DUEL SAVIOR INFINITE Scwert2-1
 大河の部屋へと入ろうとする影が1つ。
 ドアの前で少し躊躇するように動きを止めたが、やがて意を決したように影はドアのノブに手をかけ静かにノブを回しドアを開けた。

「お兄ちゃん、朝だよ」

 影の正体は未亜。
 未亜にとって、自分がだらしない兄である大河を起こすのは当然という考えがあった。
 この辺、しっかり者の側面を持つ未亜独特の感覚ともいえるだろう。
 もっとも、その行為の2割か3割は兄である大河の寝顔を見たいという不純な動機があったりするわけだが。

「アダムさんは既に起きてるし、本当にこの辺はだらしないお兄ちゃんとは大違いだね」

 大河専用の屋根裏部屋の向かいにあるアダムの屋根裏部屋には、既に部屋主はいない。
 未亜の呟き通り10分ほど前にアダムは自室を後にしていた。
 内心で流石などと思いながら、未亜は目の前の強敵である兄の大河を起こす事に思考を集中させる。

「ほ〜ら、お兄ちゃん!! 早く起きて!!」

「う、うぅぅ………ま、待ってくれぇ……明美ぃぃ…」

 瞬間、未亜の周辺1m以内の空気が絶対零度一歩手前まで下がった。
 心なしか、眼も完全に据わっている。

「明美って……誰の事かなぁ〜、お兄ちゃん……」

 そう呟きながら、未亜は静かにジャスティを召喚する。
 矢を生成し、ギギギギギと千切れる寸前まで弦を引く。
 生成した矢にありったけの魔力を込め、既に矢の威力は極小のミサイルといって違いない程だ。
 率直にいうと、この時点で大河の死刑は半分以上が確定しているといっていい。

「……むにゃむにゃ、あ、待って、そこをそんなに触ったら駄目だって…へへ、へへへ」

 思いっきりセクハラ発言を連発している大河。
 最後の一線を大河は越えてしまった。

「ばいばい、お兄ちゃん♪」

 死刑は執行された。

































「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!!!!」































 つまり、世の中は一定の理不尽と不条理で出来ているのである。

















DUEL SAVIOR INFINITE

Schwert2-1
騒がしい大教室 〜The First Class〜
















「ったく、えらい目にあったぜ」

 頬から脳に刺激される激痛に、大河は少しだけ表情を歪めた。
 赤く腫れた頬に張られたシップが、その威力を物語っている。
 とはいえ、寝言で制裁を受けることに大河は言い難い理不尽さを感じた。

「自業自得だと思うがな」

「うっさい、そもそも何で寝言で死に掛けなきゃならねぇ」

「その辺は未亜の感覚に聞いてくれ―――― それより大河」

「あん?」

「ナンパもほどほどにしておいた方がいいんじゃないか?」

「………ほっとけ」

 やって来た教室へ向かう廊下にて、大河とアダムのそんなやり取りが繰り広げられる。
 とはいえ、大河はそんなにアダムに強くは反論できない。
 大河の女好きである事は誤魔化しようのない事実なのだ。
 だからといって寝言で制裁を加えられるのは本当にどうかと思うが。

「もう、朝から恥ずかしい事は止めてください、大河君。
 貴方は救世主候補なんですから、他の生徒の見本となるように頑張らないといけないんですよ?」

「あ〜、はいはい。わかったよ、委員長殿」

 苦言してくるベリオを大河はサラリと躱わした。
 この程度のことなど大河にとっては日常茶飯事。
 自身の妹から親友、果てには学校の担任にまで言われ続けている事なのだ。
 今更この程度の事で悩むなど、大河にはありえない話。

「わかってないじゃないですか! だいたいですね、救世主候補たるもの……」

 そのままベリオは説教タイムに突入する、まるでどこかの閻魔様のようだ。
 不味いのに捕まったかなと大河は考えたが後の祭り。
 もっとも、この場合でも大河は対処法をしっかりと熟知していた。
 捕まってしまった以上はどうしようもない。
 ならいらない刺激をせず、さっさと言わせきってしまうのが賢いやり方だ。

「ベリオ。とりあえず、早く教室へ行ったほうがよくないか?」

 意外な事に助け船を出したのはアダムだった。
 出会ってまだ1日しか経過していないが、大河は何となくあの場面ではアダムは自分を見捨てそうな予感がしていた。
 ところが、予想とは正反対のアダムの行動。
 もしかして、何かあるのかと大河は勘ぐってしまう。
 もちろん、大河のその考えは杞憂である。
 実際問題、時間が迫っているのは間違いないのだから。

「ですから……え? あ、はい、それじゃ行きましょう」

 そう言って先へ歩き出すベリオ。
 ちなみに、そのベリオの後方で少しだけ疲れたような表情を作っているものの、大したダメージを受けた様子はない大河がいたりするわけだが、残念ながらベリオはそんな大河の様子に気付いていないようだ。

「ベリオさん、大変だね」

「大変というより、大河の破天荒さ振り回されないか不安だ」

「あ、あははは……」

 後方でそんな会話があったが、大河は無視する事にした。
 教室に入った4人が迎えたのは、非常に広々とした教室であった。
 教室そのものの造りは、大学の教室によく似ており、大勢の人間が入る事を前提に設計されているようだ。
 意外だったのは、その教室には既に他の学科の生徒が多くいるということだろう。

「今日の午前の講義は、ここの教室です」

「へぇ、結構人がいるんだな。救世主候補は俺たちだけじゃねぇのか?」

「ああ、学問系のカリキュラムは他の学科の学生と合同でやり取りすることが多いんですよ」

「そうなんですか」

「ですから、救世主クラスとして立ち振る舞いには常に気を付ける必要があるのよ」

「特に大河だな」

 そう言って、未亜、ベリオ、アダムの視線がいっせいに大河に向けられる。
 その視線に負けたのか、大河はバツ悪そうに一歩後ろへ下がった。

「で、寝るなよ大河」

「おい、まるで俺が寝るのが確定事項みたいじゃないか」

―――――― 違うのか?」

「違う!」

 力いっぱい否定する大河。
 だが、その否定もまた虚しいものであるとは、この時は誰も気づかない。
 大河は生れてこの方、学校の授業というものをまともに取り組んだ事がない。
 本人曰く、やったところでいい事なんて何もないという事らしい。
 そんな授業態度であるにもかかわらず、中間テストや期末テストで赤点だけは取った事がない。
 つまり、恐ろしいほどに要領がいいわけだ。

「まぁまぁ、本人がこう言っているのですから、大丈夫なんじゃないですか?」

「甘いですよベリオさん、お兄ちゃんが授業中に寝ないなんて事になったら、明日は天変地異が発生しちゃいます」

 とんでもない言い草だった。

「そ、そこまでなのですか」

「ってか未亜、お前も失礼なことを言うな!!」

「違うの?」

「違うって!」

「本当に?」

「…………」

 大声で断言する大河だが、未亜はまったく信用していませんといわんばかりの視線を大河に向けている。
 さすがに居心地が悪くなったのか大河は1歩、2歩と後ろへ後退した。
 しかも強く言われると反論できないのが大河にとって痛いところ。

「はぁ………ねぇ、お兄ちゃん」

「な……なんだよ、未亜」

「あのね、アダムさんと同じ事を言っちゃうけど寝たら駄目だよ。
 いくら眠くなっても…ううん、寝たくないけど退屈だからとか、授業がわからないからだとか」

「だから、寝ないって」

「………あの」

 不意に、2人の間にか細い声が割って入る。
 が、その声があまりにも小さいため、2人はまったく気づかない。

「寝ないの?」

――― いや、まぁそこまで強く言われると自信がないが」

「さっきベリオさんが言ってたけど、私たちは救世主クラスなんだから。
 他のみんなにお手本になるようにしないと」

「ま、気にするなよ。なるようになれだ!」

 力いっぱい言い切る大河だが、この時点で大河が授業中に寝るのはほぼ確定事項のようだ。
 いい根性している。
 もっとも、2人は互いに言い合っているが故に後ろから聞こえる小さな声には全く気付かない。

「……の」

「だから、それじゃ駄目でしょ! ベリオさんに迷惑とか掛けちゃ駄目!!」

「だから、なるようになるって! それに、別に委員長には迷惑をかけねぇよ!!」

「おい」

 不意に、アダムが話しかける。
 大河と未亜の視線がアダムへと移動した。

「なんだよ?」

「なんですか?」

「いい加減、そこをどいたらどうだ? 人が通れないみたいだぞ」

「え?」

「へ?」

 不意に大河と未亜が廊下の方を見てみると、そこには一人の少女が立っていた。
 ツインテールの金色の髪と金色の瞳が美しい少女。
 年齢は11、2歳ほどだろうか、見た目そのものはかなり幼い。
 故に、その少女は他の学生も含めてかなり浮いていた。
 そして、どこか人間離れした――――― 例えるなら造形の美といえるような美しさがあった。

「君は?」

 即行で話しかける大河。
 その目が、ある種の光に輝いていたのは間違いない。
 光とはいっても、それほどいい光でないのは確かであり、簡単にいうと下心というやつだ。

―――― リコ・リスです」

「あら、おはようリコ」

「………はよう」

 ベリオの挨拶にも、非常に小さな声で答えるリコ。
 どうにもリコに対して感じてしまう違和感にアダムは首を少しだけ傾げた。
 そんなアダムの疑問を知ってか知らず、未亜はリコに対する疑問をベリオに訊ねる。

「ベリオさん、こちらの方は?」

「そうですね、紹介しますね。
 この子はリコ・リス、私たちと同じ救世主候補のクラスメイトです」

「リコ・リスさん」

「リコ、こちらの方々が、今日から私たちのクラスに入る当真 大河君と当真 未亜さん、そしてアダム君よ」

「初めまして、当真 未亜です」

「当真 大河だ。オレたちが出会えたのは運命だ! さっそく今からデー…」

「ふんっ!!」

 再び鳩尾にボディーブローを喰らって悶絶しながら倒れ込む大河。
 微かに痙攣しながら、腹を押さえる姿は間抜けを通り越して滑稽だが、大河本人してみれば死人が出てもおかしくない程の威力のあるボディーブローであり、もしかしたら世界を取れるんじゃないか、なんて意味不明なことを考えていた。
 つまり、見た目に反してそれなりに余裕はあるようだが、いずれにしても死ぬほど痛いものは痛い。
 もっとも、そのボディーブローを叩き込んだ未亜は爽快な笑みを浮かべているが。

「懲りないな、本当に。
 さて、最後になったが俺はアダムだ。よろしく、リコ」

「…………しく」

 そう言って非常に小さな声で、微かに空気を振動させるとリコはそのまま教室の中へ入っていく。
 まるで無関心とばかりに。
 そんなリコをフォローするようにベリオが3人に向かって話し始めた。

「あの子は恥かしがり屋なの。意地悪とかは止めてくださいね」

「特にお兄ちゃん、注意してね」

「お、おう」

 何とか復活したとはいえ、いまだに鳩尾を押さえている大河。
 特に、きゅぴ〜ん、といわんばかりに目を光らせている未亜が怖いのか、大河は全身を病的にブルブル振るわせながら恐怖を表現している。
哀れとしか言いようがない。

「それじゃ、席に着きましょう。案内します」

 そう言ってベリオが案内する。
 ベリオは空いている、比較的窓に近い席に案内した。
 その椅子の前まで移動するが、同時にヒソヒソと話し声が微かにだが聞こえてきた。

「お兄ちゃん、何か注目されてない?」

「だな。まるで動物園の珍獣みたいな扱いだぜ」

「でも、大半がお兄ちゃんやアダムさんに向いてるみたいだけど」

 確かに大半の視線が大河やアダムに向いていた。
 その視線の大半は好奇や珍獣を見るような嫌な視線。

「まぁ、仕方がないんじゃないか。だって、救世主候補とはいえオレたちは男だからな」

「確かにな。ま、そういった意味じゃ俺たちは珍しいんだろうぜ」

 と言っても、確かに周りの生徒は特にアダムに視線を向けているようだ。
 仕方がないかもしれない。
 何しろ、アダムは顔が整っている、整いすぎている。
 男だが、それでもここまで整っている人物はそうはいないだろう。

「それにしても、なんだか熱っぽい視線を感じる。特に、女性から」

 確かに、大河とアダムだと、アダムに対して熱っぽい視線が多く送られている。
 それが、大河には少し面白くない。

「色々理由があるんでしょうけど、主な理由はやはり男性の救世主候補が原因だと思います。
 なんといっても、歴代の中で初の男性救世主候補なんですから」

 実際、アヴァターの歴史を紐解いても男性の救世主候補というのは存在しなかった。
 前代未聞、下手をしたら空前絶後の存在ともいえるのだ。
 珍しい存在という意味では大河とアダムはこの上ないほど相応しい存在だった。

「へぇ、そりゃ珍しいんだな」

「珍しいじゃなくて、初めてだって言ってるでしょ!
 皆、風変わりな実験動物が珍しくて、注目してるのよ」

 不意に毒のある声が聞こえてくる。
 と、同時に大河と未亜の前に影が落ちた。
 そちらへ顔を向けると、赤い髪をポニーテールにし、鋭い眼差しで大河とアダムを睨むような見る1人の少女がいた。
 紫色のロープを制服の上から羽織った少女は、馬鹿にしたような笑みを浮かべている。

「本当に、こんな人が召喚器を手にしたというの?
 アヴァターも、随分とお優しいことね」

「リリィ!」

 ベリオが叱るように叫ぶが、その少女はまるで平然としている。
 その名を聞いた大河たちは、セルに聞いた名前を思い出した。
 確か、この学園の学園長の娘の名前を。

「そうか、あんたが学園長の娘さんか」

「そうよ、リリィ・シアフィールドよ――――― でも、ここでは実力が全て。
 そんな肩書きに意味はないわ」

 突っかかるようにそう言い切るリリィ。
 なんだか、初対面だがまるで親の敵のような顔でリリィは大河たちを睨みつけている。
 なぜそんな態度をリリィが取るのかわからないが、大河にとって重要なのは明らかにリリィが自分に喧嘩を売っているという事実のみであり、態度の理由など二の次だ。
 だからこそ、大河もリリィを睨みつけるように見つめた。
 逆にアダムはどうでもいいという感じで達観とした顔をしてリリィを見ている。

「で、アンタが当真 大河ね。そっちが妹の当真 未亜。そして、そっちがアダムね」

「どうして、私たちの名前を?」

 不思議そうに訊ねる未亜だが、無視してリリィは大河に視線を送る。
 ただ、その目は完全に敵意を剥き出しにしていた。

「ねぇ、アンタ。ちょっと、ここで召喚器を出して見せてよ」

 だがリリィは未亜の質問をあっさり無視し、そんな意見を出してきた。
 それは、明らかな私情を含めた命令。

「ここでか?」

「そうよ。救世主候補に選ばれたんだから、召喚器を出せるはずよね」

「リリィ! 無闇に召喚器を召喚するのは禁じられてるのよ!」

 大声で怒鳴るベリオ。
 だが、リリィには効果がない。

「別に良いじゃない。何もここで決闘しようと言うわけじゃないんだから。
 ただ、こんな男なんか選んだ召喚器がどんなのか見てみたかっただけよ」

「んだと?」

 そのリリィの傍若無人ともいえる言い草にキレる大河。
 頭に血が上ったのか、問答無用でトレイターを召喚してリリィに斬りかかろうとするが、その前にアダムが強制的に大河を止めた。
 大河の鳩尾にボディーブローを叩き込んで(ぇ

「ぐはっ!」

 そのまま腹を押さえて倒れこむ大河だが、規則を無視してトレイターを召喚しようとした罰だ。
 自業自得というやつであり、故に大河を沈めたアダムに罪悪感など微塵もない。

「まったく、もう少し冷静になれ」

 殴っておいてなんて言い草だろうか。
 少なくとも、未亜はオロオロしながら大河を揺すっている。
 普段は自分がしていながら、である。

「ふぅん、アンタがもう1人の救世主候補になった変人よね」

「リリィ!!」

「だからどうした? そんな肩書に意味なんてない。
 そもそも、オレ自身は救世主というものに対して魅力なんて一切感じないし別になりたいわけでもない」

 その信じられない言い草に、その場にいた全員が目を見開いた。
 救世主になりたくない。
 それは、この世界の住人なら決して言わない言葉である。

「アンタ、正気?」

 そのアダムの言い草に、自分の持てる全ての憎悪を叩きつけるような視線をアダムへ送るリリィ。
 それはまるで、己の存在意義を1から10まで否定された復讐者のように。
 だが、アダムはまったく動じないし、動じる気配すら見せない。

「ああ、誰も好き好んで【人殺し】なんてなりたくないからな」

「………なんですって」

 聞き捨てならないだろう。
 救世主は、この世界の住人にとって憧れの的とも言える職業であり、なれる人物もかなり限られてくる。
 いや、限られてくるなんてレベルではない。
 真実、【選ばれた人間】のみがなれる職業なのだ。
 そんな職業を、問答無用で【人殺し】と言い切っているのだから。

「この世界では、救世主とは破滅を退けるものらしいな。
 確かに、その破滅とやらはこの世界を崩壊させるほどの脅威なのだろう。
 では、その破滅の中に人間が混じっていないと思っているのか?
 もしそう考えているのなら、考えを改めた方がいい。
 人間というのは因果な生き物で、【自分たちが生きるために世界を滅ぼす】という性質を持っているんだ。
 それはどうしようもない人間の性質。
 故に、破滅に属する人間の思考はおそらくこうだ…【自分たちが生き残るために破滅に属して世界を滅ぼす】
 つまり、破滅という世界滅亡因子の中にも人間が混じっている可能性はかなり高いという事。
 いや、中には大切な人を人質に取られ否応なく破滅に加担させられている人もいるかもしれない。
 さぁ、問おうか――― リリィ・シアフィールド。
 キミは、生き残るために破滅に属する人間を【世界の敵】と断じて殺す覚悟はあるか?
 キミは、大切な人を人質に取られ、無理やり破滅に加担させられている人を【世界の敵】と断じて殺す覚悟があるか?」

――― ッ!」

 リリィは何も答えない――――― 答えられない。
 普段の彼女であればあっさり反論したであろう。
 だが、反論できない。
 だって、彼の言っていることは真実に他ならないし、彼の言っていることを少しだけ納得してしまったから。
 それは、周りの人間も同じこと。
 だから、最初の熱っぽい視線ではなく、今現在アダムに向けられている視線は蔑みだ。
 人は、己の価値観と違う生物を排除しようと躍起になる。
 だからこそ、アダムに対してその視線を投げるのは当然であり、別になんら不思議ではない事だ。
 その視線の意味はすなわち―――― どうしようもないほど、自分達とは違う生き物を見るような視線。

(はぁ、ったく…アダムも人が悪いぜ)

 誰かがやらなければならない役。
 人に嫌われようとも、理解されなくても、真実を世界に向けて叫ぶ。
 その役目を、アダムが自ら進んで行ったことを大河は理解していた。
 他人が傷つくなら、その前に自分が傷つき外敵を排除する。
 それが、アダムの優しさ。

「リリィ、あなたの気持ちも分からないでもないけど、面倒は止めて。
 それに、大河君とアダム君い関しては、学園長が決めたことなのよ」

「ベリオ……それは、そうなんだけど」

「……きた」

 それでも、まだ納得のいかないような顔を見せるリリィ。
 だが、いつの間にか近くの席に座っていたリコが小さく呟く言葉に、すぐさま大河の後ろの席へと座る。
 それから少しして、教室へダウニーが現われる。
 そのダウニーが教壇へと立つと、ベリオが声を上げる。

「起立! 礼」

 その声に全員が習う中、ダウニーはグルリと教室を見渡した。

「今日の授業が初めての方もいるようなので、魔道物理子の基礎を復習しましょう。
 私は、この学園で教養学科の教師をしているダウニーと申します、以後お見知りおきを。
 では、まずテキストの32ページを開けてください」

 まったく予想と違った展開に、大河はがくりと頭を下げ、脱力してしまう。
 大河がどのような展開を想像したかは、まぁわからなくもない。

「どうしたの、お兄ちゃん」

「いや、どうしたって………あれぇ?」

「ふん、無様ね」

 大河の後ろの席に座っていたリリィが呟く。
 その目には、やはり蔑みとも言える視線があった。
 なぜそんな視線を自分に向けるのか、大河にはわからない。
 わかる理由もなく、同時に納得できる理由もない。

「そもそも、世界における魔道物理学と物質物理学のエネルギー保存の法則と同じです。
その法則と同じように絶対的なエネルギー互換の関係を表した分野なのです」

「もう授業は始まってるんですから、静かにしてくださいね」

「で、でも俺の紹介は? 他の娘達だってあんなに期待してるのに……」

「自意識過剰なんじゃないの?」

「そんなはずねぇよ、俺には感じられたんだ。女の子たちの熱い視線とその想いが」

「………私の紹介はどうでもいいのね」

 結局、自分のことしか考えていない大河に、未亜はため息を吐いた。
 まぁ、仕方がないと言えば仕方がない。
 彼は、そういう人間なのだから。

「まぁ、自己紹介がないのは好都合か」

 などというアダム。
 そんなアダムの言い草に、未亜は不思議そうな顔をする。

「どうしてですか?」

「目立つのは、そんなに好きじゃないからな」

「でも、どう考えても目立ちまくっているように思うんですが」

「………………」

 問答無用の未亜の説得力ある言い草に、アダムは何も言い返せない。
 自業自得だろうが、なんというか哀れである。

「世界の理は突き詰めれば、全て単純な足し算引き算で表せるのです。
 こちらがあちらに触れれば、あちらもこちらに触れてくる。
 どちらかが相手を一方的に支配する関係ではありません」

「熱い視線とその想いはさておき、ここではそんな行事はありませんよ」

 ダウニーの授業なんかまったく聞かず、話まくる救世主候補たち。
 もちろん、リコとアダムは除外しておく。
 2人とも、それなりに真面目に聞いているようだ。

「なんでだ?」

「ここでは実力主義だと言いましたよね。
 皆さんに名前を覚えてもらう方法は、その力を示すだけです」

「今は物珍しさが勝っているけど、いずれ席次最低の男子生徒なんて誰も見向きしなくなるでしょうね」

「く、この………」

 言い忘れていたが未亜も比較的真面目に授業を受けている。
 未亜は元から真面目であるし、【魔法】を勉強することによっていざと言う時に大河を守れたらいいと考えているようだ。
 大河にしてみれば、このような授業よりも自己紹介の方が大切だと思っていた。
 自己紹介で盛大に自己アピールをし、女子生徒に持て囃されることを狙っていたのかもしれない。
 その目論見は、あっさりとつぶれてしまったわけだが。

「物質物理学ではそれをエネルギー保存の法則と呼びます。
 ですが、魔道物理においては人間の精神活動も一方的なものではありません。
 世界と相互作用するエネルギーの一種という学説を元にして、魔道原理の全てを解明しようとしています」

「お母様…………学園長に聞いたわよ。貴方たち、魔法も使えないんですってね」

「それがどうした!! 救世主に必要なのは…」

「お、お兄ちゃん、声が大き…」

「そこっ、うるさいですよ」

 いつの間にか、ひそひそ話の音量が大きくなってしまっていた大河たちの話し声。
 当然、ダウニーが注意するのは教師としての立場から当然だった。

「皆さんの規範となるべき救世主クラスの方々が、そんな事では困りますね」

「申し訳ありませんダウニー先生、私から後で言っておきますので」

 いち早く他人のフリをして取り繕うように言い切るベリオ。
 そんなベリオを1000年の恨みとばかりに睨みつける大河とリリィ。
 未亜とアダムは苦笑いをしながら、そんな2人を見ている。
 とは言え、やはり2人とも他人のフリをしていたりするのだが。

「では、リリィ・シアフィールドさん、立ちなさい」

「………はい」

 どこか納得いかないような表情を作りながらも、ダウニーに指示された通りに席から立つリリィ。
 納得しようがしまいが、結局のところリリィの自業自得なので文句など言えるはずもない。
 そんな彼女に、ダウニーは指示を飛ばす。

「人間の精神とは何が出来るのかを、魔道の無い世界から来た方々に解りやすいように実践してあげなさい」

「というと?」

「魔法の発動を許可します」

「………はい」

 リリィはそのまま右手を前に翳す。
 当たり前のように、そしてそうするのが当然であるように。

「見てなさい………貴方たちが取るに足らない人間だって言うこと、思い知らせてあげるわ」

「ほう………」

「ああ、頑張ってくれ」

 そう言って大河はリリィを睨みつけながら軽い返事をするが、興味ありませんとばかりの顔をするアダム。
 そんなアダムの態度が気に入らないのか、リリィはアダムを睨みつけたがアダムは爽快にスルーする。
 リリィの右腕に普通ではあり得ない光が凝縮、そして科学では証明できない力の発現。
 そう、リリィ・シアフィールドは魔術師だった。


















◇ ◆ ◇


















「それでは、今日の授業はここまで。
 今日やった所については来週のこの時間に質問しますから、各自復習をしておくように」

 ダウニーの授業の終わりを知らせる声が響く。
 それと同時に生徒たちはふう、と解放されたような息をつく。

「………この雰囲気だけはどの世界も変わらないもんだな」

「そうだね」

 ふと呟いた大河の言葉に未亜が返す。
 確かに、このような授業風景はどの世界でも変わらないものなのかもしれない。

「まぁ、授業が終わって勉強ムードな場所もあまり想像できないけどな」

「そんなの、こっちから願い下げだぜ」

 ふと、大河は教室を出ようとするダウニーの姿を見た。
 厳しく、極めて厳格ではあるが教室としてはかなり優秀のようだ。
 人となりは一切信用できないが、教師としてなら信用できる。
 それが、当真 大河のダウニー・リードに対する評価だった。
 だからと言って、授業を真面目に受けるかどうかは別問題なのだが。

「あぁ、それからベリオさん」

 教室のドアのまで、何かに気づいたようにダウニーは振り返った。

「はい?」

「転入生の彼らに、この学園を案内してあげてください」

「はい、先生」

「それでは、頼みましたよ」

 そう言って出て行くダウニー。
 それを確認してから、ベリオは大河達の方を向いた。

「初めての授業はどうでしたか?」

「なんだか、今まで知っている授業とは全然違って………私たちの世界には魔道なんてなかったから」

「でしょうね。でも、すぐに慣れるわ」

「自慢じゃないが、俺は元いた世界では授業はまったく慣れなかったぞ」

「え、え〜と、それに未亜たちのジョブクラスは前衛系だから、魔術知識は基礎程度を覚えておけばいいわ」

 まったく自慢にもならない大河の言い草に、ベリオは顔を引き攣りながらそう言うしかなかった。
 なお、そういった時の大河の表情はどこか誇るものがあったのを記しておく。
 また、それに引っ張られるようにアダムの表情が少しだけ引き攣っていたのも記しておく。
 どうやら、アダムも授業はまともに聞かないタイプのようだ。

「やれやれ、魔法を使えない人間が救世主クラスにいるとはね、それも3人も」

「リリィ!」

「…………魔法使いリリー」

「お、お兄ちゃん、それはちょっと……」

「どうして語尾を伸ばすのよ。リリーじゃなくて、リリィよ」

 微妙な違いだが、リリィはそれに気づき訂正を求める。
 なお、魔法使いリリーについての説明は除外させていただく。
 どうせアニメか何かだろうから。

「それならばリリィ・ザ・マジシャンよ、聞け!」

「………どことなくひっかかるわね、その言い方も」

 やはり引っかかるものがあるらしい。
 だが元ネタが分からないリリィには、その引っ掛かりについて理解できるはずがない。

「お前が言ってるのは、ダチョウに『飛べないの? 鳥類のくせに』と言っているのと同じだ!」

「ダチョウってなに?」

 大河の言葉に疑問を感じたようにリリィが訊ねる。
 確かに、この世界にはダチョウはいない。
 だが、その説明が意外なところから出た。

「ダチョウって言うのは飛べない鳥だ。
 鳥類に分類されるけど、その大きな体に反比例して翼は貧弱。
 故に、空を飛べることが出来ない。
 だが、逆に大地を走る速度は鳥類からは考えられないくらい速いことでも有名だ。
 オレたちが住んでいた世界で生息している、という注釈付きだが」

 どこか呆れたよう口調でアダムが解説してくれる。
 言い終わった後、アダムは視線を大河へと向けた。
 どうやら知らないはずもない事を例えとして出すな、という事なのだろうか。
 おそらくそうなのだろう、大河はとりあえず目で謝っておく事にした。

「まぁ、とにかくリリィはオレたちが魔法を使えないのが不満なんだな?」

「ええ。このクラスには貴方達以外に魔法が使えない人なんていないのよ?」

「魔法のない世界からやってきたオレ達が魔法を使えるはずないだろう?
 そんな事も分からないのなら、君は存外に頭の回転が悪いのだな」

「な、なんですって!?」

「事実だろう」

 呆れたように盛大に溜息を吐き、それに、とアダムは続けた。

「魔法なんて所詮は手段の1つに過ぎない。
 それだけに凝るようなら、戦場ではすぐに死ぬぞ?」

「随分と大それたことをいうのね…お生憎様、私の魔力や変換効率は他の魔術師を遥かに量がしてるわ。
 余程の事がない限り、魔力切れなんて起こさないのよ」

 睨みつける視線が2割ほど増したような気がする。
 常人なら、すぐに竦んでしまうだろう。
 だというのに、アダムは平然としていた。
 信じられないほどの、精神力。

「なら、こう言おうか」

 本当に呆れたような口調で、アダムは決定的な台詞を口にした。

「戦場では、君のようなタイプが一番最初に死ぬ」

 それは、致命的な言葉。
 だが、実際に大河自身もそうだと思っていた。
 戦場において、余計な行動を取るものは真っ先に死ぬ。
 そして、余計な行動を取る人物とは性格に難点がある人物が多い。
 たとえば、自信過剰な部分があるリリィ・シアフィールドのように。

「ッ、言ってくれるわね!! どんな窮地だろうと、私の魔法で脱する事が出来るわ!!」

 それこそが、自意識過剰であり自信過剰である事だとリリィ・シアフィールドは一切気づいていない。
 気付かせるには、彼女を一度だけでもいいから徹底的な敗北に陥れるしかないだろう。
 
「………関係、ない」

そんな中、リリィの叫びに異を唱えるような声が――― 珍しい声が響き渡った。

「リコ・リス!?」

「あ………」

 今まで一言も喋らなかったリコの突然の発言に、他の者達は驚く。
 だが、そんな周りの反応を無視して、リコはひどくマイペースに口を動かした。

「………救世主の力は……召喚器の本質を、理解、すること………ただ、それだけ」

「「「………」」」

「な、長台詞…………」

 リリィやベリオはリコが弁護するとは思っていなかったのか沈黙している。
 未亜は思わぬ人物から発せられた言葉に驚いて沈黙。
 そして、アダムはその言葉の意味を考えて沈黙する。
 大河は特に何を考えるでもなく、ただリコの長台詞に驚いていた。

「………話にならないわね」

「あ、リリィさん!」

 ロープをバサッと翻し、教室から出て行くリリィ。
 その背中には、何となく言いしがたい雰囲気が纏われていた。
 だから、誰も彼女を引き止めない。

「つーかなんなんだ、あいつは」

 リリィの後姿を見ながら、ひどく不機嫌そうな口調で呟く大河。
 実際に、彼のリリィに対する感想は【最悪】の一言で片付きそうだ。

「ごめんなさい。普段からちょっとエキセントリックな子ではあるんだけど………」

 なんとかリリィを庇っているのだろうが、どう考えてもベリオの弁護とリリィの行動が一致していない。
 ともすれば、あれが【ちょっとエキセントリック】という部類に入るのだろうか。
 少なくとも、大河自身は【ちょっとエキセントリック】という部類から大きく逸脱しているように感じた。
 故に――――

「ちょっと!? あれがちょっと!? 
 右も左もわからずにおどおどしている転入生に対してあれはないだろ!!」

 というつっこみを入れてしまったが、入れたとしても誰も文句は言わないに違いない。

「それは、お兄ちゃんがちっともおどおどしてなかったせいじゃないかと………」

 もっともな未亜の言い草だが、その未亜の発言を大河は爽快にスルーした。
 確かにそれもあるだろうが、あの態度で【ちょっとエキセントリック】という部類に入るのは大河としては許せれないものがある。

「それでも、こうまでして人を攻撃するような子じゃなかったんですけれど………」

 どうやらベリオにも不思議に思う部分があるようだ。
 ベリオの言動から察するに、普段はこれほど攻撃的ではないらしい。
 とはいえ、実際問題としてリリィは大河に過剰と思えるほどの攻撃をしてきている。
 何か、他に理由があるのだろうか。

「人は、己の価値観の中で、判断できなくなる事態が起こると、それを、排除、しようとするものです………」

「リコさん?」

「更に長台詞ッ!?」

「………………」

「あ、いや…………」

 どうやら大河の驚きはリコに不興だったらしく、リコは不満そうな顔をしている。
 とは言え、あんな驚き方をされれば誰だって不満に思うだろうから、リコの態度は別に不自然ではない。

「……………失礼」

「あ、リコ」

 そんな彼女を大河は呼び止めた。

「さっきはすまなかったな。それと、ありがとな。
 お礼に、今度デートでもしようぜ!」

 満面の笑みで言い切る大河。
 そんな大河を未亜は睨みつけた。

「……………はい」

 それだけを言うと、リコは教室から出て行く。
 ただ、彼女の顔が、僅かにだが赤みを帯びていたのには、誰も気づかなかった、彼女自身も。
 リコが出て行った後、残っていた大河以外の他の生徒はいっせいに微妙な表情をして大河を見た。

「………大河」

そんな中、アダムが代表者といわんばかりに大河に訊ねる―――― もっとも、その顔は微妙に引いていたが。

「うん? なんだよ?」

「リコのような外見の少女に対してデートしようなんて………オマエ、幼女趣味(ロリコン)だったのか?」

「んなっ!? ち、違うぞ!!」

「いや、説得力ないぞ――――― それから、周りを見てみろ」

「周り?」

 大河はアダムに言われた通りに周りを見てみた。
 なぜかは分からないが、他の生徒達は一斉に大河から引いている。
 というより、分からないわけじゃないんだが、大河の主観ではわからないのだ。
 ついでいうと、未亜も当然のように引いている。

「ちょ、俺はロリコンじゃないぞ!! だから引くなっていうか、未亜、お前もか!?」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん……たとえ、お兄ちゃんが幼女趣味(ロリコン)になっても、私は見捨てないから」

「って言いながら、滅茶苦茶引いてるじゃないか!!」

「ううん、そんな事ないよ」

 とりあえず、話が進まないので進ませるとしよう。
 何気なく、大河が床に“の”の字を書いているようだが、誰も迷惑ではないので問題ない。

「彼女は、本当に恥かしがり屋なんです」

 そう言って苦笑いにも等しい笑みを浮かべるベリオ。
 そうは言っても、救世主クラスは問題児ばかりである。
 故に、彼女も苦労していることだろう。

「それじゃ、案内してくれねぇかベリオ」

「そうね、それじゃ行きましょう」





【元ネタ集】

ネタ名:自分たちが生きるために世界を滅ぼす
元ネタ:鋼の大地
<備考>
奈須きのこ氏が書く鋼の大地に登場する人間たちの性質。
母なる大地が死滅しても生き残ったらしい。
ただし、その後で色々あって結局は全滅。
しかし、旧人類が生み出した存在たちはしぶとく生き残っているとかなんとか。


ネタ名:世界の敵
元ネタ:ブギーポップシリーズ
<備考>
ブギーポップというライトノベルに登場する単語。
主に主人公であるブギーポップによって自動的に選定される能力者の事を示す。
また、能力者たちは己の能力を用いて何らかの犯罪行為を行っている場合が多い。
逆に能力を持っていても全く使用しなかったり、犯罪行為を行ってない場合は世界の敵になる事はまずない。
私がライトノベルという世界に足を踏み入れる切っ掛けとなったものでもあったりする。




あとがき

ってことで、初授業は終了しました。
やっばい、話があんまり進んでませんね。
しかし、救世主クラスも存外に濃いメンバーばっかりですよね。 ヤンデレとかヤンデレとかヤンデレとか。
いや、別に未亜のことじゃ(ry