「……ふむ、いきなりとはご挨拶ではないのかね?」

 「育ちが悪いんでねっ!」



 大河の一撃は淡く輝く障壁によって防がれていた。

 だが、大河は詠唱を聞いていない。

 それはつまり



 「予測してたってことかよ……」

 「こんな時間に呼び出されれば嫌でも警戒するとも。それで? これは一体どういうことだね当真大河君?」

 「今更しらばっくれんなよ。てめえが未亜とセルを襲った犯人だろうがっ!!」

 「証拠がないだろう? まさか君は友人の言葉を間に受けているのかね?」

 「間違ってたら……土下座でもして謝ってやるさ!」



 パリィィィン!



 障壁が砕けるのと、ダウニーが後方に跳んだのはほぼ同時だった。




















Destiny Savior

chapter 45   Sign(Z)





















 「ちっ……!」

 「やれやれ、救世主候補ともあろうものがここまで粗暴とは……」



 殺気を滲ませて凄む大河を受け流すかのようにダウニーは涼しい態度を崩さなかった。

 それは、本気で自分が犯人ではないと思っているからなのか。

 それとも、余裕だからなのか。

 大河は当然後者だと受け取った。



 「いいのかね? この行動は後々問題になるぞ?」

 「いいんだよ。あんたは破滅の一員なんだしな」

 「ハッ……ハハハッ! 言うにことかいて私が破滅の一員!? 当真君、君は成績はともかくジョークは一流のようですね」

 「あくまでシラを切るつもりか?」

 「……ふむ、君はどうあっても私を犯人に仕立て上げたいようですね? いいでしょう、少しばかり君には教育的指導が必要なようだ」

 「ほざけ、えせ教師がっ!」



 言い終わるが早いか、大河は一気に間合いをつめると斧を振るった。

 しかし、ダウニーはそれを承知とばかりにかわし、光弾を放つ。



 ゴゥンッ!



 斧でそれを受け止める大河。

 だが、続け様に連続して打ち込まれる光の弾幕に押され、後退を余儀なくされる。



 「授業でも言ったことですが……数は力です。それが人間であれ、モンスターであれ、こういった威力の小さい魔法であれ」

 「ちまちましてるだけだろっ!」



 気合一閃、大河は弾幕を掻い潜るようにしてダウニーに肉薄する。

 振るわれる斧の連撃。

 しかし、そのことごとくはダウニーにかわされる。

 それどころか大河は光弾の弾幕に被弾するばかり。

 一発一発の威力こそ小さいものの、こうも立て続けにくらい続けると流石にダメージが馬鹿にならない。



 「くっ……!」



 光弾の嵐に見舞われながら大河は心中で毒づいた。

 わかってはいたことだが、ダウニーは強い。

 本来ならば、もっと様子を見てしかるべき時に皆で力を合わせるなり罠を張るなりして挑むというのが大河の予定だった。

 だが、ダウニーは未亜を襲った。

 本人は否定しているが、あのニヤニヤ笑いと状況を考えるに犯人がダウニーであることはほぼ間違いない。

 先走った感はある。

 それでも、目の前の男を見逃すことなどできない、できるはずがない。



 「どうしました、もうおしまいですか?」



 弾幕を逃れ、再び後退した大河にダウニーの嘲るような声が浴びせられる。

 しかし、大河は冷静だった。

 ダウニーは油断している。

 力の差は圧倒的であると、自分が負けることなど欠片も考えていないと。



 「なら、これで終わりにしますか」



 先程までのものより、二回りほど大きな光弾がダウニーの手のひらに浮かびだす。

 だが、それは大河の待っていたチャンスだった。

 瞬間、大河はトレイターを斧からランスへと変化させる。

 地を蹴り、爆発的な加速を得ると共に大河はランスを前へと突き出した!



 「ぬっ!?」

 「―――――っらぁぁぁぁ!」



 ダウニーは慌てて空いていた方の手をランスの到達点へと差し出す。

 そこには剣が握られていた。

 だが、たかが一本の剣で召喚器の渾身の一撃を受けきれるはずがない。

 大河は勝利を確信した。

 しかし



 ギィィィィィン!!



 「な……にっ!?」



 ランスの一撃はダウニーの体を数十メートル後退させたものの、見事に受け止められていた。

 ダウニーの持っている剣によって。



 「バカな……っ」

 「戦闘の最中に気をとられてはいけませんね? それっ」

 「っが!」



 至近距離での光弾の直撃、大河は盛大に後方へと吹っ飛ばされる。

 ダメージ自体は深刻なものではない。

 しかし、いくら片手が完治していないからといって渾身の一撃を受け止められるとは思いもしなかったのだ。

 大河の精神的ダメージはかなり大きかった。



 「変形機能とは……ふむ、切り札をきるタイミングは申し分なし。昼間の加速は足甲でしたが、どうやら色々なパターンの変形があるようですね」

 「てめえっ!」

 「おや? うっかり口を滑らせてしまいましたね。失敗失敗」



 慇懃無礼な表情で大河を見下ろすダウニー。

 それは正しく出来の悪い生徒を誉める教師そのものだった。



 「いや、しかし驚きました。正直、このディスパイァーがなかったら危なかったですよ」



 ダウニーは手の中の剣を玩ぶかのように弄くる。

 だが、大河はその武器の名前に聞き覚えがあった。



 「何故、お前がそれを……!」

 「おや、知っていましたか? これ、ある遺跡で偶然発掘しましてね」

 「バカな! お前がそれを使えるはずがない!」



 召喚器ディスパイァー。

 剣型の召喚器で、前の時間において最後に立ちふさがったダウニーが使用していた武器である。

 救世主の資質がなかったダウニーはガルガンチュワと直結し、集めたマナを使うことでそれを使用可能にしていた。

 しかし、今二人が立っている場所は当然ガルガンチュワではない。

 故に今のダウニーがディスパイァーを扱えるはずがないのだが……



 「くくくっ、タネを明かしてあげたいのは山々なのですが……やめておきましょう。まあ、多少予定外になってしまいましたが―――――」

 「あらん、そんなこと言わないで折角なんだから教えてくれてもいいんじゃないかしらぁん?」

 「―――――何っ!?」

 「大河くん、目を閉じてっ!」



 どこからともなく聞こえてきた声。

 大河は反射的にその声に従って目を閉じた。

 瞬間、夜の闇を切り裂くがごとき光が、続いて森をも揺るがす轟音が炸裂する!















 「ぐぁぁっ!!」



 大河が目を開けた時、決着は既についていた。

 ダウニーは片手を焼失し、その体には無数の光の鎖が巻きつけられていたのだ。



 「大河くん、危機一髪だったわねぇん?」

 「へ……? って、だ、ダリア先生!?」

 「は〜い、みんなのアイドルダリア先生で〜っす」



 場にそぐわぬ御気楽極楽な声音で大河に返事をしたのは誰であろう。

 爆乳先生ことダリアその人であった。



 「な、なんで?」

 「ふっふっふ〜、わたしは生徒一人一人をいつも影ながら見守っているのよん」

 「いや、そんな丸わかりの嘘はいいから」

 「酷いわね〜命の恩人に向かって。ま、ぶっちゃけていうと夜の巡回よ♪」



 もちろん嘘である。

 大河が寮を出て行くのを不審に思い、尾行していたのが実際のところだったりする。



 「話は聞かせてもらったわ。ダウニー先生、いえ、ダウニー・リード。当真未亜拉致未遂及びセルビウム・ボルトへの暴行容疑で拘束させてもらうわね?」

 「ぐっ……ダリア。貴様ァァァ!!」

 「無駄よん♪ その光の鎖は縛ったものの魔力の放出を打ち消す力があるんだから」



 ダウニーは必死で鎖を解こうと身を捩る。

 しかし、鎖はビクともしない。

 この魔法はダリアの切り札の一つだった。

 相手の動きが数秒以上止まっている時にしか使えない魔法なのだが、効力はそれだけに抜群。

 力では破滅の将の一人であるムドウ、魔力ではミュリエル級の実力がないとこの光の鎖は外せないほどなのだ。

 片腕を無くしたダウニーが破れるほど甘くはない。



 「さ〜って。神妙にお縄に……ついてるか。んじゃ、大河くん護送よろしく〜」

 「え、俺が!?」

 「当たり前じゃな〜い。か弱い女の子に大の男を運ばせる気〜?」



 ダリアの言葉には大いに突っ込むところがあった。

 しかし、大河は数多の死線を潜り抜けてきた直感で、それを言うのを止めた。

 彼とて命は惜しいのである。



 「はっ……はははははははっ!」



 だが、大河がダウニーへと近付こうとしたその時。

 ダウニーが突然高らかに笑い声を上げた。



 「何がおかしい?」

 「これが笑わずにいられるものか! 私を虜囚の身にするだと? 冗談ではない!」

 「あらん、でもその束縛は解けないはずよ?」

 「確かにな。だがな、ダリア。一つ忘れてはいないか?」

 「え?」



 ニヤリ、と笑ったダウニーに大河とダリアは嫌な予感がした。

 そして次の瞬間、ダウニーの体が炎に包まれる!



 「な!?」

 「放出はできない……ならば、内側に向ければいいだけのこと!」

 「う、嘘でしょ? そんなことをしたら……」

 「は……ははっ。破滅の世に栄光あれえっ!」















 狂った笑みと共に、ダウニーの体は完全に炎に包まれていった。
















仮のあとがき

大河、惨敗。ダリア、良いとこだけ持っていくも最後に大ポカ。
そしてなんとこの段階で陰険教師退場です。
さて、次回は間章です。そしてその次から始まる新章ではついに王女様とゴザル忍者のご登場です!