「むむむむ……」
大騒動の一日が終わり、日が変わった午前の授業中。
大河は、彼にしては珍しいことに魔術学の時間に起きていた。
リリィは目を丸くしてノートを取ることも忘れ、ベリオは大河がようやく改心したのかと神に祈りを捧げている。
なお、リコだけはそんな大河に無関心―――――時折視線を別の意味でチラチラと向けてはいるのだが、だった。
「むむむむ……」
唸りつづける大河。
勿論これは魔術学の講義を理解しようとして唸っているというわけではない。
普段は魔術学の講義など寝て過ごすのが通例なのだ。
そんな大河が起きて唸り続けているのは、悩み事のせいだった。
Destiny Savior
chapter 47 Princess(T)
「あんた、何難しい顔してんのよ? ははぁん、新入りが前衛系だから自分の存在意義に悩んでるのね?」
休み時間、呼んでもいないのに大河の席に現れたリリィは開口一番そんな言葉をのたまった。
朝のホームルームでダリアより伝わった連絡事項、新たなる救世主候補者の召喚。
その候補者のジョブクラスは大河と同じ前衛系。
それ故に、ここぞとばかりにリリィは大河をあげつらいに来たのである。
まあ、授業中の真剣な顔が気になったということも(本人は認めないが)あったのだが。
(コイツも飽きないなぁ……)
侮辱の言葉に怒るでもなく、大河は得意げな顔をしているリリィを見つめた。
最近、微妙に態度が柔らかくなってきたような気がしてきたと思ったらこれである。
大河としては今更そんな言葉に怒るほどリリィに敵愾心を持っているわけではない。
それに、リリィはやっぱりこんな態度の方が自然だよなぁ、と思っているのだ。
しかし、言われっぱなしというのも癪といえば癪、とも思うあたりがやはり大河である。
「あのな……前衛系ってことは俺とコンビを組むってことだろ? リコの話を聞いた限りではスピードタイプっぽいし
パワータイプの俺との戦術の相性とかあるじゃないか。それを悩んでたんだよ」
「え?」
「確かにライバルが同じタイプってのは落ち着かないけどな。そこで思考を止めたら前に進めないだろ?
重要なのは如何にソイツに勝つか、じゃなくて如何に敵と戦うか、だからな」
「うっ……」
至極真っ当な意見をしたり顔で述べる大河にリリィは気圧された。
後で話を聞いていたベリオなどは目を輝かせて大河の話に聞き入っているほどである。
「まあ、味方となるべき者を最初から敵視して考えるようではまだまだ修行が足りんということだよへっぽこマジシャン君?」
「む、むぐぐ……バ、バカ大河のくせにぃぃぃ!」
地団駄をふむリリィ。
反論したいのだが、最もな言葉だけに反論できないのだ。
彼女とて仲間同士でいがみ合うことは無益だとわかっている。
最初と違い、ライバルの一人として認めてもいる。
しかし、大河が相手だとどうしても口が先に立ってしまうのだ。
それが良くも悪くも大河のことを気にしているせいだと周囲の人間は勿論、リリィ本人も気づきかけてはいるのだが。
こうして、救世主候補同士の無益な舌戦(痴話喧嘩とも言う)は休み時間が終わるまで続くのだった。
(さて、どうしたもんかね……)
午前最後の授業。
大河はやはり唸っていた。
先程、リリィにはああいったが、実際に大河が悩んでいたことは別のことだった。
一つはダウニーのことである。
破滅の主幹、つまりは敵側のボスが死んでしまったのだ。
大河以外はこの事実に気がついていないのだが、冷静に考えるとこれは非常にまずい事態であった。
今後の展開が全く予測できなくなるからである。
まだ破滅にはロベリア、シェザル、ムドウと将が残っているのでそのうちの誰かが後釜に座るだろうとは考えられる。
だが、リーダーが変われば戦略も変わる可能性は大。
大まかな流れ自体はそう変わらないだろうが、今後どんどん舵取りが難しくなることを考えるとこれは大河にとって頭の痛い事態だった。
(……まあ、ダウニーがいなくなって敵の戦力を削ったと思えばプラマイゼロだよな?)
当然、そんな都合の良い計算が成り立つわけないのだが、大河は強引にこの考えを終わらせることにした。
もう一つの悩み事の方が優先だったからである。
(この授業が終わればあのガキンチョが来るんだよぁ……)
もう一つの悩み事はこの後会うことになるであろうクレアのことだった。
大河は出来事を日にち単位で覚えているわけではないので当然タイムスケジュールなどというものは存在しない。
カエデ召喚の日にクレアと会う、くらいにしか覚えていないのだ。
つまり、大河はある意味行き当たりばったりで出来事に対する対策を練らなければならないのである。
「問題は、アイツに全部話すかどうかだな……」
小さな声で呟きながら大河はガシガシと頭をかいた。
その目的故に真実を話すことが博打同然になってしまうミュリエルと違い、クレアは話をすること自体に問題はない。
信じてもらえるかどうかは別として、一国の王女と繋がりを持つことは今後を考えると悪いことではないのだ。
ただ、問題があるとすればそれは言うまでもなく自身の問題にクレアを巻き込んでしまうということ。
自分の荷物をクレアにも背負わせてしまうということだった。
(はっ……何を今更って感じだよな。話すにせよ、話さないにせよ、アイツが―――――あいつらが戦いに巻き込まれるのはわかっているってのに)
後に、戦争は起こる。
それは未来を知っていても恐らく食い止めることはできないだろう。
ならば救世主候補である自分たちや国の王女であるクレアがそれに関わらないはずがない。
しかしそれでも、それでもなお大河は悩んでいた。
(クレア、か)
彼女の最後を大河は知らない。
ただ、ガルガンチュワの攻撃で死んだということだけは知っている。
大河はふと、出会った時から古めかしい喋り方をする小生意気な少女の姿を思い浮かべていた。
凛とした表情で王女の威厳を醸し出す姿。
自身の力不足に嘆き、顔をゆがめる姿。
そして―――――自分に子ども扱いされて歳相応の笑顔を見せる姿。
授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。
大河はゆっくりと席を立ち上がる。
その顔には、何かを決めた決意の表情が浮んでいた。
「あそこか……」
学園には似つかわしくない、やや幼げな容貌(といってもリコよりほんの少し下に見える程度だが)の少女が廊下を歩いていた。
お供の人間を撒いて学園内に潜り込んだその行動力ある少女はピンク色の髪をなびかせ、廊下のど真ん中を闊歩していく。
本来ならば誰かがこの小さな侵入者を見咎めて声をかけるべきだった。
だが、その威厳あるオーラに気圧されたのか、誰一人として彼女に声をかける者はいなかったのである。
「ん?」
目的の人物がいるであろう教室から一人の男が出てくるのを少女は発見した。
パッと見、如何にも女性に弱そうな感じがする男だ。
ちょうど良いとばかりに、その男に救世主クラスのことを尋ねようと少女は声をかけることにした。
「おい」
「ん、俺か?」
「そうだ。ちと聞きたいことがあるのだが……」
見上げるように男の顔を見て、少女はハッとなった。
近くで見ると男はそこそこ精悍な顔つきをしていた。
だが、問題はそこではない。
強さと、優しさと、たくましさ―――――そして悲しさを内包したかのような深い表情と雰囲気。
見た目だけで判断すればそこらの男と変わらない容貌ではあったが、少女は一目で目の前の男に興味を持った。
何故ならば、男は少女が出会ったことがあるどんな男とも違った空気を持っていたのだ。
上流階級の男にも、城に勤めている騎士にもこんな男はいなかった。
少女はもしや、と思い期待に胸を膨らませた。
「人を訪ねて参った。ここに救世主クラスの学生が居ると聞いてきたのだが、それに相違ないか?」
「ああ、確かにさっきまで救世主クラスの授業はあったけど」
「そうか、それにしてはそれらしい人物がおらんようだが?」
少しばかりの悪戯心をこめて、少女はきょとんとした表情を作った。
目の前の男が探し人であることはほぼ確信していたのだが、念のためだと思ったのである。
「……ふっ」
「何がおかしい?」
「俺も罪な男よ……噂だけで女の子を惹き付けてしまうなんて……」
「はあ?」
少女は吹きだしそうになるのを懸命に堪えながらも自分の勘が間違っていなかったことを確信した。
おどけた口調の中にも自分を探るかのような鋭い視線。
威風堂々、揺ぎ無い意志の力を纏わせた体躯。
彼は期待通りの、いや、期待以上の人物だったと。
わざとらしく髪をかきあげ、名乗りをあげる男の名は当真大河。
それを意図的に無視して後方のベリオ達に話し掛けようとするのはクレシーダ・バーンフリート。
後世において、最も偉大な名として歴史書に刻まれることになる二人の出会いであった。
仮のあとがき
ようやく真のヒロイン登場です(ぇ
未亜がいないせいか、リリィと大河だけで会話が構成されてベリオの影が薄いの何の。
早いとこカエデに加わって欲しいものです。