DUEL SAVIOR INFINITE Scwert4-2 
 成長――― 生物ならば、ある意味では馴染み深い言葉。
 始まりがあるものは、必ず一定期間の成長を行う。
 それは身体的、精神的な意味も含めてだ。
 そして、それは力においても同様の意味を持つ。
 たとえば、当真 大河の場合――― その成長力は他の救世主候補より格段に上を行っていたと言える。

















DUEL SAVIOR INFINITE

Schwert4-2
初戦は全力で 〜Red Seriousness〜
















「しっかし――― 今日の相手はリコか」

 実際問題、果たしてどれだけの強さなのだろうか。
 彼女の本気とは、どれだけなのだろうか。
 こればかりは体験してみないことには何とも言えない。
 たとえ外側から見ていたとしても、実際に体験するのとでは訳が違うのだから。

「……よろしく」

 突然聞こえた声に僅かに驚きつつ、自分の横を見る。
 いつの間になのだろうか、そこにはリコがいた。
 特に外見からは変化は見られない。
 いつも通り、無表情だ――― だが、なぜだろうか。
 大河には、なぜかリコが真剣な顔をしているような気がした。

「一体、いつの間に?」

「……たった今です……大河さんとは初めてですね」

「そうだな――― へっ、手加減しないぜ」

「……そう願います……あなたが…かどうか……」

「ん?」

 スゥッとリコは目を細めた。
 おそらく、今までに見たこともないほど真剣なリコの表情。

「……試させてもらいます」

「何をだよ?」

 ほんの微かに聞こえた言葉に大河はリコに訊ねるが、リコはそれに答えずさっさと闘技場の中へ歩いて行ってしまった。
 何だったのだろうか――― だが、考えたところで意味はない。
 結局、その答えを知っているのはリコなのだから。

「初戦以外は手加減してる、か」

 ふと、先ほどのアダム達との会話が脳裏を過ぎる。
 そして、先ほどのリコの態度。
 おそらく、初戦以外は手加減しているという推測はほぼ間違いなく当たっている。

「とにかく、勝たせてもらうぜ、リコ」

 だが、たとえそうだとしても大河には関係のない話だ。
 戦って勝つ――― それだけなのだ。


















◇ ◆ ◇


















「はぁぁ〜〜いぃ。各自、自分の対戦相手の確認はすみましたね?」

 相変わらず、間延びした声が辺りに響き渡る。
 もっとも、その事を誰も問い詰めない。
 慣れとは、まったくもって恐ろしいものである。

「なぁ、アダム」

「何だ?」

「とりあえず、対戦相手を連絡掲示板に張り紙で張り付けた事に関してはつっこみを入れた方がいいか?」

「止めておけ。ノラリクラリされて追及を躱わされるのがオチだ」

「デスヨネ〜…」

 こういう事に関しては、おそらく救世主候補の全員がダリアに勝つ事は出来ない。
 いや、もしかしたらアダムなら辛うじて勝利出来るかもしれない。
 あくまで、辛うじてという範疇だが。

「それじゃぁぁ、第一試合いきまぁすぅ。
 まずはぁ、大河くんとリコちゃんねぇ〜、2人共、前に出てぇん」

 ダリアの言葉に従い、お互いが闘技場の中央に移動する。
 大河とリコは、お互いに向かい合うように指定の位置に付いた。

「んじゃま、始めるとすっか」

「……ええ。大河さん、手加減なしで来てください」

 何かを量ろうとでもいうのか。
 いや――― たとえそうだとしても、大河自身のやるべき事は変わらない。
 今やるべき事は1つ――― リコ・リスを全力で打倒する事。

「言われなくても、手加減するつもりはないぜ」

「だったら、良いです。私も手加減はしませんから………この試合だけは……」

「へ? それって……」

 大河が慌ててその言葉の意味を問いただそうとするよりも早く、

「それじゃ、はじめぇ〜ん」

 ダリアの試合開始を告げる合図が降ろされた。
 それに反応して、反射的に大河は手を掲げた。
 問答は後でも出来る、今やるべき事ではない。
 今やることは決まっているのだから。

「来い、トレイター!」

 大河の呼びかけに答え、トレイターが大河の手の中に納まる。
 対するリコは、その手に大きな書物を抱き、ページを捲る。

「いくぜ、リコ!」

 そう叫ぶと大河はリコに向かって走り出した。
 根本的に接近戦の戦いしか持たない大河は、どうしてもリコに接近する必要があるのだ。
 それを理解しているが故に、リコはすぐに移動を開始した。
 瞬間、リコの姿が消える。

「なっ!?」

 まさかいきなり消えるとは思わなかったのだろう。
 意表をついた事に、思わず大河は止まってしまう。
 だが、次の瞬間にはリコは元いた位置から3mほど離れた場所に出現した。

―――― ネクロノミコン」

 ポツリとリコが呟くと、彼女の後方頭上に赤い本が出現した。
 その本に大量の魔力が注ぎ込まれる。

「開いて」

 瞬間、赤い本が開かれた。
 その本の中央から、目が出現した。
 ギョロ、と周りを見回した後、視線を大河に合わせる。

「撃って」

 赤い本から歪曲したビームが発射された。
 もちろん、この動きは1度大河も見ているので、対処は出来る。
 いかに歪曲していようとも、根本的にビームは直線。
 ならば、避けるのは容易。
 すかさず、大河はその場から右へ飛び退いた。
 大河の立っていた場所を、歪曲したビームが走る。

「今度は、こっちから行くぜ!」

 大河は大地を蹴った。
 早く、速く、疾く。
 あっという間に、リコとの間合いを0にした。

「おらぁぁ!!」

 剣状態のトレイターを袈裟に振るう。
 そうだとも、小細工など必要ない。
 ただ、基本的な攻撃で、基本的な一撃で敵を粉砕する。
 それこそが、大河が最近になって確立し始めた戦闘スタイル。
 基本こそが奥義。
 だが、その大河の一撃はリコには当たらない。

「……ばいばい」

 ポツリと呟いた瞬間、リコは再びその場から消えた。
 トレイターが、虚しく空を切る。

「ちっ!」

 舌打ちしながら、大河は迎撃体勢に入る。
 これまでの戦闘から分かるのは、リコはそれほど長距離を瞬間移動は出来ないと言うこと。
 おそらく、移動距離は長くて3m前後だろう。
 ならば、出現した瞬間に叩く。
 瞬間、リコは大河の右手後方に出現した。

「っら!!」

 トレイターを槍に変化させ、思いっきりリコに向かって突き出す。
 それを、リコは反射的に亀の甲羅のようなもので受け止めた。
 なんとなく、その亀のようなものが涙を流しているような気がするが気のせいだろう。
 リコは、亀の甲羅でトレイターの切っ先を反らすと同時に次の行動を起こす。

「ぽよりん、召喚」

 リコの言葉に反応するように空中に小さな魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣から青いスライム出現した。

「おいっ!?」

 始めてみるそれに大河は思いっきり拙いという顔になる。
 これで、実質的に大河は2人を相手にしなければならない事になった。

「行って……」

 リコの命令に従い、ぽよりんは大河に襲い掛かった。
 突進してきたぽよりんを大河はトレイターで受け止める。

「ぐっ!」

 重い、凄まじく重い。
 今のぽよりんの攻撃に押し切られなかった自分に絶賛してやりたい大河。
 だが、今はそれどころではない。

「くっそ!! なんて重いんだよ!!」

 思わず目の前のスライムに文句を言ってやる。
 少なくとも、軟体であるスライムからは想像も出来ないほど、その一撃は重いのだ。
 倒せない事はないだろうが、間違いなくリコが妨害してくるに違いない。
 そうなると―――― 流石に現状では大河自身の不利は動かない。

「ぽよりん、食べて」

 その命令に従い、ぽよりんの体が膨張する。
 瞬間、まるで口と思わんぐらいに体を大きくし大河に迫る。

「いっ!!??」

 まさか、いきなりこんな展開になるとは思わなかった。
 驚愕する大河をよそに、ぽよりんは大河を食わんと迫る。

「冗談じゃねぇ!」

 すぐさま、大河は後方へ飛び退いた。
 大河のいた位置をぽよりんが包み込むと同時に、ぽよりんのサイズが元に戻る。
 スライムに食われましたなど、人生の汚点もいいところだ。

「なめんなぁ!」

 叫びながら、大河はぽよりんを切り裂いた。
 その一撃によって、ぽよりんは消滅する。

―――― オスクルム」

 不意に聞こえてきた声。
 すぐさま、大河はリコのいた方へと目を向けた。
 そこには、体が青白い光に包まれたリコの姿があった。
 
「インフェイム――――

 瞬間、リコは体を回転させながら己の体を弾丸に変えて大河に突進した。
 その速度は、あまりにも速い。
 避ける―――― 否、避けるのは間に合わない。
 掲示された選択肢はただ1つ――― すなわち、受け止める。

「う、ぐぅ……!」

 顔をしかめながら、大河は何とかリコの一撃を受け止めた。
 重い――― なんという重さだ。
 その外見からは、想像も出来ないほどの一撃。
 だが、だからと言って負けてなどやらない。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 大河はリコを弾き飛ばした。
 まさか、弾き飛ばされるとは思っていなかったのか、少しだけ驚いたような表情を作るリコ。
 だが、それも一瞬だけだった。
 既に表情をいつもの無表情に戻している。
 もしかしたら、次の手を考えているのかもしれない。
 だが――― 大河にとって遠距離とは射程距離外。
 先ほども言ったが、大河は攻撃するためにはどうしても接近しなければならない。
 故に、リコが遠距離からゴリ押しに出ればそれだけで大河の負け。
 それを回避するためにも、急いで接近しなければならない。
 リコの方が精神的にも優位に立っているのだから―――

「逃がさ……ッ!?」

 一歩を踏み出そうとした瞬間、大河の全身を悪寒が駆け抜けた。
 虫の知らせ――― 先天的に持ち合わせていた未来予知にも匹敵する第六感。
 大河がその場から飛び退いた直後に、地面に描かれていた魔法陣から剣が飛び出す。
 どうやら設置型トラップのようだ。

「くっ!」

 今の攻撃で勢いが殺された。
 これでは追撃が間に合わない。
 勢いに乗れない以上――― このままでは敗北は必至だ。
 この試合の支配しているのは間違いなくリコなのだから。

(何か――― 試合の流れを掴む切っ掛けが必要だな)

 だが――― その切っ掛けは奇策を用いなければやってこないような気がした。


















◇ ◆ ◇


















(やりますね――――― 大河さん)

 強い、とリコは思う。
 とんでもない強さだ―――― まさしく、驚嘆に値する。
 いや――― 何よりも驚嘆する事は、今この瞬間にも成長し続けているという事に他ならない。
 他の救世主候補を圧倒的に凌駕する――― まさしく英雄になり得るほどの潜在能力。
 今はまだ及ばないが、最終的にはリリィは元より■■■■にすら上回る実力を獲得する事だろう。

(でも、勝つのは……私です)

 確かに大河は強い。
 戦争も、殺し合いもない、平和な国からやってきた人間だとは思えない。
 戦いの申し子―――― その言葉が最も適している表現と言えよう。
 次元違いの潜在能力は、今この瞬間も大河を成長させ続けている。
 最終的にはどうなるか分からないが、まだ自分には及ばない。
 つまり、この試験の時点では大河は絶対に自分には勝てないという事。
 それは、戦い方の相性もあった。
 当真 大河はリコ・リスとは致命的とはいかないまでも相性は悪い。

――――――

 リコはすぐに次の魔法を使うべく、術式を構築し始めた。
 だが、そこでリコの目に不思議なものが映った。
 大河がトレイターを斧の形態にしたのだ。
 そして、まったく射程距離外なのに大河はトレイターを振り上げている。

(いったい……?)

 ふとリコがそう思った瞬間、

「うっらぁぁぁぁぁあ!!!!」

 大声を上げて大河はトレイターを地面に振り下ろした。
 瞬間、轟音を立ててとりえターは地面を砕き、土を粉砕し、煙を巻き上げる。

(目晦まし!!)

 それを認識した瞬間、煙の中から大河が突っ込んできた。
 トレイターをデフォルトの剣にし、振り上げた。

「はぁぁ!!」

 大声を上げながら大河は剣を振り下ろす。
 テレポートするにしても、別の術式を組んでいる最中なので、テレポートの術式を組む暇がない。
 避けれない―――― ならば、受け止めるしかないのだ。
 リコの決断は早かった。
 大河の攻撃を、リコはギリギリで召喚していた甲羅で受け止める。
 リコの体全体が、少しだけ地面に陥没する。

「くっ!」

 ここにきて、リコは初めて苦悶の声を上げた。
 なんと重い一撃なのだろうか。
 少なくとも、今の一撃で倒れなかったのはリコにしてみれば奇跡だ。
 根本的な体重差では、リコは大河の足元にも及ばない。
 体重差故に一撃の重さも変わってくる。
 ましてや、今回は走った際に発生した運動エネルギーも上乗せされているのだ。
 この一撃が、重くないはずがない。
 もっとも、魔法や魔術を使っているリコにとってみれば、そう言った差はないに等しいものだが。

「フッ……!」

「うおっ!?」

 リコは甲羅を瞬時に横へ動かし、トレイターを逸らす。
 そして、すぐさま構築した術式でテレポートし、その場を離脱する。
 最大移動距離は3m。
 だが、連続的に使用することによってある程度の距離を稼ぐことが出来る。
 根本的にリコは中距離から遠距離を得意とする。
 確かにリコはオールラウンダーだが、それでも中距離、あるいは遠距離の方が得意なのは間違いない。
 だが、それでも唯では後退しない。
 後退する最中に、リコは特殊な高速術式を刻み込んだページの切れ端をばら撒く。

「逃がすかよ!」

 それに気付かず、大河は一気にリコの後を追った。
 このまま一気に決めるつもりなのだろう。
 この時点で、大河はミスを犯している。
 そう、気付くべきだったのだ。
 今まで蛇行でテレポートしながら移動していたリコが、なぜ直線にしかテレポートしなかったのかを。
 瞬間、大河は拘束された。
 特殊な術式が刻み込まれたページの切れ端の術式が起動したのだ。
 大河は、展開した巨大な重力展開型拘束魔法によって身動きが取れない。

「なっ!? しまった!!」

 気付いた時には既に遅い。
 発生した強力な重力場によって、大河は動くことは叶わない。
 錬度が高いのか、通常よりも強力で持続時間も長いようだ。
 そして、リコはテレポートを何度も駆使し、約20mほど離れた場所に出現した。
 同時に、召喚していた甲羅を返還する。

「その拘束魔法は、並みのことでは脱出できませんよ」

 だが油断は出来ない。
 相手は戦いの申し子だ――― 確かに強度があるとはいえ、破ってしまう可能性もある。
 たとえその可能性が、限りなく0に近いのだとしても。

「おい!! なんかずるいぞ!!」

「ずるくありません……」

 戦いにおいて、敵とは常に未知を含んでいるもの。
 故に、己の力や技術を全て使用して相手を打倒するのは当然のこと。
 大河もその辺りは理解している事だろう。
 ずるいと叫んだのは、精神的な圧力を掛けるためだ。
 それにより、動揺したところを一気に拘束を引き千切って接近するつもりだったのだろう。
 だが、その手には乗らない。
 すぐさまリコは完成目前だった術式を構築していく。
 少なくとも、彼女が持つ攻撃手段の中において最高のものを。

「これで終わりです、大河さん」

 そう言って、リコは何処からともなく岩の欠片を取り出した。


















◇ ◆ ◇


















 何の変哲もない岩の欠片であった。
 いや――― この試合の最中に岩の欠片を取り出す時点で普通ではないという証拠。
 その証拠に、大河の第六感が全力で警笛を鳴らし続けている。
 だが、拘束されている今の状態では回避する手段はない。

――――― 影よ、大地を覆い尽くせ」

 リコが持っていた岩の欠片は消えた。
 同時に、リコの遥か後方の頭上に巨大な魔法陣が展開する。
 そうして、リコは最後の魔法発動のトリガーとなる名称を叫んだ。

「テトラグラビトン――――――!!」

 魔法陣から巨大な隕石が姿を出現。
 その隕石は、一直線に大河の方へ落下を開始する。

「んなっ!? おいリコ、そりゃないだろ!!」

 大河が慌てるのも無理はない。
 この世界では魔法という神秘がある、炎が発生したり氷が発生したり。
 だが、いくらなんでも巨大隕石が自分に向かって降ってくるとは予想出来る筈がない。
 幸い殺傷設定ではないので死ぬ事はないだろうが、それでも当たり所が悪ければ死ぬのは確定だ。

「かなり疲れましたが―――― 勝負は決しましたね。
 このテトラグラビトンには、私の魔力の大半を注ぎ込みました。私の勝ちです」

 リコの宣言――― それは確信的な言葉。
 実際、この状況はまさしく破滅的で絶望的。
 展開されている重力展開型拘束魔法により大河は動く事が出来ない。
 テトラグラビトンの直撃は、本来は決して避けられない絶対的な真理。
 だが、諦めることなど、どうして出来る。
 仮に勝率が僅か1%だと言うのなら、その1%に賭ける。
 幸か不幸か、大河はそういう人種の人間だった。
 ほんの僅かでも可能性があるのなら、決して諦めない。
 どれだけ勝率が高くても、たとえ勝率が99%だとしても、諦めた瞬間に勝率は0%に成り下がる。
 だが、逆に決して諦めなければ1%でも勝てる可能性はあるのだ。

(トレイター!! 力を貸せ!!)

 故に、大河はそれを選択した。
 現状を打破するには、単独では不可能だ。
 ならば、召喚器の力をさらに引き出せば、あるいは可能なのかもしれない。
 微かな可能性に賭ける驚嘆するほどの精神力。
 トレイターは大河の問いかけに答えた。
 瞬時に、周囲に存在するマナを片っ端から暴食し、内部で力へと還元し正方向へと無限加速させる。

「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 凄まじい雄叫びを上げる大河。
 トレイターを青白い光に包まれる。

「!?」

 リコが驚愕の表情を作り上げるが気にしてはいられない。
 全身を駆け抜ける確かな力、感触。
 大河は拘束された体を力任せに引き千切った。


















◇ ◆ ◇


















「そんなっ!?」

 これには驚くリコ。
 まさか、そんな力任せな方法で拘束魔法から脱出するとは思わなかった。
 いや、実際に可能性はあったとはいえ本当にやるとは思いもよらなかった。
 重力展開型拘束魔法ハルダマーは、リコが持つ拘束魔法の中でもっとも強力である。
 いかに救世主候補とはいえ、あの重力展開の拘束魔法から逃れることは出来ない。
 それはリリィとて例外ではないだろう。
 何しろ、かなり複雑な術式で構築されているのだから。
 リリィがハルダマーの術式を解析し、解呪するにしても、最低でも10分以上は必要である。
 だが、それを大河は力技で引き千切った。
 史上初の男性救世主候補、当真 大河。
 彼は、とことん非常識な人物だとリコは認識した。
 そんなリコに構う事なく大河はトレイターを構えた。
 それが意味することは、

(迎撃するつもりですか!?)

 信じられないことだ。
 少なくとも、正気の沙汰ではない。
 確かにトレイターは召喚器だ。
 持ち主に絶大な力を与えるだろう。
 だが、それがどうしたと言うのだ。
 いかにトレイターが召喚器であろうとも、テトラグラビトンを迎撃しきるとは思えない。
 何しろ、テトラグラビトンは広域拠点殲滅魔法なのだ。
 その威力は絶大である。

「止めてください、大河さん!!」

 リコらしからぬ大声を上げる。
 ならば、テトラグラビトンを強制凍結すればいいと言う意見もあるかもしれないが、それは出来ない。
 テトラグラビトンは、1度発動すると着弾するまで、決して強制凍結できないのだ。
 ある種の諸刃の剣の魔法である。


















◇ ◆ ◇


















 だが、リコの叫び声を聞きながらも、大河は自分自身の心の中が異常なまでに澄んでいることを知覚していた。
 そうだとも、出来る―――― 根拠などない。
 大河は、ただ自分がこの広域拠点殲滅魔法を迎撃しきれると確信していた。
 根拠も、それによる自信も、証拠も何もない――― ただ、出来るとわかるのだ。
 人が大地を踏みしめて歩くことが出来るのに、特に理由などない。
 ただ【出来る】のだから、出来るのだ。
 それと同じ事。

「いくぜ、トレイター!」

 大河の呼びかけに答えるように、トレイターの光が増す。
 大河は己の体を軸にして、何回も体を回転させた。
 そのまま、テトラグラビトンに向かって突っ込む。

「でぇぇぇ!!」

 目の前には巨大な隕石。
 だが、出来る。
 それは、大河にとっては確かな確信だった。

「やぁぁぁぁぁ!!!!!」

 大河は躊躇なく、テトラグラビトンにトレイターを横から叩き付けた。
 瞬間、大河の体を凄まじい重圧が襲い掛かる。
 強力な魔力と隕石の質量によって生み出された力場が、無遠慮に大河の体を蹂躙していく。
 全身が、凄まじい勢いで負傷していくのが分かる。
 全身の筋肉は断裂しそうなほど悲鳴をあげ、骨は罅が入る。
 襲い掛かる激痛―――― いや、激痛なんて生ぬるい。
 それほどの痛み。
 無謀―――― 確かに、その言葉は正しい。
 広域拠点殲滅魔法に対して、召喚器とは言え剣1つで挑むなど正気の沙汰ではない。
 だが、それでも大河はこの状況においても、己はこの隕石を迎撃できると確信していた。

「トレイター!! 根性を見せろぉぉ!!!」

 大河の叫びに答えるようにさらにトレイターを包み込む光が増す。
 大河の叫びに反応するかのように、トレイターは己の持てる出力を全開にした。
 その光は、まさしく太陽の如く。
 その瞬間―――― テトラグラビトンに亀裂が走った。


















◇ ◆ ◇


















 信じられない光景がリコの目に飛び込んできた。
 微かにだが、テトラグラビトンに亀裂が入ったのだ。

「そんなっ!!!???」

 信じられないことだ。
 己の魔力の大半を消費して使ったテトラグラビトン。
 全力、とはいかないまでも少なくとも救世主候補の全員を倒せるだけの威力があるのは間違いない。
 それを、大河はたった1人で打ち破ろうとしているのだ。
 そうこうして間に、テトラグラビトンに入った亀裂はどんどん広がっていく。
 そして、

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 それは、まさしく咆哮。
 己の存在を世界へと知らしめる絶対的な鼓動。
 大河はテトラグラビトンを切り裂いた。
 切り裂かれたテトラグラビトンのエネルギーが行き場を失い、空中へと霧散し始める。

(こんなことが!?)

 まさか、本当にテトラグラビトンを切り裂くとは。
 自分の予想の斜め上を行く人物だと思っていたものの、まさかこれほどとは、とリコは考える。
 戦いの申し子―――― それは、何と的を射た表現なのだろうか。
 呆然としてしまった――― 致命的な隙。
 瞬間、あっという間に大河はリコとの間合いを0にして、リコの首筋にトレイターを押し当てた。

















◇ ◆ ◇


















「はぁ、はぁ、はぁ……お、おい、大丈夫、か?」

「……あ……はい」

 呆然とした感じでリコが答える。
 どうやら、未だに起こったことをちゃんと認識していないようだ。

「俺の勝ち―――― で、いいよな?」

「………負け、た?」

 大河の言葉が聞こえていないのか、リコはただ茫然と信じられないような目で大河を見上げる。
 少なくとも、大河に勝つだけの自信がリコにはあったということだろうか。

「おい、マジで大丈夫か? もしかして、何処か打ったか?」

「いえ、別に何処も打ってません……大丈夫です」

「そうか、ならいいんだ」

 ホッとした感じで大河が呟く。
 何だかんだ言って、大河はどうやらリコのことを心配していた。
 この辺は、大河の面倒見の良さが見えてくる。

「ちょっとお兄ちゃん、いつまでそうしてるのよ!」

「師匠〜、拙者の目の前で、それはあんまりでござるよ〜」

「これは、大河くんの評価を変えないといけないかもしれませんね」

「なっ、そ、そりゃ誤解だ!」

 大河慌てつつ、リコを立たせる。
 とりあえず、他のメンバーの文句にタジタジになる大河。
 まぁ、気にすることでもないだろう。
 未だに茫然となっているリコ。
 心配そうに見詰めつつ、大河は必死で言い訳をする。
 言い訳をするのだが、未亜たちの顔には笑みが浮んでおり、自分がからかわれている事に気付き憮然とした顔付きになる。
 そこへ、リリィがやってきて、腕を組みながら大河を見下ろす。

「本当に情けないわね。
 リコの召喚能力は確かに得難い能力だけれど、戦闘評価では今のクラスでは下から2番目なのよ。
 それなのに、接近戦に持ち込みながらも、あんなに苦戦するなんて。
 それどころか、接近戦に持ち込むまでにも、かなりてこずっちゃって。本当に、情けない」

 明らかに馬鹿にしたような声だった。
 そんなリリィの声が聞こえているのかいないのか、大河は己の両手を静かに見つめた。
 彼の目には、未だに痙攣を起こしている両手があった。

(2番目? どこがだよ……)

 少なくとも、リリィの言葉を信じることは大河には出来ない。
 魔法の威力、それに戦闘に関する戦術性、どれも一級品だ。
 それが、下から2番目なんて信じられるはずがない。

「この調子だと、今日は勝ったけれど、いずれ兄妹で最下位争いになるんじゃない? ふふふ」

 そんなリリィを横目で睨みつつ、未亜が心配そうに大河の傍に寄る。

「お兄ちゃん、どうしたの? 何処か体調でも悪いの?
 何を拾って食べたの? 駄目じゃない、拾い食いなんかしたら……」

「おいこら、お前は、俺を何だと思ってるんだよ」

 滅茶苦茶失礼なことを言う未亜に大河は軽く叩いた。
 そう言いながら、大河は己の空いている方の手を見た。
 やはり、手は震えていた。

「はっきり言うけどな、リコが下から2番目なんて考えられないぜ。
 少なくともリコは強かった、勝てたのが不思議なくらいにな」

 大河の言葉に、リリィ以外の三人が驚いた声を上げる。
 そんな中、ダリアによる大河の勝利宣言がなされ、大河とリコの試合は終了したのだった。
 もっとも、大河はしばらく動くことが出来そうになかったが。




あとがき

仕事で時間がないわ、もう踏んだり蹴ったりです。
そう言えば、モンハンP3rdの情報が出てましたね。
もちろん、私は買うつもりです。