「学園内に、侵入者?」

 「はい、フードをかぶったローブ姿の不審な人物が目撃されました。またどうやらその人物はメイド科の当真未亜を襲った模様です」

 「……未亜さんを?」

 「はい、本人に外傷はないようですが……」



 警備員の一人からその報告を聞いたミュリエルは思わず眉をひそめた。

 自分の膝元ともいえる学園内に侵入者を許したこともそうだが、襲われたのがよりにもよって救世主候補の家族である。

 予想外の報告に内心で舌打ちをするミュリエル。



 「それで、他には?」

 「はい、侵入者は当真未亜を連れ去ろうとしたようですが、救世主クラスの当真大河がそれを阻止。後に逃亡した模様です」

 「当真大河が……?」



 告げられた名前にミュリエルの眉がつりあがる。

 偶然にしては、その名前が出てくるのは都合が良すぎるのだ。



 「通りがかった生徒二名がその場面を目撃しています。それと、当真大河が現場に到着するまでに傭兵科のセルビウム・ボルトが侵入者と抗戦していた模様」

 「……それで、当真大河とセルビウム・ボルトの両名に怪我は?」

 「当真大河は無傷です。セルビウム・ボルトは―――――」




















Destiny Savior

chapter 44   Sign(Y)




















 「大河、リンゴ剥いてくれ」

 「自分でやれ、このミイラ男」

 「おいおい、俺は怪我人だぞ? しかも名誉の負傷。少しは労ってくれてもいいんじゃないかなー?」

 「……へいへい、わかりましたよっと」



 要請に従い、大河はリンゴの皮を剥き始める。

 彼の目の前にはミイラ男、もとい、全身包帯姿の男がベッドに横たわっていた。



 「しかし紛らわしい奴だな。死ぬならちゃんと死んどけよ」

 「お前、何気に酷いのな」

 「だってよー、あんだけシリアスに目閉じたんだから普通死んだと思うだろ?」

 「生きてるっての! あれはホッとして気がゆるんだ結果だっつーの!」



 全身包帯男ことセルが大河のあまりの言葉に憤慨する。

 そう、セルは生きていた。

 確かに重傷ではあったのだが、命には全く別状はなかったのだ。

 考えてみればこの男、前の世界において大河とリリィの喧嘩に巻き込まれてケロっとしていたのだから存外に魔法耐久力があるのかもしれない。



 「全く、俺の心配を返せ」

 「おお、そういえばお前号泣してたんだって? いやー、友達思いの親友を持って俺は幸せだなぁ……もがっ」

 「ふん、お前がいなくなるとエロ本や幻影石の供給が難しくなるからな、それだけだ」



 照れ隠しとばかり大河はセルの口にリンゴを突っ込む。

 セルの言った通り、大河は目を閉じたセルを前にして号泣した。

 二度同じ人間に目の前で死なれるのは流石に堪えたのである。

 まあ、治療にやってきたベリオによってセルの生存はすぐさま判明したのだが。



 「んぐ……で、未亜さんの容態はどうなんだ?」

 「気を失っているだけらしいんだがな……どうもショックを受けたような状態らしい。まあ、今日明日には目を覚ますそうだ」

 「そうか……でも、なんで部屋が一緒じゃないんだろーな。折角目が覚めるまで看護しようと思ってたのに」

 「アホ、お前の方が重傷者だろうが。それにお前のような奴を未亜と同じ部屋で二人っきりになどできるか」



 ちなみに、フローリア学園の医務室は男女別になっている。

 そこに務めている保険医も性別に合わせているのでセルについているのは当然男の保険医だったりする。



 「トホホ……いるのはむさ苦しい男だけ。せめて美人な女医さんに……」

 「贅沢いうなっての。そんなおいしいシチュエーションがあるなら、俺がとっくの昔に味わってるって……」



 男二人が溜息をはく。

 保険医は退室中なので、現在の医務室にはセルと大河の二人しかいない。

 数十分前まではお見舞いの群れ(全部男)がいたのだが、今はわびしいものだった。



 「ところで、話は変わるが」

 「ん?」

 「未亜をさらおうとしていたのは、どんな奴だったんだ?」



 大河の瞳に若干の凄みが加わった。

 犯人は即時滅殺、そんな殺気を放っている。

 セルはそんな大河を見て少し悩み、おずおずと口を開いた。



 「……これは、先生達にも言っていないことなんだが」

 「もったいぶるなよ」

 「落ち着けって。俺だって未だに信じられないんだよ。見間違いだったかもしれないし……」



 困惑の表情のまま、大河から目をそらすセル。

 そして、セルはゆっくりと自分の見た人物の名前を告げた。



 「……何?」

 「……だから先生達にも言わなかったんだよ。見間違いかもしれないし、誰かが化けてたって可能性もあるだろ?」

 「まあな、お前の判断は正しいと思うぞ……っと、授業の時間だ」



 次はダリア先生の授業だからサボるわけにはいかなんだよな、と大河はゆっくりと立ち上がり、セルに背を向ける。

 セルからは見えないが、その顔からは表情が消えていた。

 だが、セルはそれでも大河の纏っている空気を察したのか、焦ったように口を開いた。



 「お、おい大河。お前馬鹿なこと考えてないだろうな」

 「馬鹿なことって?」

 「だから、直接問いただすとか……」

 「バーカ、んなことするわけないだろ? 俺だってそこまで向こう見ずなわけじゃない。ま、お前はゆっくり療養してろ。後でエロ本持ってきてやるから」



 おどけた台詞と共に退室する大河。

 しかし、セルはそんな大河の後姿を不安そうに見つめていた。















 「どう思いますか?」



 報告が終わり、警備員が退室をしていくのを見やってミュリエルは口を開く。

 問われた相手―――――ダリアは彼女にしては珍しく、眉に皺を寄せていた。



 「そうですね。報告では侵入者ということでしたが、内部犯の可能性も疑って然るべきかと」

 「そうね……身びいきというわけではありませんが、そう簡単にこの学園内には侵入できないはずですし」

 「まあ、どちらにしても犯人の目的が未亜ちゃんの拉致だと考えれば……」

 「破滅の手の者、と考えるべきでしょうね……」



 ミュリエルとダリアは同時に嘆息した。

 未亜の拉致、それは救世主候補の一人である当真大河への恐喝以外の目的は考えられない。

 未亜を人質にされれば、大河の行動は制限されるだろうし、誘き寄せて殺すことも十分可能。

 単純かつ非道ではあるが、救世主候補に対してこれ以上ないほど有効な手段であることは否定できない。

 そして、そんなことをしようとする犯人の心当たりは一つしかないのだ。

 すなわち、救世主の敵である破滅しか。



 「まさか、こんなにも早く嗅ぎつけてくるとは……」

 「警備、増員しますか?」

 「お願いします。このようなことは二度とあってはなりません」

 「わかりました」

 「それと、それとなくでいいので当真大河の様子を見張っておいてください」

 「……大河君を疑ってらっしゃるんですか?」



 流石にその命令は意外だったのだろう。

 ダリアの表情が怪訝なものに変わった。



 「先日の事件、そして今回の事件。両方共彼が関わっています。無論、彼がスパイだとは思っていません。

  ただ、彼に怪しいところがあるのは事実ですし、何よりも彼は何かを隠している」

 「……了解しました」



 訝しげな表情をあっという間に笑顔に隠し、ダリアは退室していく。

 ミュリエルはそれを見送ると、最近癖になってきた溜息を深くついた。



 「手が、足りない。せめてもう少し人手があれば……」



 疲れたように呟くミュリエル。

 しかし、窓の外にそんな自分を見つめる二対の瞳があったことを彼女は知らない。















 夜の闇の中。

 大河は一人、目を瞑り静かに佇んでいた。

 場所は学園北東部にある、礼拝堂裏の森。

 夜中ということもあり、人の気配は全くない。



 ザリッ



 静寂の中、背後から土をかむ音が大河の耳に届く。

 大河はふりかえることなく、ゆっくりと目を開けた。



 「こんな時間に何の用ですか?」

 「ちょっと質問したいことがありまして」



 大河の言葉に、声の主は微かに笑う。



 「ほう、君がそんなに熱心だとは知りませんでしたね。それで内容は?」

 「今日、俺の妹が何者かに襲われたっていうのは聞きましたか?」

 「ええ、痛ましいことです。それで?」



 平然とした声。

 大河は、声の主に見えないようこっそりと右手にトレイターを召喚した。

 緊迫感が、周囲を支配し始める。



 「セル……犯人と戦った奴がね、言うんですよ。犯人は知ってる顔だったって」

 「ほう……」

 「出てきた名前は―――――」



 大河はそこで一気に振り向き、斧を後方へと薙いだ!















 「あんたの名前だったよ―――――ダウニー・リード!!」
















仮のあとがき

セル、生存確認!
生きてました、彼。文中でも書きましたが彼は魔法に対する防御力はハンパじゃないと思います。きっとナンパのたびに攻撃喰らって耐久力ついたんだろうなぁ(ぇ
そしてバレバレだったフードの男の正体。
大河、全くセルの言うこと聞いてません(笑)