DUEL SAVIOR INFINITE Scwert3-5
とりあえず、アダムは大河が起きると徹底的に彼を鍛えた。
もちろん、昼間のトラブルに関する八つ当たり的な部分があったと言えばあったが、まあ問題ないだろう。
既に時刻は午後10時頃、寝るにはまだ早いかもしれないが色々あって疲れたのも事実。
(そろそろ、寝る準備でもするか)
随分と古ぼけた屋根裏部屋だが、今となっては当初の不潔感などほとんどない。
ほんの少しだけカビ臭さもあるが、それは年代のある部屋の特徴と考えれば不快ではない。
住めば都などと言う言葉があるが、まさしくその通りだろう。
先人の人たちは、本当にありがたい言葉を考えてくれたなどと思う。
「さて、そろそろ寝る――― んっ?」
ドアの向こう側から気配を感じる。
感じる気配は2人。
1人は向かいの部屋の主である大河だろう。
もう1人は――― どうやら新しい救世主候補のカエデらしい。
珍しい、あるいは新鮮な組み合わせとも言えた。
何らかの事件があって、それ故に一緒にいるのだろうか。
だが、事件と言われるとアダムには試験の時の件以外に思い浮かばない。
あるいは、その後で何かあったのだろうか。
いや、もっと必然性のある答えがあった。
大河がカエデをナンパしたという結論。
なぜ、その考えに辿り着いたのかについてアダムはまったく疑問に思わなかった。
「――― まぁ、部屋を出る理由なんてないな。
ましてや、厄介事ならば尚更か」
だが、いつの時代も厄介事とは向こうからやって来るもの。
しばらくすると、ドアが開いた。
大河が理由もなくアダムを訪ねてくるなんて有り得ない。
となると、やはり何か用事があるのだろう。
ただ、気のせいだろうか、カエデの雰囲気が昼間と違う。
なんと言うか、こっちは天然の慌てん坊のような感じだ。
しかも、こちらの方が自然体のような気もする。
「大河か、にしてもカエデまで一緒にいるのか」
アダムが珍獣を見るような視線になっているが、それも仕方のない事だ。
だが、大河はアダムの返答には答えなかった。
逆に、妙に咎めたいという心の内が視線に表れている。
おそらく、今日行った特訓に対して大いに不満を持っているらしい。
「おいアダム、あの訓練は流石にねぇよな?」
「何がだ?」
「あんなキツイ訓練なんか聞いたことねぇぞ!!」
「そうか?」
「そうだよ!!
どこの世界に耐久3時間ぶっ続けの実戦訓練をするやつがいんだよ!?」
世の中の不条理さを大声で叫ぶ大河だが、世の中なんてそんなもの。
もっとも、アダムにとってみれば、それだけ大河は見所があるということの裏返しに他ならない。
やり方はいささか過激かもしれないが、その過激さこそが後に大きな糧となるのをアダムは知っている。
「気にするな」
「気にするっての!」
サラッとアダムは大河の抗議を流した。
そんなアダムの態度に、大河もげんなりとした表情になる。
大河の言い分も分かる。
特訓と聞いていたのに、アダムの行った事が特訓の範疇に入るか疑問に思ってしまうほど厳しかったのだ。
流石にアメ○カ海軍式訓練でないだけマシと言えばマシだが、それでも厳しかった事に変わりはない。
「師匠〜、何をそんなに怒っているでござるか〜?」
なにやら後ろの方でカエデがそう言っている。
いや、それよりだ。
「ござる?」
「ああ、実はよ」
DUEL SAVIOR INFINITE
Schwert3-5
イベントは突然に 〜Unreasonableness〜
「つまり、今までのは演技で今の状態が本性ってことか」
「まぁ、そういうこった」
とりあえず事情はわかった。
トラウマを持っている事については予想できていたが、その対象がまさか血液だとは思わなかった。
忍者という職業柄、血に対してトラウマがあるなど致命的な欠陥だ。
「で、なんか方法はないか?」
「トラウマを治療するには、時間が必要なんだが」
何しろ破滅が迫っているのだ。
時間など、あろうはずもない。
「とりあえず、血液に関する何かを長時間受け続けさせる。
それによって血液に耐性を付ける。
荒治療だが、出来るならその程度だろう。
ただし、これは下手をすると症状を悪化させる可能性もある。
はっきり言って、あまりオススメ出来るやり方ではないな」
アダムはとりあえず道を示した。
だが、アダムの台詞にもあった通り、これは下手をすると症状を悪化させかねない諸刃の剣。
「おい、そんな事すりゃ逆に悪化しちまうんじゃねえか?」
「可能性はあると言えばある。
だが、破滅が迫ってきている――― 時間がないのは間違いない」
本当に時間がないのだ。
どうしてこう、問題が次から次にやってくるのだろうか。
ふと、アダムの脳裏に赤い髪の魔法使いの姿が浮かび上がった。
その魔法使いが意地悪そうな笑みを浮かべている。
とりあえず、100回ほど斬殺して忘却の彼方へと追いやった。
「だよな、時間がないよな」
「トラウマってやつは、概ねの場合は深層心理に存在する心の傷だ。
表層心理なら、まだ短時間で治療できるかもしれないが深層心理となるとかなりの時間が必要になってくる。
あるいは、劇的な何かがない限りは治療はかなり難しい」
大河が頭を抱えている。
なんとも無理難題な約束をしてしまった、何て事を考えているのかもしれない。
とは言え、自分を師匠と呼んで慕ってくれているこの忍者少女を裏切るわけにもいかないだろう。
いずれにしても、地道な治療が必要になりそうだ。
「それにしても師匠、アダム殿は何か強かなお方でござるな」
強かというより、どちらかというと人として完成し始めていると言った方がいいか。
どんな状況でも常に【余裕】を忘れない。
しかも、いざとなればどんな非難されるような行動も辞さない覚悟もある。
そういった意味では、確かに強かと言えるだろう。
「強かとは違うと思うが……まぁ、オレの数少ない取り柄だと思ってくれ」
「嘘付け」
アダムの台詞に大河は速攻で反論する。
どこが数少ないのか問いたい。
お前は取り柄だらけなんじゃないか、と。
「まぁ、カエデもまだまださ。
もっと精進しろよ」
「わかってござるよ、アダム殿!」
カエデは本当に楽しそうだ。
血なまぐさいひと時とは無縁の日々。
それもまた、忘却のように忘れ去られていくもの。
ふと、アダムはそんなことを考えた。
◇ ◆ ◇
本日、大河などの前衛組はこれ以上の授業はない。
救世主候補といっても、全員が全員同じ授業を受けるとは限らないというわけだ。
確かに、一緒に受ける場合もあるがそもそも戦い方が違うので同じ授業を全て受けたとしても、その全てが糧となるわけではない。
そこで、大河、アダム、カエデの救世主の仲でも前衛組は他の後方組とは違い主に傭兵科などが受ける訓練が主な授業内容である。
確かに魔法関係も覚えておいた方がいいかもしれないが、あくまで主眼は前衛の攻撃方法やサバイバルテクニックに絞られているのが実状である。
「お兄ちゃん、お昼ご飯行こう」
「あ、悪りぃ、今日は……」
大河が未亜の誘いを断ろうとすると、すぐに大河の元へカエデがやって来た。
「師匠〜」
「カエデさん? って、え、師匠って!?」
未亜が戸惑うのも無理はない。
昨日と全然雰囲気の違うカエデがやってきて、あまつさえ大河を師匠と呼んでいるのだ。
戸惑うなと言う方が酷である。
そんな未亜を余所に、大河は親しそうにカエデへと話し掛ける。
もっとも、どこか冷や汗を掻いているように見えるが。
「おう。で、どうだった、初めての授業は」
「うむ、なかなか新鮮でござったよ」
「ござった?」
また口調が違うので、救世主クラスのメンバーたちは戸惑う。
唯一、事情を知っているアダムだけは普通に平然としているが。
「特に集団戦闘のくだりなどは、我らの兵法と比べてみると面白いやも知れませぬ」
「なるほどなぁ、そういやぁ、アダムに聞いたけど忍者って集団戦法とか使うんだっけ」
「と、そんな事よりも、特訓でござるよ! 拙者、先程から昼休みが待ち遠しくて・・・・」
「………拙者?」
何やら昨日と完全にイメージが崩れているため、かなり呆然としている救世主クラスのメンバーたち。
なお、しつこい様だがアダムは平然としている。
あ、あとリコは我関せずを貫き通しているので表面では平然としている。
内面はどうかは知らないが。
「ああ、そうだったな。そんじゃあ、行くか」
「早く、早く」
「未亜、そういう事だから、悪いが」
「……え、あ、うん、分かった」
反射的に返事をしてしまう未亜。
この辺は兄妹のなせる業か。
「じゃあな」
「師匠、楽しみでござるよ。目一杯、体に叩き込んでくだされ〜」
「ああ、分かったぜ。後で弱音を吐いても知らねぇからな!」
「望む所でござるよ!」
そんな話をしながら去って行く2人。
なにやらかなり楽しそうである。
そんな2人の後姿を見送りながら、
「なんなの、あれ?」
未亜はポツリと呟いた。
そりゃまぁ、このような展開など誰が予想できたであろうか。
少なくとも、誰にも予想など出来なかったであろう。
ってか、出来たらそいつはかなりすごい。
なお、未亜を聞いたのか、近くまで来ていたリリィが頭を抱え、その横ではベリオが呆れたような表情で立っている。
「アヴァター全土にその名を轟かせる救世主クラスが……これは、何かの悪夢かしら……」
リリィは、実は救世主候補の条件の中には【正真正銘の変わり者】と言うのがあるのだろうかと考えてしまった。
何しろ、救世主候補たちは何だかんだいって変わり者が多いのだから。
もちろん、自分のことは棚に上げて。
「はぁ、男の甲斐性に満ちているというのも問題ですね」
「甲斐性って、どういう事ですか?」
ふと漏らしたべリオの台詞に過敏に未亜が反応する。
何やら起こっているような雰囲気があるのだが、まぁどうでもいいことだろう。
なお、未亜に質問されて、ベリオはかなり焦っているようにも見える。
「あ、いえ、言葉のあやと言いますか。大河くんの面倒見が良いという事ですよ、はい。
別に変な意味とかは……」
「ベリオさん?」
慌てたように言い繕うベリオ。
そんなベリオを未亜は不振そうに見つめていた。
実際、大河は面倒見がよかった、【色んな意味】で、だが。
◇ ◆ ◇
「ところで、アダムは手伝ってくれねぇのか?」
予想通りというか、やはり大河はアダムにそんな事を訊ねてきた。
心理カウンセラーでもない大河にとっては、少しでも人手が欲しいのかもしれない。
「いや、悪いが無理だ」
だが、アダムとて暇を持て余しているというわけではない。
「何でだよ? アダムはカエデの事なんてどうでもいいのか?」
「そういうわけではないさ。唯、オレは今から王都に行くだけだ」
「王都にぃ!? 何でまた?」
「少しばかり買い物にな」
「金は?」
「ああ、それは問題ない」
必要な分の金は、既に所持している。
救世主候補だからといって、全てが許されるというわけではないのだ。
犯罪など、そのもっともな例の1つと言えよう。
「誰かから貰ったのか?」
「いや、偶に食堂などを手伝い、その報酬として受け取っている」
「って、お前そんな事までしてたのかよ!?」
「悪いのか?」
「いや、悪くはねぇけどよ」
そんな体力、よくあるな、とか考えているのかもしれない。
だが、それは違う。
アダムの体力は大河とほとんど変わらない。
ただ、膨大な経験からいかに体力を消耗せずに戦うかの術を心得ているだけだ。
逆にアダムに言わせれば、ほとんど運動すらしていない大河がこれほどの体力を持っている事の方に驚きを感じていた。
「何かを得たいのなら、相応の働きをする。
常識だとは思わないか?」
「まぁ、普通だな。バイトや仕事なんて、そのもっともな例の1つだと思うぜ」
「ところが、今のオレ達はイレギュラーとはいえ救世主候補。
結果、死ぬ可能性は高いが見返りに最高の環境が与えられている。
学費、食費などの免除。
そういった環境は人をダメにするとは、思わないか?」
「確かに…ってか、俺…人の事を言えねぇじゃん」
「そう思うんだったら、少しは改善したらどうだ? 無駄だと思うが」
「おい…」
だが、大河は強くは言い返してこなかった。
つまり、それが真実というわけである。
「それはそうと、こんなところで話し込んでていいのか?」
「何がだよ?」
「後ろにいるカエデ、待っているんじゃないか?」
「へっ?」
ふっと大河が後ろを見ると、両眼から涙を大量に流しているカエデの姿があった。
「いいでござるよ。所詮、拙者などいてもいなくてもいい存在感のない女子でござるから…」
「っておい!? 泣いてるのか!?」
「泣いてなどござらぬよ…ただ、空気は個性という真理が分かっただけでござるから」
「お前はどう考えても空気になれねぇよ!!」
ある意味で濃いカエデが空気になどなれるはずもない。
それはそれで何とも失礼な事かもしれないが、カエデは気にした様子もなく泣き続けている。
いや、もしかしたら気付いていないのかもしれない。
「空気は個性、空気は個性、空気は個性、空気は個性、空気は個性」
「呪いのように何度も呟いてんじゃねぇ!!」
普段はボケであるはずの大河がつっこみに回っている。
それだけカエデのボケが常軌を逸しているという事か。
「……それはそれで、何か嫌なものがあるな」
あらゆる状況は楽しんでこそ。
それこそが今のアダムの信条だが、だからと言って目の前で繰り広げられている漫才に参加したいとは思わない。
こういうのは外側から見るからこそ面白いのであって、自分が演じては面白くとも何ともない。
だからこそ、アダムは大河とカエデの漫才に関わらず外側から楽しんでいた。
気分は漫才劇を見にきた客の心理に近い。
「―――― まぁ、放っておいても大丈夫か」
許された時間は有限だ。
彼にとって、時間は無限にやって来るものだが他者にとってはそうではない。
目的地は1つ。
急がなければならないだろう。
◇ ◆ ◇
「到着か」
やはり王都はそれなりに賑わっているようだ。
ましてや、ここがアヴァターにおいて最大規模の都となれば賑わうのは必然。
人の行き来を見る限り、特に破滅の影に影響されているというわけでもなさそうだ。
「さて、まずは」
今回、アダムがこうして態々王都に来たのには訳がある。
アダムは戦う時、主にアマテラスによる状況制圧を主体としている。
だが、それだけでは対処できない場合も多い。
トレイターなら問題ないが、アマテラスはその大型の形状故に超接近戦というカテゴリーが苦手であった。
エクシードを利用する事である程度は補えるとはいえ、あくまである程度のレベルでしかない。
遠距離関係も攻撃手段を今の状態では持たないという弱点があるが、それは他のメンバーとの連携で充分に補える。
そこで、アダムはこうして王都の、とりわけ品揃いが良いとされる店を教師に紹介されてやって来たというわけだ。
「……っと、ここか」
中々古ぼけた感じのする露店だ。
しかし、露店なのに他の武器屋に比べて品揃いがいいとはどういう事か。
何らかの裏の事情があるのかもしれないが、所詮は推測だ。
「はぁ〜い、いらっしゃ〜い。いいのが入ってるよぉ、お客さん」
意外な事に、店番をしているのはゴツイ親仁ではなく褐色肌に銀髪の少年であった。
いや、それよりもだ。
この少年、どこかで見た事があるような。
「もう、冷やかしならお断りだよ、お兄さん」
「ああ、すまないな」
どこで見たかなどは気にしないでおこう。
それより、今は目当てのものを手に入れるのが先だ。
「短刀が欲しい。できれば、人目に付かない隠せる大きさの」
「じゃ、これなんかどう?」
少年が出してきたのは、ナイフであった。
柄や刀身に美しい装飾が施されている。
「これは彼の有名なシュベルエルト卿が鍛えたって云われる有名な短刀だよ。
お客さん、これを買わなきゃ漢じゃないよぉ?」
「観賞用に興味なんてない」
確かに美しい装飾などが施されているので、観賞用としてはそれなりに価値はある。
だが、実戦となるとこのナイフはまったくと言っていいほど役立たずだ。
何かと一回ぶつかれば、それだけで刀身は木っ端微塵となるだろう。
「オレが欲しいのは実戦でも充分に耐えれる短刀だ。
役に立たない観賞用をオススメするのなら、悪いが他の店に行かせてもらうぞ」
「あはは、冗談だよ、冗談♪」
道化、少年の印象を言葉にするなら、これほど適切な言葉はない。
そう思えれるだけの何かが、少年にはあった。
「じゃあ、これなんてどう?」
そう言って少年が取り出したのは、1本の棒であった。
いや、それは棒ではない。
少年から棒を受け取ると、アダムは手で軽く棒を振るった。
瞬間、棒の先端から刀身が飛び出す。
真っ黒な刀身、それは深遠の闇にも似ていて。
「製作者は不明だけどねぇ。
材質は最高合金であるオリハルコン。
更に、刀身に特殊な術式を刻み込む事で切れ味を上げてるみたい。
たとえ術式を無効化されたとしても素の切れ味はかなりのもの。
我が店最高の一品、これを買わなきゃ漢じゃないね」
「………いくらだ?」
「本来なら100万なんだけど、お兄さんには特別価格として50万で売って上げるよ」
「……高いな、いや妥当な金額か」
真実はどうあれ、実際にこの短刀には上質な材料が使われているのは間違いない。
オリハルコン製かどうかは別として、少なくともそれに近い材質を使われているのだろう。
そして、実際に少年の言うとおり刀身には何かしらの術式が刻み込まれている。
読み取ったところ、確かに少年の言うとおりの術式が組み込まれていた。
つまり、少なくともこの少年は嘘は言っていない。
「とはいえ、所持金は……」
確かに魅力的な短刀だ。
手に入れれば、この上ない戦力アップに繋がるだろう。
だが、アダムの現在の所持金は5万。
とてもじゃないが、払えれる金額ではない。
「お金ないの、お客さん〜」
「ああ、残念な事だがな」
「もう、それなら冷やかしと同じだよぉ?」
「悪かったな」
確かに上質な武器だが、所持金が足りない以上どうしようもない。
となると、諦めるしか道はないだろう。
「悪いが、次来る時までに所持金は用意しておく。
それでいいか?」
「先行予約ってやつ? いいよ、そういうの大歓迎♪」
口約束だが、とりあえず契約は成立だ。
悪徳業者でもない限り、信用が一番である商売である以上、少年が裏切る可能性は少ない。
ひとまずは、安心していいだろう。
もっとも、他に買い手が現れた場合、その時点で契約は破棄されるだろうが。
「では、また来る」
「またのご利用、お待ちしておりま〜す」
それにしても、だ。
「本当に、どこかであったか?」
何となくだが、あの褐色肌の少年を見たことがあるような気がした。
◇ ◆ ◇
「………有り得ない」
思わずそう呟いてしまうのも、仕方のない事だ。
アダムの目の前で繰り広げられている茶番劇。
その茶番劇の主役を演じているのが、よりにもよってトラブルを撒き散らして逃げたクレアなのだから。
(というより、訳が分からん)
何かの前兆があったわけではない。
ましてや、新しいイベントが発生する予兆があったわけでもない。
本当に、その茶番劇はアダムの前に突然やってきたのだ。
「………よし、見なかった事にしよう」
誰が好き好んでトラブルに関わるものか。
そんなモノ好きは正義の味方にでも譲っておけばいい。
だが、世の中というのは理不尽と不条理で出来ているもの。
「おお、そこにいるのはアダムではないか! 早く私を助けろ!!」
「……理不尽だ」
トラブルは、アダムを見逃してくれないらしい。
クレアに見つかった上に呼び止められた以上、アダムが厄介事に関わるのは確定事項となった。
何度も言うようだが、世の中というのは一定の理不尽と不条理で出来ている。
「お嬢ちゃん、何か犯罪行為でもやったのか? ダメだぞ、犯罪行為は。
今から人生を棒に振る事もないだろう」
「というより、私が犯罪を犯したのは確定事項なのか!?」
「その状況を見てそう判断するのが普通だと思うが?」
改めてアダムはクレアの現状を見た。
両脇を警備兵に抱えられ、今にも連れて行かれようとしているが暴れることで何とか防いでいる。
どう見ても犯罪を犯した子供を連行しようとしている兵士の図だ。
つまり、状況を読み取る限りクレアが犯罪行為をしたのは確定事項と言っていい。
もちろん、真実は置いておいて状況推理のみでの結論だが。
「そんな上品な服を着ているのに犯罪とは。
それとも、その服は盗んだものなのか?」
「こら!! お前、分かって言っているだろ!!」
「さて、何の事やら」
出来る事なら今すぐにでも他人のふりを決め込みたいのだが、世の中そんなにうまくいかない。
警備兵がこちらを見る視線が、明らかに不審者を見る目だ。
下手に行動して、牢屋にぶち込まれるわけにもいかない。
救世主候補が牢屋行きになりました、など笑い話にもならないのだから。
「とにかくアダムよ! 私を助けろ!!」
「オレとしては無視を決め込みたいのだが……」
「仮にも救世主候補が子供を助けぬとは何事か!!」
この時点で、アダムは圧倒的に不利な立場になった。
クレアが暴露しなければ無視を決め込んでも大丈夫だったのに。
実際、警備兵の表情が驚愕に彩られている。
どうやらトラブルというのはアダムを開放する気など更々ないらしい。
「たとえ救世主候補様であろうとも、邪魔をしないでいただきたい。
何しろ、この方は…」
「アダム!! 何をぼさっとしておる!!
早く私を助けぬか!!」
警備兵の台詞を遮る様にクレアが叫ぶ。
周囲に野次馬が集まってきた。
客観的に見て、明らかに立場が悪いのはアダムだ。
幼子の助けを無視している青年、という風に見えている事だろう。
「……助けるしかないか」
何とも理不尽な展開だが、ならばこの状況も楽しんだ者の勝ちだ。
「来い―――― アマテラス」
左手に収まる大剣。
確かな質量、赤い鼓動。
柄を捻ると、排出口より真っ赤なマナが噴出した。
爆音が、辺りに勢いよく轟く。
「ま、まさか……本当に…」
「悪いが、寝てろ」
閃光が駆け抜ける。
瞬く間に振り抜かれた軌跡は、一瞬にして2人の警備兵の意識を絡め取った。
「おお、流石は救世主候補! 警備兵を一撃で昏倒させるとは!!」
「ていっ」
とりあえず、八つ当たり気味にクレアの額にデコピンを叩き込んでおいた。
「あいた! な、何をする!?」
「何をするも何も、悪い事をやったのなら罰を与える。
まったく以って常識的な事だぞ?」
「私は何も悪い事をしてはおらん!!」
「悪い事をしていない奴が、警備兵に捕まるか。
大方、屋敷から抜け出して来たんだろ?
盗賊スキルが無駄に高いな、キミは」
「うぬぬぬっ!!」
唸るところを見る限り、どうやら抜け出したというのは真実のようだ。
それが屋敷なのか、それとももっと大きな意味を持つ城なのかは分からないが。
少なくとも、この少女が王国においてもかなりの地位にあるとアダムは判断した。
でなければ、あそこまで警備兵が必死に捕まえようとはしないだろう。
「オレはキミが何所に住んでいるのか分からないから送り届ける事が出来ない。
それに、案内するつもりもないんだろう?」
「当然だ!」
「なら、今すぐにでも帰った方がいいんだが」
「嫌に決まっているだろう! まだ、この辺りの市を見て回っていないのだぞ!」
「いいから帰れ」
「帰らん!」
下手に関わると何かとんでもないトラブルに巻き込まれる予感がヒシヒシと感じる。
それにしても、この少女、妙にノリノリのような気が。
「明らかに今の状況を楽しんでるだろ、お嬢ちゃん」
「当たり前。あらゆる状況は楽しんでこそだぞ。
だが、だからと言って帰るつもりなどないが」
「状況を楽しむというのには賛成だが、今の状況を楽しんで欲しくないな」
「無理だ!」
「即答か」
あっさり拒否するのは予想の範囲内だが、こうまで予想通りの行動をされるといっそ清々しいものさえある。
流石にあの紅い悪魔の我が儘には及ばないとは言え、それでもクレアは充分に我が儘な部類に入るだろう。
「そもそも、お前も今の状況を楽しんでいるだろ!」
「さて、何の事やら」
「む〜、意地が悪いぞ」
「それは悪かったな」
「悪いと思っておらぬのに、何を悠長に」
「性分だ」
「嫌な性分だな、人に嫌われるぞ」
「その時はその時だな」
言葉のキャッチボールが続くが、未だにどちらも主導権を取っていない。
「う〜む」
「何を悩んでいるんだ?」
「いや何、これからどうしようかと考えてな」
「今すぐに家に帰るっていう選択肢は?」
「ないな」
「だよな」
即答できる辺り、何ともこの少女らしい。
出会ってから短すぎる時間だが、それでも何となくだがこの少女の事はある程度理解できた。
理解したくなかったのも本音だが。
「よし、いい事を思いついたぞ!」
「オレには嫌な予感しかないが、言ってみろ」
「アダムよ、お前の部屋に案内…」
「却下」
「早いな! せめて台詞を全て言わせろ!」
「着てもいいが、大河辺りはキミに報復する気満々だぞ?」
「うむ? 私は何か悪い事をやったのか?」
「本気で言っているのなら、キミは大概に神経が図太いな」
「??」
「本気か」
神経が図太いどころのレベルではないかもしれない。
あるいは、ワザとやっているのだろうか。
いや、たぶん素なのだろう。
「いや何、私自身もアダムに聞きたい事があってな」
「オレに? 悪いが、3サイズは知らないぞ」
「というか、お前の3サイズを聞いて私はどうしろというのだ?」
「それもそうか」
「ワザとか?」
「ワザとだ」
何気に話をはぐらかし合っているが、実際は会話の主導権を争い続けているのだ。
何とも腹黒い展開である。
「まぁ何、私自身、お前に興味があるというわけだ」
「用意しておいた台詞で有利に立てると思ったら大間違いだぞ」
「おや、バレていたか」
「バレバレだ」
やっぱり、黒かった。
互いに主導権が取れないし、何よりこの場所に長時間留まるのは拙い。
異変に気付いた他の警備兵が駆けつけてくるとも限らない。
早く場所を移動するのが賢明だろう。
「近くに人通りの多い場所はないか?」
「人通りの多い場所?」
「灯台下暗し、こういうのは一見人通りが少ないほうがいいように思える。
だが、実際は人通りの多い方が雑多に紛れて見つかりにくいという利点もあるというわけだ」
「なるほど、いや参考になった」
「それで、ここ以上に人通りの多い場所は?」
「ふむ、こっちだ」
◇ ◆ ◇
王都の中央よりやや南よりの場所。
そこは大広場であり、王都の中心地点に程近い。
謂わば、人通りの中継地点と言える場所なのだ。
結果的に、他の場所に比べて人通りが多いのは必然でもあった。
「なるほど、さっきの市より人通りが多いな」
「結果、警備兵も中々の数だがな」
確かに警備兵もそれなりの数である。
人通りが多いのだからそれは必然。
だが、逆に言うならこれほど多いと其処に慢心が生まれたりする。
それを利用して、アダム達はこの場所を選んだのだ。
「さて、それで聞きたい事があると言っていたな。
オレに何を聞きたい」
「うむ、変な事を聞くかも知れぬが…アダムよ、昔、私と出会った事はないか?」
「いや、オレがこの世界に召喚されたのはつい1ヶ月ほど前だ。
それ以前に、この世界に訪れたなんて事は1度たりともない」
「ふむ…そう、か」
クレアは、どこか落胆したような表情を作っていた。
何か、彼女にとっては重要な事があったのだろうか。
「何か、それが重要な事なのか?」
「いや…まぁ、物心付いてすぐの事だったのだが。
私は昔、救世主に助けられた事があってな」
「救世主に?」
それはおかしい。
分かっている限りでも、今の時点で一番最初に発見された救世主候補であるリコでさえ、分かったのがだいたい1年ほど前の事らしい。
更に、クレアが物心を付いた時と言っていたので少なく見積もっても7年以上も昔の出来事のはずだ。
7年以上も前に、既に救世主が存在していたというのなら話は明らかに矛盾してくる。
「それはおかしくないか? キミが物心付いた頃というのなら、少なく見積もっても7年以上は昔の事だろう?
一番最初に見つかったリコでさえ分かったのは1年前と聞くぞ」
「間違いなく7年以上も昔の話だ。
それに、言ったと思うが7年以上も昔の話でな。
その救世主の顔などは既に覚えていない」
「…で、なぜオレにその事を聞く?
救世主、というのだから相手は女だろう?」
「いや……私を助けた救世主は、男だったのだ」
「なん…だと…」
7年以上前にクレアを助けた救世主が男。
この時点で既におかしい。
もし、クレアの話が本当ならば他でも話題に上がっていなければおかしいのだ。
「だが、オレと大河がアヴァター史上初となる男性救世主候補だ。
お嬢ちゃん、キミの言っている事はどこか矛盾しているぞ」
「分かっている。だからこそ、真相を確かめる為に聞いているのだろう」
「少なくとも、オレは身に覚えがない。
それに、それは大河も同じだろう」
今までの大河の態度から、彼は演技というものが苦手だ。
仮に今までの大河の態度が演技だというのなら、まさしく稀代の詐欺師に違いない。
「―――― 憧れているのか?」
「憧れか…確かに、憧れているな」
助けられた時、クレアは何を見て何に憧れたのかアダムには分からない。
ただ、その時の光景がクレアの中に強く刻み込まれている事だけが分かった。
「……まぁ、知らんのならばどんなに問いただしても意味はないだろう。
すまなかったな、こんな事に付き合わせて」
「いや…」
少なくとも、クレアが嘘を吐いているようには見えない。
となると、今の情報は何か重要な内容のような気がしてならなかった。
だが、今の時点では何の情報もないと言っても過言ではない。
「さて、そろそろ戻るとしよう。
皆も心配しているだろうからな」
「心配させるような行動をしている人物の台詞じゃないな」
「えっ?」
「分かっててやってるだろ、お嬢ちゃん」
「いい加減、お嬢ちゃんは止めてくれぬか?」
「止めて欲しいなら相応の態度を示すといい。
少なくとも、今のような行動をしている限り永遠にお嬢ちゃんだな」
どうやら、最後の最後でアダムは有利に立てたようだ。
クレアの嫌そうな表情を見る限り、それは間違いない。
「さて、そろそろ時間だな。
お嬢ちゃん、寄り道せずに気をつけて帰れよ」
「だからお嬢ちゃんは止めろと…いや、もういい」
何度言っても無駄と判断したのだろう、クレアは自身がお嬢ちゃんと言われる事を訂正するのを諦めたようだ。
そう、それでいい。
世の中なんて、そんなものなのである。
「ではな、アダム。なかなか有意義な時間であった」
「ああ、ではな」
ここで2人は別れる。
互いの帰るべき場所へと帰るために。
これは、有り触れた光景。
しかし、もしかしたら世界の命運を賭けるに値する邂逅であったかもしれない。
◇ ◆ ◇
「あの言い方、少し気になるな」
王都アーグを出てフローリア学園に戻る途中、人知れずアダムはそんな台詞を口にしていた。
そう、とても気になる言い方だ。
「7年以上前、か―――― 仮に7年前だとすると5歳から7歳ぐらい」
クレアの外見は12歳から14歳ほど。
仮に7年前だとすると5歳から7歳ぐらいの年齢となる。
だから、クレアが言った事は本来であればおかしくはない。
そう、本来であれば。
(注意すべき点は、【7年以上前】という点か)
幾らなんでも【以上】なんて言葉を付けるのはおかしい。
自分が最初に言い出した言葉だが、クレア自身も【以上】という言葉を口にしていた。
物心というのは人によって千差万別だが、概ねは4歳から5歳ほどとされている。
だが、クレアの物言いはまるでそれよりも前の時代の事を言っているようにも感じられる。
「―――― オレがこう考えるのを分かって言ったに違いないな」
そうなると、とんでもない策士だ。
先のやり取りでも思った事だが、外見通りの判断は止めた方が良さそうだ。
オマケに、クレア自身はかなり強かな一面がある。
ああいうタイプは敵になるとトコトン厄介な障害になる。
「今の時点で判断するのは無謀か――――」
だが、現時点では判断が出来ないのも事実。
それに、クレア自身があの学園を後押ししている可能性も高い。
下手をすれば、彼女は王族である可能性もある。
でなければ、警備兵があそこまで必死に捕まえようとはしないだろう。
とにかく、それなりに収穫もあった。
無駄な一日出なかった事だけでも良しとしておくべきか。
「そういえば、大河とカエデはどうなったんだ?」
【元ネタ集】
ネタ名:――
元ネタ:――
<備考>――
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あとがき
暑い日がやって来ましたね。
巷では、お盆を賑わっていましたが。
サービス業をやっていると、そういうのも関係ない日々です。