「……あやつらには悪いことをしたな、許せよ」

 「いや、許さん」



 こっそりと闘技場の外へ出たクレアの前に降り立つ一つの人影。

 クレアはその人物を見て驚愕した。

 何故ならば、その人物はまだ闘技場の中にいるはずであり、自分を先回りすることなどできるはずがなかったからである。



 「な、何故……」

 「オイタをしておきながら逃げられるとでも思ったのか、クレア?」



 ニヤ、と口元を吊り上げて不敵に笑ったのは当真大河その人だった。




















Destiny Savior

chapter 49   Princess(V)





















 「しっつれーしまーす。お、よしよし、やっぱいないか」

 「こ、こら放せ! 私にはこれから用事が……」

 「どやかましい。人に迷惑かけておいてトンズラしようなんてガキは俺がたっぷり教育してやる」



 大河がクレアを連れてきたのは医務室だった。

 この時間は保険医がいないということもあるが、大河自身も手当てをしたかったのでこの場所を選んだのである。



 「ちょっと待ってろ、先に手当てしなけりゃなんねえしな」



 ポイッ、とゴミを捨てるかのようにクレアをベッドへと放り投げる大河。

 当然、クレアはそんな扱いをされて愉快なはずはなく、途端に口を尖らせて抗議の意を示した。



 「こら、レディはもっと丁寧に扱わんか。ここに来るまでもまるで荷物を担ぐかのように運びおって」

 「俺は守備範囲外の女はレディとして扱わんと決めてるんだ」

 「む、それは差別ではないのか」

 「じゃあ何か? お姫様抱っこでもしろというのかお前は」

 「お姫様抱っこ? なんだそれは?」



 きょとん、とクレアは不思議そうな表情で自分の知識にない単語を反芻する。

 お姫様のカテゴリに入る彼女としては、その単語は気になるものだった。



 「知らないのか?」

 「うむ、だから教えてくれ」

 「相変わらず無意味に偉そうな奴だな……まあいい、お姫様抱っこというのはな」



 大河はきょとんとした表情のままのクレアに近付くと左手を膝の裏にさし込み、右手を背中に回し、そのままクレアを抱えあげた。

 お姫様抱っこの完成である。



 「わ、わわ!? 何をする大河!?」

 「これがお姫様抱っこだ。結婚式とかで新郎が新婦にやってるのとか見ないか?」

 「……こ、これが、お姫様抱っこか」



 クレアは大河に抱きかかえられ、体が熱くなってきているのを感じていた。

 彼女はその育ちゆえに異性との接触は少ない。

 ましてやこんな風に抱きかかえられることなど今までなかったのだ。

 それだけではない。

 クレアの顔は大河の意外にたくましい胸元に押し付けられ、大河の鼓動すら聞き取れるような状態なのだ。



 (う……)



 たちまち顔に熱が集まっていくのをクレアは真っ白になりかけている思考の中で感じた。

 男と密着したことも、その暖かさに戸惑うこともクレアにとっては初めての経験である。

 ウブな少女だと言ってしまえばそれまでだが、クレアの場合は知識すらロクにないのだ。

 一時的に思考が混乱してしまっても無理はないと言える。



 「んじゃ、降ろすぞ」



 先程とは違い、ゆっくりかつ丁寧に大河はクレアをベッドへ降ろしていく。

 第三者がこの場にいれば、間違いなく大河がクレアを襲おうとしている現場に見えるだろう。

 まあ、幸いにも来訪者の気配はないのだが。



 「あ……」



 クレアは離れていく大河の手を名残惜しげに見つめていた。

 もう少しあのままでいたかった。

 そんな考えが頭に浮んだクレアは咄嗟に大河へと手を伸ばしてしまう。



 「ぐっ!?」



 しかし、クレアの触れた場所は背中の傷の部分だった。

 ぼーっとしていたクレアはそれに気がつかなかったのである。

 だが、大河の声にはっとなったクレアは我に返ると慌ててベッドから立ち上がった。



 「す、すまぬ!」

 「痛てて……ま、まあ気にすんな。不注意は誰にでもあるしな」



 怒鳴ろうか、と瞬間的に考えた大河だったが振り向いた視線の先にあった泣き出しそうなクレアの表情を見て、止めた。

 とはいっても痛みがとれるわけではないので大河は上着を脱ぐとすぐさま手当てを始める。



 「……手馴れているのだな」

 「ま、元いた世界でもケンカはしょっちゅうしてたしな。自然にうまくなるさ」



 怪我をして帰るたびに未亜は悲しそうな顔で大河を出迎えていた。

 そんなことを思い出し、大河は苦笑しながら手当てを続ける。



 「よし、終わりっと」

 「背中をしていないではないか」

 「あのな、手が届かないっての。それに見えないから消毒もできんし」

 「……なら、私がやろう。心配するな、一通りの処置の方法は習っている」

 「……ん、じゃあ頼む」

 「承った」



 意外なほどあっさりと背中を向ける大河。

 クレアはそんな大河の姿に、自分でも知らず知らずのうちに笑顔になっていた。

 信頼されている、そう思うと何故か嬉しくなったからである。















 「よし、終わったぞ」

 「お、サンキュ。しかし意外にうまいじゃないかお前」

 「うむ、実践は初めてだったが……存外にうまくいった」



 第三者に聞かれれば誤解必死の会話をする大河とクレア。

 しつこいようだが、この場に二人以外の人間がいなかったのは望外の幸運といえよう。



 「さて、それでは……」

 「……な、何をする気だ? ま、まさか私の青い果実を」

 「アホ、十年……いや、五年は早い」

 「む……」



 バカにするような大河の表情に、クレアは女としてのプライドが傷ついたのだろう。

 やや憮然とした表情で大河を睨みつけていた。

 だが、大河はそれに動じることもなく、逆にクレアを半眼で睨みつける。



 「……なんであんなことをした?」

 「な、なんのことだ?」

 「とぼけるなって。レバーのすぐ近くに檻があったんだぞ? レバーを倒したらそこが開くと考えるのは自明の理だ。それはお前のような子供でもわかるはずだ」

 「…………」



 クレアは沈黙を保った。



 「救世主候補の力を確認したかったのか?」

 「何を言っておるのだ?」

 「一応言っとくけどな、俺は別にレバーを倒したことを怒ってるわけじゃあない。ただな……」

 「ただ?」

 「自分を囮にするようなやり方をしたことに怒っているんだ」

 「……!」



 大河の言葉に、クレアは初めて表情を動かした。

 大河の言う通り、クレアは自分の身を囮にしている。

 もしもの話だが、大河がクレアを助けに駆けなかったらクレアは今ごろ死んでいただろう。

 クレアとしてはそうはならないという自信と度胸があったのだが、大河からすればたまったものではない。

 自分の知っている人を目の前で死なせること、彼はそれを何よりも嫌っているのだから。



 「……すまぬ」



 大河の表情に、クレアは浅はかな自分の考えを呪った。

 大河を傷つけてしまったこともそうだが、何よりも大河を怒らせてしまったことに後悔したのだ。

 自分を本当に心配し、それ故に怒っている大河を見て胸が締め付けられてしまったのである。



 「ま、素直に謝ったから許してやる。今度ベリオやリリィにも謝っておけよ?」

 「……本当に、すまなかった」

 「わかりゃあいいんだよ……」



 予想以上のクレアの落ち込み具合に、大河は逆にいたたまれなくなった。

 小さい子供をいじめているような気分になってしまったのである。















 「大河……一つ聞いていいか?」

 「ん?」



 気まずい沈黙を破ったのはクレアだった。

 大河としてはこの沈黙はそろそろ耐え切れなくなっていたところだったので、渡りに船であった。



 「何故、お前は戦うのだ?」

 「……は?」

 「先程の戦闘。確かにあの二人だけでは苦戦しただろうが、お前は傷を負っていた。今後のことを考えればお前が無理をする必要はなかったはずだ」

 「…………」

 「答えてくれ、何故お前はそこまでして戦う」



 クレアの瞳は真剣だった。

 深く澄んだ蒼い瞳が大河を射抜く。

 大河は、その瞳の魔力にとらわれたかのようにゆっくりと口を開いた。















 「つまらない話だ……そう、本当につまらない……な」
















仮のあとがき

クレア様祭開催中(何
ていうかDSJをやり直して気がついた、クレアって原作で「〜じゃ」なんて一回も言ってねえ!?
てなわけで慌てて46話を修正しました。
ちなみに大河が先回りできたのは当然バーストフットを使ったからです。