DUEL SAVIOR INFINITE Scwert2-8
天啓の閃きにも似た感覚が、大河の全身を駆け抜けた。
瞬時に全身を駆け巡ったそれらは、瞬く間に神経を駆け抜け全身に爆発的な【何か】を送り続ける。
それは即ち【知識】であり【運用法】であり【力】であった。
そこから得られたモノは、確かに大河にとって何らペナルティーを科せられる事のない純粋な恩恵。
だからこそ、大河がやるべき事は瞬時に決まった。
「へっ、甘いぜブラックパピヨン」
「何がだい? どう見てもアタシの勝ちだと思うんだけどねぇ」
「わかってねぇな。どんな事態にも、穴ってのは存在するもんなんだぜ」
「笑わせてくれるじゃないかい。なら、その穴ってのを見せてもらおうか」
「ああ……見せてやろうじゃねぇか」
やり方など、最初から知っている。
ただ、見せる機会がなかっただけの事。
なんてことはない、現状を打破できる手札は最初からこの手にあったのだ。
ならば、後はやるべき事をやればいいだけの事だ。
「なん……だって……」
ブラックパピヨンが呆然とするのも当然の事。
なぜなら、大河の手に握られていたトレイターが次の瞬間にはその形状を変えていたのだから。
「形状を変えるだって!?」
驚くのも、至極当然であり当たり前。
剣の形状をしていたトレイターが、次の瞬間にはその形を鋭利なナイフへと変化させていたのだから。
「うらぁぁぁ!!!」
叫び声をともに、大河はナイフ型となったトレイターを振り下ろす。
その刃は、まるで紙を切るかの如く簡単に網を両断した。
DUEL SAVIOR INFINITE
Schwert2-8
表裏同一存在 〜Persona〜
「まさか、これがトレイターの能力だったとは。
てっきり、最初の光が特殊な能力なんだと思ってた。
いや、あれもトレイターの能力か」
感嘆とした声を漏らすアダム。
そう、これこそがトレイターの能力。
己の形状を変化させることで、ありとあらゆる状況に対応可能という数多に存在する召喚機の中でもトレイターのみに搭載された特異な能力。
「さてっと、これで形勢逆転だな」
そう言いながらニヤリと笑い、大河は形状を剣に戻したトレイターの切っ先をブラックパピヨンに向けた。
確かに形成は逆転したと言っていい。
この状況下でブラックパピヨンが大河とアダムに勝てる可能性は0%といかないまでもかなり低い。
本来なら、この時点で勝敗は決したと言っていいだろう。
アダムが予想外の言葉を口にしなければ。
「大河、オレは部屋に戻るからな」
「………………はぁ!?」
唖然とした感じで大河は凄まじい速度で顔をアダムの方へと向ける。
その速度は首がもげてしまうのではと錯覚してしまう程だが、どちらかというと肉体派の大河は大丈夫のようだ。
とはいえ、普通なら凄まじいほどの隙を大河は作っているのだが、アダムのなんでもない一言はブラックパピヨンも硬直させているようで、故にブラックパピヨンも動くことが出来ない。
何しろ、呆然として固まっているのだから。
「おいおい、手伝えよ!」
「お前1人でも大丈夫だろ? それに、オレは眠いんだ。
だから、問題なんてない」
「いや、あるだろ!!」
「大丈夫だ、今のお前ならブラックパピヨンぐらいはどうにかなるくらいの力があるんだからな」
そう言って去ろうとするアダム。
そんなアダムの真横の地面を鞭の先端が叩いた。
「アンタ、アタシを舐めてるのかい?」
明らかに怒気の含んだ声が辺りに響き渡る。
その声に反応したかのように、アダムはブラックパピヨンの方に向き直った。
で、ブラックパピヨンはというとこみかめの辺りに青筋を浮かべている。
まぁ、あんなことを言われたら誰だって怒るだろうが。
「いや、オレ自身の技量と君の力を推し量って十全とした結論から出た言葉だ。
気にすることはない」
「気にするに決まってるだろ!」
「アンタはそんな事もわからないのかい!?」
以心伝心――――― その四字熟語の通り、大河とブラックパピヨンが心が通じ合って息ピッタリといわんばかりの連携口撃(誤字に非ず)を行うがアダムは柳の風といわんばかりに受け流す。
もっとも、大河とブラックパピヨンの叫びは同意する部分が多くあるのは確かであり、実際問題としてあんな事を平然と言われたら誰だって気にしたに違いないだろう。
にもかかわらず、アダムは深くため息を吐いた。
「なら、せめて大河に勝ってからオレに挑んで来い。
すくなくとも、オレは大河よりは強いからな」
「おい、そりゃ聞き捨てならねぇぞ」
「この前の試験でオレに負けた奴が何を言ってるんだ」
「うっ」
まったく以ってアダムの言う通りなので、大河は強く反論できない。
そんな2人を見ながら、ブラックパピヨンはイライラしたような感じで喚き始めた。
「わかったよ!! ならそっちの大河を私が倒したら、アンタに勝負してもらうからね!」
「って、勝手に決まったし!?」
「ああ、いいぞ。
だから、オレは部屋に帰る――――― 大河、頑張れよ」
大河の絶叫を無視する形でそう言うとアダムは何の躊躇もなくその場から離脱した。
躊躇なんて一欠けらもありませんといわんばかりに。
「んなっ!? ちょっとま…」
もちろん、大河の台詞は全て言うことが出来なかった。
瞬間、大河の真横の地面を鞭の先端が叩いたからだ。
凄まじい音が辺りに響き渡る。
「さ〜て、覚悟はいいだろうね、史上初の男性救世主候補の当真 大河?」
「……………へっ、こうなりゃやるっきゃねぇな」
そう呟くと、静かに大河は愛用のトレイターを構えた。
◇ ◆ ◇
注意すべき事柄は少なくない。
まず、この林道はブラックパピヨンが仕掛けた罠が大量に張り巡らされているという点。
次に、召喚器の恩恵を受けているとはいえ根本的に暗闇に近い状況ではブラックパピヨンを補足しにくいという点。
最後に、ブラックパピヨンの肉体がベリオであるという点だろう。
(ったく、不利にも程があるぜ)
襲いかかる鞭を躱わしながら、大河は思考する。
こちらの手札はトレイターのみ。
逆にブラックパピヨンは所持している鞭と林道に仕掛けておいた無数の罠。
明らかに手数ではこちらが不利だろう。
トレイターの最大の利点は形状変化によるあらゆる状況に対応できる圧倒的な汎用性。
だが、この形状変化にも致命的な欠点があった。
即ち、変化できるのは近距離系の武器のみという点だ。
(くっそ、いくら俺が遠距離系の武器に適性がないからってなぁ…ッ!)
そう、これは使用者の適正故の結果でもあった。
大河は近距離系の武器に関してはほぼ全てに適性を持つというある種の天才的な技能保有者。
その結果が、トレイターの形状変化という能力を最大限に生かす事が出来る極めて珍しい適正であった。
だが、逆に遠距離系の武器には一切の適性を持たない。
おそらく、その辺の一般人にも劣る程度の適性しかなかった。
だからこそ、トレイターは己の形状変化の中から遠距離系の武器を全て排除し余剰エネルギーを自身の強化に当てたのだ。
しかし、それが今この場においては裏目に出たと言っていい。
「っと!」
正面から襲いかかる鞭を避ける。
ブラックパピヨンの鞭の最大射程は約3m。
その程度の距離は大河であれば詰め寄るのは容易であるが、大量に仕掛けられた罠が彼の行動を阻害する。
たとえ彼我の距離を詰めたとしても、その先に罠が待ち構えていないとどうして言える。
大量に罠が張り巡らされたこの状況こそが、大河の攻勢を鈍らせる結果となっていた。
もしトレイターが遠距離系の武器に変化できるのなら、大河はすべにブラックパピヨンに勝利していたことだろう。
たとえ遠距離系の武器の適性が絶望出来だったとしても、下手な鉄砲数撃てば当たるとうわけだ。
「どうやら、その召喚器は遠距離系の武器には変化できないみたいだね」
気付かれたようだ。
だからといってどうしようもないのも確か。
おまけにブラックパピヨンは闇に紛れるのが得意らしく、一度攻撃したとしてもすぐさま闇に紛れてしまう。
大河がブラックパピヨンの攻撃を避けれるのは、強化された五感をフルに活用し唸る鞭の音を聞き分けて避けているに過ぎない。
「ったく、嫌な野郎だぜ…ッ!」
「女のアタシに野郎とは、失礼な奴だね!!」
そもそも、ブラックパピヨンはベリオの別人格。
肉体は共有しているのだ。
仮に大怪我を負わせるような事になったら、それこそ本末転倒に近い。
大河の目的は、あくまでブラックパピヨンの無力化なのだから。
(まぁ、最後のは目処がたってるから問題ねぇとして。
最大の問題はここら辺に張り巡らされた罠か)
しかも、罠の総数はまったく不明。
アダムは言った、ブラックパピヨンがこの場所を選んだのは戦闘行為になったとしてもこの場所であれば自分たちに勝てると確信していたからだと。
身体能力という点ではブラックパピヨンは大河に及ばない。
だからこそ、ブラックパピヨンは罠を活用しようとしている。
生物として最弱に近いヒト種が今まで生き残り栄えたのは、他の生物を圧倒するほど高度に発展を遂げた知性故に他ならない。
その知性が集団戦法を生み出し、罠という概念を作り上げた。
そう、今この時点で生物的に弱者であるブラックパピヨンが強者である大河に勝利するには罠を最大限に有効活用するしかない。
「ところで」
どこか不敵な笑みを浮かべながら、ブラックパピヨンは大河に語りかけた。
「なんだよ?」
「罠ってのは実に様々な種類がある。
特に【私】が住んでいた国では科学がそれなりに発展しててねぇ。
地雷とかもそれなりに大量に使用された。
そういったブービートラップっていう類の罠が戦争中にも活躍したそうなんだよ」
(この辺りに地雷を埋め込んだ、とでも言いてぇのか?)
だが、瞬時に大河はその考えを切り捨てた。
いくらなんでもそれはない。
他者のプライドを奪う事に快楽を見出しているブラックパピヨンが、その対象となる人物を殺害するなど考えられなかった。
そもそも、地雷の爆発の際はそれなりの大きな音が発生する。
その音を聞き付け、教師がこの場に来る可能性がある以上ブラックパピヨンは地雷などの大きな音が発生する罠は使用しないはずだ。
「そう、通常なら真夜中とはいえ音が大きい爆発物を使用するのはあまりに無謀。
その音を聞き付け、警備の人間やら教師やらが来るかもしれないからねぇ。
でも、1つだけ見落としてるよ」
「何をだよ?」
「たとえば、この辺りに防音用の結界が施されている可能性は考えなかったのかい?」
「ッ!?」
瞬間、大河はその場から飛びのいた。
轟音と爆発が発生。
鼻を刺激する、火薬の臭い。
だが、予想に反して地面には特に損傷はない。
おそらく、非殺傷型の高音響及び閃光型の爆弾なのだろう。
「マジかよ!?」
「安心しな、火薬を使ってるって言ってもそれほど多くないさ。
最悪の場合、両足は無くなるかもしれないけどねぇ」
「うぉい!!」
両足が無くなるというのはブラックパピヨンのブラフに違いない。
それは理解している。
理解しているが、だからといってこうも遠慮なく使用するとは。
(ってことは……くそっ!)
ほぼ間違いなく、ブラックパピヨンが言った防音結界は真実なのだろう。
最悪だ、これで警戒事項が1つ追加された。
「そう、だからこそアンタは考える。
この状況をどうやって切り抜けようかと。
今の状況は確かにアタシにとっては圧倒的有利。
でも、アタシは決して油断しない! 獅子は兎を狩るのに全力を尽くすんだからね!!」
「くっそっ!!」
決断は早かった。
トレイターの形状を斧へ。
やるべき事は1つ。
目標は、足元。
「うらぁぁぁっ!!!!」
大河は思いっきり、トレイターを足元へと振り下ろした。
石で構成されていた道は粉々に砕け散り、同時に砂塵が一気に舞い上がる。
「!! 逃がさないよ!!」
振るわれる鞭。
だが、その鞭が大河に直撃する事はなかった。
大河は砂塵が舞い上がるのと同時に、その場から離脱していたのだから。
◇ ◆ ◇
「ったく…」
木の影に隠れながら、大河はブラックパピヨンの様子を窺っていた。
彼我の距離は約10m。
ブラックパピヨンは大河を見失って少し慌てているようだが、特別動揺しているようにも見えない。
「罠が張り巡らされてるだけでこうも身動きが取れねぇなんてな」
あの時、地面に斧を叩きつけて自身が安全かどうかは完全に賭けだった。
下手をすれば、あの地面付近にも爆発物が埋め込まれている可能性があったのだから。
仮に埋め込まれていたのなら、その時点で大河は戦闘不能になり負傷していた事だろう。
そういう意味では大河は賭けに勝ったと言える。
(つっても、状況は俺の方が圧倒的に不利なのは相変わらずかよ)
身体能力という点では大河の方が上だが、技量関係はブラックパピヨンの方が上だ。
おまけに、地形の利点がある以上、総合的にブラックパピヨンの方が圧倒的に有利となっている。
やるべき事は1つだけ、いかにしてブラックパピヨンを出し抜くかという事のみ。
(俺が勝つ方法は少ないしな)
一番手っ取り早いのはブラックパピヨンの懐に飛び込み、一気に勝負を決めてしまう事だ。
接近戦は大河の独占場と言っていい。
だが、その接近をブラックパピヨンが許してくれるとは思えない。
流石に、その辺りもブラックパピヨンは警戒しているだろう。
(接近しようにも大量の罠が待っている以上、迂闊に飛び込めねぇしな…どうするか)
だが、同時に残された時間は少ない。
ブラックパピヨンが大河の現在地に気づくのは時間の問題。
なら、早めに次の行動を決断しなければならない。
だが、同時に手もある。
そう―――― それは、逆転の発想にも近かった。
◇ ◆ ◇
音が響いた。
コツン、という何でもない音。
日常ではごく当たり前の音かもしれない。
瞬間、ブラックパピヨンは鞭を振るっていた。
目標は、音の響いた方。
バチンと何かが当たった音が響き渡る。
「……石、だね」
当たったのは石。
振るわれた鞭に当たった石は、粉々に砕け散っていた。
そうして、また響くコツンという音。
「――――、!」
再び鞭が振るわれる。
だが、当たったのはやはり石。
つまり、
「へぇ、アタシを撹乱しようってかい?」
大河に比べて夜目であるとはいえ、あくまで人間の範疇でしかない。
夜行性の動物に比べれば、それは10も20も劣る。
つまり、ブラックパピヨンとて相手が闇に紛れられては補足出来なくなる事もあるのだ。
そう言った意味では、大河の目論見は当たったと言える。
「でも、甘かったね」
コツン、という音が再び起こるがブラックパピヨンは何もしない。
そして、2回目のコツンという音。
瞬間、ブラックパピヨンはある方角を見た。
「そこかい」
ブラックパピヨンを起点として約10mほど離れた場所にある木々。
ただ、周りの木々の位置的な関係上、大河の位置は。
「一番手前だね」
一番手前の木の影となる。
「普通なら近づいて確認するんだろうけどね。
接近戦ではアタシが圧倒的に不利なのは分かってる。
だから、アタシは絶対にアンタに近づかない。
そう、近づかずして勝利する」
とはいえ、彼我の距離は約10m。
更に彼女の鞭の最大射程距離は約3m。
通常ではとてもじゃないが届かない。
だが、彼女の攻撃手段は鞭だけではない。
「んじゃ、次はっと」
ブラックパピヨンは徐に1つのボタンを取り出した。
何でもない簡素なボタン。
装飾も何もない、ただ機能を果たすことのみを約束された機械。
「ポチッとね」
ボタンが押される。
躊躇など何もなく。
爆音と閃光が響き渡る。
「安心しなよ、単なる閃光弾だからね」
大きな爆音と閃光により、相手を一時的な麻痺状態にする爆弾だ。
殺傷力は皆無。
故に、大河が死ぬ可能性はない。
「アタシの勝ちだね」
勝利の確信。
それこそが、致命的な罠。
「ウォリヤァァァァ!!!!!」
「ッ!? なんだって!!??」
木々の影より、大河が飛び出してきた。
その信じられない事実に、ブラックパピヨンは硬直してしまう。
これこそが、大河の狙っていた最大の隙。
勝利の手札は既に揃っている。
トレイターの形状は既に籠手。
この形状ならば、ブラックパピヨンを殺してしまう可能性はほとんどない。
「しまったっ!」
もう遅い。
彼我の距離は既に2m。
鞭を振るうにしても、避けるにしても、防御するにしても間に合わない。
それほどまでに大河の動きは速かった。
「ァァァァァァッ!!!」
そして、大河の渾身の一撃がブラックパピヨンの無防備な腹部に突き刺さった。
◇ ◆ ◇
つまるところ、ブラックパピヨンは最後の最後で致命的なミスを犯していた。
勝利という甘美な響きに惑わされ、大河の状態を確認する前に勝利を確信してしまったのだ。
確かに普通なら勝負は既に決していたと言っていいだろう。
だが、イレギュラーとはいえ大河は救世主候補という普通以外。
故に、あの状況を大河は見事に乗り切った。
トレイターの形状を長大の剣にし、その刀身で光を遮る。
音の方は簡単だ。
どんなに大きかろうと、音とは即ち空気の振動に他ならない。
つまり、擬似的とはいえ空気のない空間では音の振動は発生しない。
しかし、空気が無くなるなんて普通はない、有り得ない。
だが、逆に言うなら己の耳に影響しないレベルまで周りの空気を薄くすればいい。
大河はトレイターの刀身を盾にする前に、手始めに思いっきりトレイターを横に薙ぎ払っておいた。
団扇を仰ぐような要領で。
結果的に空気は大音量とぶつかる事である程度相殺され、発生した強力な光はトレイターの刀身を盾にすることで防いだ。
もちろん、それだけでは完全ではない。
同時に目をつむり、両耳を塞ぐ。
これで、使用された閃光弾を受けたとしても意識を保っていられるわけだ。
なら、後は簡単。
終わりと同時にブラックパピヨンを確認。
勝利を確信し、油断しきっているところを強襲すればいい。
たったそれだけの事だ。
「知らなかったのか? ブラックパピヨン」
今だに気絶しているブラックパピヨンに大河は静かに語りかけた。
「勝利を確信した時、そいつは既に敗北してるんだぜ」
そう、つまりたったそれだけの事でしかないのだ。
◆
「あっ……」
ブラックパピヨンが目を覚ました。
同時に、自身が置かれている状況を正確に把握したようだ。
だからこそ、彼女が悔しそうな表情で大河を睨みつけるのは当然であった。
「へっ、俺の勝ちだな、ブラックパピヨン」
「くっ!」
言い換えそうにも、現状ではブラックパピヨンの敗北は明らか。
どう対処しようにも、次にブラックパピヨンが何か行動を起こすより大河が行動を起こす方が圧倒的に早い。
チェスでいうところのチェクメイトとなったのだ。
「こ、殺せ!!」
「おいおい、殺してどうすんだよ。仮にもお前は委員長なんだろうが」
「誰が!! このアタシを決して認めようとしない、あんな出来損ないと一緒にするんじゃないよ!!」
おそらく、これこそがブラックパピヨンの心の叫び。
自身に不要物として切り捨てられた【自分自身】の慟哭。
人なら、誰もが持つ絶対に見たくない、常に目を逸らし続ける【穢い】部分。
そう―――― それは、人であれば誰もが持っているものなのだ。
「アタシは【アタシ】、決して【私】じゃない!
全てを助ける? 家族の罪を償う?
はっ! お笑い種だね!!
全てを助ける事なんて出来ないし、家族の罪を償ってそれからどうするんだい!?
トロープ家の血が流れている事を否定し続け、不要物と切り捨て【アタシ】を生み出した出来損ないが!!」
「――――」
「だからこそ、アタシが解消してやってんだよ!
血から発生する衝動を、このアタシが!
それなのにアイツはアタシ自身を否定するんだからね!!
そうだとも、アタシはアタシさ!
決して、ベリオ・トロープなんかじゃない!!」
「でもよ」
おそらくその通りなのだろう。
自身から否定されていた【穢れた部分】のやるべき事は唯一つ。
衝動に任せて行動するのみ。
それしかブラックパピヨンには許されなかった。
多くのことを望もうとも、行動したくてもそれを【ベリオ・トロープ】が許容しない。
彼女にとってもっとも恥ずべき部分であり目を背ける存在。
それが、【ブラックパピヨン】という人格の全て。
―――― だが、それでも…
「それでも、お前は【ベリオ】なんだろ?」
「……あっ」
呆けたような表情が目の前にある。
確かに、ブラックパピヨンとは人が常に目を背け続ける穢い部分の塊。
彼女の性癖を人は決して理解する事など出来ないだろう。
だがそれでも――――
「だからよ、俺が肯定してやるよ。
この世の誰も肯定してくれなくたって、この【俺自身】がお前を肯定してやる」
「ッ あぁぁ」
この世で一人ぼっちの哀れな存在。
他者のプライドを盗むという行為でしか己の存在を世界に示せない。
そのあり方は、決して誰も認めてはくれないだろう。
―――― だがそれでも――――
「誇れよ、ブラックパピヨン。
お前のあり方は決して…」
―――― 決して、間違いなんかじゃないんだから。
◇ ◆ ◇
「ありがとうございます、大河君」
「委員長!?」
ブラックパピヨンの表情が変わる。
その表情は、ブラックパピヨンのものではなくいつものベリオのものであった。
ブラックパピヨンを象徴していた蝶のような仮面は、いつの間にか無くなっている。
「彼女を、ブラックパピヨンを認めてくれて」
「って、その言い草だと委員長はブラックパピヨンに気付いていたみてぇだな」
「はい」
そう答えるベリオの表情は、どこか恥ずかしげであった。
おそらく、自身が否定していた部分を見られた事が恥ずかしいのだろう。
誰だって己自身が目を背けている部分を他者に見せるというのは恥ずかしい行為なのだ。
「実際、私は心の何所かでブラックパピヨンの正体に気付いていました。
でも、私はそれを認める事が出来なかった。
だって、彼女の存在を認めるという事は私自身のアイデンティティの崩壊を意味していましたから」
「救世主になって全てを救うと決意したのに、その決意した自身の否定したい部分が犯罪行為をしていたから?」
「ええ,i>―――― 私の過去の事は、ブラックパピヨンから聞いてますね?」
「あ〜、まぁ、な」
おぞましく、信じられない家族の実態。
優しい父と兄は虚像であり、真実は常に残酷に存在しているという現実の現れ。
それこそが、ベリオが予想だにしなかった真実であった。
「初めて家族のやってきた事を知ったとき、私は全てに絶望しました。
当然ですよね、あんなに優しかった家族が実は盗賊で、しかも人を殺していたんですから。
罪は当人が償うべきなのでしょうが、父も兄も罪を償うような人じゃないと幼いながらも理解したんです」
「だから、なら父や兄の代わりに私が、ってやつか?」
「そうですね…思えば、愚かな願いだったのでしょう。
全てを救う、それはたとえ神様でも不可能な事。
それを人の身である私が行おうなど…既にその願いからして私は破綻していたんだと思います。
だからこそ、教会の問答の時……私は大河君やアダム君の【答え】に否定的でありながらも、どこか共感している部分があった。
既に、どこかで気づいていたのでしょう……私の願いや自身に課した使命は、とっくに破綻していたんだって。
ですが、その事実に目を背け私はひたすら全てを救おうと考えていた。
私の中に流れる、トロープ家の血を否定しながら」
「その結果、ブラックパピヨンが生まれたってわけか」
「はい……彼女が生まれたのは、ある種の必然だったのだと思います。
血から発生する衝動を抑え続け、目を瞑り耳を塞ぎ。
そんな状況では、彼女が生まれて当然ですよね」
必然の誕生。
ブラックパピヨンは望まれない抑圧された状況下で誕生した人格。
そう、最初から彼女が生まれるのは必然だった。
同時に、ブラックパピヨンとは望まれた存在でもあった。
「それでも、私は彼女を無意識のうちに否定し続けました。
だって、私の中でもっとも否定したい部分の塊が彼女なんですから。
私自身が目を背けたい全てを彼女に押し付けて、私は自身が潔癖であると自己暗示し続けたんです」
「――――」
「そうであり続けなければならないという強迫概念にも似た自己暗示。
結果として、彼女があのような行動に出たのは当然の事でした。
だって、それしか許されていなかったんですから」
「――――」
「彼女が犯罪行為をする度に、私は病的なまでに彼女を否定し続けました。
そして、否定すれば否定するほど彼女の犯罪行為の頻度は増加していった。
その都度は私は、必ずブラックパピヨンを捕まえようと思いました。
ふふ、今にして思えば、どれだけ無駄な事を考えていたのかと思ってしまいますね。
私が、どんなに彼女を追いかけようとも決して捕まえる事なんて出来ないのに」
「――― でも、もうわかってんだろ? 委員長」
「はい」
そういうベリオの表情は、どこかスッキリしていた。
「私は私の愚かな願いの為に、私自身の穢い部分を全て彼女に押し付けました。
そうして、彼女の存在は穢れたものと決め付けて断罪しようとしていたんです。
でも、本当は違うんですよね。
あの穢れは人なら誰もが持っているもの。
それを否定するのは、人であるという事を否定する事に他ならない。
だからこそ――――― 私は認めます。
本当に私が彼女にすべき事は否定じゃない。
私はブラックパピヨンであり―――― ブラックパピヨンは私なんですから」
それこそが、ベリオ・トロープが出したブラックパピヨンに対する答え。
【元ネタ集】
ネタ名:勝利を確信した時、そいつは既に敗北してるんだぜ
元ネタ:JOJOの奇妙な冒険
<備考>
JOJOの登場人物、ジョセフ・ジョースターの台詞から。
簡単に言うと、人がもっとも油断するのは勝利を確信した時という事らしい。
ジョセフはその確信した瞬間に考えておいた策を実行して逆に勝利をもぎ取ったりしていた。
本編では、大河が勝利を確信して油断したブラックパピヨンに使用している。
ネタ名:決して、間違いなんかじゃないんだから。
元ネタ:Fate/stay night
<備考>
Fateの主人公である衛宮士郎の台詞の一部から。
詳細は省くが、士郎はアーチャーに対して言っている。
大河は、形はどうあれベリオを救っていたブラックパピヨンの在り方を肯定する為に使用した。
ネタ名:私はブラックパピヨンであり―――― ブラックパピヨンは私なんですから
元ネタ:ペルソナ4
<備考>
ペルソナ4における、主要メンバーが己の影と対峙して受け入れた時に発する言葉から。
主に「お前は俺で、俺はお前だ」といった言葉である。
ある意味、ブラックパピヨンはベリオの影なのでこのセリフが合うのではという事で使用させていただきました。
あとがき
ペルソナ4、大好きです。
いたるところにペルソナ4のネタが散りばめられているのは、私自身が大いに影響を受けたからに他なりません。
しかし、あれですね。
まだ序盤から抜け出せていない罠。
何とか、完結まで頑張りたいです。