DUEL SAVIOR INFINITE Scwert4-3
 あの試験の時に大河が見せた力。
 かなり限定的ではあったが――― 間違いなくあれは救世主候補としての力ではない。
 いや、ある意味ではそうかもしれないがアヴァターで一般的に浸透している救世主とは別の力だ。
 あれはもっと原始的で――― どんな存在からも望まれた力。

「まさか、そう…なのか?」

 考えられない事ではない。
 ■■■■は常に人の中から選定される。
 問題は、その規模だ。
 ■■か■■――― それとも■■なのか。
 その規模によって、大河の最終的な到達点が変わってくる。

「分からない事を考えても仕方がな…」

 轟音に爆発、そして振動。
 それらは学園を瞬く間に駆け抜けた。
 反射的に、アダムは部屋の窓を開け外を確認する。

「黒煙か――― それに、あの方角は召喚の塔のある場所」

 立ち上る黒煙は化学薬品が混じっている証。
 つまり、爆弾か何かを使用して召喚の塔を爆破された可能性がある。

「厄介事っていうのは、本当に向こうからやってくるな」

 思わずため息を吐きそうになる。
 だが、厄介な出来事に遭遇したのならその状況を楽しめばいい。
 要はそれだけの事だ。

















DUEL SAVIOR INFINITE

Schwert4-3
塔を爆破 〜The Way Which Was Shut〜
















「酷い状況だ」

 焦げた壁、粉砕された柱。
 地面に描かれた召喚陣は、その機能を果たせないほどに粉々になっていた。
 あれほどの轟音と振動が学園を駆け抜けたのだから、この被害は納得がいく。
 むしろ、まだ原型を留めているだけマシというものか。
 
「ですが、倒壊はしそうにありません」

 ベリオの言うとおり、召喚の塔に倒壊する気配はなかった。
 召喚の塔は、その重要性故に極めて頑丈な造りになっている。
 並みの爆発物ではビクともしないし、特殊な術式が壁全体に組み込まれている。
 結果的に、召喚の塔はある種の堅牢な要塞にも似た側面を持ち合わせていた。

「でも、その召喚の塔の内部がこれだけボロボロになってるわ。
 何をどうやったら、こんなになるのかしら?」

「リリィの言うとおりだぜ…幾らなんでも、この状況はおかしくねぇか?」

 辺りを漂う焦げ臭さ。
 鼻を突く微かな化学薬品の臭い。
 それに、魔力の残滓などは感じない。
 やはり、純粋に爆弾を製造して使用したと考えるのが妥当だろう。

「しっかし、この召喚の塔って結構頑丈なはずだよな?」

「ああ――― ただ化学薬品の臭いがするから、使用されたのはおそらくダイナマイトなどの爆発物だ」

 先に来ていたミュリエルの指示で、ダリアやダウニーが何かしていた。
 ダウニーとダリアの調査の結果、辺りの残骸に魔法を使用する際のマナの影響が見られない事。
 微かに硫黄臭がする事から、爆薬を使った人為的な破壊判断と判断された。
 にしても、これほどの惨状なのだからかなりの量の爆薬を使ったと考えるべきだろう。
 アダムの推測は正しかったわけだ。

「どうして、そんな事を?」

「……救世主を呼べなくするため」

 爆破と聞いて、怒りに肩を振るわせつつ呟いた未亜の言葉に、リコが答えた。
 
「でも、救世主の呼べなくすることに、何の意味が…」

「戦力増強が出来ない―――― というところか」

 この場合、得をするのは破滅側だ。
 全てを破滅させようとしている相手に、救世主という存在はこの上なく邪魔な存在であるはず。
 なら、既に召喚されてしまっている候補者達は目を瞑るとして、これ以上候補者が現れないようにする。
 それが、本人の狙いなのかもしれない。

「それが1つでしょう――― あるいは」

 そんな未亜の言葉にポツリと答えたリコへと全員の視線が集中する中、リコはいつもと同じように淡々と続ける。
 こんな状況でさえ、リコには感情の変化が読み取れない。

「あるいは、救世主を返せなくするため」

「どうして分かるの、リコ」

 リコの言葉をじっと聞いていた中で、ベリオが真っ先に口を開く。
 ベリオにとってみれば、確かに疑問だろう。
 救世主を返せない、何故なのだろうか。
 そんなことに、何のメリットがあるというのか。
 返せれるという事は、敵側からしてみれば戦力が減るので万々歳な展開のはず。

「確かにそうね。召喚陣を壊す目的と言ったら―――
 救世主を呼べなくするか、返せなくするかのどちらかでしょうね」

「えっ!? 召喚陣が無くなったら、元の世界へは戻れないんですか?」

 ミュリエルの言葉に未亜が真っ先に訊ねる。
 未亜には、自分たちが住んでいた世界に帰りたいという気持ちが今でもあるのかもしれない。
 そんな未亜を冷ややかに眺めつつ、リリィが告げる。

「当たり前でしょう。それを利用して召喚され、また返還するんだから」

「当たり前って言われたって…」

「リリィの言う通り、召喚陣がなければ帰れないわ」

「そんな…」

 茫然となる未亜に何て声を掛けようか悩む大河の後ろから、不意にリコが話し出す。

「……そんな事はさせません…これは、私の責任です。
 皆さんが無事に帰れるように、召喚陣は私が責任をもって直します」

 強い意志を秘めたリコの言葉に、全員が茫然とする中、大河だけがリコへと声を掛ける。
 もちろん、内容は労いの言葉だ。

「大変かもしれないが、よろしく頼むな」

「はい」

 力強く頷くリコを身ながら、アダムは危惧することが1つ増えた。
 今のリコは誰にもわからなかったのかもしれないが非常に自分を追い詰めているようだ。
 これでは、先走ってしまうかもしれない。
 とにかく、注意が必要だろう。
 どうして、こう次から次へと厄介ごとが増えるのだろうか。
 アダムはまた心の中で神様に向かって中指を立てた。
 もっとも、アダムはどちらかというと神様と真逆のカテゴリーに属する存在。
 中指を立てるというのは、完全に八つ当たり以外の何でもない。
 その背中を見送りつつ、アダムは真剣な表情になるとミュリエルを正面から見詰める。

「で、これはどういう事態なんだ?」

「何がですか?」

「とぼけるな。オレがここに来てからの学園長の指示や言葉。
 それらを見る限り、何かの事故という可能性は考えていない。
 誰かが意図的に召喚陣を壊したと考えている。
 つまり、この世界のどこかに、救世主に反対する勢力があるって事だな?」

「やはり鋭いわね、アダム君」

「オレが言うと分かっていて敢えて何も言わなかった学園長も中々だと思うが?」

「そうね」

 狐と狸の化かし合い。
 そんな言葉が正しく的を射ている。
 おそらく――― 犯人までは分からないまでも犯人が所属する組織までは分かっているはずだ。
 いや、それは組織といえばいいのか、それとも【そう】であるといえばいいのか。
 どちらにしても、このアヴァターでこのような事をする者達は【それ】としかない。

「ただぁ、もう少し言うのなら、もうちょっと考えましょうねぇん。
 救世主に反対する勢力……救世主を呼ばれたら困る勢力といえば〜」

「分かっている――― ちゃんとアンタ達が認識しているか確認したかっただけだ」

「あら〜〜ん、何気に信用されてないのね」

「ああ――― 特にダリア、アンタのような性格の教師は尚更な」

 うんうん、と周りの人たちが一斉に頷く。
 日頃の行いがよく分かる風景だ。
 何気にダリアが傷付いているように見えるが、果たして本当に傷付いているのだろうか。

「話を戻すが、破滅がこの学園内にいる可能性は?」

「…ええ、その可能性も否定しません。
 ただ、その可能性はとても低いでしょうけれどね」

 ミュリエルの言葉に全員が緊張を見せるが、続くミュリエルの言葉にすぐさま肩から力を抜く。
 だが、アダムとしては逆に意見だ。
 数日前にリコから聞いた話だが、彼女は夜の遅くまで召喚の塔にいるらしい。
 そして、その彼女が気付かなかったのだから、おそらく彼女が立ち去った後ということになる。
 彼女の行動をよく把握していた可能性が高い。
 つまり、この爆発は学園内部に長期的に侵入していた犯人が起こしたことに近い。
 でなければ、これ程手際よく爆破できないだろう。
 もっとも、それをアダムはミュリエルたちに言ってやるほどお人よしじゃない。
 それに――― ミュリエルは腹黒いところがある。
 確かに、学園長としてはミュリエルを信用できるかもしれない。
 だが、人としては決して信用など出来るはずがない。
 故に、アダムは自分の考えをミュリエルに話すつもりなどなかった。
 そんなアダムの内心に気付くはずもなく、ミュリエルは話を続ける。

「破滅に取り付かれた者は、理性もなく、ただ己と周囲の破滅のみが目的となります。
 とてもじゃないけれど、我々の目を欺いて高度な破壊工作をするだけの知性は持ちえていないはずです」

「…そう、そうよね。この学園にまさか、そんな……そんなのあるはずが無いじゃない、このバカ!」

「はぁ」

 そんなリリィの台詞を聞きながら、アダムは深くため息を吐いた。

「な、なによ!?」

 そんなアダムの態度に釈然としないものを感じたのかリリィはアダムに突っかかる。
 だが、そんなリリィの態度を軽く流しながらアダムは口を開いた。

「リリィ」

「だから何よ!?」

「有り得ないことなんて有り得ない」

 ポツリとアダムは呟いた。
 そう、その言葉遊びのような台詞。
 それは間違いなく、真実の断片であり、全体像の1つ。
 有り得ないことなんて有り得ない。

「いいか、世界にはあらゆる事柄において例外というものが存在する。
 学園長が言うように、理性もなく、ただ己と周囲の破滅のみが目的となると言うのは事実なのかも知れない。
 だが、それが破滅の全てとどうして断言出来る?
 なぜ、それしかいないと決め付けることが出来る?
 破滅の中には、理性を持ち、知性を持ち、作戦を考え、戦術を考え、戦略を考える存在がいるかもしれない。
 なぜ、それらを置いておいて、破滅には理性を持たない存在しかいないと言い切れる?」

 絶望的な言葉。
 アダムが言うことは、確かにそうだ。
 どうして、理性のあるものは存在しないと断言できよう。
 もしかしたら、存在するかもしれないのに。

「まぁ、いずれにしても、オレが言ったことは全て言葉遊びに過ぎない。
 気にする必要は、特にないだろう」

 そんな風に、アダムは簡単に己の意見を取り消した。
 確かに、アダムの言っていることは真実かもしれない。
 だが、いずれにしても確認した存在がいない以上、どうしても確証を得ることは出来ない。

「ま、似非マジシャンなら、この程度が限界だな」

 くっくっくと意地悪押すな顔で大河が笑みを浮かべる。
 なんと言うか、雰囲気を読まないのだろうか。
 いや、あえて場の雰囲気を和ませる為にこのようなことを言っているのかもしれない。

「また言ったわね!」

「ああ、言ったさ!! この似非マジシャン!!
 だいたい、お前みたいに気楽に考えれる方がおかしいんだよ!!」

「うるさい、うるさい、うるさい! そんな御託はこの際良いのよ!
 アンタがくだらない事を言ったという事実。これが重要なのよ」

「言ったも何も、言ったのはアダムだろうが!!
 それにな、どうしてそんな風に考えれるんだよ!!
 普通なら、アダムのような考え方を持つのが普通だろうが!!」

 このような場でも飽きないというか、何というか。
 ある意味では普段通りの2人に、場は少しだけ和やかになる。
 だが、事態は和やかになれるほど楽観的ではない。

「でもぉ、ミュリエルさま〜これではもう新しい救世主候補を召喚することはできませんわぁ〜」

 顔だけは真剣なものを作りつつも、口調はいつものまま大河たちの方へと一切顔を向けないで言う。
 つまり、流されたということだろう。

「あ、それでは、今いる候補生の中から救世主が選ばれるという事ですか?」

「う〜〜ん、そうなるわねぇ。でもぉ、その中に真の救世主がいなかったらぁ、破滅に負けちゃう事にもぉ」

 ダリアの言葉に一瞬だが沈黙が降りるが、すぐさまミュリエルによって破られる。

「いずれにしろ、現有戦力の中から救世主にふさわしい人物を選ばなければいけなくなったという事です。
 新たな人材の確保が難しくなった以上、王宮もこれ以上の時間の浪費は見過ごしにしてくれないでしょうから。
 これからの救世主クラスは訓練がこれまで以上に厳しくなります。
 覚悟しておきなさい」

 ミュリエルの言葉を聴き、気を引き締める救世主候補たち。
 確かに、ミュリエルの言葉は確かだろう。
 少なくとも、これ以上、救世主候補を召喚するのは絶望的だ。
 仮にリコが修復したとしても、正しく機能するかどうかは別話。

「私たちは前後策を検討する為に緊急職員会議を開きます。
 貴方たちは、すぐに自室で待機しておきなさい。
 さて、ダリア先生、全職員に緊急集合を。
 それと、全校生徒に各自、自宅と寮にて自習。
 校内に不審人物がいないかの捜査が完了するまでの外出禁止を通達して」

「はぁい」

「ダウニー先生は現場の被害状況の報告書の作成及び、校内に居る火薬知識を持つ人物のリストアップを。
 同時に、同人物の一両日中の足取り調査をお願いします」

「はっ」

 粗方の指示を終えると、学園長はダリアとダウニーを共に塔を後にする。
 そんな教師たちを眺めつつ、アダムがポツリと呟く。

「今までの話からすると犯人の可能性で最も高いのは」

「破滅ではないが、それに近い破滅的な思考を持つ人間って事か」

「……そうなるのかしら」

 アダムと大河の言葉に、ベリオが少し沈んだ声で答える。
 そんなベリオの呟きに、大河が返す。

「案外、破滅というのは、こうした目に見えない形で進行しているのかもな」

「お兄ちゃん……」

 やるせなさそうに言う大河に、未亜も不安そうな顔でただその名を呼ぶ。
 それを見ていながら、アダムはまるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「もしかしたら、破滅が来るのは近いかもしれないな」

 アダムの言葉に沈黙が降りる中、少し息苦しそうにふと呟く声が聞こえる。

「破滅……」

 その声につられ、全員がリリィの方へと振り向く。
 そこに普段の態度など全く感じさせないほど不安を滲ませ、不気味なぐらいに顔を真っ青にしたリリィの姿があった。
 あまりにも酷いそのリリィ姿に、未亜が心配そうに声を掛けようとする。
 しかし、それとほぼ同時にまるで足の力が抜けたようにその場へと倒れていく。

「リリィ!?」

 ベリオが思わず叫ぶ中、いち早く反応して、未亜が声を掛けるのとほぼ同時に大河が動く。
 何とか地面へと倒れる前に、何とか屈み込んでリリィを支える。
 思ったよりも軽く細いリリィの身体を受け止めながら、意識の無いリリィを見て、大河はベリオたちへと振り返る。
 そんな大河を見て、アダムは指示を飛ばし始めた。

「未亜、校医の先生に連絡」

「あ、うん」

 アダムの言葉に弾かれたように走り出す未亜の背中を見ながら、大河はそっと慎重にリリィの身体を抱き上げる。
 
「アダム、俺はリリィを医務室まで連れて行くから、後のことは頼むぜ」

「ああ」

 そう言うと、大河は走り出した。
 大河が走り去った後、静かにアダムは白いペンキで床に殴り書きされた文に目を落とした。

『み つ け た よ』

 その文字は、一見すれば悪戯とも言えるものだ。
 このような状況でなければ、悪戯として処理されていたことだろう。
 だが、余りに今の状況とこの文は不可解すぎる。
 偶然ではないだろう。
 それに、文字そのものは恐ろしいほどに達筆だ。
 かなりの年月を生きた人物である可能性もある。
 それに、この文字を書いた人物は合理主義者である可能性が高い。
 もっとも、アダムも専門家ではないので詳しいことはわからない。
 それに、この文字を書いた人物が本当にそうなのかもわからないものだ。
 なぜなら、人の文字など参照物さえあればいくらでも似せることが出来るのだから。

(この文字については、みんなに言わない方がいいな)

 ただでさえ、皆が不安になっているのだ。
 これ以上、不安にする必要などないだろう。
 メンタル面は、非常に重要なのだから。

(まぁ、今のところ重要なのは)

 倒れたリリィのことだ。
 顔面の蒼白――― それに、倒れ時の経緯。
 それから推測するに、

(トラウマ、か)

 実は救世主候補には、トラウマ持ちが条件なのだろうか。
 ふと、アダムはそんなことを考えてしまう。
 何だかんだ言って、救世主候補には深い、浅いは関係なく心に傷を負っている人物が多い。
 もはや、ここまで来ると偶然で片付けれるはずなどない。
 やはり、意図的に、なのだろう。

(となると、鍵を握っているのは)

 リコ―――― おそらくだが、彼女が鍵を握っている。
 どうにも彼女からは違和感が拭えない。
 たとえるなら、限りなく本物に近い騙し絵を見ているような。
 それに、最初に見つかった救世主候補という点からも怪しい部分があった。
 というのも――― 彼女はこの世界で生まれ育ったと言われている。
 だが実際はどうなのだろうか。
 リコについて少し調べてみたが、彼女の生きてきた記録がまったくない。
 まるで、救世主候補として発見された瞬間から存在し始めたかのように。
 明らかに何かあります、と告白しているようなものだ。
 彼女から情報を手に入れればとアダムは考える―――――――― が、

(無理だろうな)

 直感的に、アダムはそう考えた。
 おそらく、彼女から情報を手に入れるのは無理のような気がする。
 それは確証も何もないが、恐ろしいまでの直感だ。
 そして、この直感はおそらく正しいのだろう。


















◇ ◆ ◇


















「なぁ、アダム」

 リリィを医務室に運び、戻ってきた大河はアダムに話しかけた。
 彼なりに気になるところがあるのだろう。
 この場にはいない。
 先に寮へと戻ったようだ。
 2人は寮へ戻りながら今回の事について語り合い始めた。

「今回の召喚の塔の爆破だけどよ…本当に、侵入者がやったのか?」

 意外な言葉だ。
 てっきり、大河はミュリエルの発言を鵜呑みにすると思っていたが。

「何でそう思うんだ?」

「朝方に爆発したって事は、どんなに早くても仕掛けられたのは夜中だろ?
 正門が閉まるのは午後6時。
 それ以降は、学園には強力な侵入者用の結界が発動するって話だ。
 侵入するなら午後6時前までに侵入しなきゃならねぇ。
 ここまではいいよな?」

「ああ」

「でもよ、その時間帯だとまだ人通りもかなりあるから嫌でも人目に付く。
 そうなると不審者だって、バレるだろ?
 実際、クレアの時も他の生徒はかなり不振そうに見てたし」

「そうだな」

「こんな事をするんだから、もっと上手くやるだろ?
 事前に忍び込んでおくにしても、それでもリスクがある。
 なら、最初から正規の手続きで学園内に入って人が寝静まった夜中に爆弾を仕掛けて爆破したのかなぁ、と」

「…うん、70点だな」

「70点か…高いのか?」

「概ねはオレの考えと同じだ」

 それに、自身の考えは大河には言っても大丈夫だろう。
 なんだかんだ言って、この男は腹芸が出来るタイプだ。
 いざとなれば、相応に口も堅い。
 特に、ミュリエル辺りには絶対に喋らないだろう。
 大河自身も、ミュリエルには不信感を抱いているようだし。

「違うところもあるのか?」

「まず、正規の手続きだろうと最近になって来た人物なら嫌でも目立つ。
 たとえば、カエデとかな。
 オレ達も、この学園に入学したばかりの頃は目立ってただろ?」

「あ〜、確かにな」

「そんな目立った状態で塔とか爆破してみろ、真っ先に怪しまれる。
 ましてや、正規の手続きとはいえ夜中にまで学園内に居座れば警備のものに怪しまれるのは確かだ。
 幾ら学生が交代で夜間を警備しているとは言え、それなりに実力もある。
 見つかるのは上策どころか下策にすらならない最悪のパターンのはずだ」

「じゃ、どうなんだよ?」

「大河、この場合は発想の逆転だ」

「発想の逆転?」

「そうだ――― こう考えればいい。
 怪しい人物が塔を爆破したのではなく、【怪しくない人物】が塔を爆破したのだと」

「【怪しくない人物】か?」

「そうだ――― たとえば何かしらの事件が発生した時、そこに警察が現れてもおかしいと思うか?」

「いや、当然だと思うぜ」

「そう、当然だ。
 それと同じ――― つまり【召喚の塔にいても不思議ではない】人物だと考えられる」

「っておい、それじゃ完全に学園内部の人間って事になるぜ!?」

「というより、それしか考えられない。
 あの場では言わなかったが、既に破滅側の人間が学園内で大手を振って歩いていると考えられる」

「ってか、召喚の塔にいても不思議じゃない人物って、リコぐらいなんだが」

「そう――― 一番怪しいのはリコだ。彼女なら、常時召喚の塔にいても不思議じゃない」

――― おいおい、仲間を疑うのか!?」

「安心しろ、おそらく彼女ではない」

「…何で断言が出来るんだよ?」

「大河、ブラックパピヨンの事件の時の事を思い出せ」

「あの時の事件?」

「そうだ。あ召喚の塔をブラックパピヨンに落書きされた時、リコは落書きを消していただろう?」

「あ、ああ…そういえば」

「落書きを消す為に頑張る人物が、わざわざ召喚の塔を爆破するか?」

「…するわけねぇな」

「だろ?」

 リコの疑いは、簡単に晴れてしまった。

「後で爆破するのに、わざわざ落書きを消すなんて非効率的だ。
 そんな事をせず、落書きされた時にでも爆破してしまえばいい」

「となると、他の奴がやったって事になるのか?」

「ああ…他の候補者達も同様の理由だ。
 となると―――― 後は、教師陣だな。
 召喚の塔にいても不思議じゃない人物っていうのは」

「教師の中に破滅思考の人間がいると?」

「有力候補は学園長だ。
 彼女は、腹黒いところがある。
 こうして爆破しながらも、その事を表情に出さない上に真意を読ませない事なんてあっさりやってのけるだろう」

「あ〜、否定できねぇ」

「分かっていると思うが、学園長には気を付けろ。
 自身にとって脅威と分かれば、たとえ娘であっても切り捨てる人物だ」

 アダムは、どこか確信的な響きを持ってそう締めくくった。


















◇ ◆ ◇


















 寮へと戻ったアダムと大河は、玄関先で未亜と会った。
 どうやら大河を待っていたようだ。
 未亜は大河の姿を見るなり、

「お兄ちゃん、リリィさんはどうだった?」

 と、心配そうに訊ねてきた。
 そんな未亜に、大河は深くため息を吐いた。
 どうやら、未亜にはバレバレだったようだ。
 大河は安心させるように、未亜の頭を軽く数度叩く。

「過労と強いストレスから来る一時的な軽い体調不良だってよ。
 あのままもう少し寝ていれば、すぐに治ると言っていたぜ」

「そっか、良かった。お兄ちゃんも安心した?」

 意味ありげな視線で上目遣いに見てくる未亜。
 そんな未亜に、大河はバカと一言だけ返す。
 何だかんだ言って、大河はリリィのことを心配していた。

「バカは酷いよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんだって、凄く心配していたくせに」

「そんな事はないぜ。これで、少しは静かになったと喜んでいた所だ」

「嘘は良くないと思うぞ、大河」

「ふ、嘘じゃないぜ」

「ふ〜ん」

 楽しそうに大河の顔を覗き込む未亜から顔を背けるが、未亜はすぐに回り込むと、じーっと見詰める。
 何度背けても、同じように回り込んでくる未亜に、大河は照れ隠しからか、やや口早に言葉を紡ぐ。

「そ、それにしても、普段からは想像も出来ないぐらいに繊細だな、あいつも。
 破滅が来る日が近いという話になった途端、口数が減ってたからな」

「ふ〜ん」

 大河の照れ隠しに気付いている未亜は、気のない返事を返しつつ、じっと顔を覗き込む。
 何となく、未亜は楽しくなかった。
 こうして照れ隠しに言う大河。
 その照れ隠しの理由が、リリィに対することなのだ。
 少なくとも、未亜にとってみればまったく楽しいことではないだろう。
 と、その時、大河の言葉を否定する声が聞こえてくる。

「それは違うわよ、大河くん」

 突如聞こえてきたその声に、大河はそちらへと顔を向ける。
 もちろん、突然現れた声に未亜もそちらの方を向いた。
 そこには、言うかどうか迷っているような感じでやや俯きがちなベリオが居た。
 ベリオは少し辛そうな顔をしつつも、ゆっくりと口を開く。

「……リリィは、本当の破滅にあった事があるのよ」

 それは、意外な言葉だった。
 まさか、破滅がすでに発生しているとは大河自身も思っていなかったらしい。

「どういう事だ?」

「昔、リリィがこの学園に来たばかりの頃に、聞いた事があるのよ。
 彼女の世界では、破滅が猛威を振るっていて、彼女の住んでいた村も、本当の両親も、全て破滅の手によって消えたって」

 ベリオの次げた真相に、大河と未亜はただ言葉を失う。
 それは、あまりに重過ぎる。
 2人とも、ただ黙ってベリオの話に耳を傾ける。
 ベリオも、そんな2人へとゆっくりと話をしていく。

「だから、彼女は私たちの中で唯一、その辺りにいたモンスターに破滅が取り付いただけではない。
 本当の破滅軍団を目撃した、言うならば、体験者なの。
 リリィの常日頃の救世主にかける意気込みや憧れとかは、全部そこから来てるのよ」

「でもよ、それは少しおかしくないか?
 確か、前回の破滅は1000年前に起こったんじゃなかったのか?
 だとしたら、何故、それをリリィが経験をしているんだ。寿命が物凄く長いとかなのか?」

「違うわ。1000年前というそれは、この世界、根の世界アヴァターでの話。
 時間流というものは、次元断層ごとに違っているらしいんです。だから……」

「お、おい、どういう事かわかるか、アダム?」

 まったく話についていけていない大河がアダムに訊ねる。

「川の流れを思い浮かべてみるといい。
 川っていうのは、世界中に無数にあるし流れの速さもそれぞれ違うだろ?
 これは、各々の世界事の時間にも言えるらしい」

「その通りです、アダム君。
 リリィのいた世界の時間の流れは、ここよりもずっと遅かったそうです。
 この2つの世界の時間流の速さの違うんです。
 よって、次元跳躍の際にはよほど力の強い召喚師でないと、時間跳躍が起こってしまうらしいんです」

「だとしたら、俺たちも元の世界に戻る時に」

「はい、かなり可能性が高いと思います。何しろ、大河君たちの場合は…」

「自分でいうのもなんだけど、どうやって召喚されたのかが不明だからな。
 まぁ、それは良いとしてだ。
 今のベリオの言い草だと、まるでリリィが別の何かに召喚されたようだぞ?」

「ええ。アダム君の言うとおり、リリィは学園長が破滅に襲われて被災した世界から救って来たんです」

「学園長も召喚師なのか?」

「えっ、知らなかったんですか? かなり強力な魔導師らしいですよ。
 何せ、学園長も別の世界の出身らしいの。
 だけれど、独力で色々な世界に跳んで、破滅の脅威の元を調べ上げた末に、このアヴァターへと跳んで来たそうですから」
 
 次元跳躍は、既に【魔法】の領域。
 信じられない事に、ミュリエルはそれを自身の強大な魔力のみで行使出来るらしい。
 彼の宝石でさえ、宝石剣を触媒にしなければ並行世界へ移動出来ないというのに。
 もっとも、あっちは移動範囲に制限がない分、移動関係では宝石の方が性能が上だろう。
 
「そりゃはすげぇな。でもよ、そんなに優秀な魔導師なら、自分で救世主にもなれたんじゃねぇか?」

 確かに、それほどの力があるのなら救世主になれる可能性が高い。
 いや、逆に優秀であるが故になれなかったのかもしれない。

「召喚器が呼べたら、そうしていたんじゃないでしょうか」

「へ? つまり、学園長は」

「ええ。アヴァターに来て、すぐに召喚器の試験を受けたそうですが」

「落ちたんですか?」

 未亜の言葉に、ベリオは頷きつつも、少し複雑な顔をする。
 そうして、しばらくしてベリオは話を続け始めた。

「落ちたといえば落ちたのですが、元々持っていた魔力が強かったのが災いしたのか。
 召喚器を呼び出す前に敵を倒してしまって。
 それで、どうしても成功しなかったらしいんです」

 予想通りと言えば予想通りなのだが――― 随分と滅茶苦茶な不合格の理由だ。
 強すぎるから不合格と言われているようなもの。
 こればかりは、幾らなんでも釈然としないものを感じたに違いない。

「不合格の理由としては、流石に理不尽なところがあるな」

「ええ。召喚器は、自分の限界を超えるために救世主が呼び出す最後の力が形を取ったものと言われてます」

「強力すぎるが故に、自身が窮地に陥る前に状況を打破してしまうという事か」

 なんと言うかまぁ、滅茶苦茶釈然としない不合格内容だ。
 ミュリエル本人もさぞ、納得できないことだろう。
 と、ベリオは話を変えるように少し明るい口調で言う。

「でも、確かに召喚器は呼び出せなかったですけど。
 その実力と破滅に対する膨大な知識を買われて、この学園の学園長になったんです」

「まぁ、人に歴史あり、ってとこか」

 大河が締め括るように言った言葉にベリオと未亜が頷く。
 これで、この話はお終いとしようとしたその時、未亜がぽつりと呟く。

「リリィさんって、強いですよね」

 何となく解散という雰囲気の中、それぞれの部屋へと歩き出そうとしていた足を止め、大河とベリオは未亜を見る。

「だって、そんな経験を一度したにも関わらず、救世主になって、破滅と戦おうとするなんて」

「そうですね。リリィの、苦しむ人々を助けたいと思うその気持ちは、とても立派だと思うわ。
 破滅の本当の恐ろしさを知り、それでも破滅に対して本気で立ち向かえる人なんて、どれぐらいいることか」

 本当にそうなのだろうか。
 確かに、未亜やベリオの言葉は正しい側面を持っている。
 それは間違いない―――― 故に、彼女の今のあり方は【強い】とは違う。

「強い、か」

 確かに、強いと言えば強いかもしれない。
 だが、リリィの原動力の半分以上は【強迫概念】に突き動かされているような気がしてならない。
 自身の身を省みずに元凶を滅ぼそうなど、決して抱いていい想いではない。

「ま、いるじゃないか。少なくとも5人は」

 とにかく、今は目の前のことだ。
 そう決意し、大河は言葉を紡ぐ。
 その言葉に驚くベリオと未亜に大河はその名を上げる。

「ベリオ、リコ、カエデ、未亜、そして、アダム。少なくとも、この5人はそうだろう」

「大河くん…」

「違うよ、お兄ちゃん。お兄ちゃん自身も入れて、6人だよ」

「そうですね、大河くんが抜けてましたね」

「おいおい、俺が強いなんて当たり前だろ」

 ニヤリと笑う大河。
 そう、大河はムードメーカーだ。
 大河は物事を深く考えない。
 常に単純に考える。
 だが、その単純な考えが時としてポジティブな考えになることもある。
 この辺が、大河の強さだろう。

「だったら、私だってそうだよ、お兄ちゃん」

「…まぁ、好きにしろ」

 そう言うと、大河は未亜の頭を照れ隠しがグシャグシャと掻き回す。
 大河の手の動きに合わせて揺れる頭に未亜が目を回しかけて抗議の声を上げる。
 だが、大河は止めるつもりはないのか、更に激しく未亜の頭を回すように動かす。
 おそらく、大河なりの照れ隠しなのだろう。
 そんな2人をベリオがただ笑みを浮かべて穏やかに見詰めている。
 ただ、その見詰め方に僅かばかりの切望が含まれていた。
 と、向こう側からカエデが走って来る。

「ああ、皆ここにいたでござるか。学園長先生が我々をお呼びでござる」

「学園長が?」

「なんでだよ?」

 アダムに続き大河が上げた声に、カエデはただ軽く頭を振る。

「さて、理由までは存じ上げてませぬが、兎に角、早急に学園長室に、との事でござる」

「何でだろうな、嫌な予感がしてきた」

「や、止めてよ。お兄ちゃんの嫌な予感は当たるんだから…」

「どちらにしても、当たってると思うぞ。オレも嫌な予感しかしないしな」

「ア、アダムさんまで!?」
 
 どうやら、厄介事はまたまた向こうからやって来たようだ。
 こう何でも変なイベントが発生すると、もはや呪いの類なのではないだろうか。
 愚痴ったところで、現状が変わるわけでもないのだが。

「リコは?」

「それが、リコ殿だけは、何処をどう探しても見つからないのでござる。」

 自室待機のはずなのに見つからないリコ。
 アダムはそこに、何か不吉なものを感じてしまう。
 だが、リコを探すのは後回しでもいいだろう。
 学園長が早急と言っているのだから、それなりの事があるに違いない。

「兎に角、早急と言うのなら、急いで行った方が良いんじゃねぇか?
 ひょっとしたら、何かあったのかもしれないしな」

「じゃ、急いだ方がいいね、お兄ちゃん」

「んじゃ、行くか!」

 大河はそう返事をすると、カエデ、ベリオと共に学園長室へと向かうのだった。




あとがき

やばい、全然話が進まない。
こんな調子で大丈夫なのでしょうか。