DUEL SAVIOR INFINITE Scwert3-7
戦争というのは不特定大多数で行われる政治的行為。
古代より人類が何度も行ってきた営みの側面の1つであり、もっとも暴力的な紛争解決手段のある
。
戦争は1人では行われない。
常に仲間と言う不特定大多数の人間たちが行っている。
故に、最前線で必要になって来るのが仲間との連携だ。
たとえどんなに素晴らしい作戦が提案されたとしても、それを実行できるだけの部隊の連携がなければ意味がない。
特に、このアヴァターという世界は時代が現代世界で言うところの中世レベルでしかない。
結果的に、現代社会の近代戦争理論以上に仲間との連携が必要となって来る。
1+1=2が、場合によっては4にも5にもなるのがこのアヴァターの戦争だ。
現代世界にはない魔法という概念がある以上、現代世界の近代戦争理論の一部は通用しないと言っていいだろう。
今から行われる訓練は、そういった背景があったりする。
DUEL SAVIOR INFINITE
Schwert3-7
連携試験 〜The Single Blow〜
「師匠〜、早くするでござるよ〜」
「わりぃわりぃ、今行くぜ」
闘技場にカエデのノンビリとした声が響き渡る。
それに答えるように大河の声が響き渡った。
現場は闘技場。
もちろん、救世主候補たちが闘技場でする事など、1つだけだ。
「これは、どういう事なのかしらねん?」
「早く早く〜」
今回は席次を決めるための試験ではない。
ただの実技の授業であるが、ただの授業というわけではない。
戦争となると、敵と1対1で戦う事など稀だ。
それこそ、1対多なんていう状況もありえる。
それらを想定した上での、2対2のタッグマッチである。
救世主候補の人数も順調に増え、今回は互いの戦術を理解しての連携の向上が目的である。
特に、戦闘スタイルが前衛型と後衛型とのタッグが望ましいとされている。
攻撃とサポートに分れる事が出来るからだ。
とはいえ、まだ誰と誰が組むかは決定していない。
決定していないのだが、カエデが先駆けて闘技場に行ってしまったのだ。
「カエデさん、私たちの話を聞いてらしたかしら?」
「む?」
「その、どういうペアを組むかは、皆で話し合ってって……」
「他の組み合わせに関しては、関知しないと申したはず。
自由に決めて結構でござるよ」
「だ、だからって……お兄ちゃんと組むなんて」
本音で自分が大河と組みたいという未亜の心情は完全にバレバレである。
おそらく気付かないのは大河だけだろう。
朴念仁とは、よく言ったものである。
「おお、そういう事でござったか」
「ござったも何も……そうなんですが」
カエデの嬉しそうな声に未亜は疲れたように返した。
おそらくと云うか、十中八九カエデは未亜の台詞の意味を理解していない。
天然の相手は、非常に疲れるものである。
「しかし、拙者は師匠と一心同体ゆえ離れる事が不可能なのでござるよ。
誠に申し訳ないでござるが」
カエデの言葉に他意はない。
ただ純粋に自分の本音を言ったに過ぎないのだが、聞いた者にとってはただ事ではない。
瞬間、未亜とベリオは凄まじい視線を大河に投げかけた。
その目は間違いなく【コロス目】であった。
大河が震えている理由の99%は全身を襲う悪寒だ。
その悪寒が、おおよそ北極のど真ん中に素っ裸で放置された時よりも拙いかもしれない。
「逃げたいが、逃げれないと言ったところか」
逃げたところで逃げ道なんてどこにもない。
逃げた時には、そりゃもう素晴らしい拷問が待っているに違いない。
それを理解しているからこそ、大河は逃げたくても逃げれないのだ。
世の中というのは、ある意味では理不尽である。
「お兄ちゃん――― これは一体、どういうことなの、ねぇ〜?」
「い、いや未亜、これはな……」
「何か、弁解するようなことはあるの?」
ゾッとするほど冷たい言葉を大河に向かって吐く未亜の顔は、般若のそれ。
ただ、角度の問題で未亜の表情を見えているのは大河以外にはいない。
これで他のメンバーが見ようものなら、一発で気絶ものだ。
そう言った意味で他のメンバーたちは助かっているに違いない。
「さて、そのような事より、我々の相手となるペアはどなた方でござるか?
遠慮はせぬので、覚悟なされよ」
未亜を遮った言ったカエデの言葉。
ある意味では怖いもの知らずともいえなくもない台詞である。
そんなカエデの台詞に、ベリオは疲れたように呟く。
「あぁ、前衛系が2人って、とってもバランスが悪いのに。
それに、折角、前衛系が3人で後衛系が3人なのに……」
前衛系とは大河、カエデ、アダムの3人。
後衛系は未亜、リリィ、ベリオの3人である。
ちなみに、基本的にリコは中距離に部類される。
つまりオールラウンダーと言うわけだ。
「ベリオさん、組みましょう」
「み、未亜さん?」
「許さない……私という者がありながら……」
などと真っ黒な雰囲気を全開にして、未亜がブツブツと呟く。
はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。
小さな子供なら、一発で泣き出してしまいそうだ。
そんな未亜を見ながら、ベリオは頷くことしか出来なかった。
だって、首を横に振ったときには自分の首を矢が貫通しそうで怖い。
つまり、滅茶苦茶身に危険を感じているという事だ。
そんな勢いで決まってしまった振り分けにダリアは間抜けな声を上げてしまった。
「あららららん〜」
確かにダリアは困惑していることだろう。
誰がこんな展開を予想としろというのか。
もっとも、ダリアの場合は困惑が2割で残りの8割が面白ければそれでいいと言うものだろうが。
明らかに教師として間違っているだろう。
これなら厳格なダウニーの方が、まだ教師としていいかもしれない。
「なかなか面白い展開になったら―――― 本当に、刺激ばかりの世界だ」
「アンタは余裕過ぎね」
「刺激があるから人生は楽しい――― オレの親友の言葉だ、覚えておくといい」
「ええ、そうしとくわ」
アダムの余裕の態度にリリィはどこか疲れた表情を作っていた。
しかし、いいのだろうか。
大河とカエデ、未亜とベリオという組み合わせ。
だが、同時にこれはいい例にもなると言える。
前衛2人と後衛2人のタッグ戦は、果たしてどのような戦闘となるのか。
当人たちにも、そして他のメンバーにとってもいい教訓となるのは違いない。
「にしても―――― アヴァター全土にその名を轟かせる救世主クラスが。
はぁ〜、何? ここは幼稚園なの? 一体、いつから? きっとあの馬鹿が来た時からね――――」
リリィは全ての責任を大河本人に押し付けた。
そうでもなければ、この現状に自分も浸透してしまいそうで怖いからだ。
その傍らでリコは本を片手に静かに彼らのやり取りを見ている。
何を考えているかわからないが、実は楽しんでいるのかもしれない。
さらにその傍らで面白そうに笑っているアダムがいたりする。
何気に野次馬根性を丸出しにしている。
まぁ、些細なことだろう。
と、突然、未亜は左手を空へと掲げた。
その未亜の行為に、皆が息を呑む。
未亜のやろうとしていることを察したのだ。
「ジャスティ!! お兄ちゃんの煩悩を吹き飛ばすほどの力を!!」
「み、未亜さん!?」
滅茶苦茶私情を挟みまくって未亜はジャスティを召喚する。
試合開始の合図はない、だというのに未亜は殺る気満々。
どう考えても大河の死亡が確定したようにしか思えない。
「み、未亜さん!! 落ち着いて!!」
「大丈夫ですベリオさん!! 私はこの上なくクリアでクールな気分ですから!!」
「どう見てもヒートアップしてます!!」
ちなみに、未亜の私情が主に自分の恋心から来る嫉妬がほぼ100%だったりする。
そんな未亜の姿を見て、さすがの大河の焦っているようだ。
だが、そんな未亜の姿を見てふと思い出した。
それは、訓練中のアダムの言葉だ。
“殺し合いにゴングなんてものはない。だから、いつ殺し合いが始まっても大丈夫なようにしておけよ”
そうだとも、不意打ちがどうしたと言うのだ。
こちとら、不意打ちの訓練なんてアダムに嫌と言うほど付き合わされている。
対処が出来ない、なんて誰が言った!
「来い、トレイター!!」
「ちょっと、二人共、まだ開始の合図は……」
ベリオが止めようとするより早く、未亜は矢を大河に向けて放った。
それを大河は意図も簡単にトレイターで弾き飛ばした。
矢が、見当違いの方向へ飛んでいく。
同時に、大河と未亜の間にカエデが割り込んだ。
「師匠はそこで休んでくだされば良い。ここは拙者が」
そう言うとカエデは未亜に向かって突進した。
最早、止める術はないだろう。
そんな彼らを見ながら、ダリアは視線をベリオに向けた。
ベリオはどうしようもないと言う表情でダリアに視線を返す。
それに反応し、ダリアは、
「それじゃあ、始めっ♪」
そう宣言した。
ただし、その宣言は非常に面白いものが見れると言う欲望塗れの部分があったのは間違いない。
「らっ!!」
振り抜かれる斬撃。
軌跡は不出来な円を描きながら、ベリオに迫る。
だが、一撃は障壁の前に意図も簡単に止められた。
「へっ、やっぱり簡単にはいかねぇってか!」
「当たり前です! 試合は始まったばかりなんですから!!」
「っても、向こうは向こうで好き勝手やってるみたいだけど、ッな!!」
力任せにベリオを弾き飛ばす。
その向こう側で行われている展開。
カエデと未亜だが、どう見てもカエデが押している。
身体能力はもちろんの事、技量や状況判断能力に対処能力。
その全ての面においてカエデは未亜を上回っている。
簡単に言うなら、カエデが未亜に負けるという結末は最初から有り得ない事なのだ。
「へっ、向こうは向こうで好きにやってるみたいだ、ぜ!!」
この攻撃に明確な効果など求めていない。
大河の中にある作戦は、完結に言えば時間稼ぎ。
戦力上、カエデが未亜に負ける事はない。
ならば、未亜を倒したカエデと合流し一気にベリオを倒す。
これが、大河の中にある作戦だ。
「くっ! 強いでござる!」
「もう、カエデさん!! 早く倒れて!! お兄ちゃんにお仕置きしなきゃなんないんだから!!」
故に、誤算が生まれた。
信じられない事だが、カエデが未亜に押され始めていたのだ。
「マジ、かよ」
「よそ見とは、余裕ですね大河君!!」
迫りくる光の円盤を間一髪で躱わす。
作戦、あるいは予定調和とも言えばいいか。
とにかく、それらは崩れてしまった。
大前提である【カエデが未亜を倒す】という結果が崩れてしまったが故に。
今は大丈夫だろうと、このままではカエデは未亜に倒されてしまう可能性がある。
時間稼ぎなどやっている暇はない――― 今から、全力でベリオを倒す。
その後、自身がカエデと合流し未亜を一気に押し切る。
今必要な作戦はこれだ。
ならば、次に戦術を立てなければならない。
「レイライン!!」
「っと!」
とは言え、ベリオを抜くとなるとかなりの労力が必要になるのも事実。
お世辞にも戦闘向けとは言えないベリオであるが、逆にサポート関係では他を圧倒する。
特に回復や防御と言った分野では他のメンバーの追随を許さない程だ。
いったんベリオが守りに徹すれば、今の大河では突破するのは困難。
幸い、まだベリオはその事に頭が回っていない。
其処を突けば、現状を打破するのは困難ではなかった。
「はぁぁ!!!」
「おっと!!」
さて、どうしたものか。
ベリオの攻撃を避けながらも、大河は戦術を組み上げていく。
予想外にも程があるが、このままではカエデは未亜に負けてしまう。
いかに後衛組とは言え、同時に2人も相手にするのは現実的ではない。
相手よりも多くの兵を集める、というのが兵法の基本。
それは、このような決闘の場であろうとも同じ事。
この場合、1人になってしまった大河の不利は確定事項なのだ。
「しつこいですね、大河君!!」
「そう簡単に倒れねぇよ。倒れちまったら、男が廃るからな!!」
リリィやベリオが使う魔法には、致命的な欠陥がある。
神秘や奇跡を世界に示す行為が必要なため、どうしても術名を叫ばなければならない。
これは、現代社会でいうところの銃のトリガーを引く行為と同義なのだ。
その為、致命的なまでに奇襲というのには向かないのである。
もちろん、例外があると言えばあるのだが。
「逃がしません!! シルフィス!!」
「当たらねぇなっと!!」
迫りくる円盤型の光を切り裂き、大河は逆に強襲する。
「くっ!」
ギィンと響き渡る金属音。
飛び散る火花は、トレイターとユーフォニアの間に発生した明確な否定のやり取り。
「へっ、この距離は俺の間合いだぜ!!」
「わかってます、よ!!」
「甘めぇ!!」
如何に召喚器で身体能力などを底上げしようとも、ベリオの身体能力は大河には及ばない。
これは、前衛型と後衛型の差であるし何より男と女の差だ。
魔法関係では大河の遥かに上を行くベリオだが、身体能力などの運動能力面では圧倒的に大河に劣っていた。
「悪ぃがこっちも時間が無くてな、即行で終わらせてもらうぜ!!」
「やらせまん!!」
「はっ! 冗談はそのデケェ胸だけにしろよなっ!!」
「な、ななな…ゆ、許しませんよ!!!」
更に攻撃が苛烈に、より過激になる。
シルフィスからレイライン、更にはホーリースプラッシュにホーリーノヴァ。
手加減など一切知らないと言わんばかりの連携攻撃の数々。
「おっと…ッ!」
「いい加減、当たりなさい!!」
「当たるわけねぇだろ! そんなへなちょこ攻撃、ガキにも当てられねぇよ!
おまけに、動きも鈍ってきてるじゃねぇか。胸が重すぎて動けなくなってきたか!?」
「ま、また!!?? も、もう手加減しません!! これで終わりです!!!」
額に青筋を浮かべながら、ベリオが溜めに入る。
おそらく最上級クラスの攻撃神聖魔法を行うつもりなのだろう。
そう―――― 溜めだ。
まったく以て、大河の計画通り。
「掛ったな、ベリオォォッ!!!」
「ッ!!??」
ベリオの防御力は、まさしく鉄壁。
救世主候補たちの中でも随一と言っていいだろう。
だが、興奮故に―――ベリオは、防御に回すべき力も全て攻撃に回した。
結果的に、今のベリオの障壁を突破するなど大河にとっては容易なこと。
ましてや、特大の攻撃神聖魔法を使うためにベリオは硬直状態にある。
僅かな隙―――これこそが、大河が待ち望んでいた瞬間。
「うらぁぁぁぁっ!!!」
トレイターの形状を籠手にして、刹那の時間を一気に駆け抜ける。
この一撃を回避する方法を、ベリオは持ち合わせていない。
故に、このトレイターの一撃は【必ず】当たる。
「がっ!!??」
計画通りに大河の一撃がベリオの腹部に直撃した。
状態が崩れたところに、剣の形状にしたトレイターの刃をベリオの首筋に突きつける。
まずは第1段階。
「はぁ…はっ……わ、私の負けです」
「よし、急いでカエデと合流しねぇとな」
ここまでは計画通りだ。
後はカエデと合流して一気に未亜を倒せばいい。
そう、ここまでは計画通りだ。
大河にとって誤算があるとすれば――――
「なん…だと…」
カエデがまさかまさかの逆転劇を行っていたという事か。
「師匠〜、勝ったでござるよぉ〜」
「……え、何…これってどういう状況?」
◇ ◆ ◇
さて、時間は少しだけ遡る。
大河とベリオが闘っている一方で、カエデと未亜の戦いは熾烈を極めていた。
いや、ある意味では一方的でもあった。
相性の差、とでも言えばいいか。
カエデはクナイなどの遠距離武装を持っている事は持っているが、根本的には近距離型。
決めても全て近距離攻撃に部類される。
逆に、未亜の攻撃の主体は遠距離。
懐に飛び込まれれば弱いとはいえ、逆に遠距離であるならば一方的に攻撃できる。
更に、ジャスティの軌道補正もあり的を外す事はほぼない。
「貫いて!!」
閃光の一矢。
軌道補正を使用しない代償に矢という概念を覆すほどの威力を持った攻撃も可能なのである。
そして、現在のカエデと未亜の距離は約30m。
この距離は未亜にとっては完璧な射程距離であり、カエデにとっては射程距離外であった。
「おっと!!」
とはいえ、既にカエデにとってはやるべき事は終わっている。
いや―――― この展開も、ある意味ではカエデの読み通りと言えよう。
「ふむ、そろそろいいでござるな」
自らが師匠と尊敬する大河自身も本気になったようだ。
おそらく、自分が負けると判断しその後の展開が予想できたのだろう。
となると、その展開を打破するために即行でベリオを打倒するはずだ。
実際、大河は巧みに状況を制圧し支配している。
そう遠くない時間の果てにベリオは大河に敗れるだろう。
ならば、こちらも負けるわけにはいかない。
「もう、当たってよぉ!!」
「そうはいかぬでござるよ!!」
飛んでくる矢を躱わし、弾き、状況は好転してなさそうで実は少しずつだがカエデに傾き始めていた。
一見すると、一方的に攻撃し続けている未亜が有利のように感じるかもしれないがそうではない。
確かに常に攻勢にある未亜と常に防戦状態のカエデであればそう結論付けてしまうのも無理はない。
しかし――― 実際のところ未亜の攻撃は1つたりともカエデに届いていないのだ。
すなわち、全て見切られているという事に他ならない。
そんな状況で未亜に心理的余裕など出来るはずもなかった。
たとえその事実に気付いていないのだとしても、一本も命中しないという状況下では苛立ちは少しずつ蓄積されていく。
「このぉぉぉ!!!」
更に連射される矢の数々。
確かにジャスティによる軌道補正の恩恵は大きい。
だが、これまでの戦い方で概ね理解は出来ている。
確かに補正はされるが、その補正回数は僅か1回。
しかも、補正中は次の矢を放つ事は出来ない。
もし、補正中でも新たな矢が放てるとしたならばカエデの敗北は必至であった。
「お願い、ジャスティ!」
「当たらぬでござるよ!」
だが、実際にそうではない。
故に―――― カエデの勝利する可能性はまだ残されている。
「ぬっ!!」
状況は五分と五分ではない。
まだ4:6程度の割合でカエデが不利。
しかも、この数字は心理的な部分も含めてである。
少しずつ五分に持ち直し始めているとはいえ、まだ未亜が有利なのには違いない。
「ぜぁっ!」
「もう!! どうして当たらないの!?」
顔面に直撃コースだった矢を黒曜で弾き飛ばす。
まだだ、まだその時ではない。
狙うは、ただ一点。
「この一撃で、倒れてぇぇっ!!!」
矢に凄まじいまでのエネルギーが収束していく。
少しずつだが、その矢に光が帯び始めていた。
「今ッ!!」
時が来たのだ。
カエデが待っていたのは、まさしくこの瞬間。
正しく矢が指から離れるか離れないかの刹那の時間。
猶予の時間は、僅か3秒。
「―――― 参る!」
カエデは大地を蹴った。
彼我の距離は30m。
普通なら絶対に間に合わない距離。
だが、忍者であり瞬発力が他の救世主候補に比べて頭一つ抜きん出ているカエデならば不可能ではない。
ましてや、召喚器による恩恵も受けているのだ。
間に合わない道理などない。
「ッ!!」
未亜の表情に驚愕の色が浮かび上がる。
こちらの狙いに気付いたのだろう。
だが、遅い―――― 矢は既に指から離れている。
勝利を確信したのは、どちらだったか。
この矢の一撃は威力を重視したが為に軌道補正は不可能。
補正する為の力を全て威力へ変更している。
「――――、!!」
だが、それでも矢は直撃コースであった。
先天性の超人的な反射神経と対応能力で咄嗟に軌道を自力で修正したのだ。
驚嘆する能力。
定理は裏返りカエデに矢を避ける術はない。
試験であるが故に、殺傷能力を排除しているとは言え痛いものは痛い。
ましてや、直撃すればそれだけでカエデのリタイアは免れないだろう。
そうなれば、大河の不利は確定事項となる。
だが――― 曲りなりにもカエデは数々の超人的な忍者を輩出してきたヒイラギ家の次期当主候補。
その定理を、更に裏返す。
「――― ッ!」
まさに中るか中らないかの瀬戸際。
まるで水の中を動くかのような重い身体。
ゆっくりとした動作で、カエデは身体を横に捻る。
「ッ――――!」
それは、本当に刹那の出来事であった。
間違いなく直撃したであろう一撃は、カエデの脇腹辺りを掠り遥か後方へ。
まるで運命の天秤にも似た明暗の別れ。
カエデは勝利を告げるように前へ――― 矢は敗北を告げるように後ろへと疾駆する。
「ぜぇぁぁぁぁっ!!!」
これは一撃必殺。
現時点で、カエデが放てれる最高の奥義。
手数で責めるカエデにとって、唯一無二の一撃必殺奥義。
「紅蓮衝!!!」
全身全霊の一撃が、未亜の腹部に突き刺さった。
◇ ◆ ◇
「まぁ、そういうわけでござるよ」
「つまり何か、俺はずっとカエデの掌の上で踊ってたわけかよ。
お釈迦様の掌でもあるまいし」
「む、師匠の世界にはそのような言葉があるでござるか?」
「ああ、西遊記の…って、そこはいいから」
話がまたおかしな方向へと流れ始めた。
ボケとつっこみ、大河とカエデの関係はまさしくその言葉の示す通り。
ちょうどその時―――
「うぅ、負けちゃった」
何とか意識を取り戻した未亜だが、まだお腹を擦っている。
圧倒的な瞬発力から生み出される運動エネルギー+一撃必殺の奥義を受けたのだ、痛いのは当然。
むしろ、痛いだけで済んだだけ幸運だったと言えよう。
「そうですね…でも、タッグ戦のはずなのにいつの間にかシングル戦のような状況に」
「ご、ごめんなさい、ベリオさん」
「いえ、気にしなくてもいいですよ、未亜さん」
とは言え、ベリオの言う通りタッグ戦のはずなのにいつの間にかシングル戦のような状況になって
いた。
これでは、タッグ戦をする意味がないと言えよう。
もっとも、出会ってから日も浅く、連携できるだけの練習等もやっていなかった。
そんな状態で連携できればそれはそれで凄いわけだが。
「やはり、拙者と師匠の組み合わせは最強でござるな!!」
「いや、それは違うと思うぜ」
「むっ、そうでござるか?」
「実際、今日は個々の実力差で明暗が別れたようなもんだし」
「むぅ、戦いとは奥が深いでござるな」
「―――― 何か違うと思っちまうのは俺だけか?」
勝ったというのに、カエデは相変わらず天然的な発言を連発している。
ある意味、カエデという存在は究極に近いボケ体質なのだろう。
いや、考えてみればあの正体不明のゾンビ娘も大概な気がするのだが。
「ふん、タッグだっていうのに―――― 随分と無様な戦いをするのね」
観客席からグラウンドにやってきたリリィの第一声はそれであった。
何かと他者を挑発する言動の多い彼女だが、今回も当たり前のように挑発の言葉を口にしていた。
「おい、連携訓練なんてやってねぇのに、いきなり連携できるわけねぇだろ」
「そもそも、連携する前に大火力で一気に相手を殲滅すればいいのよ。
その程度も分からないなんて、本当に駄目な男ね」
「ほう、って事は100以上の敵に周りを囲まれてもリリィなら簡単に切り抜けられるってことだよなぁ?」
「うっ、と、当然じゃない!」
「なら今すぐに実践してくれ、さぁさぁさぁ」
「ぐぬぬっ!」
相変わらずの2人である。
喧嘩するほど仲がいい、という言葉があるが果たしてその言葉が2人に当てはまるかどうかは不明だ。
「むっ、師匠に楯突く悪者でござるな!! 拙者がこの場で成敗…」
「止めろカエデ、余計に話がややこしくなる」
「そうなのでござるか、アダム殿?」
「そうだ」
ただでさえ導火線に火がついた爆弾のような状況。
そこに好き好んで油を放り込む馬鹿はいない。
いや、この場合―― 油よりもヤバイ品物を放り込むような気がするわけだが。
「というより、益々ヒートアップしてますよ。アダム君、止めなくていいんですか?」
「結末が分かっているのに、わざわざ止める必要もないだろう。
それに、こういうのは外側から見ているとそれなりに面白いものさ」
「あ〜、そうですね」
確かに、修羅場というのは第三者視点からすれば非常に面白い。
酒の肴や話題にはもってこいというわけだ。
当たり前だが当事者は、ちっとも笑えない。
「よし、なら今すぐにこの場で俺と勝負だ!」
やはりというか、大河とリリィの罵り合いは最終的に其処に行き着くわけで。
「勝った方が負けた方を好きに出来るってことでいいな!!」
「望むところよ!! あんたをボコボコにしてやるんだから!!」
「おう、面白ぇ!! やれるもんならやってみろよ!!
そのかわり、俺が勝ったらあんな事や…こ…んな…」
世界が変革した。
ゆっくりと、本当にゆっくりとした動作で大河は後を振り向く。
「本当に未亜という者がありながら…お兄ちゃんは懲りないよね」
弓矢を構える未亜の姿があった。
ご丁寧に、照準を大河に合わせている。
「あ〜、未亜さん…恐れ多いながら聞かせてもらいますが、その構えは何でしょう?」
「何って、まったく懲りないお兄ちゃんに制裁を加えるだけだよ」
「いやいや、まだ何もしてねぇし。そもそも【らしい台詞】をいうだけでも駄目なのかよ!?」
「うん、駄目」
「げ、言論の弾圧反対!!」
「権利を主張する前に、まずは義務を果たさないとね?」
どうやら大河の制裁は確定事項らしい。
「未亜、話し合おう。話せば分か…」
「そんなわけないよ、お兄ちゃん。世の中っていうのは一定の理不尽と不条理で出来てるんだから」
「そうだとしてもこんな展開は納得できねぇ!!」
逃げる事も、迎撃する事も出来ない。
なぜなら、これは世界法則というものなのだから。
「お兄ちゃん、少し…頭冷やそっか」
「いやはや、師匠の妹君も凄い御仁でござるな」
「カエデ、その言葉には少しばかり語弊があるように感じるが」
「何がでござるか?」
「いや―― 大河がつっこみに回らなければならない訳、少しだけ分かっただけだ」
「おろ?」
【元ネタ集】
ネタ名:少し…頭冷やそっか
元ネタ:リリカルなのはsts
<備考>
某白い悪魔の一言から。
この台詞が元で、魔王だの冥王だの言われる事となってしまった。
ちなみに、展開的には言った張本人が理不尽な事をしているというのが一般的な説らしい。
ネタ名おろ?:
元ネタるろうに剣心:
<備考>
年齢詐欺師の代名詞である主人公、剣心の口癖から。
何かおかしな事があると、よく口にする。
あとがき
すいません、随分と遅くなっちゃいましたね。
そして、新年明けましておめでとうございます。
世間では元旦やら初詣やら忙しいでしょうが、私は相変わらず仕事です。
お陰で、初詣なんて6年近くも行っていません。
将来の夢は、正月に初詣に行って寝正月を過ごす事です。
もっと言うなら、ニートになりたい。
働いたら負けでござる。