「食堂で騒ぎ?」

 「はい、なんでも死体が動いていただのバラバラ殺人だのと情報が錯綜しているのですが」



 その報告を受けたミュリエルの頬に一筋の汗が流れる。

 事件の中心人物に心当たりがあったのだ。

 幸いにも、鉄面皮を崩さなかったため部下に動揺を悟られることはなかったのだが。



 「場が混乱していたので詳しい事情は不明なのですが、どうやらリコ・リスを除く救世主クラスのメンバーがその場にいたようです」

 「……それで、その肝心の騒動の元凶となった人物は?」

 「はあ、すぐに姿を消してしまったらしく、どうもはっきりとしないのですが……頭に大きなリボンをつけた褐色肌の女の子だったそうです」



 嫌な予感的中。

 ミュリエルは頭痛をおさえながらも、その事件への調査を打ち切るように指示を下した。



 「は? で、ですが……」

 「そんな目立つことをした以上、スパイの可能性はないでしょう。おそらくは学生の悪戯か何か……今はそのようなことに人手を割く必要はありません」

 「わ、わかりました」



 報告者は「納得いかない」といった様子だったがミュリエルの一睨みに慌てて退室していく。

 部屋から誰もいなくなったことを確認した後、ミュリエルはゆっくりと深い溜息を吐いた。



 「ルビナス……」



 その声音に含まれていたのは呆れ。

 そしてわずかばかりの親愛だった。




















Destiny Savior

chapter 60   Apprentice(])





















 「いいのでござるか師匠? あの場を放置したままで」

 「いいんだ。ああいう場は混乱してるうちに逃げるに限る。いいかカエデ、逃げ時を見極めるのも立派な戦術だぞ?」

 「た、確かに……流石は師匠! 普段から気を張っているということでござるな!」

 「ふふふ、まあな」



 混乱のドサクサにまぎれ、大河とカエデの二人は脱出に成功していた。

 皆、ナナシの胴体分離にひっくり返っていたので楽々と場を抜け出ることが出来たのである。

 なお、余談ではあるが、後日のペアバトルの実習でこの二人はリリィ&ベリオのペアにボコボコに叩きのめされることになる。

 放置されていたリリィとベリオはお咎めこそ受けはしなかったが満座で恥をかいた事実には変わりがない。

 その八つ当たり&自分達だけ逃げたという怒りの攻撃を受ける羽目になったのだ。



 「さて、適当に走ったきたが……ここどこだ?」

 「師匠、あそこに人が」

 「ん? ってあれはセルじゃねーか。ちょうどよかった、おーい、セル!」



 二人の目にとまったのは廊下を歩くセルの姿。

 だが、振り向いたセルの姿に二人は少しばかり引いた。

 セルは生気のない、そう、まるでゾンビのような風体だったのである。



 「お〜、大河か……」

 「ど、どうしたセル……なんか顔色悪いぞ? 何か悪いもんでも食ったのか?」

 「いや、まあいつものことさ……」



 ふっ、と哀愁を漂わせて天井を見上げるセル。

 大河はそれを見て、セルに何が起きたのかピンときた。



 (コイツ、またナンパ失敗したのか……)



 不憫な、とまるで出来の悪い息子を見るかのような優しい視線をセルに向ける大河。

 だが、彼はふられた原因が自分にあるとはもちろん知らない。

 知らぬが花、とは正にこのことである。



 「ところでセル、ここはどこだ?」

 「あ? ここは医務室に続く廊下だろうが。お前も未亜さんの見舞いじゃないのかよ?」

 「おお、なんて都合のいい!」

 「は?」

 「いや、気にするな。んじゃ折角だから俺の連れと一緒に行こうぜ」

 「本当は一人で行きたかったんだが……って連れ? どこだよ?」

 「お前の後ろ」

 「お初にお目にかかるでござる」

 「うおぉぉ!?」



 背後からの声に、セルは思いっきり飛び上がる。

 怪我人の癖に元気なジャンプだった。



 「気配なかったぞオイ!?」

 「カエデは忍者だからな」

 「ニンジャ? なんだそりゃ?」

 「あー、まあ軽業師の親戚みたいなもんだ。隠密行動のエキスパートでもあるが」

 「へえ……って、おおっ?」



 落ち着いたのか、まじまじとカエデを見つめたセルが歓喜の声をあげる。

 どうやらセル的審美眼にカエデは叶ったらしい。



 「これはまた可愛らしいお嬢さん! 俺の名前はセルビウム・ボルト。傭兵科所属で現在フリーです! 大河の親友やってます! それでですね」

 「未亜にチクるぞ」

 「……メイド服が良くお似合いで」



 ナンパと同時にカエデの手を握ろうとしたセルだったが、大河の一言にあえなく撃沈。

 しかしその素早い切り替えには感心したのか、カエデはニッコリと微笑んだ。



 「拙者はヒイラギ・カエデ。救世主クラスの新入りでござる。若輩者故迷惑をかけるかもしれぬがこれからよろしくでござるよ」

 「はへ?」



 カエデの名乗りに目を点にするセル。

 それはそうだろう。

 メイド服の見目麗しい少女が珍妙な言葉遣いをすれば誰だって驚く。



 「た、大河?」

 「くっ……くははははっ! セル、これがカエデの国の言葉遣いなんだよ」

 「む、やはりこの言葉遣いはおかしいのでござろうか?」

 「い、いえ、個性的で素敵だと思いますですハイ!」

 「だな、俺もそう思う。それに素で喋らないとやりづらいだろ?」

 「そう言ってもらえると助かるでござる」



 少し照れたのか、頬を軽く赤らめてカエデは微笑む。

 やはり気にしていたのか、肯定の言葉にほっとしたのだろう。

 なお、大河の隣ではセルが「照れるメイドさん、萌え……」と呟いていたりする。

 数秒後、大河の肘打ちが炸裂したのは言うまでもない。















 「いやー、しかしカエデさんが救世主クラスの新メンバーだったとは。メイドの格好してたから全然わからなかったぜ」

 「良い趣味してるだろ? 俺が選んだんだこれ」

 「やるな大河……流石は我が宿命のライバル! しかしあれだな……これでまた救世主クラスには花が増えるな、畜生! 羨ましいぞ大河!」

 「睨んでも代わってやれんぞ」

 「わーってるよ! それにしてもどうしてこう救世主クラスには美人ばっか揃うんだ……」

 「そりゃブスよりは美人のほうがいいからだろ」

 「いや、そりゃそうなんだが……」

 「せ、拙者も美人でござるか?」

 「当然」



 二人の即答に、カエデは小さくなって頬を赤らめた。

 カエデは己に無頓着なのだが、こういった誉め言葉に弱い。

 恐らく故郷ではバカにされてばかりだったからなのだろう。

 まあ、カエデは元々血に弱いという一点を除けば外見も技術もハイレベルなので賞賛を受けるのが本来当たり前なのだが。



 「あれ、シエル先輩?」

 「ああ、セルビウム君。お見舞いですか?」

 「ういっす。未亜さんの容態はどうですか?」

 「ちょうどよいところにきましたね。今未亜さんは目覚めましたよ」

 「マジですか!?」



 医務室から出てきたシエルの言葉に、セルの喜びが爆発する。

 なんだかんだいってもセルは未亜が一番心配だったのだ。

 大河も心底ほっとし、胸を撫でおろす。



 「師匠、未亜……どのとは?」

 「ああ、悪い。カエデにはいってなかったな。見舞いの相手の名前は当真未亜、俺の妹なんだ」

 「なんと、師匠の妹君でござったか」

 「ああ、ちょっとした事件に巻き込まれて今まで気を失っていたんだけどな」

 「それが目覚めたと。めでたいでござるな」

 「だな。それで面会はOKですか?」

 「ええ、構いませんよ。見たところ後遺症のようなものもありませんし……けど静かにしてくださいね?」

 「もちろんっす!」



 ウインクをとばして去って行くシエル。

 セルはその後姿に敬礼を送り、すぐさまノブに手をかけようと手を伸ばした。

 しかし、僅かに大河の行動のほうが早く、入室一番乗りは大河、二番手はカエデ、最後尾にセルという形になる。



 「大河ぁ〜」

 「悪いなセル。兄として一番乗りは譲れないんだ」

 「師匠の妹君……失礼のないようにせねば」

 「いや、そんな緊張しなくていいから」



 苦笑しつつ、後の二人を引き連れて大河は目当てのベッドへと到着する。

 未亜は窓の外を眺めていたのか、大河達のほうを向いていなかった。



 「……?」



 しかし、人の気配を感じたのか未亜はゆっくりと振り向き始める。

 そして次の瞬間、未亜の視線と大河の視線が交錯した。















 「お兄ちゃん?」
















仮のあとがき

未亜、復帰。
ええと、多分次回でカエデ編は終わるはず……終わるはず。
……もしかしたら一話増えるかもしれないけど。
もうちょっと展開をスピーディーに描きたい……イベントを増やしてるからダメなんだよなぁ(汗