DUEL SAVIOR INFINITE Scwert1-2
時刻は夕暮れ。
空が茜色に染まった。
古の人々は、その時間を【逢魔之時】や【黄昏】と呼び恐れていた。
人が、もっとも【魔】と呼ばれる【人でなし】に出会う確率の高い時間帯の1つ。
現代社会においても、昼と夜の境目の微妙な光加減ゆえに事故の発生確率が高いことでも有名だ。
昼と夜の境目たる夕暮れという名の魔の時間帯。
青い空が茜色に染まる。
まるで、これからの出来事を占うかのような空だった。
DUEL SAVIOR INFINITE
Schwert1-2
覚醒の時 〜Summons Device〜
「おいおい、男が覚醒試験を受けるってマジかよ、しかも2人も」
「信じられねぇぜ」
「大丈夫なのかしら」
「でもさ、これで本当に覚醒したら史上初の男性救世主の誕生じゃない?」
「それってすごいよねぇ」
周りから聞こえてくる騒音。
見回せば、四方八方に人の山。
端的にいうなら、周りの人々は観客だった。
「ってかよう、アダム」
「何だ?」
「見世物になるって、こういう気分なんだな」
「そうだな」
折の中で観客から見物される猛獣類の気持ちというのは、もしかしたらこういうものなのかもしれない。
とはいえ、だ。
「しかし、こっちは命掛けなんだ。見世物じゃないだろうに」
「まったくもって同感だぜ」
場所は学園の北側に建設されていた闘技場。
古代ギリシャのコロシアムのような造りだ。
その観客席はすでに満席。
もしかしたら、覚醒試験というのは学園内の生徒達にとって娯楽イベントの1つなのかもしれない。
「もうすぐ試験開始だな」
「おう…へっ、何がこようと、この当真 大河様の敵じゃないぜ!」
「……大河」
「何だ、アダ……っておい、何で睨むよ?」
大河の視線の先には、大河を恨みそうな視線を投げつけるアダムがいた。
「今、言ったよな?」
「あん?」
「何がこようと、この当真 大河様の敵じゃない…そう言ったよな?」
「ああ、言ったが、それがどうしたよ?」
「…その台詞のせいで、嫌なフラグが立った気がするぞ」
「は、ははは…まさか」
とは言え、大河自身も突然だが嫌な予感がしてきた。
今になって、致命的な台詞を言ってしまった気がするが既に後の祭り。
フラグは正確に因子をこの場に出現させるのみ。
「お、門が開くぜ」
門が開く。
ギリギリと鈍い音と共に門が開き、その奥から因子が現れる。
黄色い巨体、レンガで構成された身体。
殺意に満ちた赤い眼、歩くたびに軽い地響きが発生する。
レンガで構成された身体という、生物的にありえない構造。
「おいおい…マジかよ」
大河は呆然とその巨体を見ていた。
全長は3m近くあるだろうか。
まだ離れているとはいえ、それでもその巨体を正確に認識することなど造作もない。
「大河…キミがいらない事を言うからだぞ」
「いや、俺のせいじゃねぇだろ!?」
否定したが、大河自身がいらぬフラグを立ててしまったのは紛れもない事実。
その事実が、否定する大河を否定する。
「だが、いらないフラグが立ったのは間違いなくキミの責任だぞ」
「…ってかさ、アダム」
「何だ?」
「何気に余裕だろ、お前」
「さて、何の事やら」
地響きを響かせながら近づいてくる巨体。
俗にゴーレムと呼ばれるそれは、アダムと大河に明確な殺意を持っているようだ。
威圧感は、その巨体だけで凄まじいほどに感じてしまう。
あのゴーレムを覚醒して何とかすればいいのだろうが、事はそう単純ではない。
(やってくれたな、まさかこんな手段を使ってくるとは)
アダムは、ある程度は正確に学園長の狙いを見抜いていた。
(これでオレと大河が殺されれば、その時点で不確定要素がなくなる。
逆に、未亜は大河が殺された時点で怒りによって救世主候補として覚醒するだろう。
あとは、このゴーレムが実は破滅の手際だったとか言って未亜と手駒にすればいい。
あの学園長はやり手だ、その程度のことなど造作も無く行えるはず。
つまりこの試験、オレと大河が死亡した時点でこちらの負けということだ。
おまけにこっちは丸腰、これで完全に召喚器を召喚して覚醒する以外に道はなくなったな)
何とも分の悪い内容だとアダムは思う。
フェアも何もあったものじゃない。
とはいえ、既に開幕のベルは鳴り、カーテンはオープンしてしまっている。
役者であるアダムと大河が舞台を降りる術は無事に舞踏を踊りきること。
(それに…)
チラッとアダムは観客席の一番上の部分を見た。
そこは学園の教師陣の観客席だ。
観客席内で、ダリアともう一人の男の教師と思われる人物がミュリエルに詰め寄っている。
どうやらあのゴーレムが門から現れた事に抗議しているようだ。
だが、ミュリエルは取り合う様子は無い。
むしろ、ここで死ぬならそこまでという雰囲気さえ読み取る事ができる。
(どうやら、完全に逃げ場はないみたいだな)
これで逃げようものなら、その時点でアダムと大河のアヴァターにおける立場は最悪なものとなるだろう。
臆病者のレッテルを張られ、後ろ指を指されることは確実だ。
内心で少しだけため息を吐きながら、改めて視線をゴーレムに向ける。
ゴーレムの目には、変わらず殺意の光を灯していた。
「殺る気満々ってところか」
「マジに余裕だな、アダム」
「そうか? 何気に大河も余裕だと思うが」
「実は足が少し震えてる」
「それが普通の反応だろう。オレも腕が少しだけ震えてる」
「マジで?」
「嘘だ」
「おいっ!」
「場を和ませるための冗談…」
「こんな時に冗談言ってる場合かよ!!??」
既に、ゴーレムは目の前に来ていた。
その巨大な両腕が大きく振り上げられる。
ギリギリと軋みを上げるような、その光景はどこか歪だった。
「は、はは…すげぇ威圧か…ぐげっ!?」
咄嗟にアダムは大河のブレザーの襟を掴むと、そのまま後ろへ飛んだ。
数瞬後、アダムと大河が立っていた場所に巨腕が振り下ろされる。
轟と風を轟かせ、空間を両断した両腕は地面に当たった瞬間、まるで蜘蛛の巣にも似た亀裂が地面を造った。
「ちょ、首がし…がっ!?」
着地と同時に手を離され尻餅を付きながら何とか深呼吸する大河を尻目に、アダムは一気にゴーレムに向かって疾駆した。
後ろで大河が悶えているような気がするが構ってなどいられない。
地面に突き刺さったままの腕を足場にして駆け上り、一気にゴーレムの顔面にまで接近する。
動きそのものは遅い方なのだろうか、突然の事態にゴーレムは空いていた手でアダムを捕まえようとするが、それより早くアダムは彼我の距離を0にする。
「いかに身体が硬かろうと」
狙いは―――― 一点。
「その目までは堅くないだろ」
発生した運動エネルギーを右足に収束させ、アダムは渾身の蹴りを放った。
目標は―――― ゴーレムの右眼。
どれだけ身体が頑丈だろうと、眼や関節の部分はそうはいかない。
それらの部分は、どんなに頑張ろうと絶対に強化する事の出来ない決定的な脆弱性を持っている。
直撃による微かな振動。
(手応えありだが……ダメージはなしか)
微かに表面に罅が入ったものの、ゴーレムの右目は問題なく機能しているようだ。
つまり、先ほどのアダムの強襲は失敗ということになる。
そう、確かに眼や関節などは強化不可能な絶対的な脆弱性がある。
だが、それはあくまで生物の場合のみ。
非生物であるゴーレムは、それに該当しないのだ。
「■■■■■■―――――― !!!!!!!」
先ほどのアダムの蹴りに怒りを覚えたのだろうか、声にならない雄叫びを上げゴーレムがアダムを捕まえようとする。
非生物であり、感情という不純物を取り除かれているゴーレムが怒るというのも妙な話だが、確かに怒りに似た何かがその咆哮にはあった。
空気の層を突き破りながら、ゴーレムの腕がアダムに接近する。
だが、その動きは早くない。
故に―――――
「よっと…」
捕まるより早くアダムは足場にしていたゴーレムの腕を蹴り後方へと退避、ちょうど大河のところまで後退する。
大河はケホケホと咳き込みながら、強引な助け方をしたアダムを睨んだ。
「げほげほ、ア、アダム! いきなり襟を掴んで飛ぶな!」
「助けてやったんだ、文句を言うな」
「もう少しやり方があるだろうが!!」
「ないな」
「断言するな!」
確かに助けたが、あのような強引な方法になったのは時間がなかったからだ。
アダムにとってみれば、あれ以外に大河を助ける方法はなかったのだ。
「時間がなかったんだ。いちいち了承を得ている暇なんてなかっただろう?
それに、あの時オレがキミを連れて後ろへ飛ばないと、今頃は平べったい紙人間になっていた。
それを考えると、非難される覚えなんてないが」
「う、うぐぐぅ」
そうこうしている間にも、ゴーレムは少しずつ近づいてきている。
武器類が無い以上、現状でどうにかするしかない。
どうにかする以前に、絶対的に不利なのは一目瞭然なのだが。
「■■■■■■――――― !!!!」
ゴーレムの咆哮。
いや、そもそもゴーレムには口がないのだから咆哮というのも変な話だ。
この咆哮は、単にゴーレムの内部に組み込まれている歯車が摩擦し、それによって咆哮にも似た音を立てているに過ぎない。
だが――――― 確かにそれは咆哮だったのだろう。
「おいアダム」
「何だ?」
「俺たち、生きていられるかな?」
「さぁな」
嘘偽りの無い、アダムの気持ちだった。
◇ ◆ ◇
「…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
「やれやれ、まったくダメージがないというのも嫌なものだな」
全身から汗を流しながら、アダムと大河は目の前のゴーレムを睨む。
何度か攻撃を行っているものの、所詮は非力な人間の攻撃。
全身がレンガなどの岩で形成され、更には魔術的に装甲を強化されたゴーレムを破るには、あまりにも脆弱すぎる。
「このままだと、マジで俺達死んじまうんじゃねぇか?」
「可能性は高い」
口では皮肉的なことを吐きながらも、現実は酷く残酷だ。
このまま覚醒しなければ、アダムと大河は死ぬ事が確定してしまうだろう。
とはいえ、手を拱いている暇など無い。
何もせずに死ぬなど、それこそ無様極まること。
「■■■■■―――!!!」
振り下ろされる豪腕。
質量にモノをいわせ地面に亀裂を作るほどの威力を誇る攻撃は、しかしながらアダムと大河に直撃する事はなかった。
いかに威力があろうと当たらなければ柳の風も同然。
しかし、状況はアダムと大河に圧倒的なまでに不利であった。
相手は一撃さえ入れば勝ちであり、こちらは召喚器を召喚し救世主候補として覚醒しなければならない。
この時点で既に公平も何も無い。
もっとも、これは殺し合いだ。
殺し合いに、公平も何も無い。
あるのは綺麗さっぱりの事実のみ。
「何かいい方法ないか、アダム?」
その大河の台詞には少しだけ弱気の響きがあった、無理も無い。
ゴーレムの体力は無尽蔵と思えれるほどだ。
対してこちらは疲労がどんどん蓄積していく。
このままでは、そう遠くない時間の果てに捕まってしまう事だろう。
故に―――――
「なら、逃げるか」
そんな提案をしてしまったのも、無理の無い事だろう。
「出来るのか!?」
「出来るわけないだろ」
「出来ねぇのかよ!!」
「やった瞬間、オレたちはアヴァターの住民に後ろ指を指される事になるぞ。
それは最悪、キミの妹である未亜にも及ぶかもしれない」
「うっげ、マジで?」
「マジだ、あれが臆病者の妹だ、とかな」
「…マジかよ、最悪だな」
弱音を吐きたくなるほどの絶望。
だが、これはまだ絶望には至っていない困難。
そう、今の状況をカテゴリー別に分類するなら、あくまで困難という状況でしかない。
「やっぱり、召喚器とやらを召喚するには相応の状況じゃなきゃ駄目なんかねぇ」
「いや、そうじゃないだろう」
「うん? どういうことだ」
あくまで考案だが、とアダムは注意し話し始めた。
「おそらく、召喚器を召喚するのに必要なのは強い意志だ。
だから、必ずしも死に直面するような場面である必要は無い」
「じゃなんで、態々こんな事をしなきゃならないんだ?」
「死に直面した時、生命の本能が強烈に働く。
死にたくない、まだ生きていたいという生存本能。
それらは、極めて強い意志だ。
だから直球勝負、死に直面させて生存本能を呼び起こし、それを引き金として召喚器を召喚させる。
この試験の裏にはそういう意図があるんだろう」
「よくわからんが…効率悪りぃな」
「まったくだ」
敵を目の前にして何気に余裕の2人だが、敵を目の前にこの行動はいただけない。
それは、致命的な隙を敵に見せているに等しいのだから。
「■■■■■■■――――!!!!」
咆哮と共に、ゴーレムの腹部が微かに開いた。
そして、ギミックのように次々に開かれ、腹部に砲台のようなものが出現する。
「あ〜、アダム」
砲身に光の粒子のようなものが収束していく。
「何だ?」
それに比例するように、砲身が光り始める。
「この後の展開なんだが、すげぇ予測できるんだけど…どうよ?」
砲口の前に環状の魔法陣が出現する。
「奇遇だな、オレも予想できる」
環状魔法陣が凄まじい速度で回転を開始する。
「だよなぁ」
全ての準備が完了した、後はトリガーを引くのみ。
「■■■■■■■――――― !!!!!!」
声にならない咆哮と共に引き金が引かれ、白い砲弾はアダムと大河目掛けて一直線に空間を疾駆した。
砂塵を巻き上げ、空気を焦し、アダムと大河との距離を一気に駆け抜ける。
それは、明確な殺意の光だった。
(拙いな、効果範囲幅が予想より大きい。これは、避け切れない)
覚悟を決めなければならないだろう。
最低でも腕の1本は犠牲にしなければ避けれない。
まさしく、悪い展開だ。
「やっべぇぜ…こいつは避けきれねぇ」
大河も同じ結論に至ったのか、少しだけ呆けるような表情で迫り来る光を見る。
脳内からアドレナリンが過剰に分泌され、体感時間が一気に引き延ばされる。
実のところ、光が発射されてからまだ1秒も経過していない。
「へっ、これまでか…未亜、守ってやれなくて…」
ポツリと大河がそう呟いた時だった。
「駄目ぇぇぇぇえぇぇぇ!!!!」
その叫びは慟哭にも似ていて。
「来て!! ジャスティ!!!」
その手に握られている弓が信じられなくて。
「お兄ちゃんとアダムさんを、守ってぇぇぇ!!!」
放たれた矢は、いとも簡単に光をかき消しゴーレムの腹部を穿つ。
当真 未亜、16歳――――― それは、紛れも無い救世主候補としての覚醒だった。
◇ ◆ ◇
(完全にしてやられたな)
傍に寄ってくる未亜を見ながら、アダムはそんな事を考えた。
周りから雑音が聞こえるが無視しておく。
気にしても仕方が無いからだ。
それ以上に、気付いた事もあった。
(あのミュリエルは間違いなく、これを狙っていたんだ。
未亜が大河に依存しているのを一目で見抜き、そこを利用しようとしたんだろう。
大河が試験を受けると言った時は確かに度肝を抜かれたかもしれない。
だが、逆にそれを利用する事で未亜の精神に揺さぶりを掛ける。
更にあのゴーレム、あれが未亜にかなりの精神的な負荷を掛けたはずだ。
おそらく、あそこでダリアが抗議してくるのも計算内だ。
ダリアの抗議から、微かでも情報を得た未亜の不安が更に増大するのは容易に想像できる。
なら、未亜は考えるはずだ。
強い想いで、兄である大河を助けたいと願うはず。
オレと大河が殺されそうになった事がトリガーとなって未亜が覚醒するというわけだ。
まったく、何て人だ…あそこから機転でここまで計画するなんて。
このままではオレと大河は完全に人質だ。
オレと大河を軟禁でもして、未亜に破滅に攫われたとでも言えば未亜は破滅と戦わざる得なくなる。
その状況を回避するには…やはり救世主として覚醒するしかないか)
とは言え、やはり賭けの要素が大きい。
完全な運頼みと言えなくも無い。
「大丈夫!? お兄ちゃん!?」
「お、おお…しっかし、未亜」
「なに?」
「まさか、マジでお前が救世主候補になっちまうなんてな」
「え、あ、うん…無我夢中だったから、私も良く分からないんだけど」
その手に握られている弓を見る。
どこか無骨な造りの弓。
荒々しい造りだが、そこには確かな力の息吹があった。
故に、これはまさしく召喚器なのだろう。
「はぁ、これからどうするよ、アダム?」
「どうする、とは?」
「これじゃ、俺達は完全に道化だぜ」
「皆に期待させておいて、実際に覚醒したのは未亜だからか」
「そういうこと」
実際、周りからは野次が飛んでいる。
期待させておいて、とか色々だ。
だが、所詮は野次馬の罵声に過ぎないのでアダムは飛び交う罵声をあっさり無視した。
「これで、試験は終わりなのか?」
「だろうな」
そう、実際ならこれで終わりなのだろう。
形はどうあれ、未亜は覚醒した。
なら、これ以上の試験はある意味では無意味だ。
だからこそ、この場でミュリエルが試験終了を宣言してもおかしくは無い。
だが、なぜだろうか―――― 妙な違和感が付きまとう。
「なぁ、アダム」
「どうした?」
「気のせいかもしれねぇが、何か違和感がねぇか?」
「奇遇だな、実はオレも違和感を感じていた」
違和感が拭えない。
それどころか、時間と共に違和感は増大していく。
「ああ、そういえば」
「何だよ、アダム?」
「人がもっとも油断する瞬間は」
そう言いながら、アダムは静かに空を見上げた。
赤焼けの空が、そこにあった。
「勝利を確信した瞬間だったか」
轟と、空より鉄槌が振り下ろされた。
◇ ◆ ◇
それは、ある意味では詐欺にも等しい行為。
確かに、この試験は救世主候補として覚醒させる為の試験である。
その為に死という概念を少しだけ経験させ、そこから発生する生存本能を刺激し強い思いを持って召喚器を召喚し、救世主候補として覚醒するというのがこの試験の目的である。
故に、召喚器を召喚するのに別に死を経験する必要は無い。
効率が悪いのは確かだが、唯それが1番召喚しやすい方法というだけの話だ。
たとえば、今回の未亜のように兄である大河を助けるために召喚器を召喚するという一例がある。
すなわち、明確で強い意志さえあれば召喚器を召喚する事は決して不可能ではないのだ。
とはいえ、この試験にはある種の穴があった。
先ほどにも言ったように、詐欺にも等しい行為。
すなわち、候補者達に死の概念を経験させる対象が、1体だけとは限らないという事。
「まさか、不意打ちを行うとは」
少しだけ呆然としたようにアダムは空から振り下ろされた鉄槌を見る。
全長は約3mほど。
魔術的処理を施す事により、並みの武装では傷を負わせる事すら難しい。
特殊な術式を用いる事で、構成物質の重量を強引に重くし明確なアドバンテージを得ている。
その重量は1tを軽く上回るほどだ。
破滅の中でもランクは中級に位置し、倒すには最低でも精鋭の1個中隊クラスの人員が必要となる。
拠点制圧型重量兵器ゴーレム、それが空より振り下ろされた鉄槌の名前だった。
(こういうタイプは大抵の場合、明確な知能を持ち合わせていない。
ただ、己の力と重量にモノをいわせた蹂躙という名の戦闘法を行う事が多い。
だからこそ、その動作は非常に単調であり読みやすい。
だが、故に不意打ちなんて普通はやらないはず…)
考えれるのは3つかある。
1つ目は知恵袋がバックについている可能性。
2つ目はゴーレムの知能を持たされているという可能性。
もう3つ目たまたま不意打ちになったという可能性。
今現在の場所などを考えると、知恵袋云々はかなり低い可能性だ。
(となると、2つ目と3つ目の可能性になるわけだが)
アダムは注意深くゴーレムを観察する。
ゆっくりとした動作でこちらに近づいてくる。
(何らかの策を講じるでもなくこちらに近づいてきている。
となると、3つ目の考えが正解である可能性が高いか)
とはいえ、油断は出来ない。
確かに知能は低いかもしれないが、代わりに馬鹿みたいな頑丈さを誇っている。
油断は大敵だろう。
「未亜!?」
大河の叫び声が聞こえてきたのは、そんな事を考えている時だった。
視線を未亜に向けると、頭から血を流し気絶している未亜の姿があった。
ピクリとも動かない。
頭から血を流しているという事は、頭を強打した可能性がある。
そうなると最悪の場合、助かったとしても脳に重大な障害が残る可能性がある。
「てめぇ、よくも未亜を…!!!」
轟と、風が駆け抜けた。
万物が歌う――― 始まりの物語を。
万物が謡う――― 奇跡の物語を。
万物が詠う――― 喜びの物語を。
万物が唄う――― 救いの物語を。
万物が謳う――― 終わりの物語を。
さぁ、始めよう―――― 永劫に語られる神話の物語を。
「なん…だ…と…?」
アダムは呆然とせずにはいられない。
大河の全身を駆け抜ける息吹にも似た力。
そう、力だ。
明確な力を持って、目の前の理不尽に反逆せんとする強い意志。
それは―――― 当真 大河という青年を構成する根源の因子。
「来い…来い…来い!!」
駆け抜ける息吹。
理不尽に反逆せんとする強い意志。
その意志が、形を持って姿を現す。
「来い!! トレイター!!!!」
掲げられた手に、一振りの無骨な剣が収まる。
そう、剣だ。
それは無骨でありながら、どこか神聖さを感じさせた。
剣の銘はトレイター――― その名の意味は、反逆。
「未亜に怪我させた責任、取ってもらうぜ!!」
強い意志を感じる。
現代社会において、これほど強い意志を持った人間などそうはいないだろう。
だが、大河にとって未亜を傷つけられて憤るのは当然だ。
そう―――― 当然なのだ。
兄が妹を助けるなんて、それは不思議でもなんでもない。
妹を守るのが、兄の務めなのだから。
「いくぜ!! トレイターッ!!!!」
その刀身が光り輝く、まるで大河の意志に従うかのように。
「うらぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
強く踏み込みながら、大河はトレイターを唐竹に振り下ろす。
重心移動も、踏み込みも、剣の振る際の身体の動かし方も素人のそれ。
だが、その動きはどこか犯しがたい神聖さがあった。
「とんでもない一撃だな」
アダムの呟きが空間を静かに泳ぐ。
空気の層を燃焼させ、空間を一直線に突き進む光。
ゴーレムは避けられない。
そもそも、ゴーレムには避けるという機能が備わっていない。
圧倒的な防御力を主軸とし、相手の攻撃を受けきり一撃で相手を粉砕する。
それがゴーレムの戦い方だ。
故に、この一撃をゴーレムは避けられない。
だからこそ、ゴーレムは防御体勢を取る。
それしか道は残されていないかの如く。
だが――――
(無理だな、ゴーレムの装甲では大河の一撃を受けきる事は出来ない)
確信にも似た何かを持って、アダムの中にはあった。
論理的でも理論的でもない、強いていうなら勘だ。
第6感とも言えるものに突き動かされ、気付くとアダムはそんな結論に達していた。
そして、その結論は正しい。
「ぶった斬れろぉぉぉ!!!!」
直撃、それによって発せられる爆音にも似た音が空間を疾駆する。
光が内包する圧倒的な熱エネルギーは、瞬時に威力へと変換されゴーレムの身体を溶かし粉砕していく。
まるでバターにナイフを通すかの如く。
それは、ゴーレムのあまりにも呆気ない最後だった。
◇ ◆ ◇
「未亜!! 大丈夫か!?」
「う、ううん……お兄ちゃん!?」
「ああ、そうだ!!」
焦点の合っていなかった瞳が、少しずつ修正されているのだろう。
呆然としていた未亜の表情が生気に満ちたものになっていく。
理解すると同時に、未亜は慌てて上半身を起こした。
「そ、そうだ!! さっきの衝撃は」
「安心しろよ、その元凶は俺が跡形も無く消滅させておいた」
「…えっと、冗談じゃ」
「悪いが、冗談じゃない」
少しだけ現実逃避が入ってしまった未亜に、アダムがすかさずつっこみを入れる。
おそらく、まだ少しだけ頭が回っていないのかもしれない。
「あ、お兄ちゃん…その手に握られてるのは」
「ああ、俺の召喚器だ。名前はトレイターっていうんだぜ」
「ほ、本当に、本当に召喚できたんだね」
「おうよ。流石は大天才、当真 大河様だろ?」
ニヤニヤ笑う大河に、とりあえずつっこみの1つでも入れようかとアダムは悩んだ。
とはいえ、つっこみを入れると何かが壊れてしまいそうなので放置するという考えに至るのに、時間はそう掛からなかった。
「史上初の男性救世主候補の誕生、か」
「史上初!! いやぁ、いい響きだ。歴史に名を残すな!!」
「変な事をやって、悪名でなければいいが」
とはいえ、これで試験は終了。
最終的に、アダムのみが召喚器を召喚できない結果になるはずだった。
「?」
違和感を感じる。
何か、致命的な何かを見落としてしまったかのような。
そう、勝利を確信した瞬間こそ、もっとも敗北する可能性が高いといったのは自分ではなかったか。
「まさか…」
どこかゆっくりとした動作で、アダムはその方向を見た。
その目に映し出されたのは、腹部から火花を撒き散らしながら砲口を自分達に向けているゴーレムの姿。
「凄い執念だな、感動した」
大河と未亜は、まだ気付いていない。
今この時点で気付いているのはアダムのみ。
砲台に光が収束する。
(破壊できたのは砲台のみ。
動力炉や中枢頭脳を破壊できなかったら、まだ動いているのか)
破壊されたとはいえ、砲台の機能は完全に停止したわけではなさそうだ。
あと1発程度なら、何とか撃てそうである。
そして、その最後の1発もあれば充分に自分たちを抹殺する事が出来るだろう。
(にしても…)
あの状態で動き、なおかつ自分達を殺そうとする機能。
それは感動できるほど、機械的なそれであった。
(今のオレの攻撃ではビクともしない。
となると、大河と未亜に攻撃させるのがいいだろうが…既に遅いか)
そもそも、アダムが発見した時点で手遅れとも言えた。
あれを迎撃するにしても、撃つ前に破壊するにしても致命的に時間が足りない。
先ほどの大河の攻撃は、そう何度も打てるものとはアダムは思っていなかった。
それは未亜の一撃も同様だ。
あれらの攻撃は火事場の馬鹿力にも等しい攻撃だったように思う。
それに、あれほどの攻撃を行ったのだ、おそらくかなり体に負担が掛ったはず。
そうそう次の行動を取れるとは思えない。
すなわち、八方塞がりに近い。
(ああ、そういえば…)
そこで、アダムはある事に気づいた。
召喚器を召喚する。
それには、極めて強い想いが必要なのだ。
強い想い――― 簡単だ、ならアダムが召喚できない道理などない。
(強い想いなら、既に持っている。
なら、それを媒介にして召喚器に呼びかければいい。
そう、子が親を想い叫ぶように)
自己領域に意識を向ける。
さらに、自己領域から次元領域へ。
そこから、己の一番強い想いを媒介にして【それ】に呼びかける。
何てことはない、最初からアダムには全てが揃っていただけの話。
(ああ、なるほど。これがそうなのか)
世界の時間が停止する。
全てはモノクロの世界。
何てことはない、アダムにとってみればある意味で馴染みのある世界だ。
《■む、よ■■く■の■が聞こ■■■》
それは、確かに声であった。
だが、その声はひどくノイズまみれであり全てを聞き取ることはできない。
(よく、聞こえないな)
《仕■■■ま■、■■邪■■して■■のだか■■、む■ろ■■程■とは■■、こう■って聞■取■■事こそが■■であ■■■》
(今感じている、強力な力の圧力と関係があるのか?)
《――― 然■》
微かに感じる、強力な力による抑制。
その力が【それ】を強く縛り付けている。
本来なら、言葉など一切口にする事すら出来ないだろう。
だが、【それ】はその強力な力に抗っている。
ノイズまみれとはいえ、それでも単語の一部などは聞き取る事ができた。
本当に、信じられないほどの力と意思。
(召喚するには、名を呼ばなければならないらしい。
名は存在の意義を定義するなんて言われている。
だからこそ、キミの名を教えてほしい)
《―――― 否、■が名■■■は理解■■■いるはず》
(…ああ、そうだな―――― ちゃんと、理解してるさ)
いつの間にか心に刻み込まれていた名前。
名は存在の意義を定義するとされている。
なら、【それ】がちゃんと存在できるように、名を呼ぼう。
ちゃんと力を振るえるように、名を呼ぼう。
さぁ、世界を心して聞くがいい。
我が名は―――――
「来い―――― アマテラス」
それは、一振りの剣であった。
通常の剣より幾分か大きい、俗に大剣とも呼ばれる部類に入る長大の剣。
分厚い片刃の刀身は、どこか日本刀の刀身にも似ている。
アマテラス―――― 自然神の一柱にして、太陽を神格化したとされる神の名。
「いくぞ―――――」
柄と同化しているグリップを捻る。
響き渡る爆音。
刀身から真っ赤な炎にも似た何かが一気に噴き出した。
形こそ少し違うが、その大きさ、その形状、その能力、その全てが親友であるネロの愛剣――― レッドクイーンそのもの。
「■■■■■■■――――― !!!!!!」
ゴーレムが咆哮にも似た軋みを響き渡らせる。
収束していた砲台の砲口から、光が発射された。
大河と未亜がようやく稼働し続けていたゴーレムに気づくが遅い、大河と未亜ではどう足掻いても迎撃は間に合わない。
普通なら、この時点で大河と未亜は死なないまでも大怪我を負う事が確定していたことだろう。
そう―――― アダムというイレギュラーがいなければ。
「フッ!」
召喚器による身体能力の向上により、アダムは一気に疾駆し大河と未亜の前に立ち塞がった。
迫りくる光、だが――――― 恐怖はない。
「ア、 アダムッ!?」
「安心しろ――――― 問題なんてない」
「ってか、その左手に握られてるのって」
「ああ、これがオレの召喚器だ」
大きく左足を前へと踏み出しながら、左手に握られていたアマテラスを軽々と袈裟に振るった。
振るうと同時にグリップを捻る。
爆音、そして発生する真っ赤な炎のような何か。
炎が後押しとなり、斬撃の速度が爆発的に加速する。
それは、後にエクシードシステムと名付けられる事になる特殊な術式機構。
全ての召喚器の中において、アマテラスのみに搭載されている特殊な機構だった。
「こういう下手な展開も――――」
迫りくる光の殺意。
回避する必要なんてない、考える必要すらない。
対処法は既に手のうちにあり、また材料も全て揃っている。
故に―――― 恐れる必要もない。
「―――― 悪くない」
アマテラスと光が激突した。
いや、それは激突とは違う。
結果など、最初から決まっていたのだから。
「す、すげぇ」
「う、うん」
大河と未亜が唖然とするのも当然のこと。
光という実体のない殺意と災害の塊を、アダムはアマテラスで一刀両断したのだから。
それも、左腕一本で。
「いや、大河のさっきの一撃や未亜の一撃に比べれば、こんなのは児戯にも等しいものだ」
とはいえ、ある意味でアダムの先ほどの一撃は神業のそれであった。
直射とはいえ、あれほどの速度を誇る光を余裕を持って袈裟に両断。
並の剣士では、絶対に不可能な芸当だろう。
「大河、それに未亜。手を出すなよ」
「お、おいおい…協力した方が」
「さっきまで暴れてただろ? なら、今度はオレが暴れる番だ」
ゴーレムに背を向けるような格好で肩口にアマテラスを構えるアダム。
グリップを捻ると、刀身から真っ赤な炎にも似たものが噴き出した。
「おいおい、マジかよ…あれ、まだ動けたのか」
先ほどの光の反動なのか、左腕を肩辺りから消失させたにも拘らず、ゴーレムはこちらに近づいてくる。
その動きはひどく緩慢で今にも倒れてしまいそうなほどの不安定さ。
だというのに、目標を殺すという存在目的を果たそうとしている。
「彼我の距離は約7mといったところか」
ゆっくりとした速度で近づいてくるゴーレムを気にするでもなく、アダムは己とゴーレムとの距離を冷静に測る。
7m――――― なら、何も問題ない。
7mの距離など、普段ならいざ知らず今の彼にはないにも等しい距離でしかないのだから。
「さて、ネロのストリークを自己流にアレンジしたものだ。遠慮なく――――」
全身に力を込める。
それはまるで、引き絞られた弓矢のようで。
「―――― 喰らえ」
踏み込みと同時に、アダムは一気にゴーレムに突進した。
刀身から真っ赤な炎にも似たものを噴き出し、それを推進力として活用し一気に最高速度まで加速する。
彼我の距離は約7m―――― 接近するのに、1秒も必要ない。
ゴーレムが迎撃しようと動き出すが、その動作はアダムの目には停まって見えてしまうほど。
突進エネルギー、腰の捻りを利用した回転エネルギー、推進力を利用した加速エネルギー。
その全てのエネルギーを、薙ぎ払いという剣撃に上乗せする。
その破壊力は、絶大にして無比。
「ハァァッ!!!」
直撃と同時に轟音が響き渡る。
剣や槍では傷つけることができず、おそらく現代文明においてもバズーカクラスの威力を誇る兵器でなければ傷つけられないであろうゴーレムの装甲を、アダムの一撃は意図も簡単に傷つけ、切断していく。
下手な装甲などチーズも同然、なんて台詞があるがまさにこの光景はそれであった。
いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
薙ぎ払いという一撃に収束された威力は、それほどのものなのだから。
「■■■■■■―――――― !!!!!」
だが、それでもゴーレムは動いている。
胴体部分を両断され、既にいつ自壊してもおかしくない状況だというのに動いている。
このゴーレムの動力源と中枢神経は頭部、人体でいうところの脳の部分に収納されている。
つまり、その部分を破壊しない限りゴーレムはたとえ頭だけになったとしても動き続けるのだ。
故に―――――
「これで―――――」
その事を経験より見抜いたアダムが、見逃す筈がない。
「―――― 終わりだ」
最後の一撃は、頭上より振り下ろされゴーレムの頭部を両断した。
【元ネタ集】
ネタ名:アマテラス
元ネタ:DMC4
<備考>
本編の説明にもあったが、ネロが所持しているレッドクイーンが元となっている。
基本的な形状はほぼ同じだが、ネロに比べて重心のズレが少ないこと。
レバー部分がない、刃部分の形状や大きさが若干違うなどの差があったりする。
この辺は裏設定なのであしからず。
ネタ名:エクシードシステム
元ネタ:DMC4
<備考>
元はイクシードというスキルから。
基本的には本編と同じ。
ただし、アマテラスの方が元祖に比べて性能がいろいろと劣っているらしい。
あとがき
以前、アダムの所持していた召喚器の名前はフェイトでしたが、いろいろとあって変更となりました。
それにともない、形状も変更。
いや、ぶっちゃけいうと(ry
さてさて、というわけで今回は覚醒編をお送りしました。
大河は原作に比べて大人な考えの持ち主です。
つまり、本編のように女好きな部分はそのままですが殺し合う事などに関しては原作よりシビアな考え方をしています。
卑怯な戦法をとられたとしても、それを咎めようとかは考えていません。
つまり、卑怯な戦法だろうと殺し合いなのだからありだろ、みたいな考え方です。
まぁ、そんな感じですね。
では、次回もご期待ください。