「楽しみですね、一体どんな戦い方をするのかしら」

 「そうねぇん、ニンジャ……だっけ? 体術をメインにしたジョブらしいけど、大河君のそれとはまず違うでしょうね」



 ベリオは興味津々といった表情で闘技場中央を見つめていた。

 体術、隠密行動など、自身と共通点が多いためかダリアも珍しいことに興味を引かれている様子である。

 ちなみに、リコは早々に退散しているのでこの場にはいない。



 「ところで……アレはどうにかならないの?」

 「いや、私に言われても……」



 ベリオが一筋の汗をたらしてダリアの言うアレを見る。

 アレ―――――彼女らのすぐ傍にいる人影のことだった。

 余程落ち込んでいるのか、人影が黒いモヤモヤとした何かを背負っているのを肉眼でも確認できるくらいである。



 「そ、そんなに自分が選ばれなかったことがショックだったのかしら……?」

 「あ、始まるわよぉん!」



 ダリアの言葉を受け、反射的にベリオは闘技場中央へと視線を戻す。

 そこにいるのは二人の少女。

 救世主クラスの新入りことヒイラギ・カエデと救世主クラス主席のリリィ・シアフィールドだった。




















Destiny Savior

chapter 52   Apprentice(U)




















 「さあ転入生! 私への挑戦権をあげるわ。勝てばいきなり主席になれるチャンスよ!」

 「ふっ、オバカマジシャンめ……エサで釣ろうなどとは笑止千万! 男は黙って目で語るのだ!」

 「私は女よっ!」



 全員の自己紹介を終えた後、やはり前史の通りダリアから模擬戦の開催が宣言された。

 当然、リリィと大河がその相手に名乗りをあげる。

 しかし、引くことを知らない二人の舌戦ではいつまでたってもラチがあかない。

 故にカエデに対戦相手を選ばせるという展開になったのだが……



 「それでは……」

 (ふっ、リリィめ、存分に悔しがるがいい! お前がなんと言おうが結果はもう決まってるんだよ)



 大河は自分が選ばれることを確信していた。

 最初のテストの時と違い、今度はサイコロなどで結果が決まるわけではない。

 純粋にカエデの意思だけが働くのだ。

 ならば自分が選ばれないはずがない、と大河は心中で小躍りする。



 (さて、どうしよっかな〜? もうダウニーもいないことだし変形も使えるからな! むふふ……あの形態を試すのも……あ、カエデが相手じゃあ駄目か)

 「彼女、で、お願いする」

 「よし、この俺様が胸を貸してや……ってはい?」



 大河は何かの聞き間違い、見間違いだと思った。

 何故ならカエデが指差したのはリリィだったからである。



 「な、なんだってぇぇぇ!?」

 「ふっ、当然の選択ね。ほらほら大河、あんたは邪魔なんだから大人しく観戦でもしてなさい?」



 選ばれたリリィはまるで鬼の首を取ったかのように大河へと勝ち誇る。

 非常に大人気ないといえば大人気ないのだが、今の大河には言い返す気力はなかった。

 何故!?

 それだけが大河の心中を占めていた。















 「お、俺の計画が……」



 アレこと当真大河は合図と同時に駆け出す二人の少女を呆然とした目で見つめていた。

 模擬戦は開始された。

 もはや対戦相手の変更はありえない。



 「なんでだ……」



 沈み込む大河。

 彼はわかっていなかった。

 前回、カエデが大河を選んだ理由は、カエデの先見の明とその心根が大きく関わっていた。

 カエデは忍びという在り方とは裏腹に、その心根は武人のそれである。

 故に戦うのならば強い方を選ぶのが自然。

 あの段階ではリリィの方が総合的には上だっただろうが、カエデは大河の潜在能力の高さを見抜いていたのだ。

 では、何故今回は大河を選ばなかったのか?

 理由は簡単である。

 大河が怪我をしていたからだった。

 いくら大河が強かろうと怪我、それもかなりの深手を負っていては全力が出せるはずがない。

 忍びとしては大河を選ぶのが自然なのだが、カエデはその心根故にリリィを選んだのである。

 まあ、大河から発せられている煩悩オーラに腰が引けたという事実も少しだけあったのだが。



 「た、大河君……ほら、いつまでも落ち込んでないで」

 「あー畜生め、こうなったらポロリでも期待するしかねーじゃねえか」



 完全にやさぐれている大河にベリオは苦笑することしかできなかった。

 しかし、二人がそんなことをしてる間もカエデとリリィの戦いは続く。

 カエデを近付かせまいと魔術を打ち込むリリィとそれをかわしながらチャンスを窺うカエデ。

 カエデが接近できるか、できないか。

 勝敗の分かれ目はただそれだけだった。



 「リリィ……苦戦してますね」

 「そりゃさっき一戦やらかして万全じゃない上に、相手は対戦が初めてで手札が読めない忍者だぞ? リリィの不利は否めないって」



 ベリオの心配そうな声に対して、大河はお気楽な声音で二人の戦いを評する。

 自分には関係ないからともはや完全に傍観モードの大河だった。



 「では……大河君はリリィが負ける、と?」



 ベリオは大河の言葉に僅かながら表情を硬くした。

 新入生がいきなり主席のリリィを破る。

 大河が実演寸前だったことを考えるとありえないことではないが、やはりそんな事態はベリオには望ましくなかった。

 自分に都合が悪いからではない。

 強い仲間が増えるのはいいことだ。

 だが、その場合敗北してしまったリリィがどうなるか……ベリオの心配はその一点にあったのだ。



 「いや、勝つのは多分リリィだ」



 だが、大河の返事はベリオの予想とは反対のものだった。















 「くっ!」



 リリィはバックステップをしながら炎の魔法でカエデの接近を牽制していた。

 戦況は間違いなく自分の方が不利。

 それがわかっていたリリィはギリッと唇を噛み締めて打開策を練っていた。

 リリィは確かに優秀ではある。

 だが、その戦い方や考え方は教科書の域をでない。

 故にカエデのような自分の知識の範囲内にない戦い方をする相手とぶつかると途端に劣勢になってしまうのだ。



 対して、カエデは相手がどんな戦法を使おうがそんなことは関係ない。

 殺すか、殺されるか。

 例え自身は殺しが出来なくても、そんな環境の中で育ったカエデは一対一の戦いにおいて動揺することはある一点を除いてはない。

 ましてや、魔法は見たことがなくても火や土が何もないところから現れるのは火遁の術や土遁の術で知っているのだ。



 (厄介ね……大河とは反対、スピードと技のヒットアンドアウェイで戦うタイプか……タイミングさえ掴めれば大きいのを叩き込めるんだけど)



 だが、リリィはそんな劣勢の中でも冷静さを失わずに自分の勝機を窺っていた。

 カエデの動きのパターンを見切ろうと攻撃のタイミングをずらしたり、威力を変えたりと色々工夫する。

 リリィは秀才タイプではあるが、その才は天才にも劣らないのだ。



 (……1、2、3。よし、このタイミングは掴めた)



 短い戦闘の中で見たカエデの回避のタイミングを全て頭に叩き込むリリィ。

 もちろん、カエデの行動パターン全てを覚えたわけではないが一定のパターンさえ覚えてしまえば後はその一定の行動を取らせればいい。

 リリィは勝負とばかりに詠唱を開始した。



 「むっ!」

 「ブレイズノン!」



 リリィの変化を察したカエデがそうはさせじと接近を試みる。

 しかし、リリィの牽制に後退。

 バックジャンプで距離をとろうとする。

 そう、リリィの狙い通りに。



 「―――――もらったわ! ヴォルテカノン!!」



 雷魔法の上級呪文がリリィの手のひらから発せられる。

 一直線にカエデへと向かう雷光。

 空中にいるカエデにはそれを避ける術はない。

 そして雷光はリリィが思い描いた通りに目標へと着弾した。



 「やった!?」

 「いや、まだだ」



 ベリオの安堵の声と、それを否定する大河の声が小さく響く。

 そして次の瞬間、ベリオとリリィは驚愕に目を見開くことになる。

 雷光は確かに着弾した。

 しかし、そこにあったのは真っ黒に焦げた丸太―――――変わり身の術である。



 「なっ―――――!?」



 ゾクリ。

 瞬間、リリィはいいようのない何かを背筋に感じた。

 それは殺気。

 リリィは自身の感覚の命ずるがままに横へと体を転ばせた。

 一瞬の後、リリィの立っていた場所へクナイの群れが突き刺さる。

 リリィは頬に走る微かな痛みに顔をしかめさせ、その光景を青褪めた表情で見ていた。



 「もらった」



 静かな声。

 リリィはその瞬間、自身の危機を悟った。

 眼前にカエデが迫ってきていたのだ。

 振り上げられるカエデの右腕。

 リリィは間に合わないと悟りつつも詠唱を開始する。















 数秒後―――――勝者として立っていたのはリリィだった。
















仮のあとがき

大河、またしても予定外が起こるの巻でした。
カエデが前史で大河を選んだ理由は私個人の解釈です。
まあ、大河の方が弱そうだったから……ってことも十分ありそうではあるんですけどね。
アヴァターデビューを狙ってた以上、カエデとしては華々しく勝ちたかったでしょうし。
リリィは大河戦ではあんなでしたが普通の精神状態ならこれくらいは強いです。