当然のことではあるが、フローリア学園に潜り込んでいる王室の諜報員はダリア一人ではない。

 教師、用務員、果てには学生。

 厳選された潜入のエリート達が学園に隠された謎をあばくために潜入しているのだ。



 「いたか?」

 「いや、いない。ダリアさんの力を借りるわけにはいかないのか?」

 「駄目だ。ダリア様は今召喚の儀の方に行ってる!」

 「昨日侵入者が現れたばかりだぞ!? 万が一にも殿下に身に何かが起これば俺たちの首だけではすまんぞ!」

 「とにかく探せ! 学園内にいるはずだ!」

 「あのお方は、いつものこととはいえ……」



 しかし、今の彼らは一人の少女を探すことに躍起になっていた。

 探し人は学園到着と共に突如消えてしまったクレシーダ・バーンフリート王女。

 自分たちの上司の姿を求めて、彼らは駆けずり回っていた。




















Destiny Savior

chapter 50   Princess(W)





















 「俺はさ、他の奴らと違って別に世界を救いたいから、とか破滅に蹂躙される人々を助けたいから、とかそんな立派な志で救世主候補を承諾したわけじゃない。

  救世主になれば女の子にモテモテ、皆のヒーローとして注目の的! とか思ってたんだ」

 「人が求めるものは人の数だけある。救世主候補といえども然りだ」



 大河から視線を外すことなく、真剣な表情で相槌を打つクレア。

 大河の不純極まりない発言にも、彼女は眉一つひそめることはなかった。



 「まーな……けどさ、あいつらと、仲間たちと過ごしているうちにさ……喧嘩して、馬鹿やって、そんで居心地が良くなって……

  この場所を守るためにも戦ってもいいかなって、そう思えるようになった」

 「…………」



 クレアは大河の言葉に違和感を覚えた。

 大河の言葉は過去形だった。

 無論、文章は間違っていない。

 ただ、クレアにはその過去形がもっと昔の意味での過去形に思えたのだ。



 「けどな、現実ってのはいつも非情だった……たった一つのすれ違いだったんだ。それだけで、俺は全てを無くしちまった」



 自嘲気味に苦笑する大河の表情。

 クレアはその表情が、死の間際の老人のように見えた。



 「だからかな……いつも思っちまうんだ。あの時俺がもっと強ければ、言葉に想いをこめられていたらって」

 「……たらればを論じても過去は変わらぬ」

 「そうだな。だからこそ俺は戦うんだと思う。あの時手からこぼれていったものはもうすくうことはできないけど……

  もう二度と、大切なものは失いたくないから……な」



 拳を握り締める大河。

 かける言葉はたくさんあった。

 だが、クレアは口を開くことが出来なかった。

 何故ならば自分は大河の仲間でもなければ家族でもないのだから。



 「俺は正直なところ、俺の大切な奴らさえ守れればそれでいい。全ての人を救おうなんて無理な話だし、そんなこと神にだって無理だろうからな。

  見ず知らずの人間が何人死のうが大切な人たちを守りきれればそれでいい。だから戦うべき時は戦う。二度と後悔はしたくない」

 「大河……」



 クレアはただ驚愕することしか出来なかった。

 大河の意志に気圧されてしまったのだ。

 王宮で海千山千の人物たちと渡り合ってきたはずのクレシーダ・バーンフリート王女が。



 「大河……お前は、何を知っている……いや、何を」



 震えそうになる声は最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。

 だが、それでもクレアは視線をそらすことはしなかった。

 ここで視線をそらしてはいけない。

 ただ、そのことだけには確信が持てたのだ。



 「聞けば、後戻りはできないぞ? それでも……聞くのか? 聞きたいのか?」



 大河の視線がクレアを射抜く。

 返答を誤れば殺されるとすら思えてくる鋭利な視線。

 しかし、クレアはそこから逃げることはしなかった。



 「私をなめるでないぞ、大河」



 ぶつかりあう視線。

 永遠とも思える長い長い一瞬。

 先にそれに屈したのは―――――瞳をゆるませたのは大河だった。



 「……ははっ、流石だなクレア。いいぜ、合格だ。話してやるよ、全てを……な」















 後に、クレシーダ王女はこの時のことをこう語っている。

 自分は数多くの戦を経験してきた。

 人と人が血を流す戦。

 陰謀渦巻く政治的な戦。

 強力な恋敵たちとの戦。



 だが、後にも先にもあの瞬間以上の勝利を得たことはなかった、と。















 「―――――で、俺は今ここにいるってわけだ」



 大河の話が終わる。

 クレアは目を見開いたまま微動だにすることはなかった。

 それはそうだろう、と大河は思う。

 語られたのは未来の出来事。

 しかもその上目の前にいるのはその未来から逆行してきた人間。

 こんな与太話をいきなり受け入れる人間がいるとしたらそれは余程のバカか大物である。



 「ま、信じるも信じないもお前の自由だ。っていうか普通信じないと思うが」



 余裕そうな表情を保つ大河だったが、内心では少しだけ緊張していた。

 全てを話した(未亜のことはある程度ぼかしたが)以上、クレアの反応次第では今後が大きく変わる。

 最悪、クレアの命令で捕まることすらありえるのだ。

 数秒後、クレアが口を開いた時は思わず身構えてしまったくらいだった。















 クレアは荒唐無稽かつ驚天動地の大河の話を聞いて、混乱していない自分の思考を不思議に思った。

 普通に考えれば大河の語ったことは狂人の妄言である。

 だが、魔道兵器レベリオンのマスターとなっていたクレアには、大河の言葉に真実が含まれていることがわかってしまったのだ。

 封印されていた資料。救世主への疑問。

 それら全てを今の大河の話は補完していたのだから。



 「一つ、聞きたいことがある」



 大河の語ったことが真実か、そうでないのか。

 確かにそれは重要な問題ではある。

 だが、クレアはそれよりも気になることがあった。



 「何故……それを私に話した」



 驚くほど冷静に、クレアはその言葉を発した。

 大河はその言葉に少しばかり意表をつかれたのか、困ったなとばかりに頭をボリボリとかいていた。



 「バカなガキがいたのさ」

 「え?」

 「ガキのくせに国なんてくそ重いもん背負って、最後まで国なんてもんに尽くして、ただその為に死んでいったバカなガキが……な」



 大河の悲しそうな視線を受けて、クレアは瞬間的に悟った。

 それは自分のことなのだと。



 「正直な、最後まで俺は一人で全部やるつもりだった。確かにお前の協力を得られればそれだけで随分楽になる。けど、そのつもりはなかった」

 「では、何故」

 「さっきも言ったが……俺は見ず知らずの人間のために命をかける気はない。大切な人たちさえ守れればいい。けどな……」



 大河の視線が変わる。

 悲しそうな視線から、大切なものを見守る視線へと。



 「お前は、そうじゃないだろう?」

 「―――――っ!?」



 クレアは、息を呑んだ。



 「俺からすればお前は将来有望株なだけのただのガキだ。だからこそお前はガキらしく笑ってないと駄目なんだ」

 「大河、お前」

 「俺がこうやって話すことで少しでもお前が楽になるなら、お前が死なないですむなら、少しくらい危険でもいいと思った、それだけだ」



 ガラじゃない、と思ったのだろうか。

 大河は照れたように頬を染めると横を向いてクレアから視線をそらした。



 「大河……」



 クレアは湧き上がる何かを押さえつけるだけで精一杯だった。

 今の言葉はすなわち自分が大河の大切な人たちの中に含まれていることを意味する。

 それがただ嬉しかった。

 大河が、自分のことをただ一人の人間として思ってくれているのが嬉しかったのだ。



 「大河」

 「なんだよ」

 「私は決めたぞ。お前の言葉を信じる」

 「……は!?」



 いくらなんでも決断が早すぎだ。

 そんな言葉を表情に表したかのような大河の顔を見て、クレアは笑った。



 「ふむ、今の話の裏づけをとると共に今後の対策を吟味せねばな。これから忙しくなりそうだ」

 「お、おい。いいのか? そんなあっさりと」

 「見くびるな大河。私はこれでも人を見る目はあるつもりだ。お前は嘘を言っていない、それだけがわかれば十分ではないか」

 「んな……」

 「む、いかんな。もうミュリエルとの会合の時間が迫っておる。名残惜しいが私はこれで失礼するぞ」

 「く、クレア?」

 「詳しいことはまた今度話そう。お前とまた会える日を楽しみにしている」



 今までの硬い空気はなんだったのかといわんばかりの勢いでクレアは動き出す。

 大河はそれを呆然と見つめるばかり。

 だが、クレアが退室する瞬間に口にした一言だけは何故か大河の耳に残っていた。















 「大河……ありがとう」
















仮のあとがき

祝! 50話到達!
大方の人が予想した通りクレアに事情説明です。
さあ、もう完全に事態は変化しましたね。 ←何を今更
いよいよ次回は最後の救世主候補にして最後のヒロインが登場です。