている。
それを受けた大河は、言い合っている2人へと割って入る。
「おい、話はあとだ! まずは、こっちの話を片付けようぜ!」
「……そうね。話は後ですればいいわ」
現れる敵、敵、敵。
罠は発動し、4人は敵陣のど真ん中に立たされた。
向けられる敵意と殺意。
それらは、開戦の合図。
「いくわよ、アークディル―――― !」
瞬時にリリィは氷を作り出し、あっという間に敵を氷付けにする。
その間に、大河は一気に敵の懐に飛び込み、
「でやぁぁぁ!!」
氷付けになった敵を叩き割った。
◇ ◆ ◇
「これで、終わりよ!」
最後の1匹へと、リリィが叫びながら放った雷撃が決まり、リリィは流石に疲れたのか大きく肩で呼吸を繰り返す。
流石にここまで連戦だったのだ、疲れない方がおかしい。
そういう意味ではアダムはおかしいのだが。
「はぁ…はぁ……ど、どうよ」
流石に大河も呼吸が乱れ始め、未亜もかなり疲れているようだ。
まぁ、大河はともかく、未亜の方は体力的に問題がありすぎるのだが。
だが、そんな風に安堵する皆の前に、再び敵が現れる。
「う、嘘!?」
「ちょ、待ってくれよ……」
「いんちきだよう」
驚いて呟いたリリィの言葉に続くように、大河と未亜も追わず愚痴のような事を口にする。
そんな中、リコは僅かに眉を顰める。
「そう………エル、本気なのね…」
リコが小声で何かを言っているが、重要なのはそういう事ではない。
今、大河にもっとも重要なのは――― 今の状況を打開する事だ。
「未亜、後方部分を殲滅できねぇか?」
「出来なくは無いけど、少し厳しいかも。
幾らなんでも、数が多過ぎるから」
「そうか――― ヤバイな、ピンチってやつか?」
囲まれているという状況により、心理的にも余裕が無くなり始めている。
このままでは、数の暴力の前に屈してしまうかもしれない。
となると、頼りになるのは――― 非常に癪だがリリィの殲滅魔法という事になる。
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
だが、その思考はリリィの悲鳴に掻き消された。
「なっ!? リリィ!?」
連戦に次ぐ連戦。
蓄積された疲労による、注意散漫。
骨のモンスターの鈍器に脇腹を殴られたリリィは、明らかに苦痛の表情を作っている。
下手をすれば、肋骨が折れているのかもしれない。
「リリィさん!」
リリィに駆け寄ろうとする未亜。
だが、大河の目に恐ろしい光景が映し出された。
未亜の前から襲い掛かる――― モンスターの姿。
「未亜、前だ!!」
「えっ?」
間に合わない――― 大河は直感的に理解した。
未亜の召喚器、ジャスティは近接戦闘に向かない。
主眼は、あくまで後方支援。
ここまで近付かれては、未亜に打つ手はほとんど無い。
(ふっざけんなッ!!)
随分と昔、まだ幼かった頃の誓い。
未亜を守ると言う、子供のような誓い。
ここで未亜が傷付いたら、その誓いを破ってしまう。
それは、絶対に出来ない。
大河のアイデンティティそのもの。
「ッ、あぁぁぁぁぁぁ!!!」
全ての世界が遅くなる。
これは、奇跡の前借りのようなもの。
まだ到達できないはずの領域に、大河は片足だけだが踏み入れた。
「ズェァッ!!」
甲高い音が響き渡る。
未亜を襲ったであろう一撃は、見事に大河が受け止めた。
「お、お兄ちゃん……」
「未亜、大丈夫か!?」
「う、うん」
このような状況下でも嬉しそうな顔をする未亜。
その状況をチラッと確認すると、大河は両手に力を込める。
「うっらぁぁぁ!!」
一気に鈍器を押し返す大河。
そのまま、勢いに1歩、2歩と下がった骸骨の顔面を、思いっきり大河は殴り飛ばした。
顔面に一撃、それだけで骸骨は粉々に砕け散る。
大河はすぐさまトレイターを剣に変化させる。
そして、左足を軸にして、体を回転させ始めた。
「でやぁぁ!」
生み出された回転エネルギーを利用して、数体の敵を一気に腹、あるいは首から薙ぎ払う。
血が、噴水の如く噴出した。
「未亜、リリィを!」
「うん!」
すぐに未亜はリリィの傍に行くと、庇う様に矢で攻撃していく。
「の、邪魔、しないでよ」
声の調子から察するに、尋常ではないほどの激痛なのだろう。
実際、リリィはその場からまったく動いていない。
骨が折れていると考えたが、おそらく間違いない。
「ぽよりん召喚」
リコは召喚魔法でぽよりんを召喚する。
そのぽよりんを敵にけし掛けた。
一騎当千。
まさしく、その言葉が正しい救世主候補たち。
数分もしないうちに、敵は全滅した。
だが、犠牲も大きい。
「くっ」
「……動かないで」
リコはリリィをそっと横たえると、さっとリリィの様子を調べる。
軽く全身を触り、手に伝わる感触やリリィの顔の表情から状態を確認する。
「…左の鎖骨とアバラが折れています」
「致命傷じゃないが、戦闘続行は無理だな」
「はい。すぐに帰さないと…」
「…私なら、まだまだ、大丈夫よ」
言って立ち上がろうとするリリィ。
そんなリリィに、大河は少しだけ呆れてしまった。
ここに来るまでに自分の言った言葉を忘れてしまったのだろうか?
とりあえず、ここでリリィは返しておいた方がいいな、と大河は考えた。
「おい、そんな状態で戦ってどうすんだよ?
下手をしたら、それこそ死ぬぜ。
よく考えろ。大切なのは、書を取りに行く事なのか?
世界を救う事なのか? どっちか分かるだろ」
「…うっさいわよ、バカ大河。
私は、まだ戦える、のよ」
とは言っているものの、明らかに苦しそうだ。
おそらく、1つ1つの行動にも激痛がはしるのだろう。
はっきり言って、戦闘続行など大河の言うとおり不可能だ。
「ったく、お前は死ぬことが使命なのか?
それとも、世界を救うことが使命なのか?
どっちなんだよ?」
と、聞いたところでリリィは激痛の為、気を失ってしまった。
恐ろしいまでの執着心だ。
何がそこまで彼女を救世主に駆り立てるのか、大河にはわからなかった。
「気を失っちまったか、ったく。
リコ、リリィを地上に送ってくれないか?」
「では、逆召喚で送ります――――― エロヒーム ヒーエット モツァー」
リコはそう告げると、リリィを送り返す為の逆召喚を唱える。
数瞬後には、そこにはリリィの姿はなかった。
「これで、後は3人だな」
大河がポツリと呟く。
正確には4人だ。
おそらく、アダムはこちらに向かってきているだろう。
だが、その気配はない。
となると、今しばらく時間が掛かる可能性が高い。
そんなことを考える大河にリコは視線を向けた。
それに気付いた大河が、そんなリコへと言葉を掛ける。
「どうかしたか、リコ?」
「大河さんたちも、帰る気はありませんか?」
「えっと、それってどういう……」
「ああ、別に良いぞ」
未亜が何かを言い切る前に、大河がそう言い切った。
そんな大河に意外そうな顔をする未亜。
そんな大河の態度の心理を探ろうと、少しだけ目を細くするリコ。
「本当ですか?」
それに対し、大河は首肯する。
もちろん、ただで帰るつもりなんてさらさら彼にはない。
ただし、と大河は言葉を続ける。
「ああ。ただし、リコも一緒に帰るならな」
「…それは、来ません」
「なら、俺も帰れないな」
「そんなに救世主になりたいんですか?」
救世主。
不思議な響きだ。
確かに、大河にしてみれば、救世主と言うのは魅力的だ。
ただ、不思議なことに大河には救世主に対して何か思うところが何もなかった。
別になろうがなれなかろうが、構わないのではないかと。
「どうだろうな。
まぁ、確かに救世主は魅力的だけど、今は違うぜ。
今は、リコが心配だからだ。
だからここに来たのに、リコをこのまま1人で行かせたら、何の為にこんな所まで来たのか分からなくなる」
大河の答えが予想外だったのか、リコが珍しく驚愕も顕わに大河を見詰める。
「私を?」
「ああ、そうだぜ」
「……そんな、私なんか……」
「おいおい、リコがそんなこと言うもんじゃないぜ。
折角、可愛い容姿が台無しだぜ?
ほら、行くぞ。救世主と学園の秘密とやらが分かるかもしれないんだからな」
大河の言葉に、リコは微かな笑みを見せる。
「本当に、知りませんからね……気を付けて」
それから3人は歩を進める。
◇ ◆ ◇
下へと着いた途端、狼男の大群が押し寄せてくる。
「こりゃ、手厚い歓迎だな」
「もう、いい加減にしてよ」
いい加減にうんざりして来たのか、大河が呟く。
それに同意したかのように未亜も呟いた。
「未亜、リコ、後ろから支援を頼む。
俺が斬り込んで」
などと大河が言うと、突然、リコが前に出た。
「リコ?」
不思議そうに問い掛けてくる大河へと無言を返す。
リコは片手を頭上を掲げ、口の中で何事か呟き、一気に下へと振り下ろす。
瞬間、敵の頭上に魔法陣が形成され、そこから5本を巨大な雷が振り下ろされた。
5本の雷が束となって荒れ狂い、全てが終わった後には狼男の群れは、どこにもなかった。
「……リリィよりも断然強ぇ」
瞬殺という言葉は、この為にあるのではないだろうか。
そう思ってしまうほど、今のリコは圧倒的だった。
その小さな体躯のどこに、これほどの力が隠されているのか。
「なあ、リコ。どうしていつもは、その力を使わないんだ?
魔法のことは詳しく分からないが、リコの魔法の威力はリリィ以上じゃないのか?」
「そうだね、絶対リコの方がリリィさんより強いと思うよ」
「……」
大河と未亜の質問にリコは何も答えない。
無言こそが回答、と言わんばかりに。
そんなリコの様子に、もしかして自分は聞いてはいかないことを聞いたのではないかと考えた。
「ひょっとして、聞いてはいけない事だったか?
だとしたら、すまねぇな」
「……いえ、別に謝られる事でも」
大河の言動にはどこか調子が狂わされるのかリコは表情こそ変わらないものの、何処か慌てたような雰囲気を感じさせる。
そんなリコを眺めつつ、大河はリコが感情の起伏が乏しいのではなく、それを出す事が苦手だと考えた。
そう考えて改めてリコの今までの様子を思い出してみれば、表情にこそ余り出ない。
だが、結構、色んな感情を出していたと思えた。
もちろん、それは自分の錯覚なのかもしれない。
だが、それでも心のどこかでその予想は間違っていないと考える自分がいることに大河は気付いた。
「しっかし、随分と長い階段だな」
「目的地は、もうすぐだと思います」
「そうか」
3人が黙々と会談を降りていく。
そして、その場所へと3人はたどり着いた。
今までのフロアの、倍近い広さのあるフロアに。
「……凄げぇ広さだな。上にある図書館よりも広いぜ」
「うん」
大河と未亜は、その広さに圧倒されてしまう。
少なくとも、これ程の広さに彼らは出会ったことがないのかもしれない。
「……当然です。ここに納められているのは、アヴァターの無限の歴史そのものですから」
リコの説明に感心した声を上げる。
そこで、ふと大河は違和感を感じた。
そうだとも、違和感、と言うより疑問だ。
なぜだ。
「そういえば、どうしてリコはここに導きの書があると知ってたの?
私たちは学園長に教えられたから、ここに導きの書があるって知ったのに」
「―――――」
やはり、リコは何も答えない。
この小さな少女は、何かを知っていて隠している。
いよいよ、その疑念が確信に変わり始めた。
「しっかし、沢山の本があるよな」
その疑念のより確信に変える為に、大河は敢えて本に触ろうとした。
「大河さん……それに触れると、危ないです」
リコの言葉に伸ばしていた手を止めて引っ込める。
そして、疑念は更に確信に変わった。
今のリコの口調――― 明らかに、それが危険であると言う事を理解している風であった。
「リコ、どうして危ないって知ってるんだ?」
「……それは」
言い辛そうにするリコへと、大河はただ黙って見詰める。
「……秘密です……内緒なんです」
「……わかった、悪ぃなリコ、そんなこと聞いちまって」
「……いえ」
リコの辛そうな口調に、とりあえずは疑念を心の奥底に閉まっておく。
まだ、何があるか分らない。
彼女に問い詰めるのは、また後でも充分に出来る事だ。
「……着きました」
「着いた? つぅことは、ここが導きの書がある古代神殿の最深部って事か」
そう言って大河が向けた視線の先には、一冊の書が大きな石版に鎖で何重にも巻き付けられていた。
まるで、書を封印しているかのように。
あとがき
モンハン3rdは期待しています。
あと、ゴッドイーターバーストも。