「おお、ミュリエル。遅れてすまなかったな」

 「あ、いえ、お気になさらないで下さい」



 僅かに予定の時刻よりも遅れて会合の場に登場した王女の姿を見て、ミュリエルは目を丸くした。

 ミュリエルの耳にも王女が行方不明になっていたという報告は届いている。

 王女の後ろに控えている護衛がとても疲れた表情をしていることから考えても間違いはない。

 だが、驚くのはそこではなかった。



 ミュリエルはその立場上王女と顔を合わせることが多い。

 苦悩する顔、凛々しく臣下を見つめる顔、救世主候補の成長に喜ぶ顔。

 この年頃の少女がするにはふさわしくない幾多の顔をミュリエルは見てきた。

 しかし、そんなミュリエルでさえ見たことはなかったのだ。



 ―――――満面の笑みを浮かべ、ご機嫌さを前面に表している子供らしいクレシーダ・バーンフリートの姿は。




















Destiny Savior

chapter 51   Apprentice(T)





















 「おそぉ〜いぃん。何やってたのぉ? 大河くん以外はみんなきてるわよぉん?」



 ダリアの不機嫌そうな表情に出迎えられた大河は、室内に足を踏み入れた瞬間背中に冷たいものが走るのを感じた。

 室内にいるのはぷくっと頬を膨らませたダリアと落ち込んでいるリリィ、それと我関せずの表情で準備を進めているリコ。

 そして……これ以上ないくらいの迫力の笑顔でこちらを見つめているベリオだった。



 「べ……ベリオさん?」

 「うふふ……遅かったですね、大河君?」

 「お義母さまに叱られた……お義母さまに……」

 「あ、いや、その……医務室で手当てをば……」



 無意識に後ずさる大河。

 だが、後にはひんやりとした壁しかなく、大河はベリオから発せられるプレッシャーをただ耐えることしかできなかった。



 「手当てなら、私がしてさしあげたんですけど……?」

 「い、急いでたもんで……」

 「お義母さまに叱られた……お義母さまに……」

 「逃げるために、ですか……?」

 「け、決してそんなつもりは……」



 ついにベリオは大河を追い詰めた。

 大河はもう顔面蒼白で卑屈全開である。

 なお、リリィはそんな周囲の空気に関係なくひたすらブツブツいいながら落ち込んでいたりするのだが。



 「え〜と……」



 そんな教え子たちの光景を見て、ダリアは頬に一筋の汗を流し、ビビっていた。

 教育現場の崩壊はやはり何度でも起こるらしい。



 「ま、まあ、いいわ。では時間も押しているし、すぐに召喚の儀式を始めましょう」



 そして、やはりダリアは多くの教師と同じように崩壊の兆候を見てみぬふりして傷口を広げたのである。















 「アニー ラツァー…… ラホク シェラフェット…」



 静かになった室内にリコの声が厳かに響き渡る。

 ようやく立ち直ったリリィ、そして何故かスッキリとした表情のベリオは真剣にその儀式を見守っていた。



 (さて、いよいよか……)



 大河はヒリヒリ痛む頬(ベリオに抓られた)を押さえつつ、二人と同じように真剣な表情をしていた。

 これから現れるのは最後の救世主候補。

 そして、その救世主候補はもちろん大河の良く知る少女でもあった。



 「ベソラー コハヴ シェラヌ ティクヴァー」



 リコの口から流れ出る不思議なメロディーを聴きながら、大河は思い出す。

 ヒイラギ・カエデ。

 大河の弟子にして、大河以上のオバカさを誇ったへっぽこ忍者。



 『師匠! あとほんの少しでござる! 立ってくだされ!』



 しかし、同じ前衛系として誰よりも大河の横で戦い続けた最も頼りになる仲間の一人。

 ベリオやリリィと共に自分の背中を押し続けてくれたかけがえのない戦友。



 「シシート アホット アフシャヴ キュム シェラヌ カディマー」



 大河が回想を終えるのとほぼ同時にリコの詠唱が終わりを迎える。

 リコの目の前の空間がゆっくりと歪み、ぼんやりと人の影を床に落とす。

 そして、空間の歪みだったものが、ゆっくりと、しっかりした形を作っていく。



 「だ〜い成功♪」



 ダリアの雰囲気ぶち壊しな発言と共に、六人目……否、五人目の救世主候補が姿を現す。

 その人物は、大河が思い描いていた少女の姿と寸分違わなかった。



 「成功だわ……」



 ベリオの呟きと共にゆっくりと目を覚ましていく少女。

 この瞬間、世界の運命を握る全ての役者がここアヴァターに揃ったのである。















 「ヒイラギ・カエデちゃんだったわね? ようこそ救世主(メサイア)♪ 根の世界アヴァターへ! あなたこそは五人目の救世主候補よ」

 「……」



 相も変わらず平等を絵に描いたかのような態度で少女―――――カエデに接するダリアを見つつ大河は腕を組んでいた。

 今回はいきなりナンパ! なんてことはしていない。

 今回はクールに決めよう、と企んでいることと、後ろに控えているベリオが怖かったからである。



 「で、こっちがあなたのクラスメートとなる……」

 「俺は当真大河、よろしくお嬢さんっ!」



 だが、体に染み付いた反射行動はどうしようもなかった。

 大河は数秒前の誓いもむなしくカエデに駆けよってしまったのである。



 「っ!?」

 (……あ、いけね)



 大河は己の行動を後悔するも、時既に遅し。

 カエデは後にサッと飛びのくと右手を宙に差し上げたのだ。



 「来たれ、黒曜!」



 瞬時にカエデの右手が淡い光に包まれ、そこに輝くような黒色の手甲が現れる。

 そして、その場の皆がそれに目を奪われた瞬間。

 カエデの右手が目にとまらないほどの速さで大河の顔面へと伸ばされた!



 「……な」



 しかし、驚愕の声をあげたのは大河ではなく、カエデだった。

 カエデの右拳は確かに大河の顔面ギリギリで寸止めされている。

 だが、カエデの首筋にも大河の召喚したトレイターが寸止めされていたのだ。



 「っ!?」

 「大河君!?」



 リリィとベリオの困惑した声を他所に、大河はニヤっと笑ってカエデを見つめた。

 そう、大河だけはカエデの行動に反応したのである。

 初めから『知っていた』故の反応なのだが、皆を驚かすには十分だったのだろう。

 大河は周囲の者の反応に気を良くしながらゆっくりとトレイターを引いた。

 無論、カエデの黒曜は引かれることはなかったのだが。



 「すっごぉぉい! 大河君のセクハラ攻撃を相打ちとはいえ、寄せ付けないなんて♪」

 「止めましょうよダリア先生!」



 能天気なダリアの歓声にベリオの常識的なツッコミが入る。 

 カエデは周りの雰囲気と自分のしていることの不整合に気がついたのか、戸惑った表情を作っていた。



 「OKOK落ち着け……まずは友達から始めようじゃないか」

 「……トドメをさしていいわよ」

 「どうしていちいち微妙に誤解を招くような発言をするんですか……」

 「……」



 三人の漫才に呆れたのか、すっとカエデは身を引くと召喚器を消した。

 大河はそんなカエデの姿をじっと見つめ、ニヤニヤと微笑んでいた。



 (……ふ、そうしていられるのも今のうちだぞカエデ……)



 自分の視線にやや動揺した気配を見せるカエデを見て、大河は心中でほくそえんでいた。

 未来の出来事を覚えている大河は、カエデの今の態度が演技だということはわかっている。

 新たなる新天地では無口でクール、そんな計画を企てていたということをカエデ本人の口から聞いているのだ。

 本来の彼女を知っている大河からすれば今のカエデの迫力など恐れるに足りない。



 (この後は……ぐっ……ぐふふ……)



 卑猥な笑みを浮かべる大河。

 史実通りならば、この後はカエデのテストということになる。

 そしてその相手が自分であり、自分が勝利するということは経験済みなのだ。



 (……ふふふ、あんなことや、こんなことを……)



 卑猥を通り越して邪悪な表情へと変わっていく大河。

 前回、カエデに施した『特訓』を思い出しているのだ。

 大河は今、たまっていた。

 何が、と問うてはいけない。

 あの図書館地下の戦い以降、ずっとベッド生活だったのだ。

 健康な青少年がそんな女っ気のない生活をずっとおくっていれば色んな不満がたまるのは当たり前である。



 大河は自分の勝利後に行うカエデへの特訓(セクハラ)を思い浮かべ、ひたすらニヤついていた。















 リリィやベリオから自己紹介をされているカエデの背筋に悪寒が走ったのは、決して彼女の気のせいではなかったのである。
















仮のあとがき

ついにカエデ登場!
サブタイは「弟子」ですね、まんまですが。
当初の予定では彼女の出番はあんまりなかったんですが、読者様の声と私の心境の変化(笑)により、扱いのレベルを上げようと思っています。
それがどんな感じになるのかは次回以降のお楽しみですね〜