イムニティは動きを止めた大河をじっと見つめていた。

 言いたいことは言った。

 悔いはない、と言えば嘘になる。

 この後、自分はどうなるのか。

 再封印されるか、それともこのまま放置されるか。

 ただ、あえて希望を言うとすればオルタラと契約した大河は見たくない。

 何より、大河と敵対はしたくない。



 大河の手がゆっくりとイムニティへと伸びる。

 瞬間、ビクリとイムニティは体を震わせた。




















Destiny Savior

chapter 43   Sign(X)





















 ぽん。



 「……え?」



 頭に感じた感触に、イムニティは初めて戸惑った声をあげた。

 彼女の頭に乗せられたのは大河の手。

 ……暖かくて、大きな手。



 「何、を」

 「あのなー、お前この前の俺の話をちゃんと聞いていたのか? 俺は神を倒すんだ。

  そうなりゃお前が白の書の精霊として契約うんぬんする必要はなくなるんだぞ?」

 「……けれど、契約ができないのなら、私と貴方は」

 「敵にはならねえよ。それに、俺はリコとも契約する気は今のところない」



 トクン、とイムニティの心が跳ねる。

 それはチャンスが残ったことに対する希望故なのか。

 それとも、明確に大河が敵対を拒否したこと故なのか。

 イムニティにはわからなかった。

 ただ、一つだけわかったことがある。

 それは単純にして明瞭なこと。

 何故今まで気が付かなかったのかわからないくらい簡単なこと。



 「貴方……馬鹿でしょう?」

 「よく言われる」

 「私に味方になれっていいたいの?」

 「いや、敵にならなきゃ構わないさ。恋人にならなってもらいたいけどな」



 くそ真面目に求愛してくる大河を見て、我慢の限界だったのかとうとうイムニティは吹き出した。

 敵か、味方か。

 それだけがイムニティの対人の価値観だった。

 そこに感情が入る余地はない。

 何故なら、それが当たり前のことだったから。

 なのに、目の前の男はまるで反対だった。

 ただ己の好き嫌いのみで人との関係を判断する。

 人間としてはそれが当たり前なのだろう。

 だが、それを人間ではない自分にまで持ち出してくるのはイムニティの知る限り大河が初めてだった。



 「おい、なんでそこで吹き出すんだよ」

 「貴方が、馬鹿だからよ」



 憮然とした表情の大河を見て、イムニティは笑い続けた。

 ああそうか、これが心というものか。

 オルタラが求め、自分が否定し続けてきたもの。

 興味を持ったことなどなかった。

 むしろ対立するものとして嫌悪さえしていた。

 それが、自分にとっての当たり前だったのから。

 だが、大河の手のひらから伝わるこの温もりは。

 自分の胸のあたりに灯る心地よさは。



 「……悪くない」

 「は?」

 「いいわ、貴方を信じてあげる。神を倒す―――――私からすれば馬鹿なことこの上ない望みだけど。貴方はその上をいく馬鹿だもの」

 「それは誉めてるのか?」

 「私からすれば最高の賛辞よ。だって、私は貴方を認めたもの」



 自分の主として相応しいと。

 世界の命運を預けるに足ると。

 たった一人の人間を信じてもいいと。



 「けど、一つだけ言っておくわ」

 「なんだ?」

 「私は、諦めない。貴方を、いつか私の主にしてみせる」

 「……ああ、ま、その時はよろしく頼むわ」



 凛々しさと清々しさを含んだイムニティの笑顔。

 大河はそんなイムニティの表情に思わず見惚れていた。















 結局、イムニティは中立的な立場で事態の推移を見守るという方向で話は落ち着いた。

 イムニティは少なくとも大河が死なない限りは大河以外を白の主としない、と宣言したわけで大河としてはそれだけでも十分な成果といえる。



 「やばいやばい。不覚にもときめいてしまった……」



 先程のイムニティの表情を思い出しながら、大河は図書館の扉をくぐった。

 イムニティの笑顔は大河の心に大きなダメージを与えていた。

 初めて見るイムニティの表情はそれだけのインパクトがあったのである。

 リコと同じ顔、でもどこか違う表情。

 大河は顔に熱が上ってくるのを止めることが出来なかった。



 「……う、いかんいかん。こんなことをしている場合じゃない。早くしないと昼休みが」



 ぶんぶん、と頭を振って大河が時計を見たその瞬間。

 その声は大河の頭に響いた。



 『い………た……て、お兄……ん』

 「……未亜?」



 キョロキョロと周囲を見渡すが、未亜の姿はどこにもない。

 気のせいか、と歩き出そうとする大河。

 だが



 『お兄ちゃんっ!』



 再び未亜の声が大河の頭に響く。

 今度ははっきりと聞こえた。

 未亜の声。

 未亜が自分を呼ぶ声が。



 「未亜っ!?」



 気がつけば大河は走り出していた。

 何故、未亜の声が聞こえたかはどうでもよかった。

 重要なのは未亜が自分を呼んでいるというその一点。

 大河は、自分でもよくわからない感覚に従いながら駆ける。



 大河は知る由もなかったのだが、それはトレイターとジャスティの引き合う感覚だった。















 「……ここか!?」



 辿り着いたそこには誰もいなかった。

 だが、大河にはわかる。

 ここに未亜がいると。



 「……ぐっ!?」



 瞬間、空間が歪みだした。

 同時に、大河の頭に響いていた声と感覚が消え去っていく。



 「なん……何!?」

 「……当真大河か」



 次の瞬間、大河は目に映ったものに驚愕した。

 いきなり目の前に人が現れたのだ。

 召喚や転移とは違う。

 それはまるで見えなかったものが急に見えたかのような感覚だった。



 「てめえ、なにもんだ?」



 大河は油断なく構えた。

 フードをかぶったいかにも怪しげな男。

 だが、その威圧感は男が只者ではないことを大河に痛いほど示していた。



 「どうしてここがわかったかは知らんが……遅かったな」

 「どういうことだ?」

 「私の足元を見るがいい」



 嘲るような男の言葉に、大河は男に注意をはらいながら視線を下げる。

 そこには、ピクリとも動かないままうつぶせに倒れている親友の姿があった。



 「……セル!?」

 「そして」



 ローブを開く男。

 そこから現れたのは男に抱きかかえられた未亜だった。

 気を失っているのか、目は閉じられている。



 「未亜!?」

 「くくっ……さらばだ」



 ふわり、と浮き上がる男。

 だが、大河が大人しくそれを見逃すはずがない。



 「逃がすかっ!!」



 瞬時にバーストフットを足に纏わせた大河は爆発的な加速で男に肉薄する。

 男はそのスピードが意外だったのか、あっさりと大河に未亜を奪われた。



 「へっ、油断大敵だぜ!」

 「……おのれ!」

 「さあ、どうする? 人も集まってくるぜ?」



 憎々しげに大河を睨む男。

 だが、耳に届く人の声に男はキッと口を歪めた。



 「……今日のところは引き下がっておこう」

 「おととい来やがれ」



 クルリ、と背を向けると音もなく男は去っていった。

 大河としては男を追いたいところだったが、未亜とセルを置いたままにするわけにもいかない。

 大河は、舌打ちをして男が去っていくのを見送るのだった。















 「未亜は……気を失っているだけか」



 大河は気持ちを切り替えると二人の状態の確認に走った。

 サッと見た限りでは未亜に外傷はない。

 無論、大河は治療が専門ではないので詳しいことはわからなかったのだが、それでも一安心だった。

 だが、次に視線を向けたセルの惨状に大河は顔をしかめることになる。



 「セル!」



 セルは全身傷だらけだった。

 無数の裂傷と火傷。

 素人目にも重傷とわかる状態。



 「大河……か?」

 「セル、気がついたか!」



 人を呼びに駆け出そうとした大河を、目を開けたセルが呼び止めた。

 セルは喋ることすらつらいのであろう、顔を痛みに歪めている。



 「すまん……未亜さん、を、守れなかった」

 「大丈夫だ、未亜はここにいるし、ちゃんと生きてる!」

 「そう、か……はは、やっぱ、大河はすげえな」

 「馬鹿! お前が時間を稼いでくれなかったら間に合わなかった!」

 「へへっ……そうか、俺、役に立った……か」

 「おい、セル? セル! セル!」



 大河の言葉を聞き、セルは満足そうな顔で目を閉じた。

 だが、セルは大河の呼び声に反応することはなかった。















 「セルーっ!!」
















仮のあとがき

セルに関してはとりあえずノーコメントの方向で(ぇ
イムニティは大河よりの中立になりました。
なお、結界の中と外は互いに断絶されているのでお互いがお互いの状態を見ることは出来ません。
つまり大河も男もお互いがそこにいた事がわからないんですね、実際の所この結界は便利なようで微妙に使えません。