DUEL SAVIOR INFINITE Schwert3-1
「はあ〜い、今日はみんなに新しいお友達を紹介するわよ〜」
教室へとやって来るなり、開口一番にそう呑気な声で告げる。
勿論、ダリアのノリが完全に幼稚園児に対するそれなのは、まぁ無視しても構わないことだろう。
その声を聞きながら、大河たちは思わず脱力しそうになるのを堪えると、ダリアを注視する。
その明らかに教師として間違っている態度だが、おそらくどんなに注意してもダイアは正すことなどないに違いないだろうし、そもそもダリアが注意されて態度を正す光景なんて想像することも出来ない。
それを認識するだけで、彼女の生徒である救世主候補たちはため息を吐いてしまった。
なぜ、こんな教師なのだろうかと考えてしまうのだが、事実はどうあれ教師が問題ならその生徒も問題であるわけなのだが、残念なことに彼等は気付いていない。
もっとも、彼らの中でまともな部類に入るのはアダム、ベリオぐらいだろう。
未亜はちょっとヤバい方向へ突っ走っている気がしないでもないので一応だがまともな部類に入るというのは見送る事にする。
一同を代表するような形で、委員長でもあるベリオが口を開く。
「つまり、それは新しい候補者が見つかったという事ですか」
DUEL SAVIOR INFINITE
Schwert3-1
日常、破天荒な時間 〜Person Discovery〜
「そうよぉ〜。リコちゃん、説明お願いね〜
私が説明するのは面倒だから」
確かにダリアの能力は優秀だろうが、いかせんやることがいい加減すぎる。
責任能力が0と言っていいのだ、ダリアは。
そんな人物に大事な救世主クラスを任せるとは、実はミュリエルは血迷っているのだろうか。
やるならせめて、責任能力の在りそうなダウニー辺りならまだマシだったのかもしれないが、いずれにしても意味のないことなのは間違いない。
(つっても、あんな嫌味な教師が担任ってのも疲れるだろうけどな…)
その内容が堅物のダウニーより責任能力皆無だが美人のダリアの方がマシだ。
とはいっても、まったく責任を取ろうとしないダリアも問題と言えば問題だ。
現代社会なら、即座にPTAなどが文句を言ってくるに違いない。
「では、説明します……」
ダリアに指名され、リコはダリアの代わりに説明を始める。
その口調は間延びしたダリアとは異なり、淡々としており事務的に機械的に返答しているように聞こえた。
なんというか、超が付くほど甘いジュースを飲んだ後に、炭酸の飲み物を飲んだような感じだ。
いや、わけがわからないが。
「先日、第4象限世界に探査に出していた赤の書から、救世主候補が見つかったとの報告がありました。
その候補者の名前は、ヒイラギ・カエデ―――― 古流武術の流れを組む独特の体術と刀術を使う前衛系です」
普段とは全く違い、スラスラと述べるリコ―――― もちろん事務的である事に変わりはない。
体術と刀術――― 前者はともかくとして、後者から推測するに侍などがいた時代の日本に近い世界から来るのかもしれない。
「体術と刀術、か」
特に考えるでもなく、大河はポツリと呟く。
これで前衛は3人。
今の段階では、アダムは前衛としては救世主クラスにおいて最強なのは覆しようの無い事実。
認めたくないが、大河自身もその事実を認めている。
大河とアダムを隔てる最大の要因は経験の差だ。
こればかりはどうしようもない。
大河がアダムに並ぶには、もっと実戦経験を積まなければならないだろう。
「前衛系ね――――― これで、3人目よね。
これで、益々アンタの存在価値がなくなりそうね、大河」
意地悪く笑うリリィの表情からは、明らかな侮辱の感情が滲み出ていた。
リリィは明らかに大河を目の敵にしている節がある。
もちろん、それはアダムに対しても同様だ。
己の理解の範囲外に存在する2人をリリィは嫌悪しているのだろう。
「んだと!?」
そして当たり前のように、大河はリリィの挑発に喰い付いた――― まるで餓えた鮫のように。
「んだと!?」
「だってそうでしょ? アンタのような素人の前衛なんて、壁にしかならないもの。無様なものね」
「にゃにをぉぅ!!」
「もう、お兄ちゃんやめなよぉ」
馬鹿にしたように笑うリリィ。
怒鳴りつける大河を未亜が諌めようとするが、大河には―――
「止めるな未亜! 今日こそはこのクソ生意気な女をギャフンと言わせてやるんだ!」
このようにまったく効果はない。
大河は激昂しているが、リリィはどこか吹く風というよりは勝ち誇った笑みを浮かべている。
実際に、リリィは大河に対し―――――
「ふんっ………」
思いっきり鼻で笑った、心底どうでもいいという感じに。
だが、そんなリリィを見ながらお返しとばかりに大河は怒るのを止めてニヤリと笑った。
「はっ、そんなこと言ったってうっかりリリィにはどうでもいいことだよな」
「………なんですって!?」
怒鳴ると同時に、リリィは行動を起こした。
ライテウスを装備している右手に大量の魔力が集束するのと同時に大河はトレイターを召喚し構えていた。
一触即発―――― 大河とリリィはいつ激突してもおかしくない状況下だった。
なんだかんだいって、優等生に部類されるリリィは完全に大河と同レベルの争いをしている。
その事実に、リリィは気付く事もなければ気付こうとすらしないだろう。
所詮、人は見たいものだけを見て、信じたいものだけを信じる生き物なのだから。
「リリィ、その辺にしておいたら」
「なに、ベリオ、あなた、このバカの肩を持つの!?」
意外なベリオの大河に対する援護にリリィは驚愕の顔を作り出した。
リリィにしてみれば、ベリオは仲間ではないにしても中立の立場にいるはずだと認識していたからである。
だが、思いに反してベリオは大河の肩を持つようなことを言い始めたのだ。
それはリリィを驚愕させるには充分なものであった。
「肩を持つとかじゃなくて、私たちはクラスメートでしょう。
それに、さっきからリリィは大河君の挑発に乗りすぎよ」
「そ、それはそうだけど………で、でも、このバカが………」
「確かに、救世主を目指すライバルでもあるけれど、だからといっていがみ合う必要もないと思うのだけど。
第一、救世主になるためには、全ての人を愛する必要があるのよ。
今からそんな事じゃ、とても学園長の期待に応えることはできないと思うけれど」
ベリオの言葉に尻すぼみになりながらもまだ何か言おうとするリリィに、ベリオは続けて説得する。
この間に大河は何となく勝ったという顔をしていたりするわけだが――――― 運がいいことに、リリィの注意はベリオに向けられているので見ていない。
見ていたのなら、怒涛の魔力の弾丸が大量に大河に襲い掛かったことだろう。
大河も何となくその事を理解しているものの、それでも勝ち誇った笑みを止めれなかった。
つまるところ、大河とリリィの関係とは、これが普通なのだろう。
「………分かったわよ」
学園長の名前を出され、リリィは大人しく引き下がる。
そんなリリィを見ながら、大河はニヤリと笑っていた。
どうやら相変わらず勝ったなんて考えているようだ。
そんな大河の表情に無性に殺意を抱くリリィだが、なんとか押さえ込んだ。
「更にいうなら、前衛が多ければそれだけ後方支援を行う未亜や魔法使いのリリィやベリオ、リコは詠唱に集中しやすくなる。
なら、決して前衛が多くなる事に関してデメリットがあるわけじゃないし、むしろメリットの方が目立つ。
だからこそ前衛は1人でも多いほうがいい―――― 大河は、そう言いたかったんだろう」
そんな中に更にアダムの大河に対する援護射撃にも似た説明。
その説明を聞き、大河は更に表情を良くし、逆にリリィは表情を憤怒に歪めた。
「ようやく分かってくれたか。
いやな、俺もまさにそのことを言おうと」
「言っておくけれど、当真 大河――― 私はベリオが止めたから退くんだからね。勘違いしないでよ!」
「へっ、どうだか」
などと大河は相変わらずリリィを挑発する。
瞬間、凄まじい轟音と共に、大河は腹を押さえて悶絶していた。
どうやら、かなり腹が痛いらしい―――― 特に鳩尾の辺りが。
どちらにしても問題などないし、悶絶する大河の傍らで清々しい笑みを浮かべている未亜がいたりするが問題などない。
そんな大河と未亜を見ながら、ベリオは額を押さえた。
――――― が、何も注意しないところを見る限り、ベリオもかなり【染まり始めている】ようだ。
下手すると【真っ黒】なるかもしれない。
「ふん、いい様ね」
リリィはそんな大河を見下ろして冷笑している、先ほどのどうやら腹いせらしい。
普通なら人から白い目で見られるかもしれないリリィの行動だが、あそこまで大河に挑発されれば仕方がないことだ。
もっとも、相変わらずアダムとリコは我関せずを貫き通している。
リコは純粋に関心を寄せていないのに対し、アダムは関わりたくないという打算があるからだろう。
―――― そりゃまぁ、こんな事に関わりなど持ちたい奇抜な人間なんてそうそういるはずもない。
「とりあえず大河、大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃ……ねぇ………」
鳩尾を押さえながら痛みに意識が遠のいていくのを感じる大河。
ここ連日、未亜の手加減抜きのボディーブローを何発も喰らっているのでヤバい。
だが、次第に痛みも引いてきた。
痛みが引くと同時に見える夢。
人ならば、誰もが憧れるような夢の光景。
「あ、親父にお袋………なんでそんな綺麗なお花畑と川の向こうに立ってるんだよ?
へっ、こっちに来るな? ははは、なに言ってんだよ2人とも。
待ってろ、今そっちに逝くから」
「お、おおおおお兄ちゃん!!! そっちに逝ったら駄目だよ!!!」
どうやら本気で向こうの世界に逝こうとしている大河を、未亜は本気で焦ったように引き止める。
まぁ、誰だっていきなりこんなことを言い出したら焦るに違いない。
とはいえ、大河が向こうに逝こうとしている原因の大元は大河にあるのは違いないが、その原因の1つに未亜が入っている事を彼女は理解しているのだろうか。
おそらくしていないだろうが――――
「…………え〜と、話を続けてもいいかしらん?」
そこに、ダリアの声が聞こえてくる。
流石のダリアも、この展開には少し困惑気味のようだ。
喧嘩から説得、そして制裁―――― 誰だって戸惑うに違いない。
「あ………は、はい………ごめんなさい。
ほら、お兄ちゃんも起きて」
何故か真っ先に謝る未亜に苦笑しながら、頷き返すと続きを促がす。
その後、未亜は何とか大河を呼び戻そうとするが効果はなく、マジで大河が川を渡ろうとし始めたので未亜は諦めて背中を、思いっきり踏み抜いて気絶させた。
なんというか、未亜もかなり【染まり始めている】ようだ―――― というより、今の一撃が下手をすると止めになってしまうような気がしないでもないのだが、未亜は理解しているのだろうか?
気絶している大河を気にせず、爽快な笑みを浮かべている未亜を見る限り、どうとでも解釈できるので謎といえば謎だ。
これにはさすがのリリィも冷や汗を流していたし、リコも表情は変わらないものの、よく見てみると少しだけ冷や汗を流しているような気がする―――― あくまで気がするだけだが。
だが、この状況下でダリアは動いた。
「そういう訳ですので、午後から召喚の儀を行ないます。
各自送れずに召喚の塔に集まってくださいね〜」
「すいません、召喚の儀というのは……?」
未亜の疑問に、ダリアが気付いたように口を開く。
「そっか。大河くんも未亜ちゃんも、事情が事情だから召喚の儀は体験してないのよね〜………あとアダム君も」
「オレは大して気にしていない、とりあえずだ。召喚の儀っていうのは具体的に何なんだ?
それから大河、いい加減に起きろ」
「お、おう…マジで死ぬかと思ったぜ」
何とか回復した大河だが、そのダメージは計り知れない。
今も腹部に強烈な痛みがあるし、少しでも気を抜けば意識を失ってしまいそうだ。
そういった意味では、大河は充分に制裁されたと言える。
「っと、わりぃな話を止めちまって」
「大丈夫よぉ〜ん、まだ説明は始まってないから。
要するに、やる事は救世主候補をこの世界へと呼び出す儀式よ」
「あ〜なるほど………そういや俺たち以外の人たちは、いちいち確認を取って日取りも決めてって言ってたなぁ」
ベリオの言葉に、大河は前に聞いた事を思い出しながら言う。
それに頷き返しつつ、ベリオは不思議そうな顔をする。
「ええ、本来はそうなのよ。なのに、どうして大河君達はいきなり召喚されたのかしら」
「そういや、あれから数週間経つけど、その辺の真相って解明されたのか? ダリア先生」
と、疑問に思ったようにダリアに訊ねる大河。
そんな大河に対してダリアの回答は、
「ん〜、そうねぇ………リコちゃん、分かるぅ?」
あっさりとリコに丸投げした。
「この教育者は………」
実際、大河が厭きれるのも無理のない事であった。
まさかまさかの教育者が自分の生徒に責任の全てを丸投げなど、まさしく前代未聞の事だ。
少なくとも、大河の世界にはそういった類の教師はいるにはいるだろうが極少数しかいない。
しかも、大河はそういった教師に担任や科目を担当された事はない。
つまり、会った事がないのだ。
その類の教師が自分たちの担任になってしまった。
ある意味で最悪のパターンと言える。
「あ〜、あのダリアの態度って教育者としてどうよ?」
「さぁ? いつもあんな感じなんだし、そのうち慣れるんじゃない?」
「……俺は慣れたくない」
「あんたと同意見は不本意だけど、それだけは同意して上げるわ……もう、慣れちゃったけど」
世の中というのは無情なものである。
とはいえ、ダリアは教師としては優秀かもしれないが決して召喚に関しては膨大で豊富な知識を持っているわけではない。
その知識は本職であるリコに比べるだけ無駄という程度のもの。
ならば専門家であり本職でもあるリコに答えてもらうほうがダリアが答えるよりも適格だし最適である事は間違いないだろう。
もっとも、その辺りまで大河は頭が回っていないし、そもそもそこまで知識のない大河に気づけというだけ酷な話だ。
「大河さん達3人のケースは………非常にレアなケースに該当すると思われます」
リコの言葉に、リリィが心底嫌そうに口を開く。
「でしょうね。何しろ【男】を引っ張ってきたんですから」
いつもならすぐに反論して売り言葉買い言葉となり喧嘩を開始するわけだが、今回は流石の大河でも下手なことは言わない、というより言えない。
言って再び気絶するのは嫌だし、流石の大河でも1日に何度も気絶するのは非常に嫌だ。
大河は無茶はするが、よほどの事がない限り無謀はしない。
「それだけではありません。
通常、赤の書と私は交感意識で結ばれていて、候補者が見つかった時には、その経過を報告してくるんです。
その報告を受けた私が書を通じて相手に話し掛けてこちらの事情を説明した上で、相手の方から同意を得て召喚します」
「リコ、質問したいんだが、いいか?」
「はい、どうぞ」
リコの話が途切れた所を見計らい、アダムは手を上げる。
リコから許可を貰ったアダムは、自分の考えを口にする。
「たとえば、大河たちが嫌がると思ったから、無理矢理という可能性はないのか」
「学園長からの話を聞いた限りでは、大河さんたちが断わるとは思えませんから、その仮説は無意味です。
ただ、その考えでいくのなら、確かに断ってくる方もいる事はいますが、あまり数は多くありません」
断わるケースが少ないとはどういうことだろうか。
平凡といった平穏を大事にする人物ならば、通常はこのような救世主候補の申し出を断わる方が普通である。
「どうしてですか? だって、急に戦わなければいけなくなるんですよ?」
「話に聞くと、大河さんたちの世界は概ね平和ですが、数ある次元世界の中で、
救世主候補が生まれる世界は何かしらの問題を抱えていることが多いからです」
「問題?」
リコの言葉に疑問をそのまま口にする未亜に、ベリオが微かに目を伏せながら答える。
「戦争や疫病など、世界の危機に瀕しているところが多いんですよ」
ベリオの言葉に、リリィも珍しく神妙な顔付きで沈黙する。
2人を眺めつつ、大河とアダムはただ無言のままでいる。
そんな沈黙を破るように、リコが話し始める。
「そうした世界に生まれた候補者達は、自分の世界を救う為にも救世主になることを志願してくれる場合が多いのです」
それを聞き、大河は不思議な感覚に囚われた――― いや、不思議というよりは違和感といった方がいいかもしれない。
本当にそうなのだろうか。
たとえば、自分の親しい人物が今まさに死に掛けの状態なら、その親しい人物を助けるために様々な手段を試すはずだ。
なのに、その親しい人物を放っておいて世界を救うために救世主になるものなのだろうか。
少なくとも、大河自身は世界と親しい者のどちらか一方しか助けられないという選択肢を突き付けられたのなら遠慮なく親しい者を取る。
世界の事など知ったことか、と。
(でも、この世界じゃ違うってのか?)
しかし、この世界では逆――――― 自身の親しい者たち、家族、恋人。
それら全てを蔑ろにして根源の世界を救う。
確かに広義的に見れば、アヴァターを救うのは自身の親しい者たちや家族、恋人を救う事になるだろう。
だが、だからと言って……何の躊躇もなくアヴァターに来るのだろうか。
大河には、どうしてもその辺りの感情や感覚が理解できなかった。
「なら俺達3人の場合はどうなるんだ?」
「推論になりますが、恐らく赤の書が私と意識交感をして判断を待つ余裕が無かったためではないかと」
「つまり、リコの判断を仰ぐ暇もない程に急いでいたという事か?」
確かにかなり急いでいたような気がする。
というより、かなり強引だった。
あんな強制連行紛いの事をやられたら、それこそ嫌になる。
「そんなに急いでいた訳は何なの? それに、赤の書単体にそんな事が出来るの?」
「分かりません。書は何も答えてくれないので」
「リコ、基本的な事なのかもしれないが、そもそも、さっきから言っている赤の書ってのは何だ?」
「書とは、私の本質の意識です。私という世界を作る本質は、基本的に全ての世界を作るそれと同じものなのです」
リコの言葉に、大河は微かに顔を歪める。
どうやらわけがわからない。
ライトノベルを愛読する大河とて、この手の話は分かり辛い。
実際、傍らにいる未亜など頭を捻りまくっている。
「大河さんの世界風に言えば、人体のDNAと同じだと思ってください。
臓器は違っても、それを作る細胞の、そのまた元になる体質は一つです。
そして、全ての世界の本質が同じであるという事は、私という存在がどの世界にも存在しているということになります。
加えて、召喚士はその本質を通じて他の世界の様子を知り、導く事が出来る存在ですから………」
「…………未亜、分かるか?」
「わ、分からない」
基本的に現代社会の【常識】が頭から離れない大河と未亜に対してそのような事を言っても理解できるはずない。
だからこそ、大河と未亜がリコの説明を理解できないのは当然であり、別に不思議でも何でもない普通の事なのだ。
だが、そんな事情など他者には関係がないのも確かな事。
「なるほどな」
「………へっ?」
などと気付かないうちに、アダムは呟いていた。
そんな呟きが、他のメンバーにも聞こえたのか、なんとなく驚いたような顔でアダムを見る。
特に大河なんて呆然としまくっているようだ。
当たり前ながら、リコもまた驚いたような表情をしている―――― 何気に少し嬉しそうなのは気のせいに違いない。
「わ、わかるのか、アダム?」
「ん? ああ、まぁ分かるといえば分かるな」
まったく理解できなかった大河にとって、理解できると言い切るアダムの姿は妙に輝いて見えた。
もしかしなくても、アダムは頭がいいのだろう。
いや、間違いなく頭がいいに違いない。
でなければ、リコの難しい話を理解できるはずなどない。
「まぁ簡単に言えば、リコという分身がアヴァターを根幹とする系列世界の全てに存在しているということだ。
そのリコの分身が、系列世界を監視して救世主候補となりえる人物を選定する、といったところだろう」
「はい、簡単にいうとアダムさんの言うとおりです」
リコが認めているのを見る限り、どうやらアダムの言い方で正しいらしい。
だが、それでも大河は理解できないし、同様に未亜も理解できないようだ。
やはりそう言った話に耐性のない大河や未亜では、わけのわからない話でしかないのだろう。
実際、リリィなど「なんでこんな簡単な話が理解できないのよ」と言わんばかりの視線を大河に向けている。
だが、先ほども話した通り大河も未亜も召喚などに対して知識がまったくない。
そんな状況下でリコの話を理解しろという方が無理な話だ。
「………リコ、悪かった。書の話はもういいから、先に進めてくれないか」
降参して両手を上げる大河に、リコは変わらない表情のまま続ける。
ちなみに、未亜も大河と同様に苦い顔をして笑っていたりする。
「本来なら私と書は不可分な関係であるはずなのです。
しかし――――― 何らかの要因で意識交感が遮断されて、その非常事態に書は基本コマンドである救世主候補者の確保という命令を最優先実行した。
――――― その為、お二人をアヴァターへと召喚したのではないかと思います」
「…………」
茫然とリコの話を聞く大河の横で、アダムが真剣な顔付きでリコへと話し掛ける。
「その意識交感が遮断された要因っていうのは?」
「残念ながら、分かりません………そういった事情もあって、お二人を安全に元の世界へと送れる保証がないのです」
申し訳無さそうに告げるリコに対し、大河は首を横へと振る。
「いや、その点に付いては、俺たちも救世主候補としてこの世界に当分いるから、特に慌てる必要はないぜ」
「でも、ちゃんと帰れるという保証は欲しいかな」
「………すいません」
フォローした大河に続いて何気なく言った未亜の言葉に、リコはさっきよりも申し訳無さそうに顔を俯かせる。
そんなリコを見遣りつつ、大河は軽く未亜を睨み、睨まれた未亜は、声に出さずに謝る。
そんな未亜に悪気があった訳ではないのが分かっている大河は何も言わず、殆ど無意識でリコの頭を撫でると、
「別にリコを責めている訳じゃないから」
「あ、はい」
大河の行動と言葉に、リコは短く返事をするが、その顔は何処か照れているような感じだった。
どうやら頭を撫でられるのが好きなようだ、実際にリコは頬を少しだけ赤く染めている。
そんな大河の行動を見ながら、未亜は少しだけ頬を膨らませながら親の敵のような視線をリコに向けていた。
おそらく嫉妬しているのかもしれないが、その感情の出所を理解しているのは未亜だけだし他者では理解できないだろう。
そこに、ベリオが良い事を思いついたとばかりに声を出す。
「いっその事、こっちにずっと住めば良いんじゃない?」
「は?」
目が点になる大河と、同じように目を点にしている未亜。
意外な人物からの意外な提案。
まさか委員長体質で堅物なイメージの強いベリオの口からこのような発言が出るなど、その場の誰もが予想もしていなかったに違いないだろう。
特にリリィ辺りは唖然としている。
このメンバーの中では比較的ベリオと付き合いが長い分ベリオのイメージが固まっており、そのイメージから出た結論ではベリオは決してこのような発言をするタイプの人間ではないという結論だ。
だからこそ、リリィが驚くのは不思議でも何でもなくて当然といえば当然であった。
「ほら、そう決心していれば、安全に返れる保証が無くても落ち込んだりしないでしょう」
「な、なぁ、根本的に何か違う気がするんだが………」
「そうかしら?」
「そうだぜ」
大河の言葉にベリオは不思議がっている。
不思議がるのはいいが、どうやらベリオには天然の部分があるようだ、意外な一面であることは間違いない。
(つっても……)
それは置いておくとして、大河は否定したとはいえ、ベリオの提案はある意味では魅力的であることは間違いない。
大河と未亜には両親はいない、既に死去しているのである。
現在は親戚の家に居候という形で住んでいるとはいえ、近いうちに2人は親戚から自立していくつもりであった。
その事情を考えるなら、今回のアヴァターへの召喚は丁度いい掛け橋であった事は間違いない。
それに、こちらなら食費などは浮くし家賃代も浮くのだ。
なら、ベリオのいうこちらで骨を埋めるという提案もまんざら悪いわけでもない。
メリットの方が遥かに高くデメリットになるような部分が少なすぎる。
まぁ大河たちの世界の友人は心配するかもしれないが、それはそれだ。
それに、あくまで提案なので正式に決定したわけでもない、あくまで選択の1つに過ぎないのだ。
なお、そんなベリオの解決案に異を唱える人物が1人――― 言うまでもなくリリィである。
「そうよ、こんな奴がこっちに住む事になったら、一生コイツの顔を見ないといけないじゃない」
「もし、こっちに住む事になったとしても、そんな事はないですよ」
リリィの言葉に、未亜がすぐさま反論する。
なんとなく未亜はリリィを睨んでいるようにも思えれるが、どうだろうか。
いや、そこは問題ではない。
何よりも問題なのは―――― 場の空気が一気に張りつめたという事だ。
「リリィさんがお兄ちゃんに近づかなければ、問題ないと思います」
「そういう訳にもいかないでしょう。私が近づかなくても、このバカ大河が勝手に近づいてくるに決まってるじゃない」
「うっ」
リリィの言葉に、反論の【は】の字も出ない未亜だが、それは仕方のないこと。
確かに、リリィが近づかなくても無意味なような気がして仕方がなかった。
何しろ、相手は大河である。
己の欲望を全開にして大河に近づくような気がして仕方がない。
だが、同時にリリィの言葉には落とし穴がある。
「そ、それに、今ではなくて、全てが終った後の話ですよ。
そうなったら、別にリリィさんがお兄ちゃんに会う必要はないですよね」
「そ、そりゃあ、そうよ」
「だったら、少なくても私がお兄ちゃんを躾しておきますから、安心してください。
お兄ちゃんには、絶対にリリィさんのところには行かせないようにします」
「だ、だからって、その保証なんてどこにもないでしょ!?」
「じゃぁ、この世界の別の地域に住みます、それならリリィさんも問題ないですよね?」
「う、くっ」
いつに無く強く出る未亜を落ち着かせるべく大河が未亜の肩に手を置く。
もっとも、大河自身もここまで未亜が強気に出るのが意外だったようだ。
なお、ちゃっかり未亜の台詞にグサリと心に槍が刺さるのを感じる大河だが、まぁどうでもいいことだろう。
「落ち着けよ、未亜」
「で、でも………」
「別に気にする必要はないだろ?」
「う、うん」
大河に押し切られる未亜だが、その未亜の様子を見た限りでは完全に納得したようには見えない。
――――― 単に大河に説得されたから引き下がったというのが妥当か。
意外な未亜の押しに大河も驚いたが、そこは彼女の兄。
なんだかんだ言いながら、未亜の扱い方を心得ている。
「まぁ、俺が救世主になった暁には、美人な姉ちゃんとうっはうっはに」
「何を言ってるのよ!! このスケベ男が!!」
そう叫びながら、右手に大量の魔力を集束させるリリィ。
そのリリィに気付いたのか、たら〜と大河は大量の冷や汗を流していた。
嫌な汗が流れるのを止められない、このままでは気絶確定である。
「ま、待てリリィ、落ち着け、話し合おう、話せば分かる」
「話す事なんて何も無いわ」
大河の命乞いにも等しい謝罪の言葉は、バッサリと切り捨てられた。
なお、ちゃっかりアダムも未亜もベリオもリコもダリアも、その場から避難している。
そんな大河と周りの状態を無視するように、リリィは――――
「裁きを受けなさい、このバカ大河!!」
大声で叫びながら、魔力を大河に叩き込んだ。
なお、その魔力の衝撃で教室が少し壊れていたりするが、まぁどうでもいいことだろう。
シリアスなら死ぬかもしれないが、現在は特殊現象【ギャグ】が発生している為、大河はどうなろうが絶対に死なない。
古今東西のいて最高の不老不死の証とはギャグなのである。
ギャグである以上、そのキャラは不死身の力を持っているのだから。
いや、概念とかそういう話ではなく純粋な意味で。
「ところで〜、そろそろ授業をしたいんだけど〜」
などとダリアが少し悲しそうに、それでいて楽しそうに呟くが誰も聞いていなかった。
皆が皆、リリィの魔力の余波を防ぐのに必死だったのだから。
【元ネタ集】
ネタ名:――
元ネタ:――
<備考>
――
あとがき
モンハンにハマってます。
いや、最初は難しかったのですが友達と一緒に狩るっている頃にはすっかりハマってました。
更新は、止まらないように頑張ります。