DUEL SAVIOR INFINITE Scwert2-3
「礼拝堂、か」

「はい、礼拝堂です」

 アダムがどこか感嘆とした調子に呟き、ベリオはアダムの呟きに同意するように答えた。
 確かに、この場所は礼拝堂であった。
 少なくとも、地方などの小さな礼拝堂に比べればかなりの大きさになるのは確かであり、それなりに豪華に造られている。
 とはいっても礼拝堂であることに変わりはなく、その中は確かな神聖さと厳格さを併せ持っていた。

















DUEL SAVIOR INFINITE

Schwert2-3
神聖なるチャペル 〜Distorted faith〜
















(確か昔、母娘丼に失敗して娘にバレた男が、結局最後は母親を捨てて娘を略奪に来たのが礼拝堂という場所だったけ)

 なんてわけのわからない事を考えている大河は、とりあえず横においておく事にしよう。

「申し訳ないけど、ちょっと待っててくれるかしら」

「はい」

「いいけど?」

 大河と未亜がそう答えたのを確認すると、ベリオは軽く解釈で応え祭壇の前に進み、その膝を床につく。
 そして、両手を胸の前で握ると静かにお祈りを始めた。

「…天にまします我らが神よ、どうかそのお力を我々の上に降り注ぎください。
 一切の災厄と悪しき魂から我々をお救いください…」

「…ベリオさん」

 やはりお祈りであった。
 その姿は少なくとも未亜には荘厳に映ったのだろう、実際にベリオを呼びかけた後は、言葉を失っている。
 確かに、未亜が言葉を失うほどベリオの祈りの姿は様になっていたし、本当に自然であったので未亜が言葉を失うのも当然といえば当然のことだった。

「ああ、そういえばベリオは確か僧侶だったんだな」

「ええ……まだまだ駆け出しの未熟者ではありますが」

「そういうが、随分と様になっていたぞ」

「ふふ、ありがとうございます、アダム君」

 そんなアダムとベリオのやり取りを見ながら、大河は己の心の中で疑問が広がっていくを知覚する。
 それは何というか、それは違和感ともいえる疑問だった。
 だからこそ、大河はベリオに訊ねる事にした。

「ちと素朴な疑問なんだが……」

「なんでしょうか?」

「いいのかい? 僧侶が戦いなんかしてさ。
 しかも世界のアイドルたる救世主になろうなんて」

 現代世界に存在する少林寺に属する坊主とかなら納得はいく。
 だが1000年で滅びる世界では、中国4000年の歴史など積み上げられるはずもない。

(……間違ってないよな、俺?)

 もちろん、間違っていない。

「救世主の戦いは神が認めてくださった聖なるつとめです。
 私たち神の僕の役目は、神の栄光を世界に広めること、それはたとえ私が救世主になっても変わりません」

「へぇ、じゃぁ、救世主になっても一切報酬を求めないってことか?」

「もちろんです―――― 私の力は神から譲られたもの。
 それを私して利益を得ようなどと……考えた事もありません」

 ベリオは胸の前で手を組み、そのとめどない震えを抑えている――― いや、祈るような仕草を見せる。

「…そんなんでよくやってられるな?」

「あなたみたいに、何でも自分の利益ばかりを考えて生きている人間ばかりではありません。
 自分よりもみんなの為に生きることを喜びとする人もいるのです」

「みんなって、誰だよ?」

「だから、みんなですわ。この世界の、生きとし生けるもの全て?」

「ミミズだって? オケラだって? アメンボだって?」

「だからそれらの名称は一体………?」

「委員長は…1回も話した事もないような……その辺をブラブラ歩いている奴の為に自分の命を張って生きてるんだ?」

「そういうことになりますね」

 そのベリオの自信たっぷりの自己犠牲をアピールする言葉を聞き、大河は明らかに顔色を変えた。
 たとえるならその感情は怒気であり、憎悪にも似た赤い感情でありよくない兆候である事は間違いない。
 だが、大河は止まらない。

「んじゃさ、もし救世主なったら俺のことも救ってくれるの?」

「…あ、当たり前です」

「おい、何で見ず知らずの奴を助ける時よりも返答が遅いんだよ!?」

「いえ……その…」

 明らかにドモるベリオ、つまりそれが答えだ。
 この時点でベリオの回答に矛盾が発生している。
 全てを救う恐ろしいまでの自己犠牲の精神だが、大河を助けるのに躊躇した時点でその自己犠牲の精神は破綻したと言っていい。

「お兄ちゃんが『破滅に体を乗っ取られた〜、俺を助けるにはエッチするしかない』って言い出さない保証がないからに決まってるでしょ」

「テレパシスト未亜!?」

 何気に大河の考えを簡単に見抜いた未亜に大河は驚愕の表情を作り上げる。
 その隣でアダムが呆れたようにため息を吐いていたりする。

「………そんなことを考えていたんですか?」

 ベリオの表情に怒気が含まれ、そのベリオの表情を見て大河の額から冷や汗が流れ始める。
 とはいえ、本当に大河が言いたいのはそういうことではない。

「あ〜…え〜と……そうじゃない! 俺の話を聞け!」

 とりあえず、大河は自分を見る6つの白い目を無視することにした。
 無視しなければ話が進まないのだから。

「俺に関してはともかく、神に背いた犯罪者とか、委員長に敵対する奴でも救うのか? 命をかけて?」

「い………」

「それが神の栄光?」

「そ………」

「悪い、俺そういうの嫌いなんだわ」

「……………………………」

 大河の言葉に、ベリオは言葉を失う。
 そんな大河の態度に、意外そうな表情をしたのはアダムと未亜だ。
 未亜は普段から兄妹という関係の為、大河の事はよく知っている。
 だからこそ、大河の今の態度は本当に意外だった。
 逆に付き合いの時間は本当に短い、というより短すぎるとはいえ、ある程度は大河の性格を把握したアダムにとって、少なくとも美人というカテゴリーに属するベリオに対してこのような強い態度を大河が取るというのがアダムにとっては意外だった。

「大河……お前がそんなに女性相手に突っかかるなんてな」

「はい………かなり、珍しいです」

 アダムの言葉に未亜が同意する。
 実際に珍しいのだから仕方のないことだろう。
 そんな2人の言葉を無視して、大河は己の考えをベリオに打ち明けた。

「俺は………俺の好きな人しか救いたくない」

「……え?」

 大河の告白を意外そうな表情で聞くベリオ。

「たとえばだ、救世主として世界を救う為に戦ってる委員長がいたとする。メサイアベリオ様ばんざ〜い。
 で、2匹の巨大な破滅のモンスターが現れた。あんたならどうする?」

「倒します」

 大河の質問にベリオは簡素にそう答えた。
 確かに、それが一番簡単で確実な方法であるのは間違いないが、そこに大河が波紋を起こした。

「2匹一度にか? あいにくだが、2匹の間にはそれなりの距離がある」

「ならば各個撃破で」

「ところが2匹は、どちらも今すぐ人を踏み潰しそうだ。
 1匹は未亜を、もう1匹は王宮の牢獄をだ――――― そこには囚人が1000人いる」

「え? え? ど、どうしよう、逃げなきゃ」

 突然の自分というキャラクターの登場に慌てる未亜。
 もちろん、逃げるというのが未亜の中の選択では最善であり確実だが、世の中はそんなに甘くない。

「ところが未亜は襲い来る怪物に恐れをなして体が動かない。
 それどころか恐怖のあまり漏らしやがった、うわ小学生じゃあるまいし」

「きゃぁ! やだやだやだ! なんんて想像してんのよお兄ちゃん!」

 大声で叫び、恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤に染め、その勢いのまま思いっきり未亜は大河の無防備な鳩尾に向かってボディーブローの叩き込んだ、しかも思いっきり腕を振り抜いている。

「ぐふっ!?」

 あまりの激痛に腹を抱えて悶絶する大河、そんな大河を心底呆れましたといわんばかりの表情で見るアダム。
 なんというか、いつもの光景だ。

「とりあえず、すぐに復活しろ大河。まだ話は終わってないんだろ?」

「うぐっ…ッ………よし、復活した」

「……早いな」

 すぐに復活した大河だが、何気に人間を止めているのではないだろうか?

「ひでぇめにあったぜ………で、委員長はどうする?」

「ど、どう、するって…」

 そんなベリオの態度にアダムは呆れたようにため息を吐いた。

「ベリオ、今どちらを救うべきか考えたな?
 その考える僅かな瞬間に両方とも踏み潰されて終了だ。
 つまり君は未亜も1000人の囚人も見殺しにした、という事になる」

「ッ!」

 アダムの呆れたような口調に、驚愕と悲しみが混ざったような表情になるベリオ。
 大河の傍らにいた未亜は、そんな呆れたような口調で無情なことを言い切るアダムを睨み付けた。

「アダムさん! もう少し言い方ってものが………」

「悪いが未亜、これは十全たる事実であり、また発生する確率そのものもかなり高いパターンだ。
 世界なんて残酷なもので、常に二者択一が迫られる。
 その場合、一瞬でも解答できなかった時点でアウトだ」

「……」

 アダムのそんな言葉に、未亜は何も言い返せなくなる。
 だが、次の台詞は大河の口から始まった。

「安心しろ、俺が救世主になったあかつきには、牢獄はぺしゃんこだが、お前はそのまんまだ」

「え……?」

「…………」

 未亜は意外そうに、ベリオは無表情に大河の告白を聞く。

「まぁ、その後に余裕があったら、もう片方も助けるかもしんないけど。
 何しろ女囚ってのもなかなか……」

「……」

 最後の大河の台詞が不服なのか、未亜は頬を膨らませながら思いっきり大河を睨みつける。
 どうやらまた殴ろうかと考えたようだが、自重したようだ。

「どうして………」

 そんな中、ベリオの悲壮にも似た声が神々しくて厳格な礼拝堂の中に響き渡る。

「ん?」

「どうして、そんな簡単に結論を出すんですか?」

「その方が俺が嬉しいから」

「え?」

「救世主たって、そのくらいの手心を加えてもいいだろ?
 何しろ聞くところによると、残業手当もつかないらしいし」

「そんな事ばっかり言ってぇ………神様のバチが当たって、救世主になれなくて、お家に帰れなくなってもしらないよ」

 そう言いつつも、未亜の頬が緩んでいるのを大河は見逃さなかった。

「じゃ、アダムさんはどうしますか?」

 ふと疑問に思ったのか、未亜が傍にいたアダムに訊ねる。
 確かに冷静沈着で仲間思いなところがあるアダムならどうするのか聞いてみたいとその場の全員が思っていたのか、大河、未亜、ベリオの視線がアダムに向く。
 そんな3人の視線を感じながら、アダムは深くため息を吐きながら自分の考えを言った。

「基本的には、未亜を助ける」

「基本的にって、じゃ場合によっては未亜を助けねぇのか?」

「そうだな、たとえば囚人側に俺の大切な人がいた場合は、俺は囚人側を助ける」

 実に簡単にそう答えた。
 もっとも、未亜の方は場合によって見捨てるといわれあまりいい表情をしていない、当然といえば当然だが。
 至極簡単に出したアダムの答えに、ベリオはやはり複雑な表情を作るだけで、何かを悩んでいるようにも見える。
 しばし考えたベリオだったが、思い切って自分の感想を口にした。

「アダム君も、大河君と同じ考えなんですね」

「ベリオ―――――― 全てを救おうなんて、傲慢だ」

「ッ! それのどこがいけないんですか!?」

 悲鳴にも似た叫びを上げるベリオだが、それでもアダムは冷静だ。

「いかに救世主とはいえ、人間である事に変わりはない。
 であるなら、人間に救える存在なんて――――― 両手で抱ける程度に人数でしかない。
 そもそも【全て】を救うなんて神ですら不可能なんだから、神よりも下位存在である人間に出来るはずもない。
 それにだ、ベリオ――――――― 神という存在は、仮に完全無欠の全知全能なら人間を気にとめるはずがない」

「……………どういうことですか?」

 ベリオの台詞に明確な怒気が含まれる。
 なぜなら、今のアダムの台詞はベリオの―――― 全ての僧侶などの聖職者のあり方を全否定する言葉なのだから。

「なら逆に聞くが、君は普段、道端で蠢く小さな虫を気にとめるか?」

「そ、それは」

「そう、とめるはずがない――――― すなわち神と人間の関係とはそういうもの(・・・・・・)であり、それが自然で普通で当然の関係」

 その表情からは、彼の真意を読み取る事は出来ない。

「だから、神が人間を気にとめる事はないし、人々の信仰心になんて興味の欠片も持たない。
 それは人々が道端に生息する虫から自身に向けての信仰心なんかを感知しないのと同じことなんだ」

 本当に、どこかどうでもよさそうな口調でそう答えた。
 だが、このアダムの話は当然ながら続きがある。

「昔、ベリオと似たような考えの持ち主に会った事がある」

「それって、ベリオみたいに全てを救うとか言ってるのか?」

「ああ、ベリオとそいつとの違いは、前者は健常者(・・・)である対し、後者は異常者(・・・)だったという点だ」

「異常者、ですか?」

「そうだ、話を聞いていてわかったが、ベリオは全てを救うと言っているが人と接する事で多少の改善の余地がある。
 逆に、その異常者は、人と接しようがどうしようが決して改善する余地がまったくない、という点だろう。
 何しろ、人間でありながら一部の人間からは、人間のフリをしている別の何か、とか、一生懸命人間になろうとしている別のなにか、なんて言われていたぐらいだからな」

 本当に、どこか昔を懐かしむように、そして哀れむような口調で、それでいて淡々とアダムは話を続ける。
 それは、なんて異常。

「先の大河の例えで話してみよう。
 分かると思うが、このような状況の場合、どうしても片方を切り捨てなければならないわけだが、そいつにはそれが我慢できなかった。
全てを救う、それがそいつの行動理念でありそれ以外の全てを何がしろにしてるんだからな。
 しかし何かを切り捨てなければ両方は救えない―――― なら、何を切り捨てればいい?」

「何って」

「簡単だ―――――【己自身】を切り捨てればいい」

 そのアダムの言葉に、他の大河たちは息を呑んだ。
 そう、それはなんて異常。

「それって」

「そう、そいつは【己自身】を切り捨てる事で、他者の全てを生かそうとした。
 たとえ世間一般には悪人と罵られている存在だろうがな。
 だが、それでも救えない奴が出てくる、ならどうすればいい―――――― ?」

「どうすればって」

 わからない、それでも救えないのなら既に方法はないのでは、と大河たちは考えた。
 それに対し、アダムは答えを掲示した。

「答えは――――――― 大を救う為に小を切り捨てる、という方法だ」

 それは、なんて明確な【正義()】の解答。

「それは確かに正しい答えだろう。
 善人も悪人も全て平等に見て、ただ助ける。
 やってる事は命を拾い上げているだけで、決して救っているわけではない。
 ソイツは、最後の最後までその事に気付けなかった。
 ただ、助けるために。
 自身を希薄化させ、多くを助けるために少を悪として切り捨てる。
 必要なものは、情でも論理でもない。
 そう、必要なのはたった1つ―――― 効率のみ」

 多くを救うのに、人間的な論理感など必要ない。
 必要なのは、最速で少数を切り捨てる為の効率のみ。
 ただ、それだけを繰り返してきた存在。
 恐ろしく、おぞましい、醜悪な機械。

「そいつは確かに多くの命を救った。
 だが、足掻きもせず一番楽な道を選んだそいつに救いなんてない。
 確かに、多くの命は拾い上げた。
 だが、その拾われた命の中には、そいつが原因で恋人や家族を殺された者たちもいた」

 だからこそ、彼は決して受け入れられる事はなかったのだ。
 確かに、多くの命を拾っただろう。
 それは間違いない。
 彼の理想も間違いではない、間違ってなどいない。
 唯一間違えているとすれば―――― 彼は、大を救うために小を切り捨てるという安易な道を選択してしまったという事。

「そんな者達が彼を許すはずがない」

「そんな……」

 つまり、それが物語の結末。
 救いなんて一欠けらもない、不出来な御伽噺。

「わからないのかベリオ? 君の考えで行けば、最終的にはこのような行為に出る可能性がある」

「………どうしてですか?」

「どうしてもなにも、元を正せば2人とも考え方がほとんど同じだからだ。
 それに、そいつだって最初はそんな選択をしないために頑張ったのに、最終的にはその選択肢を選択した。
 それは誰かに強制されたわけでもなく、己自身が選んだ選択ゆえの結果。
 最終的に、そいつは己の助けた者達の恨みを買い、あらぬ罪を着せられ絞首刑に処されて死んだがな」

「そんな!! 助けた人に殺されるなんて!!」

 悲鳴に近いベリオの声。
 そう、大を救う為に小を切り捨てるという行為は確かに歪ではあるが、それでも誰かを救っている事に変わりは無い。
 だというのに、最後には救った人間達によって殺される―――― それは何て救いの無い話。

「だが、ベリオ―――― さっきも言ったが君もこうなる可能性がある。
 無償で人のためなんて、それは人のためじゃなくて己の厚意を相手に押し付けているだけだ。
 それに、人の命を助けてもそれは命を拾っているだけで人を救っているわけじゃない。
 人を救うには、それ相応の対価を支払わねばならない。
 家族を失った人には新たな家族を、社会的地位を失った人には新たな社会的地位を」

「………」

「その辺、ちゃんと考えておいた方がいい」

「なるほど、なかなかいい演説だ。今度、私も参考にさせてもらおうか」

 そんな声が、礼拝堂に響き渡った。
 
「まったく、何やら声が外まで響き渡っていると思えば…お前たちは何をやっている?」

 そこに、少女が立っていた。
 少女と女性との狭間に立つかのような年齢の少女。
 ロングストレートの金髪の髪に、血のような赤い瞳。
 司祭の服を着て、その手には本が握られている。

「ソ、ソフィアさん!?」

「何を驚いているベリオ? ここは協会なのだから私がいても不思議ではあるまい」

 ソフィアと呼ばれた女性は大河達の近くまで来ると、軽くお辞儀をする。

「さて、お初にお目にかかるとでも言えばいいか。
 私はソフィア・エデル―――― 一応だが、この教会の司祭役を務めている。
 勘違いするかもしれないから先に言っておくが、私自身もフローリア学園の生徒だ。
 決して、教師ではないぞ」

「あ、ど、ども…当真 大河だ……こっちは妹の未亜とクラスメートのアダムだ」

「ど、どうも…よろしくお願いします」

「よろしく」

「ああ、よろしく」

 軽い挨拶のあと、ソフィアは歩みを進め今度はベリオの傍らまでやって来た。

「ほれ、今にも泣きそうな顔をするな。
 それでは、救世主候補の肩書が泣くぞ」

「な、泣いてなどいません!」

「そのような虚言は、眼尻に溜まった涙を拭ってから言え」

 ソフィアは懐からハンカチを取り出すと、それをベリオへと渡した。
 渡されたハンカチで涙を拭う。

「ベリオよ、人の思想は千差万別。
 他者との思想の異なりや有り方の異なりから、人と人は争いを起こす。
 お前はその事をしっかりと把握しなければならないぞ。
 それを理解せずしてそのような事を口にするのは止めておいた方がいい。
 それは、全ての人に対する侮辱でしかないのだからな」

「で、ですが、私は……ッ!!」

「むろん、私はお前の考え方を否定するつもりはない。
 たとえどれだけ虚ろな信念であろうとも、それを貫く事に意味がある。
 故に、ベリオ…お前は何も間違ってなどない。
 そもそも、信念なんてものは人それぞれ。
 明確な正解など存在しない」

 そう言って、ソフィアは大河達の方へ向き直った。

「大河よ、お前の答えもまたある種の模範的な解答なのだろう。
 だが、お前は1つだけ見落としている部分がある」

「見落としてる部分?」

「そうだ……確かに、人は自らの大切な人を優先する生き物。
 だが、お前のその解答は同時に多くの人間を敵に回すという事だ」

「…どういうことだよ」

 訳が分からない、自分の大切な人を優先して助ける。
 なぜ、その選択が多くの人を敵に回す可能性になるのか。

「仮にその囚人達の中にも冤罪で牢獄に入れられた者もいるだろう。
 そして、何の罪もない冤罪の囚人の家族はどうする?
 破滅のモンスターはいない。
 ならば、己の負の感情をどこにぶつければいい?」

「……まさか」

「そうだ、つまり全てお前に向く。
 行き場のない怒りは、助ける事の出来なかった…助けようともしなかった人間に向けられる。
 それは世の真理だ…お前は、その怒りを受け止めるだけの覚悟はあるのか?」

「………」

「その様子だと、無いようだな」

 どこか呆れたような口調で、ソフィアは呟いた。

「さて、そちらのアダムはどうだ? その覚悟は、あるのか?」

「当然だ」

 対して、アダムはまるで当たり前のように答えた。
 そう、さも当然で何も躊躇する事などないかのように。

「ほう……即答か」

「ああ―――― オレは、オレ自身の大切な人を守るためならば、世界すら敵に回そう」

 世界よりも、自身の大切な人を取る。
 だからこそ、大河は理解した。
 彼もまた、どこか歪んでいるのだと。

「それを、お前の大切な者が望んでいなくてもか?」

「究極的には、こんなのはオレ自身のエゴだ。
 相手の感情を度外視して、オレ自身の気持ちを押し付ける、な。
 周りの人間には、さぞや迷惑な事だろう」

「ふふ…いや、なかなかの信念だ」

 ソフィアは、素直にアダムを称賛した。

「さて、そろそろいいだろう。
 ここは今から、神聖魔法学科が使う。
 特に用がないのなら、別の場所に行ってもらいたい」

「分かった……ほら、大河…呆けてないで行くぞ。
 それから、そこで相変わらず涙を拭いているベリオもだ」

「お、おう」

「わ、分かりました」


















◇ ◆ ◇


















 一同は午後の試験会場である闘技場へと向かった。
 古代ギリシャのコロシアムを思い描かせるような造りは、威厳があり年代を感じさせる。
 そして、おそらく造られてから時間がかなり経過しているのであろう闘技場は、ところどころひび割れており、何度も補修した後のようなものが所々に見受けられた。

「ここは知ってますよね?」

「ああ、えらいもんと戦わされたからな」

 闘技場の入り口の前で、立ち止まる一同。
 闘技場そのものは非常に大きいし、威厳もある。
 実際、闘技場と比べれば大河たちなど米粒にも等しい大きさだろうから。
 ただベリオが若干だが元気がないように見えるのだが、それは気のせいではない。
 先程の礼拝堂での話は、少なくともベリオにとっては己の存在意義を根底から木っ端微塵に砕くような話だったのだ。
 今はそれほど表面に出してはいないものの、それでも心の奥底ではどうなっているかはわからない。

「午後はここですから、ちゃんと覚えてくださいね」

「試験だっけ? かったりぃ〜よなぁ」

「救世主クラスの席次を決める大切な試験ですから、きちんと出席してくださいね」

 論すように言うベリオだが、大河はそれでも面倒くさそうに闘技場を見上げた。
 真上から照りつける日差しが視界を若干だが遮る。
 それが鬱陶しくて仕方がない。

「どーしよっかなぁ」

「…もう」

 既にやる気ありません、といわんばかりの状態の大河に呆れたようなため息にも似た感想を口にするベリオ。
 とはいっても、実際のところはこの闘技場に来なければならないのだから大河に選択権などあってないに等しい。

「自分と同等の力を持ったクラスメイトとの真剣勝負。
 これをしてこそ、貴方達は本当の救世主クラスに迎えられる事になるのです」

「へぇ………」

「っつってもなぁ、試験試験って、2日で2回だぜ?
 何か特典でも無ければやってらんねぇっての」

 相変わらずやるき0の状態で話す大河だが、確かに、特典がなければやっていられないだろう。
 ようはギブ&テイクにも似た理由なのだが、今のところ大河も未亜もアダムも報酬的な何かがあるのは聞いていない。
 となると、無償ということなのだろうか。
 だが、意外にもベリオは神妙そうな顔をつきをしていた。

「ベリオ、どうかしたのか?」

「……あります」

「は?」

 問いかけに良く解らない言葉で返すベリオ。
 それが、前の大河の台詞に対する物だと気づくのに数秒かかった。

「どんな?」

「………どのような事でも」

「え?」

 よくわからない言い回しで答えるベリオ。
 そんなベリオの返答に、大河たちは不思議そうな顔をした。

「どのような……?」

「1000年間、創立以来続く我が校の伝統です」

 神妙な表情のまま、ベリオは続ける。

「曰く、能力測定試験で上位になった者は、下位の者を1日指導するものとする。
 下位の者はこれを断ってはならない」

「は?」

「指導……?」

「つまり、勝った人は相手を1日好きにしていい、という事です」

 数秒の沈黙。
 そして、大河がベリオに問い詰めてかかった。
 その顔に、嬉々としたものがあったのは気のせいだと思いたい。
 気のせいではないだろが。

「本当になんでもいいのか!? いいのか!?」

「……ええ、勝てたら、ですけど」

「おっしゃぁ〜! 俄然やる気が出てきたぜ!」

「「………はあ」」

 大河の考えが読めたのか、ベリオや未亜は深いため息をついた。
 大方、勝った相手にあんなことやこんなことをするのだろうと予想できる。
 何やら未亜とベリオの表情に疲れが出ている気がした―――― たぶん、気のせいではないだろう。
 特に、未亜にとってみれば、兄の大河が浮気癖というか、女癖というか、とにかくそういうのがあるのを知っている。
 が、それでもその行為が正当化されてしまうとなると始末が悪い。
 故に、その制度に対して心底恨みを抱いてしまう未亜だが、そもそも学園の校則らしいので正面から文句を言うわけにもいかないし、言ったところで学園長であるミュリエルや他教師達に聞き入れられる可能性は低い。
 つまり、状況は八方塞にも近い状況であり、回避方法は兄である大河に勝つ以外にはない。

(おそらく、そんな事を考えているんだろうな)

 だが、同時にどうにも納得できない、という顔をアダムは作っていた。
 そもそも、そんなことをする理由が思いつかない。
 純粋な戦闘に関する指導ならともかく、1日何を命令していいとなると何やら他にも理由があるような気がして仕方がない。
 とはいえ、その理由が何であるかは流石のアダムでもわからないわけだが、そこでふと、アダムはあることに気づいた。

「勝った者は、負けた者を――――――― か。
 難儀な決まりだななんだが、となると、ベリオ―――― やっぱり俺や大河が救世主クラスに入った時の騒動の原因は」

「そうですね。救世主クラスに男性が入った事による動揺の原因の1つですから」

「なんてことを……」

「はぁ、なるほど」

「試験〜試験〜こんなに試験が楽しみだった事は今までに無いぞ〜」

 嬉々としている大河を見て、一同ため息。
 煩悩丸出しの大河を見て、アダムは何となくこれからの学園生活が波乱万丈ではないかと予測した。
 その予測は、かなりの確率で当たるに違いない。

「まったく、大変な事になりそうだ」

 学園に鳴り響く予鈴のチャイムが、何処か遠くで鳴っているように感じた。





【元ネタ集】

ネタ名:神という存在は、仮に完全無欠の全知全能なら人間を気にとめるはずがない
元ネタ:DDD
<備考>
奈須きのこ氏が書くDDDという作品から。
この作品では、「神が完全無欠で全知全能なら、悪魔は荒唐無稽で人知無能でなければならない」と発言している。
神と悪魔は正反対なのだから、定義や有り方も正反対でなければならないという事なのだと思われる。


ネタ名:大を救う為に小を切り捨てる
元ネタ:Fate/stay night
<備考>
正義の味方、英雄、王などに求められるあり方。
致命的なまでの矛盾であり、いつか必ず破綻する事が確定しているあり方。
本作では、明確に該当する人物はいないがギリギリで該当しそうな人物はそれなりにいたりする。




あとがき

さて、新キャラが出てきました。
アヴァターの世界をより広げる為に作り出したオリジナルキャラクターです。
外見の原型はジェミニ・ゲーニッツというキャラをモチーフにしています。
一般的な通称はwindですね。
ソフィアもモチーフキャラの影響を多大に受けています。
個人的な声のイメージは井上喜久子さんです。
ファンです、本当に(ry
では、次回もご期待ください。