目を覚ました時、最初に目に入ったのは知らない天井。
微かな眩暈の後に、記憶が鮮明に蘇ってくるのをヒイラギ・カエデはまどろみの中で感じていた。
「負けた……で、ござるか」
苦い思いとともにカエデは覚醒する。
と同時に、懸念していた事態が現実になったことに彼女は深い溜息をついた。
「はあ……やはりこの世界の人達も同じ血の通う人達であったでござるよ……新たなる新天地で今度こそはと、せっかく無口でくーるに」
「んぐ」
「っ!?」
カエデは自分の不覚を悟った。
気を抜いていたせいか、すぐ近くの人の気配に気がつけなかったのである。
慌てて(表面上はそう見えないように)懐のクナイを気配へと突きつけるカエデ。
だが、凶器を突きつけられた当人はというと、呑気にバナナをパクついていた。
「よ、お目覚めか?」
Destiny Savior
chapter 53 Apprentice(V)
「おぬし……確か先程の?」
「や〜覚えててくれたんだ俺のこと、感激〜♪」
「うわあっ!?」
クナイを持った手を大河が頬ですりすりすると、カエデは妙な悲鳴をあげて飛びのく。
余程大河の行動が意外だったのか、カエデは目を回しながら距離をとった。
「な、ななななな何をするでござるか!?」
「……ござるか?」
「あ! ……な、何をするか」
慌てて(今度は表面にも現れた)態度を取り直すカエデ。
だが、既にネタが割れている大河にそんな取り繕いは無駄の極みだった。
にやあ、と人の悪い笑みを浮かべると大河はずいっとカエデへと迫る。
「ち、近寄るな」
「ふっふっふ……無駄だよカエデ君。既に君の正体はバレているのだよ?」
「っ!? な、何のことだ」
「わかりやすいなぁ。顔色が一気に変わったぜ? ……お前、演技してるだろ?」
「ぬな、なななななな……何のことでござっ……いや、ことだ!」
「いや、もう手遅れだから。何せ拙者、おぬしが気を失っている間の寝言を聞いてしまったでござるよ、ニンニン」
「うわあああ〜! やめ、やめっ、やめてぇぇぇ!!!」
ぶんぶんと手を振り回して叫ぶカエデ。
前の時と違い、ここ(女子用医務室)は防音が整っているので外にこのやりとりが漏れる心配はない。
大河はカエデの様子をニヤニヤと見つめるばかりだった。
(くっくっく……やっぱあの時素早く動いといてよかったぜ)
目の前で青くなったり赤くなったりする少女にハンカチを差し出しながら、大河は数十分前のことを思い出していた。
「もらった」
カエデのその呟きが漏れた瞬間。
その場にいた大河を除く誰もがカエデの勝利を確信した。
「―――――っ!?」
しかし、次の瞬間。
カエデの動きが金縛りにあったかのように止まった。
トドメをさす絶好のチャンス。
にも関わらずカエデは右手を振り上げたまま彫像のように動かない。
当然、そんな隙をリリィが見逃すはずもなく。
「ヴォルカ!」
放たれた放電の魔法は今度こそカエデへと直撃。
その瞬間、模擬戦の雌雄は決したのだった。
「あ、あらあら〜ん?」
「え、えっと……今何が?」
意外な結末にダリアとベリオは呆然とするばかり。
それは勝者であるリリィも同じだったらしく、彼女は目を白黒させて自分の手のひらと焦げ付いたカエデを見比べていた。
「おう、リリィ! 快勝だったな!」
しかし、ただ一人。
大河だけは素早い動きで倒れたカエデの元へと駆け寄っていた。
大河は見ていたのだ。
カエデの視線がリリィの頬から流れる血に向けられていたのを。
「え、ああ……まあね」
「んじゃ、俺はコイツを医務室に連れて行くわ。気を失っているようだしな」
「え、あ、うん」
「んじゃな〜。また明日の授業で会おうぜ〜♪ あ、ほっぺたの傷は治しとけよ〜」
疾風のようにカエデを担いで闘技場を去って行く大河。
三人が正気に戻るのは、大河が消えてから数十秒後のことだった。
カエデを弟子にしよう大作戦パートU!
それが大河の即席案のタイトルだった。
当然、寝言うんぬんも全部嘘である。
なし崩しに事情を話させ、その流れに乗って前回と同じ展開にしてしまおうという適当かつ単純な考え。
しかし、根が単純なカエデならば恐らく引っかかるに違いないと踏んでの計画だった。
「例えば俺の使命だが……世界を救い、国中……いや、世界中の女の子達を全員俺にベタボレにさせ、ハーレム・ド・ワールドを設立! どうだ!」
「な、なんと壮大な!」
「そうだろうそうだろう?」
そして計画は見事に成功していた。
前史と切欠こそは違うものの、追い詰められたところを慰められたカエデは自身の事情を大河に話したのである。
無口でクールな忍者を装っていたこと。
血が駄目で、そのせいで人を殺すことが……敵を倒すことが最終的にできないこと。
そんな臆病な自分に別れを告げるために救世主の誘いを受けたということを。
ただ、大河は肝心な部分……カエデの真の目的だけは聞くことはしなかった。
自主的にカエデから言い出しでもしない限りあの話は聞くべきではない。
そう思ったからである。
「師と仰いでもよろしいでござるか、大河どの!」
「応! 我が弟子よ! ともに歩もうぞ!」
「お師匠様〜!」
がしっと固い抱擁をかわす二人。
カエデは完全に大河に丸め込まれていた。
大河の壮大な演説(己の欲望を正直にそれらしく語っただけ)に感銘を受けたカエデは前史と全く同じように大河に弟子入りしてしまったのである。
こうして、ここアヴァターの地に、二度目の最強熱血師弟コンビが誕生した。
「あ、興奮したら鼻血が……」
「ぎゃあああああ〜〜!!」
一度目と同じ、前途多難な出だしで。
「さて、今回はどうするかな……前回と同じことやっても芸はないし、何より意味がないしな……」
やおら元気になって出て行ったカエデを他所に、大河は一人医務室で考え込んでいた。
明日、前史と同じくカエデに特訓(という名前のセクハラ)を施すことになったのだが、内容自体は深く考えていなかったのである。
勢いだといってしまえばそれまでなのだが、それではカエデに悪いし自分も楽しめない。
かといって前回と同じことをやっても意味はないということは既に経験済みなのだ。
「ま、それはいったん置いといて……と」
大河は寝転がっていたベッドから跳ね起きると、向かいのカーテンを勢いよく引く。
そこには、眠り姫よろしく静かに目を閉じている未亜の姿があった。
「ったく……隣であんなに騒いでいたのになんで起きないかね……」
皮肉気な口調と同様に、大河の表情は苦笑に歪んでいた。
未亜は、まだ目覚めていない。
診断では目覚めは一両日中、最悪でも一週間以内との見立てだったので焦るほどのことではなかった。
しかし、それでも大河は心配だった。
未亜はたった一人の家族である。
想いの明確な形がわからなくなっても、それだけは大河の中で変わらない事実だったのだから。
「早く起きろよ……」
サラリ、と大河は未亜の髪を撫でる。
大河にこうされることを未亜は好んでいた。
成長してからは流石に人目や体面を気にするようにはなったが、決して嫌がるそぶりは見せなかったのだ。
「ん……」
ふと、未亜が口元をほころばせた。
意識がなくても感覚が伝わったのだろう。
未亜は気持ちよさそうに眠り続けていた。
「お前は、戦わせない。白の主になんてさせない。俺の全身全霊をもってお前を害する全てのものを倒す」
大河は誓いを新たにした。
昨日は間に合ったとはいえ、ギリギリのことだったのだ。
セルがいなければ間違いなく手遅れになっていただろう。
それがわかっていたからこそ大河は強く願った。
力が欲しい、と。
「けど、一番簡単な手段を取ることには尻込み……か。俺ってチキンだなぁ」
赤と白の少女の姿を思い浮かべつつ、大河はギイと椅子を鳴らした。
仮のあとがき
カエデ編の基本的な流れは原作と同じですね。
まあ、原作と同じ部分をダラダラ書いても仕方ないのでできるだけ小さくまとめました。
原作やってない読者さんにはちょっとわかりづらかったかもしれませんね。
次回は城に帰ったクレアの話を挟んでカエデの特訓開始です。