DUEL SAVIOR INFINITE Interlude1
「何とか、うまく行きましたね」

「あら〜、学園長はいかないと思ったのですか?」

「そうですね、少し不安要素があったのも事実です」

 学生達が寝静まったころ、学園長室という密室でこんなやり取りがあった。

















DUEL SAVIOR INFINITE

Interlude1
真夜中の学園長室 〜Secret Meeting〜
















「不安要素、ですか?」

「ええ」

 時刻は既に0時を越えている。
 この時間まで起きていると美容に影響が出るが学園長という立場上、そうも言っていられない。
 まだまだやらなければならない仕事が山済みの状態だ。
 新たに召喚された救世主候補のデータを書類にし、更にその書類を王国へと報告しなければならない。
 更に、新規救世主候補の身分を保障するための王国専用の許可書発行の申請書の作成。
 本当に、やるべき事は山済みだ。
 とはいえ、夜遅くまで仕事を続けると今度は能率が悪くなってしまう。
 最長で後2時間が限度といったところか。

「新たな救世主候補も見つかったのですし、不安要素なんてほとんどないと思いますが」

「まだまだ青いですね、ダリア」

「む、どういう意味ですか?」

「言葉の通りの意味ですよ」

 軽く紅茶を口に運ぶ。
 その口の中に広がる香りを少しだけ楽しみながら、それでもミュリエルは書類から目を離さない。

「大河君に未亜さんに関しては不安要素はありませんでした。
 彼らは互いを大事に思っているのは間違いありませんでしたからね」

「大河君が危機的状況に陥れば、未亜ちゃんは覚醒すると?」

「そうです、逆に未亜さんが危機的状況に陥れば大河君は覚醒するでしょう。
 あの2人は特に強い絆で結ばれていたようですからね。
 まぁ、私も男性である大河君が救世主として覚醒するかどうかは半信半疑だったわけですが」

 そう言いながら、書類に判子を押す。
 押した書類を封筒に入れる。
 これで1つ仕事が片付いた。
 とはいえ、まだまだやるべき事は残っている。

「それは仕方がないですよ、何しろ前例のない事なんですからぁ。
 私も、半信半疑でしたし学園長がそう思うのも仕方のない事だと思いますよ」

「そうですね……問題は、最後に残ってた彼です」

「アダム君、ですね」

「ええ」

 次の書類から目を離さない。
 書類と口を正確に動かしている、この辺は流石は学園長といったところだろうか。
 逆にいうなら、この程度の事をできなくてフローリア学園の学園長を務めることなど出来ないとも言えるのだが。

「彼は大河君と未亜さんに比べ、非常に観察力と洞察力がある。
 少なくとも、あの試験での私の狙いを読まれていたかもしれません」

「そう、なんですか? なら、その前に何か文句を言ってきてもいい気が」

「言いたくても言えなかったのですよ」

「どういうこと、ですか?」

 仮にも学園長であるミュリエルが用いた手段は褒められるものではない。
 意地汚く、真っ黒な策略のそれだ。
 醜い大人のやり方、ミュリエルが用いた手段はその類であり、普通の人間なら間違いなくミュリエルに文句を言いに来る事だろう。
 だが、アダムはミュリエルに文句を言いに来る事はなかった。
 思慮の深さはそれなりかもしれない。

「先ほども言いましたが、彼は非常に観察力と洞察力、付け加えるなら推理力もあります。
 少なくとも、この学園が王国――― 最悪の場合、陛下と繋がっていると勘付いているかもしれません」

「まさか…」

「私と出会った時、彼が何も言わなかったのはおそらく自分達の置かれている状況を正確に把握していたからでしょう。
 もしあの時、彼がこの学園から逃げたとしても様々なデメリットが彼を襲う。
 ましてや、形はどうあれ救世主として召喚されたのに、試験も受けずに逃げ出したとなればそれだけでアヴァターの人々からは後ろ指を指される事になります。
 彼にはこの世界での明確な戸籍もなければ歴史もない。
 金銭面などで苦労するのは目に見えてますし、ましてや私が王国に報告すれば最悪の場合は指名手配とまではいかなくても立場的にはかなり不利になるのは間違いない。
 それらのデメリットを考慮して、あの場では何も言わなかったのでしょう」

 ダリアは唖然とした。
 あの短時間でそこまで考えていたアダムに、そしてそれらを正確に把握したミュリエルに。
 アダムとミュリエル、ある意味では狸と狐の化かし合いだ。

「もっとも、かなり危ないところまでいっていたのは確かです。
 あそこで大河君が暴走してくれなければ、アダム君は自分達の立場を救世主候補でなくても確保できるように交渉してきたでしょうから。
 形はどうあれ、事故であるのは確か。
 そこを付かれれば、我々は一気に不利に立たされていたでしょう」

「間一髪だった、てことですか?」

「そうなりますね、そう言った意味では大河君の暴走はこちらにとっては大助かりと言えます」

 実際のところミュリエルの本音としては、あの試験でアダムと大河には綺麗さっぱり死んで欲しかった。
 この2人はアヴァターという世界において不確定要素となるファクターなのだ。
 そんなファクターに一々付き合っていては限がない。
 なら、さっさと死んでもらって後腐れのないようにしたかったのだが、世の中そう旨くいかない。
 結果的に今回召喚された3人は見事に救世主候補として覚醒を果した。
 それ故にどのような結果になるかは、この時点では誰にもわからない。

「では、アダム君が試験に参加したのは、自身の立場を少しでもよくするためですか?」

「おそらく、そうでしょう。
 彼が異世界から召喚された事等、この世界の住民にはそう遠くない時間の果てにばれる。
 仮にあの試験で大河君のみが参加して覚醒したとなれば、アダム君の立場は一気に悪い物になってしまう可能性があります。
 何しろ、召喚された3人の1人であり、同時に自身も救世主候補として覚醒する可能性があるわけですからね。
 そうなれば、我々教師や陛下などに悪い印象を与えてしまう。
 それだけでも、この世界ではかなり住み難くなる事でしょう。
 おそらく、それを回避するために試験を受けたのだと思います。
 たとえ覚醒できなくても、受けたという事は覚醒する意志があったということを示す事が出来ます。
 その事実だけで、我々はともかく陛下自身へは悪い印象を与えなくて済むでしょうから。
 この世界の住民の受けは別として、ですが」

 もっとも、最初からアダムには覚醒するしか道が残されていなかったりする。
 どちらにしても、アダムにとっては分の悪い賭けだったに違いない。
 それに、陛下はかなりの切れ者だ。
 もしかしたら、アダムの考えにもミュリエルの考えにも気付くかもしれない。

「そういえば、大河君の覚醒が本当に間一髪でしたねぇ〜。
 あの時、大河君が覚醒してくれてなかったら未亜ちゃんは今頃…」

「分かっています。それをいうなら、アダム君もそうですよ」

「ああ、確かに」

 ただ、今考えれば何とも妙な部分がある。
 あの時、アダムはとても落ち着いていなかったか。
 文献を見ても、歴代の救世主候補は命の危険にさらされ感情を爆発させて覚醒する事が多かったらしい。
 もちろん、今の救世主候補の中には封印されていた召喚器と契約する事で候補者になったものもいる。
 だが、それを抜いてもアダムの落ち着きようは異常だった。
 まるで、人が呼吸するのが当然のように召喚していなかったか。

「考えすぎですね」

「どうかしましたか、学園長?」

「いえ、何でもありません」

 どちらにしても、大河とアダムが歴代救世主候補の中において極めて異質で特別な存在である事は間違いない。
 何しろ、史上初の男性救世主候補なのだ。
 この事実が、この世界にとって良い事なのか悪い事なのかは分からないが。

「とはいえ、アダム君に関してはこちら側に引き入れる事に成功したとはいえ、まだまだ油断は出来ません。
 彼は理想や大儀では動かない。
 彼を突き動かすのはもっと明確で単純です。
 好きな人が出来たなら、彼はその人のためだけに戦うタイプでしょう。
 大河君も該当する事ですが、性格が単純だからアダム君よりは扱いやすい。
 問題は、アダム君にとって大河君と未亜さんが大切な人のカテゴリーに入っていないという点でしょうか」

 ミュリエルにとって、最大の懸念事項はそれだ。
 大河や未亜、ともすれば他の救世主候補達に比べアダムは極めて頭の回転が速い。
 洞察力や観察力に優れ、推理力も抜群であり精神的にもかなり強いと思われる。
 精神的に漬け込みたくても、それに対応できるだけの【余裕】を常に確保していた。
 あの手のタイプは、敵に回るとそれだけでかなりの強敵と化す。
 今までの経験から、ミュリエルはそれを把握していた。
 何より、彼は間違いなく人を殺した経験がある。
 そして、そこから発生する全ての因果を受け止めるだけの器もある。
 本当に、厄介な人物だ。

「でも〜、逆にいうならこちらが友好的に接すればアダム君は力を貸してくれるんじゃないですか?」

「………灯台下暗し、でしたね」

 逆転の発想にも近かった。
 アダムにはこの世界での歴史がない、存在証明をするようなものもない。
 大河や未亜も含め彼らはこの世界では真っ白な存在なのだ。
 つまり、彼らはこれからの接し方次第で敵にも味方にもなる。
 破滅の軍団が出現するまで、まだ猶予はあるはず。
 ならそれまでに彼の周りの人間達が彼に友好的に接すれば、アダムは彼らを守るために力を貸す可能性が高い。

「……ですが、果たしてうまくいくでしょうか?
 彼が他の仲間との間に、一定の線引きをする可能性もあります」

 だがこれにも懸念事項がある。
 おそらくでしかないが、アダムは人間関係にそれなりの線引きをするのではないかという懸念事項だ。
 最悪の場合、彼の周りの人間全てが敵になる可能性があるのだ。
 なら、その可能性を考慮して一定ライン以上に踏み込まないような人との接し方をするのではないか、という事だ。
 これをやられると、いざという時にアダムが敵対する可能性が高くなる。

「まぁ、大丈夫ですよ、学園長」

「ダリア先生、そう言い切れる自信はどこから出てくるのですか?」

「長い時間、彼らとそれなりに友好的に接すれば人は変われますって」

 真理でもあった。
 変わりたい、たったそれだけの想いで人は変わる事が出来るのだから。

「なかなかいい事を言いますね、ダリア先生」

「えへへ、それほどでもぉ〜」

「ですが、そのいい事も深夜に食堂で摘み食いしている時点で台無しですね」

 時が止まった。
 止まっているうちに、ダリアの顔がどんどん青くなっていく。

「は、はは、あははは…い、いやですねぇ学園長…何を根拠に…」

「ここに、幻影石があります」

 机の引き出しから、ミュリエルは1個の幻影石を取り出し机の上においた。
 その幻影石に言い知れぬ嫌な予感を抱くダリアだが、既に逃げ道なんてない。
 というより、その幻影石に何が記録されているかダリアなら直に分かる。

「ま、まさか…」

「そのまさかです」

 幻影石に記録されていた映像が映し出される。
 その映像には、深夜と思われる時間帯に隠れて酒をラッパ飲みするダリアの姿が映し出されていた。
 言い訳は、既に意味のない虚言へと成り果てた。

「さて、言い逃れは?」

「あ、あははっはは……学園長」

「何ですか?」

「私の家には代々伝わる伝統的な…」

「言っておきますが逃げれませんので」

 学園長室全体に結界を張り、完全な密室状態を作り上げる。
 圧倒的な魔力に裏付けされた結界は、少なくともダリアでは突破する事は出来ない。
 逃げるという選択肢は既に潰されていた。

「って学園長!! ノリが悪いですよぉ!!」

「貴女の異様なテンションに合わせるつもりはありません。
 さて、覚悟はいいですね」

「な、何の覚悟でしょうか?」

「聞かなければよかった、そう思う時もきますよ」

「び、微妙に会話が噛み合っていないような」

「些細な事ですよ…さて」

 己の執務席から、静かに立ち上がるミュリエルの姿はさながら大魔王のそれ。
 つまり、どう足掻こうともダリアはこの場から逃げる事は叶わない。

「さて、懺悔は済みましたか? 神様へのお祈りは?
 部屋の隅でガタガタ震えて、命乞いをする心の準備はOK?」

「全然出来てません!!!」

 どちらにしても、ダリアが地獄を見るのは確定事項である。

「では―――――― Go To Hell」








 その日、学園長室に血の雨が降ったかどうかは定かではない。





【元ネタ集】

ネタ名:私の家には代々伝わる伝統的な…
元ネタ:JOJOの奇妙な冒険
<備考>
「ジョースター家には伝統的な戦いの発想法があってな」というのが元ネタ。
歴代ジョジョの中でもっとも有名な主人公である空条承太郎の発言が元。
ちなみに、伝統的な戦いの発想法とは即ち【逃げる】であったりする。




あとがき

ペルソナ4をプレイしてました。
発売当初はメガネに嫌悪感を抱いてプレイしていませんでしたが、今はあのメガネがあるからこそいい味出してると思えるようになりました。
偏見って、恐ろしいものですよね。
それにともない、ペルソナ4で得た情報やネタをこの小説に取り込めないかと模索中。
それでより良い作品になればいいのですが。