DUEL SAVIOR INFINITE Scwert3-4
 暗殺者、あるいは忍者。
 彼等は殺すことを至上目的としている。
 一切の無駄なく、最短で最速で敵を殺すことを至上とする暗殺者。
 だが、アダムは今だに彼の一族を超える暗殺者に出会ったことがない。
 彼の一族は長い年月を掛けて磨き上げてきた。
 異能などに頼らず、ただひたすら己の肉体のみで全てを殺しきる暗殺者。
 異形を己の技を持って殺戮する殺人鬼たち。
 それこそが、彼の七夜一族。
 果たして、この少女は七夜一族を上回るほどの業を持ちえているのだろうか。
 ふと、アダムはそんなことを考えた。

















DUEL SAVIOR INFINITE

Schwert3-4
未知の型 〜Mystery〜
















 つっこみたいところは沢山ある。
 嫌という程ある。
 たとえば、気絶していたはずなのに目を覚ましたら闘技場のど真ん中に立っていたなんてもっともな例だ。

「いつの間に移動したんだよ」

「さっきだ。大河は気絶していたからな、オレが運んだ」

「お姫様抱っこは勘弁して欲しいんだが」

「安心しろ、お姫様抱っこなんてやってない。そもそも、そんな事をするほど命知らずではないしな」

「というより、そんな事をやられたら俺はお前と縁を切るぞ」

「ああ、オレも間違いなく切るな」

 いろいろと文句はあるが、とにかくそれは置いておこう。
 傍らにいたアダムもスグに観客席に移動した。
 今からは真剣勝負なのだ、なら邪魔をするのは無粋というものなのだろう。
 それに、今から行われる試験の主役は大河とカエデ。
 アダムはあくまで観客に過ぎない。
 役者でもないのに舞台に上がるなど、恥知らずもいいところだ。

「ってと……」

 己の武器であるトレイターを召喚し、大河は切っ先を眼前の敵へと向けた。
 今回の敵の名はヒイラギ・カエデ。
 大河と同じ救世主候補にして、今回の召喚の儀で召喚された新たな救世主候補である。
 その左手に装着された籠手、名を黒曜と云い、それこそが彼女の召喚器に他ならない。

「お〜お〜、やる気満々って感じだな」

「御託はいい……いくぞ」

「それじゃぁ〜、はじめぇ〜♪」

 ダリアの開始合図と同時にカエデが構える。
 そこに、隙は一片たりとも存在しない。
 なるほど、戦闘者としては一級品なのだろうと大河は推測する。
 身長そのものは大河の方が若干高いが、今の彼女の方が何倍も大きく感じてしまう。
 おまけに、その構えには【迷い】がない。
 その型に己の命を掛ける事を彼女は一切躊躇していなかった。

(こりゃ、厄介だぜ)

 無用心に動けば、次の瞬間には懐に入り込まれていてもおかしくない。
 外見から忍者である事は間違いないだろう。
 本来、忍者とは暗殺者であり隠行や闇に紛れるステルス性がものをいう。
 すなわち、直接戦闘には忍者と言うのは基本的には不利なのである。
 だが、目の前の少女はその直接戦闘という分野においても他の戦闘者と引けを取らないようだ。
 その事実は、こうして構えて相対しているだけでよく分かる。

(だが……)

 故に、付け入る隙もある。
 完成された武芸者というのは、全てにおいて一定の、規則正しいリズムを持っているとアダムが言っていた。
 その言葉を信じるなら、目の前のカエデには一定の規則正しいリズムがあるはずだ。
 そのリズムを乱すことが出来れば、技術面で劣っている大河でも充分に勝機はある。

(……よし)

 大河は静かに構えた。
 普段やらない構えを、おそらく武芸者が見れば誰もが予想通りの反応をするであろう構えを。
 瞬間―――― カエデの気配が変わった。
 あえて言うなら、その気配は間違いなく困惑のそれ。
 そう、やはり予想通りの反応であった。

(だろうな)

 カエデが困惑するのも無理のない話だ。
 見るからに隙だらけであり、実戦剣術の鉄則において有り得ない重心に握り。
 だというのに、その有り得ない構えに大河が己の全てを掛けているのだ。
 彼女でなくても、困惑したに違いない。

(しかも、次にどんな形に変化するかわからねぇはずだからな)

 そう、その構えが次にどのように変化するのかカエデにはまるで理解できない。
 あのあからさまに出来ている隙に斬りかかれば話は楽だろう。
 だが斬りかかった後、あの不可解な型がどんな動きで変わるのか理解の範囲外なのだ。
 故に、カエデにとって見れば大河の不可解な構えは脅威そのものであった。
 今こうしている間にも、カエデは精神的な圧迫を感じ続けている。
 しかし、それでも斬りかかってこないのは大河の不可解な構えを警戒してのことだ。

(よし、俺の術中に嵌ったな。後は、その時が来るのを待てばいいだけだ)

 勝利への布石は既に出来ている。
 後は、その時が来るのを待てばいい。


















◇ ◆ ◇


















 カエデは追い詰められていた。
 試合は始まったばかりであるが、それでも間違いなく追い詰められていた。
 原因は、彼女の目の前で不可解な構えをしている青年。
 彼が行っている構えこそ、今のカエデにとっては最大級の脅威に他ならない。
 動く気配をまるで見せない大河に、カエデは次第に痺れを切らし始めた。
 いっそ無策に突っ込んであからさまな隙に斬りかかれば、という甘美な誘惑が彼女を襲う。
 だが、その誘惑をカエデは気力でねじ伏せた。
 ここで無策に突っ込むのは、賢い者のするべき事ではない。
 長く武芸に身をおいてきたカエデにとって、見たことも聞いた事もないような構え。
 どんな術なのかまるで理解できないが、大河の型は荒々しいとはいえ何所か攻めずらい印象を与えた。
 あの不可解な型に、大河は己の命を掛ける事に躊躇はないようだ。
 事態の硬直。
 カエデは動けないが、大河は動かない。
 これが両者の決定的な違いだ。
 警戒により動けないカエデと、何かが来るのを待つかのように動こうとしない大河。
 彼は果たして、何を待っているのか。

「………ッ!」

 不動の岩を相手にしているような錯覚。
 カエデ自身も何もやっていなかったわけではない。
 時より足を軽く動かすなどして、大河の様子を観察していた。
 石を蹴ったりして大河を挑発もしたが、それでも大河は動かない。
 ジッと何かを待つかの如く。
 幸い、自身を撃退するという意志は感じられた。
 仮にその意志すら感じられなかったなら、カエデは更に余裕を無くしていた事だろう。
 そういった意味では、大河はまだまだ未熟であった。

「ッ……ッ!!」

 しかし、それでもカエデは自身が追い詰められている事を明確に理解していた。
 試合が始まってから僅かな時間しか経過していないはずなのに、既に数時間も睨み合っているような気がする。
 時間感覚の麻痺。
 それに伴う、集中力の低下。
 己の敵意などが、全て大河によって根こそぎ奪われていくかのような錯覚にも似た実感。
 このままでは、自身が負ける事をカエデは直感的に理解していた。

 「ッ…ッ…ッ!」

 突撃しなければならないという強迫概念にも似た甘美な誘惑。
 この地獄のような緊張感から抜け出したいという願望。
 それらが合わさった時――――

「ッァァァハァァァァァァ!!!」

 彼女がこうして突撃するのは当然の事であった。


















◇ ◆ ◇


















 大河が誘導していたのもあるが、カエデは明らかに視野が狭くなっていた。
 突撃というのは、明らかな下策だというのにカエデはその下策を選択したのにも理由がある。
 1つ目は、大河の不可解な構え。
 2つ目は、大河が動こうとしないが故だ。
 極められた武芸を持つものは、相手の型を見て次にどのような型になるのかある程度の予測は出来る。
 生まれてからずっと武芸に身を置いてきたカエデとて、それは例外ではない。
 だが、もし目の前に見たことも聞いた事もないような【未知の型】が存在したならばどうだろうか。
 当然、警戒するだろう。
 素人ならそんな事を考えずに攻撃してくるかもしれないが、カエデは違う。
 武芸に身を置き、【極められた型】を行使する一流の武芸者だ。
 それ故に、カエデは大河の【未知の型】に警戒したのだ。
 次にどのような【型】に変化するかまるで想像できなかったが故に。
 そして、その【未知の型】のまま動こうとしない。
 まるで不動の岩の如く動かない大河に、カエデはどんどん冷静さを失っていく。
 不可解な構えに岩の如く動かない大河。
 武芸が一流でも、精神的に未熟なカエデが冷静さを失っていくのは仕方のない事であった。
 その結果が、彼女の中で響いていた甘美な誘惑に負けるということであった。
 本来であれば、クナイなどの投擲物を投げればその時点で大河の企みは破綻していただろう。
 だが、そこまで思考をまわさない為に大河は自身でもどうかと思う【未知の型】を使い、更に動かない事でカエデに精神的な圧力を掛け続けたのだ。
 
(よし、計画通り!!)

 計画通りでは有るが、はっきり言って自身が行ったことは命綱なしの綱渡りである事を大河は理解している。
 仮に相手がアダムであったなら、このような手は通用しないだろう。
 このような事態にも対処できるだけの【余裕】を彼は常に確保しているのだから。

(あと、1m!)

 彼我の距離は約3m。
 まだだ、まだ射程距離に入っていない。
 まだ早い、早すぎる。
 狙うは、【変化後のトレイター】が届くか届かないかのギリギリの時間。
 全ては、そのギリギリの時間に決まる。

(あと―――― 50cm!)

 やはりかなり速い。
 戦闘者として、武芸者として一流。
 更に、召喚器の力を借りることで身体能力を更に向上させている。
 結果的に、その瞬発力は目を見張るものがあった。
 限定的になら、アダムの瞬発力をも上回るのは間違いない。
 確かに身体能力は向上しているだろう。
 限定的ながら、瞬発力はアダムを上回るだろう。
 だが、この状況から横に飛ぶなんて芸当は流石に出来まい。
 やったら、身体の筋などに爆発的な負担が掛かり、下手をすると筋が断絶する可能性だってある。
 そう、これはあくまで実戦ではなく試合だからこそ出来る手段。

(残り――――― 3、2、1……今!)

 待っていたのはこの時。
 大河にとって、まさしくこの時こそが待ちに待った瞬間であった。
 トレイターの形状を変化させる。
 剣から棒へ。
 その全長が剣の時の1.4倍に伸びる。
 棒へと変化したトレイターの棒先とカエデとの距離は、僅か1cm。

――――、!!」

 それは、まさしく刹那の時間であった。
 カエデの表情が驚愕に染まる。
 大河の狙いを、カエデは看破したのだ。
 だが遅い、既に状況は覆せる範囲から外れている。

「あぐっ!?」

 カエデの額に、棒先が激突する。
 これこそが大河の狙い。
 おそらく、もう二度と通用しない一回限りの戦術。
 カエデは、ものの見事に大河の術中に嵌ったのだ。
 だが――――

(ヤバい!)

 急がなければならない。
 信じられない事に、あの土壇場でカエデはブレーキを掛けた。
 本来であれば、気絶するほどの衝撃がカエデを襲うはずだったのに、直撃する瀬戸際にブレーキを掛けた結果、気絶するほどの衝撃がカエデを襲う事はなかった。
 驚嘆するほどの反射神経と本能、そしてそれを可能とする身体能力。

(急がねぇと!)

 予定では今の時点で大河の勝ちが確定している。
 だが、予定に反してカエデは意識を失っていない。
 つまり、試合はまだ続行している。
 事象は大河の勝利から、大河の有利へと下げられていた。

「っら!」

 だが、それでも大河が有利な事に違いはない。
 その有利を利用しない手はない。
 気絶していないとは言え、意識が朦朧としているであろうカエデに対し大河は直に足を払った。
 流石に朦朧としている意識では避けれないのか、カエデは盛大にこける。
 こけたカエデの首筋に大河はすぐさまトレイターの形状を剣に戻し、首筋に押し当てた。
 カエデの首筋から、微かに赤い血が流れ始める。

「俺の、勝ちだな」

 勝利宣言。
 確かに、勝敗は誰の目にも決していた。

「そこまでぇ〜!」

 呑気な試合終了の宣言なされた。


















◇ ◆ ◇


















「やるわね〜、大河君。カエデちゃんも、見たところかなりの使い手だったのに」

「かなりレベルの高い試合でしたね」

 ダリアの言葉に頷くベリオ。
 それに、大河の作戦も中々のものだった。
 いや、あれはカエデだからこそ通用したと思われる。
 仮に相手がリリィだったのなら、構えなど気にせずに一気に魔法で制圧するだろう。

「ふん。あの程度の試合なら、私だって」

「そうですね。リリィにも出来ると思いますよ」

「そ、そうよ!」

「大河君と同じぐらいの良い試合が」

「あ、あんな馬鹿と一緒にしないでよ!!」

 大河と同系列にされるのがリリィにとっては不満のようだ。
 だが、普段は同レベルの喧嘩を行っているので結局のところ大河とリリィの人間的なレベルは同レベルと言わざる得ない。
 幸か不幸か、リリィはその事実に気付いていないようだ。
 それとも、意図的に気付かないふりをしているのか。

「ええ、わかってますよ、リリィ」

「………チッ」

 ニコニコしながら込められたベリオを見ながらリリィは小さく誰にも聞こえない程度に舌打ちした。
 まさかベリオに言いくるめられるとは思っていなかったらしい。

「大丈夫、お兄ちゃん?」

「ああ、大丈夫だ。問題ないぜ」

「駄目だしするなら、あそこでは直撃を待たずにトレイターを前に突き出せば、確実にカエデを気絶させる事が出来ていただろう」

「うっせぇ、わかってるよ」

「お兄ちゃん!!」

「まぁ、よく考えた策だ…とだけ言っておく。
 リリィ辺りには、絶対に通用しない策だろうがな」

「あいつに使ったら構えた瞬間に魔法の雨が飛んでくるっての」

「ちゃんと理解してるみたいだな。
 なら、オレからは何も言う事はないさ」

 幸い、今回はダメージを一切受けなかったが次もそうであるとは限らない。
 パーフェクト勝ちなど、真実は夢のまた夢。
 おそらく、同じ手は二度と通用しないだろう。
 相手がよほどの馬鹿でない限り。
 その事を、本能的にではあるが大河は理解していた。

「それより、カエデは大丈夫なのか?」

「あ、そうですね」

 アダムに問われ、未亜はカエデの方を見た。
 そこには負けたことに呆然としているカエデの姿がある。
 そこで、ふと未亜は気付いた。

「カエデさん、怪我してますよ」

「………えっ?」

 よく見てみると、首筋のところから微かに血が流れている。
 どうやらトレイターを首筋に押し当てた時に、少しだけ血が流れてしまったようだ。

「あ、本当ね。駄目じゃない、大河君。女の子キズモノにしちゃあ〜」

「っておい!! 試験何だから怪我とかしかたねぇだろ!?」

「でもお兄ちゃん、女の子の肌に傷を付けるのは重罪だよ……」

「未亜、お前もか!?」

 未亜はあっさり大河の敵に回った。
 孤立無援、そんな言葉がまさに今の大河の状況を的確に示している。
 世の中というのは、かくも厳しいものなのである。

「カエデちゃん、こっち向いてね」

 そう言って白いハンカチをカエデの怪我に当てる。
 そんなダリアを見ながら、未亜がダリアへと尋ねる。

「先生、消毒薬ありませんか?」

「ん〜、医務室に行けば」

「それじゃあ、私が連れて行って……って、どうかしたの、カエデさん?」

 そう申し出たベリオだったが、カエデの様子がおかしい事に気付き、カエデを見ると、カエデは細かく震えていた。
 その様子を見る限り、どう考えてもカエデを支配しているのは【恐怖】だ。

「あ……あ……あぁぁぁ……」

 呻く声を出しながら震えるカエデを大河たちが茫然と見詰める中、カエデはゆっくりと倒れていった。
 さらに、倒れた後カエデは動く気配を見せない。
 どうやら気絶したようだ。

「はっ?」

 それは、あまりにも突然の出来事であった。
 あまりにも突然過ぎて、誰も反応する事が出来ない。
 気を失う、気絶―――― 現在進行形でカエデの状態を指し示す言葉だ。

「ちょっと、どういう事よ!?」

「おおお、お、お兄ちゃん!! トレイターに毒でも塗ってるんじゃ!?」

「んなわけねぇだろ!!」

 救世主候補達が驚くのも無理のない話であった。
 まさかいきなり、何の拍子もなく倒れるとは思っていないし思いもしないだろう。
 そんなカエデの傍によるとアダムは首筋などに手を当て、脈を計る。
 特に問題はない。
 ほんの少しだけ通常よりは脈が速いが、この辺は戦った時の緊張から考えれば普通だ。
 となると、考えられるのは1つ。

「どうだ、アダム?」

「脈は少し速いが、先ほどまで闘っていたからな。
 その時の緊張感が原因だろう」

「…って事は、トラウマか?」

「だろうな」

 それって、致命的な欠陥ではないだろうか。
 忍者というのは諜報員であると同時に暗殺者。
 何かを殺すこともまた、任務の主幹。
 それなのにトラウマなど、笑い話にもならない。

「トラウマ云々は置いといてだ。
 とりあえず、カエデを保健室にでも連れて行ったほうがいいんじゃないか?」

「そうだな、このままこの場に放置というのは衛生面からもおススメできない」

「なら俺が」

「ああ、大河は却下な」

「なんでだよ!?」

 この有無すら言わせないアダムの言い草に大河は大声で反論する。
 その大河の反論に対するアダムの答えは、

「お前に任せたら、カエデの貞操とか拙そうだしな」

 アダムは遠慮も何もなく言い切った。
 そのアダムの答えに他の救世主メンバーは大いに頷いたりする。
 どうやらこの辺は他のメンバーの暗黙の了解となってしまっている。
 知らないのは大河だけ。
 なんだかんだ言って、この点で大河は不幸な人間なのかもしれない。

「で、オレも男だから却下ということで」

「そうですか? アダムくんに任せても問題ないと思うんですが」

 アダムの台詞に不思議そうに問いかけるベリオ。
 そのベリオの台詞に軽く首をアダムを振るった。

――――

 特に何も言わずにアダムは大河を見る。
 それにつられるようにベリオたちも大河を見た。

「な、なんだよ」

 そんな皆の視線に、1歩、2歩と後ろへ下がる大河。
 そうして、そんな大河を見ながら他の救世主メンバーたちは理解した。

「そうですね」

 代表格としてベリオが呟く。
 そんなベリオの呟きに、未亜もリリィも頷いた。
 なお、ダリアは面白そうに救世主メンバーたちを見ている。
 教師なら止めろよ、と言いたいが言ったところで無駄だろう。
 なので、誰もダリアを頼りにしていない。
 なかなか賢い人物たちである。

「おい、なんか釈然としないものを感じるんだが?」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。どんなことがあっても私はお兄ちゃんの味方だから」

「そりゃどういう意味だ!?」

 あんまりと言えばあんまりな未亜の言い草に、大河は反射的に反論してしまう。
 何やら人間としてかなり大事な部分を見られているような気がしてならない大河であった。
 大河を見る未亜の目が何やら犯罪者を優しく見守る第三者の目線のような気がするが、きっと気のせいに違いない。

「わからない? じゃ、貴方はその程度ってことよ」

 すかさず売り言葉を発するあたり、リリィという少女の性格がよく分かる。
 既に大河への売り言葉は条件反射にまで達しているのかもしれない。
 そして―――― 大河の買い言葉もまた。

「おい、似非リリィ・ザ・マジシャン、てめぇに対してなんか殺意を感じるんだが?」

「へぇ、言うじゃない、この三下の煩悩脳ミソのくせに!」

「うっるせぇ!! この似非魔法使い!! 俺に喧嘩を売るたぁいい度胸じゃねぇか!!」

 ある意味では、2人の喧嘩は既に日常の一部に組み込まれてしまっていた。
 それはそれで大問題なのだが、大河もリリィもその事に気付いていない。
 喧嘩が日常の一部など、それはどれだけ異常な事か。

「2人とも後頭部を殴って気絶させるか? いやいや、しかしそれはそれで」

 何やら不吉な事をアダムが口走っている。
 確かに手っ取り早い方法だが、やると後で恨みを買いそうな選択肢である。

「あらぁ〜ん、2人とも本当に元気ねぇん」

 このような状況になっても止めようとしないダリアは、何げに大物なのか、それとも。
 どちらにしても、どうやら傍観者に徹して大河とリリィの喧嘩を楽しむつもりらしい。
 あるいは、今晩の酒の肴にするつもりなのだろうか。

「もう我慢ならねぇ!! 今日こそ決着を付けてやる!!」

「望むところよ!!」

 2人はそう叫び、大河はトレイターを召喚し、リリィはライテウスに魔力を込める。
 そうして今まさに激突しようとした時、2人の後頭部を未亜とベリオがお互いの召喚器でどついた。
 そりゃもう、手加減なんて欠片もない。

「ぐぅ、い、いったい何……が…」
 
 意識が朦朧となる。
 色を持っていた視界から色が消え、景色を認識する神経が一斉に活動を停止し始めた。
 闇という黒に、意識が沈む。

「もう、いい加減にしてよ」

「本当ですね」

 最後に聞こえたのは、未亜とベリオのそんな呟きだった。


















◇ ◆ ◇


















 それが原因で、大河とリリィが倒れこんで気絶してしまうのは仕方がないことだ。
 ちなみに、未亜がどついた相手は大河。
 ベリオのどついた相手はリリィだったりする。

「しかし、本当に厭きないな2人とも……喧嘩するほど仲がいいと言うが」

「その範疇は、既に超えてますよね」

「そうだな、超えているな」

 気持ち良さそうに気絶している2人だが、よくよく見てみると後頭部に大きなタンコブがあるような気がする。
 何らかの後遺症が発生したりしないだろうかと心配になったりするが、それもいい。
 最大の懸念は、気絶した大河とリリィの傍らに立って何やら清々しい笑みを浮かべている少女2人だ。
 見たところ、特に罪悪感は感じている様子はない。
 完全に【染まっている】ようだ。
 とはいえ、大河とリリィにも原因があるので一概にそうとも言い切れないが。

「で、続きを話したいんだが……いいか?」

 このままでは話が進まない。
 邪魔者は未亜とベリオが排除してくれたのだ。
 この隙に気絶している3人をどうするか一気に話を進めた方がいいだろう。

「あ、はい。いいですよ」

 ある種の爽快な笑みを浮かべる未亜とは対照的に、いまだにベリオは苦悩しているようだ。
 いや、苦悩というより自分の世界に入っている可能性がある。
 やれ自分はどうだの、この苦労の原因は何だのと考えているのかもしれない。

「オレが思うに、リリィも駄目だ」

「そうですか?」

「考えてみろ、絶対に何かトラブルを起こすぞ」

 それを聞き、未亜もベリオも考えてみた。
 とりあえず、医務室にカエデを連れて行く。
 連れて行ってその時にカエデが起きたとしよう。
 さて、リリィは何をするか。

「絶対に、挑発しますね」

「だろ?」

 結論は、バカバカしいほど簡単に出てしまった。
 どうしてこう、救世主クラスには変人が多いのだろうか。
 その【変人】に自分たちが含まれていることを未亜もベリオも気付いていない。
 いや、もしかしたら気付かないふりをしているのかもしれない。
 己の精神的衛生によろしくないのだから。

「オレとしてはベリオと未亜に任せたいんだが」

「あ〜らぁ、わたしに頼ってくれないの〜?」

 そこまで事の成り行きを見ていたダリアがアダムに話しかける。
 ちゃっかり大河とリリィの姿を幻影石に修めているあたり流石だ。
 だが、仮にもダリアは教師。
 この場は彼女に頼るのも選択肢の1つだろう。
 ダリアという教師が、普通の教育熱心で生徒想いの教師であったならの話だが。

「責任感0の教師に頼る選択なんてないと思うが?」

「あん、ひどいわね」

 アダムの真実の返答にダリアはひどく傷ついた顔をするが、本当に傷ついたかのついては謎。
 いや、絶対に傷ついていない。
 むしろ面白がってそうだ。

「という訳で、ダリア先生もなし」

「そうですね」

「というより、先生に頼る時点で間違ってると思う」

 何気に未亜が痛烈な一言を言っているように思うが、まあ、気のせいだろう。
 ついでに、やはりひどく傷ついた、それでいてどこか楽しそうなダリアがいたとかいないとか。
 やはり神経はかなり図太い。

「となると、あとは私か未亜さんですね」

 消去法で行くとそうなる。
 リコ辺りに頼みたい気もするのだが、あいにく彼女は外見が外見なので却下。
 あとでリコのような少女に頼った駄目な救世主候補たちなんて噂を囁かれたくない。

「にしても……なぁ」

「そうですね」

 そうアダムとベリオが言うと、2人は同時に倒れて気絶している大河とリリィを見た。
 こちらの気など知らずに、気持ち良さそうに気絶している。

「このままは、まずいな」

「ですね」

 そう言い合うとアダムとベリオはため息を吐いてしまった。
 この場でそのまま2人を放置したらどうなるか。
 それは火を見るより明らか。
 絶対に、売り言葉買い言葉で最終的に手加減なしの耐久決闘大会が開催してしまうに違いない。
 なんでこの2人はこんなに仲が悪いのか不思議で他ならない。
 同属嫌悪なのかもしれないが、それにしても悪すぎる。

「同族嫌悪、というレベルを既に超えているな」

「そうですね……この2人の相性の悪さは致命的な気がします」

「何とか出来ないかな?」

「こういうのは本人たちが自分たちで解決するべきだろう。
 オレ達に出来るのは、せいぜい助言が関の山だ」

 まあ、どちらも自分が1番になりたいという思いが強い。
 大河は純粋に1番になりたいようだが、リリィの場合は強迫概念のような部分が存在している。
 何が彼女をそこまで追い込むのか分からないが、少なくともこのままではリリィは潰れてしまうのは明らか。
 強迫概念に侵された人の最後の到達点は自滅に他ならない。
 そう言った事例を何回も見てきたアダムとしては、それがリリィに対する懸念部分だ。
 もっとも、その強迫概念が逆転すればそれはそれで面白いことになりそうだが。
 そう言った事例を何回も見てきたアダムにとっては、そこが非常に面白い面である。
 もっとも、今のところ特に為すことはないだろう。
 多少は手助けしてやったとしても、最終的には己で何とかしなければならないのだから。

「オレは大河を。未亜がカエデを。ベリオがリリィを、でいいか?」

「そうですね、それが無難だと思います」

「私は……お兄ちゃんを運びたい」

 約1名己の欲望に従って何か言っているが、まあどうでもいいことだ。
 未亜の台詞を聞き、ベリオは冷や汗を流しアダムは呆れたように肩を落とした。

「未亜、仮に君が大河を連れて行った場合、必然的に俺がカエデを保健室に連れて行くことになる。
 その光景を人に見られて、要らぬ噂を俺は立てられたくない」

「うっ」

 アダムの台詞に反論できない未亜。
 まあ、男の大河を女の未亜が連れて行くというのも問題といえば問題だ。
 主に大河の尊厳が。
 そんなことした日には大河の兄としての尊厳が地に堕ちるのは確実である。
 もっとも、大河に兄としての尊厳があるのかと言われると首を傾げてしまうのが現状だが。

「とにかく、さっさと連れて行こう」

 そう言ってアダムは大河を担ぐと歩き出す。
 同様にベリオは神聖魔法で、未亜はジャスティを召喚し身体能力を強化してリリィとカエデを運び出した。
 そんな後姿を見ながら、

「結局、わたしって相手にされなかったわねぇ〜ん」

 などと間延びした口調で悲しそうにダリアが呟いた。
 まあ、問題ないことだろう。
 だって、ダリアだし。





【元ネタ集】

ネタ名:――
元ネタ:――
<備考>
――



あとがき

ナルガクルガ、倒しました。
当り判定が一瞬しか出ないので、彼奴の攻撃を避けるとスタイリッシュに見えます。
一応、フルフル、ナルガクルガ、リオレイア原種ならG級でも単独で撃破できるようになりました。
ちなみに、私は太刀を主に使ってるってか太刀以外使ってません。