DUEL SAVIOR INFINITE Scwert4-4
なんというか、人生というのは本当に何が起こるか分からないもの。
昨日までの日常が、突然無くなってしまう事は非常によくある。
そういった意味では、今回の出来事はまさしくそれであったと言える。
DUEL SAVIOR INFINITE
Schwert4-4
図書館の地下には 〜The Whereabouts Of The Book〜
「皆、よく集まってくれましたね」
救世主候補達は学園長室に集まったものの、リリィとリコの姿がない。
リリィはまだ医務室で寝ているとして、リコの姿が見えないのはおかしい。
何かあったのだろうか。
「リリィさんは体調不良の為、欠席だそうです」
ダウニー報告にミュリエルが怪訝そうな表情を作るのも無理のない事。
ミュリエル自身が見た時は、リリィは特に体調不良の兆候などはなかった。
だというのに、いきなり体調不良というのはおかし過ぎる。
何かあったのだろうかと思ってしまうだろう。
「さっき、軽い貧血を起こしてたぜ」
「…そう」
何か思うところでもあるのだろうか、ミュリエルは特に追及をするつもりはないようだ。
もしかしたら、リリィの心中を察しているのかもしれない。
だが、同時にもう1人の行方が気になるのも確か。
「リコ・リスは?」
この場にいない原因が判明しているリリィを抜くと、いないのはリコだけ。
だが、こういう事となると彼女は1番最初に現れるはずだ。
だというのに、未だに姿を現さないという事は何かに巻き込まれでもしたのだろうか。
「彼女は、実は行方が分からないのです。今、ダリア先生が探しておられますが…」
「どういうことですか。生徒は全員、自宅なり寮にて待機するように申し送りしたはずですよ」
「はい。それが、どうも事件直後から寮にも帰っていないらしく……」
寮にも帰っていないという事実。
あの塔の爆破からまだ1時間程度しか経過していない。
だというのに帰っていないという事は、あの塔を直すための材料をどこかに取りに行ったのだろうか。
(だが――― だとしたら何処に?)
分からない以上は仕方がない。
この考えは、すぐに放棄した。
「そうですか…勝手な行動をした事への注意は必要ですが、今はこちらの方を優先します。
見つかり次第、ここへ寄越して下さい」
ミュリエルの言葉にダウニーは頷いた。
そんなダウニーを確認すると、静かにミュリエルは大河たちの方へ向き直る。
「さて、皆さん。今回、皆さんを呼び立てた理由は、お願いがあるからです」
「願い?」
願い――― 爆破事件と何らかの関係性があるのだろう。
だが、この状況でお願い。
どう考えても碌な内容ではない。
「皆さんに、あるものを取って来てもらいたいのです。
壊れた召喚陣を元に戻す為の魔導書を…」
その言葉に、真っ先にベリオは不思議そうな顔をしながら質問を入れる。
「召喚陣を元に戻すと言われても、そんなのリコがいれば、何度でも書けるのではないんですか?」
リコは希少存在である召喚師。
彼女が召喚陣を書けば、何の問題もないはずである。
だが、そんなベリオの疑問をダウニーは真っ向から否定した。
「確かにそうです。
召喚陣そのものはリコさんがいれば、何度でも作る事は可能ですし、更に言うのならば、学園長にも召喚陣は描けます。
ただし、その召喚陣が繋ぐ場所が問題で、あなた達のいた場所であるとは限らないんですよ」
「でも、場所だけなら問題ないのではないですか?」
「オレ達は、元の世界に戻る事が出来ない――― そういう事か?」
「いえ、そういう訳ではありません。ただ、とても困難な問題があるのです」
どちらにしても、碌な内容ではなかった。
おそらく――― この後に続く内容も碌でもない厄介事に違いない。
「召喚陣が世界と世界を繋ぐ、言うならば次元の架け橋といった所のモノである事は、理解してますね。
実は、この橋は基点となる召喚陣が存在する間は一端繋がれた世界との間に常に存在して、お互いの位置を把握してます。
だから、普通は一度異世界に召喚された者も、元の世界へと戻る事ができるのです。
しかし、今回のように召喚陣が壊されてしまうと、間にあった橋が消えてしまいます。
それが原因で元いた世界の座標やら時間軸などが分からなくなってしまうのです」
やはりと言うべきか、内容は碌でもなかった。
場所だけならば問題ないが、時代がずれるのはいただけない。
頑張って元の世界に還ってみれば、石器時代のど真ん中で立ち往生なんて笑い話にもならないだろう。
少なくとも、大河と未亜にとっては死活問題と言えよう。
そして、アダムがこの世界から脱出するには、リリスに見つけてもらう他ない。
いや、もしかしたら既に見つけていてそれでも何らかの事情により助ける事が出来ないのかもしれない。
「その分から無くなってしまった世界を見つけ出す為の方法が記されている魔導書が1冊だけ存在するのです」
「つまり、その魔導書を取って来ると」
「ええ、そうです。
その魔導書こそ、召喚師の始祖、ラディアータ・スプレンゲリの書いたと言われる【導きの書】です」
ミュリエルから告げられた書の説明に、カエデが感心したような声を上げる。
「ほう、召喚師の祖が書かれた本でござるか。
なかなか凄そうな肩書きでござるな」
「ああ、まったくだぜ。つまり、その導きの書ってのがあれば、元通りに召喚陣が直せるってわけだな」
「ええ、そうです」
本気で言っているのだろうか?
いや、本気で言っているのだろう。
そうでなければ、そのような台詞を口に出来るはずがない。
この時点で、大河とカエデの2人が授業を全く聞いていないという事が確定した。
「どうしたんだ、未亜? 折角、召喚陣を直す方法が分かったてのに、そんな顔をして」
「どうしたじゃなくて、お兄ちゃん、導きの書だよ、導きの書!」
「そうですよ、大河くんにカエデさん。何でそんなに落ち着いてるんですか!?」
確かに未亜とベリオが驚くのも無理はない。
既に紛失して無くなったと言われる導きの書が、実は学園にあるのだから。
大河とカエデが驚かない理由も分かる。
大河は純粋に聞いてなかったから、カエデは頭の中からスッポリと抜け落ちていたに違いない。
「って、言われてもなぁ」
「全くでござる。確かに、凄い魔導書なのでござろうが、拙者や師匠は剣士と忍者。
そのような魔導書があって、何が書かれているのかは分からぬが、魔法とは無縁でござるゆえ」
「そうじゃなくて、導きの書だよ!」
「未亜、それがどれぐらい貴重な書物なのかは分からんが、とりあえずは落ち着けって。
にしても未亜、お前の読書好きってアヴァターに来ても変わらねぇんだな。
既に、そんな貴重な魔導書にまで目を付けていたとは、恐れ入ったぜ。
まあ、いい機会じゃないか。
貴重な魔導書を拝むチャンスだぞ」
明らかに未亜が何を言いたいのかわかっていない。
普段からの大河の授業態度が完璧に把握できそうな展開である。
「そうじゃなくてですね、大河くん」
ベリオが多少疲れたような声で大河へと話し掛ける。
「昨日のダウニー先生の授業内容…」
「………おお!」
「……お、おおう、でござる!?」
遅すぎる――― もはや誤魔化しなどまったく通用しないだろう。
そんな2人を見ながら、ダウニーは少しだけ額に手を当てて空を仰いでいた。
これから、この2人をどうやってまともに授業を聞かせようかと頭を悩ませているのだろう。
「まぁ――― 大河が真面目に授業を受けてたら明日は天変地異に違いないな」
「って、おい! すっげぇ失礼な物言いだぜ!!」
「でも、強くは言い返せないだろう?」
「うぐぬぬぬ」
つまり、世の中なんてそんなものなのである。
大河とカエデの視線を受けてミュリエルが口を開くよりも先に、ダウニーが軽く頭を振って気を取り直すと口を開く。
「私も、事がこうなって初めて学園長から聞いて驚いてますが、【導きの書】はこの学園の中にあるらしいのです。
これは、私がずっと長い間、救世主と破滅の研究をしてきて発見した事なのですが、王都が建てられるずっと前。
この場所には救世主を目指す者が必ず訪れると言われる神殿があったんです。
昨日、私が授業で言った事を覚えてますか?」
ダウニーは視線を大河とカエデへと向けた後、すぐに横へとずらし、ベリオと未亜で止める。
おそらく大河とカエデでは答えられないと考えたのだろう。
その考えは概ね、正解。
そんなダウニーの視線を受けつつ、未亜が口を開く。
「導きの書には、破滅が生まれた訳、救世主が生まれた訳。
そして、どうすれば世界を死の滅びから救えるかが書かれている、という話ですか」
未亜の横でほう、とか、おお、とか感心したような声を洩らす馬鹿が2人。
そんな馬鹿2人を意図的に視界から外しつつ、ダウニーは満足そうに頷く。
「その通りです。
その為に、救世主を目指す者たちは最後にはこの神殿へと辿り着き、書の信託を受けたと言われています」
「そんなに大事な神殿の上に、何故この学園が?」
ダウニーの説明にベリオが素朴な疑問を上げるが、それに答えたのはダウニーではなく、ミュリエルだった。
「残念ながら、それらに関する資料は残っていません。
いえ、残っているのかもしれません。
ですが、王家の特別禁書扱いを受けて、図書館の地下にある特別禁書庫に眠っているはずです」
「特別禁書庫? 確か、前にリコが言っていたな。
学園長だけが入る事を許されているって」
「いえ、正確には学園の管理者である私と、王家の古代魔道機のマスターだけですが。
それでも、閲覧が可能なのは、地下数階までの浅い場所だけです。
1000年前に王都が遷都された本当の理由、学園がここに建てられた訳。
それら全ての資料が禁書庫の更に深くに封印されていると思われます」
「どうして、その数階よりも下の場所は駄目なんでしょうか」
特定の階層より立ち入り禁止、というのにはいくつか理由がある。
たとえば、その下に人が観覧した場合、何らかの害が発生する場合。
あるいは、禁止階層が極めて危険な場合などだ。
「それより下は、導きの書の為の試しの場となっているからです。
書は自らを託す相手を試し、それに合格した者のためだけに開くと言われています」
「まさか、その試される者って、救世主ですか?」
「ええ、そうです。だから、私にはそこへと行く資格はないのです。
だからこそ貴方たちを呼んだんです」
まさか、こんなところにまで救世主という単語が出てくるとは思わなかった。
まさに試練だらけ――― もしや、あの爆破犯もこういう展開を見越していたのだろうか。
仮に見越していたのだとしたら、とんでもない程の知能犯だ。
おそらく、犯人はかなり注意すべき相手である事は間違いない。
「つまり、これは実質的な救世主選定試験ですね、お義母さま」
そう言いながら姿を現したのは、さっき倒れて医務室で休んでいるはずのリリィだった。
ただ、少しばかり無理をしているのだろうか、顔色が悪いような気がする。
そんなリリィをみながら、大河は彼女に声を掛ける。
「おい、体は大丈夫なのかよ?」
「あんなの、ただの貧血よ。とうとう救世主になれる時が来たと言うのに、呑気に寝ていられる訳がないじゃない」
「本当に大丈夫なの、リリィ? 顔色がまだ良くないわよ」
ベリオの言うとおり、顔色そのものは先ほどよりはマシという程度。
どちらにしても、万全の状態というわけではないだろう。
そして、そんな状態でもリリィは己の決断を覆す事はない。
あるいは、強迫概念故の行動か。
「平気よ。こんな事ぐらいで寝ていたら、何の為にここに来たのか分からなくなっちゃうもの」
「……いいのね、リリィ」
果たして、その言葉にどれほどの想いが込められていたのだろうか。
それはミュリエル自身にしか分からない。
だからこそ、リリィがミュリエルの問いに頷いたのは必然であったとも言えよう。
「貴方達も――― この試験は今までとは違うのよ?
何があっても私達は一切、手助けが出来ないわ――― それでも、行く?」
意味のない質問。
行くか行かないか、そんな問いに意味はない。
こうして救世主候補をやっている以上、取るべき選択肢など1つしかないのだから。
「苦しむ人々のために、身を捨ててでもその盾となることが、神の示した私の道ですから」
「私は、守りたいだけです。
それに、このままだと元の世界にも戻れないし」
ベリオに続き未亜がそう口にする。
そんな2人を見ながら、リリィがいつもの不遜な笑みを見せつつ言う。
「さっきも言ったけれど、私も当然行くわよ。それに、そのバカに任せていたら、見つけられないでしょうしね」
「おい、バカって、俺の事か?」
「他に誰か居て? 昨日、授業で聞いた話を忘れていた当真 大河くん?」
「ぐ、てめぇ……」
実は、この時点でリリィは地雷を踏んでしまっている。
おそらく、少し興奮していてリリィはその事に気付いていない。
気付いたのは、アダムと動物的に勘の鋭いカエデぐらいか。
「どうして、リリィ殿はそれを知っているんでござるか?
リリィ殿が来たのは、もう少し後だったのでは?」
カエデの疑問ももっともな事。
その場にいなかったはずのリリィが、先ほどまで話し合っていた内容や大河とカエデの態度を把握している。
つまり、リリィは先ほどの会話をドアの向こうで盗み聞きしていたという事に他ならない。
形勢は、一気にリリィの不利へと傾いた。
「な、何よ!?」
「リリィ、お前、ドアの前で立ち聞きしてたな?」
「なっ! そ、そんな訳ないでしょう!!」
叫んだところで既に遅い。
どもったが、何よりの証拠。
「しかも、入るに入れなくて外に居ながら中の話を聞いていて、救世主の話が出たから中へと入って来たと」
「くっ……べ、別に良いでしょうが!」
完全に負け惜しみの台詞だ。
そのリリィの台詞を聞き、ニヤリと意地悪い笑みを浮かべる大河を見る限り、明らかに絡むつもり満々のようだ。
「別に悪いとは言ってないぜ。なあ、盗み聞きしていたリリィ・シアフィールド君」
「くっ、こいつ、絶対にいつか絞める!」
「別に構わないが、そう言うのはまた今度にしてくれ」
やるのは別に構わないが、やるなら時と場所を選んで欲しいのがアダムの本音だ。
大河のリリィのやり取りは比較的【日常】なのだが、今は緊急事態。
いくらなんでもこの場所で【日常】のやり取りをするのは非常識と言えよう。
「とりあえず、続きを…」
緊張感が漂い始めた部屋の中、ミュリエルは残る2人がどうするのか聞こうと視線を向ける。
そこにはまるで内緒話でもするかのように顔を近づけて話している大河とカエデの姿があった。
それを見て、未亜が顔を顰めるが、それに気付かず、2人は話を進めている。
「師匠、つまり話を要約すると、この学園にある導きの書を取って来ればいいのでござろう」
「まぁ、話の内容を考えると、そうなんじゃねぇか?」
「ならば、何故、あの様な講釈めいた会話が必要だったんでござろうか?」
「さぁな、俺にもさっぱり分かんねぇよ。まあ、多分、教師というのはそう言った人種なんだろう」
「成る程。納得でござるよ」
「まぁ、例外がいるけどな、ダリアとか」
「奥が深いでござるな」
「そうか?」
「とりあえず、試練という危険が待ち受ける所から、導きの書を取って来るという任務でござるな」
「まあ、簡単に言っちまえば、そうだな。
とりあえず、俺達は難しい事を考えるよりも、行動する方が楽だと感じるからな。それで良いか」
「これで良いでござるよ」
ひそひそと話しているつもりなのだろうが、部屋は狭いという事はないが、それでもそんなに広くない室内。
ましてや、結構、近い距離で会話をしている。
なので、ぶっちゃけ2人のひそひそ話は周りに丸聞こえだった。
それを聞き、眉を顰める者。
こめかみを振るわせる者。
ただ苦笑を受けべる者。
呆れて声も出せない者。
実に様々な反応がそこにはあった。
「こ、こんのぉぉぉバカ大河!」
「なっ!? 人をバカ呼ばわりするとは何事だ!! この似非マジシャン!!」
「アンタなんか、バカ大河で充分よ。あのね、これは救世主を決める大事な選定試験なのよ。
それを、折角の緊張感を…」
「緊張感を持つのはいいが、過度に持ちすぎると逆効果だぞ」
とりあえず戒めの意味も込めてアダムは忠告しておいた。
確かに緊張感を持つのはいい。
適度の緊張感は、同時にモチベーションを上げるのに最適だ。
だが、過度に緊張し過ぎると今度は行動そのものが阻害されかねない。
「そんな事は知ってるわよ!」
「じゃぁ怒るな」
しかし、何をリリィはここまで起こっているのだろうか。
確かに大事な選定試験なのだからモチベーションを上げるのは間違いないではない。
だがそれ以上に――――
(自然体こそが、一番大切だというのに…怒ってばかりだと死ぬぞ)
物事に挑む時、理想的な状態は適度に緊張感を持ちながらも自然体である事だ。
必要以上の緊張は動きを阻害し、必要以上の自然体は動きを緩和させ過ぎてしまう。
だからこそ、アダムは何かに挑む時は常に適度の緊張と適度の自然体を維持し続けている。
もちろん、それをリリィに言ったところで今の彼女に理解できるとは到底思えない。
「ふふん。まあ、良いわ。どうせ救世主に選ばれるのは、この私なんだから」
「確かに、リリィ殿は強敵でござるが、こればかりは負けるわけにはいかぬでござる」
「そうよ。私だって、この役目を他に譲る訳にはいかないわ。
例え、リリィが相手でもね」
「いや、救世主になるのは俺だ!」
リリィの言葉に、カエデとベリオ、大河が反応する。
救世主、という言葉はそれほどまでに魅力的なのだろうか。
だが――― アダムにとってみれば【救世主】という単語にはそれほど魅力を感じない。
同様に、おそらく大河も魅力をそれほど感じていない事だろう。
なると言っているのは、単純に1番になりたいからとか、そういう意味なのかもしれない。
「2人は何も言わないのかしら?」
「悪いが救世主云々には興味無い―――
オレにとって重要なのは、この世界で生き残り、元の世界に戻る事だ。
その為に救世主になるのが必要だというのならなるし、
別に必要ないというのなら他のメンバーに譲るさ」
アダムの言う【元の世界】というのは、アルカディアの事である。
決して、大河と未亜に出会った世界の事ではない。
どちらにしても、還る為にはリリスに見つけ出してもらうのが確実なのだが。
「私は、特に興味は無いです。
ただ、お兄ちゃんと一緒に元の世界に帰れるのなら、それでいいんです」
そんな2人をミュリエルはじっくりと観察している。
嘘を吐いていないか、そんな事を色々と考えているのだろう。
だが、未亜はともかくとしてアダムの心情を察する事はミュリエルには出来ない。
同様に、アダムがミュリエルの心情を察する事が出来ないように。
「そう。あなた達の考えは分かったわ」
考えても無駄――― おそらくミュリエルはそんな結論に達したに違いない。
実際問題として、今は腹の探り合いをしている時ではないのだから。
「神聖な救世主を選ぶこのクラスに、あんたたちみたいないい加減な人たちが居るなんて……」
だが、リリィのような感情を持ち合わせている人間がいるのも確か。
たとえば、リリィ以外にもベリオなどもそういった感情を持っていてもおかしくない。
「いいかリリィ、少なくともオレにとって救世主なんてものは無くてもいいんだ。
最終目標は破滅の回避。
その手段の1つは、まぁ確かに救世主なんだろう。
でもな、人にとって最大の武器とは救世主ではなく知恵と数だ。
人は身体能力そのものでは全ての生命の身体能力の順位でいえば下から数えた方が遥かに早い。
だが、それでも人は今この瞬間でも生命体の頂点に君臨してきた。
何故か―― それは、人には知恵による戦略と戦術。
それらから生み出された軍隊行動が取れるからだ。
数多の武器を生み出し、数多の罠を作り出す。
それこそが、人としての最高の武器。
だからきっと、破滅を回避するのに必要なのは――――」
そう――― いつだって人という種は困難を打破してきた。
それは、このアヴァターでも違いない。
これは、人という種が持つ力に他ならない。
「救世主なんかじゃなくて、人々が力を合わせることなんだとオレは思っている」
アダムの言葉にリリィが言葉に詰まる。
確かに、アダムの言っていることは物事の1面を捉えている。
そう言った意味では、アダムの言っていることは正しい。
もちろん、例外は存在する。
1000の蟻が、1の象に勝てないように。
「リリィ、そこまでにしておきなさい。
人の誠とは、その人によって違うものです。
2人の言葉には誠があります。その価値観を自分の物差しで判断し、批判してはいけないわ」
「それでは、お義母さまは救世主なんかどうでもいいと…」
「そうは言ってません。ですが、ある意味では、そうですね。
アダムくんの言う通り、我々の目的は破滅を回避する事です。
その為に、救世主という存在が必要なのです。
ですが、彼が言ったように、救世主だけではなく、周りの者たち力が必要なのも確か。
どちらにせよ、今の段階では書を取りに行かなければならないという事は変わりません。
ならば、それから判断してもいい事でしょう。
書に辿り着き、真実を知ってどうするか。それこそが、救世主の誠」
そうは言っているものの、果して心情は如何なほどか。
先のアダムの発言はミュリエルに対する牽制の意味が強い。
こうしてアヴァターでも異質な考えを持っていると認知させ、最悪の場合は学園と敵対する可能性があると認識させる。
そうする事によって、ミュリエルはアダムを意図的に注意するはずだ。
結果的に、大河達への警戒は若干だが解かれるだろう。
それが、アダムの狙い。
「それで、オレ達は何処に…」
そこで、地響きが起こる。
「これは?」
未亜が不安そうに声を上げるのを聞きながら、ミュリエルは安心させるように言う。
「ダリアだわ。リコ・リスさんが見つかったのかしら?」
その言葉の正しさを証明するように、いきなりドアを開けてダリアが部屋に飛び込んでくる。
その仕草を見る限りかなり慌てているのが分かる。
ダリアは挨拶もなしに切り出す。
「た、大変ですぅー!」
「どうしました、ダリア」
「リ、リコちゃんが、1人で地下禁書庫に!」
ダリアの言葉に驚く一同。
まさか、1人で行くとは。
その中、リリィは1人冷静に考える。
「きっと、あの子のことだから、召喚陣が爆破されたのを自分の責任だと思って、1人で書を取りに行ったんだわ」
「おい、ありゃリコの所為じゃないだろ」
リリィの台詞につっこみを入れた大河の言うとおり、あれはリコの所為ではない。
在る意味においては仕方が無いことなのだ。
だが、責任感の強すぎる人物は、時として1人で突っ走ってしまうもの。
「それはそうだけれど、リコはそう思ってなかったって事でしょう。
必ず私達が帰れるようにするって言ってたじゃない」
大河とリリィがいつもの喧嘩へと発展しそうになる。
だが、喧嘩に発展するよりも早く、ミュリエルがダリアへと確認するように尋ねる。
「何故、リコが禁書庫に入ったと?」
「リコちゃんを探して図書館へと行ったら、禁書庫の扉に召喚陣が描かれていたんですぅ」
「……即席の召喚陣で、扉の向こうへと自分を逆召喚したのね」
聞きなれない言葉が出てきた。
逆召喚――― 召喚が招き入れる、なら逆召喚は送るという意味だろうか。
大河自身も疑問に感じたのか、近くにいたリリィに聞いているようだ。
「逆召喚ってなんだ?」
「招くのではなく、送る事よ。元の世界へと送り返す時にするのと同じ」
「つまり、扉の向こうへ送るってことか」
どうやら結論は当たっていたようだ。
だが、今はそんなに呑気に構えている暇はないだろう。
「しかし、あの扉の向こうには結界があるはずよ。
召喚は出来ないはずなのに…」
つまり、扉に展開されていた結界を抜けれるほどリコの実力は高いという証明に他ならない。
いやそれよりもだ――― 何でこう次から次へと厄介事がやってくるのだろうか。
とりあえず、アダムは天に向かって中指を立てておいた。
「えっと、何をやってるんですか、アダムくん?」
突然のアダムの行動に困惑するベリオ。
よく見てみると、ベリオだけでなく、他の皆も困惑しているようだ。
「何って、神様に八つ当たり」
「へ?」
「いや、どうしてこう次から次へと厄介事を運んでくるんだって言うことで八つ当たりをしてるだけだ」
本当に次から次へと、だ。
確かに厄介事には巻き込まれやすい体質なのは認める。
認めるが、いくらなんでもこう次から次へと嫌なイベントに遭遇していたらそれはもう神様に中指を立てたくなるもの。
「なっ!? アダムくん!! 神様は私たちを見守ってくれてるんですよ!?」
「見守ってくれているだけだろ?」
確かに神様は見守ってくれている。
そう【見守ってくれている】だけだ。
それ以外には何もしてくれない、それが神様という存在。
いや論点はそこではない――― 最大の疑問は、
(どうして、リコが地下の導きの書を知っているか――― と、いう事か。)
こうして地下へ向かったという事は、十中八九リコは導きの書の事を知っている。
図書館の司書をしているから、そんなのは理由にはならない。
塔を爆破されてから1時間、誰もリコの姿を見ていない。
考えられる事は1つ―――
(―――― 導きの書を取りに行った)
それしか考えられない――― 何しろタイミングが良すぎるのだから。
とはいえ、やはりリコが導きの書を知っていたのかが気になる。
(リコと導きの書の間には、何らかの因果関係があると考えるべきか)
いずれにしても推測に他ならない。
この考えは、一応、仕舞っておく事にしよう。
そんなことよりも、今は目の前のことを解決するのが大切だ。
「学園長、今はそんなことよりリコを助け出す方が先だぜ!」
確かに大河の言う事ももっともだ。
実際にリコが強いかどうかは置いておいて、禁書庫に大量の危険が潜んでいるのなら多勢に無勢。
1人である以上、リコの負担は計り知れない。
「その通りね。バカ大河もたまには良い事言うじゃない」
「バカは余計だっての!」
そんな相変わらずの2人のやり取りを眺めつつ、ミュリエルは1つ頷くと結論を出す。
「そうですね、分かりました。これが禁書庫の扉の鍵です。
中に入れば後は下へと降りていくだけです。
後、何度も言いますが、中は危険に満ちています。
無理だと思ったら、無理をしないで戻ってらっしゃい」
「「「「「はい」」」」」
ミュリエルの言葉に返事を返すと、アダム達は図書館へと急いで向かった。
あとがき
やっぱり、あまり話が進みません。
まったく、どうしてこうなったんでしょう。