王女付きの壮年の老人は主の機嫌の良さに目を細めていた。

 ここのところ、主は王女としての責務に忙殺されて歳相応の表情がすっかり消えていた。

 だが、今の彼女はどこかイキイキとしていて、それが彼には嬉しかったのである。



 「爺、手配は終わったな?」

 「はっ、万事ぬかりありません」

 「では、私はレベリオンの資料を再度見直してくる。念のため他にも見落とした資料がないか隅々までチェックしておいてくれ」

 「はっ」



 どこか嬉しそうに礼をする侍従長に少しの疑問を抱きつつもクレアは足を資料室へと向ける。

 友人らの協力は取り付けることができた。

 唯一の不安点であったミュリエルの目的も把握できた。

 少なくとも現時点での不安要素はない。



 (……後は破滅の動きだな。大河の言が全て本当だったとしたら奴らが本格的に動き出す時期は近い)



 考え事は深刻だったがその表情に暗いものはなかった。

 何故ならば、クレアには希望がある。

 候補などではない、本当の意味での救世主が彼女の前に現れたのだから。



 「次に時間が空くのは……」



 スケジュールを思い浮かべながら歩くクレア。

 その表情は、まるで恋焦がれる人を思い浮かべる乙女のようだった。

 クレアは知る由もない。

 自分の友人達がそんな自分を話の種にして恋話をしていることを。




















Destiny Savior

chapter 55   Apprentice(X)





















 「ミュリエルさま。今よろしいでしょうか?」

 「構いません、どうぞ」



 ダリアは扉の中に二つの気配を感じていた。

 しかし、扉を開けてみるとそこには紅茶の入ったカップを片手に書類を読むミュリエルの姿があるだけ。

 もちろん、他に人影はない。

 違和感にダリアは顔をしかめたものの、報告を待っているミュリエルの姿に気を取り直す。



 「ヒイラギ・カエデの召喚及び模擬戦はつつがなく終わりました」

 「結果は?」

 「リリィが相手を務めましたが……リリィの勝利で幕を閉じました」



 ダリアの報告に、ほんの一瞬だけミュリエルの表情が和らぐ。

 ダリアは当然ミュリエルの表情の変化に気がついていたのだが、言及することはなかった。



 (なんだかんだ言っても娘のことは心配してるのねぇ)



 内心で微笑ましさを覚えつつもダリアは報告を続ける。



 「ただ、強いですね彼女は。体術ならば教師と比較しても遜色ありません」

 「それほどですか?」

 「はい。一歩間違えればリリィの敗北も十分ありえました。私の見た限りでは現時点で最も彼女が戦闘巧者に思えます」

 「そう……それで、彼女の様子は?」

 「特に変わったところは……」



 と言いつつもダリアは内心で首をかしげていた。

 一目見たときからカエデの戦闘術はリリィより上だと確信していた。

 模擬戦でもカエデの勝利を疑っていなかったのだ。

 にも関わらず結果はリリィの勝利。



 (う〜ん、何かひっかかるのよねぇ)



 それはダリアの勘だった。

 ヒイラギ・カエデは何かがおかしい。

 ただ、それは悪い意味でのものではなく、他の何か。

 そう、あえて言うなら面白そうな何かがあるような気がする。

 答えになっていないが、ダリアは表情にそれを出すことなく「ま、明日またじっくり観察してみましょ」と問題を棚上げした。

 まあ、次の日にあっさりとその疑問は解決することになるのだが。



 「あ、そういえば。戦闘終了後に大河くんが彼女を運んで行っちゃいました」

 「……何処にですか?」

 「もちろん医務室ですよ。まあ、彼のことだから下心ありの行動だったとは思うんですけどね」



 くすくす、とおかしそうにダリアは笑う。

 ミュリエルは疑っているようだが、ダリアは大河を危険視してはいない。

 警戒くらいはしているが、ダリアの経験と勘は大河を敵と認めていないのだ。



 「ひょっとして、ヒイラギ・カエデを自分の仲間に取り込もうとしてるんですかね?」

 「考えられないことではないけれど……」



 ミュリエルが難しい顔になるのを見てダリアは内心で苦笑する。

 ダリアからすればミュリエルは考えすぎとしか言えない。

 もちろん、学園長という責任者としてそれは仕方のないことではある。

 だが、ダリアにはミュリエルの危惧の理由が学園長として、ということとは別の他の理由があるように思えた。



 「細かいことは書類にまとめてありますので」

 「……わかりました。何か気がついたことがあったらまた報告をお願いします」

 「了解しましたぁん」



 一礼して扉の外に出たダリアは注意深く学園長室の室内の気配を探った。

 だが、やはりミュリエル以外の人の気配はない。

 しかしダリアは第三者の存在に確信を持っていた。

 ミュリエルは気がついていなかったようだが、カップは『二つ』あったのだ。



 (一体誰が……? 凄腕なのは間違いないだろうけど)



 また一つ調査するべきことが増えたことに頭を痛めながらもダリアは自室へと足を向けた。

 もう一枚の報告書―――――すなわち王室への報告書を作成するために。















 「さて、それでは今から『カエデ大胆不敵作戦パートU』を実行に移す! 準備は良いか!?」

 「のぞむところでござるよ。師匠! 拙者を大人の女にして下され!」



 カエデの大胆発言に顔を緩める大河。

 師弟宣言から一夜明けた翌日。

 それはもうあっさりとカエデの本性は皆に暴露された。

 ベリオは驚き、リリィは呆れ、リコは(表面上は)無関心。

 前回と変わらぬ皆の反応を尻目に、大河とカエデは正門にやってきていた。



 「ところで師匠、質問をしてもよいでござるか?」

 「なんだ?」

 「なんでぱーとつーなのでござるか?」

 「大人の事情だ!」

 「え?」

 「それで納得しとけ、な?」



 カエデの肩をがっしりと掴んで微笑む大河。

 その妙な迫力に押されたのか、カエデはカクカクと頭を縦に振るのだった。



 「さて、まず最初に……お前にはこれを着てもらう」



 紙袋を差し出す大河。

 疑うことを知らないカエデは何の疑問も持たずにそれを受け取った。



 「これは……?」

 「特訓用のコスチューム……言わば訓練着だな。お前用にカスタマイズしておいたから専用だ」

 「せ、専用でござるか!」

 「ああ、赤くはないけどな」



 専用という言葉に感激したのかカエデは目をウルウルさせていた。

 しかし、大河はそんなカエデの姿を生暖かく見つめる。

 その表情には「お前、絶対将来詐欺師とかにひっかかるぞ」という言葉が明確に浮んでいた。



 「では拙者、早速着がえてくるでござる!」

 「ああ。楽しみにしてる」

 「は?」

 「いや、なんでもない。それより行動は迅速にっ!」

 「はっ!」



 しゅっ。

 目にもとまらないほどスピードでその場から姿を消すカエデ。

 余談ではあるが、たまたま通りかかった通行者がその光景に目を丸くして驚いていた。















 「し、師匠……」

 「ん、カエデか?」



 数分後、弱々しげな声が大河の耳に届いた。

 しかし、周囲を見回して見るも大河の視界にカエデらしき人影は見当たらない。



 「どこにいるんだ?」

 「木の後でござる」

 「木?」



 言葉に従って木を探してみると、ある一本の木の後で何やらごそごそろ動いている人影があった。

 大河は訝しげな表情を作ると、やや強めの口調でカエデに出てくるように命ずる。

 するとカエデは観念したのかゆっくりと姿を現した。



 「おお……!」

 「あ、あんまりジロジロ見ないで欲しいでござるよ……」



 大河の感動したかのような声音と視線にカエデは軽く身を捩った。

 カエデの服装はメイド服だった。

 しかしそれは学園のメイド科のそれとは異なっている。

 レースやふりふりはやや多めになっているし、何よりもスカートが圧倒的に短い。

 それどころか、サイズが一回り小さかったのかややピチピチな感じである。



 「俺の目に狂いはなかったな」



 うんうん、と自画自賛する大河。

 忍者口調の少女にメイド服を着せる。

 このミスマッチ感は絶対に当たりだ! と確信していた大河にとってこの結果は非常に満足いくものだった。















 かくして、大河にとっては二度目となるカエデの特訓が始まった。
















仮のあとがき

55話にして特訓って……これでようやく半分? ってとこなのに……(汗
カエデメイド発生、未亜といいカエデといい私はどうもメイドが好きなようです(今更)
予定では後二話でカエデ編を終わらせるつもりなのですが……
その後はいよいよ彼女の出番ですしね。