頬が、熱い。

 それは不思議な感覚だった。

 思考がぽーっとなって、どこか足が地面についていないような、そんな感覚。



 (……大河、さん)



 彼の人の名を呟くリコ。

 先程のことを思い出す。

 大河はえらいなと言って自分の頭を撫でた。

 けれど、その前に謝罪の言葉を呟いていたのをリコの聴覚は捉えていた。

 何故大河が謝罪したのかはわからない。

 ただ、はっきりとわかったことはある。

 それは、大河の手が心地良かったということ。

 離れていく大河の手が名残惜しくてつい「ぁ…おしまい、ですか?」と声をあげてしまった自分がいたということ。



 (……いけない)



 リコはそんな自分を自戒した。

 少なくとも今の段階では大河に気を許してはいけない。

 悪い人ではない、それは間違いはない。

 それでも、運命のボタンがかけ違えられていることは十分にありえるのだ。



 「当真、大河……あなたは、私の何なのですか?」



 三度目となる言葉を口に出す。

 答えは返ってこない。

 それでも、リコは思わず呟かずにはいられなかった。



 リコは撫でられた部分に手を伸ばした。

 そこには、まだ熱が残っているようだった。




















Destiny Savior

chapter 57   Apprentice(Z)





















 妙な二人組がそこにいた。

 同じ年頃の男女二人組である。

 普通ならば周囲の者は彼らのことをカップルだと思うのだろう。

 現に二人組の片方はそういうつもりだった。



 「おい、カエデ」

 「なんでござるか?」

 「なんだそのポジションは」



 二人組の片割れ、大河が相方であるカエデに呟く。

 カエデは大河の一歩後を歩いていた。

 それだけではない。

 周囲の人間は気がついていないが、カエデは周囲を警戒しながら歩いているのだ。

 これではカップルというよりはご主人様と召使いである。

 まあ、カエデの格好(メイド服)を見ればそのまんまではあるのだが。



 「と、言われても……拙者はこの位置が落ち着くのであって」

 「日本じゃ昔はそういうのが女の美徳だったらしいが……カエデの故郷もそんな感じなのか? 今はそういうのははやらないぞ」

 「主君の後ろに控えるのは当然のことであるからにして」

 「いや、俺主君じゃないし。あとお前周囲を警戒しすぎ。周りから見れば不自然じゃないけど俺的にはすっげー気になる」

 「そ、そういわれても」



 戸惑うような表情になったカエデに対して、大河は深い溜息をついた。

 前もそうだったのだが、どうもカエデは女の子としての常識のようなものが欠けている。

 まあ、それはある意味救世主クラスの女の子全員に言えることなのだが。

 そんなことを思いつつ、大河は右手を差し出した。


 「ほら」

 「……? なんでござるか?」

 「いや、察しろよ。左手出せ、手を繋ぐから」

 「はあ」



 カエデは大河の言葉の意味がすぐに飲み込めなかったのか、ぽかんとした表情を作る。

 しばらく言葉の意味を咀嚼するように頭をひねり、そして次の瞬間。



 「え……えええっ!?」

 「何故そこで驚く? 基本だろ基本」

 「だ、だだだだって、その……」



 急に真っ赤になり、体をモジモジさせるカエデ。

 メイド服姿とあいまって、見た目は凄く可愛らしいのだが、大河は頭痛を押さえるようにそれを見つめていた。



 (……コイツの羞恥基準が、わからん)



 チラチラ、と大河の右手を見たり見なかったりするカエデ。

 だが、ついに意を決したのか、カエデはゆっくりと左手を伸ばしだした。

 大河はそんなカエデの姿を見て、なんだかなぁと溜息をつく。

 これでは自分まで恥ずかしくなってくるではないか。



 「で、では。いくでござる!」

 「気合入れなくていいから」

 「てやっ!」



 意味不明な掛け声と共に差し出される左手。

 そして次の瞬間、カエデの左手と大河の右手は触れ―――――あわなかった。

 すかっ。

 そんな擬音が聞こえてきそうな勢いで大河の右手はカエデの手をかわした。



 「し、師匠?」

 「……えーと」



 気まずい沈黙が訪れる。

 カエデの表情には「師匠、酷いでござる」という言葉が貼り付けられている。

 周囲の人々も、状況を見守っていたのか責めるような目つきで大河を見ていた。



 (……あれ?)



 大河は、かわすつもりはなかった。

 ただ、なんとなくカエデの手が近付いた瞬間、反射的に手を引いてしまったのだ。

 思わず右手をじっと見つめてしまう大河。

 右手に、何かがついていたわけではない。

 ただ、そこにはかすかな暖かさが残っていた。



 (あ、そういうことか)



 大河は唐突に納得した。

 この手は先程リコの頭を撫でた手。

 その手を他の何かに触れさせることで、この暖かさが何処かへ行ってしまうのではないか。

 そんな馬鹿なことを無意識の内に大河は考えてしまっていたのだ。



 「スマンスマン……ほら、今度は引っ込めないから」

 「……本当でござるか?」

 「本当本当」



 我ながら子供っぽいことを。

 少しの気恥ずかしさを覚えながらも大河は右手を再度差し出した。















 一方その頃、包帯の割合が昨日の半分に減ったセルビウム・ボルトは妙な光景に出くわしていた。

 それはピッタリと壁に張り付いている女の子の姿。



 「な、なんだありゃ……?」



 未亜さんのお見舞いに行くぜ、と花を片手に意気揚々と歩いていたセルにとってそれは異様以外の何者でもなかった。

 まあ、女の子が壁―――――しかも三階の、に張り付いていれば驚くのも無理はないのだが。



 「とうっ!」

 「うええぇっ!?」



 次の瞬間、セルは悲鳴を発した。

 なんと女の子はその場所から飛び降りたのだ。

 ある程度鍛えている人物ならともかく、女の子は少なくとも見た目には普通の女の子だったのだからセルの驚きは当然だといえる。

 まあ、壁に張り付いている女の子が普通かどうかは別の問題ではあるが。

 ちなみに、女の子はミニスカート姿だったのでスカートの中身を見ることももちろんセルは忘れていなかった。



 べきっ!



 しかしセルはきっかり二秒後、自分の目を疑った。

 なんと女の子は痛がる様子もなく着地したのである。

 足が付け根からとれながらも。



 「って駄目じゃん!」



 思わずツッコミをいれてしまうセル。

 大河に劣らぬフェミニスト(可愛い女の子限定)の彼は急いで彼女の元へと向かう。

 だが、セルは混乱していたが故に気が付かなかった。

 女の子―――――ナナシが張り付いていた壁のすぐ横には、学園長室の窓があったことを。















 「というわけでメシだな。そういえば食ってなかったし」

 「腹が減っては戦はできないでござるからな」



 大河とカエデは場所を食堂に移していた。

 当然のことではあるが、二人は注目の的である。

 大河は唯一の男性救世主候補として有名であるし、たびたび起こる騒動の中心にいるということもあって彼の名前を知らない学園生はいないほどだった。

 カエデは昨日召喚されたばかりなのでそういった意味では注目されるのは不自然ではある。

 しかし、彼女は今別の意味で目立っていた。

 カエデの見た目は黒ずくめの格好ということで伝わっている。

 故に今のカエデを救世主クラスのヒイラギ・カエデだと見破っている者はいない。

 だが、カエデはまがりなりにも大河をして「性格はともかく見た目は超一流」と言わしめた救世主クラスの一員なのだ。

 その容姿は人目をひいて当然である。

 メイド服自体はメイド科があるためそれほど目を引くものではないのだが、それをカエデが着ているとなると話が変わるのだ。

 しかも、今のカエデは手を繋がれていた恥ずかしさからか少し頬を赤らめている。

 そんな美少女が有名人の大河に連れられて食堂に現れたのだ。

 これが人目を引かないはずがない。



 「師匠。何か外に増して注目されているような……」

 「気にするな、特訓の一貫だ」

 「は、はぁ……」



 そう言われても、多数の人間に注目されるということはカエデはあまり得意ではない。

 しかも視線の色が侮蔑や敵意ならともかく、何かくすぐったいような、そんな感じなのだ。















 男からは憧れと溜息、女からは羨望と嫉妬を向けられたカエデは居心地が悪いかのように体を縮こまらせていた。
















仮のあとがき

状況が平和に入り乱れてきました。
セルとナナシという異色の二人が出会いましたが、セル×ナナシとかは絶対ないからご安心を(笑)
カエデは普通の女の子として扱われることに慣れていません。
故にそれらしく扱われてしまうと戸惑ってしまうのですね、まあカエデの女の子的な部分は多分にズレていますし。