「で、そのまま灰になってしまったと?」

 「は、はい」

 「そ、そうです」



 ミュリエルの鋭い視線がダリアと大河を貫く。

 二人はその視線に冷や汗を流すばかりだった。



 ダリアは簡単な手当てをすると共に、学園長室へと大河を連れて行った。

 流石にあれだけの事件を起こした大河を放置するわけにはいかなかったのである。

 ちょうど帰宅しようとしていたミュリエルを捕まえることが出来たのでこうして報告をしているのだが……



 絶対零度もかくやという冷気を放つミュリエルを前に、二人は生きた心地をしていなかった。




















Destiny Savior

chapter 46   Report





















 「大河君?」

 「はいっ!」

 「妹さんを襲われて、気が立っているのはわかります。ですが、だからといって貴方の行動は少しばかり軽挙妄動が過ぎるのではありませんか?」

 「ま、まったくその通りです!」

 「しかも証言一つで犯人を決め付け、先走る。当たっていたからいいようなものの、一つ間違えていれば貴方は犯罪者の仲間入りだったのですよ?」

 「仰る通りですっ! マリアナ海溝よりも深く反省していますっ!」



 ミュリエルから向けられる視線の冷たさに、土下座をせんばかりの勢いで謝り倒す大河。

 大河としては自分なりの根拠(前の記憶)があってのことだったのが、それを言うわけにはいかない。

 ましてや、間違ってたら土下座して謝るつもりでしたなどとは口が裂けてもいえるはずがない。



 「……この件の処分はおって通達します。今日のところは帰って体を休めなさい」

 「いえっさー! じゃなくて、わかりました!」



 ミュリエルの言葉を聞くが早いか、大河は逃げるように退室していくのだった。















 「よろしいのですか?」

 「構いません。どうせ本当のことは話してはくれないでしょうし、今は泳がせておく方がいいでしょう」

 「わかりました」

 「それで、どうなのです?」

 「はい、報告は先程申し上げた通りです。ダウニー・リードが昼間の事件の犯人であり、口ぶりから察するに彼は破滅の一員だったようです」

 「……そうですか」



 ミュリエルは自分の不明に頭痛を抑えることができなかった。

 よりにもよってダリアと並ぶ自分の片腕が破滅に属していたのである。

 恐らく、スパイとして潜り込んでいたのだろうが、それに今の今まで気がつかなかったのは大きなミスと言える。

 まあ、実際のところダウニーはスパイどころか破滅の主幹なのだがミュリエルがそれを知る由はない。

 というか、もう一人の片腕であるダリアも王家の送り込んだスパイなのだったりするのだが。



 ミュリエル・シアフィールド、つくづく部下に恵まれない女性である。



 「しかし考えようによっては今の段階で彼を正体が判明したのは幸運といっても良いかもしれません」

 「確かに、これが破滅との争いが本格化した後だったら致命傷になりかねませんでしたからね」

 「そういう意味では正に怪我の功名といっていいでしょう。しかしダリア先生、本当にダウニーは死んだのですか?」

 「はい、確かに彼の体が燃え尽きるのを確認しましたし、転移や召喚が発動した様子もありませんでした」

 「そうですか……できれば、拘束して情報を引き出したかったのですが……」

 「申し訳ありません……」

 「いえ、責めているのではありません」

 「そう言っていただけると助かります……あ、一つ気になることがあったのですが」

 「気になること?」

 「はい、私が目くらましの魔法をかけた後のことなんですが……」



 あの瞬間、ダリアは目くらましの魔法をかけ、素早く拘束魔法の詠唱に入った。

 だが、目を潰されながらもダウニーは気配のある方へ魔法を放とうとしていたのだ。

 本来ならばダウニーの魔法の方が早かったはず。

 しかし、ダウニーの魔法が放たれようとしていたその時、ダリアは見たのだ。

 教会の方向から飛来してきた炎の弾がダウニーの手を直撃するのを。



 「それは確かなのですか?」

 「はい、しかし術者は只者ではありません。魔法の飛来してきた角度と方向を考えると、術者は教会の屋根から狙撃をしたことになります。

  距離だけ見ても、術者の力量は……」

 「救世主クラスであるリリィよりも上、ですか。にわかには信じがたいことですが……」

 「行動から考えて、敵ではないと思うのですが」

 「あるいは、大河君の仲間……という可能性も」

 「なんにせよ、一度学園内の洗い直しをした方がいいのかもしれませんね」

 「そうね……明日にはクレシーダ様との会合が予定されているし、不安要素の除去は急務です。よろしくお願いします」

 「了解しましたぁん」



 話が終わったと見るや、いつもの昼行灯に戻り退室していくダリア。

 ミュリエルはそんな彼女の姿に、一抹の不安と頼もしさを覚えていた。



 「まあ、あれで彼女も有能だから心配はないのだけど……」



 呟きながら、ミュリエルは改めて人手の少なさを嘆く。

 この世界に帰ってきてから続く孤独な戦い。

 自分を知る者も、本心を明かすことができる者もいない世界。

 そんな中で激務を続けるミュリエルの心労はピークに達しようとしていた。



 「お疲れね、ミュリエル」



 しかしその時、ミュリエル以外に誰もいないはずの学園長室に声が響いた。

 ミュリエルは瞬間的に戦闘態勢を整え、声の発生源へと視線を向ける。

 視線の先、開いた窓には一人の女性が座っていた。



 (私が気配を感知することが出来なかった……!?)



 その事実にミュリエルは戦慄した。

 千年前のメサイアパーティーの一員であるミュリエルの力量は半端ではない。

 にも関わらず、目の前の女性は自分に全く気配を感じさせずにここまで接近してきたのだ。

 間違いなく只者ではない、とミュリエルは冷や汗を流した。



 「何者!?」

 「あら、ご挨拶ね。私の顔を……って変わっちゃってるか。まあとにかく思い出さない?」

 「え……?」



 くすくすと笑う女性にミュリエルは何か懐かしいものを感じる。

 褐色の肌、全てを包み込むかのような優しげな雰囲気。

 それは、確かにミュリエルの記憶の中に存在するものだった。



 「まだ、わからない? 人の名前を勝手に学園の名前に使っておきながら」

 「え!?」

 「じゃあ、最後のヒント。これなーんだ?」



 女性はゆっくりと手のひらを天に掲げる。

 すると、光の粒子がその手の中に集まりだし、一本の大剣へと変化した。

 そしてその剣は、ミュリエルが良く知るものであった。



 「それは……エルダーアーク!? まさか貴女は……ルビナス!? ルビナス・フローリアス!?」

 「正解。お久しぶりね、ミュリエル?」



 窓から降り立った女性―――――ルビナスはにっこりと微笑んで親友の驚愕の表情を見つめていた。















 「あ、会議はどうだったのー?」

 「ダメだ。議員どもは己の身に火がついていないからとまるっきり日和見爺になっている」

 「賢人議会とは名前ばかりということね」

 「その通りだ。早いところおぬしらにも議会に加わって欲しいものだが……」

 「嫌よ。何が楽しくてお達者クラブにうら若き乙女が参加しなくてはならないのかしら?」

 「妹にさんせー。それにそーいうのは私姉さまに一任してるもん」

 「誰が妹ですかアルクェイドさんっ!」

 「飽きんな、おぬしらも……」



 黒髪の少女が金髪の女性を怒鳴りつける光景を見て、部屋に入るなり少女は一つ溜息をついた。

 黒髪の少女の名はアキハ・トーノ。上流貴族であるトーノの当主。

 金髪の女性の名はアルクェイド・ブリュンスタッド。トーノと同じく上流貴族であるブリュンスタッドの次女。

 犬猿の仲の二人だが、時々こうして王城の一室で少女と共にお茶会を開いている間柄でもある。



 「そういえば、明日はフローリア学園で会合があるとか?」

 「うむ、午後からの予定だが、少し早めに行くつもりだ」

 「救世主候補とやらの見極めってわけ?」

 「そうだ。聞くところによると新しく召喚された候補は史上初の男性だという話ではないか。是非ともその人となりを見ておきたい」

 「ふーん、やっぱ大変なんだねぇ……あ、そうだ。シキにあったら今度遊びにきてねって伝えておいて」

 「あなたはいつも家に許可なく侵入してるじゃありませんかっ!」



 再び喧嘩を始める二人を見て、少女は苦笑いを禁じえなかった。

 まあ、自分を前にしてここまでフランクな態度をとることができる存在は希少なので、少女としては一向に構わないのではあるが。

 少女は騒音をバックコーラスにして、やや冷めた紅茶に舌鼓をうつのだった。















 少女の名はクレシーダ・バーンフリート。46代目王位継承者にして、実質的なバーンフリート王国の最高指導者である。
















仮のあとがき

ルビナス、ミュリエルに接触。
ちなみに44話でミュリエルを見ていたのもルビナスです。
そしてついに殿下出陣です(w
あ、ディスパイァーは当然のことながら押収されましたので。