深夜。

 既に日が替わった時間帯、大河はベッドで寝転んでいた。

 ベッドにはカエデの匂いが微かに残っている。

 けれども、大河はそれを気にも留めず天井を見上げ続けた。

 既にカエデは部屋にはいない。

 当初、大河は前回の通りカエデに自慰をさせて楽しむつもりだった。

 というか、今回はそれ以上のことをするつもりだった、メイド仕様だったわけだし。

 だが、結局大河はカエデに指一本手を出さずに返したのである。

 カエデの救世主になることを承諾した理由、つまり父の仇を探している、という事情はちゃんと聞けたので秘密の告白という名の信頼は結べた。

 しかしそれだけだった。

 部屋にまで連れ込んでカエデにしたことはベッドの上で寄り添って話し込んだだけ。

 大河は自分らしからぬ紳士ぶりに苦笑を漏らしつつも他のことに気を取られていた。

 他のこと、それは―――――



















Destiny Savior

chapter 61   incompatibility
















 「未亜……」



 今の大河の心を占めているもの。

 それは最愛の妹当真未亜のことだった。

 目を覚ました未亜は特に変わった様子もなく、自分とセルを安心させた。

 記憶に関しては事件前後のことこそ覚えていなかったものの、それはむしろ好都合ともいえる。

 破滅に狙われたことで今後はより一層気を配らねばならないが、それに関してはセルの協力もあるので特に問題はない。

 基本的には一件落着、そのはずなのだ。

 だが、だがしかし、大河の中で何かが落ち着かない。















 『お兄ちゃん、その女の人、誰……?』

 『拙者、ヒイラギ・カエデでござる。師匠とは只今あいび』

 『コイツ、こう見えても新しい救世主候補なんだぜ! すげえだろ!?』

 『大河、必死だな』

 『うるさい黙れセルっ!』

 『お兄ちゃん?』

 『ああっ、未亜さん怒った表情も素敵です!』















 「未亜の奴、どうしちまったんだ……?」



 それは当真未亜という少女と最も長く接してきた大河だからこそ察知できた小さな違和感だった。

 会話の中で未亜に何も変化はなかった。

 セルに対してどこか隔たりのある親愛を見せたことも。

 カエデに対して嫉妬して見せたことも。

 自分に対して好意を見せたことも。

 それは未亜のいつもの対応だった。

 そう、いつもの反応だったはずなのだ。

 なのに、大河の心が己に告げる。

 あれは『違う』と。



 「いや、違うわけじゃない……あれは間違いなく未亜だ。けど、未亜だけど未亜じゃない……?」



 ぶんぶん、と頭を振る。

 だが、その違和感は上手く形にならない。

 思考の片隅に引っかかるものがあるのは確かなのだが、元々深く物事を考えるようにできていない大河の脳は既に容量オーバーに達していた。

 そして大河は迫ってきた睡魔に屈し、思考を打ち切ることにするのだった。



 「んがー」



 あっという間に夢の世界へと旅立つ大河。

 しかしこの時、未亜に対する違和感を形にするまで考え続けなかったことを彼は後に後悔することになる。

 そう、あれだけの言い争いをしたにも関わらず『いつも通り』だった未亜に気がつかなかったことを。















 「良い報告と悪い報告。どっちから先に聞きたい?」

 「……唐突なのはもういいから、せめて窓から入ってくるのはやめなさい」

 「だってつまらないじゃない」

 「貴女という人は、千年の間に脳までが腐って……いえ、元からこういう性格だったわね」

 「何気に酷いこというわね……」



 大河が眠りについた同時刻。

 ミュリエルの私室には二つの人影があった。

 一つは部屋の主であるミュリエル・シアフィールドのもの。

 そしてもう一つは、昼間に騒動を起こし、いつの間にか姿を消し去っていたナナシと呼ばれている少女のものだった。



 「……どっちが貴女の素なのかしら? どうも見ている限りでは二重人格のようなもののようだけれど……」

 「まあ、貴女の知っている、という意味では今の私が素ね。ただ、ナナシも私の魂から生まれた人格ではあるから

  実際のところ二重人格というわけでもないのよ。どちらもルビナスであり、ナナシだから」

 「……よく、わからないけど……それは、大丈夫なのかしら? その、精神の折り合いというか」

 「元々の魂が同一だから特に問題はないわ。今はハッキリと二重人格みたいになってるけど……多分最終的には私とナナシがブレンドされた人格に落ち着くはずよ」

 「ナナシ、という少女にはまだ出会っていないのでなんともいえないけれど……全く、ホムンクルスを作っていたのなら

  それをちゃんと伝えておいてくれていれば……」

 「アルストロメリアにはちゃんと伝えておいたんだけど」

 「彼女の筆不精は貴女も知っていたじゃない! 全く、せめて私がもう少し千年前の世界にいることできていたのなら……」



 アルストロメリアから事情を聞くことができていたかもしれない。

 ミュリエルがそう言いたがっているのを察したのだろう。

 褐色の少女―――――ルビナスは苦笑し、もはや会うことのできない遠い日の親愛なる王女様へと思いを馳せる。



 「……まあ、いいわ。話がそれたわね」

 「そうね……で、どちらから聞きたい?」

 「良い報告からお願いするわ」

 「了解。ダーリン……じゃない、大河くんだけどね。ほぼ間違いなくシロよ」

 「それはどちらの意味で?」

 「破滅に組するものではないという意味で、よ」

 「ヒイラギ・カエデに関しては?」

 「彼女もシロ。というか彼女に関してはこちらの勘繰りがすぎただけのようね」

 「ダリアの報告とあわせて考えても……当真大河は敵ではない、ということになるわね」

 「勿論、貴女の目的からすれば敵になるんでしょうけど」

 「……貴女は、私を軽蔑しているのでしょうね」

 「そんなことはないわ、貴女の考えは間違ってはいない。貴女は自分の信じたとおりに行動したんでしょ?

  貴女は一人だったというだけ。相談できる人がいなかっただけ、それだけよ」















 にこり、と微笑む少女にミュリエルは泣き出したくなる衝動を抑えるのに苦労した。

 世界を破滅から救うという目的の元集い、共に戦ってきた五人の仲間たち。

 けれども、気がつけば仲間は皆姿を消し、残ったのは自分一人。

 孤独だった。

 今まで何度挫けそうになったか。

 今まで幾度死を選ぼうと思ったことか。

 だが、耐えてきたのだ。

 友との誓いがあったから。

 愛しい娘ができたから。

 守りたいものが―――――あったから。















 「泣きたい時は、泣いてもいいのよ?」

 「……泣かないわ。泣くのは、リリィをお嫁に出す時と決めているのよ」

 「ふふっ、それなら近い将来見ることができそうね? まあそれはともかく……これからは一人じゃないわ。私がいる、それに」

 「……オルタラ。まさか救世主クラスの中に彼女がいたとは」

 「そ。あの娘今はリコ・リスって名乗っているのよね? 当然貴女のことには気がついているのだろうけれど……」

 「私の考えを尊重してくれているのね、きっと。あの娘はそういう性格だったから」

 「いつか全てを話し合うときがくる思うけれど……それまでは、誤魔化し、よろしくね?」

 「ええ、私はともかく、貴女のことがオルタラに知れたら色々不都合があるでしょうし」

 「薄々は感づいているかもしれないけどね。禁書庫の一件で存在はバレていると思うし」

 「彼女の前ではナナシ、それが妥当でしょうね」

 「そうね……まあ、バレたらバレた時ということで」

 「アバウトな……やっぱり、貴女性格が変わったわ」



 くすり、と笑いあう二人。

 それは確かに千年前にもあった光景で、ミュリエルは懐かしさに心が暖かくなる。



 「けど、なんだかオルタラ変わったわね? 姿と名前だけじゃなくて……その、雰囲気とか?」

 「つい最近までは昔のままだったのだけれど……そう、当真大河が召喚されたあたりから彼女は変わり始めたと思うわ」

 「ふぅん……オルタラがねぇ」

 「?」

 「わからない? 私はまだ今のオルタラを数回しか見ていないけれど、あれは恋する乙女よ」

 「は?」



 ミュリエルは思わず間の抜けた声を上げた。

 その表情は大変珍しく、娘のリリィがここにいればさぞ目を丸くしたことだろう。

 だが、無理もない。

 いきなり恋する乙女などと言われても堅物なミュリエルはそう反応するしかないのだ。



 「まさかあのオルタラがねぇ……」

 「……そ、その、それは確かなの?」

 「間違いないわね。あの娘の瞳、あれはアルストロメリアが旦那さんに向けてたそれと同じだったもの」

 「そう、そうなの? 私にはわからないのだけれど」

 「相変わらずカタブツなのね……もしかして、まだ処女なの?」

 「しょっ……」



 ボ、と顔を真っ赤に染めて絶句するミュリエル。

 パクパクと動く口は声をつむぎだすことができない様子だった。

 そんな友人の様子を見てルビナスはクスクスと笑う。



 「あ、あ、あ、貴女だって……!」

 「私はダーリンを見つけたもの、だから時間の問題。まあ……貴女の娘とかオルタラとか、ライバルは多いけれどね?」



 そこらの男なら確実に陥落するであろうウインクを受けたミュリエルは深い深い溜息をつく。

 こういった話題が苦手なのは千年前から変わらない。

 そう改めて自覚したミュリエルは話を変えるべく続きを促した。



 「そ、それで……悪い方の報告とは?」

 「強引に話を逸らしたわね……まあいいわ。ハッキリ言ってかなりまずい報告になるから覚悟しておいて」



 少女の言葉が切られると共に場の空気が張り詰める。

 先程まであった和やかな雰囲気など欠片も残っていない。

 見詰め合う鋭い二対の視線。

 そして、ルビナスの口から放たれた言葉はミュリエルを愕然とさせるに足りる衝撃を含んでいるものだった。















 「単刀直入に言うわね。ダウニー・リード……彼は、生きているわ」















仮のあとがき

二年ぶりの更新読者様方はいかがお過ごしでしたでしょうか?
いやホント遅れて申し訳ございません(汗
私がサボリまくってた間も黙々と話数が増えてた『幻想砕きの剣』の時守 暦さんとかもう頭が下がりまくりです。

さて、一応今回でカエデ編は終了ですがカエデの出番自体はふっ飛ばしました
当初の予定ではちゃんと過去語りとかやる予定だったのですが、ベリオの時と違って原作と大して変わりはしないということで飛ばすことに(w
次回からは新章突入、いよいよリコ編ですよっ!