DUEL SAVIOR INFINITE Scwert3-2
 懐かしい夢を見た。
 いつかの誰かの背中。
 もう、決して出会う事もないであろう青年の夢。
 悪戯のように、不出来でバカバカしい。
 それでいて、誰もが願う御伽噺のような幻想。

 あれは、ダレが作り――― 誰が憧れた光景だったか。

 まるで夢か幻のような光景だった。
 だが、あれは確かに信じられる絶対的な光景。
 その光景を通して幻視した理想。
 決して誰にも譲らぬと誓った想い―――
 今も何者にも譲らぬと誓ったその――――

 止まらない、決して止まる事などない。
 この理想と想いを持つ限り、歩みが止まるはずなどない。
 
 それは、確かな願いが生み出した決意――――

 他者が止めようとも、己の信じるものの為に走り続けてきた。
 嘲笑われ、侮辱され、人としての時間すら果ての果てに失った。
 この身は既に人と同じ時間を歩むことは出来なくなっている。

 ―――― 間違ってなどいない。

 大丈夫―――― 全ては、その言葉だけで事足りる。
 今までやってきた事、これから信じて行っていく事。
 その全てが決して無駄ではないように。

 悪意も絶望も乗り越え、更にその先へ。
 希望を、夢を胸に秘め、更にその先へ。
 誰もが願った未来の、その更に向こう側へ。
 
 何て醜悪で、禍々しくおぞましい悪意。
 美しい、輝くのような、大きな背中。

 醜くてもいい、たとえ偽善だとしても構うものか。
 己の信じた道を、ただ突き進むのみ――――なぜなら、この想いは決して。

 決して―――― 間違えてなどいないのだから。

 来たりし時、その最果て。
 ありえない邂逅――― あるべき邂逅。
 その全てを胸に秘め、その場所へと向かう。



―――― さぁ、行こう。物語は、既に始まっているのだから――――


















DUEL SAVIOR INFINITE

Schwert3-2
我儘少女 〜Encounter〜
















 授業が丸つぶれになったあと、アダムは図書館の中で色々な文献を読み漁っていた。
 この世界については多少の事は理解できた。
 だが、あくまで多少という範疇でしかない。
 より正確にアヴァターの事を理解するために、アダムはよく図書館を利用している。

(しかし…今だに、か)

 視線を本から左薬指にはめられた指輪へ。
 現在地を示す機能は、相変わらずノイズしか写さなかった。
 何らかの要因があるのか―――― それとも、この世界が特殊なのか。

「今は、考えても仕方のない事か」

 どんなに考えようとも、所詮は考案の範疇でしかない。
 考案はどこまでいっても考案。
 それだけでは、決して真実に到達する事など出来ない。

(それ以上に――――

 それ以上に、アダムには懸念事項があった。
 現在している調べもの―――― 救世主に対する記述だ。
 救世主という単語に妙な引っかかりを覚えていたアダムは、アヴァターの事を調べる片手間に救世主についても調べていた。
 だが、どんなに調べても救世主に関する詳しい文献がない。
 これほど大きな図書館にも関わらずないという事は既に失われている可能性が高い。

「厄介なことになったな」

 そもそも、なぜ女性なのかである。
 正確に記述された文献がないのでなんとも言えないが、破滅を退ける以外に別の役割を担っている可能性がある。
 いや―――― もしかしたら、その【別の役割】こそが救世主の本来の役割なのかもしれない。
 
「異質にして埒外――――― か」

 おそらくだが、アダムと大河は救世主の中でも異質な存在なのだ。
 至上初の男性救世主候補―――― 今まで全ての救世主や候補達は女性だった。
 だからこそ、アダムと大河に向けられる視線は好奇のそれだ。
 存在するはずのない、まったく新しい不確かな可能性―――― 果たして、それは世界を賭けるに値する可能性であるかどうか。
 おそらくミュリエルが警戒しているのはそれだ。
 今までにない因子であるが故に、必要以上に警戒しているのかもしれない。

(学園長は喰わせ者だからな……警戒しておくに越した事は無いな)

 下手に隙を見せれば、其処から一気に崩されて立場は悪いものとなるだろう。
 ミュリエルは今も虎視眈々とこちらの隙を窺っている。
 アダムにとって彼女に隙を見せるという事は、ほとんど自殺行為と変わらない。
 死ねるかどうかは、別問題として。

(それにしても――― 新しい救世主候補か)

 新たな仲間は、間違いなく女性なのだろう。
 歴代がそうだったのだ。
 アダムと大河という2人の例外を除いて、現状でも他の救世主候補は全て女性だ。
 それを考えると―――― 自分達がどれだけ異質な存在なのかが分かってしまう。
 期待と侮蔑の2つを浴びる身にとっては、あまりいい状況ではない。

「……やはり、載っていないか」

 救世主に関してそれなりに詳しく載っているとされる情報誌を読みきったが、アダムの欲する情報は手に入らなかった。
 腑に落ちない点はいくつもある。
 まず、救世主という存在がある事はこの世界の全住人が知っていると言って過言ではない。
 だが、それに反してその実態は何なのかという事を知っている人物は皆無と言っていい。
 これだけ情報が少ないと言うのは不思議を通しこして薄ら寒いものを感じてしまう。
 それに、破滅の撃退方法などに関してもまったくと言っていいほど記述がない。
 過去にそれらの情報が葬りさられたのか、それとも破滅の撃退方法が不明なのか。

「拙いのは―――― 後者の場合か」

 仮に破滅を天災の類だとするなら、それこそ撃退方法などない。
 当たり前だ、超自然現象である天災に抗う術など人は持ち合わせていない。
 それと同じように、世界の歪みを正すために破滅が発生して文明を滅ぼしているのなら。
 仮にこの考えが真実ならなんて残酷な事か。
 結果としてあるのは負けと引き分けのみであり、勝利という結果は存在しない。
 しかも、辞退する事も適わないアンフェアな戦いだ。

(いや、それよりも――――

 そもそも、何を持って救世主とするのかが分からない。
 学園内で軽く耳にしたが、何でもクレシーダ王女という人物が選定するらしい。
 らしいが、どっちにしてもそれは真実ではあるまい。
 本当の救世主が何によって選定されるか、それが問題だ。
 そしておそらく、その選定する【モノ】が鍵になるとアダムは睨んでいる。
 あくまで憶測の域でしかない。
 しかし、かなり確信に近い部分にいるとアダムは考えている。

――――― アマテラス」

 出現する一振りの大剣。
 無骨な片刃の刀身。
 峰の部分にある排出口。
 まるでバイクのアクセルのような機構を備えた柄。
 どこか機械的な部分を持つその召喚器は、他の召喚器との違いを明確にしていた。
 原始的な武装ばかりの召喚器の中で、アマテラスは比較的近代的であった。
 そして―――― その名もまた、他の召喚器と違っていた。

「大河のトレイターは【反逆】、未亜のジャスティは【正義】だったか」

 つまり、召喚器には名に対して何らかの意味を持つものが多い。
 それは、召喚器としての性質なのかどうかまでは分からない。
 だが、いずれにしてもアマテラスは違う。
 日本神話に登場する最高神、太陽の化身であり三貴子の一柱。

「実は―――― いや、止めておこう」

 仮にそうだとしても、今の状態では理由は聞くことなど出来ないだろう。

「にしても大河の召喚器の意味が【反逆】――― か」

 なんとも皮肉な名前だとアダムは思う。
 何しろ、救世主候補のその武器である召喚器の名前が【反逆】など、まさしく神に対して中指を立てているようだ。
 いや、そもそも大河は神様を敬うというものを持ち合わせていないので、それを考えると【反逆】という名前は存外に的外れではないような気がする。
 もっとも、神様に反逆するという意味ではアダムの方が遥かに似合っているかもしれないが。

(しかし―――― 抑えつけられていてこの力か)

 色々とこのアマテラスに聞いてみたい気もするが、アマテラスには凄まじいほどの圧力が掛かっている。
 その力の持ち主は何者なのかは分からないが―――― おそらく力の持ち主はアマテラスが呼び出されるのは不測の事態なのかもしれない。
 力の持ち主が何者なのか判別したくても情報が足りない。
 もしかしたら、その力の持ち主が破滅と何らかの因果関係にあるのかもしれないが、それも所詮は憶測でしかないわけだ。

(次の試験の時にでも、もう少し慣らしておくか――――

 実際のところ、アダムはまだアマテラスを少し持て余していた。
 随分と慣れてきたとは言え、やはりすぐには己の【癖】を治せるものではない。
 とはいえ―――― 最初期に比べると随分とマシになったのも確か。

「なら、さっさと特訓に行くべきか?」

 とはいえ、午後からは新規の救世主候補の召喚儀式がある。
 仮に救世主候補が覚醒試験を無視できるような状態だった場合、直に席次試験に移行する可能性もあった。
 やるからには万全の状況で臨みたい―――― ならば、今日の訓練は止めておいた方がいいのかもしれない。

「いよう、アダム―――― 何か難しそうな顔してるじゃねぇか」

 いつの間にか、自身の傍らに大河が立っていた。
 どうやら思ったより考え事に没頭していたようだ。

「そういう大河は、今からナンパに行きますって顔だな」

「いや、顔の表情だけで俺の次の行動を読まないでくれ」

「というより、少し親しくなれば大河の行動パターンなんて概ね読めると思うが」

「マジかよ!?」

 実際、少し親しくなれば大河の行動パターンを読むことなど造作もない事であった。
 まず、女好きの大河がする事は1にナンパで2にナンパ、3にナンパで4にナンパである。
 つまり、ナンパしかしない。
 戦闘訓練? 何それ、おいしいの?

「少しでも訓練すれば、今以上に伸びるというのに」

「へっ、大天才である当真 大河様に訓練なんて必要ねぇぜ!!」

 自信満々に言いきる大河だが、最大のネックはそこだ。
 本人は冗談のつもりなのだろうが、実際のところ当真 大河という青年は一種の天才であった。
 頭脳とかという意味ではない。
 具体的には、戦闘や殺し合いという意味での天才だった。
 特に訓練をする事もなく、教えられた戦闘法などをあっという間に身につけてしまう。
 常人が1ヶ月必要な訓練、それを大河の場合なら1時間で簡単にこなしてしまうのである。
 当真 大河―――― 彼は、戦闘という点に関しては紛れもなく【恵まれた人間】だった。

「しっかし、新しい仲間かぁ……どんな奴なんだろうな」

「女を希望か?」

「おうともよ!! ってか、俺達以外の救世主候補ってみんな女だって事らしいからな。
 十中八九、女なんじゃねぇか?」

「だろうな、あまり新規の救世主候補に構い過ぎると、未亜あたりから嫉妬を買うぞ」

「あ〜……それはマジで勘弁して欲しいぜ」

「なら少しは自重したらどうだ?」

「フッ、この当真 大河様に自重の2文字はねぇ!!」

「死刑確定か」

 本当に懲りない、だがそれこそが大河なのであろう。
 
「それで、何でオレ達は正門にいるんだ?」

「そりゃ、アダムもナンパに付き合ってもらうために決まってるだろ」

「悪いが全力で拒否する」

「なんでだよ!?」

「王都に行こうとしてるな?」

「まぁな」

「召喚儀式まで後3時間。王都への片道は馬車を用いたとしても1時間半。
 どう考えても、ナンパなんてしている暇はないぞ」

「し、しまったぁぁぁぁ!!!!」

 考えてなかったようだ。
 それとも、意図的に考えてなかったのだろうか。

「それで、王都へナンパしに行くのは無理になったわけだが……」

「へっ、この当真 大河……その程度じゃへこたれねぇぜ!!」

「……………」

 大方、この学園内の女子生徒をナンパしようとでも考えているのだろう。
 そのバイタリティーは尊敬できるが、もっと別のところに向けて欲しいのがアダムの本音だ。
 思わず呆れた視線を大河に向けてしまったのは、決してアダムの責任ではない。

「おい、そこの下郎ども」

 続いてそんな言葉が聞こえてきた時、一瞬だけ殺意を抱いてしまったが、絶対にアダムの責任ではない。

















◇ ◆ ◇


















 だいたい12、3歳ほどのピンク色の髪をした少女の姿があった。
 少し大きめのベレー帽のような帽子をかぶった桃色髪の少女。
 何となく我儘し放題の生意気なガキというイメージを持っている。
 だが同時に、立ち回りや歩き方、上品な服装、雰囲気などは如何にも上流階級のそれだ。
 おそらく隠しているつもりなのだろうが、それでもどうしてもそう言った面が見えてしまう。
 いや、それ以上に雰囲気と外見が一致していない―――― 本当に外見通りの年齢なのだろうか。

「おい、聞こえておらんのか? さっさと返事をせぬか、下郎ども」

 ついでに性格はかなり尊大で傲慢のようだ。
 甘やかされて育ったのだろうか。
 いや、問題はそこではない。

――――― この場にいるという事は、誰かの付添か?」

「迷子とか?」

「あるいは意図的に迷子になったとかありそうだな」

「あ〜、確かに……すっげぇ態度でかいしな」

「何気に失礼な奴らだな」

 少女の尊大な言葉を平然と無視するアダムと大河に少女は思わずそう呟いてしまった。
 とはいえ、この少女の言葉遣いにも問題がある。
 一概に、アダムと大河を責めるのはナンセンスだろう。
 少なくとも、初対面の相手に下郎呼ばわりされれば不快に思うのは当然のことだ。

「失礼だと思うなら、キミの言葉遣いを直したらどうだ?
 初対面の相手に礼節を忘れるほど畜生なら、話は別だが」

「何気に凄い事を言いきるな、お前。
 いや、気に入ったぞ」

 気に入られたところで何も嬉しくなどない。
 むしろ、この少女は厄介事しか持ってこないような気がした。
 嬉しそうに笑う少女に真っ黒な悪魔の尻尾が生えていたような気がしたのは、きっと気のせいではない。

「ところで、少し訪ねたいのだが…話してくれるよな、下郎ども」

「注意してすぐにこれかよ」

「教育が悪いのだろう」

「本当に失礼な奴らだな」

「キミには負けるさ、お譲ちゃん」

 ―――― ってそんな事を聞きたいのではない。

「それで、キミの名前はなんて言うんだ?」

「むっ、私の名を聞いたところで意味などないぞ」

「人にモノを訪ねる時はまず自分の名前から―――― いたって常識だぞ」

「ふむ……まぁ、いいか。私の名前はクレアだ。
 覚えておけよ、下郎」

「わかったよ、お譲ちゃん」

「だから、クレアだと…」

「何か言ったか? お譲ちゃん」

「…………いや、もういい」

 少女相手だろうと容赦なく手玉に取るアダムだが、どこか大人げない。
 相手が相手なら、アダムもアダムと言ったところか。

「まぁ、要件というのは簡単な事だ。
 私を救世主候補に会わせてくれぬか?」

「救世主候補、か?」

「うむ。特に史上初と言われる男性救世主候補を見てみたい」

 尊大な態度だが、故にアダムは警戒してしまう。
 確かに史上初の男性救世主候補というのは非常に珍しいだろう。
 だが、それ以上にクレアについて考えさせられてしまう。
 尊大な態度と云い、口調と云い、まるでいいところのお嬢様だ。
 いや、実際にお嬢様なのだろう。
 少なくとも、クレアが着ている服は一般で出回っている服よりも上等な部類だ。

(どこかの貴族、と言ったところか?)

 もちろん、確証なんてない。
 いずれにしても、一般市民より階級は上の人種である事は間違いないだろうが。

「へっ、運がいいな、お嬢ちゃん」

「うん?」

「この俺!! 当真 大河様が史上初の男性救世主候補だぜ」

「いらん嘘は身を滅ぼすぞ?」

「っておい!?」

 嘘と言い切られた。
 大河の台詞を言い終わってからその間、僅か1秒。
 確かに大河は救世主候補っぽくないところがあるが、幾らなんでも早すぎる。

「確かに救世主候補っぽくないが、大河も一応救世主候補だぞ」

「ってフォローになってねぇ!! しかも一応って言われた!?」

「ほう、これが漫才というやつか。いや、初めて見た」

 何気にクレアも失礼な奴だ。

「ってか、アダム! お前も救世主候補だろうが!?」

「きゅうせいしゅこうほ? 何だそれ? おいしいのか?」

「ちょ!!??」

 平然と言い切るあたり、アダムも面の皮が厚い。
 もっとも、そこに痺れる事も無ければ憧れる事も無い。

「いや、本当に面白い奴らだな」

「キミの尊大な態度には負けるさ、お嬢ちゃん」

「やれやれ」

 瞬間、アダムの脳裏に1つの天啓にも似た答えが浮かび上がった。
 いや、それしか考えられないと言った方がいいのかもしれない

「大河と同類か」

「おい、ちょっと待て」

 どうやら、彼にしてみればクレアのような尊大な態度の人種と同類にされるのが果てしなく嫌なのだろう。
 だが、どちらにしても第三者からの視点でみれば大河もクレアも同類である事は否定のしようがない事実である。
 どう見ても、この2人はトラブルメーカーとして素質があるとしか言えない。

「俺がこいつと同類とは、とてつもなく心外だぞ」

「気にするな、言葉のあやだ」

「ならなんで目を逸らす?」

「そう思われたくないのなら普段の態度を考えてから発言した方がいいぞ」

「………」

 この程度の事で大河が態度を改めるとは考えていない。
 そもそも、この程度の事で大河が態度を改めるのなら、とっくの昔に大河は更正されていただろう。
 しかし、それがないという事は大河は態度をまったく改めなかったという事に他ならない。

「まぁ、それはよしとしよう。ところでもう1つお願いがあるのだが」

「拒否する」

「まだ何も言っておらぬぞ」

「大方、学園内を案内しろという内容だろう」

「むっ、エスパーか?」

「何でそうなる」

 なぜだろうか、アダムは全身に酷い虚脱感を覚えた。
 疲れてなどいないはずなのに、全身に力が入らない。
 幸い、吐き気や頭痛の類がないのは不幸中の幸いと言ったところか。
 ダンテのように、常に余裕を持つと言うことは無理なようだ。

「どうでもいいけどよ、俺達は警察じゃなくてどっちかというと軍隊だぜ?
 もし困ってんなら、誰かに言えよ」

「ふむ、ではお前達、私を案内しろ」

「っておい、俺の話を聞いてたか?」

「ああ、聞いていたとも。 
 だからこそ、私は【誰か】に言ったではないか。案内してくれ、とな」

「……な、なんつぅ屁理屈だ」

「それに、仮にもお前達は救世主候補なのであろう?
 その救世主候補ともあろうものが、こうして困っている幼子を無視してもいいのか?
 これでは、王宮に報告しなければならぬな。
 そうなると、お前達の立場がどうなる事か」

「ぐぬぬぬぅっ!」

 立場的にいうなら、大河の方が圧倒的に不利だ。
 確かに、王宮に報告されれば大河の立場は一気に悪くなってしまう。
 行動に制限を加えられるのは当然だろう。
 たとえ救世主候補だとしても、そこまで融通を利かしてくれる保障などないのだから。
 だが――――

「ああ、好きなように報告するといい」

 だからこそ、弱点もある。

「むっ、信じておらぬな?」

「いや―― 仮にお嬢ちゃんが本当に王宮に報告したとしたら、最悪の場合、この学園の取り壊しになる可能性もある。
 それでもいいなら、好きなだけ報告するといい」

「って、何で取り潰しまで発展してんだよ」

 いきなり話が一気に飛躍したので、大河はドギマギしているようだ。
 実際、いきなり話がそんな方向へ進めば誰だって戸惑うに違いない。
 だが言ったアダムはともかくとして、クレアは苦虫を噛み潰したかのような表情をしている。
 おそらく、その原因や過程を理解したのだろう。
 外見に似合わず、頭の回転は早いようだ。

「このフローリア学園は王立だ。これはいいな?」

「ああ」

「そして、これだけの大きさとなると王国ないでもかなり地位の高い人間が関わっていないと無理だ。
 この学園のバックには王族が付いている可能性が高い」

「ふむふむ」

「そして、この学園の―――― 特に救世主学科という前代未聞の学科を作ったぐらいだ。
 当然ながら破滅に対しては一定以上の危機感を抱いていてもおかしくはない」

「まぁ、確かにな」

「では、その救世主学科の生徒が素行不良だった場合、周りの人間達――― とりわけ反学園派はどういう行動に出ると思う?」

「……ああ、なるほど」

「そう――― それを理由に必ず学園の解体、まではいかなくても救世主学科の廃止を要請してくるだろう。
 分かると思うが、救世主学科っていうのは金食い虫なんだ。
 当然だよな、学費、食費、光熱費など全てが王国負担なんだから」

「当然、それを良しとしない輩も出てくるってわけか」

「おそらく、この学園に出資している王族は阻止してくるだろうが、それを阻止しきるのにもそれなりの時間が必要となる。
 すると、多方面に様々な影響が出るのは明白だ。
 そうなると、王族は民衆の支持を得られる一気に権力を失墜させてしまうだろう。
 そして、お嬢ちゃんはおそらく、学園支持派だ」

「って事は……」

「そう――― 最初から、お嬢ちゃんに【王宮に報告する】なんて選択肢はない」

 だからこそ、クレアは苦虫を噛み潰した表情になったのだ。
 状況はクレアに有利なように見えて、実は最初から不利な状況に立たされていたのである。
 少なくとも、大河だけならこの事実に気付くことなく押し切れただろう。
 だが、アダムがこの場にいた結果――― 流れは変わってしまった。
 
「さて、お嬢ちゃん――― 手札は無くなったぞ?
 次はどういう手でくる」

「む、くぅっ」

 クレアが悔しがるのも当然の事。
 まさか、自分の立場が一気に不利に立たされるとは思っていなかったのだろう。
 まだまだ、詰が甘いようだ。

「あれ、お兄ちゃん?」

「ふん、またナンパでもしようとしているのね」

「ちょっとリリィ、そんな言い方…」

 だが、ここに来て更に事態は反転する。
 この状況下で現れた未亜、リリィ、ベリオの3人はクレアからしてみれば神様に見えたのか、それとも悪魔に見えたのか。
 それは当人にこそ知る事だろう。

「こんなところで何してるの?
 というより、その子は?」

「あ〜、この子の名前はクレアっていうらしい。
 今、学園内を案内しろと強迫されてる」

「む、強迫とは……大河とて私の○○を無理やり奪おうと…」

「ちょっと待て!! 何でお前みたいな餓鬼に…」

「お・に・い・ちゃ・ん?」

 世界は終わった。

「な、何だ未亜? というより、掴まれてる肩が滅茶苦茶痛いんだが…」

「うん、ちょ〜と、こっちに来て欲しいんだけど」

「お、落ち着け未亜……冷静になれ…」

「ふふふ、問題ないよ。未亜は今、この上なくクリアでクールな気分だから」

 どう見てもクールじゃなくてコールドやフリーズといった類だ。
 その事実を他の皆が口に出さないのは、矛先が自分に向かないためか。

「ところでお兄ちゃん、お兄ちゃんは【覚悟】が出来てる人だよね?
 人の嫌な事をするって事は、その制裁が自分に及ぶ事を【覚悟】してきている人だよねぇ?
 たとえその結果、自分自身が【始末】される事になったとしても」


 コールドやフリーズな笑顔を浮かべ、未亜は大河を掴んでいた手に更に力を込める。

(未亜の奴、本気だな―――― 本気で大河を【始末】しようとしている。
 あの表情や雰囲気は嘘を言っていない。
 大河の妹なのに、本気で大河を【始末】しようとしている。
 未亜にはやると言ったらやる―――― 【スゴ味】がある!)

 とは言え、このままでは話が進まない。
 なので、強引に話を持っていくことにした。

「まぁ、大河がどうなろうと知った事ではないが」
 
「っておい!! アダム!! 助け…」

「ちょっと向こうに行って……頭、冷やそっか…」

 あっという間に大河は連行されてしまった。
 その後―――― 大河の行方を知るものは、誰もいない。


















DUEL SAVIOR INFINITE

完 〜次回作にご期待下さい〜
















 何て事にはならないので安心して欲しい。

「とはいえ、こちらが絶対的に有利というわけでもないか」

 後にあるモザイクの物体は出来る限り意識の外に追いやる。
 クレアが不利とはいえ、アダム自身が有利という訳でもない。
 人と言うのは理論よりも、感情論に左右されやすい。
 この場合、状況的に見るなら案内の頼みを断ったアダム自身に非難が殺到とする事だろう。
 そうなると立場的にはアダムの方が圧倒的に不利となる。
 仮に王宮に報告が入らなくても、噂というのはいつの間にか発生しているもの。
 アダムの方が圧倒的に有利に見えて、実はそうでもないのである。
 状況は差し引いて6:4と言ったところか。

「アダム君、そこまで言わなくてもいいと思いますが」

「そうか?」

「はい、それに迷子の子ですし、追い返すっていうのは可哀想かと」

「だがこの子は放っておくと調子に乗って色々な厄介ごとを持ち込んでくるように思えるが」

「どうしてそう思うんですか?」

「どうしてって―――――

 どうしてわざわざ言葉にしなければならないのか。
 そんな事しなくても充分に分かるであろうに。
 それとも、あえて分からない【ふり】をしているのかもしれない。
 言葉にしなければ伝わらない事は確かにあるが、これに関しては言葉にしなくてもわかるだろう。

「さっきも言ったが、どう見ても大河の同類だからだ」

「…………確かに、そうですね」

 その【間】は、おそらく否定できる部分を探していたのだろう。
 だが、概ねのところで大河とクレアは同類だ。
 それはもはや、覆しようのない絶対的な真実そのもの。

「だから、なんで俺がこいつと同類なんだよ!?」

 いつの間に復活したのか、大河がつっこみを入れてくるが些細な事に違いない。

「本気で言ってるのか?」

「本気も本気、マジだ!」

「なら周りのみんなを見てみろ」

「周りのみんなって………おい」

大河が周りを見回すと、明らかに視線を大河とクレアから外している他のメンバーの姿があった。

「なんでお前らまで視線を外すんだよ」

「気にしなくてもいいわよ、バカ大河……人生、気づかない方がいいことって沢山あるんだから」

「お兄ちゃん、私は何も言えないよ」

「…………はぁ、大河君、わかって言ってるの?」

「お前ら、嫌いだ」

 呆れたように呟く他のメンバーを見ながら、大河は両手を地面の付き土下座のような体勢を作った。
 文字絵で表すと【orz】だ。
 もっとも、そう言いながらも大河自身が彼女達を見捨てる事などまず無いのだから問題などない。

「むぅ〜、私を除け者にするとは、いい度胸だな!」

 それまで蚊帳の外に置かれていたクレアが不満そうに大声を上げる。
 突然のクレアの大声に救世主候補者達はビクッと全身を震わせたが、アダムは特に反応しなかった。

「いい度胸も何も、そもそものところは君が帰れば何も問題ないと思うんだが?」

「い・や・だ! 私は帰らぬぞ!」

「キミが何者なのかについては正確にはわからないが、周りの者たちが迷惑してるんじゃないか?」

「勝手に迷惑にさせておけばいい」

 などと己の我儘を全開にするクレア。
 そのクレアの様子を見ながら、アダムは深くため息を吐いた。
 このような我儘ぶりなら、さぞや周りの人達は手を焼くだろう。
 手っ取り早いのは、気絶させて付添い人と思われる人物に差し出すことだが、流石にそれはやばい。
 気絶しているところを付添い人に引き渡したら、それだけで勘違いされて問題に発展しかねない。
 下手をすると、それだけで責任問題に発展しかねない。
 ついでに、そんなことになったら大河とベリオ辺りが五月蝿いのでしたくないなんていうのが本音だったりする。
 あ、それとリリィも何となく五月蝿そうだ。
 未亜は苦笑いで済ませるし、リコは関心など寄せないだろうから問題ない。
 いや、おおいに問題があるのだが。

「まったく―――― 今日は厄日か?」

「俺の場合、絶対に厄日だぜ」

「大河は普段の行いが悪いから毎日がある意味で厄日だろ」

「ひ、ひでぇ!!」

「ついでに、今度オレの訓練に付き合え」

「ま、マジかよ!?」

「マジだ」

 アダムが言い切ったため、ガックリと大河は肩を落とした。
 ここ数日、大河は不幸が続いている。
 先のブラックパピヨンの事件やこの世界に無理やり召喚された事などがいい例だろう。
 やはり普段の行いがものを言う、のだろうか。

「なんで俺だけ………」

「お前は男だろ?」

「男ならお前の訓練に付き合っても平気だっていうのかよ!?」

「平気だろ」

 言い切るアダムはさすがと言えばいいのか、言わなければいいのか。
 どちらにしてもアダムの大河の操る術を確立しているのかもしれない。
 どこぞの某騎士王はご飯さえ渡しておけばそれだけで言うことを聞かせることが出来るのだがそれは別の話だ。

「だ、断言されてしまった」

「それに、いざという時に女に守られるのは男の吟味に関わるだろ?」

「そ、そりゃそうだが……」

「なら諦めて付き合え、楽して強くなろうなんて有り得ない話だ」

「だからってなぁ………」

 まだ諦めきれないのか大河は愚痴を言いまくるがアダムは全て聞き流している。
 そんな2人のやり取りを見ながら、クレアは珍しいものを見るような視線を2人に向けていた。

「ふむ、いつもこうなのか?」

「違うけど、お兄ちゃんとリリィさんは、だいたいはこうかな」

「げっ、私って傍から見ると、あんなのなの!?」

「え、う、うん」

 未亜の一言にリリィは撃沈したようだ。
 突然膝を曲げると、小声で呪文のようなことを大量に地面に向けて呟いている。
 どうやらよほど堪えた様だ。

「なるほど、楽しそうだな」

 その言葉が、クレアの全てを明確に表していた。
 だからこそ――― クレアの台詞を聞いたときアダムを含めて誰もがこう思った事だろう。
 確かに大河の同類だ、と。

「では、次へ行こうぞ」

 言い切って先へ進んでしまうクレア。
 そんなクレアの行動に気付き、救世主候補たちは慌てて後を追い始めた。
 尊大な態度で歩くクレアを見ながら、アダムは密かにどうやって報復してやろうかと考えていた。

















◇ ◆ ◇


















「おお! 広いな!」

 感嘆とした叫び声を上げているのはトラブルメーカー2号のクレアだ。
 トラブルメーカー1号は大河だったりするのだが、当人は否定している。
 場所は闘技場――― 救世主候補が授業として主に使用する場所。
 そして、だからこそアダムは注意深くクレアの動向を観察していた。
 クレアは間違いなく、トラブルをすぐに起こすであろうとアダムは考えていたからだ。

(さすがに――――― やばいか)

 まぁ、そうなったらどうしようかと改めて考える。
 そんなアダムの考えなど露知らず、クレアは瞳を爛々と輝かせ、フィールドへと飛び出していく。
 それを見た大河が慌てて声を掛ける。

「おい! あんまりうかつに変なところを触るんじゃねえぞ」

「平気だ〜。ほぉー、ううむ、やっぱり本物は迫力が違うなぁ!」

「………本気で大丈夫かよ」

 クレアの天真爛漫と言えば聞こえはいいかもしれないが、どう考えてもその類ではない。
 下手に目を離すと必要のないトラブルを大量に運んできそうな気がして仕方がなかった。
 しかも、それを自覚した上でやってしまいそうな気が。

「お兄ちゃん、先生の許可なしに見学者をこんな所まで入れて大丈夫なのかな?」

「大丈夫、じゃないか? いや、まぁそんなことないだろうけど」

「多分、あんまり良くないと思うけど………」

 不安げな未亜の言葉。
 実際として、この場に許可なく訪れることは出来ない。
 救世主候補とかは、教師に頼めば特別に使えるのだが、残念なことにクレアは救世主候補ではない。
 本来ならクレアがこの場にいるのは非常に場違いなのだ。
 
「むっ? 大河ぁ〜、この辺りの地面が微妙に陥没しておるようだが?」

「ん? ああ、それは俺と未亜、アダムが覚醒試験の時のだな」

 地面を陥没させるほどの力を持ったゴーレムの一撃。
 あの一撃が自身に直撃していたのなら、死にはしなくても長期的に行動不能に陥っていたのは間違いない。
 そういった意味でも、あの時咄嗟に大河を助けたアダムの反射神経は常人を越えるものがあったと言えよう。

「そうか。なら、このレバーは何だ?」

「そりゃ訓練用のモンスターを放つためのレバーだな」

「という事は、動かしてはいかんのか?」

「ああ。危ないから、絶対に触るなよ」

 ガチャン!という音が響いたのは、まさにその直後であった。
 その音が果てしなく不穏な響きに聞こえたのは気のせいではない。
 その場にいた全員の視線が、一気に音の方へと向けられる。

「………すまぬ」

「おい、まさか」

 唖然としたように大河――――― いや、それは他のメンバーも同じだ。
 ただ、その中でクレアだけがやっちゃったZE♪、と言わんばかりの清々しい苦笑いの笑みを浮かべている。
 出来れば冗談で済まして欲しいと思う救世主メンバー達だが、生憎と世の中はそんなに甘くない。
 だからこそ、クレアは死刑執行にも似た言葉を発してしまった。

「そのまさかだ。動かしてしもうた………」

「ばっ!」

「え?」

「は?」

「へ?」

「はぁ」

 注意していたのに、一瞬だけ気を緩めてしまったアダムは自身を恥じた。
 アダム自身、まさかあんなあからさまな方法でレバーをクレアが動かすとは思ってなかったというのもある。
 どうやらクレアのトラブルメーカー体質はアダムの予想を上回っていたようだ。
 とは言え、既に門は上がり始めている。
 あと数秒もしないうちに、檻から大量のモンスターが出てくる事だろう。
 更にその後で待っているであろう折檻を考えると。
 とにかく、先のことは後回しだ。
 今は現状を打破するのが清潔。

「クレア! 今すぐにこっちに来い!」

「お、おお。足が動かぬ。これは困った」

 クレアの態度は、明らかにあからさまであった。
 目的は十中八九、救世主候補達の実力を見極める事だろう。
 だが、それを理解したからといって見捨てる選択など出来るはずがない。
 檻からモンスターが現れる。
 その濁った目には、獲物を狩らんとする意志があった。

「トレイター!!」

「来い――― アマテラス!」

 2人が召喚器を召喚するのは、ほぼ同時であった。
 距離は約10mほど。
 問題ない―――― 10mは既にアダムの射程距離の範囲内。

「先に行くぞ」

 爆音と地面が砕ける音の交響曲。
 エクシードを推進剤とし、アダムは己自身を弾丸にして一気に敵の最前線に斬り込んだ。

「Blast!」

 薙ぎ払われ、時を刹那とした刃が敵を胴体部分から両断する。
 出鼻を挫く事に成功した。
 故にモンスターたちに発生する僅かな隙。

「大河!!」

「応よ!」

 僅かな隙を見逃さず、すかさず大河はクレアを抱え込んだ。

「お、おお、すまんな!」

「そう思うんなら楽しそうに笑うんじゃねぇ!!」

 迫り来る敵を一刀の元に叩き伏せる。
 飛び散る血潮、狂気の断片。
 無意味な命のやり取り、生命であれば当然の行為。
 殺さなければ殺される。
 そんな当たり前の真実が、目の前にある。

「Go Bang!」

 炎の如き赤いマナが吹き荒れる。
 神速にも達する速度。
 愚かしい程に荒々しく、しかしその一撃は奇跡のそれであった。

「ジャスティ!」

 どうやら他の救世主候補たちも臨戦態勢に入る。
 リリィはすぐさま、己の右手の魔力の法則を書き換えた。

「先手よ――― ブレイズノン!!」

 リリィから火球が飛ばされ、それがモンスターに当たった瞬間に火柱が立つ。
 それを皮切りに、救世主候補たちとモンスターの全面衝突に突入した。
 他の者達の援護を受け、大河はすぐにクレアを安全な場所に下ろした。

「すまなかったな、大河」

「気にするな。まぁ、俺の勇姿をきっちり見て置けよ」

 大河の言葉にクレアは少しだけ驚いた表情を見せると、次いで微かに笑みを見せる。
 ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべながら、大河はすぐに戦場にへと戻っていた。
 その背中を見遣りつつ、クレアは含みのある笑みを見せると、聞こえないような微かな声で呟く。

「さて、見せてもらうぞ、救世主候補たちの実力を…………」

 その言葉は、誰に向けられたものだったか。

















◇ ◆ ◇


















「ラストだな」

 たとえるなら、最後の一撃は正しく一刀両断のそれであった。
 脳天から真っ二つとなったゴーレムの崩れていく。
 周りに敵がいないのを確認し、少しだけ一息を吐いた。

「………んっ?」

 そこで、ようやく気付く。
 いつの間にか、クレアの姿がない。
 いるのは闘技場のど真ん中に救世主メンバーがいるだけだ。

「逃げた、か?」

 確かな確信。
 今回の出来事を引き起こした原因はさっさと逃げ出し、厄介事に巻き込まれた人達はこうして次なる厄介事に目をつけられている。
 もしかしたら、自分達は何気に不幸の星の下に生まれたのかも知れない。
 知れないが、出来ることなら厄介事には睨まれたくない。
 それに、逃げたところで大河たちが恐らくこの人物に言ってしまうだろうから、無駄な気がして仕方がなかった。
 故に、結論はアダムは逃げないことにした。
 逃げたところで、意味などないというのが実情なのだから。
 などと考えているうちに、その厄介事はやってきた。

「救世主クラスの人たちが、どうして無断でモンスターの檻を開けて戦っているのかしら?」

「が、学園長?!」

 ベリオの言葉通り、そこにはいつの間にか学園長が来ており、大河たちを見ていた。
 アダムは出てきて最初の言葉がこの言葉だったことに呆れたようなため息を吐いていたりする。
 何となく、彼にはため息が多いように思うのは気のせいだろうか。
 そんなことでは幸せが逃げるぞ。

「ダリア先生から集合時間になっても、リコ以外の学生が来ないと報告を受けて探してみれば………」

「お義母さま、これは………」

 なんとか弁解しようとするリリィ。
 しかし、そんなことを聞くミュリエルではない。

「いくら救世主候補生といえども、特権には限度というものがあります!」

「い、いえ、これには訳が………」

 未亜に視線を向けると、ミュリエルはその訳を聞こうとする。
 それに対し、未亜はクレアの居る場所へと目を向けるが、数秒後にはその目が驚きに変わる。

「あ、あれ? お兄ちゃん! クレアさんが居ないよ!」

「なに!?」

 未亜の言葉に大河だけでなくリリィたちも驚いてクレアの居た場所へと視線を移すが―――― そこには未亜の言葉通り、誰の姿もなかった。
 もっとも気付いていたのでアダム自身は特にどうようはしていないようだ。
 そんな未亜たちを見渡すと、学園長はゆっくりと口を開く。

「で、どこに何がいるのですか?」

「そ、それは…………」

「あなた方の処分は追って行います。今は、急いで召喚の塔へと行きなさい」

「はい」

「お義母さま………お義母さまに嫌われたわ………お義母さまに………」

 言うだけ言ってその場を去るミュリエルの背中を見ながら、ミュリエルの言葉に素直に頷くベリオ。
 対照的にリリィはなにやら独り言を呟いている。
 どうやらミュリエルに怒られた事がよほど堪えているらしい。
 リリィって重度のマザコンだったのか、なんて感想を持ちながら立ち去っていく大河。
 そのあとを追う未亜。
 そのあとで、アダムは1人呟いていた。

―――― こういう展開も悪くないか」

「何をしているのですか? 早く召喚の塔へ向かいなさい」

「そう怒るな、学園長。あんまり怒りすぎると顔に皺が増えるぞ」

 途端に顔を真っ赤にするミュリエルだが、アダムは余裕の表情でミュリエルの怒りを受け流した。

「刺激があるから人生は楽しい―――― 本当に、オマエの言うとおりだな……ダンテ」





【元ネタ集】

ネタ名:未亜は今、この上なくクリアでクールな気分だから
元ネタ:ひぐらしのなく頃に
<備考>
担任であった先生のこの上なくクールでクリアな一言。
ただし、実際にはコールドやフリーズの類であるのは間違いない。
カレーを馬鹿にする者には、天罰が下るのである。

ネタ名:ところでお兄ちゃん、お兄ちゃんは【覚悟】が出来てる人だよね?
元ネタ:ジョジョの奇妙な冒険
<備考>
第5部の主人公であるジョルノ・ジョバーナの台詞から。
原作では、「始末するのなら、逆に始末される覚悟があるという事」という意味で用いられている。
本作では、他の女に色目を使い続ける大河を制裁する際に使用された。

ネタ名:やると言ったらやる―――【スゴ味】がある!
元ネタ:ジョジョの奇妙な冒険
<備考>
第5部で、ブチャラティがジョルノと初めて遭遇し戦った時の台詞から。
同作でも屈指の人気を誇るブチャラティならではの凄い台詞。
ただし、登場場面だけを見たら変態に見えてしまうのは秘密。

ネタ名:頭、冷やそっか
元ネタ:魔法少女リリカルなのは
<備考>
厳密には、第3部であるstsにおけるなのはの台詞から。
この台詞と顔の表情のせいで、悪魔から魔王やら冥王やら言われる事となった。
ちょっとは自重しろ。


ネタ名:その後――― 大河の行方を知る者は、誰もいない。
元ネタ:テイルズシリーズ
<備考>
テイルズシリーズでお馴染みのゲームオーバー時に出てくる字幕。
どれだけ作品を続けようとも、これだけは絶対に変わらないお約束。
ちなみに、作者が一番よく聞いたのはD2のバルバトス3回戦目。

ネタ名:Go Bang!
元ネタ:デビルメイクライ4
<備考>
ネロの攻撃時の叫びから。
ダブルダウンを使用した時の叫び声。
本作では、アダムが叫ぶ際に使用する。




あとがき

うい、頑張りました。
基本はリメイク前と同じですが、ところどころ違います。
こんな感じで、しばらくは突っ走るつもりです。