「だぁ〜り〜ん〜っ!」
その声が耳に届いた瞬間、大河は頭を抱えたくなった。
声の主に嫌と言うほど心当たりがあったからである。
一秒後、神がかりともいえるスピードで大河の思考が対応を弾き出す。
(無視、この一点に限る)
振り向きたくなる衝動を必死に押さえて何事もなかったかのようにスプーンを拾いに腰をかがめる大河。
が、次の瞬間。
そんな大河の背中に女の子一人分の重みがかかる。
「ぬおっ!?」
当然、不意打ちをくらった大河はそのまま床へ上半身をダイブさせてしまう。
背中には冷やっこい温度と硬めの感触。
大河はなんとか顔だけでもとばかりに顔を上に向ける。
偶然視線の先にあったのは、腰掛けているリリィの綺麗なおみ足とその上の部分だった。
「……おお、ピンクか」
「死ねこのドスケベ!」
大河の視界いっぱいにリリィの靴底が映った。
Destiny Savior
chapter 59 Apprentice(\)
「で、あんたは誰?」
しゃくとり虫のような体勢のままピクリとも動かず、全身から焦げ付いた臭いを発している大河。
それを一瞥してリリィは突然の乱入者ことナナシを睨みつけた。
「はじめまして〜、わたしはナナシと申しますの」
「ふうん、見たところ学園の生徒みたいじゃないみたいだけど、何の用?」
「それは〜、ダーリンを見つけたからおしゃべりがしたかったんですの〜、えへへ」
邪気が一切含まれていない微笑みを未だ沈黙を続ける大河へ向けるナナシ。
自分にはできないであろうその笑みに、リリィは「うっ」と一歩後退した。
どうやら苦手なタイプだと判断した様子。
周囲の者達もナナシからにじみ出ている純粋オーラを感じたらしい。
ナナシに向けられる視線には悪い意味のものは混じっていなかった。
「ええと……ダーリンって、大河君のことですよね?」
「はい〜ですの〜!」
どことなく顔をしかめているベリオの質問にナナシが答える。
ベリオはナナシから感じる「何か」が半分、ダーリン発言が残りの半分といった割合で不機嫌さを顔に表していた。
「む? ということはナナシどのは師匠の伴侶であらせられるのでござるか?」
「もちろんその」
「んなわけないっ!」
ナナシの言葉を遮って大河が跳ね起きる。
カエデのとぼけた発言はもちろんのこと、それにナナシが絡むとどんどん事態がややこしくなる。
それを察した大河渾身の叫びだった。
「え〜! ダーリン酷いですの〜! あの夜のことは嘘だったんですの〜?」
「待て、あの夜ってなんだ」
「私、ダーリンのたくましい腕に抱きしめられて……それに〜、きゃっ♪」
「何がきゃっ♪ だ! 大体抱きしめたってあれは」
ぞくっ
瞬間、大河の背筋に冷たいものが走った。
それは大河にとって馴染み深いもの。
女の子に鼻を伸ばしていたときに未亜から感じていたそれと同じもの。
「ふ〜ん、抱きしめたんですか……」
「い、いや、あれはやむにやまれぬ事情が」
「事情って?」
「え、えとそれは、その……」
ニコニコと微笑んでいるベリオが大河へと迫る。
同じ微笑みなのにナナシのそれとは質が違う。
そんなことを思考の片隅で考えた大河は冷や汗を流しまくっていた。
だが、もちろん事情を話せるはずもなく、大河は助けを求め周囲を見回す。
(だ……誰かいないのか!?)
観客と化した周囲は面白そうに事態の推移を見守っている。
ちなみに目を合わせようとする者はいない。
リリィは不機嫌そうな表情で自分を睨んでいる。
カエデは何やらナナシと話し合っているようだ。
つまり、助けはいない。
「大河君?」
当真大河、万事休す。
「ダーリンダーリンっ」
しかし、救いの女神は思わぬところからやってきた。
この場において一番役に立たないというか騒動の原因であるナナシが割って入ってきたのである。
「な、なんだ?」
助かった。
そう思いつつも大河は油断していなかった。
依然、ベリオの注意はこちらを向いている。
何よりもこれからナナシが何を言い出すのかわかったものではないのだ。
最悪の場合を考え、大河は逃げ出す構えをとりはじめた。
「ダーリン、私はハーレムでも構わないですの」
だが、ナナシの発した一言は最悪の斜め上をいっていた。
「な、ナナ子……お前何を言って」
「ただし〜、正妻は譲れませんの! 第二はカエデちゃんで、第三はベリオちゃん。それで第四にリリィちゃんですの〜」
ざわっ
ナナシの発言に食堂が揺れた。
男子学生は尊敬と嫉妬の目を。
女子学生は興味と軽蔑、それと少しばかりの羨望の目を大河へと向ける。
そして名指しされた当事者達はというと
「なっ、なんで私が数勘定に入ってるのよ!? ベリオだけならともかく!」
「そ、そうです! って違います! リリィ!?」
「ダメですの〜、みんな仲良く、ですの〜」
「そうでござるな」
「って何和んでるのよあんたらは!」
「む、何か不服でも?」
「ありまくりよ!」
「では、リリィどのが第二ということで。拙者は側女でも構わぬ故に」
「そういう問題じゃないっ!」
「ベリオちゃんはダーリンのことが嫌いなんですの〜?」
「い、いえ別にそういうわけでは……」
大混乱である。
しかしこれは大河にとっては好機だった。
四人に注目が集まっている隙にこっそりこの場を離れようと大河はゆっくりと移動を始める。
しかし、天がそんな不埒な行動を許すはずもなく
「んげっ!?」
大河は容赦なく悲鳴をあげて転んだ。
大河はマヌケなことに、先程落としたままになっていたスプーンに足をとられてしまったのだ。
当然、そうなると注目は大河へと移るわけで
「は、はははは……」
気まずさ全開で愛想笑いをする大河。
だが、内心はもう泣きたい気持ちでいっぱいだった。
「あんた……一人で逃げ出そうとはいい度胸ね」
「神の裁きが必要ですか?」
威圧十分に大河の前へと立ちはだかる二人の少女。
しかし次の瞬間、緊迫した場面に波紋が投げかけられた。
「ダメですの〜!」
これはダーリンの危機! とばかりにナナシがベリオとリリィにタックルを敢行したのだ。
当然、三人はもつれるように倒れこんでいく。
美女三人がくんづほぐれつ。
見た目的には艶かしいことこの上ないビジュアルである。
だが、大河を含めた男子生徒達が色欲の目を向けたり、歓声をあげたりすることはなかった。
何故ならば、彼らの目にはとんでもないものが映っていたからである。
「あいたたた……なんてことすんのよこの娘は」
「リリィ、怪我は?」
「ないわ。それよりあんた、なんてことしてくれ……へ?」
「は?」
リリィの目の前には足があった。
ベリオの前の前には手があった。
二人の位置関係を考えればそれは問題ない。
だが、問題はその手足が胴体にくっついていない単品モノということなのだ。
「あ〜ん、とれちゃったですの〜」
ころり、と何かが転がるような音が静寂の中に響く。
リリィとベリオは嫌な予感をはっきりと感じながらも勇気を出して振り向いた。
そこにあったのは生首。
つい先ほどまで自分たちの目の前にいた少女の生首だった。
―――――ぱたっ
最初のリアクションをとったのはベリオだった。
音もなく床に倒れこむベリオ。
リリィは驚きに声も出ないのか口をパクパクと金魚のように開閉させている。
観客は皆固まったままだった。
「おお、ナナシどのは凄い特技を持っているでござるな」
そんな中、気持ちがいいくらいに能天気な声を発したのはやはりカエデだった。
彼女の表情には、純粋にナナシの技術(?)に対する驚きだけが浮かんでいる。
「ナナシは、死体ですから〜」
「なるほど、それで」
ナナシが死体であることにも動じず、生首になったナナシと会話するカエデ。
生首をニコニコと見下ろすメイド、何ともシュールな光景である。
なお、数秒後に食堂で阿鼻叫喚の騒ぎが起こったのは言うまでもない。
仮のあとがき
第二回大河踏まれるの巻。
話が進みません、なんでだ ←余計なイベントを入れるからだ
ナナシ、大騒動をおこしてます。
まあ、普通人の首やら手足やらが何の前触れもなくもげればパニックをおこすと思いますが(笑)