DUEL SAVIOR INFINITE Prologue2
「ふぅぃぃぃっ、終わった終わった!!」

 退屈な授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、少年は凝った背中の筋肉を解す様に背筋を伸ばした。
 筋肉が伸びる感覚と、微かに聞こえる骨が矯正される音。
 時刻は3時20分。
 本日の嫌な時間はこれにて終了だ。

「はぁ、ったくこれだから授業ってやつは!」

「おいおい大河(たいが)、そう大きい声で叫ぶなや。禿がこっちを睨んでるで?」

「いいって、他の奴もそう思ってるだからよ」

「はぁ、ホンマ…大河は怖いもん知らずやな」

「そういうお前も何気に酷いこと言ってんじゃねぇか、(のぼる)

「んな阿呆な、俺はこれでも謙虚で有名なんやで」

「嘘を言うな、嘘を」

「ひっどいなぁ」

 ケラケラと笑う昇と呼ばれた少年。
 大河と呼ばれた少年の台詞に対して、それほど傷ついた様子も無い。

「俺はこれでも、ナイーブなんやで?」

「本当にナイーブなら、自分でそう言うかよ」

「大河って、たま〜にキツイこと平気で言うなぁ。もう少しオブラートに言えれんのか?」

「昇に対してオブラートに包んで言っても無意味だろが!」

「ひ、酷い…俺はマジで傷ついたで、大河!!」

「はいはい」

「……ノリが悪いなぁ、大河」

「お前に合わせてたら疲れるんだよ、昇」

 やれやれ、と言わんばかりに大河は授業の教科書などを鞄に詰め込んでいく。

「で、今日はどうするん? バイトないらしいしカラオケとかに行って盛大に歌うん?」

「いんや、今日は家の家事とかやらねぇとならねぇからな。悪りぃがカラオケとかはパス」

「う〜ん、なら仕方ないんか」

「そういうこった」

 教科書にノート、後は筆箱などの筆記用具関係の全てを鞄に放り込む。
 帰る準備は万全だ。

「さてっと、俺は帰るが昇はどうするよ?」

「んじゃ、他の奴でも誘うわ。今のご時世、帰りにカラオケに寄るのも駄目ってくらい規制が厳しいな。
 なら、その規制を破ってこそ漢ってもんやろ!」

「わかるが、しばらく自重しろよ。
 此間だって、3組の荻原が生活指導の禿に見つかって補導されたらしいし」

「わぁってるがな。心配性やなぁ、大河」

「お前が捕まったら、お前とつるんでる俺にまで疑いの目が向けられるからな」

「って、主に心配の理由ってそこなんか!?」

「他にあるのかよ?」

「大河ぁ〜、お前ってマジで薄情やで」

「へぇへぇ、そうございますね」

 昇の台詞を左右に受け流しながら、大河は席から立つ。
 風呂、洗濯、夕食の準備――― 家でやるべき事は沢山ある。
 なら、こんなところで油を売ってる場合じゃない。

「他に何かあるか? 無いなら、俺はもう帰りたいんだが」

「じゃ、謝罪として今すぐに未亜ちゃんにあんな事やこんなことを」

「死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 昇の顔面にパンチが突き刺さったが、それは大河の責任ではなかったに違いない。

















DUEL SAVIOR INFINITE

Prologue2
夕焼け商店街 〜An Accident Summons〜
















 画面に映し出される大量の文字。
 規定範囲内に書かれた内容に、大河は少なからず落胆した。
 
「ったく、いい仕事がないな」

 家への帰り道、その途中にある商店街を歩きながら誰かに言うでもなく大河はそんなことを口にする。
 今年で17歳の県立御崎高等学校に通う高校2年生の青年。
 身長は高くも無く低くも無い、177cmという身長にどこか鍛え込まれた肉体。
 顔立ちも悪く、その目には強い意志を宿していた。
 難点があるとすれば、極めて女好きでありナンパが趣味という一面がある事だろう。
 とはいえ、基本的に面倒見はいい方なので決して嫌われることも無い。
 良くも悪くも、この町で有名な青年――― それが、当真(とうま) 大河(たいが)という青年のステータスだった。

「来年は俺も高校3年生…はぁ、いよいよ社会人かぁ」

 時の流れを感じずにはいられない。
 ついこの前まで友人達と馬鹿をやって盛り上がっていたというのに、今は将来のことで悩んでいる。
 らしくない、と思う、だが大人になるという事はそういう事だ。
 ましてや、大河の立場は他の一般家庭の青少年達とは少し違う。
 その立場が、彼に将来のことに関しての考えを強制させていた。

「いい所に就職っていっても、続けられなきゃ意味がねぇし。
 かといって、職場環境が良くても低賃金なら未亜と養えるとも思えねぇ…はぁ」

 同年代に比べ、将来の事に関しては考えている大河。
 そういった意味では、彼は充分に自立しているといえた。
 たとえば、自称大河の心友である掛井 昇などは将来の事など考えずに日々を生きている人間だ。
 一昔前のバブル絶頂期ならそれも良かったかもしれないが、今はそうではない。
 きっちりと将来のことに関して考えて行動しなければならない時代になったのだ。
 別に超一流企業に就職したいとは思っていない。
 だが、それでも自分と自分の妹を養えるだけの手取り給料がある職場に就職したいというのが大河の考えだ。
 
「うん?」

 その時、大河の携帯から着信音が響き渡る。
 誰かと思いサブディスプレイを見ると、名前欄に瑞穂ちゃんと書かれていた。

「はいはい、こちら愛の伝道師当真 大河だぜ」

――――――

「へっ? な、何それ?」

――――――

「な、なぜそ……い、いや!! 何それ!? まったく身に覚えがねぇんだが!?」

――――――

「ど、ドモってねぇよ!!」

――――――

「それ間違い!! 勘違いだ!!」

――――――

「ぐっ……」

――――――

「違うって!! 別に俺は葵とは」

――――――

「あ、いや…」

――――――

「ま、待て!! ちゃんとした言い訳を」

 だが、大河が全て言い切る前に電話の相手は通話を切った。
 大河は慌てて掛けなおすが相手は着信拒否設定にしたらしく、電話は繋がらない。

「はぁ…なんてこった」

 自分の運の無さに嘆きたくなってくる。
 電話の相手に絶交と言い切られてしまった。
 もしかして、今日という日は厄日なのかもしれない。
 とは言え、その原因の全ては大河にあるのでどうしようもないのだが。

「まさかよりにもよって見られてるなんて。
 くっそ〜!! もしかして、今日は厄日なのか!?」

「そうかもね、お兄ちゃん」

「………」

 錆び付いた機械と形容していいような動きで、大河はゆっくりと背後を見る。
 そこには、黒髪の少女が立っていた。
 大人しそうな外見だが、少女は明らかに大河を睨んでいる。

「よ、よぉ未亜(みあ)。今日もいい天気…」

「悪いけど、平凡な挨拶に応じるつもりはないよ」

「………み、見逃して」

「上げられるほど、私は人間が出来てない」

「…お、鬼かお前!?」

「まったく、最近は大人しくなったと思って感心してたのに。
 少し気が弛むとすぐにこれなんだから」

 呆れたように呟きながら、未亜は大河に近づく。
 1歩、2歩と近づく未亜に比例するように、1歩、2歩と後退していく大河。
 実に分かりやすい構図だ。

「人様に迷惑を掛けちゃいけないって、あんなに口酸っぱくして何度も言ったのに」

「それは違うぞ未亜、俺は人様に迷惑なんて掛けてない。
 ただ、全世界の美少女や美女達が俺を呼んでるだけで…!」

「どうでもいい言い訳は聞き飽きたよ、お兄ちゃん」

 容赦などまったく無かった。
 さて、この時点でお気づきの方もいるだろうが、一応報告しておこう。
 未亜の本名は当真 未亜といい、大河の妹である。
 とはいっても、血が繋がっている実の兄弟かと云われるとそういうわけでもない。
 端的に云うなら、未亜は大河の【義理の妹】という関係だ。
 7年ほど前に、大河の両親が連れてきていらい兄妹という間柄で育っている。
 それが2人の関係だ。
 もちろん、本当に血が繋がっていないかどうかは不明なのだが。

「覚悟はいいよね、お兄ちゃん?」

「いいわけねぇ!」

「出来て無くても、殺る事に変わりはないよ」

「悪魔か、お前は!?」

「悪魔でいいよ、悪魔らしい方法を取らせてもらうから」

「管理○の白○悪魔!?」

「全然違うよ、後、中の人も」

「何というメタ発言!!」

 全然伏字の意味が無い。
 いずれにしても、現状の大河にとって未亜は悪魔以外の何者にも見えないだろう。

「くっ………未亜!!」

「言い訳を聞く気はないって…」

























「今すぐにインターネット接続を切れ!」

























 なぜかは分からないが、時が止まった気がした。
 
「えっと…今、何て言ったの?」

「任務は失敗に終わった!! 今すぐにネット接続を切れ!!」

「一体どうしたの? というか、任務って何?」

「うろたえるな! これはネットだ! 所詮は一個人が趣味で書いたSSなんだ!!」

「いや、だから」

「長時間モニターを見続けると目が悪くなるんだぞ!!」

「いったいどうしたの!?」

 先ほどからの意味不明な言葉の羅列に流石の未亜も焦りを隠せない。
 というより、大河が錯乱しすぎの上にメタ発言を連発しすぎだ。

「ふぅ…未亜、聞いてくれ。
 先週の木曜だ、俺は家に帰る途中だった。
 家まで後、2kmほどのところでふと顔を上げると東の空にオレンジ色に光る謎の物体が見えたんだ。
 とても不規則に動いていた。
 そして次の瞬間、辺り一面が強烈な光に包まれ、気がつくと俺は家に着いていた。
 どう思う?」

「いや、どうって……」

「わかった……もう、いい」

 なぜ分からないのかという視線を未亜に向け、大河は歩き始めた。
 その背は、なぜか悲壮感をたっぷりと背負っていた。

「……あれ? 何かおかしくない、今のやり取り?
 というか、誤魔化された?」

 今更ながらにそんな事に気づく未亜だった。


















◇ ◆ ◇


















「ふぅ、何とか逃げ切ったか?」

 背後から追いかけてくる気配が無いのを確認し、大河は盛大にため息を吐いた。
 昔はもっと純情だったというのに、どうすればあんなに黒くなれるのだろうか。

「ったく、昔の純真無垢だった未亜が懐かしいぜ」

「ソレハドウイウ意味カナ、オ兄チャン?」

 背筋に冷たい感触が走り抜ける。
 足は病的なまでに痙攣し、胸の奥が詰まるほどの息苦しさ。
 額からは次から次に汗が発生し、視界が少しずつ揺れを増していく。
 そう、それは【恐怖】だったに違いない。

「なん…だと…?」

 ゆっくりとした動作で、大河は正面を見た。
 般若の面を被ったような表情の未亜が、そこにいた。

「まだまだ甘いよ、お兄ちゃん」

「回り込まれていただと!?」

「知らなかったの? 大魔王からは逃げられない!!」

「バー○様……っ!? ってか、未亜は大魔王じゃねぇだろ!?」

「それは、ほら、話の流れからそういうのが正しいと思わない?」

「全然思わねぇ!!」

「まぁ、どうでもいい事だよ」

「いいのかよ!?」

 どこか楽しそうに言いながら、未亜は両手の指を1本ずつ鳴らしていく。
 関節が完全に正しい位置に矯正され、毎1秒ごとに殺意が蓄積されていく。
 そのくせ、未亜の表情はまったく変わらない。
 いつもの清々しいまでの笑顔を浮かべている。
 天使のような笑みかもしれないが、内面は悪魔以外の何でもない。
 もちろん、大河限定だが。

「あ〜、今更ながらに聞くが……許して」

「上げるはずないよねぇ?」

「だよなぁ、ははは……未亜、ちょっといいか?」

「よくないよ」

「まぁ聞け、あの空の向こうにU…」

「UFOなんて、この世界のどこにもいないんだよ? 知らなかったの、お兄ちゃん?」

「いや、知ってるが…本気の本気で謎のオレンジ色の物体が見えるんだが?」

「そんな嘘は」

「マジだ……ほら、あの方向」

 あまりにも唖然とした表情で大河が指さすので、改めて未亜は大河が指さす方向を見た。
 鮮やかなオレンジ色。
 確かに、オレンジ色が広がっていた。
 見事なまでに、完全無欠なオレンジ色―――― ただし、そのオレンジ色の正体は【空】なのだが。

「お兄ちゃ……逃げたね、お兄ちゃん」

 未亜が改めて大河の方を見ると、そこには既に誰もいなかった。
 つまり、大河は逃げたのだ。
 それはもう、完全無欠に。

「どうやら、本気でお仕置きが必要みたいだね、お兄ちゃん」

 殺意の波動が、静かに目覚めた。


















◇ ◆ ◇


















「はぁ、どうせ逃げ切れないけどなぁ」

 どこか諦めたような口調で大河は静かに呟く。
 大河と未亜は同じ家に住んでいる。
 故に、どう足掻こうとも最終的には同じ部屋で顔を合わせる事になる。
 つまり、大河は自分で自分の命の死刑契約書にサインしてしまったに等しい。
 首に真っ赤な血に染まった鎌を突き付けられているに等しい気分だ。
 情けないことだが、大河にとって未亜という存在は非常に大事であり、同時に特定の事に関してはまったく頭が上がらない絶対存在なのだ。

「しっかし、毎度毎度、何で未亜はあんなに怒ってんだ?」

 訳がわかりませんという表情をする大河。
 普段は女好きで通っている大河だが、以外にも自身に向けられる好意には鈍感な部分がある。
 影で朴念仁などと呼ばれているが、それは本人にとっては非常に心外なことらしい。
 しかし、外から見た他の人間の意見は全て一致している――― つまり、朴念仁だということ。
 と、その時――――

「ん?」

 携帯の着信音が鳴る。
 誰かから電話が掛ってきた証拠だ。

「非通知? あ〜、こういうのってだいたいが碌でもない事情だったりするんだよなぁ」

 非通知ということはいくつか考えられるパターンがある。
 1つは公衆電話などから掛けてきているパターン。
 2つは携帯電話を意図的に非通知設定にして掛けてきているパターン。
 3つは特殊な機器を使用して回線を傍受されないようにして掛けてきているパターンだ。
 特に2つ目や3つ目などは犯罪に利用される場合が多い。
 迷惑電話や詐欺などは、そのもっともな例えだといえるだろう。

「ほっとくか、電話に出て犯罪に巻き込まれでもしたらそれこそ洒落にならねぇからな」

 10秒、20秒と放っておくと、やがて着信音は消えた。
 どうやら相手も諦めたらしい。

「はぁ、やれやれだ…っ!?」

 ドン、と音と共に衝撃が走る。
 あまりにも唐突過ぎたので大河は何の対策を講じることが出来ず、後ろへと倒れてしまった。
 そして、相手の方は少しフラッと体勢を崩したが倒れるほどではないのか、何とか踏みとどまった。

「わ、悪りぃ」

「いや、オレの方こそ前方不注意だった…すまないな」

 大河は、改めてぶつかった相手を見た。
 黒紫色の美しい髪は夕日に照らされて若干だが赤く染まっている。
 同色のTシャツに黒のデニム、靴は黒いタクティカルブーツのようだ。
 身長もそれなりに高い、少なくとも180cm以上はある。
 細見のようだが、当たった時の感触からかなり鍛え込まれていると推測できる。
 顔立ちも決して悪くない、というか間違いなく美形の部類に入るだろう。
 良くも悪くも目立つ青年、それが大河の感想だった。

「立てるか?」

「へっ、そんなに軟じゃねぇよ」

 手を差し出した青年の手を払いのけ、大河は立ち上がった。
 尻餅を付いた際に強く打ちつけたのか、尻が少し痛いが問題ない。
 この程度の痛みなど、あと数分で感じなくなることだろう。

「どうやら、どこも怪我はないみたいだな」

「言っただろ、そんなに軟じゃねぇって。
まぁ、よそ見しながら歩いてたのは間違いないからな。
 悪いのはこっちだ」

「それならお互い様だ。オレもよそ見をしながら歩いてたから、な」

「なら、両成敗ってことで」

「ああ、それでいい」

 そう言いながら青年は大河を……いや、正確には大河の背後に視線を向けた。

「ところで…、なんて呼べばいい?」

「大河だ。当真 大河っていうんだ」

「じゃ大河と呼ばせてもらうか。で、大河」

「ってか、俺はちゃんと名乗ったんだからお前も名乗…」

「背後の少女は、君の知り合いか?」

「へっ?」

 瞬間、大河は背後から猛烈な殺気を感じた。
 喉がカラカラに乾き、膝が馬鹿みたいに痙攣を起こす。
 錆びついた機械のように、ギギギという擬音を辺りに響かせながら大河は背後を見た。

「前方不注意デ人様ニゴ迷惑ヲ掛ケルナンテ……覚悟ハ出来テルヨネ、オ兄チャン?」

 いたのは、大魔王。
 いつかの誰かの台詞を思い出す。
 真実として、【大魔王からは逃げられない】だった。

「は、はは…はははは、み、未亜…とりあえず話を…」

「問答無用!!!!」

 大気が脈動する。
 まるで回転するように踏み込まれた左足は、生み出された回転エネルギーを瞬時に全身へと循環させた。
 循環したエネルギーは次に胴体から胸へ移動し、更に予備動作に入っていた右腕に収束する。
 ギリっと軸足を微かに動かし、腰を半回転させながら引かれていた右腕を突き出す。
 それはまるで、1つの弾丸。
 目標は、当真 大河の顔面。

「ずぼっ!?」

「見事な右ストレートだ」

 未亜が繰り出した芸術としか言いようのない右ストレートを青年は称賛する。
 顔面に右ストレートが突き刺さった大河は、物理法則に従い盛大に吹き飛んだ。
 地面を一転、二転と転がり砂煙を立ち上らせながら止まった。

「随分と吹き飛んだな…大丈夫なのか?」

「はい、お兄ちゃんはこの程度ではどうということはありませんから」

「そうか…しかし―――― 随分とワイルドだな、君は」

「あ…えっと……今のは、見なかった事に」

「そうだな、女性の名誉の為にも黙っておくさ」

 酷く余裕を感じさせる物腰。
 冷静な声ながら、その声はどこかリズムを感じさせた。
 こういう人物は話しにくいと相場で決まっているが、目の前の青年はその限りではないらしい。
 話し易い不思議な青年。
 それが、未亜の青年に対する評価だった。

「ぐぐぐ、み、未亜…俺に対する扱いが悪すぎ…」

「いいの、お兄ちゃんだから」

「ぐっ、だ、誰か、一滴の優しさを俺に…」

「せぇ〜〜〜のっ!!!!!」

 轟と音が轟くと同時に衝撃が空気を振動させる。
 目にも写らぬ速度で未亜は大河の頭上に移動し、そのまま渾身の手刀を大河に叩き込んだ。
 いくら体重が軽いうえに力もたいしたことは無いとはいえ、落下エネルギーを利用した一撃だ。
 そのダメージは計り知れないだろう。
 一撃必殺、ならばその言葉こそ相応しい素晴らしい未亜の一撃が大河に直撃した。

「ぐはぁっ!!??」

 口から大量の血を吐き出し、全身から大量の血を噴き出しながら大河は息を引き取った。

「……ところで、君の名前は?」

「あ、私は当真 未亜と言います。こちらは私の兄の…」

「名前は聞いてる。確か当真 大河だったな。
 ところで、君たちは兄妹だったのか」

「はい…血は繋がっていませんけどね」

―――― 悪いことを、聞いたかな?」

「いえ、気にしていませんから」

「そうか、そう言ってくれるとオレも気が楽でいい」

 どこか楽しそうに談笑する青年と未亜に近寄る影が1つ。
 言うまでもないことだが、死にかけている大河だ。

「ぐぐぐ、し、死ぬ…」

「いぃぃやぁぁぁぁ!!!!」

 まるで止めを刺すかのように、未亜は全体重を掛けて大河を踏みつけた。
 轟音と共に地面が振動する。
 振脚とも呼ばれる技に、どこか似ていた。

「大河……生きてるか?」

「……………」

「返事がない、ただの屍のようだ」

「勝手に殺すなぁぁぁぁあ!!!!」

「生きてたか」

 先ほど致命的な一撃を受けたはずなのに、あっという間に回復した大河に青年は驚きを隠せない様子だ。
 実際、その表情には驚愕の類の感情が滲み出ていた。

「今の未亜の一撃は、常人なら1発であの世逝きだ。
 どうして生きてたんだ?」

「知らねぇのか? ギャグなら何をやっても許されるんだぜ?」

「大河――― それはあまりにもメタな発言だぞ」

「……やばかった、か?」

「かなり、な」

「まぁ、いいんじゃね? どうせ今はギャグだし」

「身も蓋もない事を」

 どこか呆れたような口調で青年は軽くため息を吐いた。
 夕暮れが、少しずつ山の方に隠れていく。
 時刻は既に5時を廻った。
 季節は秋とは言え、まだまだ肌寒い。

「ところで、まだ俺たちはお前の名前を聞いてないぜ?
 こっちは名乗ったんだ、ならそっちも名乗るのが筋ってもんだろ?」

「お、お兄ちゃん! 初対面の人にそんな態度は」

 大河の態度に未亜は慌てて諌めようとするが、青年は面白さそうに未亜を制した。
 
「いや、確かに名乗らなかったオレが悪い。
 それに、さっきからこんな態度だったんだ――― 今更改められても可笑しいだけさ」

「で、ですが」

「おいおい未亜、本人がそれでいいって言ってんだから、こっちもそれに合わせるのが筋だろ?」

「もう、お兄ちゃんは大雑把過ぎるの!」

「はっはっは! そう褒めてくれるな!」

「褒めてない!」

 また漫才を始めた2人に、楽しいものを見るかのような視線を2人に向ける青年。
 いや、もしかしたら本当に楽しんでいるかもしれない。

「ってか、お前…どこか楽しそうだな。
 そんなに、俺と未亜のやり取りが楽しいのか?」

「いや…そうだな、それなりに刺激があったのは確かだ」

「どういう意味だよ、それじゃ面白いのか面白くないのかわからないだろ」

―――― これはオレの友人の言葉なんだが」

 そう言いながら――――




















「刺激があるから人生は楽しい―――― そうだろ?」








 ポツリと、青年はそう答えた。


















◇ ◆ ◇


















――― ザッ――――― ザザ―――


――― ザザ―――― ザッ―――――


――― ザッザザ――― ザザ―――― ザザッ――――


―――――――――― ザッ――――


―――― ザザザッ――――







■は■■貴■を■■る(アニー・ラツァー・ラホク・シェラフェット)




















◇ ◆ ◇


















「で、名前はまだ聞いてないんだが?」

「ああ、そうだな…君たちのやり取りがあまりにも刺激的だったんで、言うのを忘れていた」

「つまり、面白かったって事か?」

「まぁ、そういうことだ」

 結局、大河と未亜のやり取りが面白かったということを告げた青年に大河はムッとした表情を作り上げる。
 少しばかり気に食わなかったらしい。

「なら最初からそう言えばいいだろ。紛らわしい言い方をしやがって」

「それはすまなかったな。長生きしてると、人生に刺激を求めてしまうものなのさ」

「ってか、お前どう見ても俺や未亜と年齢が近いだろうが!」

 実際、大河の言うとおりだった。
 青年の年齢は、どんなに高く見ても20歳そこそこ位だ。
 少なくとも、20代後半には見えないし、ましてや30代などもっての外。
 もちろん、元アクション映画俳優の知事という例もある。
 一概にそうとも言い切れないわけだが。

「換算年齢でいうならオレは18歳程度になる」

「換算年齢って、またややこしい言い方だな。
 まるで、自分が人間じゃねぇみたいじゃないか」

「さて、どうかな」

 どこかはぐらかす様な口調に、大河は苛立ちを隠せない。

「ってかまた話が脇道に逸れ始めたぞ。
 いい加減もったいぶらずに名前を教えたらどうだ?」

「そうだな、大河で遊ぶのにも厭きてきたことだし」

「何だと!?」

「冗談だ」

 やはりはぐらかす様な青年の口調。
 しかし、その口調にはやはりどこかリズムがあり大河は青年を嫌いになる事が出来なかった。
 もちろん、好きというわけでもないのだが。

「さて、それじゃオレの名前なんだが」

「おう?」

「何だと思う?」

「いいから言えよ、馬鹿野郎」

「ちょ、お兄ちゃん! いくらなんでもその言い方は!!」

「いや、流石にはぐらかし過ぎた。
 大河がこういう態度に出たとしても、誰も文句なんて言えないさ」

 大河の言動に注意しようとした未亜と留め、青年は楽しそうに口元を緩める。
 それは、確かに笑みであった。

「じゃ、改めて言うぞ」

「おう、早く言え」

「じゃ、改めて言うがオレの名は」

 まるで、宣告のように。
 まるで、宣伝のように。
 まるで、証明するように。
 まるで、誇示するように。
 まるで、宣言するように。






「オレの名は―――― アダムだ」





 彼は、己の名を世界へと示した。


















◇ ◆ ◇


















――― ザッ――――― ザザ―――


――― ザザ―――― ザッ―――――


――― ザッザザ――― ザザ―――― ザザッ――――


―――――――――― ザッ――――


―――― ザザザッ――――







■■を■■、■し■を■■る(ゲルーシュ・フルバン・ゲルーシュ・アツーヴ)




















◇ ◆ ◇


















「アダムってことは、外国人?」

 大河は改めてアダムと名乗った青年を見る。
 こうしてみると、特定の国の出身だと言い切れない。
 というのも、外見に該当する国の特徴が多すぎるような気がする。

「イギリス人と日本人のハーフだ。
 一応、国籍は日本になっている。
 とはいえ、世界をそれなりに旅してまわったからな。
 他の国の言語もある程度はしゃべる事も出来る」

「へぇ、すげぇじゃねぇか!! しかもハーフなんて!
 男なら燃えるシチュエーションだな!!」

「いや、そうでもない。これでも苦労してきたさ」

「おいおい、自分で苦労するとか言うなよ」

「…そうだな、自分で言ってしまったら安っぽく聞こえてしまうか」

「そういうこった」

 どこか納得したような表情のアダムに、大河はホッとした。
 健全な一人の人間として、辛気臭い話など大河は聞きたくなかった。
 そもそも、どういう意味で苦労してきたかなど大河には全てと云わないまでもある程度は分かる。
 人は自分とは少しでも違うものには3種類の接し方をする。
 1つ目は普段と変わらず接する事。
 2つ目は畏敬の念を抱き尊敬しながら接する事。
 3つ目は問答無用で排除しようする事。
 そして、この3つの接し方の中でもっとも多いのが3つ目の排除だ。
 ほんの少し髪の色が周りの人間と違う。
 ほんの少し目の色が違う。
 ほんの少し顔の造りが違う。
 それだけで、人は該当人物を虐めて排除しようとする。
 究極的に云うなら、それは人の本能と言えるだろう。
 
「はは、どうも」

 大河の台詞に、アダムは特に気にした様子もなく笑みを浮かべた。
 世界には様々な人がいる。
 大河の場合は、接し方が1つ目の普段と変わらないというだけの話。 

「思ったより、大河は強いんだな」

「おいおい、そりゃどういう意味だよ」

「言葉通りの意味さ」

「失礼な奴だぜ」

 そう言いながらも、大河自身は笑みを浮かべていたしアダムも笑みを浮かべていた。
 10年来の親友――― 2人の雰囲気は、まさしくそれであった。

「…………」

 だが、その2人に関わらず未亜は不思議そうに周辺を見回していた。
 その仕草は、まるで何かを探すかのようで。

「未亜? どうかしたのか?」

「え? あ、ううん……ちょっと、声が聞こえた気がして」

「声?」

「うん、ノイズ混じりなんだけど何かの呪文を唱えるような」

「おいおい未亜、その歳で幻聴とか勘弁してくれよ」

「げ、幻聴じゃないよ!!」

 大河の言葉に未亜は必死に否定する。
 眼尻に涙を溜めての否定――― 少なくとも、未亜自身は嘘を言っているようには見えない。

「大河、少なくとも未亜は嘘を言っているようには見えないぞ」

「んなこたぁ見りゃわかる」

「なら、さっきの大河の台詞は何だ?」

「いや、こういう場合は空気を読んでああ言った方がいいだろ?」

―――― 大河」

「あん?」

「空気読めよ」

「いや、俺は決してKYじゃないぞ」

「どうだかな」

 呆れたような口調で言うアダムに心外だと言わんばかりの大河。
 実に対照的な態度だ。
 そんな2人を無視して未亜は何かを探すかのように周りを見回していた。

「で、未亜。まだ聞こえるか?」

「ううん、今は何も」

 声は聞こえない。
 それを安心すればいいのか、それとも不安になればいいのか。

「大河――――

「どうした、アダム?」

「……何かが始まる―――― そんな予感がする」

「始まる? 始まるって、何がだよ?」

「わからない。ただ、そうだな――― 例えるなら小説の1ページ目を開くような感覚に近いか」

「何かが始まる、か――――

 ただ漠然と、何かが始まるような―――― そんな予感。
 アダムの台詞に、大河は改めて周りを見回した。
 山に沈む夕焼け。
 夕日に照らされた町。
 何も変わらない光景だった。
 違うのだとすれば――――

「何だありゃ?」

「あれは、本か?」

「なんで、あんなところに本が」

 歩道のど真ん中に本が落ちていることだろうか。
 3人は落ちている本に近寄ると、未亜が本を拾い上げた。

「表紙は、オレンジ色ですね」

「分厚いし、どこか年代を感じさせるな」

「どうでもいいが、この本の持ち主って誰だよ?」

「オレが知るはずないだろ」

「まぁ、そりゃそうか」

 現実的に考えれば、今拾った本の持ち主を大河達が知っているはずがない。

「どこか年代を感じさせる本だからな。
 これの持ち主は資産家―――― それも老人である可能性が高いか」

「わかるのか!?」

「わかるというか、予想だ。
 年代物の本というのは価値の高い場合が多い。
 そう言うのを持っているのがステータスの1つ、なんていうのが社交界ではあるらしい。
 そして、近年の若い世代ではこういった年代を感じさせる本に価値を見出さない者も多い。
 それらを踏まえた上で考えた場合、持ち主が老人で資産家であると予想しただけだ。
 もちろん、間違っているかもしれないが」

「ってか、そこまで考えれるアダムがすげぇと思うが」

「そうか?」

「そうだ」

 断言する大河に、アダムはよく分からないという表情を作り上げる。
 もしかして、彼の周りにはもっと頭のいい人物がいるのかもしれない。
 もちろん、真実を知っているのはこの場ではアダムのみなのだが。

「まぁ、他にも何処かの図書館に保管されていたものを盗み出して何らかの原因でここに落としたという場合もあるが」

「あ〜、つまり」

「予想である以上、正確なことはわからないということだ」

 結局のところ、真実は闇の中というわけだ。
 現場にいるが原因となる事象を観測していない以上は3人に原因がわかるはずもない。
 どんなに考えたところで、それは憶測でしかないのだから。

「どうしよう…やっぱり、警察に届けた方がいいかな?」

 どこか不安そうな声で未亜が提案してきた。
 確かにこの場合、警察に届けた方が正解だろう。

「なぁ未亜」

「何? お兄ちゃん」

「やけにその本が気になるみたいだが、何かあるのか?」

「うん、なんか…この本に呼ばれた気がして」

「おいおい未亜、ボケるのはまだ早いぜ」

「お、お兄ちゃん! 流石にそれは失礼だと思うんだけど」

「未亜、よく考えろ。
 いきなり、本に呼ばれたなんて普通ありえねぇだろ?
 そんな二流の展開なんてファンタジーの中だけで充分だ。
 だいたい、本に呼ばれたとか言われたら俺の反応が正常だと思うんだがどうよ?」

「……」

 大河の台詞に否定要素を見出せない未亜は黙り込むしかなかった。
 黙り込んだ未亜を尻目に、大河は改めて本を見る。
 オレンジ色の表紙。
 どこか古ぼけた表紙は、長い年月を感じさせる。
 微かに模様のようなものが刻み込まれているが、タイトルのようなものは一切無い。

「しっかし、いくら年代ものだとしてもタイトルが無いのはいただけないぜ」

「昔はタイトルのない本だってそれなりにあったんだ。
 なら、年代ものだというのならこれが普通なんだろう」

「そういうもんか?」

「ああ、そういうものだ」
 
 どこか釈然としない大河だが、一先ずはアダムの説明で納得しておくことにした。
 だがそれ以上に…この本には何か嫌な感じしかしない。
 具体的に言うなら―― この本を持ち続ける事で余計なトラブルに巻き込まれるような。

「未亜、急いでこの本を警察に届けた方がいいぜ。
 なんか、嫌な予感がしてきた」

「でも、もしかしたらこの近くで探している人がいるかもしれないよ?」

「だとしたら尚更警察に届けた方がいいに決まってるだろ」

「そう…」

 未亜が全ての台詞を言い終わる前に――――



――――― ザザッ―――― ザッ―――




 ノイズが、世界に響き渡った。

「ッ!?」

 大河は慌てて周りを見回すが、特に何か変わった様子は無い。
 いつもと変わらない町並み。
 だからこそ、いっそう不気味に思えてしまう。

「どうかしたのか?」

 そんな大河の慌てように、アダムは不思議そうな様子で訊ねてくる。
 まるで、先ほどのノイズが聞こえなかったかのように。

「アダム、今確かにノイズのような音が」

「ノイズ? オレには聞こえなかったが」

「な…に…っ? アダム、嘘は」

「こんな事で嘘を吐いてどうするんだ」

 少なくとも、アダムが嘘を吐いているようには見えない。
 となると、本当に聞こえなかったのか。
 慌てて大河は視線を未亜に向けた。

「未亜!! 今ノイズが…」

「えっ? 私には、何も聞こえなかったけど」

「聞こえなかった? おいおい未亜、嘘は」

「アダムさんの台詞じゃないけど、嘘を吐いてもどうにもならないよ。
 それに、吐くならもっとマシな嘘を吐くし」

「…どういうことだよ?」

「わ、わからないよ」

 訳が分からなかった。
 大河のみに聞こえた発生源不明のノイズ。
 もしかして、自分の体の中から発生した幻聴なのではと大河は考える。
 とはいっても、精神的に参りきってしまうような精神的負荷は受けていないし、何よりそこまで大河は精神的に弱くなど無い。

「何が原因なんだよ」

「…………オレにわかるはずがないだろう」

「まぁ、そりゃそうなんだがな」

 ため息を1つ吐きながら、大河は再び視線を本に向けた。 
 古ぼけて年月を感じさる鮮やかなオレンジ色の本。
 しかしなぜだろうか――― そのオレンジ色の本が、酷く血を連想させるような。

「気のせい、なのか?」

 どこか呆然とした様子で大河は呟くしかなかった。


















◇ ◆ ◇


















――― ザッ――――― ザザ―――


――― ザザ―――― ザッ―――――


――― ザッザザ――― ザザ―――― ザザッ――――


―――――――――― ザッ――――


―――― ザザザッ――――







■■を■い■う、■ら■■望(ペソラー・コハヴ・シュラヌ・ティクヴァー)




















◇ ◆ ◇


















 瞬間、それは起った。
 本から凄まじいほどの光の奔流が漏れ出す。
 漏れ出した光は瞬く間に空間を満たし、本を中心として巨大な紋様を地面に書き上げた。
 鮮やかな、白い魔法陣。

「な、なんだよ!? これは!!??」

「お兄ちゃん!!」

「未亜!! 今すぐにその本を離せ!!」

「は、離れないの!!」

「ど、どういうことだよ!?」

「本が手にくっ付いたみたいに離れない!!」

「んな馬鹿な!?」

 慌てて大河が未亜から本を取り上げようとする。
 だが、本はまるで未亜と一体になったかのようにまるで離れる気配はない。
 慌てている間にも、地面に描かれた紋様は更に光の強さを増していく。

「くっそ、離れねぇ!! どうなってやがる!!??」

「お兄ちゃん!! 助けて!!」

「待ってろ未亜!! 絶対に助けてやる!!」

 大河は更に力を込めて未亜の手から本を離そうとするが一向に離れる気配は無い。
 その間にも、光量は更に増していく。

「おい大河、おかしくないか?」

「何が!?」

「こんな状況なのに、周りには人がいない」

「なん…だとっ!?」

 慌てて周りを見るが、アダムの言うとおり人の姿がまったく見えない。
 先ほどまで、あれほど人通りがあったというのに。
 偶然、という言葉で片付けるには不自然すぎる。

「不自然と言えば、この状況も随分と不自然だがな」

「ってか、こんなファンタジーなこと現実に起こるのかよ!?」

「実際に今起きていることがファンタジーだろ」

「もっともかもしれねぇが非現実的すぎるぞ!!」

「現実として起きてるんだ、受け入れろ」

 そう答えながら、アダムは思いっきり何も無い空間を殴った。
 瞬間、パチッと電気が弾けるような音とともにアダムの拳が弾き返される。

――――― なるほど。見えない壁か」

「どうにかならねぇのかよ!?」

「どうにかなるなら、どうにかしてるさ。
 ただ、どうにもここからは出られないようだ」

「んな冷静に言ってる場合じゃ!!」

 大河の焦るとおり、アダムが魔法陣と呼んだ紋様から発生している光量が鰻上りに増していく。
 光の量が最高峰に達するまで、時間などそれほどないのかもしれない。

「アダム!! 俺とお前が同時に壁を殴ったら突き破れるんじゃねぇか!!??」

「無駄だと思うが、何もしないよりかはマシか」

「そういうわけだ!! 未亜、少し下がってろ!!」

「う、うん…!」

 1歩、2歩と未亜は大河とアダムから離れる。
 未亜が離れるのを確認すると、大河とアダムは同じ方向へ向き直った。
 目の前にある、目に見えない壁。

「カウント3で同時に殴るぞ」

「おうよ!!」

「…3」

 ギュッと2人は握り拳を作る。
 目の前に広がる、見えない壁。

「…2」

 打ち破れない可能性が高い。
 そんな事はわかっている。
 だが、何もしないで諦めるなど愚行以外の何でもない。

「…1」

 当たって砕けろだ。
 もし打ち破れなかったら、その時にまた考えればいい。 
 だからこそ、

「…0」

「でぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「はぁっ!!」

 大河とアダムは、同時に見えない壁の一点を殴り付けた。
 まるで2人の拳を拒絶するかのごとく、見えない壁から大量の雷が吐き出される。

「ブチ抜けぇぇぇぇぇぇえっ!!!!!!」

「オォッ!!!」

 壁から発生する放電現象。
 それは明確な拒絶。
 次の瞬間、大河とアダムの拳の血管が裂け大量の血が噴出した。

「グギッ!!」

「ッ!」

「お兄ちゃん!! アダムさん!!」

「来るな未亜!!」

「ッ!!?」

 慌てて大河とアダムの傍に寄ろうとした未亜を、大河が大声で制する。

「安心しろよ、少し手から血が流れただけだ」

「で、でも!!」

「へっ、妹を守るのが、兄貴の役目だからな」

 グッと力を込める。
 泣き言など、言っていられない。
 そうだとも、妹を守るのが兄の役目。
 ならば、弱気や泣き言など一切不要―――

「だからこそ、こんなところで負けるわけにはいかねぇんだよぉ!!」

 更に力を込める。
 瞬間、壁に少しだけだが亀裂が入った。
 
「亀裂が入った!」

「このまま、ブチ破ってやるぜぇぇっ!!!」

 更に力を込める大河とアダム。
 だが、壁は亀裂が入った瞬間に修復し強度を更に上げた。

「なっ!?」

「更に硬くなった…ッ」

 強度が硬くなっただけではない。
 まるで大河とアダムを押し戻すかのような力のベクトルが働いた。
 その力は、大河とアダムよりも遥かに上。

「うわっ!?」

「ッ!?」

「お兄ちゃん!? アダムさん!?」

 吹き飛ばされた。
 押し返す力に抗いきれなかったのだろう。
 何とか受身を取ったアダムとは対照的に、そういった心得がない大河は盛大に体を地面に叩き付ける。

「ガッ!? ゴホッ!?」

「お兄ちゃん!! しっかりして!!」

「だ、大丈夫だ」

 何とか立ち上がった大河は、再び狙いを壁にへと向けた。

「おいアダム!! もう1度だ!!」

「そうしたいのは、やまやまなんだがな」

「どうしたってんだよ!?」

「すまないが……足が動かない」

「んな馬鹿な事を言ってる場合じゃ……ッ!!??」

 大河は慌てて自分の足を見る。
 まるで、地面と接着されたかのような感触。
 何とか動かそうとするが、どんなに力を込めても足はまったく動かない。

「その様子だと、大河も足が動かないみたいだな」

「くっそぉ!! どうなってやがる!!!???」

 まったく足が動かなくなった途端、ふと大河はある事を思い出した。
 自分達の足は動かない。
 なら、もしかして未亜も――――

「未亜!! まさかお前も…!!??」

「う、うん!! 私も足が動かない!!」

 どうやら、この場にいる3人全員が足を動かすことが出来ないようだ。
 絶体絶命のピンチとは、まさにこの事だろう。

「まぁ、落ち着け2人とも」

 だというのに、アダムはまったくもって冷静だった。
 このような事態だというのにこの落ち着き。
 大河にとっては羨ましくもあるが、同時に妬ましくもあった。

「こんな状況で落ち着いていられるかって!!!」

「今の事態を激流だとするなら、下手に逆らうのは逆効果の場合もある。
 なら、ここは激流に身を任せてみたらどうだ?」

「余裕過ぎるぜ、アダム」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「褒めてねぇ!!」

 光が最高峰に達する。
 漏れ出す光は、まるで白い雪のようにも見えて。
 だが次の瞬間――――― その魔法陣に閉じ込められた3人の姿が透け始めた。

「っておいおい!! これはマジでやべぇんじゃねぇか!?」

「慌てるな大河。こういう展開の場合、決して死ぬことなんてないだろうからな」

「まるでよく知っているような口ぶりだな」

「こんな3流のような展開で死ぬというのも馬鹿らしいと思わないか?」

「まぁ、それもそうか」

 なんとなく納得した大河に、アダムはどこかため息を吐いていた。
 もしかしたら、内心で単純な奴とか思っているのかもしれない。

「お兄ちゃん…」

「心配すんな未亜。絶対に、手を離さねぇからな」

「…うん!」

 ギュッと未亜が大河の手を握ると、大河もそれに釣られたかのように握り返した。
 足が動かないとはいえ、それ以外の部分は問題なく稼動する。
 だからこそ、こうやって手を握る事も出来るわけだ。

「お兄ちゃん、未亜を離さないでね」

「当たり前だろ? 絶対に離すかよ」

 少しだけ冷たい感触が、大河の手に広がっていく。
 それは、間違いなく未亜の体温の感触だった。

「さてっと、蛇が出るか鬼が出るか」

「わからないが、これが何らかの転機になるのかもしれないな」

「碌でもない事の転機ならお断りだぜ?」

「ああ、オレもお断りだ」

 この場においても余裕の態度を崩さないアダム。
 そんな態度のアダムに、大河は少しだけの畏敬の念を覚えてしまう。
 もちろん、ほんの少しだけなのだが。

「空間閉鎖による擬似牢獄と、魔法陣を利用した強制召喚。
 厄介なことに巻き込まれるのは、ほぼ確定か。
 しかし、どうして牢獄の壁に亀裂が」


「あん? 何か言ったか、アダム?」

「いや、何も」

 ため息を吐いたのだろうか。
 表情を確認しずらいほど、3人の全身は透けていた。

「んじゃ、いるはずもねぇ神様に祈るとしますかね。
 どうか、碌でもない事に巻き込まれませんようにって」

 瞬間、許容量を越えるほどの光が発生し、彼らはその場から消失した。
















荒唐無稽な御伽噺の1ページが、静かに開かれた。






【元ネタ集】

ネタ名:悪魔でいいよ、悪魔らしい方法を取らせてもらうから
元ネタ:魔法少女リリカルなのはA's
<備考>
主人公のなのはが敵のヴィータに対していった台詞が元となっている。
この時ヴィータは「悪魔め」と言い、なのはは「悪魔でいいよ」と答えていたりする。
これが原因で、のちに非公式に【管理局の白い悪魔】などと非常に不名誉な称号を得る事となった。
更に、続編で行われた過激な出来事に【冥王】やら【魔王】とか言われる始末。
どう考えても主人公に付けるあだ名じゃないです、本当に(ry


ネタ名:今すぐにインターネット接続を切れ!
元ネタ:メタルギアソリッド2
<備考>
「雷電!! 今すぐにゲーム機の電源を切るんだ!!」から。
この通信が入った時、本気でPS2の電源を切ってしまったのは、今となっては懐かしい記憶である。
ってか、こんなメタな通信をゲーム内で行わないでくれ…マジで、頼むから。


ネタ名:知らなかったの? 大魔王からは逃げられない!!
元ネタ:ダイの大冒険
<備考>
元は「知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない!!」という台詞。
発言者は原作のラスボスであるバーン様。
このダイの大冒険は元を質せばドラゴンクエストの設定が入っている。
そのため、ゲームとしてならラスボス扱いであるバーンから逃げることなど不可能なのである。
この台詞は、その設定を利用して発せられたものであり今でもある種の名言として残っている。


ネタ名:殺意の波動
元ネタ:ストリートファイターシリーズ
<備考>
原作での主な使用者は豪鬼。
生身で深海に潜り、探査艇を【天衝海礫刃】という技で粉砕。
飛来した隕石を【大赤焉】という技で粉砕する上、殺意の波動で次元を超えて異世界に渡る事も可能。
もう何でもありのような気がしないでもない。
隠しキャラとして殺意の波動に目覚めたリュウというキャラがいる。


ネタ名:目にも写らぬ速度で未亜は大河の頭上に移動し、そのまま渾身の手刀を大河に叩き込んだ
元ネタ:CVS
<備考>
これではよく分からないかもしれないが、元は神人豪鬼が使う【禊】という技から。
演出もさることながら、攻撃力が異常であり体力や防御力が低いキャラなら一撃で8割削れるという鬼性能。
おまけに発生が異常に速いので、躱わすのも難しいとやっぱり鬼。
だが、それも敵がラスボスなら仕方がないかもしれない。


ネタ名:刺激があるから人生は楽しい―――― そうだろ?
元ネタ:デビルメイクライ4
<備考>
旧主人公であるダンテがエキドナに対して言った台詞。
戦闘スタイルを見る限り、戦闘者としてはかなり完成されているように思われる。
どのような状況になろうと常に余裕を持つ、一種の超越者の風格も兼ね備えている。
この辺は流石は今までの主人公だろう。
そんなダンテの在り方を、この台詞は見事に示しているわけである。
余談だが本作においても、アダムに多大な影響を与えた人物の1人である。


ネタ名:ここは激流に身を任せてみたらどうだ?
元ネタ:北斗の拳
<備考>
北斗の拳の北斗四兄弟が次兄であるトキの台詞が元。
原作では「激流に身を任せ、同化する!」と言っている。
ようは激流に抵抗しても無意味なので、逆に身を任せ勢いを殺すという意味であったりする。
本編での意味合いは、これから起こる出来事に身を任せてみては、という意味。
ちなみに、アーケード版北斗の拳のトキは最大の戦犯と呼ばれるほど理不尽な強さを誇るとか。


ネタ名:荒唐無稽な御伽噺
元ネタ:デモンベインシリーズ
<備考>
原作での呼び方は【デウス・エクス・マキナ】といい、これはラテン語で機械仕掛けの神という意味。
演劇などでよく使われる手法で、収拾出来なくなった物語を打ち壊し、物語を強引に完結させる方法。
時代劇などで、悪人を正義の侍が成敗するというのもある種この手法を用いられている。
他にも、この荒唐無稽な御伽噺とは主人公である大十字九朗、アル・アジフ、デモンベインの事を指し示す事もある。




あとがき

分かると思いますが、結構なネタの宝庫になっています。
しっかし、物語が進まないなぁ。
いろいろと思うところはありますが、頑張っていきます。
短いですが、この辺で。
ではでは。