DUEL SAVIOR INFINITE Scwert2-5
 さて、まずは何から語るべきだろうか。
 まぁ前置きに意味などないだろうから、とにかく語ろう。
 まず、率直にいうとアダムは悩んでいた。
 そりゃもう、かなり悩んでいた。
 そもそも、なんでこんな状況になっているのだろうかと考える。
 もちろん、考えたところで答えなどでないし、出ようはずもない。
 だが、それでも悩まずにはいられなかった。
 それなりの理由があったのは、ほぼ間違いないだろう。
 いや、そもそも何なのだろうか、この妙で窮屈極まりない体勢は――――

「卑怯だぞ!! 俺と勝負しやがれブラックパピヨン!!」

「はん! あんたの言うことを聞く義理なんてないね!」

 などと不毛な言い争いをやっているこの2人。
 そんな2人を見ながら、アダムはどうして自分がこんな状況に陥っているのか考えてしまった。

















DUEL SAVIOR INFINITE

Schwert2-5
闇夜を舞う蝶 〜Black Papillon〜
















「ちっくしょ〜〜〜!!!」

 完全に酔っ払ったのか、そんな大声を上げながら大河は夜道を歩いていおり、それは大河の隣を歩いている完全無欠に酔っ払っているセルも同様であった。
 その彼らの後方には呆れたような表情をして2人を見ているアダムの姿があり、3人の中で彼だけが素面のようだ。
 大河との訓練が終わり、自室であれこれ考えていたアダムだが見事に大河達に捕まってしまった。
 本人としては、ノンビリ自室で考え事をしたかったが捕まってしまったものは仕方がないことだろう。
 アダム自身、その身体は酒に対して強い抵抗力があるため滅多に酔わないから問題ないのだが、しかし大河とセルはそうはいかなかったのは当然といえば当然だ。
 セルは傭兵学科に在籍する以外は普通の人間だし、大河も救世主候補で召喚器という後押しを受けているとはいえ体を構成する基本構成物質は人間のそれと同じだ。
 つまり、ただの人間である。
 なので、大河とセルが酒を飲みすぎて酔っ払いすぎるのは当然だし、酒に対して強い抵抗力を持つアダムが素面のまま酔っ払った大河とセルに絡まれて気苦労を抱え込むのは当然の事だった。

「呑みすぎだ、2人共………呆れて何も言えないな」

「なぁぁあに言ってんだよぉぉぉ!! いいか!? 
 そもそも何で男の俺が何を悲しゅうて男のお前と戦わにゃならねぇんだ!?」

「そんなのは時の運だろ?」

 大河の泣き言を一刀両断するアダム。
 もちろん、この後の展開をある程度予想していたので、若干だがアダムは諦め気味だ。
 
「あはははは!! 気にすんなよ!! 今日はさらに呑むぞぉ!!」

「おうよ!! こういう日は呑まずにいられるかってんだ!!」

 興奮気味というより完全に興奮状態のセルと、それにつられるように大声を上げる興奮状態の大河。
 そんな2人を見ながら、アダムは深くため息を吐いた。
 どうして自分はこのような状況に陥ったのだろうか。
 アダムは今現在の大河とセルの状況を見て、どうしようもないくらいに他人のふりをしたくなった。
 だからといってこの2人を見捨てたらそれはそれで次の日はやばそうなので見捨てるわけにもいかない。

「うらりゃぁぁぁ、うえぇぇぇぇ!!」

 突然、セルがその場で胃の中の食べ物や酒などを吐き出し始めた。
 それが道端で、この中庭の美しい庭園と言うか、そういうものの中に吐き出されなかったのは不幸中の幸いだろう。
 どちらにしても迷惑な事この上ないし、何より汚いことに変わりはない。

「おいおいセルゥ〜、何吐いてんだよぉ〜!! まだまだこれからだろぉ〜!?」

「うわははは! 当ぉ〜然だぜぇぇぇ、なっははははは!!」

 そう言ってゲラゲラ笑う大河とセルだが、これ以上飲める状況ではないのは第三者の視点から見ても確か。
 特に口周りや目元を赤くしたセルは絵的に完全に決まっていない。
 そんな2人を見ながら、つくづくアダムは自分は友達の選択を間違ったかなと考えてしまった。

「やれやれ、気が重いな」

 2人を見る限り――― 特に大河を見る限りには、そこに救世主候補としての威厳なんてない。
 どうみても、酒を飲み過ぎて酔いつぶれる中年のサラリーマンのオヤジである。
 もちろん、大河本人には自覚がなくても、第三者としての視線で見るアダムには、そうとしか見えなかった。

「なぁ大河、俺と肩を組んでる幻影を1つ撮らせてくれよ。
 将来お前が救世主になった時に、お前を育てたのは俺だーって自慢してやるんだ」

「あほー、誰が取らせるかよー!
 またそうやって、ナンパする気だなぁ」

「いいじゃねぇかよ、ケチー!
 その代わり、これからお前が活躍する場面をいっぱい撮ってやるからさぁ」

 そう言うとセルはニヤリと嗤った―――― そう、笑ったのではなく、嗤ったのだ。
 そりゃもう、邪なことを考えていますと言わんばかりの顔だし、同様に大河も同じように嗤っている。

「その幻影石を集めて、個展なんて開くのはどうだ?
 救世主当真 大河の愛の軌跡………なんてどうよー?」

 すでにアダムを無視してどんどん話を進めていく二人。
 この時点でのアダムの2人への評価は、どうしようもないくらいに低くなっていた。
 なら、何も言わないのが1番いいかもしれない。
 アダムとしては、それ以上に酔っ払いに付き合いたくないという感想が先立っているのだが、まぁ、仕方がないことだ。

「おーそれいいなー!」

 などと同意をし始める大河と、大河の同意に大いに喜ぶセル。
 そんな2人を見て心の中で盛大にアダムはため息を吐き、やっぱり自分は友達運がないのだろうか、と考えた。

「だろー? だからよ、その手始めに」

「ここで肩を組んだモンでいいかー!」

 そう言って二人が肩を組む。
 ちなみに、アダムは完全に蚊帳の外となっていたが、アダム自身も、この2人の中には積極的に入りたいとは思わないのだから特に 問題なんてあるはずもない。

「おい大河、もうちょい肩を傾けろ」

「お、こうか?」

「そうそう、じゃいくぜ………せーのー」

 その時、何か空を切る音がした。
 ヒューという空気が物体によって切り裂かれる音と共に、ガシャン!という物体が砕け散る音が当たりに響き渡る。

「ぐふぅ!」

 なにやら苦しそうな声と共に、セルが倒れ込んだ。

「ありゃ?」

 そんなセルを見て、不思議そうな顔をする大河。
 前のめりに倒れ込んだセルを見て、大河が少しだけ嫌そうな顔をするのだが、それは仕方のない事だ。
 何しろ顔を綺麗な花壇に突っ込み、だらしなく開いた口からは胃の中の酒が再び逆流している。
 もう汚いことこの上ない。

「うっわ汚ねぇ! だからよセル、程々にしとけって言ったのにぃ」

(それはオマエもだ)

 そんな大河の台詞に傍らにいたアダムは心の中で呟く。
 もっとも、口に出して矛先が自分に向いたら困るので何も言わない。
 そんなアダムの心の内を知ってか知らずか大河は、

「ったく、店の姉ちゃんにいいところ見せようとして無茶しすぎだっての」

 などと無責任なことを口に出して言っているが、実際のところは大河も同様のことを行っていたことを先に言っておく。
 アダムは、「それはお前もだろう」という言葉をギリギリのところで飲み込んだ。

「ぐ、ぐふぅ」

 何やら打ち所が悪かったのか、完全に昏睡しているセル。
 丁度脳天部分に大きな瘤を作っており、傍から見ている者にとっては痛々しい光景だ。
 ―――――― 少なくとも、口から胃の中にあるものを逆流させなければの話だが。

「しょうがねぇなぁ、おい起きろセル! こんなところで寝ると風邪を引くぞ!」

 などと言いながら起こそうとする大河。
 呑気なことである。
 もっとも若干酒を飲んだとは言え、ほとんど平常の状態のアダムは気付いていた。
 そう―――― 上は空しかないのに、どうして植木鉢などが落ちてこようか。
 すぐにアダムは臨戦態勢に入り、同時にアマテラスを召喚する。
 そして、再びヒューと言う風きり音。
 なぜか再び植木鉢が落ちてきた。
 今度は、大河の頭上。
 アダムはアマテラスを振り抜き、大河の頭上に落ちてきた植木鉢を斬り飛ばした。

「うへ?」

 大河は不思議そうな顔をする。
 そして、ようやく落ちてきたものが植木鉢だということが分かったようだ。
 とはいえ、まだ酔いが醒めていないのか、完全には状況を把握していないようだ。

「おいおい、どしたよアダムぃ………んな物騒なもんだして?
 さぁ〜〜てぇはぁ、この俺様に嫉妬してやがるなぁ?
 なんたって、俺は偉大なる救世主様だからなぁ、うははははは!!!」

 状況を理解しないでこんなことをいうほど陶酔しているようだ。
 明らかに飲みすぎであるのだが、おそらく大河本人はその事を欠片も理解していないだろう。
 とはいえ、この場に水なんて無いから優しい手段で大河を酔いから醒ます方法なんて無い。
 なので――――――

「おい、さっさと酔いを醒ませ」

 強硬手段としてアダムは大河の腹を、特に胃の部分を蹴り上げた。

「ぐげぇぇぇ!!」

 胃の中の物を盛大に逆流させる大河―――― 早い話、吐いたのだ。
 ○○を盛大に吐く大河に、アダムはため息を漏らしながら、次々に飛来する植木鉢を片ッ端から斬り飛ばした。
 その斬り飛ばした植木鉢の破片いくつかは大河やセルに命中したが、かなり小さかったので問題などないだろう。

「い、いったい何が」

 さすがに正気に戻り、酔いが収まったのか、大河が先ほど植木鉢が飛来した方へ視線を向けた。
 すると、

「よく避けられたじゃないか。でも、これはどうだい?」

 声が聞こえてきた。
 女の声だ。
 それも若い。
 声から想像する限り、20代に達するか達しないか程度の年齢だ。

「だ、誰だ!」

 慌てて大河が叫ぶ。
 そんな大河を見ながら、アダムはため息を吐いた。
 どうしてか、と言うとそんな暇があるならトレイターを呼び出せと言いたい。
 まぁ、これもいい経験かと思ってアダムは何も言わないが。
 彼も結構、あくどいかもしれない。
 そして、それは現れた。
 金色の髪をポニーテールにまとめ、青紫に金色の筋が入ったマント。
 もう、紐といっても過言ではない、ぶっちゃけ露出過多な衣装に顔は蝶のようなマスク。
 それを見た瞬間、アダムは思った。

(やばい、コイツ――― キチ○イだ)

 何気に失礼である。
 もちろん、アダムの心の中での呟きなど女性に聞こえるはずが無い。
 そして、女は高々と宣言した。

「漆黒の闇夜に舞う、虹色の蝶、ブラックパピヨン、見参!」


















◇ ◆ ◇


















 硬い物質が木っ端微塵に粉砕される音が部屋中に響き渡った。
 見ると、無限世界でも最高クラスの強度を誇るオリハルコン製のカップが握り潰されている。

「ちょ、どうしたのお母様!?」

 セイレンが慌てて母親とも言えるリリスに問いただした。
 が、次の言葉が出ない。
 何しろ、その時のリリスの顔は、正しく般若のそれであったからだ。

「どこか誰かが、愚かにも妾の愛しい人に対して誘惑紛いの格好をしてる気配がしただけだ、気にする必要などない。
 まぁ妾の勘が真実なら――――― この世のものとも思えない地獄を見せてやるだけだがな」

 などと末恐ろしいほど低い声でリリスが呟いた。
 寛大になったといっても、本質的にリリスは独占欲が強い。
 ましてや、相手が見ず知らずの相手の上に誘惑紛いの娼婦のような格好で挑発しているようなら、妻であるリリスが怒り狂うのも当然だ。
 にしても、勘のいいことである。


















◇ ◆ ◇


















「ぶ、ブラックパピヨンって、怪盗のか!? なぜ俺を狙う!?」

「問答無用!」

 そう叫び、ブラックパピヨンは愛用であると思われる鞭を取り出すと、勢いよく振るった。
 何気にヘッピリ腰のような体勢になっているのは、とある理想郷世界の主の殺気を感じたからかもしれない。
 シュッン、と音をたてて鞭が大河に襲い掛かる。
 大河は避けられない―――― まだ完全に酔いが醒めているわけではないのだ、避けれるわけがない。
 故に、ブラックパピヨンの鞭による攻撃は大河にとっては絶対に躱わす事のできない致命的な一撃なのである。
 そう、アダムさえいなければ。

「フッ!」

 大河に命中するはずだった鞭をアダムは簡単にアマテラスで弾き飛ばす。

「な、なんだって!?」

 慌てて払い飛ばされた鞭の先端を自分の下へ戻し、ブラックパピヨンは警戒した様子でアダムと大河の様子を観察している。
 その鞭を操る動作を見る限り、かなりの熟練者だろう。
 少なくとも、アダムがこれまで出会った鞭使いの中でも上位に位置するほどの熟練者である事は否定しようのない事実である。

「くっ、よくも邪魔をしてくれたね!」

「一応、クラスメートでルームメイトなんでな」

 そう言いながら、アダムは静かにアマテラスを振るい、構える。
 それは、明らかな横薙ぎを行う際の構えだった。
 アダムとブラックパピヨンとの距離は約7m。
 それなりに距離があるが問題ない。
 その彼我の距離を0にするのに必要な時間は刹那。
 故に、この場でブラックパピヨンの首を刎ね飛ばすなど造作もないことだ。
 だが、アダムはそれをしない。
 何故かと言うと、どうにもブラックパピヨンから知り合いの気配がするからだ。
 それも、極最近であった。

(何者かはわからない、その正体を知るまで、殺すわけにはいかないな)

 殺さない、となるとそれなりに難しくなるが問題ない。
 アダムとブラックパピヨンとの実力差はそれなりにある。
 なら、生け捕りにするのは出来て当然であり、出来ない道理なんて1つもない。
 まぁ手っ取り早いのは殺して調べることだが、気配が気になるのでそうもいかない。
 となると、峰打ちによる後頭部への一撃と言うのが理想的だ。
 次点であるいは顎の先端の衝撃による脳震盪と延髄への衝撃。
 まぁ、気絶させる手段は、いくらでもある。

「とりあえず、大人しく捕まるつもりは………ないか」

「何を当たり前なことを言ってんだい!!」

「まぁ、それはそうか」

 こんな状況下において、おとなしく捕まってくださいといって捕まってくれる犯罪者なんているわけが無い。
 いるとしたら、そいつはかなりのお人よしか、あるいは頭が逝ってる人種か。
 いずれにしても、ブラックパピヨンはそういった意味では真っ当な犯罪者のようだ。
 もちろん、犯罪者に真っ当もくそもないわけだが。

「お、おいアダム、もしかしてこいつが今、学園を騒がせてるっていう………」

「ああ、そう……」

「怪盗露○狂なのかぁぁぁぁぁ!!!???」

「なぁぁぁっ!!!???」

「いや、違うだろ!」

 まるで見当違いの大河の叫びにブラックパピヨンは絶句し、思わずツッコミを入れてしまうアダム。
 またブラックパピヨンも先程高々に自分の正体を叫んだばかりなのに、即行で間違われるとは思っていなかったのか口をパクパクさせながら唖然としている。

「大河、オマエまだ酔ってるのか!?」

「ばっきゃろ!! あの姿を見て露○狂以外のなんだってんだよ!!??」

「いや、それはそうだが………って、論点はそこじゃないだろ!?」

「じゃどこに論点があるってんだ!!」

「いいから酔いを醒ませ!!」

「ぐらべばぁ!?」

 何気にカオスといえるような展開になってるような気がする。
 ちなみにブラックパピヨンは――――――

「わ、私が怪盗露○狂………」

 どうやら精神的なダメージを負ってしまったようだ。
 そんなに精神的なショックを受けるなら、そんな格好をしなければいいのに。

「酔いは醒めたか?」

「う〜ん………あ、綺麗なお花畑」

「フンッ!」

「ごふっ!!??」

 こっちもこっちで未だに混沌(カオス)継続中。

「あ〜、もういいかい?」

「もうちょっとだけ待て」

 何とか復活したブラックパピヨンの問いに、アダムはそう答えた。
 先程の雰囲気を思いっきりブッチしながら、アダムは何とか大河を殴る蹴るの暴行を加えて酔いを完全に醒ます。
 やり方があれなのは、まぁ仕方のない事だ………たぶん。

「待たせた」

「あ〜………」

 そう答えたアダムにブラックパピヨンはなんとも言えないような表情でアダムの隣に立っている青年に視線を向けた。
 当たり前ながら、そこには顔面を血まみれにして変形させてしまった大河と呼ばれる青年が立っている。
 顔中が痣だらけで、見ていてかなり痛々しい。

「こう言ってはなんだけどさ………大丈夫、なのかい?」

「ああ、問題ないさ」

「問題あるだろ」

「どこに?」

「見ろよこの顔!! こんなに変形しちゃ、誰なのかわかんねぇだろうが!!」

「問題ない」

「どこが!?」

「物凄い早さで元通りに直り始めてるから」

「何!?」

 慌てて大河は己の顔を手鏡で見る。
 アダムの指摘どおり、大河の顔がものすごい勢いで復元されていた。
 まぁ、ここまでは何気にギャグ展開だから問題なんてないだろう。

「す、すげぇ………俺にもこんな特技が」

「いや、単に展開がギャグだからこうなってるだけだ」

 何気にメタな発言である。

「で、もういいかい?」

「ああ、もういいぞ」

 とりあえず、話は元の筋に戻るとする。

「ところで、話はどこまで進んでたっけ?」

 何気にどこまで話が進んだか忘れてしまったようだ、ってか作者も忘れてしまっていたりする。

「あ〜、ちょっと待て、今確認する」




































〜しばらくお待ちください〜




































「ふ、まぁいいさ。機会があれば、また会うこともあるだろうね。
 じゃね、おほほほほほほほほほ!!」

 そう言って躊躇なくブラックパピヨンは――――― 逃げ出した。
 話がどこまで進んでいたのか確認しているアダムと大河を置いてけぼりにして。

「はっ?」

「へっ?」

 そりゃもう、楽しそうに逃げていくブラックパピヨン。
 あまりの自然な動作に、大河もアダムも反応が出来なかったし、むしろその逃げっぷりに感心してしまったほどだ。

「………あっ、くそ! 待ちやがれ!」

「おい、セルはどうするんだ?」

「待ちやがれぇぇぇぇぇ!!!!」

 そう叫びながら追いかけ始める大河をアダムは呼び止めようとするが大河は耳に入っていないのか、大声で叫びながらブラックパピヨンを追いかけ始めた。
 どんどん小さくなる大河の後姿を見ながら、アダムは視線をセルへと移しセルをどうしようかと考えた。
 考えたが、

「まぁ、いいか」

 見捨てることにした。
 まぁ、自業自得というのもあったし。
 なお、この後で夜風に当たり続けたセルは、結局次の日に風邪を抉らせたということだけ記しておこう。
 本当に、自業自得以外の何でもない。
 

















◇ ◆ ◇


















 手始めに、大河とアダムは召喚の塔に来ていた。
 ほんの僅かな隙に、大河とアダムはブラックパピヨンを見失ってしまったのだ。
 以前ならいざ知らず、今の状態のアダムではブラックパピヨンに追い付くのは至難の業だ。

「リコ・リス!」

「……………大河、さん? それに、アダムさんも?」

 何故か、召喚の塔にはリコがいた。
 時間は既に夜の23時を超えており、次の日まで残すところ1時間という時間帯。
 既に次の日が目の前にやってきており、一般的には既に就寝の時間だ。
 そうでもなくても、一部の例外を除いて概ねの人物は部屋に戻って己の時間を謳歌している時間だろう。
 だというのに、彼女はこんな夜遅くまで何かの作業をしていた。
 まぁ、それを言ったら大河もアダムもそうだろうが、彼らの場合は事情が少しだけ違う。
 特にアダムなんて、半ば巻き込まれたようなものだ。

「どうしたんだよ、こんな夜遅くまで?」

 大河がそう聞くと、リコは簡素に答えた。

「……………掃除」

「掃除? なんのだ?」

 アダムの呟きを聞き、リコは静かにそれを指差した。
 見ると、床に描かれた召喚陣の部分に『夜の蝶、ブラックパピヨン参上!』と殴り書きされている。
 しかもやたら達筆だ。
 もっとも、達筆だろうがなんだろうが、はっきりいって、かなり迷惑だろう。

「これ………………」

 ごしごしごし、とリコが濡れた布で床の召喚陣に殴り書きされた落書きを一生懸命消している。
 表面を見る限り、リコはこの落書きに対して特に何も思うところがないようだ。
 まぁ、あくまで表面は、であり、内面はどうかはわからない。

「手伝おうか?」

 大河がそう訊ねると、リコはふるふると首を横にふった。
 どうやら構わないらしい。

「いいのか?」

 再び大河が訊ねると、リコは無言でこくんと頷いた。

「わかった、その代わり絶対にブラックパピヨンを見つけ出して仇を討ってやるからな」

 大河が決意したように言うと、リコは静かに首を横に何度か振った。

「いいのか?」

 アダムが訊ねると、再びリコは頷く。
 そして、

「…………私が、掃除すればいいですから…………」

 と、静かに答えた。
 健気というか、なんというか。

「わかった、けど俺も手伝う」

 そう言って大河は近くにあった布を手に取った。

「大河…………さん?」

 不思議そうな顔をするリコ。
 そんなリコに対して、大河は人懐っこそうな笑みを浮かべた。

「なぁに、こんなの2人でやればすぐに終わるって」

「……………とう」

「え?」

「……………ありが……………とう」

 小さく、小さな声でリコはそう答えた。


















◇ ◆ ◇


















 で、何故か知らないが勝手に話が進む2人を他所に、アダムは召喚の塔から出た。
 あんな目立った格好の人物だというのに、一向に見つからないというのが問題だ。
 それだけ、あのブラックパピヨンの隠行術が優れているという事か。
 あるいは、既に見つからないように平凡な第三者のように振る舞っている可能性も高い。
 どちからというと、あの愉快犯は自己顕示欲が多少なりともあるとアダムは考えていた。
 それが、自分の介入により失敗。
 では、そこで諦めるかと問われると答えは否。
 十中八九呆れめていない、そう遠くない時間の果てに再び襲いかかっている可能性があった。

「まったく、本当に厄介な事になった」

 こっちは平穏に暮らしたいというのに、何もしなくても厄介事は向こうからやって来る。
 そんなものはいらないから平穏をくれといいたいが、こればかりはどうしようもない事だろう。
 とはいえ、人生山あり谷ありだ。
 これはこれで楽しまなければ嘘だろう。
 事実、口ではなんだかんだ言ってもアダムは今の事態をそれなりに楽しんでいた。

(しかし、なぜオレ達を襲ったんだ……いや、違うな。
 なぜ、大河を襲ったんだ、が正しいか)

 そう、あの時のブラックパピヨンは明らかに大河を狙っていた。
 セルを気絶させたのは、おそらく位置的に邪魔だったからだろう。
 事実、2人から離れていたアダムは当初蚊帳の外に置かれていた節がある。
 あの愉快犯がアダムに意識を割いたのは、アダムが愉快犯の凶行を妨害したからだ。
 いや、それも少し違うか。
 おそらく愉快犯がアダムに手を出さなかったのは、位置的に大河の方が狙いやすかったからに違いない。

(だが、妨害した以上、オレ自身も狙われる可能性が高い。
 はぁ、こんなことなら大河を助けるんじゃなかったな)
 
 もっとも、あの場でいた時点で大河の次は己が標的にされていた可能性も高いわけだが。
 それを考えるなら、現場に居合わせた時点でアダムは致命的なまでにアウトだった。
 もっと根本的にいうなら、この世界に強制的に召喚された時点で厄介事に巻き込まれるのは確定していた。
 以前の自分ならあの程度の結界など簡単に粉砕できただろうが、生憎と今は不可能な事だ。
 人生はこんなはずじゃなかったのに、という台詞を誰かが言った気がするが、まさしくその通りだろう。
 本当に、人生はこんなはずじゃなかったのに、という事だ。
 だが、ならこんなはずじゃなかったという事態もまた楽しまなければ損だ。

「どのような状況でも、笑い飛ばせれる余裕を持て…か。
 まったく、本当にオマエの言うとおりだな――――― ダンテ」

「ってかよぉ、1人だけ逃げるたぁいい度胸じゃねぇかアダム」

 背後から怨嗟の声が聞こえる。
 だが、そんな事をアダムが気にするはずもない。
 そもそも、この厄介事も本来の受け皿は大河なのだ。
 この厄介事の本来の受け皿ではないアダムに大河の苦労など分かるはずもなければ理解しようという気もない。

「別に逃げてもいいだろう、根本的にこの厄介事の受け皿は大河なんだから」

「だとしても厄介事なんて関わりたくねぇよ!!」

「そうか? 大河なら、あの愉快犯を捕まえてあんなことをやこんなことを」

「ああ、確かにそれはいいかも…」

「よし、今の台詞を未亜に一言一句間違えることなく伝えておく」

「お前は俺を殺す気か!?」

 時刻は既に午前0時。
 日付は既に今日となり、先ほどまでの出来事は昨日という過去となった。
 明日も授業があるのだからここらで自室に戻って寝たいのがアダムの本音だ。
 だが、それを問屋は許すはずなどない。

「というか、まだ探す気なのか?」

「あったりまえだのくらっかー!!」

「古いネタだ」


















◇ ◆ ◇


















「というより、何でオレはこんなところにいるんだろうな?」

 そんな疑問がアダムを襲うのも無理のない事。
 あのあと、寮の前で未亜に怪しい人影がいないかなどを聞いた。
 大河と一緒に。
 何故かと言うと、掃除が終わった大河に捕まったからだ。
 大河曰く、抜け駆けは許さない、らしい。
 アダムにしてみれば、勝手にそっちで話を進めて自分は蚊帳の外だったと反論したかったが言わなかった。
 言ったところで、無意味なのは分かっていたし、何よりそんなことに労力を注ぎ込みたくないと言う理由もあった。

「くっそ、見付からねぇ!!」

 で、現在は礼拝堂の裏にある森。
 その森で大河は忌々しげに叫び声を上げた。
 もっとも、叫び声を上げたいのはアダムの方である。
 なんで自分がこんなことに付き合わなきゃならないんだ、と。
 あの時に大河たちを見捨ててさっさと寮に戻ればよかったなどと考えるが、所詮は後の祭り。
 後悔先立たず、とはこのことである。
 で、そのあとで2、3箇所回ったものの、結局ブラックパピヨンの影を見つけることは出来なかった。
 なので、大河とアダムは結局そのあと、自分たちの寮に戻ってきたのだ。

「ぐはっ、駄目だ、見付からねぇ………」

「特になんか嫌なものを取られたわけではないんだから、もう諦めたらどうだ?」

「うっさい! それでも植木鉢を投げつけてきた時の報復がまだなんだよ!!」

「主目的はそれか」

 どうやら大河はとことん恨みを持つタイプの人種のようだ。
 大人気ないことこの上ない。
 その程度のこと、水に流してやったらどうだと言いたいアダムである。
 まぁ、言ったところで頭に血が上っている大河には無意味だろうが。

「で、どう報復する気だよ? だいたい予想できるが」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれた!!!」

 そう言って勢いよくアダムに詰め寄る大河。
 そんな大河に、アダムは反射的に右腕をグーで突き出した。
 まぁ、俗に言う正拳突きというやつだ。
 あるいは、右ストレート。
 で、その右ストレートが、そりゃもう綺麗に大河の顔面に吸い込まれた。

「ぬぅぐはぁ!!?」

 そのまま昏倒する大河。
 アダムはしばし呆然とそんな大河を見下ろし、しばらくして、

――― あっ」

 今更ながらに気付いたような声を上げた、
 そして、

「すまん、つい反射的に」

 などと弁解した。
 その弁解に、意味があったかどうかは別としておく。
 まぁ、無意味だったのは、ほぼ間違いないだろうが。





【元ネタ集】

ネタ名:あ、綺麗なお花畑
元ネタ:ギルティギアシリーズ
<備考>
ギルティギアに登場するブリジットというキャラのKO時の台詞から。
どう考えても見えてはいけないお花畑が見えているような気がしないでもない。




あとがき

随分と不定期になりましたが、実はほぼ予定通りに話を投稿出来ている状態だったりします。
具体的には、1ヶ月に2話程度投稿出来れば上等かも。
流石に社会人になっているので、昔の投稿ペースは無理です。
ってか、あの頃はどうかしてたなぁ。