DUEL SAVIOR INFINITE Scwert2-7
「来い、アマテラス」

 その姿を確認した瞬間、反射的にアダムはアマテラスを召喚していた。
 柄を捻ると同時に、排出口から赤いマナが勢いよく噴出す。
 爆音と共に世界に示されたのは、明確な敵意であった。

「まさかこんなところで会うとはな、愉快犯。
 悪いが、すぐに終わらせてもらうぞ」

「って、待てよアダム!!」

 これに慌てるのは大河であった。
 何をそんなに慌ててるのか、アダムには分からない。
 当然だ、今来たところなのだから。

「どうした? そんなに慌てて」

「いいから待てよ! こいつ、ベリオなんだって!!」

「………やはり、か」

 納得したような口調と共に、アダムはアマテラスを消していた。

















DUEL SAVIOR INFINITE

Schwert2-7
表の聖者、裏の怪盗 〜Motive〜
















 礼拝堂の裏にある森に移動した3人。
 そこで、大河とアダムはベリオの信じられない真実を告げられていた。
 二重人格、あるいは多重人格。
 1つの肉体の中に、複数の人格が宿る精神的な病気であり正式名称は、解離性同一性障害。
 予想通りだったとはいえ、実際に現実として突きつけられたものには辛いものがある。
 すなわち、それだけベリオは普段自身を戒めていることに他ならない。

「だから当然、この娘はアタシが起きている間のことは知らないわ。
 だって、眠ってるんだからね」

「お前は、全部知ってんか?」

「もちろん、だってアタシはこの娘の自我の一部だもの。
 当然、この子の見聞きしたことは全て知ってるわよ」

「なら、どうして委員長自身はお前のことを知らねぇんだ?」

 大河のその台詞を聞き、明らかにブラックパピヨンは嫌そうな顔をした。
 もちろん、それなりに理由はある。
 それは、

「それは、この娘がアタシを否定したがっているからさ」

 すなわち、自分自身で見たくない部分、認めたくない部分を切り捨てたのだ。
 人は誰もが、己の浅ましく醜いところを見たくないという性質を持っている。
 真実に目隠しをし、己を騙し、楽に生きていく。
 それこそが人間なのだから。
 アダムは目の前に突きつけられた事実であり真実を受け止めた。
 なぜなら、前例を知っていたからだ。
 もっとも、その前例はかなり性質が悪かったが。

「アタシはこの娘が切り捨てた自我の固まり。
 忘れ去りたい存在だから、記憶すら残さない……まぁ、そういうわけ」

「使われない部分の固まり、か」

 どの世界に行っても、こういう存在はいるんだなと考えるアダム。
 もっとも、彼の知る前例は、片方が正真正銘の殺人鬼だったので、まだブラックパピヨンの方がマシだといえばマシだ。
 もっとも、どっちもどっちのような気がして仕方がないが。

「なんで、切り捨てられたんだ?」

「それを聞いたら、アタシから離れられなくなるわよ――― それでもいい?」

 と言いながらブラックパピヨンは笑みを浮かべた。
 明らかに、あれは悪戯する時などに浮かべる笑み。
 別名『コロス笑み』である。

――――――――

――――――――

 なんとも言えないものである。
 解離性同一性障害の持ち主には、凄まじい精神的な負荷がかかっている証拠。
 閉鎖的な空間で、欲求などを無理やり押さえ込んでしまうと、そのような傾向が表れてしまう。
 それを考えると、ベリオは充分に考えられる要素を持っていた。
 つまり、彼女が二重人格になったのは必然といえば必然であったのだ。
 通常なら聞かないほうが得策であるのは間違いない。
 いらない問題を抱え込むなど、愚者が行う事だ。
 だがしかし――――

「聞くぜ」

「ああ」

 だが、それでも大河とアダムは聞くことを決意した。
 確かに、『離れられなくなるかもしれない』が、それがどうしたと言うのだろうか。
 その返答を聞き、ブラックパピヨンは意外そうに、しかし感心したような表情を作り上げた。

「こっちに来てから短いけど、委員長には借りがあるしな」

 ちなみに、大河が考えたのは1秒であり、本人曰くこれでも最長らしい。
 これで最長なら世の中の事のどれほどが最短になるのだろうか。

「それに、救世主候補の仲間だしな」

「ライバル、じゃなかったのかい?」

 それはそうだろう、間違いなくブラックパピヨンの言うとおりだ。
 確かに、ライバルだろう。
 最終的には救世主の座を賭けて争うことになるかもしれない。
 しかしそれでも、それでも―――

「そりゃ試験の時はな。でも、それ以外は大事なクラスメートだ――― さ、話してくれ」

「まぁ、いいけどね。そっちのあんたは、どうするんだい?」

 ブラックパピヨンはアダムの方を見ながら訊ねる。
 そんなブラックパピヨンを見ながら、アダムは答えなど決まりきっていると云わんばかりに肩を竦めた。

「返答は大河と同じだ、ただし真実を話してくれ。
 虚実に彩られた情報を得たとしても、何の意味もない」

「………わかったわ」

 その2人の返答を聞き、ブラックパピヨンは真剣な表情を作り出した。
 相変わらず、ドスの利いた低い声。
 これが、あのベリオと一緒の声だとは、初めて聞いた人にはわからないだろう。
 受ける印象が正反対、と言うのも要因の1つなのかもしれない。
 
「昔ね、アタシは父親と兄貴の3人で暮らしていたのよ」

 彼女が存在した世界では、物資の流通が盛んで、それなりに栄えていたらしい。
 人通りも多く、賑やか。
 だが、故に貧富の差は激しいのは当然のこと。
 貧民地区では、父親が日雇いで母親が婦女、子供は学校に行かずに働きに借り出された。
 それでも、1日を生きていけなく、そんな時は女の子供を売り出すなんて珍しいことではない。

「アタシが? 冗談は止めてよ、誰がそんな汚いところに住むもんですか」

「はぁ?」

 これには、さすがの大河も?顔になるのは当然だ。
 なら、先ほどの前置きはいったいなんだったんだという話である。
 もっとも、アダムはある程度予想していたが。
 大人になった女性のプロポーションは、幼少の時の食事や運動、生活スタイルに起因するとされている。
 ましてや、ベリオ=ブラックパピヨンほどのスタイルとなると、かなり裕福な生活でなければならないのだから。

「アタシたちが住んでいたのは、アッパーイーストサイド32番地と呼ばれる高級住宅街さ」

 などと意地悪そうな笑みを浮かべるブラックパピヨン。
 どうやら、自分が住んでいた場所が自慢したいようだ。
 何しろ、顔が愉快そうに歪んでいるのだから。

「高級……住宅街?」

「近くに外国の領事館なんか建てて、その町一番の一等地だったんだから」

 だが、裕福な家庭でも一等地となると話は別。
 なんらかの事業を起こし、それによる会社の拡大などが原因なのだろうか、などとアダムは考えた。
 だが、それを考えるとブラックパピヨンが存在していることに矛盾が発生してしまう。
 それほどまでに裕福なのなら、ブラックパピヨンが発生してしまう可能性が低い。
 家に縛られてしまったとしても、やはりブラックパピヨンが発生する可能性が低いからだ。
 何しろ、それほどまでに裕福な家庭なのなら、基本的にその家の娘などは我儘に育つ可能性が高い。

「ちょっと待てよ、なんだよそりゃ」

 もちろん、大河の言いたいことが良く分かる。
 だが、あえて何も言わない。
 言って話を折りたくないのだ。
 実はいうと、部屋に戻って寝たくなってきたりするのだが、それを実行しようとすると話が進まないので自重している。

「なんだと言われても、事実なんだけど」

「今の話の筋から行くと、お前が泥棒なのは過去に辛い経験があったから………普通なんじゃねぇか?」

 確かにそれが普通だろう。
 だが、世の中にはそういった類の泥棒が存在しない。
 たとえば、王ドロボウと呼ばれた至高のドロボウなんて、別に辛い経験とかそういうのはなかった。
 確かに親なんていなかったが、彼は別に辛い経験や貧乏だったからドロボウだったわけではない。
 ただ、王ドロボウだったから、王ドロボウだったのだ。
 それだけである。
 ようは概念的な話だが、まぁ今は関係ない話だ。
 故に、続きを話すとしよう。

「普通なんてクソくらえだね。
 アタシの家には沢山の使用人に囲まれて、何不自由なく暮らしてきました、OK?」

「お、オーケー、わかった。なら、なんで泥棒なんかしてんだ?」

「親が泥棒だからよ」

 大河とアダムは固まった。
 泥棒、なぜに、である。
 なんで一等地に住む金持ちが泥棒なんだよと言いたい。
 だが、アダムは何となくだが理由がわかってきた。
 親が泥棒だが、家族は町1番の豪邸に住む大金持ち―――― つまり、それは。

「親は町1番の豪邸に住む金持ちなんじゃねぇのか?」

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、その親が町………って言うか国1番の大泥棒だったんだよ!」

 痺れを切らしたか、ブラックパピヨンが大声を上げながら叫んだ。
 町どころか国1番の大泥棒。
 大泥棒と聞いて、アダムの脳裏に浮かび上がったのは己の欲すら自由に操るツンツン頭の青年の姿だった。

「じゃ、そのお金は」

「そ。国中から盗んできたものなんだよ。
 当然、家を建てた金だって、あとで回収したようだけどね」

「………ははは」

 お涙頂戴の展開は、どこへ行ってしまったんだといわんばかりに大河は笑ってしまった。
 もっとも、そんなものなんてあってないようなものだろうが。

「では、君が泥棒なのは遺伝か?」

「遺伝だね」

 アダムの質問に、ブラックパピヨンは簡素に答えた。

「また随分と厄介な性質が遺伝するものだな」

「おい、んな性質が子に遺伝するもんなのか?」

「一族揃って殺人鬼だった、なんて例もある。
 泥棒の素質が遺伝しない、なんてことはないだろう」

「へぇ、そんな一族もいるんだ。
 まぁ、現に兄貴もそうだったからね」

「ああ、兄貴がいるんだったな。じゃ、兄貴も?」

 大河の質問に、ブラックパピヨンは明らかに嫌なものを思い出すような表情を作った。
 まるで、己の中にある禁忌の思い出を思い出すかのように。

――――― ああ、あいつはもっと性質が悪かったけどね」

「性質が悪い?」

 それは、随分と不思議な言い回しだった。
 泥棒に性質がいいも悪いもあるのだろうか、いやあるかもしれない。
 確かに誰かのモノを盗んでいる時点で、かなり性質が悪い。
 その中でも特に性質が悪いのは――――

「ウチの家系は、代々人様のモノを奪う(・・・・・)事に対して執着する性癖を持つ家系なのよ」

「んなの聞いたことないぜ」

 何とも不思議な性癖だが、世界は広い。
 ましてや、世界が限りなく広がっているのならそういった性癖を持つ家系があったとしても何ら不思議ではなかった。

「では、君の父と兄は何を奪う事に快楽を見出していたんだ?」

「……父親は人様の財産を奪う事に( ・・・・・・・・・・・)………兄貴は人様の命を奪う事に( ・・・・・・・・・)……」

「………はっ?」

「奴は殺人快楽症なのよ」

 ブラックパピヨンが、あえて【盗む】ではなく【奪う】という言葉を用いた理由がこれだ。。
 何かを奪う―――― それは【モノ】という名の【命】を奪うことに、至上の快楽を見出す者。
 そういった者を殺人快楽者と言われるが、まさかベリオの兄がそれに該当するとは思わなかった。
 だって、何かを奪うと言われたら、大抵は財産や名画などの【物】を連想してしまう。
 だが、まさかその【モノ】が【命】だったとは、明らかなカウンターだ。
 それは奪うという範疇に入っていると入っても、【盗難】ではなく【殺人】というカテゴリーに属する略奪。
 先ほど貧民街の話は、完全にブラフだったのだろう。

「しかも、その兄貴と父親が組んでからは、兄貴が殺した相手の財産を根こそぎ奪うという手段を取るようになった。
 そのせいで、アタシの家の財産は莫大に膨れ上がったわ」

「それは、警察とかは何もしなかったのか?」

「したわよ、犯人に懸賞金とかかけたし、スラム街の一斉調査とかも何度もね。
 でも、まさか名誉も地位も町一番の資産家が犯人だとは、気付かなかったようだね」

「………は、はは」

 それには流石の大河も苦笑いをする他なかったが、アダムは内心で疑問を感じていた。
 確かに、意外では在るかもしれないが、捜査なんてものはやりようによってはどうとでもなる。
 それほどの巨額の金が動いているのなら、金の動くルートによって断定までは出来ないまでもかなり怪しまれたはずだ。
 礼状などを持って家宅捜索や、そうでなくとも張り込みなどによる現行犯逮捕も出来たはずである。
 それがなかったと言うことは、おそらくだが警察の上層部が彼女の父親の権力の圧力に屈したとかの理由だろう。
 所詮、警察なんてものは上層部が圧力に屈すれば、それだけで動けなくなる。

「でも、そんななか正体を知っている人が1人だけいたのさ」

「それが君――――― 正確には【ベリオ・トロープ】か」

「ええ」

 淡々と、本当に淡々と――― ブラックパピヨンらしからぬ、それでいてベリオらしからぬ口調で。
 もしかしたら、これが本当の彼女たちなのかもしれない。

「父親と兄貴は、母親がいないアタシを愛してくれたわ」

 欲しいものはなんでも与えられ、嫌なものは無理強いはしなかった。
 そうして蝶よ花よと育てられ、少女は外世界の血なまぐさいものを一切知らない無垢な少女へと成長した。
 だが、無垢な時代が終わるのは当然のことであり必然。
 その日は、年に一度の大きな祭りの日だった。
 少女は、何度もせがんで、泣きながら父親と兄に頼み込んだ―――― 祭りに行きたいと。
 その時、珍しく父親と兄は猛反対したが、なぜかは少女にはわからない。
 だが、それでも何が何でも見に行ってみたかった。
 そして、なんとか少女は祭りを見に行くことに成功した。
 これまで、少女の世界は『屋敷の中』だけであり、故に、それまでに知らなかった世界が見れることを少女は非常に喜んだ。
 だって、『外』は父親と兄の仕事場だから、これで自分も『大人』の仲間入りになれると考えたのだろう。
 それは純粋無垢な少女の純粋な喜びであったに違いない―――― 人生はそれほど甘くないというのに。

「でも、その期待もすぐに萎んだわ」

「………まさか」

「そう、そのまさか・・・・・・・父親と兄貴は、私が連れて行った祭りの最中に仕事を始めたわけ」

 それは何て悲劇にして絶望。
 幼い彼女が信じていた理想的な父親と兄とは、あまりにもかけ離れ過ぎた姿。
 兄が片っ端から人を殺し、父親がその殺した人物の所持品などを片っ端から強奪する。
 父親と兄と信じていた少女にとっては、何もかもが裏切られた光景だったに違いない。

「な、なんだよ、それ」

「ううん、祭りの最中だったからかな―――― 人が大勢いるから、掻き集め時だったんだろうね」

 それを聞き、ふと大河は疑問に思った。
 祭りなのだから、当然巡回する警察官や警備員がいてもおかしくない。
 ましてや、そのように祭りの最中に堂々と行うというのだから警察官や警備員に見付かっても不思議ではない。

「だが、見付からなかったわけか」

「ああ、父親と兄貴は、そんなヘマはしないからね」

 それとも、既に巡回の警察官や警備員は皆殺しにされていたか。
 いずれにしても真相を知ることは出来ない。

「ってことは、人前で堂々と人殺しや盗みを………」

「ええ、そういう事よ――――― これじゃあ、気付けと言っているようなものじゃない。
 逆に、これで気付かなければ、アタシはただの馬鹿よ。
 自分が着ている豪華なドレスや、ぬいぐるみなんかが、どうやって来たのかなんてね。
 で、気が付いたら父親の手を振りほどき、祭りで浮かれる人々の間を夢中で駆けていたわ。
 それから数時間後、教会に続く橋の下で泣いている所を祭りのお祈りの為に、その町に来ていた司教様に拾われたのよ」

 そこまで話すと、ブラックパピヨンはふぅっと息を吐き出し、顔を上げると何処か遠くを見るような目になる。
 暫らくそうしていたが、やがて、そっと続きを語り始める。

「それで、そのまま家には帰らず、大寺院のある町の孤児院で僧侶の修行をして暮らすようになったの。
 父親や兄貴に殺され、破滅させられた人たちの為に、【私】は我が身を持って償おうとしたのよ。
 それが、【私】が【私】に科した使命」

 それを聞いていたアダムは、内心で深くため息を吐いた。
 聞いている限りでは、阿呆か、とベリオに言ってやりたい。
 償わせるなら、そんな事を仕出かした本人にやらせろ、と言いたいのだ。
 おそらく幼かったであろうベリオに罪などないし、そもそも誰だって無垢な時代があるのは当たり前だ。
 無垢ゆえに、無邪気ゆえに、子供ゆえに、知らない事は有るし、それ故に許されることだってある。
 それは不思議な事ではなくて、不可解なことではなくて、むしろ当然の事なのだ。
 しかし、ベリオの責任感の高さから、このような事を仕出かしているのだろう。
 だが、どんなことをやったところで罪など、本人のものでありベリオ本人には罪などあろうはずもない。
 いずれにしても、こんなものは言葉遊びだ。
 ベリオ本人が、己の仕出かしたことでないにしても罪を感じているのなら、それは罪なのだろう。
 本人がその間違いに気付かない限り、意味などない。
 故に、アダムは自分の考えを言うのは止めることにした。

「ひょっとして、委員長が救世主を目指すのも…………」

「そういう事よ―――― けれど、私の中にも、やっぱりあの二人の血を引く【アタシ】がいた。
 私が否定しても、私の中にはアタシがいるんだよ。
 そうして、否定しきれない血の性が、時々、私の意識がない時に、アタシとして表に出る。
 それが………」

「ブラックパピヨンという訳か――― なら、君が学園で泥棒をしているのは………」

 アダムの言葉に、ブラックパピヨンは静かに頷く。
 それはアダムの言葉が正しいことに他ならない。

「アタシは、他人のプライドを奪う事に快感を得る。
 お高く止まったエリートや、男の沽券に拘る奴、生娘の恥じらい―――
 そいつらが取られたら一番困るものを取られた時の顔を見るのが、アタシにはたまらないのよ」

 なんとも傍迷惑な性癖である。
 それはあまりにも歪に歪んだ性癖であり、どうしようもないくらいに傍迷惑であることは否定しようの無い事実であった。
 まぁ、それでも殺人快楽症のブラックパピヨンの兄よりからは遥かにマシだろうが。

「………俺をはめたのはなんでだ? 別にエリートでもないし、沽券にも拘ってないだろ………?」

「アンタは、存在そのものかな―――――― 史上初の男性救世主。
 その存在そのものを地に落とす事で、アンタのプライドをぐちゃぐちゃに踏み躙ってやりたかったのさ。
 更に、アンタのプライドを踏み躙った後はそっちのアンタのプライドを踏み躙るつもりだったけどね」

「俺のプライド?」

 大河が不思議そうな顔をしているが、アダムは心の中でため息を吐いておいた。
 結局、自分が狙われるのは確定事項だったというわけだ。
 特異な力や存在は厄介事を引き寄せるなんて言葉があるがまさしくその通りだろう。

「そうさ。アンタがアタシの前で羞恥に喘ぐ顔を見てイキたかったの」

 ブラックパピヨンは愉快犯なんて言われているが、確かになんて思ってしまう。
 確かに、こんな性癖を持っていて、それでいてこのようなことを繰り返していたら確かに愉快犯だろう。

「でも、この娘のおかげで失敗したわ」

「委員長の?」

「そうよ。だって、この娘………な〜んかねぇ」

 ブラックパピヨンの言葉に、大河もアダムも、ただ黙って続きを待つ。
 恐らく何も分かっていないだろう大河へ、ブラックパピヨンは微かな笑みを零すと、

「アンタの事、随分と気になっているみたいなんだもの。
 ちなみに、そっちのアンタはせいぜいクラスメートで同じ学科に在籍している人物程度しか認識していないみたいだけどねぇ」

「つまり、こっちの世界に来たばかりの俺たちを心配しているって事か」

 普段の女性に対する態度からは想像もできないほどの鈍感さだ。
 下手をすると、近い将来には朴念仁とか言われるかもしれないが、言われたところでそれは本人の責任でありアダムが関与するところではない。
 仮に後ろから刺されるような事態になったとしても、やはりそれは大河本人の責任だろう。

「はぁ〜。いや、この娘の中で見てたから分かっていたけれど、相当よね、アンタ」

「へ? それってどういうことだよ? まさか、委員長は」

「さぁね。兎も角、この娘の所為で、アタシも何となくアンタを責めきれなかったの。
 アンタの困った顔を見ると、こう、何て言うかな、胸がキュゥンとしちゃうんだよね。
 な〜んか調子狂うんだよね〜」

 ブラックパピヨンはこれで話はお終いとばかりに口を閉ざすと、大河へとしな垂れかかる。
 それに驚く大河へと、ブラックパピヨンは囁くように告げる。
 なんとなく、自分は蚊帳の外のような気がしてならないアダムがいたりするが、本人はそれほど係わりたいとは思わないので気にする必要などない。

「でさ〜、アタシも、アンタに興味が出てきたんだよ………」

「はっ?」

 わけが分かりませんという顔をする大河に対し、ブラックパピヨンはニヤリという擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべた。
 少なくとも大河自身はブラックパピヨンに恨みがあるが、興味をもたれるようなことはしてない。
 まぁ、存在自体が興味の対象なんて言われたら、それはそれで終わりだが。

「だってさぁ、アタシの中の【私】が、こんなにも気にしてるんだ。
 ちょっと摘んでみたいと思うじゃない」

「摘むって何をだよ?」

「イ・ロ・イ・ロ♪」

 不思議そうな顔をする大河に対し、すっごく楽しそうな笑顔を作るブラックパピヨン。
 もっとも、大河はどうやら本気でわかっていないようだ。
 近い将来、冗談抜きで朴念仁なんて称される事になるかもしれない。
 対して何となくだがアダムはブラックパピヨンのしようとしていることを察した。
 察した故に、さっさと逃げ出したい気持ちになってきたが、ここまで状況が進んだ上で逃げるなんて出来るはずもない。
 もっとも、何らかの切っ掛けさえあれば逃げるのも可能だろうが、この調子だと今しばらくは不可能だろう。

「という訳で、取引といかない?」

「取引? なにをだよ?」

 突然の話題転換に大河は付いていけてないし、そもそも話題転換が行き成り過ぎるのだから付いていけないのは当然だ。
 少なくとも、大河自身は取引を行うような内容の行動は行っていないし、そもそも行う理由もない。
 もちろん、煩悩全開のような取引内容だったら応じるかもしれないが、それはそれだ。
 それを警戒し、アダムは2人に決して気付かれないように臨戦態勢に入った。

「そう。アンタは、アタシの事を警備にも学園にも知らせずに黙っている。
 その代わり、アタシの体を自由にしても良いわよ〜」

「な、何を言ってんだよ?」

「だ・か・ら〜、アタシを抱いてみたくない?」

「う、それは………」

「そ・れ・は?」

 言いながら、ブラックパピヨンは大河の首へと腕を回すと、その耳元へと唇を近づける。
 その姿は、その奇抜な衣装もあって想像を絶するほどの色気を漂わせ、そして艶かしかった。
 時として女性は己の肉体を武器とする事があるわけだが―――― なるほど、確かにこの手は有効である。
 特に、こういうことに対して免疫の低い純情な青少年の類なら効果は抜群だろう。
 そうでなくても、色を好む権力者相手にも効果はあるに違いない。
 そもそもだ――――― 大河は煩悩に弱い。
 これは根幹的な性格の為、正すのは難しいだろう。
 下手をすれば、ブラックパピヨンのこの挑発に乗ってしまう可能性が非常に高い。
 もっとも、アダムにはまったく通用しない。
 事実として、アダムはかなり醒めた視線で大河とブラックパピヨンを見ている。
 本音で言えば、リリスが怖いからなんて理由があったりするのだが。

「ほら、黙っててくれるなら、好きにして良いんだよ」

 大河はブラックパピヨンの肩を掴むと、その手に力を込める。
 それに反応したように、ブラックパピヨンは笑みを浮かべた。
 肩から神経を通じて脳に伝わる微かな痛みという名の感覚が、今は心地よい快楽に感じる。
 それは男を誘う娼婦のような、それでいて己の謀略が成功した詐欺師にも似た歪で黒い笑み。
 このまま大河を押し切り、そして自分が押し倒されれば――――― 少なくとも、ブラックパピヨンの勝ちは確定だろう。
 
「ふふふ。話が早いじゃないか。そういう男は嫌いじゃないよ」

「別に、こんな事をしなくても黙っているさ。委員長の為にもな」

 しかし、大河はブラックパピヨンを抱き寄せず、引き離すと、そのまま真正面からブラックパピヨンを見詰めて言う。
 そんな大河の行動を、アダムは少し意外に感じた。
 アダムの予想では、あのまま大河はブラックパピヨンに押し切られてしまうと考えていたからだ。
 そしてそれはブラックパピヨンも同じだったらしく、一瞬だけ驚愕の表情を作るとすぐに元の妖艶な表情へと戻る。

「そうかい。だったら、契約の印に………」

 魅惑的な笑みを浮かべ、顔を近づけてくるブラックパピヨンを手で制する大河を不思議そうに見返す。
 そんなブラックパピヨンに向かって、

「別に、こんな事をする必要はないけどさ――― その代わり、盗みはこれっきりにするんだ」

「………なんだって?」

 大河のその言葉に、ブラックパピヨンは笑みを消し去ると目付きも鋭く睨み付ける。
 なぜなら、大河の台詞はブラックパピヨンにとっては看破できる筈もない台詞だったのだから。

「俺からも、委員長にあまり自分を押さえ込まないように言って聞かせてやるから。
 だから、お前ももうモノを盗んで人様に迷惑をかけるような真似はすんじゃねぇぜ」

「はん、何を甘い事を言ってるんだい。
 この世の中、強い者が勝って、弱い者を従えるんだよ」

「そんな事を、委員長が望むと思うか?」

「そんなの関係ないね。アタシは【アタシ】さ」

「ブラックパピヨン! いや、ベリオ!」

 その大河の叫びに、心底ブラックパピヨンは嫌悪したような表情を作り上げた。
 ベリオとブラックパピヨン。
 根本的な部分は同じはずなのに、決して相容れることの出来ない2人。
 それはまるで水と油にも似た致命的で、どうしようもない関係。
 
「五月蝿いよ、アンタ。
 弱い者は強い者に、自分の一番大事なものを差し出しす代わりに生かしてもらうのさ。
 それが、世界のルールってもんだろう」

「まぁ、確かにな」

 などとブラックパピヨンの言葉に、アダムはさり気無く同意する。
 そのアダムの言葉に大河は驚いたような顔でアダムの方を見た。

「おい、アダム!?」

「だがな、ブラックパピヨン」

 大河の咎める様な声を無視し、アダムはアマテラスを召喚すると切っ先を躊躇なくブラックパピヨンへと向けた。
 鞘の中から少しだけ銀色の刃が顔を覗かせる―――― それは、月夜の光にも似ていて。

「わかっているな?
 今日の強者は明日の弱者で、今日の正義は明日の悪となる。
 君のその答えは即ち、君がオレたちより弱かったなら、オレたちに淘汰されることを認めたということだぞ?
 そして、君は少なくともオレより弱い―――― 故に、君はオレたちを言うこと聞かせる資格はない」

「はん、言ってくれるね。資格が無いなら、どうしようってんだい?」

 そのブラックパピヨンの返答を聞き、フッと微かにアダムは笑みを浮かべた。

「君にとって、一番大事なものを失う悲しみというのを味わせる必要がある。
 ただ、君の一番大事なものが何かは分からないが」

「はん、それこそ簡単な事だよ―――― アタシを地に叩き伏せてみな!
 もし、アタシが負けたら、一番大事なものを差し出してやるよ。
 そして、【私】のプライドを奪う方法を教えてやるさ」

 そう言うと、ブラックパピヨンは愛用の鞭を取り出した。
 そんな臨戦態勢の2人に焦ったような顔をする大河。

「おいおい、いいのかよ?」

「もっとも確実で簡単で安全な方法だ――― 腹を決めろ」

 アダムは簡素に答えながら、ブラックパピヨンの動作を見逃さないように注意しつつジリジリと間合いを詰める。
 アダムの返答に大河は舌打ちをすると、無言のままトレイターを召喚すると切っ先をブラックパピヨンに向けた。
 どちらにしても、アダムの言う通りこれがもっとも確実で簡単で安全な方法である事は間違いないのだから。

「ちっ………ゃね〜な、覚悟しろよ、ブラックパピヨン!」

「ふ、ふふ、あはははははは!!」

 その大河の台詞を聞いた瞬間、ブラックパピヨンは高々と笑った。
 そんなブラックパピヨンに大河とアダムは怪訝そうな顔を作り上げる。
 大河とアダム対ブラックパピヨン。
 2対1という言葉通りの展開であり、どう考えても数的不利なブラックパピヨンの方が不利であることは否めない。
 ブラックパピヨンが高々と笑う要素なんて、この状況下においては1つもないわけである。
 例外があるとすれば―――――

「何がおかしいんだよ!?」

「大河、おかしくないか?」

「だから、何が!?」

「なぜ、この場所なんだ?」

「はぁっ?」

 そう、なぜこの場所なのか。
 人がいない場所など、それこそいくらでもある。
 たとえば、闘技場、地下道など。
 地下道はゾンビ娘の巣窟かもしれないが、それでも手の打ちようはいくらでもある。
 だというのに、ブラックパピヨンはあえてこの林道を選んだ。
 なぜ、わざわざ林道など選んだのだろうか。
 その理由は、ただ1つ。

「仮に戦闘行為になったとしても、この場所なら勝てると踏んだからだ…ッ」

「せ・い・か・い♪」

 そう言って、ブラックパピヨンは1つのスイッチを何処からともなく取り出した。
 別になんでもないスイッチだ――――― 外見は、だが。
 それを見た瞬間、大河とアダムの身に悪寒が走りぬけた。
 たとえるなら、どうしようもない罠に引っかかってしまった冒険者のような感覚。

「あ〜、お聞きしますが、そのスイッチはいったいなんなんでしょうか?」

「どう考えても、押したら碌な事にならないスイッチに見えるが」

「んなもん見りゃわかる」

 なぜか敬語で大河がブラックパピヨンに訊ね、その敬語にし対して返答を何故かアダムがして、更にアダムの返答に対して大河がつっこみを入れるというわけのわからない漫才のような光景が展開された。
 ちなみに、訊ねられたブラックパピヨンはニヤリと笑った。
 清々しいくらいの笑み―――― つまり【まっくろ】というカテゴリーに属する笑みだ……決して【真っ黒】ではない。

「つまらない漫才をやってるねぇ〜。
 ま、今から体験してもらうから聞くだけ野暮ってもんだよ」

 そう言うと何の躊躇もなくブラックパピヨンはボタンを押した。
 すると、大河とアダムの足元から大きな網が出現し、それが大河とアダムを絡みとって空中に持ち上げてしまった。

「んなっ!?」

 慌てる大河は何とか縄から抜け出そうとするが抜け出せない。
 そもそも、抜け出せれるのなら縄に意味なんてあるはずもなく、だからこそ抜け出せないという意味では、まさしく縄は己の役目を全うしているといっていいだろう。
 一方、アダムの方はそれほど焦っている様子はない―――― いきなりの展開に度肝を抜かれたのは確かである。
 そう、例外があるとすれば―――― 決闘場に事前に罠などが仕掛けられていた場合だ。

「卑怯だぞ!! 俺と勝負しやがれブラックパピヨン!!」

「はん! あんたの言うことを聞く義理なんてないね!」

 などと不毛な言い争いを始めた2人。
 そんな2人を見ながら、アダムはどうして自分がこんな状況に陥っているのか考えてしまった。
 それ以前に、大河がトレイターで縄を斬ればそれで済むことなのだが、大河はブラックパピヨンに卑怯な事をされたという目先の結果に囚われており、結果的に縄をトレイターで斬るという発想が浮かばないようだ。
 いや、そもそもトレイターやアマテラスのような大剣では縄を斬るための予備動作が取れない。
 仮に取ろうにもやってしまうと下手をすれば大河を傷つけてしまうかもしれない。
 更にエクシードを使用しようにも、下手に使用すれば威力を制御しきれないかもしれない。
 明らかにこちらの方が分が悪かった。

(迂闊にもほどがあるな。
 いかに肉体がベリオとはいえ、技能等は超一流の怪盗のそれだ。
 当然、それなりに頭も回るはず。
 話をするのにこの場所を選んだのは、オレ達が敵対行動を取ろうとも問題なく勝利を収めるため。
 だからこそ、常日頃から罠などを仕掛けていたこの林道を選んだ、か。
 敵ながら本当にやるな)

 【以前のアダム】であれば別であるが、【現状のアダム】ではこの場からの脱出はできない。
 状況確認の末、アダムたちは己が致命的なまでに不利な状況にあるのだと正確に把握していた。

「てっめぇ、こんな事で勝っていいと思ってんのかよ!?
 勝負するんなら、正々堂々と勝負しやがれ!!」

「はっ、わかってないねぇ―――― いいかい、勝負なんてもんはね、勝てばいいんだよ!」

「だとしても、これはねぇだろ!!」

 などとまったく自慢にもならないことわざを平然と言い切るブラックパピヨンに怒鳴る大河だが、はっきり状態が状態なので間抜け以外の何でもない。
 だがブラックパピヨンの言っている事ももっともだ。
 勝負において、重要なのは勝利する事。
 どれほど正しい主張だろうと、勝負に負ければその主張は虚言へと成り果てる。

(どうする、現状は明らかにこちらが不利。
 アマテラスのエクシードでは縄を切り裂くことはできても、下手をすればそのままブラックパピヨンも一刀両断してしまうかもしれない)

 そうなると、アダムは同じ救世主候補を惨殺したアヴァター史上最悪の殺人犯のレッテルを貼られる事となる。
 流石にそれをやられるとアダムとしても困りものだ。
 
(どうする………)

 爪で縄を削り切ろうにも、縄の直径は3cm近くはある。
 それほどの太さなら、切るにもかなりの労力と時間が必要だ。

「ま、どんなに言い争おうとも、これでアタシの勝ちだね」

「んだと!? こんな卑怯なことして勝って恥ずかしくねぇのか!?」

「言ったよね、勝てばいいんだと」

 などと偉そうに言い切るブラックパピヨン。
 まぁ、確かに勝負なんて究極的には勝てば何をしてもいいのだが、などとアダムは考える。
 戦いにおいて卑怯なんて言葉は存在しない。
 ただ、勝てばそれでいいのだから。
 だからといって、初っ端からこの展開は流石にアダムでも読み切れなかった。
 そういった意味では、ブラックパピヨンはアダムを上回ったといえる。

「勝てばいいんだとしても納得できるわけねぇだろ!!」

「お馬鹿さんだね、勝負ってやつは勝った奴が正義なんだよ。
 それすらも知らないなんて、あんたは本当に救世主候補なのかい?」

 まったくもってその通りなのだがから反論などアダムには出来ない。
 とにかく、今考えるべき事はブラックパピヨンの言動に対する賛同や否定ではない。
 この網に囚われているという現状を、どうにかして打破する事だ。
 たとえ、状況が八方塞に近いものだとしても。





【元ネタ集】

ネタ名:――
元ネタ:――
<備考>
――




あとがき

春がやって来ました。
時間というのは、本当にあっという間に流れていきますね。
最近、ニコニコ動画にMUGENストーリー動画をアップし始めました。
どれか、分かる人いるかなぁ。
こっちもちょくちょく書いています。
とりあえず、完結までの道のりが遠いのは確かですね。