「いいわよ、私は別に……」
「まあまあ、たまにはいいじゃない。ずっと栄養食だなんて味気ないわ」
「いいのよ。朝と晩はちゃんと食べてるんだし」
軽い言い争いをしながら食堂へ向かう二人の少女。
食堂に向かう最中だったベリオと、たまたまベリオに誘われたリリィである。
「それに、救世主クラスの私たちが二人揃ってると目立つじゃない。必要以上に目立つのはあんまり好きじゃないのよ」
「まあ、それは私もですけど……大河君やリコはよく通ってるわよ?」
「大河は何も考えてないバカだからよ。リコは……アレだし」
リコの人間離れした大食いを思い出したリリィは目に見えて顔を青くした。
その意見にはベリオも賛成だったのか、苦笑しつつリリィを「まあまあ」となだめる。
「リコはもう食べ終わってるはずだから大丈夫よ。それに気分転換もたまには必要よ? 毎日図書館にこもりっぱなしじゃあ効率も悪いと思うし」
「全く……あんたも大概世話焼きがすぎるわね。わかったわよ」
「ありがとう、リリィ」
「別に礼を言われるようなことじゃ……って、あ」
「リリィ、どうした……の?」
食堂に入った二人が見たのは、スプーンを向かいの女の子に差し出す大河の姿だった。
瞬間、たまたま二人の近くにいた男子生徒は二人のこめかみに青筋ができるのをしっかりと目撃したらしい。
Destiny Savior
chapter 58 Apprentice([)
「ほら、あ〜ん」
「いや、師匠。そ、それは……」
「なんだよ、俺の酌が……じゃなかった。あ〜んが受けられないってのか?」
「い、いや、そういうわけではなく。なんというか、その」
「なんで自分でやるのは平気なのに、やられる側になるとそうなるんだ、お前は」
ニヤニヤと口元をつり上げながら大河はスプーンをカエデの口へと近付ける。
何故こんなことになっているのかというと、カエデに「あ〜ん」をさせるのに失敗したというのが原因だった。
初めは恥ずかしがるカエデに「あ〜ん」をさせよう(メイド姿なので浪漫度アップ)とした大河。
だが、カエデは大河や周りの者があっけなさを覚えるほど躊躇なくあ〜んを執行したのである。
まあ、本来のメイドならそっちのほうが正しいのかもしれないが、大河としては肩透かしだったのだ。
なので逆に「あ〜ん」をこっちからしてしまおう、とバカなことを思いついたのだが、それが大成功。
カエデのわたわたと慌てる表情を満足気に眺めつつ、大河は更にスプーンを突き出した。
「ほらほら、後少しで入っちゃうぞ」
「あ、ああ……師匠、それだけは許して欲しいでござる」
「駄目駄目、大人しく口を開いてしまえ」
「そ、そんな殺生な……」
「ほれほれ、よいではないかよいではないか」
「って何バカなことやってんのよあんたはっ!!」
すぱーん!
軽快な音と共に、大河の後頭部へメニュー表を振り下ろされる。
当然、衝撃を受けた大河はスプーンを取り落としてしまう。
「いてぇっ!? 何しや……が……る?」
痛みに振り返った大河が目にしたのは、「私不機嫌です」という言葉を表情に貼り付けたリリィ。
そして不気味なほどニコニコと微笑んでいるベリオの姿だった。
「ご丁寧に介抱どうもですの〜」
「いや、女の子が困っているのを助けるのは男として当然ですから!」
一方、奇妙な女の子(ナナシ)に遭遇したセルはというと、やはりというべきかナンパをしていた。
素早く名前を聞き出し、それとなく体の様子(スタイル)をチェックするその手際は蓄積された経験を感じさせるものであった。
ちなみに、セルの中では足がもげていたのは見間違いだということになったらしい。
何故なら、駆け寄った時には足はくっついていたからだ。
「綺麗なお花ですのね〜」
「ええまあ、お見舞いの品ですから」
「ほえ? お見舞いですの?」
「ええ、この後行こうと思ってるんで……あ、もちろん時間はありますから食事は平気ですよ!」
手の花束に注意を向けられたセルは慌てたように頭をふる。
折角久々に女の子を食事に誘うことに成功したというのに、フイになってしまっては勿体無い。
実際問題、未亜のお見舞いはこの後でもできるのだ。
素早く頭の中で計算を終えたセルは、さわやかな笑顔を浮かべると紳士的にナナシをエスコートするのだった。
(ふ、ふふ……もしかして今日の俺ってついてる!? こんな可愛い娘とお近づきになれた上にナンパは成功するし!)
この後は未亜のところへ行こうというのにナンパの成功を喜ぶセル。
この男、本命がいてもチャンスがあれば他の女の子にもキッチリ手を出すらしい。
まあ、その喜びも数秒後には潰されることになるのだが。
「学食ですが、味はいけてますよ」
「そうなんですの? ぐーちゃんやふーちゃんにも今度教えてあげないと〜」
「お友達ですか?」
「そうですの。機会があれば紹介しますの」
「是非!」
喜色満面の笑みを浮かべるセル。
だが彼は知らない。
ぐーちゃんはグール(三百年もの)、ふーちゃんは浮幽霊(事故死で顔がぐちゃぐちゃ)のことだということを。
「つきました。俺のおごりだから遠慮しないで下さ」
「あー! ダーリンですのっ!」
い、を言う前にセルの表情が固まる。
ポーズは笑顔で扉を開けた体勢のままだった。
ナナシは食堂の中に大河がいることを確認すると、一目散に駆け出してしまったのである。
当然、セルのことは放置して。
「おい、セル。そんなところにつっ立ってると邪魔だぞ」
結果、セルは友人に肩を揺すられるまで固まったままだった。
合掌。
「それで、大河君は一体何をしてらっしゃったのですか?」
「いや、その……これにはよんどころない事情がありましてですね?」
大河は逃げ出したくなる衝動を必死におさえていた。
不機嫌そうなリリィはまだいい。
だが、今目の前で微笑んでいるベリオはやばい。
そう直感した大河は必死に打開策を練っていた。
ちなみにカエデはベリオの気に当てられたのか、神妙な様子で固まっていたりする。
「仲がよろしいですね。あ〜んをするだなんて」
わかってるじゃんか!
そう叫びたかった大河だが、口は開かれなかった。
今のベリオに逆らうのは危険だと第六感が警告を発しているのである。
「ああそうだ。相席してもいいですか?」
と言いつつも既に席に座ろうとしているベリオ。
彼女は嫉妬していた。
前史において、普段大河がどんなに他の女の子にモーションをかけても、セクハラを働いても本気で怒ったことがない彼女がだ。
ベリオは普段の言動に反して、意外に貞操観念が薄い。
どんなに相手が浮気性でも、自分を一番に見てくれるのならば、大抵のことは許してしまう。
ある意味、ベリオは救世主クラスの中では最も優しいといえるのだ。
だが、同時にベリオはロマンチストでもある。
特に乙女チックな行為には強い憧れを抱いているせいか、こだわりがあるのだ。
そんな彼女が、好意を抱いている人の「あ〜ん」現場を見たのである。
その憤りはどれほどのものなのか。
「ちょ、ちょっとベリオ……」
「なんですか?」
「な、なんでもないわ」
勝手に相席を決めたベリオに抗議しようとしたリリィがベリオの迫力に口をつぐむ。
リリィにもようやくベリオの迫力が伝わったのだ。
この瞬間、リコを除く救世主クラス全員の中に「ベリオを敵にしてはいけない」という共通認識が生まれたのは言うまでもない。
「ところで、なんでカエデさんはそんな格好を?」
「これは師匠が―――――もごっ」
「み、妙なことを口走るなバカタレっ!」
「へえ、大河君の趣味なんですか。私も今度着てみようかしら?」
「マジ!? できるなら是非お願いした……いや、なんでもない」
ベリオの言葉に飛びつきそうになった大河だが、リリィの睨みに沈黙する。
美女三人に囲まれている大河だったが、見た目とは裏腹に彼の胃はキリキリと痛みを訴え始めていた。
しかしこの後、ナナシの登場により場に混乱がもたらされることを大河は知らない。
仮のあとがき
カエデ編なのにカエデ以外が目立ってることに関してはスルーの方向で(ぇ
もう当初の予定など関係なく話が進みます、あと何話続くんだカエデ編。
ベリオといいカエデといい、救世主クラスの女の子はスイッチが普通の人とは違うようです。